話 題 畜産の情報 2017年11月号

乳脂肪をめぐる健康に関わる最近のエビデンスの動向

一般社団法人 J ミルク 広報グループ部長 はしもと 弘一


1 はじめに

世間一般には、牛乳は脂肪が多く太るからと敬遠する声や、乳脂肪に含まれる飽和脂肪酸の健康への影響を不安視する声が聞かれます。そこで、ここでは牛乳の摂取習慣と肥満との関係や、飽和脂肪酸に係る最新のエビデンス(科学的根拠)の動向について紹介したいと思います。

2 海外の食事ガイドラインにおける飽和脂肪酸の取り扱い

現在多くの国で食事ガイドラインが設定されていますが、その中で低脂肪の牛乳乳製品の摂取を推奨している国が多くなっています。これは、(1)血中のLDL-C(悪玉コレステロール)の上昇が動脈硬化の進展につながる(2)飽和脂肪酸にLDL-Cを上昇させる働きがあることから心血管系の健康のために飽和脂肪酸の摂取を控える(3)飽和脂肪酸は肉や牛乳などの動物性脂肪中に多く含まれることから牛乳については脂肪分を抜いた低脂肪乳の摂取を心掛けるというのが理由です。欧米では日本に比べると、1人当たりの牛乳乳製品の消費量がはるかに多く、牛乳乳製品が飽和脂肪酸の主要な摂取源と考えられていることや、心血管病患者が多く、その対策が切実な問題になっていることも手伝っています。

3 わが国の食事摂取基準における飽和脂肪酸の取り扱い

わが国における基準としては、「日本人の食事摂取基準」がこれまで5年ごとに改定されてきており、現行のものは「日本人の食事摂取基準(2015年版)」ですが、初めて生活習慣病の発症予防、重症化予防の視点が加えられたことが大きな特徴の一つになっています(注1)。2015年版が作成されるに当たっては、2013年ぐらいまでに報告されている動物実験の結果や疫学研究結果などが網羅的に調査され、詳細な報告書が食事摂取基準とは別に、「策定検討会報告書」として公開されています(注2)。「日本人の食事摂取基準」には、特に低脂肪乳を推奨する記述はありませんが、これは欧米に比べると牛乳乳製品の摂取量が全体として少ないことが理由だと思われます。ただし、「(飽和脂肪酸の)摂取量を少なくすると、心筋梗塞罹患のリスクを小さくできることが介入研究で示唆されているため、目標量を設定した」という説明があるように(注3)、飽和脂肪酸の摂取量については、これを適正量に抑えるべきとの観点から、上限目標値が設定されています(注4)。これについては、飽和脂肪酸がLDL-Cを増やすというエビデンスをはじめ、それまでに蓄積されていた研究結果を総合的に見てこのような設定が合理的であろうという判断が下されたものと思われます。しかしそれまでに得られていた知見の中にも、例えば、「日本人を対象とした多くのコホート研究(注5)で、飽和脂肪酸摂取量が少ない人では脳卒中、特に脳出血死亡または罹患の増加が認められている」など、むしろ飽和脂肪酸摂取の有益な効果を示唆する文献なども紹介されているように、実際に飽和脂肪酸の摂取が生活習慣病の発症と関係するか否かについては、明確になっているわけではありません。食品には多種多様な栄養素が含まれており、それらの複合的な作用や、特別な生理活性を有する物質の存在の可能性もあり、例えば牛乳乳製品についていえば、牛乳中に飽和脂肪酸が多いことをもって、果たして牛乳摂取が本当にLDL-Cの増加、そして心臓血管病の発症につながるのか、といったことまで証明されているわけではありません。実際に「乳製品由来の飽和脂肪酸摂取は心血管疾患を予防するが、肉由来の飽和脂肪酸摂取は心血管疾患のリスクとなっている」といった研究報告の紹介もされており(注6)、こうしたことを検証するには長期間にわたるコホート研究や、無作為化比較対照試験(RCT)(注7)と呼ばれる介入臨床試験などの疫学研究結果の蓄積が必要です。

4 牛乳・乳製品の疫学研究結果の新しい動向

ところが、ここ1、2年のうちに世界的に、食生活と各種病態の発症に関して長期間にわたって蓄積されてきた観察研究のデータについて、牛乳乳製品の摂取習慣と生活習慣病の発症との関連性の解析が進んできました。また、並行してRCTも多数実施されてきています。そしてこれらは単一の疫学研究としてではなく、複数の類似疫学研究をあらかじめ定められたプロトコルに従って統合的に解析する、単一研究に比べて格段に信頼性の高いシステマティックレビューの形で多くの論文が公表されるようになってきました(図1)。

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5 牛乳乳製品の摂取習慣は全脂肪、低脂肪にかかわらず長期的に見て肥満につながらない

心臓血管病、糖尿病、脳卒中などのいわゆる生活習慣病の発症には食生活習慣が大きく関わっています。毎日の身体活動に必要なエネルギーは、三大栄養素である糖質、タンパク質、脂質からそれぞれ適正量を摂るのが望ましいのですが、過剰に摂取した分は脂質として蓄積されます。脂質の摂り過ぎは肥満の原因であり、肥満はこうした生活習慣病の発症につながっていきます。冒頭にも書きましたが、これに関連して牛乳は脂肪が多く太るからと敬遠する声があります。ところが、米国で実施された3つの大規模な疫学調査研究(看護師健康調査研究、看護師健康調査研究U、医療従事者追跡調査研究)のデータ(いずれも開始時で肥満でないか、あるいは慢性疾患にかかっていない者を対象)を基に、種々のタンパク質を多く含む食品を長期に摂取し続けた場合の体重の変動に与える影響を解析した結果が2015年にSmithらによって報告されており(注8)、それによると、牛乳乳製品の摂取習慣は、全脂肪、低脂肪に関係なく中立的(体重の増減に影響を与えない)であることが示されています(図2)。

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6 飽和脂肪酸の摂取量で見たときと牛乳摂取量で見たときとでは生活習慣病発症リスクの結果が異なる

比較的最近報告された2つの疫学研究をご紹介しましょう。最初は上述と同じ米国の著名な大規模コホート研究である「看護師健康調査研究」の女性7万3147名と、「医療従事者追跡調査研究」の男性4万2635名(開始時点で慢性疾患にかかっていない者)を対象に、代表的な飽和脂肪酸4種の長期的な摂取量と冠動脈疾患リスクとの関連性を追跡したものです(注9)。結果は両者に相関性があり、冠動脈疾患の効果的な予防策として、飽和脂肪酸の代わりに不飽和脂肪酸または全粒穀類の炭水化物を摂るように食事勧告すべきと筆者らは主張しています。飽和脂肪酸の過剰摂取は体に良くないことを示唆する論文といえます。

ところが次のような論文もあります(注10)。カナダの研究者らによる論文で、前に挙げた論文は飽和脂肪酸摂取の立場で眺めたものですが、こちらは牛乳乳製品摂取習慣という視点で生活習慣病発症との関連性をみたものです。この論文自体はシステマティックレビューではなく、いくつかの無作為化比較対照試験(RCT)に関するシステマティックレビューなどを総合的に評価した叙述レビューですが、次のような結論を述べています。

・RCTのエビデンスを包括的に評価した結果、牛乳乳製品の摂取が、乳脂肪の含有量にかかわらず、脂質関連のリスク因子、血圧、炎症、インスリン抵抗性、血管機能などの多様な心血管代謝指標に対して有害な影響を与えることを示す明らかなリスクは認められないことが示唆された。

・飽和脂肪酸が心血管代謝的な健康に対して与えると言われている悪影響は、チーズや他の乳製品のように複雑な栄養素の集合体の一部として摂取される場合には認められなくなることが示唆される。

・従って、現行の食事ガイドラインで低脂肪の牛乳乳製品の摂取が推奨されていることについては、再考する必要がある。

観察研究に関するシステマティックレビューでも同様な分析結果が報告されています(注11)。このように牛乳乳製品摂取習慣という視点で生活習慣病発症との関連性をみた論文については、牛乳乳製品の摂取習慣が中立的、あるいはむしろ予防的に働くとする結果のものが、介入研究、観察研究ともに多数を占めているのです。

7 おわりに

以上の結果は概して欧米諸国におけるもので、日本人の場合、もともと欧米人に比べて食事全体の中に占める牛乳乳製品の摂取量の割合が少ないこともあって、牛乳乳製品の摂取習慣と生活習慣病発症との関連性を追いかけた疫学研究の数自体が少なく、まだシステマティックレビューを実施できるまでに至っていないという状況があります。ですので、上記のようなことが日本人にも当てはまるかどうかについてはさらに研究の蓄積が必要です。

今回は紹介できませんでしたが、牛乳乳製品の摂取習慣は、心臓血管病や肥満だけでなく、糖尿病、脳卒中の発症リスクに対しても中立的あるいはむしろ予防的に働くという結果も多くの研究で示されてきています(注11)。これらのエビデンスからは、特定の栄養素(例えば飽和脂肪酸)だけに着目する見方ではなしに、いろいろな栄養素の集合体としての食品(例えば牛乳)を見ていく必要があることを示しており、実際にそのような言説が強く唱えられるようになってきています(注12)。この辺りが確実視されるためにはもう少しエビデンスの蓄積が必要かもしれません。しかし欧米では、上記のような研究結果を受けて、低脂肪牛乳を推奨する食事摂取ガイドラインについて、見直すべきとの動きがでてきています。今後の動向を注視していく必要があるでしょう。

(注1) 厚生労働省 「日本人の食事摂取基準」のホームページ

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html

(注2) 同「日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討会」報告書(平成26年3月)

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000041824.html

このうち、特に「脂質」に関する部分(分割版も用意されている)

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000042631.pdf

(注3) 上記「策定検討会報告書」p.114 1-3脂質 2-3.飽和脂肪酸 2-3-1.基本的事項と摂取状況の項

(注4) 飽和脂肪酸の目標量が、総脂質の総エネルギーに占める割合(脂肪エネルギー比率(%エネルギー))として、18歳以上の男性・女性ともに“7以下”の値が示されている(18歳未満に対しては設定されていない)。

(注5) 「コホート」とは、もともとは「集団」を意味する言葉で、大勢の集団について個別に生活習慣についての情報を集め、10年以上の長期にわたって疾病の発症に関する追跡を行うことによって、どのような生活習慣がどのような疾病の発症に関連しているのかを明らかにすることを目的とする研究。

(注6) 同じく2-3-2.生活習慣病の発症予防 2-3-2-1.生活習慣病との関連の項

(注7) 「コホート研究」が観察研究であるのに対して、「無作為化比較対照試験(RCT)」は介入研究。例えばある種の食品摂取習慣と特定の疾病の発症リスクとの関係の有無を明らかにする目的で、対象者を無作為に介入群(ある特定の食品を摂取し続けてもらう)と対象群(ある特定の食品を摂取しない)とに割り付け、その後の疾病の発症状況を両群間で比較する、といった形で実施する。

(注8) Smith JD, Hou T, Ludwig DS, Rimm EB, Willett W, Hu FB, Mozaffarian D.

Changes in intake of protein foods, carbohydrate amount and quality, and long-term weight change: results from 3 prospective cohorts.

Am J Clin Nutr. 2015;101:1216-1224. doi: 10.3945/ajcn.114.100867.

(注9) Zong G, Li Y, Wanders AJ, Alssema M, Zock PL, Willett WC, Hu FB, Sun Q.

Intake of individual saturated fatty acids and risk of coronary heart disease in US men and women: two prospective longitudinal cohort studies.

BMJ. 2016;355:i5796. doi: 10.1136/bmj.i5796.

(注10) Drouin-Chartier JP, Côté JA, Labonté MÈ, Brassard D, Tessier-Grenier M, Desroches S, Couture P, Lamarche B.

Comprehensive Review of the Impact of Dairy Foods and Dairy Fat on Cardiometabolic Risk.

Adv Nutr. 2016;7(6):1041-1051. doi: 10.3945/an.115.011619.

(注11) Julie A. Lovegrove and D. Ian Givens

Dairy food products: good or bad for cardiometabolic disease?

Nutr Res Rev. 2016 Dec;29(2):249-267. doi: 10.1017/S0954422416000160

(注12) (注10)で上げた文献ほか

Dietary and Policy Priorities for Cardiovascular Disease, Diabetes, and Obesity A Comprehensive Review

Mozaffarian D.

Circulation. 2016;133:187-225. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.115.018585

(プロフィール)

平成元年6月 森永乳業株式会社入社

平成26年5月 一般社団法人Jミルクへ出向

平成27年4月より現職

       (一般社団法人Jミルク広報グループ部長)


				

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