調査・報告 畜産の情報 2018年5月号
那覇事務所 岡 久季、調査情報部 熊谷 啓
【要約】
沖縄県宮古島市の農業生産法人有限会社下地畜産は、大規模な繁殖経営を営んでおり、哺乳ロボットの導入によって省力化を実現したほか、早期母子分離での分娩間隔短縮による生産性向上を図っている。
1 はじめに |
沖縄県は、温暖な気候により周年で牧草の収穫ができる飼料生産基盤が整備されていることから、肉用牛生産が盛んである。特に、平成28年の肉用牛取引頭数2万6888頭のうち、9割近くが子牛であり、日本の肉用牛生産を支える繁殖地域である。県内で繁殖経営は特に重要な産業となっており、家畜市場は全8カ所、そのうち6カ所が離島地域に立地している。
近年は、子牛の取引価格も高く、繁殖農家にとっては高収入が得られる状況となっているが、飼養戸数は高齢化の影響もあり漸減傾向で、飼養頭数も21年の8万4868頭をピークにここ数年は7万頭前後で推移している。担い手の確保が喫緊の課題となっているが、高額な初期投資が障壁となっており、畜産業の先行きは楽観視できない。
本稿では、沖縄県の子牛生産拠点産地にも認定されている宮古島において、家族経営での長期的な規模拡大を見据え、哺乳ロボットの導入による省力化、また早期離乳による分娩間隔の短縮を実現し、平成29年度沖縄県農林漁業賞を受賞した農業生産法人有限会社下地畜産の取り組みを紹介する。
2 宮古島市における肉用子牛生産の現状 |
平成27年の宮古島市の農業産出額約144.5億円のうち、肉用牛は21.7%の約31.3億円と、サトウキビに次ぐシェアを占める重要な産業である(図1)。
しかし、沖縄県の肉用牛飼養戸数は減少傾向であり、特に小規模農家の占める割合が高い宮古島市(注)ではそれが顕著に表れている。28年の県内の飼養戸数は、2489戸(前年比2.4%減)であったが、宮古島市では829戸(同4.7%減)となっている。また、県内の肉用牛飼養頭数については、繁殖雌牛頭数の回復などにより7万1956頭(同2.1%増)と増加したものの、宮古島市は1万612頭(同3.9%減)と2年連続で減少し、このうち繁殖雌牛頭数も6539頭(同3.2%減)となっている(図2)。
この結果、島内唯一の家畜市場である宮古家畜市場への子牛の上場頭数は、28年は4586頭と8年連続で前年を下回り、21年の5951頭から2割以上減少している。
(注)28年の一戸当たりの肉用牛飼養頭数は宮古島市12.8頭と、沖縄県平均の28.9頭を大きく下回る。
離農する繁殖農家は、小規模かつ高齢の場合が多く、宮古島市はこうした農家の割合が高い。平成27年12月末の代表者年代別農家戸数割合は、80歳以上の農家が全体の約4分の1、70歳以上ならば過半数に近いことから、今後さらなる減少が見込まれる(図3)。
小規模高齢農家では、労働力不足や肉体的な負担により、不規則な時間での飼養管理が難しく、また子牛・分娩スペースがない場合が多いため、分娩事故が発生するなど事故率が高い傾向にある。
飼養頭数別の農家数の割合では、10頭未満の小規模農家が6割近くを占める(図4)。宮古島では、気象災害に備えたリスク分散として、畜産に限らずサトウキビや野菜、果樹など多品目で複合経営を営むという傾向があることから、畜産についても小規模経営が多くを占めるようになっている。
また、兼業農家においては、農業従事日数の面などから認定農業者の要件を満たせず、各種補助制度の対象外となり、融資における金利面での優遇措置を受けられないことも多いため、牛舎や堆肥舎整備などに係る資金を確保できず、経営の継続を諦めるケースもみられる。
さらに、13年に完了した国営かんがい排水事業により、かんがい施設やほ場が整備され、サトウキビや野菜、果樹の生産環境が改善されたため、これらの他品目での営農にシフトしやすくなったことも肉用牛農家の減少の要因として考えられる。
喫緊の課題となっている経営の規模拡大や若い世代の新規就農は容易なことではない。牛舎の新増築や母牛の導入に係る投資額は大きく、若い世代は親からの経営継承以外での就農は難しい。居抜きでの経営継承というケースもあるが、条件面などの折り合いもあり簡単にはいかない。また、前述のように、兼業農家では補助事業などの要件を満たさない小規模農家が多いといわれている。
そこで、沖縄県は、県事業として、これまで補助制度の対象外となることが多かった新規就農者や規模拡大を図る意欲ある生産者を支援し、減少を続ける肉用牛飼養戸数および頭数に歯止めをかけるため、賃貸型牛舎を整備する「沖縄離島型畜産活性化事業」を平成30年度から新たに実施する。宮古島市については、初年度に設置予定の牛舎の設計事務費を計上しており、31年度は畜舎建設費を計上する予定である。計画では一地区当たり50頭規模の牛舎を2棟整備し、区分けした上で、複数の新規就農者や小規模農家に貸し付ける。この事業により、利用農家は、多額な初期投資をせずとも肉用牛経営の開始または規模拡大が可能となるほか、継続的な牛舎利用を基に経営計画を立てられ、計画では5〜7年で繁殖雌牛飼養頭数10頭以上の規模まで増頭することが出来ると見込まれる。これにより、利用要件を満たせる補助事業の選択肢が増え、それらを活用することでさらなる規模拡大が可能となる。
この事業は本年2月に地元紙で報道され、それ以降多数の問い合わせが寄せられているとのことである。
宮古島市への入域観光客数は、平成26年度は年間40万人程度であったが、伊良部大橋の開通で観光名所としての知名度が向上したほか、海外からのクルーズ船が急増したこともあり、29年度は98万8000人にまで達した。また、現在も平良港で大型クルーズ船が寄港できるバースを整備中であり、今後も大きな伸びが見込まれている。
観光客の増加により、地元焼肉店やホテルでは地元ブランド「宮古牛」へのニーズが高まっており、島内のと畜頭数も27年度の88頭から、28年度が215頭、29年度は327頭と伸びている。
宮古島市における肥育経営は、現状ではJA宮古肥育センターほか数社のみであるが、今後は既存の繁殖農家においても一貫経営に移行する機運が高まってくると思われる。
3 農業生産法人有限会社下地畜産の取り組み |
ア 就農の経緯
農業生産法人有限会社下地畜産(以下「下地畜産」という)の代表者である下地範昭さんは、宮古島を代表する繁殖農家である。大学時代は畜産学科で人工授精師および削蹄師の免許を取得し、その技術を生かして、就職先の沖縄県宮古郡農業協同組合(現在の沖縄県農業協同組合)でも活躍した。両親が繁殖経営(繁殖雌牛20頭規模)を営んでいたことから、「自分もいつか牛を飼いたい」という強い希望があり、兼業として経営に携わっていく。当時の牛舎では牛を収容しきれなくなり、兼業では経営の継続が難しくなったことをきっかけに、平成10年に農協を退職し、専業化に踏み切った。その際、家畜人工授精所も開設し、島内の人工授精と削蹄作業を請け負った。
14年には最大収容頭数101頭の牛舎を建設、さらに29年にも同100頭規模の牛舎を隣の敷地に新築するなど、規模拡大にも意欲的である。
イ 経営概況
下地畜産は、飼養頭数が母牛104頭、子牛75頭(30年3月現在)の大規模な繁殖農家である。
労働力は、範昭さんと妻の悦子さん、範昭さんの両親、長男の泰斗さん夫妻の6人に加え、従業員1人の計7人である。妻の悦子さんは経理部門のほか、哺乳ロボットの運用をはじめとした哺乳期の飼養管理を担当している。さらに、繁殖経営管理システムにより、繁殖雌牛の成績をデータ管理しており、範昭さんが「妻がいないと経営が成り立たない」と言うほど経営の根幹を担っている。長男の泰斗さんは、平成29年に卒業した農業大学校で家畜人工授精師の免許を取得しており、21歳という若さながら、新設した牛舎における繁殖雌牛の管理、分娩、子牛の育成作業などを任されている。
下地畜産における作業は、家族経営協定により明確に分担され、一任されている。この協定に従い、範昭さんも必要以上の関与はせず、家族の意思を尊重している。作業を一任されることで責任感が増し、より精度の高い作業につながると考えられる。特に、哺育管理については、女性によるきめ細やかな対応ができるとして、妻の悦子さんに全幅の信頼を寄せている。
牧草の作付面積は8.3へクタール(うち借地5.1ヘクタール、所有地3.2ヘクタール)で、ローズグラス、トランスバーラーが中心となっている。宮古島の温暖な気候により、年間5〜6回収穫できる。自給飼料は母牛専用としており、現在の飼養規模でちょうど過不足がなく、自給率100%を達成している。子牛には一定品質の継続的な給餌が成長に適していると考え、全て輸入飼料を給与している。
範昭さんは認定農業者であることから、29年の牛舎新築の際には、スーパーL資金(農業経営基盤強化資金)を活用している。この牛舎には、範昭さんのアイデアにより、雨風から子牛を守る避難部屋を設けている。これにより、子牛の低体温症を防ぎ事故率の低下につながった。低利融資を利用するか、または補助事業を活用するか、目的にあった選択ができることも下地畜産の強みである。
ウ 子牛の出荷状況
下地畜産では、疾病予防の観点から、飼養する繁殖雌牛は全て自家保留によるものである。このため、現在生まれた雌子牛は、新設した牛舎への母牛用へ優先しており、その分出荷頭数は少なめとなっている。
平成28年度の出荷実績は、去勢48頭、雌13頭となっている。平均取引価格は、去勢が78万7000円、雌が64万9000円であり、最近は100万円を超える値が付く牛も珍しくはないという。
出荷月齢は、平均8〜9カ月齢と、購買者が最も求める月齢での出荷を心掛けている。
昔は相対取引もあったが、現在は宮古家畜市場へ全頭出荷している。多くの人が参加する家畜市場で評価してもらうことで、自分が育てた子牛一頭ごとの本来の価値を知ることができると考えているためだ。
28年度の子牛の売上高は4000万円台であり、経費はその半分強に相当する。
現在は全国的な子牛高となっているが、範昭さんはその状況を楽観視していない。取引価格が低下したときに、販売頭数を増やすことで経営を支えるため、増頭に取り組んでいる。
ア 哺乳ロボット導入による省力化
平成29年の牛舎新設に伴い、哺乳ロボットを導入した。下地畜産で生まれた子牛は新牛舎の哺育スペースに集められ、約90日間は哺乳ロボットにより哺乳される。
手作業の頃は、子牛20頭に対し1回の哺乳で2時間以上、1日2回で計4時間以上を要し、手首への負担が大きかった。
現在は、人工乳の準備と機器の洗浄などはあるものの、哺乳作業は大幅に省力化された。昼夜を問わず哺乳できるため、子牛のストレスも減った。さらに、子牛は個体ごとに哺乳量や飲む速さなどがデータ化されるようになり、日々の体調管理のチェック項目として活用している。もちろんデータだけで判断せずに、これまで以上に牛舎内の見回りに時間を割けるようになったことから、哺乳ロボット導入後も体調の悪い子牛を見逃したことはない。
イ 早期離乳による分娩間隔の短縮
下地畜産では、10年ほど前から早期離乳を開始した。初乳には病気に対する抵抗性を高める免疫グロブリンが多く含まれているため、分娩後一週間程度は母子を同居させるが、初乳を十分に摂取し哺乳へ慣れてくると親子分離を行う。これによって、産後の初回発情を従来の約60日間から20日間まで短縮することができた。また、空胎期間も短縮されるためその間の飼料代の削減にもつながった。
人工授精については、授精の確率を高めるため、分娩後2回目の発情となる分娩後40日ごろに実施している。これらの取り組みにより、平成28年度の分娩間隔は361日と1年1産を達成している。繁殖雌牛の更新時期は平均して7産となっているが、現在は牛舎新築による増頭のため8産以上の繁殖雌牛も多くなっている。
血統に関しては、増体を重視し気高系の繁殖雌牛が多く、脂肪交雑に優れた但馬系の種を交配したところ、購買者からの評判が良かったため、現状の基本方針としている。
ウ 削蹄の徹底
範昭さんは、沖縄県牛削蹄師会の宮古支部長を務めているほか、その技術を生かし、外部からの削蹄作業も受託している。料金は1頭当たり子牛3000円、成牛3500円で、年間1500頭程度の実績がある。
削蹄していない牛は、爪が盛り上がっており、トラックや船での輸送時に踏ん張りが利かないため、転倒による事故率が高くなる。家畜市場へ出荷する子牛が削蹄されていることは他地域ではごく当たり前であり、沖縄県牛削蹄師会宮古支部でも出荷される子牛を全頭削蹄することを目標としているが、28年度の宮古家畜市場における平均削蹄率は52.7%といまだ低い水準となっている。
削蹄した子牛は姿勢や歩行が安定し、餌を食べる量が増加するため、増体も良くなり商品としての価値も高まる。作業料金はかかるものの、繁殖農家の収益につながる投資であり、さらに削蹄師免許の保有者にとっても収入源になるので、削蹄はみんなに利益をもたらす。宮古島の畜産振興のためにも削蹄の必要性をさらに周知する必要があると範昭さんは考えている。
範昭さんは、当面、繁殖経営の規模拡大を進めていく方針である。現在の牛舎には、母牛は最大150頭程度まで飼養できるが、疾病まん延の防止、衛生管理の観点から余裕を持たせ130〜140頭をめどとしている。
また、宮古島への観光客数の急増を背景とし、地元ブランド「宮古牛」のニーズも高まっており、外食産業でのさらなる需要を見込んだ食肉卸業者から、肥育の依頼も届いている。下地畜産で試験的に肥育した牛の肉質は優れていたことから、一貫経営への可能性を見いだしている。後継者である長男の泰斗さんには、人工授精や削蹄技術の向上に加え、肥育用の牛舎を整備し、一貫経営を見込んだ経営拡大を期待している。
4 おわりに |
下地畜産は、範昭さんが兼業から専業に転向して以降、削蹄と人工授精の受託作業で経営を安定させつつ、牛舎を新設し、経営規模を拡大してきた。さらに、哺乳ロボットの導入による省力化や、早期離乳による分娩間隔の短縮なども実現し、積極的な姿勢が実を結んだ成功例といえる。これらの取り組みが評価され、平成29年度沖縄県農林漁業賞も受賞した。
しかしながら、肉用牛飼養頭数が10頭未満の経営体が6割を占める宮古島市において、繁殖農家が置かれている立場や事情はそれぞれ異なっており、全ての生産者が下地畜産のような規模拡大を実現することは難しい。また、前述のように補助制度の要件を満たさない生産者にとっては、現在の経営の継続自体を諦めざるを得ない場合もある。
そのため、小規模農家や、新規就農を志す人を支援するような環境づくりが重要であり、県事業の賃貸型牛舎の利活用は、現状打破の突破口となるものである。「自分のところだけうまくいっても意味がない。若い畜産農家が多く育つことが、宮古島、ひいては沖縄県の畜産業振興には必要である」と範昭さんが話すように、地域一体となった取り組みが、宮古島の肉用牛生産の振興には必要である。
宮古家畜市場への出荷頭数が増加すれば、購買者にとって必要頭数を確保できる魅力的な市場となる。地元ブランド「宮古牛」の浸透は、観光業のさらなる集客につながる。肉用牛生産の振興は、相乗効果を生み地域全体の利益となる。
今後、宮古島での地域一体となった取り組みによる肉用牛生産基盤の強化と、それに伴うさらなる地域活性化に期待したい。
担い手不足は全国的な問題である。下地畜産の取り組みだけでなく、宮古島としての担い手支援などの取り組みが、全国各地の参考になれば幸いである。
【謝辞】
本稿の作成に当たって調査にご協力いただきました農業生産法人有限会社下地畜産の皆様、沖縄県宮古家畜保健衛生所、公益財団法人沖縄県畜産公社に心から感謝申し上げます。