話 題 畜産の情報 2017年6月号

牛の雌雄産み分け技術

一般社団法人家畜改良事業団 技術・情報部 次長 戸田 昌平


1 はじめに

わが国における乳用牛の人工授精の普及率は約98%と言われており、農家の庭先で凍結精液を融解・授精し、子牛生産と生乳生産を行う体系が1970年ごろには確立されている。

人工授精技術が普及した後の酪農家には、生産子牛のすべてが雌子牛であったらけいようする場所がないというジレンマを抱えながらも、生まれる子牛すべてが雌であることを祈っているという現状があった。一方、家畜市場での個体販売に視点を移すと、乳用牛の取引における雌雄の価格差は問うまでもないが、肉用牛では一般的に去勢牛(雄)が高値で取引されている現状がある。同じ経費をかけて生産した子牛を家畜市場で販売する際、雌雄で価格差が生じる現状の裏を返せば、牛の雌雄産み分け技術の確立は経営に有利な性の子牛を生産することへの原動力であり、今日確立された雌雄産み分け技術は経営の効率化を可能にさせていると言える。

2 雌雄産み分け技術

哺乳動物の雌雄の違いは細胞内の性染色体の違い、さらには特異的なDNA配列が存在するという生命科学の進展に伴う発見によるところが大きく、これらの発見が雌雄産み分け技術の成立の一端を担っている。

1980年代に、DNA配列を増幅する革新的な技術が完成したことに伴い、性染色体の特異的DNAから雌雄を判別できるようになった。これにより、まず実用化技術となったのが受精卵の性判別技術である。一般社団法人家畜改良事業団(以下「当団」という)では、精子選別の実用化以前の一時期、経営に有利な性の子牛を生産する手法として受精卵の性判別技術を導入し、体外受精卵の性判別を行っていた(図1)。受精卵の性判別技術は、すでに受精を終えた受精卵の細胞の一部を切り取り、DNAを抽出して性を判定し、求める性の受精卵を移植することにより子牛を生産する技術である。そのため、後継牛を生産しない乳牛の腹に性判別黒毛和種体外受精卵を移植して、付加価値の高い肥育もと牛の生産事業を展開してきた。しかし、精子の選別技術が確立された以降は性選別精液を利用した体外受精卵の生産に取り組んでいる。

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これまでに精子の選別に成功したという論文が数多く報告されてはきたが、1980年代後半に米国農務省のジョンソン博士が開発したX染色体とY染色体のDNA含量の差(約3.8%)に基づいた選別技術〔1〕は、唯一再現性の高い技術である。この方法の実現にはフローサイトメーターが用いられており、基本技術の特許使用権はアメリカのXY社が有している。

当団では、1980年代末ごろから雌雄産み分けのための選別精液生産の試験に着手した。その後、選別に関わる機器も時間の経過と共に進化を続け、今日までに5世代の機械を導入してきた。当初は精子尾部を切り離し精子頭部しか選別できなかったものが、選別精度と選別速度は機械の能力が代を重ねるごとに向上し、現在では90%以上の確率でXあるいはY染色体を有する精子を人工授精にも体外受精にも利用することが可能な状態で選別できるまでに発展している。技術の変遷の詳細は表1を参照していただきたいが、ここ十数年の技術革新には目覚ましいものがある。

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選別した精子を用いた野外での人工授精試験は、2001年から5年間かけて全国100機関の協力を得て行った。試験には、性選別精液(乳用種はX精子、肉用種はXあるいはY精子を使用)と対照として同じ種雄牛の非性選別精液を用いた。その結果、未経産牛における性選別精液試験では47.9%の受胎率が得られ、非性選別精液(対照区)では58.7%であった。一方、経産牛では未経産牛に比べて受胎率が低下する傾向にあった。生産子牛の性の的中率は93.1%(X精子で93.8%、Y精子で92.5%)と、精子選別時の正確度と同等の比率で的中した。さらに、選別精子を体外受精に用い、発生した胚盤胞の性比を判定した結果も同様の成績であった。

これらの成果を受け、性選別精液を2009年10月からソート90(Sort90)という商標で国内販売を開始した。

3 雌雄産み分け選別精液(Sort90)の品質の向上

子牛生産現場では、雌雄産み分け率と受胎率が重要であると考えている。当団のSort90は、選別精度を当初から90%以上で生産しており、選別精度が89%以下の場合には全て廃棄している。封入精子数は、前述の人工授精試験の結果を基に1ストロー当たり300万精子を充填することとしたが、現在でもじゅうてん精子数は同一である。

供給開始以降、これまでに全国の技術者から報告をいただいた受胎成績を図2に示した。雌雄産み分け選別精液の受胎率は通常精液に比べて低いことを指摘された時期もあるが最近の受胎成績は向上しており、平成26年の受胎調査成績(経産牛も含めた受胎成績)では50%を超えている。受胎率向上の要因としては、全国の現場での受胎率向上に向けた技術者の皆様のご努力に加え、当団で新たに開発した希釈液FCMax〔2〕との相加効果によるものと考えている。

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4 雌雄産み分け選別精液の経済効果

雌雄産み分け精液の利用本数は、その経済的効果を体験された利用者により徐々に増加しているが、幾つかのシミュレーションが報告されている。

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構畜産研究部門の佐々木修ユニット長は〔3〕、性選別精液での産み分け率が90%であることと、ホルスタイン種の通常精液の受胎率が未経産牛で52%、経産牛で42%、黒毛和種の精液の受胎率はそれらより3%高く、性選別精液の受胎率が通常精液に比べ5%低いことを前提条件とし、さらに年間の分娩頭数が60頭の場合には、産歴構成比の初産が30%、交雑種子牛の平均販売価格がホルスタイン種雄子牛より7万円高いと設定し、性選別精液利用による経済効果についてのシミュレーションを行ったところ、農業所得が53万1000〜60万5000円増加することを報告している。

また、帯広畜産大学の河野洋一氏ら〔4〕は、性選別精液の利用回数や収益計算のシミュレーションを行ったところ、受胎率が低い場合には収益性が不安定になることから受胎率の改善が重要であることを指摘されている。さらに、全頭利用の場合には受胎率は50%以上、利用割合が50%の場合には受胎率45%以上を維持することが重要であると報告している。

5 おわりに

このように、雌雄産み分け技術は効率的な畜産経営における必要性の実現と周辺技術のさらなる開発により、畜産業界に革命をもたらした技術である。

この技術は、近年運用段階に入りつつあるゲノミック評価においても有用な技術である。すなわち評価上位の雌牛に高能力の乳用種X選別精液を授精することにより、より高能力の牛群を計画的に整備できる可能性を秘めている一方で、評価下位の雌牛には肉用もと牛生産用の黒毛和種Sort90オス(Y)体外受精卵を利用した高付加価値副産物により、酪農経営の向上に役立つものと考えられる。

肉用牛では高値販売で収益増加が期待できる雄子牛生産および希少系統や後継雌牛の確保可能な繁殖雌子牛生産に性選別精液が有効に利用できるものと考えられるが、その使途の広がりはそれぞれの経営の中で創意工夫により可能である。

最後に、雌雄産み分け技術を国内で実用化できたことは、野外の授精試験に協力いただいた技術者など関係者の皆様のご支援の賜物であり、この誌面をお借りして感謝申し上げる。


引用文献

〔1〕 Johnson L.A.:Theriogenology, 29(1), 265(1988)

〔2〕 内山京子:酪農ジャーナル, 68(3),22〜24 (2015)

〔3〕 佐々木修ら:牛の性選別精液利用による経済効果 農研機構HPから
     http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/nilgs/2010/nilgs10-12.html

〔4〕 河野洋一ら:農業経営研究, 52(1・2), 95〜100(2014)


(プロフィール)

平成2年4月 社団法人家畜改良事業団に技師として入団

         家畜改良技術センター(現在の家畜改良技術研究所)人工授精研究課に配属

平成14年4月 家畜改良技術研究所 繁殖技術部 開発第二課長代理

平成19年4月 同研究所 繁殖技術部 開発第二課長

平成20年4月 同研究所 繁殖技術部 開発第一課長

平成21年4月 同研究所 繁殖技術部 開発第二課長

平成28年4月から現職

        (一般社団法人家畜改良事業団 技術・情報部 次長)


				

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