地理的表示保護制度(GI制度)について |
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農林水産省 食料産業局 知的財産課 地理的表示審査官 秋山 豊延 |
日本の農山漁村には、独自の風土や歴史、文化の中で育まれてきた個性豊かな農林水産物や食品が数多く存在する。これらの産品の評価が高まり、多くの人に知られるようになるほど偽物・粗悪品が出回りやすくなり、その結果、真正品が価格競争に負け市場を失う事態や、粗悪品により真正品の評価が下がる事態が懸念される。
このような問題に対処するため、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(以下「GI法」という)に基づき、地域との結び付きを有する農林水産物・食品等の名称を知的財産として保護する「地理的表示保護制度(以下「GI制度」という)」の運用が平成27年6月から開始された。
地理的表示(以下「GI」という)とは、「農林水産物・食品等の名称で、その名称から当該産品の産地を特定でき、産品の品質等の確立した特性が当該産地と結び付いているということを特定できる名称の表示」だとGI法上定義されている。
GI制度は、WTO(世界貿易機関)協定の附属書であるTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)において特許権や著作権、商標権などとともに定められた知的財産権の一つであり、国際的に広く認知されている。現在、EUをはじめ、世界で100カ国以上の国がGIを保護するための独自の制度を有している。
GI制度は、GI法に基づき登録された産品(以下「GI産品」という)の名称(以下「GI名称」という)だけではなく、生産地の範囲や品質などの特性、それを担保するための生産方法などを併せて知的財産として登録し、保護する制度である。
GI名称の不正使用に対しては、国が是正を求める措置命令を行い、従わない場合には罰則が科される。このため、生産者は自ら訴訟などの費用を負担することなく、自分たちのブランドを守ることができる。
GI登録後は、GI産品の生産者団体に当該産品の品質管理が義務付けられるため、定められた基準を満たした産品のみが市場に流通することになる。このため、GIを信頼した消費者の保護につながるほか、生産者にとっても他産品との差別化が図られ、価格向上や取引拡大といった効果がある。
日本のGI制度では、
(1) 産品が生産地と結び付いた特性(品質、社会的評価など)を有する状態で、一定期間(おおむね25年)の生産実績があること
(2) 名称により、産地および当該産地と産品の特性の結び付きを特定できること
(3) 産品の特性を保持するための品質管理などを生産者団体が行うこと
などの要件を満たせば、産品がGI登録される。以下、各要件の概要を説明する。
「生産地と結び付いた特性」とは、生産地の自然環境や蓄積された生産技術によって発揮される特性である。例えば、北アルプスの厳しい冬の寒さを利用して生産する「奥飛騨山之村寒干し大根」や、熟練の技術により短時間処理で小鯛の鮮度を保つ「若狭小浜小鯛ささ漬」などがGI登録されている。
また、社会的評価を特性としてGI登録することも可能である。その場合、評価を受けた優良な品質や歴史的・文化的な背景を説明することが求められるほか、その評価が単発的・一時的なものではなく、確立した評価(おおむね25年以上)である必要がある。
特に、黒毛和牛については、全国的な血統の均一化や飼養管理技術の向上により、産地ごと肉質や味など、品質面における明確な違いが見えづらい状況にある。このため、社会的評価に基づいて登録するに当たっての基準を定め、公表している。
名称については、「名称から生産地と特性を特定できること」が要件である。例えば、「さつまいも」や「伊勢エビ」のように、もともとは特定地域の産品を指していたが、広範に生産されるようになり地域との結び付きが乏しくなった名称や、そもそも使用実績がない名称は登録できない。
また、類似名称の存在も登録に当たっての大きなポイントである。例えば、肉質等級が4等級以上のものを「○○牛」としてGI申請し、一方で、4等級未満のものを「○○和牛」という類似名称で販売している場合、消費者が名称から申請産品を特定することが困難であると判断され、「○○牛」を登録することはできない(類似名称の使用を中止する場合は登録可能)。
畜産物では、「但馬牛」および「神戸ビーフ」が第1弾としてGI登録され、平成29年3月には「特産松坂牛」「米沢牛」「前沢牛」が、同年12月には「近江牛」、「宮崎牛」、「鹿児島黒牛」が追加され、平成30年1月末時点では8銘柄の黒毛和牛が登録されている。
また、平成28年12月のGI法の改正では、GIの相互保護を内容とする条約などの国家間の国際約束を締結した場合、当該条約などにより保護することとされた海外のGI産品を国内法により保護する手続規定が創設された。
平成29年12月には、日EU・EPAの交渉妥結によりEU側71産品、日本側48産品を相互に保護することが合意され、上記GI法の規定に基づき、国内で保護するための手続きを進めているところである。
上述の黒毛和牛8銘柄もEUとの相互保護リストに掲載されており、協定発効の日から、EU市場において、これらの銘柄牛の模倣品は排除されることとなる。EUではGI制度が消費者に広く認識され、GI産品は非GI産品と比べ、1.5倍程度の高価格で取引されている例もあることから、日EU・EPAの発効により、EUにおけるわが国農林水産物のさらなるブランド化が見込まれるところである。
和牛をはじめとした日本の畜産物は、国内だけでなく海外からも高く評価されており、今後さらなる輸出の伸びが期待される分野である。輸出先国において模倣品を排除しブランド化を進める意味でも、和牛だけでなく、豚肉や鶏肉を含めた畜産物の幅広いGI登録が望まれる。
(プロフィール)
平成21年 農林水産省入省
平成25年 復興庁へ出向
平成27年 農林水産省畜産部食肉鶏卵課
平成28年から現職