話 題 畜産の情報 2017年5月号

「JGAP家畜・畜産物」の概要について

一般財団法人日本GAP協会 事務局長 荻野 宏


1 はじめに

今まで畜産の分野においては、なじみがなかったGAPが注目を集めています。本稿では、日本版畜産GAPの策定への支援の経緯、その背景となった東京オリンピックの「持続可能性」というテーマ、世界的な食品安全などの認証制度に関する要求の高まりなどを説明し、そのような背景の中で本年3月31日に公表された日本発の畜産のGAP「JGAP家畜・畜産物」の概要について解説します。

2 日本版畜産GAP策定の経緯

(1) 農林水産省による日本版畜産GAP策定支援事業の創設

輸出やインバウンド消費の拡大、国内の消費動向の変化に適切に対応するとともに、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京2020大会」という)への食材調達への対応も視野に入れ、農林水産省は平成28年度補正予算において、「国産畜産物の輸出環境整備事業」を創設しました。その背景と課題は次の通りです。

「我が国畜産物は、品質や安全性については国際的にも一定の評価を得ているものの、生産段階における管理を一貫してカバーする認証の仕組みがなく、生産者の品質管理等の取組が外部からわかりづらいものとなっています。」

「わが国の畜産物の輸出を拡大するためには、生産構造を改革し、日本版畜産GAPを策定し、国際的に通用する水準の認証の取得に向けた取組等を推進する必要があります。」

このため、上記事業において日本版畜産GAPの策定による認証の仕組みの導入などの支援を行うとされました。

(2) GAPとは

さて、そのGAPとは、Good Agricultural Practiceの略で、直訳すれば、よい農業のやり方、農林水産省では「農業生産工程管理」と訳しています。農業生産に関する多くの工程を決められた基準に沿って実施し、それを記録し点検することで、安全で品質のよい農産物の生産、さらには持続可能な農業生産につなげようというものです。

また、食品の分野においても、世界中から農産物や食材を調達するような、グローバル展開を進める企業が大きな力を持っています。その際、これらの企業にとって最も重要なのは、調達する食品の安全性をどのように確保するかということです。

そのような中で、GAPは消費者の信頼を得ることができ、企業が安定して安全な農産物を調達する仕組みとして活用が広がっています。GAPに基づいて生産されている農産物であれば、消費者は納得して購入することができるのです。

(3) 日本GAP協会とJGAPについて

農林水産省が推進する日本版畜産GAPの開発は、一般財団法人日本GAP協会が担うこととなりました。日本GAP協会は、2006年から、青果物、穀物、茶を対象とした「JGAP」というGAP認証制度を開発・運営しており、民間の審査機関による第三者認証の仕組みを持つ、日本発で唯一、国際レベルのGAP認証制度を運営している団体です。また、JGAPは認証の仕組みのみならず、食の安全に加えて、環境保全、労働安全、人権の尊重など農業の持続可能性に関する最新の要素を含んでいます。さらに、英語版や中国語版の基準書の作成や、台湾と香港に事務所を設けるなど、アジアへの普及にも取り組んでいます。

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JGAP認証農場は今や4000農場余り(韓国10、台湾1、ベトナム1を含む)に達しており、大手の食品製造業者や大規模小売業者が調達基準に採用するなど、その取り組みに対する評価は年々高まってきています。

このような経験を畜産物のGAPにおいても生かすことができると考えたため、新たに畜産物のGAPの開発に乗り出すこととなりました。

3 東京2020大会における食材調達基準

(1) 持続可能性への着目

2012年のオリンピック・パラリンピックロンドン大会において、「フードビジョン」が策定されました。そこでは「持続可能性」が重要な理念としてうたわれており、食材の調達においてもこの考え方を基に基準が作られました。そこでは英国のGAP認証制度であるレッドトラクター認証を取得した農場で生産されたものが農産物の基本となりました。

東京2020大会においては、この「持続可能性」という理念がさらに強く打ち出されています。食材の調達基準について、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「東京2020組織委員会」という)における「持続可能な調達ワーキンググループ」の場で検討され、13回もの検討を経た本年3月24日の東京2020組織委員会理事会において「持続可能性に配慮した調達コード」が策定されました。

(2) 畜産物の調達基準の概要

農産物など物品別の個別基準は、この「持続可能性に配慮した調達コード」における物品別の個別基準として定められています。従って、個別基準に定められた畜産物などの物品は、持続可能性に配慮した調達コードにある法令遵守、児童労働の禁止、差別・ハラスメントの禁止などをクリアした上で、個別基準を満たす必要があります。

「持続可能性に配慮した畜産物の調達基準」においては、(1)食材の安全性の確保、(2)環境保全に配慮した畜産物生産活動の確保、(3)作業者の労働安全の確保、(4)快適性に配慮した家畜の飼養管理、の4点に対して適切な措置が講じられていることが要件とされています。さらにこの要件を満たすものとして、JGAPおよびGLOBALG.A.P.(ドイツに本部を置く非営利組織により運営されている欧州のGAP)による認証を受けて生産された畜産物と明記されています(他に組織委員会が認める認証スキーム、GAPチャレンジシステムにのっとって生産されたものも認められます)。JGAPおよびGLOBALG.A.P.が調達基準として認められた理由は、多岐にわたる持続可能性に関する要件を全て満たす総合的な内容を持っていることが評価されたものと思います。

※ 東京2020大会の食材の調達基準については、本誌3月号「東京オリンピック・パラリンピックにわが国畜産物を」で詳細な解説がありますので、詳しくはそちらをご覧下さい。

4  日本版畜産GAP「JGAP家畜・畜産物」の概要

(1) 技術委員会における開発の経緯

日本GAP協会にはJGAP基準書の開発を行うための「技術委員会」という組織が設けられており、2016年10月以降、本格的な検討が進められてきました。その間、パブリックコメントも実施し、2017年3月31日に日本発の畜産版のGAPである、「JGAP家畜・畜産物」が公表されました。JGAP家畜・畜産物の骨子は図3の通りです。

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(2) JGAP家畜・畜産物の概要

JGAPでは、第三者の審査・認証機関による、基本的に1年に1回の審査が要件となっており、認証自体も2年で更新されます。

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JGAPの基準書は、家畜・畜産物の生産工程全体を経営の基本、経営資源の管理、生産資材などの管理の3つに分類し、重要な管理点を列挙しています。これらの管理点は、多様な生産者に共通する基本的な基準をまとめたものであり、それぞれの特徴あるやり方や工夫を阻害しないように作成されています。

家畜の対象は、乳用牛、肉用牛、豚、肉用鶏および採卵鶏の5畜種の生体、畜産物の対象は、生乳、鶏卵となります。

また、認証までの手順の概要は次の通りです。

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(3) JGAP家畜・畜産物の基準書の構造と管理点のポイント

JGAP家畜・畜産物の基準書の構造は図6の通りで、農場における家畜・畜産物の管理の内容を31の項目に分類し、その中にさらに合計では113の管理点があるチェックリストの形式となります。

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また管理点のレベルとその数については、次のようになっています。

・100%の適合が求められる「必須」が57

・95%の適合が求められる「重要」が42

・認証には影響しないが理想的な農場管理のための取り組みが望まれる「努力」が14

実際の審査の場においては、基準書の管理点ごとに審査員が適合性を判断し、上記の基準をクリアしていれば審査に合格し、JGAP認証書が交付されます。なお、審査は審査員が農場に実際に赴いて、農場が記録した各種の帳票類のチェックを行ったり、農場内の管理状況を確認したりすることにより行われます。また、管理点に示される内容が実現されていない場合は不適合が出されますが、4週間以内に是正を行い、その是正の報告(再度現場確認を行う場合もあります)が認められれば審査に合格となります。

以下、主な管理点のポイントを解説します。なお、JGAP家畜・畜産物の基準書は、日本GAP協会のホームページから無料でダウンロードできます。掲載URLは次のとおりです。以下の説明と併せ、是非基準書の本体をご覧下さい。

http://jgap.jp/LB_01/index.html#jgap_kijunsho_chikusanbutsu

ア 飼養衛生管理基準の遵守

飼養衛生に関する管理については、「4.1 飼養衛生管理基準の遵守」において、附属書として添付した飼養衛生管理基準の全項目について不適合がないことを、年一回以上、確認することを求めています。飼養衛生管理基準は家畜伝染病予防法に基づいて定められており、家畜の伝染病の発生を予防するため、家畜の所有者に当該基準の遵守が義務づけられていることから、JGAPにおいてもその遵守をしっかり確認することとしています。

イ 生産工程におけるリスク管理

生産工程におけるリスク管理については、「6.1 生産工程の明確化」、「6.2 食品安全上及び家畜衛生上の危害要因の評価」、「6.3 対策・ルール・手順の決定」、「6.4 対策・ルール・手順の実施」、さらに記録、検証まで、管理点の順を追って段階的に実施するように作られています。

ウ アニマルウェルフェア

アニマルウェルフェアについては、「7.1 「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」に基づいた対応」において、附属書として添付したチェックリストを活用して飼養管理の改善に取り組むことを求めています。なお、「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」および当該指針に基づくチェックリストは、公益社団法人畜産技術協会が、OIE(国際獣疫事務局)のアニマルウェルフェアに関する規約(コード)で各畜種の生産システムに関する規約などに準拠して、乳用牛、肉用牛、豚、採卵鶏および肉用鶏についてそれぞれ作成しているものです。

エ 人権・福祉と労働安全

東京2020大会の持続可能性に配慮した調達コードにおいて重視されている人権、労働については、「14 人権・福祉と労務管理」で対応しており、また、労働安全については、「16 労働安全管理及び事故発生時の対応」で対応しています。

オ 環境保全

環境保全については、「20 エネルギー等の管理、地球温暖化防止」、「21 廃棄物の管理及び資源の有効利用」、「22 周辺環境への配慮及び地域社会との共生」、「23 生物多様性への配慮」により、適切な管理を行うことを求めています。

(4) 農場HACCP認証基準との関係

農場の飼養衛生管理にHACCPの考え方を取り入れて、生産される畜産物の安全性を向上させるのが、平成23年からスタートしている農場HACCP認証基準です。オリンピックの食材調達基準においては、必須の要件となるGAPに上乗せをする形で推奨基準として位置づけられています。

JGAP家畜・畜産物は、この農場HACCP認証制度と、十分な調整と連携を図ることとしています。具体的には、農場HACCP認証基準の認証取得農場に対しては、JGAPと農場HACCP認証基準との差分に関する文書を用意し、食品安全および家畜衛生に関する審査が重複しないよう配慮することとしています。この差分に関する文書は、今回の基準書の公表と同時に日本GAP協会ホームページに掲載しています。また、審査員の登録要件などにも農場HACCP審査員の資格や、研修などの経験を無理なく生かせるように総合規則を整備しています。

5 おわりに

このような形で公表された「JGAP家畜・畜産物」ですが、青果物などにある団体認証の仕組みについては今後引き続き検討を行い、追って仕組みを整備することとしています。また、公表した基準書に基づく審査および指導の体制は、今後、順次整備していき、夏をめどに認証体制を構築できるよう準備を進めていくこととしています。

この「JGAP家畜・畜産物」が、東京2020大会への国産の畜産物の供給や輸出の拡大などを通じ、内外からの日本の畜産物に対する一層の評価の高まりをもたらす一助となることを期待しています。


(プロフィール)

昭和63年4月 農林水産省入省(食糧庁企画課)

以降 畜産局牛乳乳製品課、農林水産技術会議事務局総務課、中国四国農政局企画調整室、総合食料局流通課など

平成20年3月 農林水産省退職

平成26年4月 特定非営利活動法人日本GAP協会

平成27年1月より現職(一般財団法人日本GAP協会事務局長)


				

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