調査・報告 畜産の情報 2018年6月号
鹿児島事務所 米元 健太
【要約】
2017年9月に宮城県で開催された第11回全国和牛能力共進会にて、鹿児島県は総合日本一(団体表彰1席)に輝いた。官民一体となって宮城全共に挑んだ「チーム鹿児島」は、過去2大会の悔しさを糧に切磋琢磨して準備を重ね、今回の栄誉につなげた。
1 はじめに |
2017年9月7〜11日、宮城県で第11回全国和牛能力共進会(以下、全国和牛能力共進会を「全共」という)の最終比較審査が開催された。全共は、1966年に岡山県で第1回が開催されたのを皮切りに、その時勢の和牛生産における重要課題をくみ取りながら、改良の成果や方向性を示すべく出品区ごとの審査標準を設定し、和牛の産地間が切磋琢磨して和牛の能力と斉一性の向上を図ることを大きな目的としている。現在では、5年に一度の頻度で開催される中、毎回各産地(生産県)の威信をかけた熱戦が繰り広げられており、その緊張感や荘厳さから「和牛のオリンピック」とも評される畜産業界最大級の晴れ舞台でもある。こうした中、宮城全共については、「高めよう生産力 伝えよう和牛力 明日へつなぐ和牛生産」という開催テーマの下、盛大に開催された。
近年、国内外からわが国の遺伝資源としての和牛の価値に脚光が集まる中、消費者やマスコミからの関心も年々高まりを見せている。しかしながら、和牛が現在の地位を築くまで、決して順風満帆な道のりであった訳ではない。公益社団法人全国和牛登録協会会長理事の向井文雄氏によると、和牛生産に関わる関係者は、高度経済成長期にそれまでの役用牛から肉用牛への劇的ともいえる転換を迫られた中、第1回全共を開催し産肉能力の優れた種雄牛の造成・選抜方法の確立に取り組んだほか、1991年の牛肉の輸入自由化を控えたタイミングでは、国際化という荒波に立ち向かうべく脂肪交雑に代表される肉質の改良をより一層推進させるなど、今日の世界に誇る和牛の姿を築き上げるためにたゆまぬ努力を重ねてきた(表1)。このように和牛生産現場が抱える課題を明確にし、正面から向き合う取り組みの象徴となってきたのが全共の舞台であるといえる。故に、多くの生産者が日頃の成果を実証する場として目指す存在となっており、全国津々浦々の産地では、これまでの和牛生産に一層磨きをかけるべく、生産性や肉質などの向上を目指して、英知を結集した改良が続けられている。
本稿では、宮城全共の概要を紹介した上で、総合日本一に輝いた「チーム鹿児島」の官民一体となった取り組みについて、関係者や現場からの聞き取り等を基に紹介する。
2 宮城全共の概要 |
第11回全共宮城県実行委員会事務局によると、最終比較審査の約1カ月前の8月7日より「夢メッセみやぎ」の会場設営が始まった。本番期間中は最終比較審査の他、各イベントなども滞りなく運営するために、行政やJA、団体等の関係者、延べ5000人を超える体制が敷かれ、5日間で延べ41万7000人もの人々が訪れた中、大きな混乱もなく進行した。
各道府県予選を突破した後にようやくたどり着ける最終比較審査には、全1〜9区の出品区に対して、39道府県から513頭が出品された(表2)。日々の改良の成果を発揮すべく、代表牛と生産者が宮城の地に結集し、各産地の現在と未来を背負って立つ代表牛を披露し合った。このほか、宮城県で開催されることを受けて、東日本大震災で全国から寄せられた復興支援への感謝を伝えるべく、「復興特別出品区(高校の部)」が初めて創設され、14府県から14校14頭が特別枠として参加した。
全共は、優秀な成績を収めることで注目が集まり、その和牛ブランドとしての市場価値が全国的に高まるため、参加道府県にとっては、まさに威信をかけた大会である。この他、回を重ねるごとに、産業の発展を図るための共進会という目的に加えて、消費者の関心をより引きつける一大イベントへと進化しており、和牛の改良の成果を競うだけでなく、開催県ならではの食、観光、物産、歴史文化などを広く全国へ情報発信できる絶好の機会となっており、大きな経済波及効果も見込まれる。
宮城全共でも、趣向を凝らした催しものが多く実施されたほか、全国銘柄牛の無料試食コーナーや宮城県の海・山・大地の食材等の地場産品の料理販売エリアが設置された。こうした魅力的かつ本物ぞろいのラインナップなどを目当てに、消費者のみならず多くの観光客も駆けつけた様子が、マスメディアでも連日報道された。中には、海外からの視察団も訪れたように、和牛は、日本にとどまらず世界中からも熱い注目を集めているところである。
出品区は、牛の月齢や性別、テーマ別に全9区分に分けられ、主催者が定める出品区分基づいて各道府県が選定した牛を出品した(表3)。
個体間の序列の根拠となる審査標準については、2012年に長崎県で開催された第10回全共前に審査項目が見直され、以前の肉用種としてのボリュームを見る体積中心の審査から、種牛の部では牛の体型などから優秀な子牛を生産する能力を推し量る「種牛性」や資質品位を体積と同様に重視した審査へと移行している。宮城全共では、大きな変更はなかったものの、個体間の序列を、昨今の和牛生産における重要課題((1)生産効率の向上に向けた繁殖能力の改良(2)総合的に能力の高い雌牛基盤の整備(3)遺伝的多様性の維持・拡大(4)「おいしい和牛肉」の効率的な生産)などを踏まえて各区で細かく取り決められた審査基準に基づいて、審査委員が相対的に決定した。
宮城全共では、全9区のうち、道府県単位で見ると、鹿児島県が4区、宮崎県が3区、宮城県と大分県が1区ずつ優等賞1席を獲得した。九州勢がこれまでの大会同様上位に多く並んだ中、開催地宮城県の出品牛が初めて優等賞1席を獲得して開催地の威信を示したほか、九州以外の道府県の活躍も目立った(表4)。
そして、全共審査委員が選ぶ種牛および肉牛の部で最も優れた個体(群)に送る内閣総理大臣賞(名誉賞)について、種牛の部が大分県、肉牛の部は宮崎県が受賞した。大分県の種牛の部での名誉賞受賞は、第2回鹿児島全共以来47年ぶりの快挙となったほか、宮崎県は肉牛の部で2大会ぶりの名誉賞に輝いた。宮崎県は、前回長崎全共でも種牛の部で名誉賞を受賞しており、3大会連続での名誉賞受賞となった。
また、購買側のプロの枝肉買付人が肉牛183頭から最も優れた枝肉を選ぶ最優秀枝肉賞には、肉牛の部第9区で優等賞1席に輝いた鹿児島県の薬師成人氏の「忠久福」の枝肉(495キログラム)が選出され、1キログラム当たり5万1円の最高値で取引された。薬師氏の枝肉は、通常の出荷月齢よりも大幅に短い22カ月齢にも関わらず、脂肪交雑や歩留りなどに加え、ロース芯面積等が満遍なく評価され、鹿児島県の出品牛としては第4回全共以来35年ぶりに去勢肥育牛部門で優等賞1席に輝いた。このほか、高校の部は、岐阜県代表の県立飛騨高山高等学校の出品牛が最優秀賞1席に輝いた。
各区の詳細については、以下のリンクを参照いただきたい。
(出品条件)http://cgi3.zwtk.or.jp/zw11/jouken.pdf
「総合日本一」を決める団体表彰においては、鹿児島県が初めて首席に輝いた。
団体表彰は、産地の生産能力を引き上げるという開催意義に合致し、2007年に鳥取県で開催された第9回全共で導入されて以降、会を重ねるごとに認知度および影響力が増しており、宮城全共で3回目を迎えた。各出品区で好成績を収めなければ栄冠に輝くことは難しいため、体操競技の団体戦のように産地の総合力が問われ、産地間競争の象徴となっている。団体表彰の順位決め方法については、表5のとおりで、過去2大会については宮崎県が首席を獲得していたため、黒毛和種の飼養頭数日本一を誇る鹿児島県関係者にとって今回の総合日本一は、10年越しの悲願達成となった。
なお、宮城全共では、9つの出品区全てに出品牛を擁立したのは、道府県順に、青森県、岩手県、宮城県、岐阜県、鳥取県、島根県、広島県、長崎県、大分県、宮崎県、鹿児島県の11県であった。いかに代表牛をそろえるのが難しいかを物語っているほか、道府県によっては独自の改良方針のもと、種牛の部や肉牛の部のいずれかに注力するなど産地ごとに特色ある取り組みが進められている。
団体表彰の序列は、上記表5に基づき、各区での成績および特別賞を加算して得られた得点を基に決定される(表6)。
審査結果の講評順は、第1区から順に審査結果が講評される訳ではないが、各区の成績を振り返ると、種牛の部は鹿児島県と大分県が競り合い、肉牛の部は鹿児島県と宮崎県が競った末、鹿児島県が初の総合日本一に輝いた。鹿児島県の全ての出品牛(群)が全出品区で6席以内に入り、満遍なく好成績を収めた事が総合日本一の決め手となった(表7)。
3 鹿児島県の肉用牛生産とチーム鹿児島の取り組み |
ここからは、宮城全共での鹿児島黒牛の活躍を踏まえ、鹿児島県における肉用牛生産の現状を紹介したのち、総合日本一を成し遂げた「チーム鹿児島」の取り組みを紹介していきたい。
まず、鹿児島県の肉用牛の飼養頭数は全国2位で、黒毛和種飼養頭数については日本一を誇る(表8)。そもそも同県の黒毛和種の改良については、1915年に鳥取・島根両県から優良種雄牛を導入したことに始まり、1962年ごろより県による種雄牛の集中管理が推進され、以降優れた種雄牛の造成や優良雌牛の増殖がなされてきた。現在でこそ、水稲は、一般財団法人日本穀物検定協会の米の食味ランキングで5年連続最高評価の特Aを獲得した「あきほなみ」が生産されるように鹿児島の気候に適した品種が開発されているが、昔はシラス台地の水持ちの悪さを受けて水田利用が難しかったことから、畜産やかんしょ栽培などが発展した側面もある。
2017年2月時点で、鹿児島県で飼養される黒毛和種のうち、11万5800頭の繁殖雌牛から約8万8000頭の子牛が生産され、約76%は県内の購買者が購入しており大半が県内で保留肥育されている。残りの約24%は他県の肥育農家などに購入され、名立たるブランド牛のもと牛として導入されているが、全共の結果を受けて、県外からの購買者が増加傾向にある。
総合日本一に輝いた鹿児島県のブランド牛肉、「鹿児島黒牛」。そもそも、鹿児島黒牛とは、鹿児島県経済農業協同組合連合会(以下「鹿児島県経済連」)および株式会社ナンチクが1986年、鹿児島産和牛肉の銘柄の統一と販売促進を図ることを目的に、『鹿児島黒牛黒豚銘柄販売促進協議会』(事務局:鹿児島県経済連)を設立し、それまで「鹿児島牛肉」などと称されていた県産和牛肉を統一銘柄として「鹿児島黒牛」と命名したことに始まる。
その後、1997年に鹿児島黒牛マークを商標登録し、2007年に「鹿児島黒牛」名で地域団体商標登録を取得した。鹿児島県は、一定基準以上の品質と量を確保し、計画的な出荷が行われ、食肉市場や消費者から高い評価を得ている産品を「かごしまブランド」として指定しており、「鹿児島黒牛」については1992年に指定された。なお、他の品目としては、黒豚やそらまめ、さつまいも、茶などがブランド化対象品目となっている。
鹿児島県経済連においては、肉牛の部の「鹿児島県枝肉共進会」や「鹿児島黒牛産地宣伝販売会」を毎年開催している。また、種牛の部については、鹿児島県畜産共進会を毎年開催しているほか、奄美地域での大島地区肉用牛振興大会を肉用牛振興と改良増殖を目的として3年に1回各島持ち回りで開催し、鹿児島黒牛の品質向上と銘柄確立に取り組んでいる。
こうした中、鹿児島黒牛は2017年12月15日、農林水産省の特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(地理的表示法)に基づき、宮崎牛や近江牛と共に地理的表示として登録された。これにより、より一層の差別化およびブランド化を推進していく方針である。なお、鹿児島黒牛ブランドについては、海外では「KAGOSHIMA WAGYU」として販売されている。
総合日本一に輝いた理由は複合的で、大前提として、関係者の日々のたゆまぬ努力の蓄積が欠かせない。これに加え、鹿児島県が総合日本一の栄冠に輝くまでに、過去の大会の反省を踏まえ、関係者一丸となって改良方針を熟考し、弱点克服に係るアプローチを着実に進めたことが好結果につながった。全国和牛登録協会鹿児島県支部の坂元副支部長によると、鹿児島県の最終予選で出品牛が決まって以降、関係者は特に準備や連携などで濃密な時間を過ごしたという。勝てると確信して現地入りした訳ではなく、特に肉牛は枝肉にしてみないと分からないので予想もできなかったが、やれることはし尽くしたという一種の達成感があったので、おのずと悲壮感はなかったとのことだ。今回、執筆に際してアドバイスを頂いた公益社団法人鹿児島県畜産協会の小原松男業務執行理事常務も、チーム鹿児島として宮城の地に刻んだ誇りを振り返った際、これまでの苦労を思い返して胸を熱くされていた。全共を迎えるに当たって、チーム鹿児島が進めた代表的な取り組みを紹介する。
ア 気運を醸成した第11回全共鹿児島県推進協議会
鹿児島県関係者は、2007年の第9回鳥取全共で団体表彰が設立されて以降思うような結果につながらなかったため、他県の力を十分に認めつつも、最大産地として忸怩たる想いを経験してきた。このため、宮城全共を迎えるに当たっては、出来る限りの対策を講じようと、関係者間で時にぶつかりながら後述の調教導入等について一つ一つ腹を割って話し合いを重ねた。その協議が主に行われたのが、全共の推進母体である第11回全共鹿児島県推進協議会(以下「推進協議会」という)の推進委員会であった。
推進協議会は、全共において、関係機関・団体が一体となり挙県体制のもとに、早期かつ強力に出品対策を推進して優秀な成績を収め、「鹿児島黒牛」の銘柄確立を図るとともに、本県肉用牛の振興に資することを目的としている。同協議会傘下の推進委員会は、県段階と10地区(鹿児島中央、指宿、川辺、薩摩・伊佐、出水、姶良、曽於、肝属、熊毛、大島)段階から構成される中、これまでより緊密に連携を強化して準備を進め、各種課題が生じれば横断的に話し合う体制下で地区の垣根を越えて結束し、「チーム鹿児島」としての気運を醸成した。なお、宮城全共への出品牛の個体選抜は、推進委員会メンバーである全国和牛登録協会鹿児島県支部、鹿児島県経済連、鹿児島県畜産課、畜産試験場、鹿児島県肉用牛改良研究所を中心に進められた。
イ 弱点克服の一手となった調教
2大会連続で思うような結果を得られなかったチーム鹿児島関係者は、推進協議会などでの話し合いを通じ、全共対策の一手として調教を取り入れることを決めた。ここでいう牛の調教とは、アニマルウェルフェアを考慮した上で、人とのやり取りを通じて理想的な立ち姿勢などを教え込み、最終的にはハンドラー(牛の引き手)が手綱1本で牛を思い通りに歩かせたり、立ち止まらせたりする技術である。一般的にはあまり認知されていないものの、代表的なところとしては、岡山県新見市の牛の碁盤乗りが挙げられる。
鹿児島県からの出品牛は、過去の全共において、全共特有の雰囲気に戸惑い上手く立っていられなかったり、前回大会では牛を思うように動かせなかったケースも散見され減点対象となっていた。そこで、新見市の調教の第一人者である宮本弘氏を招聘し、弱点の克服に当たった。調教の実地研修については毎年、主産地で他地域の関係者も参集して行われ、関係者はそれを地域に還元して本番に挑んだ。
あいら農業協同組合(以下「JAあいら」という)の西義哉参事によると、同組合は全共を見据えた取り組みを他に先駆けていち早くスタートさせ、調教や候補牛を集めての各種研修を順次実施した。この結果、宮城全共には、管内から第2区(園田義昭氏)、第6区(前田格男氏)、第8区(JAあいら中央肥育牛センター)に出品することが出来た。第2区若雌の1で優等賞3席を受賞した園田義昭氏の牛のハンドラーを勤めたJAあいらの酒匂翔吾氏によると、4月から調教を始め、通常業務を終えてから園田氏の家に通い、牛の写真を撮影しては先輩と共有して指導を仰ぐなど入念に調整を重ねた結果、本番では手綱が必要ない程の以心伝心ぶりで足の位置を調整せずとも立派に立ってくれたそうだ。
ウ 綿密に練られた輸送対策
チーム鹿児島が入念な準備を進めた部分として、輸送対策も欠かせない。過去の全共では、鹿児島から出品した牛が現地入りの際に大きく体重を落としてしまい、本来の能力を発揮できないまま本番を迎えてしまうことがあった。
このため、宮城全共を迎えるに当たっては、県畜産試験場主導で6月の暑くなり始めた頃から試験輸送を実施して実証試験を重ね、牛へのストレスを極力抑えた北陸ルートを考案した。この北陸ルートは最短距離ではなく、2泊3日の1700キロメートルに及ぶものの、関東ルートに比べ、夏場の暑さを若干避けられるほか、渋滞のリスクを大きく低減できるルートであった。
輸送には県の獣医師も同行し、どういう牛の体重が減りやすいかを把握した上で対策を講じ、肝機能状態が優れなかった牛には、嗜好性の高い混合飼料などを給与した。このほか、牛の睡眠を妨げないように走行時間を調整し、道中も飲み水や飼料を十分に給与しながら、ミストファンなども用いてストレス軽減を図った。こうした結果、特段問題なく輸送を乗り切ることができたため、大半の牛が到着してからも元気に飼料を食べてくれたとのことであった。
関係者からの聞き取りを進める中で、改善アプローチと同様に、鹿児島県ならではの強みについて改めうかがい知ることが出来た。今回は、その中でも特に印象付けられた二つの強みを紹介する。
ア 熾烈な県予選と協力体制
鹿児島県は、前述のとおり国内最大の黒毛和種飼養県であることから、主要産地の曽於や肝属地域を始め、県下には多くの有力牛を抱えている。このため、各地区および県予選全共の地区予選を勝ち上がることは、至難の業といえる(図1)。
また、各出品牛は、あらかじめ全共向けに交配されて育て上げる訳ではない。鹿児島県経済連城元部長によると、各産地にいる優良牛を探し出すのがひと苦労で、技術者の力の見せ所でもある。最大生産地ともなると、頭数が多いが故に原石を探し出す作業が一筋縄にはいかない。磨きあげる前の宝石のような牛は、人で例えるならカットや化粧する前のような状態であることに加え、そもそも痩せている場合が多い。このため、そうした候補牛をベストコンディションに持っていった時に、どのような形に仕上げられるかを想像して選抜し、生産者に出品協力してもらう流れである。
各地区予選を経て県予選を勝ち抜いた場合は、宮城全共までの残りの1カ月強、関係者がそれまでにも増して毎日の運動や調教、洗い作業を入念にサポートし、全共本番に向けて仕上げる。強固な生産基盤に加え、各地区予選前から長い時間をかけて築き上げた生産者、和牛登録協会、JA、行政等関係者の協力体制こそが、好成績の源となったといえる。
イ 盛んな種雄牛改良
鹿児島県下の種雄牛の改良については、民間を含め優良な種雄牛の造成に注力していることが特徴である。宮城全共では、後述する鹿児島県肉用牛改良研究所の「金華勝」が産肉能力、種牛能力ともに高い能力が期待される第1区(若雄)で優等賞1席に輝いたが、官民が競って優秀な種雄牛を造成することで、改良の根幹を握る優良遺伝子を生産者に十分に供給できる体制となっている。
この種雄牛供給体制の下、精液の利用については波があり、官民いずれかで好成績が期待できる種雄牛の精液が販売されると、そこに人気が集中する傾向がある。こうした状況下では、必ずしも希望の精液を購入する事が出来ない場合はあるものの、県内の生産者にとってそれに代わる優良精液の選択肢が確保されている。
なお、民間の種雄牛管理者は、1985年には鹿児島県種雄牛協会を設立し、県一丸となって肉用牛の改良方針の検討や現場段階での適正交配の推進および「鹿児島黒牛」の銘柄確立を図っており、2016年時点で同協会の15会員が凍結精液を供給している。県内の繁殖雌牛に交配される割合は、県有種雄牛と県内民間種雄牛で約99%(2016年)を占めており、他県と比べて突出して高い割合である。
鹿児島県では、悲願の総合日本一を受け、地元紙大手の南日本新聞が号外を発行した。同社によると、「いち早く読者に知らせたい大きなニュース」ということで発行に至った中、鹿児島黒牛を販売する百貨店や、スーパー等からも「号外をポスターのように張り出したい」との要望が多数寄せられた。
これを受け、南日本新聞は無償で素材の提供を行い、多くの精肉売場やレストラン等にも張り出された結果、宮城全共での鹿児島黒牛の活躍が消費者に強く印象付けられ、大きな反響を呼んだ。また、同紙が年末に組んだ特集の「こどもが選ぶ10大ニュース」の中でも、第5位に「鹿児島黒牛日本一」がランクインするなど、2017年は鹿児島黒牛の活躍ぶりに県民が大いに沸き、記憶にもしっかり刻まれた印象だ。
本快挙は、県内外でのブランド力向上にも大きく貢献し、日常的な消費拡大に加え、ふるさと納税やお歳暮需要のほか、海外からの引き合いも増すなど追い風が吹いている。レストランやスーパー、精肉店などでは、鹿児島黒牛をPRするのぼり等が見られ、「鹿児島が誇る黒シリーズ」として、黒豚、黒さつま鶏と共に切磋琢磨しながら地域経済を盛り上げている。
筆者の周辺からも、農畜産業に日頃関係していない県外の一消費者の友人から、「鹿児島黒牛って総合日本一になったらしいね」との声が聞かれ、全共効果を図らずとも思い知らされたところである。
4 出品者の声 |
鹿児島県肉用牛改良研究所(以下「肉改研」という)は1994年に設立された県の機関で、鹿児島県の一層の肉用牛振興と国内外の産地との競争力を強めるため、県有種雄牛の一元管理を実施している。遺伝子解析や受精卵移植などの先端技術を駆使して肉用牛改良を促進し、産肉能力に優れた種雄牛造成と優良雌牛の増殖、凍結精液の分譲に取り組むことを通じて、「鹿児島黒牛」のブランド化を推進している。
宮城全共には、1区若雄の部に2頭出品し、このうち「金華勝」が見事優等賞1席、「喜勝華」も優等賞6席に輝いた。肉改研としては、鳥取全共以来2大会ぶりの出品を果たし、同じく2大会ぶりに優等賞1席に輝いたことになる。
いずれも次世代の種雄牛の中核を担うことが期待されている中、育種改良研究室長のコ丸元幸室長によると、金華勝は、本年5月より後代検定のための交配をスタートさせる(図2)。
金華勝の血統について、父の金吉幸(金水9の流れをくむ種雄牛)は前軀が非常に良いことに加え、毛質など資質品位も優れた牛だった。一方、母牛「はな」の父である華春福は、産肉能力や種牛性(繁殖・ほ育能力など)を兼ね備えた牛で、昨今、家畜市場で高く評価されている。金吉幸の良さを活かしつつ、飼料の食い込みや体積を改善したいという課題を踏まえ、鹿児島中央和牛育種組合の育種雌牛に指定交配して生まれてきたのが金華勝であった。地方審査委員の資格を有するコ丸室長は、同組合の管内生産者の下に産まれた金華勝を子牛の頃から巡回して資質品位や増体性などを有望視していた中、金吉幸の後継牛として有望な要素を多く持ち、全共の月齢にも合致することから導入を決めて育成した。減少傾向にある金水9の流れで1席を取れたのは、非常に励みになったそうだ。
なお、肉改研所有の種雄牛にかかる凍結精液の1本当たりの分譲価格は、表9の通りである。利用状況は2018年1月末時点で、(1)華春福(2)華忠良(3)喜亀忠(4)秀幸福(5)金吉幸の順で、上位5頭で総分譲本数の9割を超えている。肉改研としては、種雄牛のピークが15歳頃までであることから、各種雄牛については10年間隔で活用し、その後は改良が停滞しないように造成した後継牛の精液を活用する方針で、今後も種雄牛の改良をますますリードすることが期待されている。
前田格男氏は、宮城全共の6区高等登録群にて、初出場ながら1席に輝いた。前田氏は、卒業と同時に地元の役場に就職が決まり、実家の手伝いで水稲などをやりながら、牛に魅了されていったとのことである。役場に勤めていた頃は飼養頭数を制限していたが、退職前から徐々に拡大して牛舎も増設した。そして、2015年3月に定年退職し、現在の専業体制(育成牛を含めて18頭規模)に至っている。
牛が好きで、日頃の観察を最も重視する中で特段変わったことはしていないという前田氏であるが、その経験に裏打ちされた飼養管理により、プレ全共として開催された平成28年度の鹿児島県畜産共進会および宮城全共の高等登録群でいずれも1席に輝いている。
高等登録群は、母、娘、孫の年齢の異なる3代を優れた状態でそろえることが要求されるため、出品者にとっては難しい出品区であるが、前田氏の場合、個人で3頭そろえての快挙であった。本人としては特段大変な思いをした記憶は無いそうで、生まれた牛の中で系統的に良好な牛を自家保留した結果とのことであった。ただし、母9歳、娘5歳(母2産目)、孫3歳(娘初産目)の構成から分かるように、長期間を要すことに加え、母、娘と改良の度合いを進展させる必要があったため、母牛の系統を受けてどういう種をつけるべきかを熟考し、その産子を選抜した。多くの雌牛は、8〜9歳になると体型が崩れてくるそうだが、現在9歳の母牛は見た目が維持されていて非常に若く見え、前田氏は、「わが子のように手塩にかけた牛が立派に育ってくれた」という。
全共を迎えるに当たっては、日々の経営を滞らせることはできないので、妊娠牛の取り扱いに神経を使ったそうだ。出品した3頭のうち、1頭は全共の10日前に出産、もう1頭は全共を臨月で挑んだ。そうした状況ではあったが、チーム鹿児島のバックアップの下、母体に出来るだけ負担をかけずに日々の訓練を順調に進め、牛も本番で期待に応えてくれたことから、結果が発表された時は、心の底から喜びがあふれ出したとのことであった。
こうした前田氏の経営であるが、実は自身の父親が亡くなった際、役場勤めに支障を来たしてしまうことを心配した家族から、牛を飼い続ける負担を心配する意見が聞かれた。そこで、牛が大好きな前田氏は、外部から雌牛を導入するのは資金を要し家族の同意が得られないと判断し、自家保留をする中で徐々に頭数を増やしてきた。今後は、規模拡大よりも目の行き届く現在の規模を維持する方針である。
全共の結果を受けて、改めて牛飼いとしてのやりがいが増したそうだ。家族や地域の方々から全共の結果を大いに祝ってもらい、改めて全共の影響力に驚きを覚えたとともに、苦労はあったものの色々なつながりもでき、牛を飼ってきて良かったとのことであった。次回の地元鹿児島全共に向けて、具体的な目標はないものの、何らかの形で宮城での経験を還元して貢献できればと考えており、素晴らしい牛にめぐり合うことが出来れば、また全共に挑んでみたいそうだ。
5 鹿児島県の今後の方向性と次回大会に向けて |
鹿児島県としては、県肉用牛生産基盤強化推進本部の増頭対策や国の畜産クラスター事業などが功を奏し、繁殖雌牛頭数や市場取引頭数が増えている状況にある中、2022年に鹿児島県で開催される第12回全共に向けて、さらなる効果が期待されるところである(図3)。
鹿児島県下の統一的な改良方針は、鹿児島県肉用牛振興協議会(注)が決定し普及・啓発に努めている。「気高」、「栄光」、「但馬」の基幹系統を軸に種雄牛の計画的造成を進めて鹿児島黒牛の持つ産肉能力等優れた特徴を維持しつつ、繁殖雌牛においては、近交係数の急激な上昇を防ぎながら個体ごとの育種価を基に系統・血統を踏まえた系統間輪番交配を推進する方針である。
これに加え、将来を見据えた対応として、サシ(霜降り)重視からオレイン酸など一価不飽和脂肪酸等の食味性も考慮した改良も検討段階にあるほか、特徴ある系統の維持や系統再構築への誘導を念頭に置いた対応も進められている。
坂元副支部長によると、雌系統をこれまでよりも重要視する必要性が提唱される中、希少系統や雌系統からの種雄牛の造成が重要になってきている。稀少系統とは、産肉能力を重視した改良を行って来た結果、頭数が少なくなってしまった系統を指す。鹿児島県では、連産性や長命性、哺育能力などの種牛能力に優れ、多くの後継牛を残した雌牛の代表的な系統として、「たけやま系」、「かめ系」、「なかはら系」などが挙げられる。
なお、産肉性や脂肪交雑、育てやすさなど、和牛を生産するに当たって重視されるポイントはある程度似通っている中、特に牛肉輸入自由化以降、肉質に優れる同一系統の精液利用が多くなり、結果として近交係数の上昇に伴って地域の遺伝的多様性が薄れ、鹿児島県に限らず全国的に特徴が似通いつつある状況は危惧されるところである。
稀少系統を再興し取り入れることは、地域の特色を残す系統の維持に加え、前述の遺伝的多様性や繁殖能力の改善にもつながる可能性があり、全国的な課題とされる中、第12回全共でより重要視されるものとみられる。
(注)鹿児島県肉用牛振興協議会(「肉振協」)は1995年に設立され、関係機関・団体の緊密な連携協調の下に、肉用牛振興の基本方針等について協議し、肉用牛の生産から流通販売に至る諸課題の早期解決を図ることで農家所得の向上に資することを目的とする。県内の肉用牛に関する全ての機関・団体から成り、県段階と地区段階から構成される。各種部会や課題解決のためのプロジェクトチームを有しているほか、研修等を実施するなど統一的な方針の下で指導体制を整備している。また、子牛育成をはじめとした各種飼養管理マニュアルを生産者等に配布するなど、県下の肉用牛生産の推進役となっている。
2022年に鹿児島県で開催される第12回全共は、初めて同一県で2回目の開催となる。全共の推進母体である全共鹿児島県推進協議会は、これまで全国大会の1〜2年前に発足していたが、地元開催の第12回全共に向けては、第11回の推進協議会を解散せず、引き続き準備を進めている。第12回推進協議会については、今年5月14日の定期総会で正式に発足し、チーム鹿児島のスタンスを維持・継続しながら、次回鹿児島全共に向けて既に動き出しているところである。チーム鹿児島としては、宮城全共の経験を上手く引き継ぎ、宮城全共での感動を今度は地元大会で味わうことを目指して、気持ちを新たにスタートしている。このほか、基本計画の検討や気運醸成などを進めるための推進事業をスタートさせることとしている。
第12回全共は、鹿児島空港から程近い霧島市牧園を中心に開催される予定である(表10)。観光客をも取り込む経済効果は注目に値し、関係自治体や機関も準備を進めている。本題である共進会以外の部分でも、ホテルなどの受け入れ体制の構築や消費者の関心も取り込むための企画・立案が求められ、和牛の魅力を伝えるために業界として力が入るところである。
6 終わりに |
全共は、出品者が直接的に儲かる訳ではない。しかしながら、好結果を収めると産地が盛り上がるほか、関係者が一体となって生産者と牛をバックアップすることで人材の育成および良い血統の掘り起こしにつながり、強い産地が形成されていく。これこそが、全共出品による最大の功績の一つといえるのではないだろうか。
昨今の畜産に限らず農業の現場を取り巻く共通課題として問題提起される事項として、高齢化や後継者不足が挙げられる。鹿児島県においても肉用牛生産者で最も多い年代が70代である。しかしながら、全共の好結果に伴うブランド力の向上は後継者の育成や地域全体の生産意欲の維持・拡大を後押ししているほか、若手生産者の中には今後目指す場所として全共への思いが宿った方もいると聞く。
和牛登録協会の坂元副支部長によると、後継者育成の観点から、次回全共は高校の部について、復興特別区の名前を変えて継続されることが決まっている。宮城全共後、鹿児島県下では最大産地としての誇りとおいしさを子ども達にも知ってもらうべく、鹿児島黒牛を使った給食が提供され、畜産業を身近に感じてもらう取り組みも進められている。
鹿児島県経済連の城元部長は、今年2月の平昌オリンピックの女子チームパシュートで日本代表が金メダルに輝く様子を見て、仲間で支え合いながら同じ目標を目指した日々を思い返したとのことである。牛の能力を十二分に発揮するためには、人材育成も欠かせないことから、チーム鹿児島としては、あぐらをかくことなく、ますます熱を帯びる産地間競争を引っ張っていきたいそうだ。そして、次回鹿児島全共に向けては、挙県体制を敷き、宮城全共には出場が叶わなかった離島からの参加も期待されている。
2022年まで、あと4年。長いようで短いこの年月を逆算して、早くも勝負は始まっている印象を受けた。産地の威信をかけた取り組みは、静かに熱く始まっている。
最後に、お忙しい中、取材にご協力いただきました全国和牛登録協会鹿児島県支部副支部長坂元様、鹿児島県経済連肉用牛事業部部長城元様、鹿児島県農政部畜産課技術主幹兼係長川畑様および技術専門員池畑様、鹿児島県肉用牛改良研究所室長コ丸様、あいら農業協同組合参事西様および酒匂様、そして前田様、ならびに取材にアドバイスくださりました九州農政局鹿児島県拠点地方参事官吉㚖様、鹿児島県畜産協会業務執行理事常務小原様、事業部部長鳥越様にこの場を借りて御礼申し上げます。
なお、役職名につきましては、取材時の肩書きを使用させて頂きました。