海外情報  畜産の情報 2018年8月号


アイルランドの畜産物輸出動向と市場拡大への取り組み

調査情報部 玉井 明雄(現畜産需給部)、前田 絵梨


【要約】

 アイルランドは牛肉が世界第8位、バターが同3位の畜産物主要輸出国であり、近年、畜産物を中心に農畜産物の輸出が大幅に増加している。一方、最大の輸出先である英国のEU離脱(ブレグジット)による影響が業界内で懸念される中、政府は、英国を補完するEU域外市場の開拓を急務としている。アイルランドの業界関係者は、2017年12月に妥結した日EU・EPAにより、牛肉や乳製品を中心に対日輸出増加も期待しており、同国の市場拡大に向けた取り組みやブレグジットを踏まえた輸出拡大の方向性が注目される。

1 はじめに

アイルランドは、人口476万人、国土面積は北海道を下回る程度であるが、牛肉が世界第8位、バターが同3位の畜産物主要輸出国である。同国は、国の成長戦略の下、アイルランド政府食料庁(Bord Bia:ボードビア)が活発な販売促進活動を展開しており、農畜産物・飲料の輸出は畜産物を中心に近年、一貫して増加しており、2017年の輸出額は過去最高を記録した。

一方、農畜産物の最大の輸出先である英国のEU離脱(ブレグジット)による影響が業界内で懸念される中、政府は、ボードビアに対し、EU域外市場開拓のための予算を新たに拠出するなど、現在の英国向けを補完するEU域外市場の開拓を急務と位置付けている。こうした中、2017年12月に妥結した日EU・EPAはアイルランドの食品業界から期待されている。

本稿では、2018年4月に実施したボードビアからのヒアリングなどを踏まえ、同国の畜産物輸出動向、同庁による市場拡大に向けた取り組み、ブレグジットを踏まえた輸出戦略を中心に報告する。なお、本稿の為替レートは、1ユーロ=129円(2018年6月末時点)とした。

2 農業の概要と畜産物輸出の動向

(1)農業の概要

アイルランドは、アイルランド島の南側約6分の5を占め、英国領の北アイルランドと隣接している(図1)。暖流のメキシコ湾流と偏西風により、気候は温暖で、最も寒い1月と2月の平均気温は4〜7度で、降雪はほとんどない。

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農業・食品分野は、アイルランドの国民総所得(GNI)の7.8%を占め、全輸出額の11.1%、全雇用の7.9%を占めている(2017年)。

国土面積689万ヘクタールのうち、447万ヘクタール(65%)が農用地である(図2)。農用地のうち、8割は採草・放牧地(360万ヘクタール)、1割強は粗放牧地(53万ヘクタール)、1割弱は穀物・果樹・園芸(35万ヘクタール)に使われており、畜産業が農業の主体となっている。

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2016年の総農業生産額は、70億5794万ユーロ(9104億7426万円)であった(図3)。最大の品目である牛(シェア32%)と第2位の生乳(同25%)で総農業生産額の6割近く(40億7220万ユーロ:5253億1380万円)を占めている。また、豚(同7%)、羊(同4%)のほか、大麦、小麦などの穀物も生産されている。

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(2)農畜産物・飲料輸出の概況

ア 世界の畜産物輸出における位置

2017年の輸出量で世界の畜産物輸出におけるアイルランドの位置付けを見ると牛肉(37万トン)が第8位、バター(20万トン)がニュージーランド(26万トン)とオランダ(23万トン)に次ぐ第3位となっている。またチーズ(23万トン)、脱脂粉乳(9万トン)、全粉乳(7万トン)も10位以内に入る主要畜産物輸出国である(「Global Trade Atlas」)。

イ 農畜産物・飲料輸出の推移

2017年のアイルランドの農畜産物・飲料(注)の輸出額は、過去最高の136億ユーロ(前年比11%増、1兆7544億円)に達した。最大の輸出先国である英国向けは、総額の38%を占め、英国を除くEU向けとEU域外向けは、ともに31%であった(図4)。

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2009年から2017年の変化を見ると、全体では74%増となっており、英国向けは40%増、英国を除くEU向けは68%増、EU域外向けは162%増であった。近年ではEU域外向けの伸びが著しい。

なお、英国向けの2016年の輸出額をみると、前年比6%減となっている。これは、2016年6月の国民投票で英国がEU離脱を選択した以降、ポンドがユーロに対し下落して推移した影響などを受けたものとみられる(図5)。

(注):本稿における「農畜産物・飲料」は、食肉、乳製品、野菜・果実、ウイスキーなどの農産品である。例えば、スープ、ソース、ピザなど、調理済み食品など(Prepared Consumer Foods:PCF)を含まない。

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2017年の農畜産物・飲料の輸出額を品目別に見ると、牛乳・乳製品(34%)、牛肉(18%)、飲料(10%)、豚肉(6%)などとなっており、牛乳・乳製品が全体の3分の1を占めている(図6)。

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(3)主要畜産物の需給動向

ア 牛肉

2015年3月のEUの生乳クオータ制度廃止を踏まえ、酪農部門の飼養頭数が拡大したことから、近年の牛肉生産量は増加傾向にある(表1)。生産量のうち約9割が輸出に仕向けられており、輸出も増加傾向にある。

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イ 豚肉

豚肉生産量も近年増加傾向にある(表2)。生産量の増加に伴い輸出も増加している。豚肉輸入の大部分は、アイルランドで加工され、豚肉調製品として輸出される。

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ウ 牛乳・乳製品

生乳クオータ制度廃止を踏まえた酪農部門の拡大などにより、近年のアイルランドの生乳生産量は増加傾向にある(表3)。同国は、同制度がなければニュージーランド並みに増産した可能性があるとも言われており、生乳生産のポテンシャルを持つ国としてEUの中で同制度の廃止を最も待ち望んでいた。同国の長期戦略では、生乳生産量を2020年までに2007年から2009年の平均から5割増産させる目標を掲げているが、2017年の生乳生産量は2007年から2009年の平均に比べ既に5割近い増加となっている。

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乳業最大手のグランビア社(全国の集乳量シェアは約3割)が生乳取扱量を2022年までに2018年比で3割増加させる計画を掲げるなど、大手乳業メーカーは、軒並み生乳の増産計画を掲げている。同国は生乳生産量の約9割を加工用に仕向けており、その大部分を輸出していることから、乳製品輸出の更なる増加が見込まれている。

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(4)畜産物の輸出動向

2017年の主要畜産物の輸出量を2012年と比べると、生産量の増加に伴い、牛肉や豚肉などの食肉(調製品を含む)はいずれも大幅に増加している(表4)。

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乳製品でもバター41%増、チーズ19%増、脱脂粉乳96%増、ホエイ48%増、全粉乳78%増と多くの品目で大幅に増加している(表5)。また、乳調製品のひとつである植物性油脂添加粉乳(Fat Filled Milk Powder:FFMP(注))も52%増と大幅に増加している。

(注) FFMPは、乳タンパク質(脱脂粉乳など)に植物性油脂(パーム油、オリーブ油など)を加えた粉乳で、タンパク質含有量は25%程度である。製パン、ヨーグルト、アイスクリーム、コーヒーのポーションクリームなどに使用される。

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(5)主要畜産物の地域別の輸出動向

アイルランドの畜産業界は、同国主要産業の中でブレグジットの影響を最も受けるとされる。ボードビアの資料などによると英国を中心とした主要畜産物輸出の地域別の動向は次の通りである。

ア 牛肉

2017年の牛肉輸出額を地域別に見ると、EU地域が全体の9割以上を占めている(図7)。中でも英国向けが51%と最も多い。EU域外向けは、全体の6%と少ないが、国別にはフィリピン向けが最も多い。

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なお、アイルランドは牛海綿状脳症(BSE)発生国であるが、日本向けには2013年12月に30カ月齢以下などの条件の下で再開され、米国向けも2015年に再開された。アイルランド農業・食料・海洋省のプレスリリースによると、中国向けは、2018年4月13日に牛肉処理加工施設3カ所が、6月13日にさらに3カ所が中国から認可され、技術的な問題が解決されれば輸出が開始される状況になっている。

イ 豚肉

2017年の豚肉輸出額を地域別にみると、英国向けが56%を占めている(図8)。次いで多いEU域外向けは25%を占め、同地域を国別にみると中国向けが全体の14%を占め、次いで多い日本向けは全体の3%を占めている。

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また、2016年に陸続きである英国領北アイルランドへ42万頭の生体豚が主にと畜向けとして輸出された。現在、英国への輸出には関税がかからないが、ブレグジット後は関税がかかったり、貿易手続きが複雑になる可能性が懸念されている。

ウ 牛乳・乳製品

2017年の牛乳・乳製品の輸出額は、英国向けが24%、英国を除くEU向けが31%、EU域外向けが45%となっている(図9)。

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2017年の主要乳製品の輸出量を品目別に見ると、英国向けのシェアは表6の通りである。中でもチーズは輸出量の5割が英国向けであり、種類別にはチェダーチーズの割合が高い。また、ボードビアによると、アイルランドは、2017年に北アイルランドから66万6000トンの生乳を輸入し、飲用向け、チーズおよびバターなどに仕向けているが、ブレグジット後は関税がかかったり、生乳の品質検査に違いが生じる可能性などが懸念されている。

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3 ブレグジットのアイルランドへの影響

英国との貿易に大きく依存し、北アイルランドとは陸続きでもあるアイルランドでは、ブレグジットによる産業全体への影響が懸念されている。こうした中、アイルランド政府からの委託を受けた調査会社が2018年2月、アイルランドがブレグジットから受ける影響試算を行った。

同試算は、ブレグジット後の英国とEUの通商関係ごとのシナリオ(EEA(欧州経済領域)、関税同盟、EUとのFTA、WTO協定)により、アイルランドの主要産業が受ける影響を分析したものである。試算は、ブレグジットなし(英国がEUに残留するとした場合)をベースラインとして行われている。

影響は貿易コストの増加を基準に試算されており、貿易コストには、関税、通関手続き、EU規制との相違とこれに伴うコストおよびサービス貿易の障壁が含まれている。通商関係の四つのシナリオの特徴は次の通りであり(表7、8)、以下に影響試算の概要を記す。

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なお、四つのシナリオはいずれも、英国がブレグジット後もEUの現行の対外関税スキームを維持する(EUが現在第三国と締結している貿易協定と同じ条件の貿易協定を当該第三国と締結する)との想定に基づいている。

ア GDPと輸出入への影響

ブレグジットが2030年時点のGDPと輸出入全体に与える影響は表9と推計された。なお、各シナリオのGDPの減少額は、2015年比でEEAが70億ユーロ(9030億円)、関税同盟とFTAでは110億ユーロ(1兆4190億円)、WTOでは180億ユーロ(2兆3220億円)と推定されている。

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イ 畜産部門への影響

ブレグジットが2030年時点の主要産業に与える影響を部門別に試算したところ、牛肉が最も影響を受け、次いで、加工食品、乳製品となった。主要畜産物への影響は以下の通りである(表10)。

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(ア)牛肉、羊肉、その他食肉部門への影響

アイルランドの牛肉輸出のうち、英国向けはおよそ半分を占める。牛肉が大部分を占める同部門の輸出減の主な要因は、EUとの規制が相違するリスクによって生じるものである。規制の相違では、食品の安全基準、食品の検査、原産地規則などによる相違が想定される。WTOシナリオでは、総輸出額はベースラインを35%下回ると見込まれるが、このうち、EUとの規制の相違による減少分は24%となる。

ブレグジット後、英国向けに輸出しているEU各国は他の市場にシフトすると見込まれるため、英国以外の市場を争うことにより、EU産の牛肉価格を押し下げると見込まれる。これは、アイルランド産牛肉の生産にとっても大きなマイナスの要因となる。

(イ)牛乳・乳製品部門への影響

牛乳・乳製品部門への影響について、EEAシナリオの場合、総輸出額は、ベースラインを18%下回ると見込まれる。このうち12%分が規制の相違によるもので、残る6%分が関税と通関手続きによるコスト増加によるものである。WTOシナリオでは、総輸出額は40%低下し、このうち32%分が規制の相違によるものと見込まれる。

コラム CAPの直接支払い額とブレグジットによる影響

アイルランド農業連盟(IFA)によると、英国はEU予算の純寄与国(拠出額が受給額よりも多い)であり、2016年末の分析によると、直近4年間における英国の拠出額から受給した額を引いた純貢献額は、105億ユーロ(1兆3545億円)である。英国がEUから離脱し、他国が拠出金を増額しない場合、EU予算の約4割を占める共通農業政策(CAP)予算への影響が懸念される。

アイルランド農業・食料・海洋省の資料によると、CAPによる直接支払い予算額(2015〜2019年)は以下の通りで、この間に加盟国間の調整により400万ユーロ(5億1600万円)の減額となった(コラム-表)。

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2016年のアイルランドのCAP補助金の政策別割合は、直接支払い71.0%、市場措置1.4%、農村振興政策27.6%となっている。欧州委員会によると、英国を除くEU27カ国の新たな枠組みとしてのCAPの時期(2021年から2027年まで)の予算案は、前期(2014年から2020年まで)から約5%減の3650億ユーロ(47兆850億円)となった。IFAによると、農家1戸当たりの直接支払いの平均受給額(2015年)は1万7168ユーロ(221万4672円)で、農家所得の65%を占めていることから、CAP予算の削減は、農家経営に対し直接的なマイナスの影響を与えるとみている。

4 市場拡大に向けたボードビアの取り組み

アイルランドでは、国の成長戦略の下、ボードビアが市場開拓や販売促進など活発なマーケティング活動を展開し、農産品輸出をけん引している。ボードビアの「ビア」とはアイルランド語で「food」の意味である。同庁は、ダブリンに本部を置き、アムステルダム、デュッセルドルフ、ロンドン、マドリード、ミラノ、モスクワ、ニューヨーク、パリ、上海、ストックホルム、ドバイ、シンガポール、ワルシャワの13カ所に海外事務所を有し、アイルランドの農産品、飲料、園芸メーカーと世界の顧客や潜在的な顧客との橋渡しの役割を担っている。

ボードビアは、アイルランド農業・食料・海洋省が策定した2015年から2025年の農産品部門の成長戦略「フードワイズ(Food Wise)2025」(注)を達成するため、さまざまな取り組みを実施している。具体的には、輸出先国で実施されるアイルランド産農畜産物・飲料のPRのための展示会への出展、セミナーの開催、世界のバイヤーの招聘、デジタルメディアを活用したPR活動などを実施しているほか、以下を挙げている。

(注) 農産品(農畜産物・飲料、PCF)の輸出額を2025年までに190億ユーロ(2兆4510億円)に伸ばし、農産品部門で新たに2万3000人の雇用創出を目指すという農産品部門全体の強化戦略であり、農業および食品産業における最優先課題として持続可能性を掲げている。

(1)消費者の行動や潜在的ニーズの把握

ボードビアは、企業による食品、飲料および園芸品の新製品開発やブランド構築を支援するめには、消費者の行動や潜在的ニーズの把握が欠かせないとして以下を挙げている。

ア The Thinking House

2016年6月、企業の新製品開発やブランド構築を支援するための研究・活動拠点として、「The Thinking House」をダブリンの本部に併設した。同施設には、研究者のデスクや、企業、消費者、研究者などが集まって討論できる部屋、プレゼンテーション用のスペース、パッキングやブランドの展示コーナー、消費市場を分析するためのデータベースへのアクセスや報告書の閲覧が可能な図書館などが設置されている。こうした空間で、研究、討論、セミナーなどを通じ消費者の行動や潜在的ニーズを把握し、さまざまなイノベーションやアイデアを育むことで、企業の新製品開発やブランド構築に役立てている。

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イ 消費動向調査

ボードビアは、国内外の消費者行動や潜在的ニーズを把握するため、消費動向調査を実施している。2016年の例として、ボードビアの2名の職員が中国の一般消費者の家庭を訪問し、牛肉と豚肉の消費動向を調査した。また、インドでは、3都市で、異なる階層の消費者の自宅に職員が数日間にわたりホームステイをして、乳製品の消費動向を調査する取り組みも行われた。同様の調査はイランでも実施されている。

(2)オリジン・グリーンの実施

アイルランドは2012年、ボードビア主導で、食品および飲料産業向けの持続可能性に着目した任意のプログラム「オリジン・グリーン」を開始した。同プログラムは、政府と産業の連携の下、ボードビアによって運営され、農場段階、製造段階、小売・フードサービス段階の各サプライチェーンを対象にしている。参加農家、参加企業は、それぞれ測定可能な持続可能性の目標を設定し、実践することで、環境への負荷を減らし、持続可能な食品および飲料品生産を行うものである。

ア 農場段階

農場段階では、肉牛、酪農、穀物、養鶏、羊、養豚、園芸の各部門における持続可能な保証スキームを通じて、オリジン・グリーンが実施されている。

ボードビアは、従前より、品質保証スキームを通じ、「トレ−サビリティー」「家畜衛生」「動物福祉」「環境」の主要な分野で関連法令に基づき適正な管理が行われているかどうかについて、評価を行っていた。同スキームに、「温室効果ガスの排出量」、「エネルギーの利用」、「水の利用」、「生物多様性」などの持続可能性に関する評価が加わったものが持続可能な保証スキームである。2013年12月に持続可能な酪農保証スキーム(SDAS)が開始され、2018年では、全国の酪農家1万8000戸のうち約9割が認定されている。2017年3月に開始された持続可能な牛肉および羊肉保証スキーム(SBLAS)では、同国の牛肉の約9割を生産する5万戸以上の農場が認定されている。他の品目についても品質保証プログラムから持続可能な保証スキームに順次、移行中である。

これらの取り組みにおいては、第三者機関により認定された温室効果ガス排出量測定手法を用い、SDAS やSBLASに参加する農場の査定結果が全国平均値などと比較できる仕組みとなっている。こうした取り組みを通じ、温室効果ガス排出量削減への取り組みなど持続性の高い畜産業を営むことが可能となっている。

イ 製造段階

製造段階のプログラムは、2012年から始まっている。参加企業は、持続可能性に関し、「原料調達」「製造工程」「社会的持続可能性」の3分野において測定可能な目標設定を行い、持続可能性行動計画(3〜5年間の計画)を作成する。計画は第三者機関によって審査される。2017年時点で590社が登録申請し、アイルランドの食品・飲料の約9割を輸出する285社の計画が承認されているという。二酸化炭素排出を削減するエネルギーの効率化や再生可能エネルギー利用などの計画がある。オリジン・グリーンは企業間の商取引であるBtoBの取り組みであり、計画が承認された食品・飲料企業の最終製品に認証マークが付されるわけではないが、同プログラムの正式メンバーとして顧客と商取引ができる。

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ウ 小売・フードサービス段階

この段階における取り組みは2016年から試験的に始まった。参加企業は、持続可能性に関し、「持続可能な調達」「オペレーション(輸送、冷蔵、照明など)」「健康と栄養」「社会的持続可能性」の4分野において、製造段階と同様、測定可能な持続可能性行動計画を作成する。同計画は第三者機関によって審査される。現在、マクドナルド・アイルランド社など6社の計画が承認済みである。計画の一例として、「持続可能な調達」については、オリジン・グリーンのメンバー企業から原料を調達するといった計画が策定される。

(3)人材育成と人的基盤の強化

人材育成と人的基盤への投資が必要とされている。このための主な取り組みとして、関連産業において一定期間の業務経験を有する者を対象に、外国の企業で働きながら、アイルランドの企業のための市場調査や現地でのネットワークの構築などを行い、アイルランド国立大学ダブリン校(UCD)でマーケティングなどに関する修士号を一定期間内で取得するというプログラムがある。

上記の姉妹プログラムとして「オリジン・グリーン大使」がある。このプログラムでは、関連産業の経験者から毎回10名を選抜し、UCDスマーフィット経営大学院でビジネスの持続可能性に関する修士課程を2年間学んだ後、持続可能性において世界的な影響力を有する企業に6カ月派遣される。派遣される者は、アイルランドのオリジン・グリーンに関する信頼度を国際市場に明確に伝える役目も担っており、派遣先として、米国:アトランタのコカコーラ社、スイス:ヴヴェイのネスレ社、オランダ:アムステルダムのダノン社などがある。これまで3回実施されている。

(4)EU産牛肉・羊肉の輸出促進キャンペーンへの参画

アイルランドはEUからの承認を受けて、中国、日本、香港向けにEU産の牛肉・羊肉(ヤギ肉を含む)の輸出促進を図るキャンペーンに参画している。事業期間は、2017〜2019年の3年間で、総事業費376万ユーロ(4億8504万円)のうちEUが301万ユーロ(3億8829万円)、ボードビアが75万ユーロ(9675万円)を負担する。日本向けでは、今年の3月に幕張メッセで開催された国際食品・飲料展FOODEXへの出展も本キャンペーンより予算が支出された。

5 ボードビアの輸出戦略

(1)中期的な輸出戦略

ボードビアは、2016〜18年の中期戦略において、品目ごとに国内外における輸出戦略を策定している。牛肉、豚肉および乳製品の概要は次の通りである。

ア 牛肉

・2015年に米国向け輸出が再開したことから、高級な小売店や食料品店などで持続可能な生産体系で作られたアイルランド産グラスフェッド牛肉の販路拡大を図る。

・中国市場の解禁後は、特に内臓肉の輸出を増加させる。

・欧州市場においては、持続可能な生産体系で生産され、かつ、品質保証されたことを全面に掲げたキャンペーンを展開する。

イ 豚肉

・欧州および第三国市場(特に東南アジアの新興市場)での市場拡大を図る。

・オリジン・グリーンを推進し、国際市場でアイルランド産豚肉を他国産と区別し、選択してもらえるように取り組む。

ウ 乳製品

・欧州、中国、中東において、オリジン・グリーンを活用し、アイルランド産の持続可能性に関する信頼度を証明していくともに、同プログラムを通じて、アイルランドを持続可能な酪農生産を行う世界のリーダーとして位置付ける。

・消費者および市場を分析し、東アジア、アフリカおよび中東といった成長が見込まれる地域の市場を国内の乳業メーカーにより深く理解してもらう。

・乳製品の一人当たり消費量が増加している地域や乳製品の供給がひっ迫している地域をターゲットに、販売機会の拡大を目指す。

(2)ブレグジットを踏まえた輸出拡大の方向性

ブレグジットの影響が懸念される中、アイルランド政府は、ボードビアに対し第三国市場開拓のための予算を新たに拠出するなど、英国市場を補完する第三国市場の開拓を急務と位置付けている。これを受け、ボードビアは2017年から、開拓する輸出市場の優先順位を明確にするプロジェクト「優先市場〜成長への機会〜」に取り組んでいる。

政府は、アイルランドの食品・飲料業界にとって、英国および欧州は引き続き重要な市場であるが、中期的な成長の可能性が最も高い市場を特定することが同業界の課題としている。

ア 「優先市場〜成長への機会〜」の概要

このプロジェクトの目的は、品目ごとに異なる市場を調査し、アイルランド産の製品を供給する可能性を評価することである。

これは、食肉、乳製品、PCF(調理済み食品など)、飲料、海産物で、市場の成長予測に基づき、品目ごとに15の優先市場を特定し、最終的には5市場まで絞り込み、市場ごとに分析を行うプロジェクトである(図10、表11)。

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イ 作業プロセス

(1)初期スクリーニング:品目ごとにマクロ経済および各品目の基準に基づき、現在の輸出先である180市場の中から、30市場を絞り込む。

(2)二次スクリーニング:品目ごとに各業界との協議、ボードビアのこれまでの経験や海外事務所のネットワークを活用し、30市場から15の優先市場を絞り込む

(3)品目ごとの15の優先市場について、各市場の動向、競合国分析、アイルランドの輸出可能性、克服すべき障壁について、合計で75市場(5品目×15市場)の概要レポートを作成する

(4)品目ごとに15市場から最優先すべき5市場を絞り込む

(5)品目ごとに絞り込んだ5市場について、企業が販売戦略を立てるにあたり市場のニーズや条件などを把握できるよう、より深い分析・評価を行い、報告書を作成する

これまでに、(4)までの作業が順次実施されており、(5)については2018年中に分析作業が行われるとしている。なお、食肉と海産物については、優先市場として16の市場が選定されている。

(3)対日輸出戦略

日本のアイルランドからの牛肉、豚肉および乳製品の輸入量は多くはない(表12、13、14)が、英国のEU離脱が近づく中、アイルランドは、日本を食肉と乳製品の重要市場と位置付けている。日本は、前述の「優先市場〜成長への機会〜」においても、食肉と乳製品の最優先5市場に含まれており、今後の輸出増を狙っている。

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ボードビアでは、日EU・EPAはアイルランドの食品産業にとって重要と考えている。

冷凍牛肉やタンでは、豪州や米国が主要な供給国であるが、アイルランドは、持続可能な生産体系で生産されたことをPRし、牛肉輸出を伸ばしていきたいとしている。また、業界は、現行の30カ月の月齢制限が緩和されれば、タンの輸出を増やすことができると期待している。

豚肉では日本は長い取引の歴史があり、アイルランドにとってアジアでは中国に次ぐ市場である。日本市場は、ロイン、バラのほか、シーズンドポークにおいて同国産の需要が強いとみている。

乳製品については、これまで生乳クオータ制度により供給余力に乏しかったが、同制度の廃止により供給力が高まっており、日本市場についても高い関心がある。特にチェダーチーズ、たんぱく質含量の高い濃縮ホエイ(WPC80/WPI)、モッツァレラチーズについては、今後輸出拡大の見込みがあると捉えており、輸出に注力するとしている。

6 おわりに

アイルランド政府は2017年11月、東京に使節団を派遣し、アイルランドの農業の紹介と農畜産物のPRを行った。アイルランド農業・食料・海産省のマイケル・クリード相は記者会見で、同国の環境に優しい農業と農畜産物の安全性を強調した。対日輸出では、「安全・品質への基準が厳しい日本で成功し、東南アジアへの輸出拡大の足場にしたい」と述べた。英国のEU離脱については「対英輸出が全体の40%を占めるので影響は大きい。よりよい方向に持って行きたいが、大変切迫感を持っている」と危機感を示した。

アイルランドはEUの中で最もブレグジットの影響を受けるとされており、英国以外に活路を見いだそうとするのは必然といえる。ボードビアは、英国市場は引き続き重要であるが、市場の多様化を図らなければならないとし、アイルランドがどのような戦略的なアプローチを取れるのかを探求している。

今回、アイルランドの畜産物の輸出動向、ボードビアの市場拡大の取り組みや輸出戦略の概略について紹介したが、ブレグジットによる懸念がある中で、同国の持続可能性に着目した市場拡大の今後の展開が注目されるとともに、わが国でも畜産物の輸出促進を掲げる中、ボードビアの取り組みや輸出戦略から学ぶべき点も少なくないと思われる。


				

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