調査・報告 専門調査   畜産の情報 2018年8月号


家畜管理情報を統合的に利用するクラウドシステムの運用
〜JAひがし宗谷の取り組み〜

東北大学大学院 農学研究科 教授 寺田 文典



【要約】

 畜産業は個体識別番号の活用など情報社会に突入している。それらの情報の活用方策は、個々の経営の収益のみならず、地域のアクティビティをも左右し得る。そのため、各地でいろいろな方策、規模での試行が行われている。本稿では、JAひがし宗谷が開発した家畜統合管理システムを紹介することで、この流れをサポートすることとしたい。

1 はじめに

情報化時代を迎えて、ビッグデータの有用性やAIを活用した先駆的な取り組みが毎日の新聞紙面をにぎわせている。農業分野でも、ビッグデータの収集手法を開発し、その応用を進める対象として畜産関係が注目されており、いくつものプロジェクト研究が行われている。表1は農林水産省の平成27年度補正予算、28年度補正予算および29年度補正予算において措置された「革新的技術開発・緊急展開事業」において取り組まれた畜産関係(43件)の研究の中で、AIあるいはICTの活用がテーマの一つとして取り上げられている15件の課題一覧である。近い将来、畜産業の省力化や効率化に直結する技術、情報システムとしての開発が期待される。同時に、畜産業は従来から個体識別番号の活用など、耕種部門に先んじて情報化社会に突入しており、それ故に越えるべき課題も明確化しつつある。

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北海道の最北端である宗谷地方の浜頓別町、猿払村(写真1)に所在する東宗谷農業協同組合(以下「JAひがし宗谷」という)では、11年に家畜個体識別システム研究開発事業(モデル事業)に参画して以来、独自の取り組みとして家畜統合管理システムの構築、運用に取り組んでいる。本システムは、家畜飼養に係る情報を一元管理することで、組合員自身が経営内容を正確に把握できるだけでなく、支援機関と密接に連携したサポートを可能とすることを目指したものであり、29年度から本格運用が開始されている。

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本稿では、これらのJAひがし宗谷における取り組みを紹介し、酪農産業におけるビッグデータ活用の在り方を考えていきたい。

2 情報システム開発の経緯

JAひがし宗谷は平成12年にJA猿払とJA浜頓別が合併して発足した農協で、正組合員数は157名(28年度)、生乳生産数は7万9526トン、売上高は90.5億円と農協の全販売額の82%を占める酪農中心の農協である。構成員のうち3割が法人経営(共同経営)、後継者がいる割合は46%と高いものの、60%が55歳以上であり、将来の生産量を確保し、地域の酪農経営の基盤を維持するためには、農家向けの支援にとどまるのではなく、支援組織の営農指導力の向上が求められている状況にある。

もともと最北の地という厳しい環境故か、進取の気風が培われてきたと思われ、チャレンジ精神に富んでいる地域で、その歴史はわが国における新たな高付加価値牛乳生産の嚆矢こうしとなった放牧酪農牛乳、乳製品などの取り組みや積極的な新規就農対応などにもよく現れている。

「情報」に関していえば、昭和50年代に乳用牛群検定事業が始まった時、JAひがし宗谷ではこれに積極的に参加し、指導業務へのデータの活用を検討していたという。当時から、情報の重要性をしっかり認識していたことがうかがわれる。さらに、60年代からは人工授精管理システムを独自に開発し、これをベースに個体管理システムの構築を試みたという。平成11年には家畜個体識別モデル事業に参加し、個体識別番号によるデータの共有化を実現しており、このことが、管内で牛海綿状脳症(BSE)国内発生2例目が確認されるといった困難な時に迅速な事後の調査対応を可能とし、情報の統合化が食の安全確保に有効に機能することを実証できた背景にあったものと思われる。

その後、26〜28年にかけて、農林水産省の農業競争力強化対策民間団体事業(家畜個体識別システム利活用促進事業)に採択され、独自の「家畜統合管理システム(以下「統合管理システム」という)」を構築し、運用するに至っている。以後、統合管理システムの詳細について紹介する。

3 家畜統合管理システムの概要

今回の取材では、JAひがし宗谷 石黒 敦 営農部長から統合管理システムの概要について説明があった(写真2)。石黒部長は、JA猿払で人工授精師として活躍した経験から、自らの技術や知見の継承だけではなく、管内生産者への明確な営農指導のため、データの重要性を実感し、乳検の普及、乳質の改善に取り組む中で、今回開発したシステムの有用性を主張し、その構築に取り組んできた。

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統合管理システム(図1)は、さまざまな個体情報をクラウド化することで、家畜飼養に係る情報の一元管理を実現しようというものである。家畜の飼養状況、健康状況、生産者の経営活動などを把握することで、生産者自身が生産性の改善に取り組みやすくなるだけではなく、支援部門においても適切な経営アドバイスなどの支援を行いやすく、かつ充実させることが可能となるものである。

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JAひがし宗谷内では、個別システムとして、従来より、家畜販売管理システム、人工授精情報システム、運行管理システム、クミカン管理システム、預託牛管理システム、生産資材受払いシステムが稼働していたが、情報はそれぞれのシステムで集積されるのみで、生産者へのフィードバックも個別的なものにとどまっていた。それらを有機的に統合する必要性とその有効性は理解されていたものの、具体的方策が確立されていなかった。

そこで、家畜個体識別システム利活用促進事業において、平成26年度は牛個体識別番号をキーとして、「牛の移動データ」、「人工授精データ」の統合を図った統合管理システムを構築、さらに「家畜販売管理システム」を加えて、一元的管理運営を可能とした。

27年度には統合管理システムに「生乳生産管理システム」をつなぎ、個体乳、バルク乳の成分値や乳量の情報をリアルタイムで提供することを可能とした。さらに、タブレット端末でアクセスできる「農家インフォメーションシステム」を開発し、タブレット端末を組合員と関係者に配布し、試験的な運用が開始された。

事業の最終年度である28年度は農家インフォメーションシステムとクミカン管理システムとの統合を行うことで、組合員の乳牛飼養情報、疾病情報、経営管理情報の統合がなされた(図2、図3)。これにより、生産者が自身の経営情報を把握することに加えて、支援機関の間で情報共有することをも可能としたわけである。

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4 運用の状況

本格的な運用に入った平成28年度のJAひがし宗谷の生乳生産状況を前年度と比較してみると、搾乳頭数の増加、繁殖成績の著しい改善が明らかである(表2)。

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統合管理システムにより、繁殖情報が見える化されたことで、発情確認の回数、精度が高まったこと、授精業務の連絡調整の簡易化と確実性が高まったことなどに加えて、経営内での情報共有、親子間での会話の増加(思わぬ副産物ではあるが)などの副次的効果も大きかったとのことである。また各種報告業務のスリム化が図られたことで、省力化と同時に、データの精度が高まった点も注目すべきであろう。

感覚的な話との前提ではあるが、このシステムを有効に活用してくれている組合員は6割程度とのことである。この数値をどう見るかはいろいろな意見があるものと思われるが、初年度の数値として、利用者の間では高く評価されていることがうかがえる数値である。今後、データ集約の有効性など実際の効果を実感してもらうことで、活用はさらに大きく進むものと思われる。

特に、統合管理システムは普及指導上のツールとして有効であり、リアルタイムで情報を確認できることから、データに基づく明確な指導が可能となり、生産者の経営改善につながる。同時に、データを用いた適格な指導を積み重ねることで普及指導者にとっても自身の力量の向上などに生かすことができることなども、高い評価が得られるポイントである。

また、統合管理システムを維持するために必要なランニングコストは、業務の効率化により、労働時間数減により従来業務に必要だった経費の枠内で対応可能とのことであり、コストパフォーマンスは良好との印象であった。

現在のバージョンはいわば「初版」であり、基本コンセプトが提案されたものと受け止めているが、今後、さらに進化していくことが期待される。

ところで、このようなパフォーマンスの良いシステムが北海道の最北端で成立した要因は何だろうか。JAひがし宗谷が開発を決断した背景には、前述したように精度の高いリアルタイムでの情報共有の重要性に対する意識が高かったこと、リーダーの先見性が優れていたこと、そして実務に人を得たことが挙げられる。統合管理システムは、「畜産飼養管理のキーとなる」とゴーサインを出したJAひがし宗谷の佐藤裕司組合長、また草地酪農がこの地の基盤と信じ、その未来を考える多くの技術者がいて、彼らの協同によってはじめて成立し得たといって過言ではない。多くの情報を共有するには、組織の壁を越えなければならないが、これが言うほどたやすくはない。自ら風穴を開ける覚悟と行動が必要であり、Win-winの関係構築を目指して、可能性を追求した人たちがいたのである。また、全国規模でなく、単協単位でのシステム構成が、見通しの良さとなり、開発理念の共有を実現できたものと思われる。小規模の強みともいえる。

5 今後の課題

統合管理システムの基本は、緻密でリアルタイムのデータ提供にあり、そのことがユーザーの信頼性を左右する。いかにして必要な情報を収集し、どのような形で示していくか、まだまだ、発展していくことと思われる。そのいくつかの方向について考えると、まず第1に「地域グループが利用できる新しいプラットフォーム」としての展開が挙げられる。そのためには、管内に五つあるTMRセンター、二つある民間のコントラクターとの連携、すなわち、在庫管理、場管理との結合が今後の課題の一つとなる。これらの動きはすでに始動しており、ユーザーの同意を得て、支援者が関係情報にアクセスすることが可能となっている。

また、畜産は情報産業であり、安心を担保するのが「安全」であるとすれば、そのために必要な情報の整理提供できることも有意義であり、地域ブランドを確立するための一助ともなる。加えて、家畜衛生基準を担保するツール(入退場記録のような)となることで、リスク管理にも活用可能なシステムとなる。

上記2点は、組合が取り組むべき課題であるが、もう1点、組合だけでは解決できない大きな課題が残されている。それは、インターネット環境を支えるインフラの整備である。インターネット環境は今や道路・港湾と同様、生活に必要なインフラといえる。これを関係企業の努力のみに委ねるのではなく、国、地方公共団体の主体的な事業としての取り組みも必要ではないだろうか。関係機関における検討を望みたい。

【謝辞】

本稿は東宗谷農業協同組合 営農部長 石黒敦氏への取材をもとに構成した。統合管理システムの概要に関する図表も石黒氏より提供を受けている。心から御礼申し上げる。


				

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