調査・報告 専門調査 畜産の情報 2017年5月号
筑波大学名誉教授 永木 正和
【要約】
メガ酪農経営のみならず、中堅規模経営にも搾乳ロボットの導入が広がりつつある。本稿は、搾乳ロボットが中堅規模経営にどんな効果をもたらしているのか、効果を引き出すためにどんな経営実践をしているのかを、北海道の2戸の酪農経営の実態調査から明らかにした。
投資額は相当に大きいが、(1)最も労働時間を要する搾乳作業から解放される省力化・軽労化効果、(2)個体能力を引き出して生産性が改善されることで生まれる経済効果、(3)経営にも家族生活にも生まれるゆとり効果、が認められた。しかも、これらの効果が規模に依存していない。
しかし、効果を顕在化させるためには、(1)常に搾乳トラブル時に備えた初動体制、(2)搾乳ロボットに適合した牛群構成、(3)搾乳ロボットから提供する情報を最大限に利用し、乳牛にストレスをかけない(家畜福祉を高める)飼養環境によって個体能力を引き出し、健康を維持する発想からの個体管理を徹底(これが知的装置の所以である)、などが明らかになった。今後の少労働力時代の確かな1つの経営モデルとして評価できる。
1 はじめに |
熱量ベースで見たわが国の食料の総合自給率は、10年以上前から39%水準に下げ止まって推移してきている。何とか、崖淵で踏みとどまっているものの、牛乳・乳製品は、漸次、低下してきている。事実、平成17年の国内生乳生産量830万トンが平成27年には740万トンにまで落ちた。これは、担い手不在と高齢化が大きな要因となっているのは言うまでもない。それでも今までは、規模拡大と生産性向上が大きな落ち込みを相殺してくれたが、今後の見通しは不透明である。
フレッシュな牛乳は、栄養飲料としても、バラエティある料理の食材としても日本人の基幹食料である。一方、酪農は都市型から里山型(放牧型)まで立地条件と飼料作基盤の賦存条件に応じて多様に存立しうる特長がある。それ故に、酪農経営は全国津々浦々に存立し、原乳供給してきた。これからも、酪農経営を地域に可及的安定的に存立させてゆかなければならない。
そのためには、“強い酪農経営”づくりのビジョンと政策手法を示し、希望と意欲に燃え、経営感覚と最新技術を習得した次代の担い手を確保しなければならない。そのビジョンとは、酪農経営を目指す若者にとって自分の将来を託せて夢を実現できると確信できて、心を動かす魅力的な経営である。これから一層逼迫する労働力の下でも経営規模を減ずることなく、収益的、持続的に酪農経営を展開できる確信と誇りを持てる“魅せる酪農経営”の姿である。
本稿が取り上げる「ロボット搾乳の酪農経営」は、このビジョンづくりに1つの具体方向性を与えるだろう。これから一層深刻化する労働力不足問題に限っての対応策として、(1)経営展開としては、複数の経営が合体したメガ(ギガ)酪農法人の設立や外部組織の設立・利用、新規就農支援、(2)飼養技術展開としては、放牧型酪農経営などが提案されているが、もう1つの展開方向として、省力・軽労化と高生産性の同時実現を潜在するICT(情報技術)活用による飼養管理である。そこで、本稿はこの酪農経営のICT化に着目する。
ICTの発達や応用に関する話題がにぎわう昨今である。例えば、日立は新開発の特殊な感光フィルムをセンサー面に張り付けて被写体を画像化する“レンズのないカメラ”を開発した。超シンプルにして極薄のカメラ(画像センサー)である。いずれ、農業分野の技術として応用されるであろう。既に実用に供しているものとして、完全制御の葉もの野菜植物工場、センサーを装着した作業機(土壌深度・硬度を感知する定深度田植え機や可変播種・施肥・農薬散布同時作業機など)がある。自動運転トラクターは公道を走る自動車より先に実用化する見込み。ドローンも然り。今後、農業分野で目覚ましいICT化が進展しよう。もともと乳牛の遺伝改良情報で情報利用が先んじていた酪農分野だが、今、畜産分野にも夢が膨らむICT応用の技術開発が胎動し始めた。そして、その先駆けが以下に取り上げる搾乳ロボットである。
搾乳ロボットは、最近、急速に導入に拍車がかかっている。その背景は何と言っても酪農従事者(経営者、家族従事者、雇用者)の絶対的減少であるが、農業のあらゆる分野で逼迫してきていることから、酪農経営の労働生産性を如何に向上させるかについても大きな経営課題である。なにせ、100頭以上規模層ですら搾乳牛1頭当たりの「搾乳及び牛乳処理・運搬」の労働時間は39.47時間を要し、直接労働時間合計68.35時間の58%を占めている(「平成27年度牛乳生産費」より)。加えて、今後のさらなる市場開放への経営強化策を模索してである。当初は雇用労働力に大きく依存しているメガファーム酪農への導入が中心であったが、最近は、家族経営の中堅規模にも広がりを見せている。
なお、搾乳ロボットは「スマート酪農」(次節に説明)へ近づくための大きなステップであると考える。そこで、以下、現段階の搾乳ロボットが、(1)今後の労働力不足問題への有力な解決策になっているか?(2)スマート酪農のパーツとしての知的な装置であれば、生産性向上効果が想定されるが、如何か?その他に効果は?を北海道内の2戸の実態調査から検討することを課題とする。
2 スマート酪農とロボット搾乳 |
「スマート酪農」には高いポテンシャルがある。背景は、近年のICTの目覚ましい進展である。知的推論能力の高いAI、さまざまな対象物体の有り様を正確・迅速に捉えるセンサー、そしてモノ(機器)をインターネットにつなぐIoT(Internet of Things、モノのインターネット)の発達である。さらにロボット技術が進化して、知的で、かつ人間や家畜に危害を加えることなく優しく接する「協調型ロボット」の登場である。筆者は、AIは情報処理技術に包含し、IoTは通信技術に包含し、情報処理(Information)、通信(Communication)、センサー(Sensor)、そして技術(Technology)の頭文字をとって、これらが合体した新しい技術システムを「ICST」と言ってきたが、ここに来て、「ICSRT」と言わなければならなくなった。状況に応じて推論、判断して作業内容を変える知的な協調型ロボット(Robot)が重要な役割を担うようになってきたからである。この種のロボットは、介護・医療分野で注目されているが、酪農分野の搾乳ロボットが先に実用化した。
さて、「スマート酪農」とは、まだ途上ではあるが、ICSRTを活用した酪農飼養技術の体系である。乳牛の生体生理や行動特性、畜舎環境(気象、防疫・衛生など)、自給飼料生産・調製にかかる状況などを常時モニターして、乳牛個体の生理に叶い、乳牛福祉を高める飼養法と畜舎環境に導く技術(作業)を個体別にタイムリーに精密に実行させ、加えて機械的に制御できる作業は協調型ロボットに代行させる酪農経営である。発想は、乳牛をストレスから解放し健康を維持して自発的な産乳を促そうというもの。
スマート酪農を構成する通信系は、(1)自動モニターするセンサー類:乳牛個体の首や前肢に装着するセンサー機器(発情検知、蹄病などの疾病の発見、搾乳ロボットや飼槽への訪問回数、放牧時の運動量、横臥時間の推計、そしゃく音から反芻時間を推定するセンサーなど)、(2)分娩房とフリーストール牛舎内に装着されるWebカメラと作業ロボット(乳房の分房別産乳情報、乳牛の生体生理や乳房炎情報などを収集する搾乳ロボットの他に、オートフィーダー、餌寄せロボット、哺乳ロボット、放牧草(牛)モニター用のドローンなど)、(3)外部組織との通信(乳牛検定協会、家畜共済診療所、普及センター、JAなど)、さらに関係者や経営仲間がネット上に集い情報を共有し合う交流サイトのSNSなどから成る。(1)と(2)はIoT配下で作動、(3)は経営主が持ち歩くスマートフォンやタブレットを端末にしたネットワークである。スマート酪農は、こうして情報空間を広げ、従来の経験や勘に基づいた経営を、収集した各種データに依拠して乳牛の生理と福祉に叶った科学的な判断に基づく経営に転換させる。
以上の理解からして、「ロボット搾乳」はスマート酪農の極めて重要なパーツを構成している。そのロボット搾乳は、とりわけ上記のICSRTを駆使した最先端技術で、人は携わらず、建前としては完全自動で知的・協調型ロボットに搾乳作業させる。ロボット搾乳牛群の特徴は、乳牛にストレスをかけないように自由に行動させながらも(可及的に乳牛の福祉を享受させながら)、個体識別装置によって個体別に能力や生理サイクルを勘案して行動を制御する。その目的で、搾乳ロボットは搾乳の量と質に関する各種データ(分房別に乳量、流速、搾乳時間、電気伝導率、乳温、色調、血乳など)や生理、疾病関連の情報を収集する。従って、搾乳作業をする搾乳ロボットは、作業端末であると共に、データ入力端末でもある。入手したデータ解析から乳量・乳質の産乳成績、乳房炎やケトーシスなどの代謝病や蹄病の発症判定をする。知的ロボットと言われるゆえんである。
搾乳ロボットはロボットだけが注目されがちであるが、牛舎構造、そのセットで飼養管理作業、ロボット搾乳に適合する搾乳牛との一体システムである。そのため投資額が巨額になるので、一般に飼養頭数拡大とか搾乳牛舎の更新・増築の機会に搾乳ロボットの導入が検討される。その時、通常、パーラー搾乳方式も比較検討されるが、今後の労働力逼迫を予想して、高価でもロボット搾乳が選択されがちである。また、作業の重視箇所や個体評価の観点が異なってくるのも注目される。
牛舎はフリーウェイ方式とワンウェイ方式(1方向周回式)がある。あるメーカーの後者方式のロボット搾乳牛導線を紹介すれば、(a)休息エリア(牛床)→(b)待機エリア→(c)搾乳ロボット→(d)採食エリア(飼槽)→(e)処置エリア→(a)……である。なお、各エリアの出口はセパレーション・ゲートになっており、搾乳牛はゲートで個体IDが識別されて、強制誘導され、行動が制御される。また、搾乳の動機付けのために、搾乳ボックスには濃厚飼料オートフィーダーが装備されている。初めてロボット搾乳する初産牛や導入牛は1週間程度の監視や誘導作業を伴う「馴致期間」をとる。
搾乳ボックスに誘導された乳牛が定位置に足を運んだら牛体を保定する。ロボット・アームが作動を開始し、人間に代わって搾乳の一連の作業を行う。メーカーによって乳頭位置の検知方法が異なるが、事前に入力している当該個体の乳房の3D座標情報をベースに、今の乳頭位置を検知し、乳房、乳頭を洗浄し、前搾り用カップで前搾り、マッサージ、乳頭乾燥、そして搾乳用ティートカップを装着して搾乳が始まる。搾乳が終了するとティートカップが自動離脱し、乳頭をディッピングし、ここで搾乳牛は退場する。その後、ティートカップ洗浄、床洗浄する。これで1頭の搾乳工程が終了する。約5〜10分の工程である。この時間差は、個体の泌乳能力と搾乳回数などに依存している。搾乳ロボット全体の自動洗浄は毎日3回行う。
以上の搾乳作業工程を24時間繰り返しており、搾乳牛は、1日に3〜4回搾乳される。これはロボット搾乳だからこその最大の特徴で、これによって産乳水準を引き上げる。もちろん、乳牛コンディションを最適に維持する飼養管理、乳牛福祉が前提である。そのため、搾乳ロボットが乳牛個体の泌乳情報、生理情報を多種多様に収集し、飼養管理、経営管理に活用されている。
3 搾乳ロボット導入経営(1) 前田牧場(冠名ロイアルオーク牧場) |
北海道十勝地方は、わが国屈指の大規模な畑作経営と酪農経営が展開している主幹農業地域で、近代的な資本装備をして高い生産性を誇っている。酪農は、平成26年に北海道の受託乳量380万トンの110万トンを出荷する主産地である。
そんな十勝に立地する前田牧場は、2年前から経営主の前田裕輝氏(28歳)、両親(先代)の友司氏(66歳)と妻の玲子氏(63歳)、そして長女の夫で脱サラした盛政雄氏(38歳)の4人が従事している家族経営である(この4月からは次女の夫も従事予定と聞いている)。加えて、タイからの海外技能実習生の女性2人の6人が専従している。6人のシフト週休の勤務体制をとっている。現在の経産牛飼養頭数は140頭、うち搾乳牛110頭である。北海道の飼養農家一戸当たり経産牛頭数は73頭(平成28年「畜産統計」)であるが、十勝地域にあっては平均規模をやや上回る程度の中堅家族経営である。自給飼料作は草地42ヘクタールと畑地の飼料トウモロコシ15ヘクタールで、他に小麦17ヘクタールを栽培しており、合計面積は74ヘクタールになる。
2009年にフリーストール牛舎を新築、搾乳ロボット2基と給餌ロボット、育成舎に哺乳ロボットを導入した。牛舎建設と関連施設、スラリー・ストア(2200立方メートル)、その後の牛舎改築分を合わせて約2億円を投じた。スーパーL資金などによるが、借入金は計画的に返済しており、現在時点の借入金残高約7700万円にまで減らした。搾乳ロボットはデラバル社製で個体識別装置込みの本体一基2400万円、2基で4800万円(簿価)である。2基分の年間保守料は約200万円である。この他に中央制御装置と通信機器類、非常用発電機などの関連機器・施設と関連工事費、そして消耗部品と運転費用が費用として積み上がる。運転費用を除いた初期投資額で1基およそ3000万円になる。その他に畜舎だけでも、既存の40頭パイプライン搾乳牛舎、育成舎(哺乳ロボット1基2ステーション)、分娩牛・故障牛・乾乳牛用牛舎、そして粗飼料庫、バンカー・サイロ、乾草庫、スラリー・ストアなどがある。
飼養管理、経営管理に活用する情報は、搾乳ロボットからの個体情報の他に、乳牛検定報告、JAからの生乳と個体販売、資材購入の取引報告、そしてJAや普及センター、メーカー・セールス担当などの口コミ情報である。なお、使い慣れているカウ・カレンダーは、全員で情報共有する手段として今も使っている。搾乳ロボット導入経営の多くがセットで導入する餌寄せロボットは前田牧場にはない。それは、ミキシングして多回給餌する給餌ロボットに、経営者の自慢のアイディアによる簡便な餌寄せ装置を装備しているからである。2基の搾乳ロボットの搾乳能力は120頭であるが、現在は90頭をロボット搾乳、20頭をパイプライン搾乳している。
先代の前田友司氏は10年前にトラクター事故で腰椎骨折して、一時は酪農経営からの引退を考えたほどであったが、この時、家族で将来の経営を話し合った。結果的に長男の裕輝氏は、酪農経営に夢を描いて後継を決意した。他方、引退する両親は、裕輝氏が描く経営の実現を応援することにした。裕輝氏が描いた夢のある経営とは、従事人数が少なくとも、飼養規模を削減せず安定した経営で「ゆとりある経営」を実現する「ロボット搾乳による経営」であった。実は、友司氏が海外研修で訪問したスウェーデンで、搾乳ロボット導入農場の父娘2人が楽しそうにゆとりある酪農経営を営んでおり、しかも父親が搾乳ロボットのおかげで80歳まで従事できる喜びを語ったのに感動したのを思い出した。ひるがえって、自家の今後の先代の引退、従事者への負担軽減を考え、搾乳ロボットを導入し、飼養規模を落とさず、高い生産性を実現する酪農経営を目指すことに親子共に合意した。
複数のメーカーの搾乳ロボットを比較検討したが、デラバル社の「自発的搾乳システム」(VMS)に納得感があったこと、ティートカップに1乳頭ずつ装着する方式がスムーズに映った、本別町内に営業所(兼サービス・ステーション)が立地していたのが大きな理由である。
前田牧場では、ロボット搾乳の導入は「100%とは言えないが、十分に満足している」と口をそろえて言う。100%とは言えない理由とは、搾乳作業から解放されたとは言っても、時間が許せば誰か1人がロボット搾乳監視や個体誘導の作業を行っているからである。だが、酪農経営に最も負担であった、早朝と夕〜宵の“定時間帯拘束の緊張した搾乳作業”から解放され、省力・軽労化を実現したこと、そして乳量が10%程度アップした(2016年の個体乳量は1万271キログラム)こと、乳牛の健康状態と繁殖成績が改善されたからである。ただし、それは、常時、的確に個体の状態を把握し、それに合わせた個体管理や福祉ができるようになったからと言う。将来に向けてゆとりある経営を続けてゆける自信を得たことは大きく、総合すると、投資に見合った経済的、非経済的利益を得ていると締めくくった。
最近の1頭当たり日平均搾乳回数は2.7回である。今、1日3回以上搾乳を努力目標としており、その実現によってさらに生産性をアップできると期待している。ロボット1基の搾乳牛群頭数は約50頭であるから混み合ってはない。午前と午後のロボットが混んでない時間帯に、搾乳データから個体別の搾乳実績を参照し、搾乳回数の少ない問題牛を識別し、その乳牛をロボットへ誘導し、頻回搾乳を習慣づけている。結局、搾乳ロボットは、大規模経営だけのものではなく、十勝で太宗を占める中堅規模の経営(家族経営)にもメリットが多いものであることを示唆してくれている。
前田親子が、体験を通して言う搾乳ロボットのメリットを最大限引き出すコツは以下である。
ア ロボット搾乳に不適合な個体を早く見つけること、そして頻回搾乳を習慣づける。体型についてであるが、搾乳時に多いトラブルは、後部乳頭が高いために装着困難なこと。後肢が長すぎず乳頭が水平、大型すぎない個体への選抜改良を進めている。
イ もちろん、完全無人化を想定すべきではない。搾乳ロボットにトラブルが発生した時、早く駆けつけられるよう、許される限り搾乳ロボットのオペ担当は牛舎内、またはその近くで作業をする。
ウ 乳牛にストレスをかけない、今、乳牛が何を欲しているかを知る観点から情報を使いこなし、個体管理に万全を期す。実際、搾乳ロボットを導入してから、1日の仕事は搾乳ロボットの個体履歴を参照することに始まると言う。
エ 前田親子が経営信条としていることの第一は、乳牛にストレスをかけない飼養管理と畜舎内環境づくりにある。家畜福祉を高める日常の工夫と実践である。第二は、指導者に耳を傾け、他の経営事例で示唆を受けたことをそしゃくして自家に取り込むことである。実際、前田牧場で筆者が確認しただけでも、前田さんのアイディアによるオリジナル餌寄せ装置、前肢が入らないほど良い高さの飼槽と水槽、全頭一斉採食が可能な長さを確保した飼槽、予防に徹したベッドメイキング、トンネル換気、防寒・採光への工夫、高低差を利用したふん尿自然流下などに工夫が見られた(ちなみに、畜舎設計は、経営主親子の知見に基づいて原案自作、搾乳牛舎以外の建物や主な構築物の基礎工事は自家施工)。
危惧しているのは、ロボット本体や制御ユニットの故障と長期停電。自衛策として、停電に対しては自家発電機を備えている。搾乳ロボットの故障に備えては、搾乳ロボットを2基設置しておくことである。ロボット搾乳に不向きな牛、治療牛、分娩直後の牛のためには、パイプライン搾乳施設を設置しておく必要がある。しかし、経営内対応には限度があり、やはりメーカーの迅速なサービスを期待したい。メーカーの定期メンテナンスは年3回ある。稼動中の故障発生には、まず24時間電話対応、復旧しなければサービスマンが訪問対応。幸いに、前田牧場の場合、車で1時間の帯広営業所が十勝地域の修理・メンテナンスの拠点であるが、緊急時には町内営業所も対応してくれる。(デラバル社製の購入を決定した大きな理由である)。
4 搾乳ロボット導入牧場(2) (有)福良牧場 |
前田牧場から約10キロメートル西方に位置する(有)福良牧場は、酪農経営の歴史、経営規模、乳牛改良成績において町内屈指の主幹酪農経営である。平成3年に有限会社法人を設立したのは先代の福良宣幸氏(66歳)。今も現役ではあるが、平成22年に長男の貴征氏(39歳、現代表取締役)に経営移譲した。貴征氏は、中学生時代に後継を決意していたとのことで、経営者の自覚、意欲と誇りを持って経営に従事し、高い技術も習得していたのを認めた父は早い経営移譲を決断した。貴征氏は、若い経営者らしく、新進、先取の姿勢で経営に取り組んでいる。
家族従事者は先代夫妻と貴征氏夫妻の4人で、全員がフルタイム従事している。社員は男性6人で、牧場から離れた場所の家族用社員住宅に住んでいる。当面の目標飼養頭数は常時搾乳牛400頭であるが、現在の搾乳牛は370頭である。飼料作は借地にも依存している。自己所有地48ヘクタールと借地53ヘクタールはチモシー主体の草地、加えて借地の畑地66ヘクタールにデントコーンを栽培している。デントコーンは畑作農家側が植え付け、施肥、除草まで、収穫・運搬・調製は借り手の福良牧場という分担方式。酪農家側は畑作機械と労働力を節約できる合理的な貸借・耕作慣行である。
現在、搾乳牛370頭のうち、120頭をロボット搾乳し、250頭は12頭ヘリンボーン・パーラーで搾乳している。ロボット搾乳に移行しきってないのは、既設のパーラーが償却・更新期に至ってないためであり、将来は、全頭ロボット搾乳にする。現有搾乳ロボットは2004年に導入しており、日本国内ではロボット搾乳の先駆けであった。機種はレリー社製アストロノートA2型、60頭搾乳牛群用2基である。他社製と比較検討した結果、当社機が最も速やかにティートカップを装着する、搾乳途中にティートカップが離脱した時の再装着もスムーズで、重視したティートカップ装着性能が高いと確信したからである。搾乳牛舎は、2基の搾乳ロボットに合わせて左右対称な「2ロウ」構造である。飼料はフリーバーンでTMRを給与、搾乳ロボットのフィーダーで配合飼料を給与する。
個体観察・個体管理、淘汰・更新や必要な処置は、貴征氏の目を養うために、先代の宣幸氏との合議で進めている。なお、先代は家畜商の資格を持っており、家畜商をしていた時期もあり、個体観察眼は鋭い。貴征氏もまた家畜商の資格を有する。この親子コンビは、経験を通して搾乳ロボットに適合した乳牛づくりのノウハウを蓄積しており、牛群改良に積極的に取り組んでいる。ちなみに、(有)福良牧場は全頭が自家繁殖・自家育成牛である。
(有)福良牧場は搾乳ロボットの導入が早かったが、その理由はこうである。ちょうど、畜舎の整備期であったので、必然的に将来を見据えて搾乳方式も同時検討した。「搾乳作業は早朝と夕〜宵の“定時拘束”作業で、1日も欠かすことができないし、手抜き省力もできない。(有)福良牧場の規模の経営では常勤社員雇用しなければならないが、今後、それは困難」というのが第一の理由。
当牧場の社訓は「経営規模に関わらず、周到な個体観察・個体管理、そして優良牛群への改良」である。大規模経営であっても着実に個体管理する時間を確保、そして経験や記憶によってではなく、科学的判断基準を持ち、個体の成績実態を示すデータに基づいて個体観察し、判断する個体管理が重要であると考えている。つまり、搾乳ロボットが提供してくれる情報活用が牛群改良・経営発展への道であり、搾乳ロボットの導入は社訓に整合している。これが第二の理由。
第三の理由は、家族の生活面へのゆとり確保。家族全員が時間的なゆとりを得て、体にも心にも安らぎ、生き甲斐や家族の絆を実感し、さらに明日への意欲と活力を再生すべきと考えた。
ロボット搾乳に適合する牛(乳頭が正常な配置・適切な高さ、初産時乳量が30キログラム程度で少なすぎず多すぎず、バーンでの協調性など)でロボット搾乳牛群を構成するのがまず重要である。次に、乳牛管理は、乳牛個体に自由気ままに行動させる、それによって“よく食い・よく寝て、よく泌乳する”コンディションを整えてやること。それは、家畜福祉に即した管理であると言う。特にベッドメイキングにはこだわりがあるとのこと。なお、環境性乳房炎の予防策として1日3回の舎内消毒を怠らない。
1日当たり平均搾乳回数は3回である。増やしたいが、ロボットへの誘導作業を徹底するしかない。もとより搾乳ロボットから発するアラームへの即応体制も不可欠。「搾乳作業からは解放されたが、常に臨戦態勢、精神的拘束感はぬぐえない」が貴征氏の弁(主たるトラブルは、ライナーがクロスして乳頭に吸着できない、ホースに切れ目発生などで、ほとんどが人の手で直ぐに復旧できる)。
当牧場では、毎朝と午後の1日2回、個体別、分房別に搾乳履歴を参照する。問題牛を見つけたら、即、当該牛を目視観察する。疾病症状が推測されれば直ちに処置。問題なければ、背に赤いペンキ・マークし、数日間、観察を続けながらロボットに追い込む。貴征氏は、「個体観察と迅速対処が経営信条」と言い、(1)漫然と観察する個体観察ではいくら時間かけても意味ない、客観的な情報を参照して問題意識を持って個体観察すること、(2)“足を引っ張っている牛”に注視していれば牛群平均数値は改善する、と言う。搾乳ロボットの導入は経営者の姿勢に全く整合している。なお、個体情報を参照できるのはロボット搾乳オペ担当者だけなので、従業員全員が基本情報を共有するために、慣行の情報媒体「早見表カレンダー」も活用。新旧システムを使っている。
上記した3つの「導入理由」に照らして、大規模経営の(有)福良牧場にとっては(厳密に言うと、ロボット搾乳頭数は大規模ではない)、経営にプラスに貢献していると推察できる。搾乳ロボット導入前と現在の経営成果を比較できないが、平成27年度のロボット搾乳牛群の乳量は1頭当たり1万キログラム、乳房炎発症牛は年間せいぜい2〜3頭と少ない。大規模経営でありながらも、情報を利用して確実・適正に個体管理し、個体にストレスを与えず、家畜福祉のレベルを上げ、それによってこの産乳成績を実現、しかも疾病・衛生管理ができているのである。
1つ付言する。保守についてである。レリー社は帯広市内に支店があり、サービスマンは1時間以内に駆けつけられる体制になっている。だが、搾乳ロボット維持費はかなり高額である。平成27年の1基当たりの年間メンテナンス契約料は100万円、ロボット搾乳機周辺の修理費と部品交換、洗剤などの消耗品がおよそ110万円で、1基(=60頭分)に210万円を要した。この費用が搾乳ロボットの経済利得を部分相殺している。もとより初期投資額は莫大である。業界挙げて顧客(酪農経営者)側の負担額節約を追求したい。
5 結び |
搾乳ロボット導入は莫大な投資額になるが、2牧場での聞き取り調査から確かな導入効果が確認された。多様な効果を集約すると次の3項になる。まずは24時間無人稼働による軽労省力効果である。そしてそれは、労働力稀少な次代に酪農をつなぐ道を拓いた。第二に、搾乳ロボットはスマート酪農の1パーツではあるが、ロボットが収集する多種の泌乳、疾病、繁殖などにかかる生体情報に基づいて、乳牛のストレスを抑制し、家畜福祉を高める発想で個体管理し、飼料給与し、防疫・換気などの畜舎環境を整えて生産性を上げ、経済効果を引き出している。第三には、以上の結果、経営にも生活にも(経営者にも家族にも)、時間的、精神的に“ゆとり”を与えることができた。そして、労働力不足の時代を迎える中、何よりも、後継者に酪農経営への夢と自信を持たせて経営を継承、あるいは第三者経営継承を触発する効果がある。
搾乳作業は早朝と夕〜宵の“定時拘束”の重作業である、1日も欠かすことができない、手抜き省力もできない。むしろ細心の注意力を要する専門作業である。経験者の恒常勤務が望まれるが、労働力の絶対減少と高齢化が同時進行しており、(有)福良牧場のようなこれからの酪農を背負ってもらわなければならない大規模酪農経営ほどたちゆかなくなる可能性がある。搾乳ロボットはその1つのソリューションである。だが、看過してはならない効果がもう1つがある。上に挙げた効果は、決して大規模経営でなければ得られない効果ではなく、太宗の中堅規模経営も享受できることである。単なる機械化ではない。搾乳ロボットが規模に中立的なICSRTを結集させた知的な装置だからである。さまざまな規模の酪農経営の存立を支える体系技術である。この意義は大きい。
しかし、こうした効果を生み出す裏には、経営者の大きな役割があるということも見えてきた。つまり、経営者は、意欲に加えて明確な経営信条・経営目標と経営戦略を持ち、高い情報咀嚼力と技術力に裏打ちされた観察力と実践力という“経営者機能”が存分に発現されていた。
前田牧場の親子はこう述べた。以前のパイプライン搾乳の時は、朝夕の搾乳作業が緊張感の漂う最重要作業であったが、搾乳ロボットを導入してからは昼間の個体観察作業が最重要な現場作業になった、また乳牛福祉や衛生管理を重視するようになったと。(有)福良牧場の親子は、個体管理の重要性を強調し、それは飼養規模に関わらないと言っていた。また、両牧場で、夕刻、作業を終えること、許す限り家族の団らん時間に切り替える余裕が出来たとのことである。ロボット搾乳の導入が、このように経営者の意識をも変革しているとの強い印象を受けた。
両経営が挙げていた課題は、ロボット搾乳に適合した乳牛への体型や乳房の付着・形状の改良努力である。もはや、乳牛改良目標に挙げて取り組む時期に来ているのではないだろうか。
最後に、メーカー、産業界に向けての課題(今後への期待)3点を列挙しておく。
(1)個体によっては乳頭装着までの時間が長い。トラブルもしばしば。このため、経営者は精神的拘束感からは解放されてない。乳牛の遺伝的改良にも期待するが、搾乳ロボットのセンサー能力のさらなる改良にも期待したい。
(2)酪農経営は多くが人口集積地から遠隔な地域に立地している。搾乳ロボットに修理(部品交換)が必要な事態に直面した時の機動的な体制をディーラー側にお願いする。
(3)現在のIT企業は自社のソフトウェアを公開し、ベンチャーに応用部門の技術開発、ソフト開発を促進している。搾乳ロボット・メーカーは寡占状態ではあるが、日本国内には先端技術・ノウハウを持つ個性的なITベンチャーが多数存立し、農業、畜産分野に開発の場を広げようとしているベンチャーも少なくない。例えば、「KKファーム・ノート」は、得意のクラウドのノウハウを活用し、個体管理の見える化と情報共有を訴えて、乳牛ウェラブル・センサーとスマートフォンによる現場入力・参照できる乳牛個体管理システムを開発、セット販売を始めた。こういうベンチャーを搾乳ロボットに連携させ、搾乳ロボット、さらにはスマート酪農の技術進歩と市場活性化を促してもらいたい。
筆者には、長期的に目指すべきは「スマート酪農」の体系であり、搾乳ロボットはその途上とみなしてはいるものの、知的デバイスと言うべき搾乳ロボットを導入した酪農経営が、明確な経営理念を持つこれからの経営者によって導入され、これからの時代環境に即した酪農経営を拓いている。今後の酪農経営の1つの方向性が示されているという実感を得ることができた。
しかし、何せ莫大な投資額である。搾乳ロボットの利得を経済面の投資採算性だけで考えると、まだまだ厳しい。どんな牛舎構造、どんな飼養技術が求められるかなどを十分に検討し、投資額回収の見通しを立ててから決断して欲しい(その観点にこそ、酪農経営2戸の実態調査の意義があった)。なお、関係業界には販売価格、保守料の可能な限りの低廉化努力を願いたい。
ついでだが、今の差し迫った課題は、何よりも酪農経営に夢を抱き、意欲と経営感覚を備えた次代の担い手確保である。夢を育み、自信に満ちた酪農人材を育ててゆく上で、酪農ロボットの導入と相まって、中国四国酪農大学校、八ヶ岳中央農業実践大学校、鯉淵学園農業栄養専門学校(いずれも公益財団法人)などの実践教育機関などの酪農経営者育成の取り組みは地道だが日本酪農を下支えしている。エールを送りたい。
付記:
本稿の現地調査に際しては、(株)明治飼糧・酪農サポートセンター長の畠山尚史氏から、現地情報や酪農の現状・課題に関する有益なご示唆を頂いた。ここに記して謝意を申し上げる。