畜産経営の安定に関する法律の一部を改正する法律の概要について |
農林水産省生産局畜産部牛乳乳製品課 課長補佐 金澤 正尚 |
わが国の酪農は、国民への新鮮な飲用牛乳や多様なニーズに対応した乳製品の供給のみならず、飼料や資材など生産から乳業など加工・流通まで裾野の広い関連産業を有し、地域の雇用や経済を支える基幹産業となっています。
昭和41年4月に施行された加工原料乳生産者補給金等暫定措置法(以下「暫定措置法」という。)は、乳価の低い加工原料乳に対して生産者補給金を交付する制度として、半世紀にわたり、わが国の酪農、特に、加工原料乳地域である北海道酪農の発展に大きな役割を果たしてきたところです。
一方、わが国の農業については、将来に向けて、その成長産業化を図り、農業者の所得向上を実現していくことが重要となっています。その実現に向け、昨年11月には、農業者が自由に経営展開できる環境を整備するとともに、農業者の努力では解決できない構造的な問題を解決するため、政府の農林水産業・地域の活力創造本部において、「農業競争力強化プログラム」が決定されたところです。
同プログラムにおいては、酪農について、近年の生乳需給の変化を踏まえ、
(1) 現行の指定生乳生産者団体は、農業協同組合法に基づき、スリム化・効率化や共同販売の実を上げる乳価交渉の強化を図りつつ、今後ともその機能を適正に発揮することが極めて重要であり、
(2) その上で、現行の生産者補給金の方式は見直し、生産者が、出荷先等を自由に選べる環境の下、経営マインドを持って創意工夫をしつつ所得を増大させていく必要がある
とされたところです。
これを実行していくため、第193回通常国会に、畜産経営の安定に関する法律(以下「畜安法」という。)等の一部を改正する法律案を提出、平成29年6月9日に可決成立、同月16日に公布されました。
2 改正畜安法の趣旨 |
現在、わが国においては、少子高齢化や他飲用との競合などから、生乳生産量および飲用牛乳需要が減少傾向にある一方、生クリームやチーズなどの乳製品の需要は増加傾向にあり、今後も増加が見込まれています。このような中、需給状況に応じた乳製品の安定供給の確保等を図るため、乳製品に生乳を仕向けやすい環境を整備することが必要となっています。
このため、今回の改正畜安法においては、これまでの暫定措置法に基づく生産者補給金等の交付に関する措置について、畜安法に恒久的な制度として位置付けるとともに、生産者補給金の交付対象を拡大し、指定を受けた事業者(生乳生産者団体にあっては「指定生乳生産者団体」という。)に集送乳調整金を交付する等の措置を講じ、生乳等の需給の安定や酪農経営の安定を図ることとしています。
3 改正畜安法の概要 |
(1)生産者補給金等の交付対象者(第2条及び第4条)
生産者補給金等の交付対象者に関して、次のとおり規定しています。
独立行政法人農畜産業振興機構(以下「機構」という。)は、以下の者(以下「対象事業者」という。)に対し、生産者補給交付金又は生産者補給金(以下「生産者補給金等」という。)を交付することができる。
ア 生乳受託販売又は生乳買取販売の事業を行う者
イ 自ら生産した生乳を乳業者に対し自ら販売する者
ウ 自ら生産した生乳を加工して自ら販売を行う者
これにより、現行の指定団体以外の者も補給金の対象とするとともに、全量委託でなくても補給金の対象とすることとした上で、部分委託に関する公正なルールを設けることとしています。
(2)年間販売計画と交付対象数量(第5条、第6条等)
年間販売計画と交付対象数量に関して、次のとおり規定しています。
(1) 生産者補給金等の交付を受けようとする対象事業者は、毎会計年度、生乳等の年間販売計画(各月ごとの生乳の用途別の販売予定数量等を記載)を農林水産大臣に提出する。
(2) その上で、農林水産大臣は、年間販売計画が農林水産省令で定める一定の基準(年間を通じた用途別の需要に基づく安定取引であること等)に適合すると認める場合には、対象事業者に交付対象数量(年間に交付を受ける生産者補給金等に係る加工原料乳の上限数量)を通知する。
(3) 交付対象数量については、飲用牛乳及び乳製品の需給事情等を考慮して農林水産大臣が定める総交付対象数量(機構が年間に交付する生産者補給金等に係る加工原料乳の上限数量)を基礎とし、年間販売計画に基づき算出する。
(4) 交付対象数量の通知を受けた対象事業者は、事業の実績及び経費について、農林水産大臣及び当該対象事業者に生乳販売の委託又は生乳の販売を行った者に報告する。
これにより、新制度においても、飲用向けと乳製品向けの調整の実効性を担保できるものとするとともに、生乳受託販売または生乳買取販売の事業を行う者(第1号事業者)の経費等の見える化を進め、生産者の選択に応えるための流通コストの削減や乳価交渉の努力を促すこととしています。
(3)集送乳調整金の交付(第10条、第14条等)
集送乳調整金の交付に関して、次のとおり規定しています。
(1) 農林水産大臣又は都道府県知事は、以下の要件を満たす対象事業者を、その申請に基づき指定することができる(指定を受けた者が生乳生産者団体であるときは「指定生乳生産者団体」。一般事業者も含めた総称は「指定事業者」とする。)。
ア 定款その他の基本約款において、生乳販売の委託又は生乳の売渡しが年間を通じて安定的に行われる見込みがない場合その他の農林水産省令で定める正当な理由がある場合を除き、一又は二以上の都道府県の区域において、委託又は売渡しの申出を拒んではならない旨が定められていること
イ 集送乳の業務に関する規程において、集送乳に係る経費の算定方法等が一定の基準に従い定められていること
(2) 機構は、指定事業者に対し集送乳調整金を交付することができる。
これにより、新制度においても、相対的に高い集送乳経費を要する地域を含め、あまねく地域から集送乳を行うことを確保することとしています。
(4)その他
改正畜安法では、上記の(1)から(3)のほかに、対象事業者に対する指導助言、指定乳製品の輸入制度等について、次のとおり規定しています。
(1) 農林水産大臣は、生産者補給金等又は集送乳調整金の交付を受けた対象事業者に対し、酪農経営の安定を図る観点から、必要な指導及び助言を行うことができる。(第28条)
(2) 機構は、指定乳製品等の輸入並びに機構以外の者の輸入に係る指定乳製品等の買入れ及び売戻しを行うことができる。(第4章)
これにより、法の目的に照らして、酪農経営の安定を阻害するような対象事業者に対して、必要な指導助言を行えるようにするとともに、天候などにより変動しやすい生乳需給の安定を図る上で重要な役割を果たしている国家貿易制度を的確に運用していくこととしています。
なお、原料乳及び指定乳製品の価格安定措置並びに指定乳製品の調整保管制度について、価格安定措置については、暫定措置法において適用が除外されていること、また、調整保管については、独立行政法人農畜産業振興機構法(以下「機構法」という)に基づく畜産業振興事業でより機動的な対応が可能であることから、これを廃止することとしています。
以上のほか、これまで暫定措置法において規定していた独立行政法人農畜産業振興機構の業務について、機構法に新たに規定し直す必要があるため、機構法の一部を改正し、所要の条文を追加(機構法第10条)するとともに、暫定措置法の廃止を附則において規定しています(附則第2条)。また、施行期日を、平成30年4月1日とする(附則第1条)とともに、経過措置を設けるなど所要の規定の整備(附則第3条等)を行っています。
4 おわりに |
法案の可決に際して、衆参の農林水産委員会では、附帯決議が全会一致で決定されています。決議では、政府に対して、本法の施行に当たり、生産者が将来に明るい展望を描けるよう、万全を期すべきとされました。
現行制度において、補給金の交付に当たっては、需給変動も含めた生乳全体の需給を見込んだ上で、加工原料乳の需要量である交付対象数量を示すことで、その数量が飲用・加工用の仕向けおよび生乳全体の増減産に係る目安となっていますが、これは新制度においても同様です。その上で、新制度では、現在の指定団体以外に出荷する者も補給金の対象とすることにより、飲用向け一辺倒でなく、乳製品向けにも販売する方向に誘導することができるものと考えています。
また、生産現場の懸念の声の多い部分委託については、現場の生産者が不公平感を感じないよう、また、場当たり的利用を認めないようにする観点から、指定事業者が生乳取引を拒むことができる正当な理由を省令で定めることとしています。
今後とも、生産現場の意見を十分に踏まえつつ、新制度を適切に運用することにより、生乳の需給の安定を通じた酪農経営の安定と消費者への牛乳・乳製品の安定供給に努めてまいりたいと考えております。
投資規模の大きい酪農経営においては、生乳需給の安定とそれを通じた乳価の安定は何よりも重要ですが、あくまでも制度はそれを支える一つの仕組みであり、制度を生かすかどうかは最後は現場次第です。改正畜安法が、恒久措置として、将来の酪農そして乳業の発展に寄与していけるよう、関係者の皆様のご理解とご協力をお願い致します。