調査・報告   畜産の情報 2017年9月号


タンパク質と脳の栄養〜うつ病とタンパク摂取〜

NPO法人「食と健康プロジェクト」 理事長 高田 明和
昭和女子大学 生活科学部 健康デザイン学科 教授 高尾 哲也
教授 小川 睦美
昭和女子大学 生活科学部 管理栄養学科 教授 石井 幸江
准教授 清水 史子
昭和大学横浜市北部病院 メンタルケアセンター 助教 葉梨 喬宏
講師 富岡  大
客員教授 堀  宏治
株式会社島津製作所 グローバルアプリケーション分析センター 課長 増田 潤一



【要約】

 タンパク質は、炭水化物、脂質とともに三大栄養素と呼ばれ、身体をつくる役割を果たしている。またタンパク質は20種類のアミノ酸から構成され、生体機能を維持しており、脳の成長、機能の発揮に欠かせない。さらに、タンパク質の構成成分であるチロシン、フェニルアラニン、トリプトファンなどの必須アミノ酸は神経の活動の伝達に不可欠な神経伝達物質を作る。アドレナリン、ノルアドレナリンなどは交感神経の活動を支える。トリプトファンはセロトニンになり、私たちの気分を明るくする作用を持ち、欠乏するとうつ病になるおそれがあることが知られている。実際、うつ病の患者はセロトニンの値が低いが、それはセロトニンがすぐに分解されるからであることを示唆するデータが得られている。

1 はじめに

食肉に含まれるタンパク質、脂質は私たちの健康に大きな影響を与えている。脂質については、すでに畜産の情報2016年7月号「よい脂肪酸とは;トランス脂肪酸とω(オメガ)脂肪酸の役割」に述べているのでここでは省略する。ここではタンパク質、アミノ酸の脳機能、特にうつ病のような気分障害にどのような影響を与えるかを私たちの研究結果を含めて解説したい。

2 タンパク質

タンパク質は20種類存在するL-アミノ酸が鎖状に多数連結してできた高分子化合物であり、生物の重要な構成成分の一つである。構成するアミノ酸の数や種類、また結合の順序によって種類が異なり、分子量約4000前後のものから、数千万から億単位になるウイルスタンパク質まで多種類が存在する。連結したアミノ酸の個数が少ない場合にはペプチドと言い、これが直線状に連なったものはポリペプチドと呼ばれることが多いが、名称の使い分けを決める明確なアミノ酸の個数が決まっているわけではないようである。

タンパク質は、炭水化物、脂質とともに三大栄養素と呼ばれ、身体をつくる役割も果たしている。タンパク質の機能は多岐にわたるが、皮膚や腱などを構成するコラーゲンのような構造タンパクと細胞の生存のために必要な機能を担う機能性のタンパク質に分類される。脳の栄養にはブドウ糖が最も重要とされていたが、タンパク質摂取も脳機能に決定的な影響を与えていることが分かったのは最近である。

1960年代に南米のグアテマラ共和国で、サプリメントとしてタンパク質を十分に与えた場合に成長にどのような結果をもたらすかが研究された。するとサプリメントを与えられた子供たちは身長が1〜2センチメートル高かっただけでなく、認知機能も向上していることが分かったのである(1)

重要なのは、このようなタンパク質のサプリメントを与えられた子供たちは思春期になって就学の機会が多くなり、さらに男子の場合には収入も増していたことである。これらの発見はMRI(磁気共鳴テスト)における脳波の測定でも確かめられている。つまり、タンパク質は脳の健常な発達に不可欠なのである。

このように脳についてもタンパク質が多くの機能を担っており、特徴的なことはタンパク質の構成成分であるアミノ酸が神経の情報伝達に重要な役割をしているということである。そのため脳の栄養を考えるとき、これらの情報伝達物質を構成するアミノ酸について説明することが必須となる。

ここでは、主として情動などに関係し、精神疾患にも大きな影響を与える神経伝達物質について説明したい。

3 主たる神経伝達物質

神経の伝達に物質が関係するのは、神経の突起と次の神経を情報が伝達するときに物質が利用されるからである。図1は神経と神経のつながりと神経伝達物質についての説明である。

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神経は細胞体に伝えられた情報を電気信号にして次の神経に伝える。大脳において思考、情動、運動などをつかさどるのは、その表面の6ミリメートルくらいの大脳皮質にある約100億の神経細胞とされる。この細胞は突起により多くの細胞とつながっている。

情報を受け取る突起は樹状突起と呼ばれ、情報を送り出す突起は軸索と呼ばれている。情報が電気信号として末端まで来ると、そこにある神経伝達物質を含んでいる小胞から伝達物質を放出させる。その物質は次の神経の表面にある受容体と結合し、次の神経を刺激して情報が伝わるのである。この結合部をシナプスと呼んでいる。

現在、多くの神経伝達物質が知られているが、最も重要なのがグルタミン酸であり、これは興奮性神経伝達物質と呼ばれ、次の神経を刺激する。運動神経は主としてグルタミン酸により刺激される。

一方、興奮を抑制する物質はGABA(γアミノ酪酸)である。これはグルタミン酸から作られる。しかしグルタミン酸もGABAも体内で作ることができるので、食事から摂取する必要はない。

自分の体内で作ることができず、食事から摂取しなくてはならないアミノ酸を必須アミノ酸と呼んでいて、9種類存在する。このうち記憶、情動、気分などに関係するものはノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどであるが、これらはチロシン、フェニルアラニン、トリプトファンという必須アミノ酸から作られるので、どうしても食事、特に食肉から摂取せざるをえない。

図2にはアドレナリンなどいわゆる自律神経の伝達物質と快感などを感じさせるドーパミンの生成経路が示されている。

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つまり、情動を担い、自律神経を刺激するノルアドレナリン、アドレナリンと快感をもたらすとされるドーパミンは、いずれもチロシンという必須アミノ酸から作られるのである。

一方セロトニンはトリプトファンから作られる(図3)。トリプトファンは植物性のタンパクには少なく、食肉や魚の肉に多く含まれる。

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4 ノルアドレナリンの役割

私たちの体の自律神経には交感神経と副交感神経がある。交感神経と副交感神経は逆の作用をしている。交感神経が刺激する時には副交感神経は抑制をし、副交感神経が刺激する時には交感神経は抑制的に働く。副交感神経の伝達物質はアセチルコリンであり、交感神経の伝達物質はアドレナリンに構造がよく似ているノルアドレナリンである。

ノルアドレナリンの作用も食べ物の作用から見つかったのである。メキシコでは3000年にわたってインディオやアステカ族が精神を変容させる作用のあるサボテンの一種であるペイヨーテを宗教的儀式に用いていた。

ペイヨーテには多くの物質が含まれているが、主要な精神作用を示す物質はメスカリンと呼ばれ、この構造がノルアドレナリンに似ていた。さらに脳内にノルアドレナリン神経が存在し、この神経の末端からノルアドレナリンが出されることが分かった。このノルアドレナリン神経の細胞は脳幹の橋というところにあるせいはんかくにあり、ここにメスカリンは作用したり、ノルアドレナリンの受容体と結合したりする。

このノルアドレナリンは視床下部を刺激して自律神経を刺激、ストレスに抵抗を示すようにする。また視床下部からのCRH(コルチコトロピン放出ホルモン)という下垂体を介して、副腎皮質からコルチゾルを出すホルモンの分泌を抑え、ストレス反応を抑える。最近ではCRHが多くなるとうつの症状があらわれるという考えになっている。

動物を箱に入れ、その底に電気を流し、ショックを与えるような装置を作る。この時に動物はまず後で述べるドーパミンという伝達物質を脳内で分泌する。もしレバーを押すと電気が流れなくなるということがわかると動物はショックを逃れるので、脳内の反応はなくなる。また、レバーを押しても電気を止めることができないような装置にすると、動物は必死にレバーを押して、なんとかこのショックから逃れられないかと懸命になる。この時にストレスに抵抗するノルアドレナリンが多く分泌される。しかし逃れられないという状況が分かると動物は疲弊する。この時にCRHが分泌される。つまりどうしても逃れられないストレス、障害が続くと脳は疲弊し、障害におかされるようになる。

5 ドーパミンの役割

脳内の感情などをつかさどるもう一つの物質がドーパミンである。ドーパミンの作用も偶然見つかった。

1950年代にカナダのマッギル大学にいたオールズ博士は動物の脳のいろいろな場所に電極を入れ、その部分を刺激する装置を作った。動物をある部屋に入れておいて、脳内に電流を流したところ、その動物は次にその部屋に入った時に、すぐに刺激を受けた時と同じ場所に行ったのだ。まるで、そこに行けばもう一度その場所を刺激してもらえるかのようだった。そこで、オールズ博士は動物が刺激をしてもらいたがる場所はどこかと調べたところ、まず中脳のふくそくがいそくかくちゅうかくかくなどであった(図4)。そこで今度は側坐核に電極を入れ、動物が自分でレバーを押した時に電流が流れるようにした。動物は自分でレバーを押すと側坐核を刺激できることを知ると、何度もレバーを押し続けた。

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このような効果を示す物質は何かを調べることになった。まずドーパミンが受容体と結合することを妨げるクロールプロマジンという物質を投与すると動物は自己刺激を止める。しかし、側坐核にドーパミンを投与して、クロールプロマジンと受容体の結合を止めさせるとまた刺激を始めた。このような脳内の場所を快感領域と名付けた。その主役であるドーパミン神経の細胞は中脳にあり、そこから突起を出している。ドーパミン自体は快感を与える作用のあることは事実だが、ドーパミンの主な作用は「何かをして目的を達成したい」という意欲を起こさせる物質であると考えられるようになった。

6 セロトニンの役割

脳内の感情をつかさどる3つ目の物質であるセロトニンは、どのような経路で感情を安定させるのだろうか。もともと脳内のモノアミン(セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなど)が減少するとうつ状態になり、これらの物質の量が増えるようにするとうつが治り、元気になるということから、感情の安定にとってモノアミンが大事だということが分かってきた。

しかし、この三者を同時に増やしたりすると、副作用もあるということから、セロトニンだけを増やす薬であるプロザックが開発され、これがうつ病に効果があるということからセロトニンの重要性が高まった。

現在、うつ病になるとまず処方される薬がSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)である。これはセロトニン神経の末端から放出されたセロトニンが、長くシナプス間隙かんげきに存在し、次の神経の受容体を刺激し続けさせる作用がある。

ではセロトニン神経は脳にどのように分布しているのだろうか。セロトニン神経の細胞体は脳幹の橋、延髄のほうせんかくにあり、広く脳のいろいろな部位に送られる。特に大事なのは情動、感情に関係するへんえんけいに送られているということである(図5)。

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辺縁系にはたいじょうかいへんとうかいなどがあり、いずれも感情を支配する。そしてうつ病の時には帯状回や扁桃が活動していること、海馬の細胞の活動が抑制され、死滅していることが知られている。 セロトニンはセロトニン神経の末端から放出され、次の神経を刺激したり、その興奮を抑えたりする。同じセロトニンが次の神経を刺激したり、抑制したりするのは、他の伝達物質の場合と同じように受容体にいくつもの種類があるからである。

セロトニンの脳内の役割は、精神の安定の他に睡眠を良くさせる効果がある。睡眠中のセロトニン神経は活動していないのだが、セロトニンが少ないと眠りが悪くなり、夜中に眼が覚めたりしてしまう。

また、セロトニンは満腹感を起こさせる。肥満予防の薬として空腹感を抑えようとするものにはセロトニンを多く出させる作用を持つものもある。

トリプトファンというアミノ酸が脳でセロトニンに変わるが、この時に運動、睡眠、良い考え、光などがセロトニン生成を促進する。またうつ病の治療に運動療法があるなどというのもセロトニンを増やそうとするためである。

セロトニンの作用がものの考え方によることが分かってきている。それは脳内物質を変化させても、ものの考え方を変えないとうつ病は治らないということを意味するからである。セロトニンの問題は、私たちの心が脳内物質の影響を受けていることを示すが、同時に脳内物質だけでなく、心のあり方、ものの考え方が真の幸せには必要であることを示している。

7 うつ病とセロトニン

現在、うつ病の患者には脳内のセロトニンを増やす薬が使われている。一つはセロトニンの受容体である1A受容体を刺激する薬、もう一つはパキシルという薬に代表される選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)という薬である。

セロトニン神経に情報が伝わると、その末端からセロトニンが放出される(図6)。そのセロトニンは放出後、再度輸送体でもとの神経末端に取り込まれる。うつ病の患者ではセロトニンの放出が足りないという仮説のもとに、この輸送体の機能を阻害し、シナプス間隙にセロトニンを長く滞在させようとするのはSSRIの作用である。

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では、うつ病の患者ではセロトニンは減少しているのであろうか。株式会社島津製作所の増田潤一氏は、最近、超高速液体クロマトグラフィー・質量分析計の感度を上げることに成功した(2)。この方法でうつ病患者の血漿のセロトニン、その分解産物の5−ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)の濃度を測定したものを図7に示す。

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患者は昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンターで未治療の患者の早朝空腹時の血液を採取、血漿けっしょうを分離して測定した。

まず、中高年男性、若年女性ではセロトニンの濃度は若年女性の方が高かった。一方、うつ病患者では、男性はすべて測定不能の低値であり、女性の2例のみが測定可能であった。しかし、その濃度は中高年男性と若年女性のセロトニン濃度に比べ非常に低かった。

うつ病患者の血漿中のセロトニン濃度は、健常の中高年男性、若年女性より低かった。また、9例中7例で測定不能であったが、測定可能な20歳代女性のセロトニン値も有意に低かった。

図8に示すように、セロトニンとトリプトファンの比を見ると、トリプトファンからどのくらいセロトニンができるかを示す値は、うつ病患者は非常に低かった。一方、セロトニンの分解産物の5-HIAAとトリプトファンの比は健常者でもうつ病患者でも変わりなかった。つまり、うつ病患者ではセロトニンがすぐに分解され、5-HIAAになることを示している。

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ここでは詳しくは述べないが、図9に示すようにトリプトファンはセロトニンに分解される以外にキヌレニンという物質にも分解される。

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トリプトファン代謝のキヌレニン代謝経路を調べると、図10に示すようにうつ病の患者もキヌレニンの産生は正常である。

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つまり、うつ病の患者でもトリプトファンはキヌレニン系、セロトニン系に分解されており、ただ、セロトニンの分解が促進していることが示される。

うつ病には、単極性のうつ病といわゆるそううつ病に代表される双極性のうつ病があり、複雑である。今回の研究では患者は単極性のうつ病ではないかと想像されるが、さらに検証が必要である。

8 まとめ

これらの結果をまとめると、うつ病の患者ではセロトニンが減少していることが示される。そのために、セロトニンの原料であるタンパク質を摂取する必要があり、その中でも、特に食肉を摂取することは精神的な安定をもたらす上で重要と推察される。


【文献】

(1) How poverty affects the brain. Storrs, C. Nature547;150-152

(2) Matsuoka, K. Kato,K.,Takao,T., Ogawa, M., Ishii, Y. Shimizu F., Masuda, J. Takada, A. Concentrations of various tryptophan metabolites are higher in patients with diabetes mellitus than in healthy aged males. Diabetology Int.2016 doi10.1007/s13340-016-0282-y

【参考文献】

1 高辻功一、高田明和、遠山正彌著 1999年「からだを理解する解剖学・生理学」金芳堂

2 小幡邦彦、外山敬介、高田明和、熊田衛、小西真人著 2003年「新生理学」文光堂

3 古賀良彦、高田明和編著「脳と栄養ハンドブック」 2008年 サイエンスフォーラム

4 ベアー、コノーズ、パラディーソ著、加藤宏司など監訳 2015年「神経科学―脳の探求」西村書店


				

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