海外情報 畜産の情報 2017年6月号
調査情報部 青沼 悠平、小林 誠
ミャンマーでは、2011年の民政移管後の経済成長に伴い牛乳・乳製品の消費は拡大し、生乳生産量も増加している。小規模・零細酪農家が大半を占めているが、近年、海外からの技術支援や投資を受けて、中規模・大規模酪農家の数は多くなってきている。一方で、安価な乳製品の輸入や生乳価格の地域差などにより、酪農全体の発展が進まないという課題もある。
1 はじめに |
ミャンマー連邦共和国(以下「ミャンマー」という)は、2011年に民政移管が実現し、民主化と経済改革が推進されることとなった。2016年3月にはアウン・サン・スー・チー氏側近のテイン・チョウ氏を大統領とする新政権が発足し、民主化の定着、各民族の和解、経済発展のための諸施策が実施されることとなり、急速な経済発展と外国から活発な投資が行われるようになった(表1)。同年10月7日に米国が約20年間実施してきた経済制裁を解除したことで、同国の経済発展は加速するとの期待が高まっている。
ミャンマーは、国土面積が日本の約1.8倍(68万平方キロメートル)あり、国土に占める農地の割合は、日本が12.5%であるのに対し、19.2%となっている。また、国土の中央部を南北に流れるエーヤワディー川を中心に肥沃な平原地帯が広がっているほか、北部には高原地帯もあり、多様な気候条件があることから、農業生産の潜在力が高いとされている(図1)。
GDP(国内総生産額)成長率は、2011年以降、年率6〜8%で推移し、国際通貨基金(IMF)によると、2017年は7.5%となる見通しであり、世界でも最も成長の著しい国に含められ、最後の投資フロンティアとしての注目を集めている。農林水産業は、GDP(2014年)の28%を占めるだけであるが(図2)、労働力配分では国民の70%が農業に従事しており、農業への依存が大きい。このため、政府は、農業分野に対して、農産物の生産拡大や農業従事者の生活向上の取り組みを進めており、酪農振興もこの政策の一環とされている。
本稿では、変貌著しいミャンマーにおける、酪農・乳業の現状と課題について、2017年2月に実施した現地調査を踏まえて概観するとともに、今後の見通しについて報告したい。
なお、本稿中の為替レートは、1チャット=0.08円、1米ドル=112円および1NZドル=79円(4月末日参考相場:0.082円、TTS相場:112.29円、78.57円)を使用した。
2 畜産における酪農の位置づけ |
家畜飼養頭羽数は、全畜種で増加しており、2014年度の牛の飼養頭数は、1554万3000頭となっている(表2)。農業・畜産・灌漑省畜産・獣医局(以下「畜産・獣医局」という)は、このうち乳用牛は50〜60万頭であり、牛の総頭数に占める乳用牛の割合はおよそ3〜4%程度であるとしているが、詳細については、2017年に公表される予定の農業センサスの結果を待つ必要がある。
牛については、近年、農業の機械化が進んでいるものの、その多くは、農作業の耕作や物資の移送のために役用として飼養されており、役牛からも搾乳は行われている。また、同国では、農業において役牛の重要性が高いことから、1947年に制定された「Essential Commodity Act」(以下「1947年法」という)において、役牛のと畜を禁止するとともに、国内の移動も制限しているため、かなりの頭数が国境を接する中国やタイへ不正に輸出されているとされている。畜産・獣医局は、現在、1947年法の対象になる乳雄牛について、酪農家が肉用に販売できるよう、1947年法の改正を働きかけている。
牛乳・乳製品消費量は、近年急増しており、2015年度の1人当たり消費量は45.7キログラムとなった(表3)。ヤンゴン首都圏を除き、生産された生乳の多くは加糖れん乳に加工され、ティーショップと呼ばれる飲食店で紅茶やコーヒーに入れて消費されている。また、粉乳類を含めた乳製品輸入量も年々増加している。
畜産・獣医局は、特に中国との国境を経由した安価な不正輸入がこれら統計上に現れる公式ルートによる輸入のおよそ5倍あることから、品質や安全性に対する懸念を有している。一方、現地の専門家は、ミャンマー人の伝統的な食生活には牛乳・乳製品が含まれないことや現地での生活実感から、1人当たり消費量は10キログラム程度ではないかとし、2014年にオランダのヴァーヘニンゲン大学が実施した調査報告もこれに近い数字を妥当としている。
牛乳・乳製品消費量は現状では非常に少なく、所得向上により消費量が増加するという世界共通の傾向に照らせば、今後の消費量の増加に大きな期待が寄せられている。
マンダレー市内のアウンジ・トゥ・ティーショップは、2000年に国道に隣接する寺の敷地内で開業した。200席ほどある大型店舗であり、オーナーのウィン・アウンジ氏は、この店から800メートル離れた場所にも同規模の店舗を持っている(写真1、2)。以前は5店舗まで拡大したが、従業員の確保難により現在の2店舗に縮小せざるを得なかったという。土地は宗教省を通じて、1カ月当たり350万チャット(28万円)で賃借しているが、1年分前納しなければならないのが悩みだという。
訪問時は昼食時間の前(午前11時ごろ)だったが、店舗内は8割方客が入っており、ほとんどが紅茶にれん乳を加えたミルクティーを飲んでいた(写真3)。また、ほぼ10代という多くの男女従業員が忙しく働いており、従業員は全体で50人に上るという。ミルクティーは、1杯当たり50チャット(4円)であり、同店舗では1日当たり加糖れん乳2缶(1缶当たり22.4キログラム)を使用する。加糖れん乳は、あらかじめお湯で2倍に希釈して使用している。同店舗で使用している加糖れん乳は、地元企業の製品であり、タイ産の売り込みもあったが、顧客は地元産の風味を好んでいるという。
オーナーによれば、最近の景気は良く、同店舗の1カ月当たりの売り上げ高は、約1000万チャット(80万円)に達するという。
3 酪農の概要 |
ミャンマーの酪農の形態は、国土の中央部に位置し標高がやや高く稲作以外の作物栽培に適したマンダレー管区と、稲作中心で酪農に適した土地は少ないが需要が高い大都市ヤンゴン市周辺の2つの地帯に大別できる。首都ネピドー市周辺にも酪農家が存在するが、これらは前政権以前に政治力によって半ば強制的に配置されたものであり、上記の類型に属していない。ミャンマーの酪農家の85%は飼養頭数30頭以下の小規模・零細酪農家であり、多くの場合、敷地内につなぎ飼いし、野草や稲わら、豆の茎葉といった農業副産物を給与している。残りは、飼養頭数30〜100頭未満の中規模酪農家、100頭以上の大規模酪農家などとなっている。
マンダレー市西部のタタウ町は、平たんながら水田には不向きであり、野草資源が豊富だったため、英国植民地時代の1885年にインドから初めて乳用牛が導入された酪農発祥の地とされている。しかし、それとは別に同町には、現在でも特定の住居を持たず、在来牛を放牧しながら移動する遊牧民が多く見られ、同町で生産される生乳の約半分はこうした遊牧民によって生産されている。
乳用牛の品種は、ホルスタイン種と在来種の交雑種が主流であり、ジャージー種と在来種の交雑種も混在している。ホルスタイン種などの温帯種は、泌乳量が多く、搾乳期間も長いが、耐暑性が低いことから、熱帯・亜熱帯の同国においては生存できる可能性が低い。実際、タイのチャルン・ポカパン(CP)社が首都ネピドー市に寄贈した近代的酪農場に導入されたホルスタイン純粋種20頭は、全て暑熱により2年以内に死亡した。このため、乳用牛は、ホルスタイン種と在来種の交雑種が主体であり、ホルスタイン種の血量は酪農家によってさまざまであるとされるが、記録が十分残されていないことが多いため正確のところは不明である。また、体色の白い在来種も搾乳対象とされているほか、ゼブー系の中では泌乳量が多いサヒワール種なども、耐暑性、ダニ熱への耐性の観点から飼養されている。
今回調査した酪農家の多くは、人工授精による交配も実施しており、自然交配との比率は1対1が最も多かった。これらの農場では、凍結精液を畜産・獣医局の育種場から購入するほか、米国、ドイツやニュージーランド(NZ)などから1本当たり1万チャット(800円)程度で輸入している。一般に、畜産・獣医局の育種場の種雄牛の遺伝的能力に対する酪農家の評価は芳しくなく、できれば輸入凍結精液を使いたいという声が多く聞かれた。また、性判別精液の利用を検討している酪農家もいたが、1本60米ドル(6720円)と高価なため実際には利用できていない。
ミャンマーの酪農家では、遊牧民による放牧を除き、土地不足を主な理由として、放牧が行われることはほとんどない。飼料用草地を所有している大規模酪農家もあるが、そうした酪農家を含め、飼料は、路傍や野草地で刈り取った草を購入したり、稲わら、野菜の外葉、脱粒後の豆の茎葉といった農業副産物の購入や自家利用が中心である。また、濃厚飼料については、市場で最も安く購入できる落花生の内皮を給与している例が多く見られ、酒造工場に近い酪農家ではビール醸造かすを購入して給与するなど、栄養面よりも価格面を重視した給与体系となっている。
一方作物については、コメをはじめ、大豆、小麦などの生産量が多い(表4)。落花生、ゴマなどの油料作物は、国民の食生活に欠かすことができない食用油を確保するため、旧軍事政権下において油料作物の自給政策がとられたことから、生産量が増加した。大豆、落花生、ゴマなどの搾油かすは、配合飼料の原料として利用されている。
畜産・獣医局マンダレー事務所で入手したデータによれば、マンダレー管区の北部には配合飼料工場が8カ所ある。1日当たりの生産能力では、インドネシアの飼料大手企業JAPFA−Comfeed社の200トンが最大で、国内7企業は50〜100トンとなっている。ただし、配合飼料は、養魚用の生産が最も多く、乳用牛用は非常に少ないとされている。
粗飼料については、稲作が盛んなため主に稲わらが利用されており、野草、パラグラス(低湿地に適した熱帯イネ科牧草)、トウモロコシおよびソルガムの茎葉、豆類の茎葉や豆殻なども利用されている。国際連合食糧農業機関(FAO)のプロジェクトでネピアグラスが導入されたが定着せず、最近は、イネ科ではパスパルム属、ギニアグラス属、マメ科ではマンダレーなど畑作地域用のStylosanthes hamata、低湿地用のS.guianensis などの種子が、タイやNZなどから輸入されている。稲わらは、耕作地に山積みされ一定期間乾燥した後、年間を通して給与される。また、パラグラスなどの茎葉は、青刈りし細断して給与される。
口蹄疫をはじめとする多くの家畜疾病が毎年発生しており、畜産・獣医局は、「家畜衛生及び畜産振興法」に基づき家畜疾病の発生情報の把握、家畜衛生の指導、ワクチンの無償接種などを行っている(表5)。口蹄疫については、発生地点から半径20キロメートルの移動制限区域が設定されるが、口蹄疫による家畜の斃死率が低いため、農家はこれを重大な疾病であると考えない傾向があり、制限を守らずに家畜を移動する生産者が多いことも疾病が終息しない要因となっている。
2011年の新政権発足の際、大統領は、農業セクターの長期開発計画を策定する必要性を述べ、持続可能な農業開発と20年後に近隣諸国と対等な競争力を持つことを目標として、20カ年開発計画(2011〜2030年)が策定された。その中で、畜産に関係するものは、以下のものが挙げられる。
・畜産の規模拡大
・畜産の技術開発の推進
・牛乳・鶏卵・食肉の国内需要を満たす畜産物の増産
・畜産を営む地域の社会・経済環境の改善
そして、畜産・獣医局は、酪農を養鶏に次いで重要な産業と位置づけており、以下の振興策を行っている。
ア 学乳制度
2005年に畜産・獣医局とFAOは、子供の栄養失調を低減させることを目的に、ヤンゴン市、ネピドー市、マンダレー市の小学校に通う児童を対象に、週1回UHT牛乳(超高温殺菌牛乳)を配布する制度を開始した。一時は多くの地元企業が同制度に参画したが、政府の予算が減少し、運営費が縮小していることから、最近は、牛乳より安価な豆乳の配布が開始されているという。最近、スウェーデンのテトラパック社が、UHT牛乳の無償配布を開始している。
イ 畜産・獣医局による支援
政府は、マンダレー管区のメイティラ町とメイミョー町およびサガイン州を酪農優先支援地域に指定し、酪農技術発展のために年間3000万チャット(240万円)を補助している。ただし、酪農家1戸当たりでは、約80万チャット(6万4000円)とわずかな金額にすぎない。
また、畜産・獣医局の職員などに対し畜産技術に関する研修を行っており、2016〜17年は全土で83回の各種研修を実施し、2590人が受講している(表6)。一般に、畜産農家がこれら研修を受講する機会は乏しく、飼養管理技術に関する知識の普及は進んでいない。
NZ政府は、ミャンマーにおいて、2014年2月から5年間のプロジェクト(予算総額:610万NZドル(4億8190万円))としてNZプロジェクト(Myanmar Dairy Excellence Project)を実施している。
2016年2月までが第1フェーズ、同年3月から2019年2月までが第2フェーズとされている。このプロジェクトの目的は、酪農家には質の高い生活を提供し、消費者には安全な食品を提供するため、収益性が高く競争力のある酪農産業を開拓する政府の活動を支援することとされている。第1フェーズでは、酪農家66戸を中核農家とし、飼料生産、家畜栄養、生乳品質の向上に関する現場での活動が行われた。第2フェーズでは、第1フェーズの中核農家に対する活動のほか、消費者へ安全な牛乳・乳製品を届けるため、検査機関をはじめ生産から販売に至る流通経路の要所の改善を行うとされている。NZ外務貿易省は、同プロジェクトの実施により5000人の酪農家が裨益するとしている。
4 生乳生産 |
近年の牛乳・乳製品の消費量の伸びを受け、中規模・大規模酪農家の数が10年前に比べて増加傾向にあり、前述のとおり生乳生産量は増加傾向で推移している(表3)。生乳生産量185万トン、乳用牛頭数55万頭、搾乳期間を250日(交雑種300日、在来種200日の平均)とすれば、1頭1日当たり平均搾乳量は約13キログラムと推計される。しかし、統計上「乳用牛」として扱われていない在来種の役用雌牛からも実際には搾乳されており、この搾乳量は同1〜2キログラム程度とされている。マンダレー管区の中小乳業工場では、集乳量の約半分がこのような役用雌牛の生乳であることから、「乳用牛」の平均搾乳量は、この推計値をかなり下回っているとみられる。今回調査した酪農家の中で搾乳成績を記録していたのは、獣医師が管理者として常駐する集乳・処理が主体の酪農家とNZプロジェクトで中核酪農家に選定された酪農家だけであり、搾乳に関するデータの信頼性は低い。
ミャンマーの酪農家は、規模や立地条件によって生乳生産・出荷方式が大きく異なっているため、以下に現地調査の結果を類型化して報告したい。
ア 小規模・零細酪農家
稲作や畑作との複合経営で、本来役牛として飼養している牛から搾乳を行っている。生産した生乳は、
(1)乳業会社や自社ブランド牛乳の生産を行う酪農家と契約して販売
(2)ミドルマンと呼ばれる中間業者を通じて乳業会社や生乳市場へ販売
(3)自ら市場で販売
のいずれかの方法で販売される。また、インド系住民が自家消費用の生乳を生産し、余乳を販売する例も多いとされる。
飼料については、稲作農家の場合、稲わらを野積みし(写真1)、年間を通じて給与するほか、一般に農業副産物が主要な飼料とされるが、農業副産物の発生には季節性があるため、野草を購入して給与することも多い。牛はつなぎ飼いが多く、通常、放牧は行われない(写真2)。
マンダレー管区ピンウーリンの酪農家は、トウモロコシ生産との兼業で成雌牛5頭を飼養しており、1日当たり搾乳量は24〜26キログラムであった。生産した生乳は、1キログラム当たり940〜1125チャット(75〜90円)で地元の生乳市場で販売している。この販売価格は、ヤンゴン市周辺で飲用乳向けとして生乳市場に供給する場合に匹敵するが、加工原料乳として供給する場合には、450チャット(36円)程度となる。この酪農家の場合、酪農から得られる年収は、1000万チャット(80万円)であった。同国の最低賃金が1日当たり3600チャット(288円)であり、年中無休で働いたとしても131万チャット(10万4800円)にしかならないことを考慮すれば、副次的収入としてはかなり高い水準と言える。
イ 中規模・大規模酪農家
ヤンゴン、マンダレーの両管区に存在し、単に乳牛頭数を増やしたものから、地域の実情に見合った形で付加価値化を図っているものまで、さまざまな経営形態が混在している。
(ア)小規模・零細酪農家が飼養頭数を拡大したもの
ヤンゴン市東部イエツィンの政府機関の敷地内に牛舎3棟を構えるインド系のグン・フラー氏(70歳)は、20年前からこの地で酪農を経営している。
現在の飼養頭数は、150頭(搾乳牛90頭、乾乳牛20頭、未経産牛15頭、種雄牛5頭、子牛20頭)であり、土地の制約からパドックを持たず、周年牛舎内でつなぎ飼いしている(写真3)。搾乳期間は250日程度、分娩間隔は18カ月程度としているが、記録の習慣がないため、飼養頭数を含めたデータは正確ではない可能性がある。
搾乳は朝1回のみであり、1日当たり搾乳量は540キログラムである(写真4)。生乳は、1キログラム当たり1125チャット(90円)で地元の生乳市場に販売するか、ゴールデン・シュリンプ乳業へ販売している。バルククーラーを設置していないため、生乳は常温のまま集乳缶で配送している。
この酪農家の乳代収入は、単純計算で年間2億2174万チャット(1774万円)に達しており、飼料代に加え地代の現物納付もあると思われるが、収益はかなり高い。
(イ)生乳加工施設の併設による六次産業化型酪農家
今回の調査では、都市部と農村部の所得格差が一層拡大していることが観察された。このことは、ヤンゴン市とマンダレー市の量販店の違いにも反映されており、ヤンゴン市では、日本とそれほど変わらない近代的な量販店が数多く見られ、飲用乳やヨーグルト飲料が冷蔵ショーケースに陳列されているのに対し、マンダレー市では、こうしたショーケースはごくまれであり、ほとんどが常温流通の可能なLL牛乳や缶入りの加糖れん乳で占められていた(写真5、6)。
六次産業化を図っている酪農家の生産する乳製品もこのような違いに影響を受けている。
ヤンゴン市近郊にあるアマン酪農場は、ミャンマー生まれの台湾人によって2004年に乳牛12頭で開設され、現在の成牛頭数は92頭である(子牛頭数は不明)。1日当たり搾乳量は、1600キログラムであり、1頭1日当たりの搾乳量は、25キログラム程度となる。
パドックや牧草地を設置する土地の余裕はなく、牛は常時牛舎内につながれている(写真7)。搾乳は、朝、夕の2回、イタリア製の移動式搾乳機10台で25名の従業員が交代で担当している(写真8)。粗飼料は、刈り取った野草を購入しており、濃厚飼料も、配合飼料のほか、近隣のビール工場から醸造かすを1トン当たり7万チャット(5600円)で購入している。
生産した生乳は、農場内で加熱殺菌し、パスチャライズ牛乳として農場の独自ブランドで市内の量販店へ卸している他、昨年初めに飲用ヨーグルトの製造も始め、同様に販売している(写真9)。パスチャライズ牛乳の方が、飲用ヨーグルトよりも売れ行きが良いとのことである。
なお、同農場では、近隣に約9ヘクタールの土地を確保し、牛舎などを建設中とのことで、事業が順調であることをうかがわせる。
マンダレー管区にあるタウ・マ農場は、牧場主のウ・キン・マウン・ウイン氏(56歳)が、30年前に2頭の牛から酪農を始めたもので、現在の飼養頭数は210頭(搾乳牛81頭、乾乳牛・未経産牛45頭、他は子牛)となっている。この農場は、NZプロジェクトの中核農場として、高床式子牛用ケージやフリーストール牛舎を導入し、衛生管理に努めているほか、記録の重要性も理解している。
1頭1日当たり搾乳量は、約12キログラムで、搾乳期間は約300日、6〜7産まで供用している。
81ヘクタールの農地を所有し、コメ、トウモロコシ、ヒヨコ豆を栽培している。飼料は、稲わらのほか、トウモロコシ、綿実かす、配合飼料を給与しており、ヒヨコ豆の茎葉や豆殻といった農業副産物も給与している(写真10)。
農場には、生乳処理・加工場が併設されており(写真11)、加糖れん乳とヨーグルトを製造し、市場や小売店で販売している。マンダレー管区では、生乳の農家販売価格が1キログラム当たり500チャット(40円)と安く、流通業者を通じた販売は採算をとるのは難しいが、自ら加工することで同690チャット(55円)での販売に相当する収益を得ているとのことである。
(ウ)集団化により自社ブランド牛乳を生産しているもの:シルバー・パール乳業
同社は、1999年にヤンゴン市近郊において乳牛8頭で酪農を始めたが、2010年に、生乳生産を行いつつ、近隣の小規模・零細酪農家からも契約によって生乳を調達し、自社ブランドで飲用乳を製造する業態に転換し、ヤンゴン管区最大の乳業メーカーとなっている。現在、自社農場では、2棟の牛舎に成雌牛45頭、雄牛2頭を含め101頭を飼養している。契約酪農家は、58戸あり、搾乳牛630頭が飼養されている。
自社農場の牛には、1キログラム当たり31チャット(2円)で購入する野草や同94チャット(8円)で購入する稲わらを主体に給与するほか、配合飼料を月齢に応じて給与している。
契約酪農家の1頭1日当たり搾乳量は8.7キログラムであり、1日当たり5508キログラムを集乳している。自場内には、生乳検査室が設置されており、職員の獣医師が細菌数、体細胞数、残留抗生物質などの検査を行っている(写真12)。生乳から抗生物質が検出された場合には、契約酪農家に対し、800万チャット(64万円)の罰金を科すことができる。
生乳は、牧場内の処理施設でパスチャライズ牛乳や飲用ヨーグルトに加工され、ヤンゴン市内の量販店のシティ・マートなどに1日6回出荷している(写真13)。
(エ)観光牧場化による牧場直販型:12月農場(マンダレー管区ピンウーリン町)
マンダレー管区のピンウーリン町にある12月農場は、サン・フラ氏(40歳)が、2003年に土地を購入し、乳牛1頭から始めた酪農場である。現在は、フリーストール牛舎2棟(写真14)の他、イチゴ狩りや小動物とのふれあい牧場を設置し、さらにレストラン2棟を併設して、観光牧場としている。
1日2回搾乳しており、1日当たりの生乳生産量は、800キログラム(1頭1日当たり8.9キログラム)となっている。
併設のレストランでは、牧場で生産された生乳を加熱殺菌したものが250ミリリットル当たり500チャット(40円)、これを冷蔵したものが同600チャット(48円)で販売するほか(写真15)、農場併設の簡易処理施設で製造したヨーグルトやアイスクリーム、加糖れん乳を丸めた菓子(180グラム当たり1万2000チャット(960円))を販売している。
(オ)大規模酪農家:TM農場(ヤンゴン市近郊)
ヤンゴン市近郊にあるTM農場は、牧場主であるウ・タン・ミント氏が、1974年にモン州で牛50頭の飼養を始め、その後同地に移転し、現在の飼養頭数は1600頭(成雌牛1400頭)となっている。
8棟の牛舎があり、耐用年数を考慮して、建設費は高いが鉄骨とトタンを使用し、コンクリート床としている。繁殖は全て人工授精で行なっている。
1日当たり搾乳量は2560キログラムで、8割をパスチャライズ牛乳、残りをヨーグルトとしてヤンゴン市内の量販店に自社ブランドで卸している。ミント氏は、酪農の収益性が高いことから規模を拡大する意欲を示しており、既に12ヘクタールの土地を確保して準備を進めている。
酪農家が生産した生乳は、一般的に集荷業者(またはミドルマン)を通じ生乳市場に集乳され、そこから加糖れん乳工場などに卸されて加工され、小売店、ティーショップを介して消費者に届けられる。酪農家が生産した生乳は、冷却されずに集乳缶(1缶22キログラム程度)に入れられ、集荷業者のバイクやトラックなどの荷台に積まれて生乳市場(写真16)や加糖れん乳工場などに運搬される(写真17)。
酪農家や生乳市場ではゴミなどの不純物の除去は行われているものの、土ほこりが舞う道路沿いで生乳取引が行われており、衛生管理の概念は浸透していないように思える。
生乳市場は、通常朝夕の2回開催されており、集荷業者とバイヤーとの間で取引が行われる。バイヤーの方が集荷業者より強く、取引価格の基準となる建値も存在しないため、バイヤーの言い値で価格が決定される面があるが、集荷業者間の情報網があるため、生乳に特段の瑕疵がない限り、実勢価格を下回ることはない。ヤンゴン市では、冷たい飲み物を求める消費者の需要が増加する暑期(3〜5月中旬)に取引価格は上昇し、需要が減少する雨期(5月下旬〜10月中旬)は低下する傾向にあるという。また、品質や生乳の輸送費によって価格に差が出る。
このような流れとは別に、ヤンゴン市内でUHT牛乳を製造するダブル・カウ社のように、マンダレー管区に専用のバルククーラーを備えた集乳所を複数設置し、ヤンゴン市周辺よりも安い価格で原料乳を調達している企業もある。マンダレー空港に近いリン・ミン町にある同社の集乳所では、1日当たり1920キログラムの生乳を1キログラム当たり625〜750チャット(50〜60円)とヤンゴン市周辺の平均価格(同1125チャット(90円))の6割程度の価格で仕入れ、2度に冷却した後、保冷車で約450キロメートル離れたヤンゴン市へ送っている。輸送に使用する保冷車に冷蔵設備を備えていないが、到着時の生乳の温度は10度未満であり、品質上問題はないとされる。
マンダレー管区では、多くの加糖れん乳工場があるため、生産された生乳は、主に加糖れん乳に仕向けられるが、飲用牛乳やカッテージチーズの原料として、酪農家から消費者に直接流通するルートもある。大規模な加糖れん乳工場は、国産生乳のほかに輸入粉乳類(全粉乳、脱脂粉乳)を原料として使用している。これらは、シンガポール、タイ、マレーシアなどから輸入され、国産生乳より安価となっている。
ア 近代的大規模乳業工場:ミャーブイン乳業
マンダレー管区のキョウクセ町に本社工場がある国内最大の乳業であり、加糖れん乳のほか、製菓向けの生クリームを製造している。1200戸程度の契約農家から集乳しており、1日当たりの加糖れん乳生産量は、約30トンとなる。コ・ウィン・ボ社長によれば、国内の加糖れん乳のおよそ4割を供給しているという。マンダレー管区に10カ所の集乳所を保有している他、春季の生乳急増時の余乳対策として、粉乳とバターの製造施設を有している。
主力の業務用向けのバルク品はティーショップに、消費者向けの缶詰は量販店に、マンダレー管区を中心に出荷している(写真18、19)。同社の市場シェアは既にミャンマー北部で圧倒的なものとなっていることもあり、顧客の好みに合致していることから、特に業務用については輸入品や競合他社に対して強い自信を持っていた。
イ 中規模乳業工場:ヤダナー・シン・ミン乳業
筆者が15年ほど前にマンダレー管区の酪農事情を調査した際には、村ごとに集乳所が設置され、集乳所に隣接して鍋の代わりにバスタブを使った極めて小規模な加糖れん乳工場が多数存在していた。これらの工場は、ミャーブイン乳業のような大規模乳業会社の台頭と安価な輸入乳製品の増加によって淘汰されたとされるが、中間的な規模の乳業工場は、今もなお残されている。
ヤダナー・シン・ミン乳業は、ミャンマー酪農発祥の地に立地し、加糖れん乳のみを製造している。同社は、4カ所の集乳所を通じて契約酪農家から1日当たり5120キログラムを集乳し、同1720キログラムの加糖れん乳を製造している。集乳量の半分は、ホルスタイン交雑種を飼養する酪農家で生産されるが、残りの半分は、在来種を飼養する遊牧民が生産したものである。
同社は、生乳を安定的に確保するため、契約農家に対して、1日当たり生乳16キログラムにつき50万チャット(4万円)の契約金を支払っている。この契約金は、契約を解除する際には返還する義務がある。
同社は、ミャーブイン乳業や輸入品との競争が激化している上、砂糖価格が高騰していることで、苦しい経営状況にある。
ここでの生乳価格とは、酪農家が集荷業者を通じて生乳市場に出荷し、バイヤーとの取引後、集荷業者の手数料が差し引かれて酪農家が受け取る手取り価格のことをいう。
今回調査した生乳価格は、ヤンゴン管区で1キログラム当たり1000〜1200チャット(80〜96円)、マンダレー管区では同400〜550チャット(32〜44円)となっており、およそ2倍の価格差がある。この理由として、生乳の生産量、消費人口および生乳の用途の違いなどが挙げられる。マンダレー管区は、ヤンゴン管区に比べ生乳生産量は多いが、人口は少なく消費需要に対し供給量が上回っている上、前述のとおり加糖れん乳工場が多いことから、生乳は加工用として主に仕向けられる。一方、ヤンゴン管区は、マンダレー管区に比べ生産量は少なく、人口の多い消費地まで近いというメリットがあり、しかも主に飲用として仕向けることができる。
5 酪農・乳業の課題 |
これまで見てきたように、ミャンマーの酪農・乳業をめぐる情勢としては、国際関係の改善により外国投資が活発化しているほか、経済発展のための諸施策が実施されるようになったことで、国民の牛乳・乳製品の消費量は拡大しているが、一方で、安価な乳製品の輸入、不安定な生乳価格などさまざまな課題を抱えている。そこで、現在の同国の酪農・乳業の課題を以下のとおり整理する。
ASEAN(東南アジア諸国連合)域内からの乳製品の輸入は、1992年に合意されたASEAN自由貿易圏の規定により、一部適用外の品目を除き無税となっている。タイでは、乳製品の輸入に対し申請量の20%に相当する国産生乳の買い入れ契約を義務づけるローカル・コンテント規制を設けているが、ミャンマーは、このような規制もなく、域内の乳製品関税率も一律3%となっている。これに加え、中国から安価な不正規品が相当量輸入され、同国の酪農は、安価な輸入品との競争にさらされている。
今回の調査では、一部保冷車による生乳輸送の事例もみられたが、小規模・零細酪農家や、中間業者には生乳を冷却輸送するという概念は浸透していない。また、乳業による生乳検査は実施されているが、検査施設や器具が不十分なところが多く、酪農、乳業に携わる者の衛生管理に対する意識は低い。
ヤンゴン市を中心に牛乳の消費量は伸びている一方で、その需要を満たすため脱脂粉乳とパーム油(植物油)を混合し、外観や食味を牛乳に類似させたフィルドミルクの生産が増加している。飲用牛乳の歴史が浅く、牛乳との味の識別が難しく、英語表示の場合は成分の識別も難しいことから、消費者はより安価なフィルドミルクを購買することが一般的であり、牛乳の消費拡大の障害となっている。
同国には日本の酪農協同組合のような酪農家の経営安定と生乳の過不足を調整する組織は存在せず、酪農家は、流通業者を通じるなどして自ら生乳の販売ルートを探す必要がある。このことが、供給量が少なく大消費地に近いヤンゴン管区と供給量の多いマンダレー管区の価格差を大きくしている原因の一つとなっている。酪農全体の発展には、酪農家が生産した生乳を安定的に乳業メーカーに販売できるような仕組みも必要ではないか。
6 おわりに |
2011年に民政移管によって誕生したテイン政権は経済開放へ向け大胆な改革を進め、欧米諸国をはじめとする国際社会との関係を改善し、「国際社会の嫌われ者」から一転し、「アジア最後の投資フロンティア」と呼ばれるようになった。2015年の総選挙で大勝した国民民主連盟もこの流れを継続し、経済発展のためのさまざまな施策に加え、外国投資を積極的に受け入れしたことから、外資企業がチャンスを見いだし相次いで同国へ進出している。
外資企業の進出によりヤンゴン市内では近代的な量販店が数多く見られ、これらの店舗では中間層、富裕層向けにバター、チーズ、ヨーグルトなど豊富な乳製品が販売されており、都市部を中心に所得水準が上昇し、牛乳・乳製品の消費構造が少しずつ変化していることがうかがえる。しかし、牛乳・乳製品の消費量は、畜産・獣医局から統計は公表されているものの、同局関係者を始め同国畜産専門家も実態との乖離の可能性が高いことを指摘しており、実消費量を把握することは簡単ではない。
生乳生産量は、海外からの技術支援や投資を受けた中規模・大規模酪農家が増加し、増加傾向で推移していることは確かなようだ。大消費地を擁するヤンゴン管区の乳価は、飲用が主体となるため総じて高く、酪農は同管区では収益性の高い産業となっている。一方で、ヤンゴン市周辺以外では、加工原料乳として供給する場合が多くなり、必然的に乳価が安くなっており、生乳の価格差を縮小するため、自家加工、観光牧場化、ヤンゴン管区への輸送による飲用加工といった付加価値化の動きが生じている。
東南アジアは、今後10年で中間層が最も多く伸びる地域とされており、ミャンマーもこの例外ではないと思われる。このような経済発展を世界の牛乳・乳製品の事情に照らせば、今後も同国の牛乳・乳製品の消費は増加する可能性が極めて高い。ミャンマーの酪農がこのような牛乳・乳製品の需要増に応えられるかどうかは、同国政府の振興策もさることながら、同国が安定的な投資環境を維持できるかどうかにかかっているものと考えられる。
【参考】
Wageningen University and Research(2014年)「The Myanmar dairy sector-A quickscan of opportunities」