特集:収益力の強化に向けて   畜産の情報 2018年2月号


アニマルウェルフェア的手法の導入による酪農経営の革新
〜北海道清水町の村上牧場と(有)あすなろファーミングを事例として〜

北海道大学大学院 農学研究院 講師 清水池 義治



【要約】

 本稿の目的は、アニマルウェルフェア(AW)的手法を導入した酪農経営と6次産業化の事例分析を通じて、AW的酪農経営の普及に向けた課題を考察することである。事例対象は北海道清水町の村上牧場、(有)あすなろファーミングである。
 事例分析からは、放牧酪農や牧草主体の飼料給与といったAW的手法の導入が生乳の品質を高め、それによって牛乳乳製品の高付加価値化が実現されていることがわかった。AWは単なる家畜愛護ではなく、家畜の飼養環境の改善が畜産物の品質向上、高付加価値化につながるという人間と家畜との相互依存に基づく共生関係を展望する概念である。AW認証基準は、将来的に望ましい酪農との関係で議論される必要がある。

1 はじめに

世界の畜産業、畜産物市場において、アニマルウェルフェア(以下、「AW」という)は今や大きな関心事であると言える。AW発祥の地である欧州連合(EU)はもちろんのこと、工場的畜産のイメージの強い米国でも、2000年代以降、養豚・鶏卵などを中心にAWの観点から飼養管理基準の見直しが進められている。また、EU諸国ではAW専門の認証制度が開発され、認証ラベルを付けた畜産食品が小売市場で一定の認知を得るに至っている(注1)

一方、こういった世界的潮流と比して、日本ではAWへの関心はさほど高くない状況が続いてきたが、近年、AWへの社会的関心が急速に高まっている。直接的には、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会で供給される食材の調達基準に、AWへの配慮が盛り込まれた点(注2)が大きいが、それだけではない。消費者における安全・安心な食品の追求、そして疲弊する畜産生産現場を見直す中で家畜ストレスや過重労働の軽減が、AWの視点からも意識されるようになっている。さらに、工場的畜産のオルタナティブとしてすでに存在している有機畜産、放牧畜産といった取り組みが、AWの観点で再評価されつつあると言えるだろう。

本稿の目的は、AW的手法を導入した酪農経営と、その酪農経営による牛乳乳製品製造部門への事業領域の拡大、すなわち6次産業化の事例分析を通じて、AW的酪農経営の普及に向けた課題を考察することである。分析対象は、AW的手法で酪農経営を行っている北海道十勝地域清水町の村上牧場および牛乳乳製品加工業者の有限会社あすなろファーミング(以下「あすなろファーミング」という)である。

本稿では、まず、日本におけるAWの現状と関係する認証制度の内容を検討する。続いて、AW的手法の導入による酪農経営の変化や経営成果、AW的酪農経営に立脚する牛乳乳製品加工事業の特徴に注目して酪農家と加工業者の事例分析を行い、課題に接近したい。

(注1)松木編著(2016)pp.B-E参照。

(注2)工藤(2017)pp.34-37参照。

2 日本におけるアニマルウェルフェアの現状と認証制度

(1)アニマルウェルフェアの概念

AWとは何か。現在、国際獣疫事務局(以下「OIE」という)や世界獣医学協会といった国際機関の定めた基本原則によれば、AWに配慮した畜産は以下の「5つの自由」を満たす畜産を指す。

(1)「飢えと渇きからの自由」(健康と活力のために必要な新鮮な水と飼料の給与)

(2)「不快からの自由」(畜舎や快適な休息場などの適切な飼養環境の整備)

(3)「痛み、傷、病気からの自由」(予防あるいは救急診察および救急処置)

(4)「正常行動発現の自由」(十分な空間、適切な施設、同種の仲間の存在)

(5)「恐怖や悲しみからの自由」(心理的な苦しみを避ける飼養環境の確保および適切な待遇)

これらを総括すると、家畜のAWは、「家畜が最終的な死を迎えるまでの飼育過程において、ストレスから自由で、行動欲求が満たされた健康的な生活ができる状態」(注3)と言える。

ただし、AWは単なる家畜の愛護ではない。人間(直接には家畜生産者)が家畜に快適な環境を与えるのと同時に、人間(家畜生産者、関係事業者、消費者など)は安全で質の高い畜産物や精神的な癒やしを受け取る。つまり、AWは、人間と家畜が相互依存し共生する持続可能な社会システムの構築を含意しており、この点にAWの現代的な意義があると思われる(注4)

(2)日本におけるアニマルウェルフェアの現状

日本では、動物愛護管理法や家畜伝染病予防法で家畜飼養管理の一般的な基準が定められており、その内容にはAWの要素も含まれている。

2009年から、農林水産省は、OIEの策定指針に基づいて、肉用牛・乳用牛・ブロイラー・採卵鶏・豚・馬といった畜種ごとの「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」(運用実務は公益社団法人畜産技術協会(以下「畜産技術協会」という)が担当)を定めてきた。OIE指針は改正が行われるため、国内の「指針」も随時改定を実施している。乳用牛の場合、「指針」は2010年3月に策定され、最終改訂は2016年9月である。さらに、2017年度からは生産現場への普及を促進するため、「指針」のチェックリストの作成・配布も行っている。

2017年1月現在におけるAW酪農の普及状況を示したのが、表1である。これは、前述の乳用牛に関する「指針」のチェックリストを用いた、全国の酪農家へのアンケート結果に基づく(注5)。普及率の平均は80%台半ばで全体的に高い。特に、全67項目のうち44項目で90%を超えている。一方で、除角の適切実施、牛に運動させる機会の確保(つなぎ飼いの場合)、牛1頭当たり1牛床の確保(フリーストールの場合)、自動化設備(自動給餌器など)の毎日点検、危機管理マニュアルの作成の項目は50%以下であり、AW酪農に向けてはこれらが課題と言える。

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(3)アニマルウェルフェアに関わる認証制度

2017年12月現在で、日本のAWに特化した認証制度は、一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会(以下、「AW協会」という)による乳用牛対象の制度のみである。2016年6月から農場認証、2017年10月からはAW認証農場から生乳供給を受ける食品事業所に対する認証も行われている(図1)。2017年12月現在で6農場、4事業所が認証されている状況だ(注6)

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ただし、AWに特化していないが、AWの内容を含む既存の認証制度が存在する。

JGAP家畜・畜産物2017では、適合基準の「経営の基本」項目にAWが盛り込まれ、前述した畜産技術協会の「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」に基づくチェックリストを活用して飼養管理改善に取り組むことなどが適合基準の内容である(注7)。また、有機JAS規格では、有機畜産物の原則として、(1)環境負荷の少ない飼料給与(2)動物用医薬品の使用回避(3)動物の生理学的・行動学的欲求への配慮が定められているが、これらのうち(3)がAWに該当する。

表2では、AW協会の認証基準と、JGAPで使われている畜産技術協会の「指針」のチェックリストの内容を比較した。これによると、AW協会の認証基準は内容がより厳しく、基準もより具体的に示されている。また、表で示していないが、AW協会の認証基準には、濃厚飼料の多給、第四胃変位などの疾病、産次数という独自の内容も含まれる。今後、AWの国内普及の過程で、国際的なAW基準の動向も踏まえながら、AW認証基準の内容や方法に関する議論が進むと予想される。

(注3)松木編著(2016)p.Aより引用。

(注4)松木編著(2016)p.A、アニマルウェルフェア畜産協会(2017)を参照。

(注5)畜産技術協会「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛の飼養管理指針チェックリストに関するアンケート調査結果」、2017年3月より。有効回答数は1,968。

(注6)AW協会(2017)参照。同協会は、乳用牛に加え、豚、鶏・鶏卵、肉用牛へも認証対象を拡大する予定である。

(注7)そのため、東京オリパラ2020大会の食材調達基準にJGAPなどが採用された。

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3 アニマルウェルフェア的手法に基づく酪農経営の実践

(1)村上牧場の概要

AW的手法を実践する酪農家の事例として、北海道十勝地域清水町の村上牧場を訪問し、2007年に経営継承した現経営者である村上博昭氏(注8)(写真1)と、酪農経営スタイルの転換と牛乳乳製品加工に取り組んだ先代経営者の村上勇治氏(写真2)に聞き取り調査を実施した。

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表3に、2017年3月現在の村上牧場の経営概要を示した。

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村上牧場はJR根室本線十勝清水駅から南西へ約700mの位置にあり、住居・牛舎の周囲の放牧地には住宅地が隣接する(写真3)。

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ア 飼養頭数と生乳生産

飼養する乳用牛は全てホルスタイン種で合計81頭、うち経産牛47頭(搾乳牛35頭、乾乳牛12頭)、初妊牛10頭、育成・子牛24頭である。育成牧場は利用していない。生まれる雌牛は年10頭程度を後継牛として残し、それ以外の6〜7頭程度を出荷する。

平均産次数は3.3産、年間平均乳量は搾乳牛1頭当たり7000キログラムである。牧草主体の飼料構成であるため、十勝地域平均と比べて乳量は3割程度少ない。年間生産量は300トンで、乳成分は乳脂肪・乳タンパク・無脂乳固形分で平均的な値だが、体細胞数はおおむね3万、最大でも5万にとどまり、極めて少ないと言える(注9)

イ 耕地利用と肥培管理

耕地面積は70ヘクタールで、全て牧草地である。内訳は、採草地で60ヘクタール、10の牧区から構成される放牧地で10ヘクタールである。飼養頭数に比して牧草地面積が大きいと言える(注10)。採草地は日高山脈の方向に飛び地で点在しており、最大で牛舎から5キロメートルほど離れている。なお、20ヘクタールが借地である。

牧草地の肥培管理には、農薬は用いていない。投入肥料は堆肥・尿・鶏ふん・サンゴカルシウム・マグネシウムなど微量元素のほか、パームアシュを試験的に利用している。既成品の粒状微量元素を除いて、無農薬・無化学肥料の肥培管理をほぼ達成している状況だ。

ウ 放牧と飼料構成

放牧期間は5月から10月までの昼間のみで、この期間の夜間は隣接する放牧地の一部とパドック(写真4)で過ごす。冬季の場合、昼間はパドック、夜間は牛舎内に牛を収容する。牛舎はタイストール式(写真5)で、冬でも0度以上の温度が維持される。牛床には、近隣の畑作農家から購入した麦稈を敷いている。

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給与する飼料は牧草が中心で、利用形態は低水分のロールサイレージ、放牧を通じた青草である。他には、配合飼料、ビートパルプ、塩、サンゴカルシウムなどがある。配合飼料の原料は規格外小麦・ふすま・飼料用米である。小麦の年ごとの成分変動や、青草の季節的な成分変化に対応して、原料構成を変化させている。多くの飼料が北海道産であり、非遺伝子組み換え作物のみの使用を重視している。

(2)高泌乳追求経営からの転換

ところで、現在の酪農経営と異なり、先代経営者の村上勇治氏は1980年代半ばまで高泌乳型経営を追求していた。当時の搾乳牛頭数は現在の3分の2程度の25頭であったが、牛群平均で乳量1万キログラム、体格審査で84.5点を達成し、1987年の全国経営発表会で内閣総理大臣賞を受賞したほどであった。

しかし、以下のような経験・実践によって酪農経営の転換を決意した。

第1に酪農研究者との交流である。たびたび村上牧場を訪問した研究者との議論を通じて、ヨーロッパ酪農や酪農家による乳製品製造に関心を抱くようになった。

第2に、ヨーロッパ視察時の体験である。1980年代に勇治氏は2度ほどヨーロッパを訪問している。酪農家視察時に有機農法で作られた牛乳を飲んで、そのおいしさに大きな衝撃を受け、有機農業や自家加工への興味が高まった。また、家族経営の自家加工した乳製品を試食し、「本物を作れば経営は生き残れる」との助言によって自家工場の建設を最終的に決意するに至った。

第3に、牛乳の喫食試験である。工場建設前に地域の主婦20名を集めて、個体乳量5000キログラムから1万キログラムまでの牛乳を試飲してもらったところ、味が最も高評価だったのは畑作酪農の5000キログラムの牛乳であり、逆に自身の1万キログラムの牛乳の評価は低かったのである。

これらを受け、勇治氏は1980年代末から牧草地を化学肥料・農薬不使用へと徐々に転換し、5年後には全面積の切り替えを完了した。同時に1頭当たり乳量を引き下げるとともに飼養頭数を増やし、長男の博昭氏が後継者として就農した1997年からは本格的な放牧を開始することになった。

(3)酪農経営の特徴とアニマルウェルフェア

以上見てきたように、有機農業と自家加工の理念に向かって進んできた村上牧場だが、その経営の随所にAW的手法、AWへの配慮を見いだすことができる。

現経営者の博昭氏は、就農前の1年間のデンマーク研修などでヨーロッパ酪農を学んできた。意識していることは、ヨーロッパの優れた経営手法や飼養技術をそのまま導入するのではなく、日本の特性に合わせて応用する点である。

例えば、牧草は短く切り込まず、なるべく長繊維のままで摂取させ、しっかり反すうさせるようにしている。牧草の細断や濃厚飼料の多給によって乳量は増えるが、第四胃変位といった疾病が増えるためである。低水分のロールサイレージを給与して、牛の牧草摂取量を増やす工夫もこの観点からである。ヨーロッパでも日本と同じく牧草は刻むが、一方で牛は長繊維の麦稈をたびたび摂食しているので第四胃変位の発生は少ない。日本国内では無農薬麦稈の調達が難しいため、村上牧場では牧草を長繊維で給与するというわけだ。ヨーロッパでの研修経験者ならではの工夫と言える。

なお、牧草中心でふん尿中の未消化物が少なく、高水分と比較して臭いの少ない低水分サイレージによって、牧場内の悪臭はほとんどない。村上牧場は住宅地に隣接しているものの、周囲への影響は小さいと思われる。

また、小体格の精液を選択して牛の体格が大きくならないようにも配慮する。放牧主体でよく歩くため牛体負担を軽減する、余裕ある空間の確保、傷病によって牛が動けなくなった際に人間が介助しやすくするためである。

AW協会の認証は、父の勇治氏が経営するあすなろファーミングと相談しながら前向きに検討しており、2018年中に認証手続きを開始する予定である。

認証基準はおおむねクリアできているとの評価だが、除角時期や牛体の清潔さの維持などの課題があると考えている。除角時期を生後20日以内に早める必要があるが、牛の体調に配慮しての実施を考えると無角種精液の利用も検討している。また、夏季はパドックとその周辺で寝起きする都合上、牛体に泥が付いて汚れやすいので、一工夫が求められそうだ。

(注8)博昭氏は勇治氏の次男である。

(注9)(公社)北海道酪農検定検査協会「2016年間検定成績」より。体細胞数は十勝平均で20.9万である。

(注10)村上牧場の乳用牛1頭当たり牧草地面積は0.86ヘクタール/頭であり、北海道平均0.55、十勝平均0.30(いずれも「農林業センサス」2015年)と比較してかなり大きい。

4 アニマルウェルフェア的酪農経営の理念を活かした牛乳乳製品の加工・販売

(1)あすなろファーミングの概要

次に、AW的酪農経営と連携する乳製品加工業者の事例として(有)あすなろファーミングを訪問し、引き続いて同社代表取締役の勇治氏、勇治氏の四男で同社専務の悦啓氏に聞き取り調査を実施した。

ア 販売品目

あすなろファーミングは、牛乳乳製品の加工・販売を目的に1991年9月に設立された。出資金は1,000万円で、現在の出資者は勇治氏夫妻、博昭氏、悦啓氏夫妻の5名となっている。2017年1月期の売上高は1.8億円である。

同社の工場兼事務所(写真6)は、村上牧場から東に500メートルの場所に立地する。従業員は12名で、11名が製造、1名が配達に従事する。建物には直売所が併設され(写真7)、その場での喫食も可能である。

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表4に同社の主な販売品目を示した。牛乳、バター、生クリーム、ヨーグルトをはじめ、ヨーグルトムース、プリン、ジャムなど乳製品を用いた加工品もあり、味・容量も含めてラインナップは多彩と言える(写真8)。保存料などの添加物を使用していないため、既存メーカー製品と比較して、賞味期限は短い。

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特に、同社を代表するのが、販売開始当初から販売されている「あすなろ牛乳」であろう。殺菌温度・時間は63度30分間の低温殺菌牛乳であり、同時に脂肪球均質化処理のなされていないノンホモジナイズ牛乳である。同社の理念である「自然そのままの環境」を反映した製品と言える。販売価格は1リットル280円(税抜き)で、販売開始当初から変更していない。

日本で流通する低温殺菌牛乳のうちノンホモは3分の1程度と言われ、全牛乳に占めるノンホモの比率は1%程度にすぎない(注11)。そういう意味でも希少と言えよう。

イ 生乳の調達と加工

図2は、あすなろファーミングと村上牧場との間の生乳取引関係である。同社は、村上牧場と梶山牧場の2牧場から生乳を購入する。梶山牧場はJR根室本線を挟んで約5キロメートルの場所にあり、村上牧場と同じ手法の酪農経営を行っている。搾乳牛頭数は30頭弱で、村上牧場より規模はやや小さい。

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村上牧場と梶山牧場は部分委託契約(注12)によって、生産した生乳の8割をあすなろファーミングへ直接販売し、残りの2割を単協経由でホクレンに出荷する。同社は、輸送缶(20キログラム容量)を保冷トラックで運ぶ方法で両牧場から毎日集乳し、ホクレン出荷分は農協のローリーが両者から集乳している。

同社の集乳量は1日当たり1.2トン程度で、年間およそ450トンを加工処理する。その6割強が牛乳向けである。

(2)牛乳乳製品の加工・販売の経過

あすなろファーミングの工場が稼働したのは1991年12月である。当時の製造品目は牛乳とヨーグルトムース(商品名「農園のムース」)の2品目のみで、生乳処理量は隔日操業で1回200キログラム程度であった。勇治氏が営業と配達、梶山牧場経営者が製造を担当したほかに、検査係のアルバイト1名の体制からのスタートである。

工場建設の申請から認可、そして約8000万円を投資して工場建設、稼働まで、当時の時代背景もあって数年にわたる相当の時間と労力を要した。しかし、勇治氏の強い熱意と、それに共感した周囲の農家、乳業メーカー社員、スーパー経営者などの支援もあって、当時としては画期的な牛乳乳製品の自家加工を実現したのである。

当初の販売先は、十勝管内のローカルスーパーや地域生協が中心であった。しかし、これら量販店が大手の傘下に入るとともに、全道広域出荷を取引条件とするため取引の継続が難しくなり、現在では十勝管内のホテル、病院、保育園などがメインになっている。加えて、全道対象の生協宅配、有機農産物専門の宅配とも契約している。

また、2000年代初めに十勝管内で別業者による低温殺菌牛乳の販売開始によって売上高が大きく減少したことを受けて、全国の百貨店などでの北海道物産展への出展も行うようになった。その際に課題となったのが、品ぞろえの豊富さである。工場稼働以降、アイテム数を増やしてきたが、それを可能にしたのが製造工程をライン化しないという対応である。ライン化すると製造品目は限定される。一方で非ライン化は手作業中心となって手間がかかるし、衛生管理にも工夫が必要になる。こういった負担増加も、AW的酪農経営に立脚した高付加価値化で打開してきたと言えるだろう。

(3)製品差別化に向けた創意工夫と今後の展開

AW的酪農経営の特徴を生かした製品差別化の取り組みを2点ほど紹介する。

第1に土づくりの重視である。牧場経営者の博昭氏は、欧州の高品質な生乳は石灰岩に由来する土壌中のミネラル分の豊富さにあると考え、牧草地の肥培管理を重要視している。父の勇治氏は、道東有名産地の土壌を分析してミネラル分の高さに注目し、海水を希釈して圃場に散布したこともあった。現在では、沖縄からサンゴ粉末を取り寄せて牧草地にまいてミネラル分の維持・向上に努めている。

土づくりに基づく牧草主体の飼料給与と、ストレスをかけない飼養管理が相まって高品質の生乳生産を可能とし、乳質が製品品質に直結する低温殺菌・ノンホモ牛乳を実現している。

第2に、製品品質と飼養方法との相互作用的改善である。ノンホモ牛乳の特性上、消費者の喫食時、牛乳の表面にクリームが分離しやすい。1リットルの大容量では特にこの分離が起こりやすいと言われている。販売開始当初は腐敗と勘違いしたクレーム対応に毎日のように追われたが、ノンホモ牛乳の特性を粘り強く説明するとともに、飼養方法の改善に取り組んだ。試行錯誤の末、牛へのストレスを軽減し、デントコーンを給与しなければ生乳中の脂肪球が大きくなりづらい(クリーム分離が生じづらい)ことを見いだした。現在では3日以内であれば分離は起こりづらいという。つまり、放牧酪農への切り替えの妥当性が最終製品の品質面からも裏付けられたのである。人間と家畜との共生を核とするAWの本質が垣間見えるエピソードと言えよう。

今後の展開としては、ナチュラルチーズ加工を検討している。これは、物産展販売で、仕入れ販売を行っている他業者のナチュラルチーズ販売の好調を受けての対応である。十勝品質事業協同組合(注13)に加入し、専務の悦啓氏を中心にチーズ製造へ取り組む予定である。

勇治氏は、自社製品の品質や特徴を保証する第三者認証の取得に強い意欲を見せている。近く取得見込みの北海道HACCPに加え、AW的酪農経営と直結した自社の強みを生かすため、AW畜産協会の認証や有機JAS、JGAPの取得を展望する。さらに、ハスカップオーガニックワイン販売や十勝産チーズを取りそろえた店舗の東京出店など、勇治氏の事業展開構想は尽きることがない。

(注11)日本乳業協会ウェブページ、「Q&A」より。

(注12)酪農家と農協との契約は全量委託が基本であるが、一定の条件の下では部分委託が認められている。一定の条件とは、自家加工(共同処理施設含む、生乳処理量は1日3トン以下)、「特色ある生乳」(有機生乳など指定生乳生産者団体の定める規格)、小規模事業者(1日3トン以下)との直接販売などである。部分委託制度ができる1998年度以前は、ホクレンからの買い戻しで対応していた。

(注13)十勝品質事業協同組合については清水池(2017)を参照。

5 おわりに

AWは、単なる家畜の愛護ではなく、人間と家畜の相互依存を通じた共生を目指す社会システムを展望する。そういった一種の社会改良が目指される以上、認証制度によるAW普及が志向されることになり、日本でも社会的な関心が高まっている。

今回事例とした村上牧場は従来型の高泌乳経営から、AW的酪農経営へと大きく転換した。放牧酪農と牧草主体の飼料給与というAW的手法と、土地などの自然環境に立脚した酪農経営という哲学が結び付くことで、特徴的な酪農経営が実現されてきたと言える。

また、村上牧場の経営転換は、単なる飼養管理・方法の転換ではなく、最初から自らによる牛乳乳製品の加工・販売を展望していた。そういった意味で、AW的酪農経営はその理念に基づく加工・販売があって初めて完結すると言えるかもしれない。あすなろファーミングの事例では、AW的酪農経営の深化と製品品質の向上が相互作用的に起きており、先に示したAWの本質の現象形態として興味深い。

AW的酪農経営の普及に向けては、東京オリンピック・パラリンピックにおける食材調達問題のマスメディアでの取り上げられ方が象徴的だが、AWを単なるブランド化やビジネスチャンスのツールとして短絡的に捉えるべきではない。AWに配慮した酪農経営は、担い手不足や過重労働、環境負荷、家畜ストレスといった酪農の持続性を脅かす事態に対する一つの回答を提供できる。その点で、これからの多様な生乳生産方法の一つとして積極的に位置付けられよう。

しかし、JGAPなどのAW認証基準は認証取得が第一義化し、基準の緩さが研究者やAW協会関係者から問題点として指摘されている。日本で今後、酪農の果たすべき役割やあるべき酪農の姿との関係で、AW認証基準が議論される必要があるだろう。


【引用文献】

・一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会「アニマルウェルフェア(AW)認証システムの概要〔乳牛編〕」、アニマルウェルフェア畜産認証農場&事業所 お披露目会配布資料、2017年12月8日

・工藤春代「食材調達と食品安全」『農業と経済』第83巻第9号、pp.34-43、2017年10月

・清水池義治「地理的表示制度と乳製品の地域ブランド戦略─十勝地域の工房製ナチュラルチーズを対象として─」『畜産の情報』第327号、pp.40-53、2017年1月

・瀬尾哲也「日本における乳牛のアニマルウェルフェア評価法と認証制度」『酪農ジャーナル』第70巻第2号、pp.14-16、2017年2月

・農林水産省生産局畜産部畜産振興課「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理」、2017年4月、http://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-15.pdf(2017年11月13日アクセス)

・松木洋一編著『日本と世界のアニマルウェルフェア畜産 上巻:人も動物も満たされて生きる』、養賢堂、2016年


				

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