調査・報告 学術調査  畜産の情報 2017年10月号


遠隔地に立地する畜産経営の労働力調達と経営対応

北海道大学大学院 農学研究院 教授 柳村 俊介
秋田県立大学 生物資源科学部 教授 鵜川 洋樹
北海道立総合研究機構上川農業試験場 天北支場 支場長 岡田 直樹
北海道大学大学院 農学研究院 特任准教授 申  錬鐵
北海道大学大学院 農学研究院 修士課程 長島 朋美
北海道大学大学院 農学研究院 修士課程 中津 裕太



【要約】

 わが国の畜産経営は、経営規模拡大に向けた粗飼料生産基盤の確保や公害問題発生の回避などを意図して遠隔地に立地する傾向を示してきた。しかし今日、遠隔地農村における雇用供給源が縮小する中で、従業員の確保難に直面している。本研究では、北海道と東北の企業的畜産経営(主に酪農と養豚)を対象として、畜産経営(15農場)の経営実態調査とアンケート調査を実施した。アンケート調査は、耕種との比較が可能になるように北海道・東北の全農業法人を対象とした。これらを通じて、畜産経営の労働力調達に関わる問題と対応を解明するとともに、地元採用が困難になる中で、畜産経営と農村社会の関係が変化していく実態を把握した。

1 はじめに

わが国の畜産経営は、長期的トレンドとして外部の労働力を雇用する企業的経営への転換を進め、同時に遠隔地型産業としての性格を強めた。遠隔地への立地は、粗飼料基盤確保(草地型酪農)、畜産公害回避(施設型中小家畜)を図る動きとして捉えられるが、いずれにしても農村での労働力調達がその条件となる。1980年代までわが国の農村は低賃金労働力の供給源としての役割を果たしていたので、企業的畜産経営は遠隔地に立地する経済的メリットを享受することができた。

しかし今日、高齢化と過疎化の進行により農村は労働力供給源としての役割を失いつつある。とりわけ遠隔地農村に立地する企業的経営では労働力調達の困難が増した。地元雇用が困難な場合は都市部などからの労働力調達が必要であり、遠隔地立地は労働力調達に関して不利な条件に転じた。この状況は今後も続くと考えられるので、労働力調達に関して遠隔地に立地する畜産経営が抱える課題と経営対応を解明することは畜産業の発展方向を考える上で重要な意味を持つ。

他方、農村社会の維持・再生を図る上で企業的農業経営への期待が高まっているが、両者の相互関係が強まるとは限らない。まず問題になるのは企業的農業経営に従事する役員・従業員の農村社会への関与であろう。それは役員・従業員の農村居住のいかんに左右され、労働力調達のあり方と密接に関連する。企業的畜産経営と農村社会の関係が断たれる可能性も考えられる。反面、企業的農業経営が農村社会の維持・再生に積極的な役割を果たすことは、自らの雇用供給源の確保に向けた能動的行動としての意味を持つ。かかる能動的行動の機運が高まれば、その支援を農村政策に組み込むとともに、農の雇用事業や外国人技能実習制度などの諸政策と併せて企業的農業経営を支える総合的な雇用確保対策を拡充することが求められる。

以上を踏まえ、労働力調達に困難を抱える北海道と東北の遠隔地農村に立地する畜産経営を対象に、経営実態調査と統計分析、アンケート調査を組み合わせた研究を行った。畜産の種類は主に酪農と養豚であり、一部に肉牛経営も調査対象に入れた。紙幅の関係から、以下では統計分析と経営実態調査について要点を説明する。

2 近年における農業雇用の動向と遠隔地畜産経営の従業員確保

(1)農業雇用の長期化

統計を用いて本論が扱う問題を概観する。まず、農業センサスの結果を用いて農業雇用の近年の動向(2005年〜2010年〜2015年)について見る。

農業センサスは農業雇用を常雇いと臨時雇い(手伝いなど含む)に区分して調査している。双方を合わせた雇用の全体を見ると、雇い入れた経営体数と雇い入れ実人数は減少している。しかし雇い入れ延べ人日は2005年:5719万1000人日、2010年:6574万8000人日、2015年:6803万6000人日と増加している。これは1人当たり雇い入れ日数が23.7日→28.2日→40.6日と長期化していることによる。

常雇いと臨時雇いを区分すると、常雇いを雇い入れた経営体が10年間に2万8355から5万4252に増加する一方、臨時雇いを雇い入れた経営体は48万1392から28万9948へと減少しており、明瞭なコントラストを示す。これが雇用の長期化につながっている。

常雇いと臨時雇いの対照的な動きは農業雇用に占める組織経営体と家族経営体のシェアの変化と関連している。組織経営体のシェアを示すと、常雇い+臨時雇いの雇い入れ実人数については2005年:8.1%から2010年:10.2%、2015年:16.6%へと上昇した。雇い入れ延べ人日については2005年:31.8%から2010年:33.0%、2015年:46.4%に上昇し、家族経営体に匹敵するようになった。常雇いだけを見ると、雇い入れ延べ人日に占めるシェアは58.7%と過半を占める。

雇い入れ実人数と雇い入れ延べ人日に占める常雇いの割合を示す(図1)。家族経営体でも常雇いの割合が上昇しているが、組織経営体では実人数で43.4%、延べ人日で80.3%に達し、組織経営体の雇用は常雇いが主流になりつつある。

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(2)遠隔地畜産経営における雇用

2015年農業センサスで経営組織別(単一経営)に見ると、畜産が耕種よりも積極的に雇用労働力、とりわけ常雇いを導入している様子がうかがえる。常雇いを雇い入れている畜産経営は16.9%(耕種経営は3.3%)で、雇い入れ実人数の平均は5.7人である。1人当たり雇い入れ日数は246日で、年間フル雇用を実現しているもようである。常雇いの割合は雇い入れ実人数の約半数を占め、雇い入れ延べ人日では9割に達する。

この傾向は畜産の中でも酪農、肉牛よりも養豚、養鶏において顕著だが、酪農の最大規模層(2歳以上乳牛300頭以上)では94%の経営体が平均13名の常雇いを雇い入れ、養豚、養鶏と同水準の数値を示す。

これらを踏まえ、遠隔地の畜産経営の雇用について見る。ここでは北海道、北東北(青森県、岩手県、秋田県)、南九州(宮崎県、鹿児島県)を遠隔地として位置付ける。

これら3地域の農業産出額が全国の農業産出額合計に占めるシェアの推移を図2に示す。農業産出額シェアの変化(1960〜2012年)を見ると、北海道6.9%→12.6%、北東北7.0%→8.2%、南九州4.1%→8.6%といずれも上昇した。同図には全国産出額合計に対する耕種と畜産の割合を示した。いずれの地域でも畜産の割合が顕著に高まっている。加えて、畜産の産出額について3地域の全国に占める割合を示すと、北海道7.1%→20.7%、北東北3.4%→9.2%、南九州4.5%→16.1%と大幅に上昇している。畜産産出額の増大は遠隔地において顕著であったと言える。

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さて、全国平均と比べた3つの遠隔地の農業雇用の特徴を挙げると、北海道は常雇い、臨時雇いともに雇い入れた経営体の割合が高い。北東北と南九州については、雇い入れた経営体の割合は全国平均をやや上回る程度で、北東北は臨時雇い、南九州は常雇いの比重が相対的に高い。

大規模畜産経営の雇用を首都圏を含む関東・東山と比較すると、酪農の経営体当たりの常雇いの雇い入れ人数が北海道では10.2人で、関東・東山よりも6.8人少なく、常雇いの確保に差があることが示唆される。他方、北東北、南九州の養豚を関東・東山と比較すると、常雇いの導入は南九州で進んでいることが分かる。北東北と関東・東山との間には大きな差は認められない(表1)。

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3 遠隔地畜産経営における従業員確保問題の背景

(1)調査牧場の地域労働市場

本研究で調査対象とした北海道と東北の大規模畜産経営は共通して従業員の確保難に直面していたが、畜産経営が立脚する地域労働市場は異なる。調査農場における従業員(家族およびパートを除く)の確保状況を見ると(表2)、北海道(十勝、根室地域)の酪農経営では、自宅が通勤圏内(=地元)の従業員は少数で、通勤圏外の従業員(=社宅やアパートに居住)が多数を占めている。また、北海道酪農では7つの調査農場のうち4農場で外国人技能実習生を受け入れている。一方、秋田県の酪農経営や北海道(安平、せたな、森町)および秋田県の養豚経営、青森県の肉用牛経営では、通勤圏内(=地元)の従業員が多数を占め、通勤圏外の従業員は例外的である。

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このように、北海道の十勝・根室地域とそれ以外の地域では、農場通勤圏の地域労働市場が異なる。十勝・根室地域では絶対的な労働力不足といえる状況で、従業員は地域外から転入する従業員や外国人技能実習生に依存せざるを得ない。一方、それ以外では、地域内に一定の労働力が存在している相対的な労働力不足の状況であり、人手不足感が強まり従業員の確保がしづらい傾向にあるが、これまでは通勤圏内(=地元)の従業員で充足することができ、外国人技能実習生の受け入れもみられない。

(2)労働力不足の背景と要因

地域労働市場の状況を具体的なデータで表すことはできないが、各地域の人口密度が元々異なっていることに注意を要する。十勝・根室地域は畑作・酪農の専業地帯で、専業農家が支配的で農業以外の就業先が少ないことから人口密度は低かった。畑作や酪農経営の規模拡大が進む半面、離農農家は離村し、人口密度はさらに低下する。

一方、北海道の道南地域や東北地域は水田農業を基盤とする兼業農家が多く、農業以外の就業先があったことから一定の人口密度があった。例えば、東北地域の農家出稼ぎ者数は1970年代前半にピークを迎え、その後、電子機器・部品などの工業導入により農村地域の就業機会が増加し、出稼ぎの減少と農村への人口定着が進み、農家の兼業化が進行した。それが2000年代に入ると経済のグローバル化が進み、製造業の国内工場の海外移転が始まり、農村地域の人口も減少していく。日本で一番人口減少率が大きいのは秋田県で、これに青森県、山形県が続くなど、東北地域の人口減少が深刻である。

こうした人口減少は全国共通の少子高齢化の結果という一面を持つ。他面、高齢化する農村における医療・福祉など生活産業の労働力需要はむしろ増加し、震災復興などに誘引されて建設業の労働力需要も高まっている。その結果が農村地域における労働力不足となっている。

つまり、北海道の十勝・根室地域は専業農業地帯に起因する構造的な労働力不足であるのに対し、十勝・根室地域以外はわが国の産業構造の変動と少子高齢化に影響された労働力不足と考えることができる。

次に、こうした労働力不足の実態を有効求人倍率(求人数÷求職者数)の最近10年間の推移でみると(図3)、2008年9月のリーマン・ショックに始まる世界的不況の影響で有効求人倍率は2009年にかけて低下し、その後上昇に転じている。全国平均値では2009年の0.47がボトムで、2016年には1.36にまで上昇している。本研究で調査対象とした北海道や北東北地域は全国平均に比べて水準は低いものの、近年、全国動向と軌を一にして上昇傾向が続いており、労働力不足の状況が強まっている。

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有効求人倍率を職業別にみると(図4)、建設業の変動幅が大きいのに対し、農林漁業では一貫して緩やかな上昇をたどっている。例えば、2016年の有効求人倍率は建設業が3.49であるのに対し、農林漁業は1.01である。これは、建設業は景気動向に左右されて大きく変動するのに対し、農林漁業は着実に有効求人倍率が上昇し、労働力不足感も高まり続けていることを示している。他産業に比べて事業規模の小さい農業は、他産業の労働力需給の影響を受けやすく、地域、職種、企業規模の3点から労働力不足が一層深刻になっていると考えられる。

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4 最遠隔地の酪農経営における従業員確保・利用の特徴と課題

遠隔地畜産経営の従業員確保問題が最も先鋭的に現れているのは、北海道東部(道東)の十勝・根室の大規模酪農地帯である。今回の調査で実施した7農場の経営実態調査の結果を要約すると、以下の通りである。

(1)従業員確保・利用の特徴

道東に展開する大規模経営の事例は、従業員確保・利用に関して次のような状況に直面している。

第1に、従業員確保の主たる対象は道外を含む遠隔地にある。個々の農場による、就労喚起を含めた直接的なリクルート活動は容易ではなく、求人サイトによる就業条件提示が従業員確保の主たる手段となる。これにより従業員数は多くの農場で不足している。

第2に、遠隔地から雇用された従業員は「他の職業に向かない」などを就業の動機とし、概して酪農へのモチベーションは弱く、数年内に離職する場合が多い。すなわち雇用者の継続就業は不確実である。

第3に、各農場では、1日8時間労働、週休制など他産業と同様の就業条件を整え、搾乳を中心とした、比較的習得が容易なルーティン作業に従業員を配置している。ここでは、チームによるルーティン体制の維持のため、従業員の個々の能力評価やキャリアアップよりも従業員の人数確保が優先される。

第4に、就労は職住分離が基本となり、牧場は従業員のプライベートに関与しない傾向にある。居住地の人々との関係形成は従業員個々の意識によるが、概してそうした関係は希薄化する状況である。

この下で次のような問題の発生が懸念される。

(1)雇用の不安定化と従業員の不足、あるいは従業員数の突発的変動。

(2)ルーティン作業に従事する下での、従業員のモチベーション維持・向上の困難化と早期離職。あるいはキャリアアッププラン構築の難しさ。

(3)しばしば衰退傾向にある地域の中で、従業員の生活条件確保の外部依存、周囲の人々との接触機会の乏しさ、農場の立地する集落の人々との希薄な関係、弱い定住のモチベーション。

(4)これらの結果としての農場の短期あるいは中長期的不安定化の恐れ。

(2)従業員確保対策の方向

これらの諸点は、従業員確保・定着に係る問題が、単に従業員の人数をそろえればよいという性質のものではなく、経営の根幹、さらに言えば地域社会との関係を含む経営のあり方に関わる問題であることを示唆している。では、従業員確保・定着への対策として、どのような道筋が展望されるだろうか。ここでは、2つの方向が想定できる。

第1は、求人サイトなどにより遠隔地から集まる従業員の基本的な属性を前提に労働編成を行う方向である。従業員のキャリアアップを必ずしも重視せず、家族による農場運営・継承を基本とするもので、現在多くの農場で採られている体制である。こうした体制の安定化には、より多くの雇用ルートを準備し従業員確保を強化するとともに、農場内外に労働力をプールし、常に安定した従業員数確保ができる状態にすることが考えられる。調査事例の中には、構成員家族の臨時的就労や一時的なヘルパー利用がみられた。そのほか搾乳ロボットなどの代替手段の導入や、何らかの手段による地域での労働力バッファーの形成も検討の余地があろう。

ただし、こうした対応の下では、労働市場の変調に起因する雇用の不安定化、地域衰退と定住条件後退による雇用確保の困難化、従業員のキャリアアップによる中核的労働力確保の困難性といった課題が伴うであろう。

第2は、遠隔地であっても、求人サイトだけに頼らず、誘因喚起を含めた能動的な従業員のリクルート活動を行うとともに、適切な人事評価を行い、個々の従業員の資質に即した配置・育成を行うこと、これらにより従業員の継続就業のモチベーションを高める方向である。言い換えると、一般企業に類する人的資源管理を行うことになる。

こうした取り組みにより、従業員に依存して経営を組み立てる上での問題の緩和、解消も見込まれるが、調査事例ではこうした動きは必ずしも明確にとらえることができなかった。これは、大規模経営であっても、牧場個々では、労働負担やコスト面あるいは具体的手段の面でこうした取り組みを進めることが容易ではないためとみられる。

また、これらの方向と平行して、従業員の居住環境や、従業員を取り巻くコミュニティ形成に関しても、農場からの関わりは避けて通れないだろう。どのような地域やコミュニティを準備し提供できるかは、従業員の定住へのモチベーションと強く関わるとみられるためである。これについても農場単独での対応は困難な状況にある。

以上から、これからの従業員確保・定着に向けて、第1の方向、すなわち従業員数の安定確保に向けた対応に、第2の方向、より高度な人事管理の仕組みを採り入れていくことが重要と思われる。さらに、従業員を取り巻く地域・コミュニティの課題も併せて、大規模経営であっても、JA、自治体、集落、他の農場と連動した組織的対応が重要であり、それに向けた戦略構築に着手する必要が大きいと思われる。


				

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