畜産の情報 2018年5月号

畜産現場における農福連携の取り組み

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
農村工学研究部門 石田 憲治


1 はじめに 〜農福連携の背景と畜産現場における取り組みの経緯〜

農畜産業における担い手不足の深刻化と障がい者の地域における自立支援施策の推進を背景に、近年、農業と福祉の連携に関心が高まりつつあるが、「農福連携」という用語はまだ注釈を要する場合が少なくない(注1)。畜産現場における農福連携の取り組みは、畑や農業用ハウスにおける作物栽培現場と比べて事例数も少なく、大型動物を扱う際のリスクや防疫上の観点からも制約が大きいと考えられていた。しかし、一方では、園芸セラピーと同様に動物を育てることが障がい者にもたらす療育面の効用も指摘されてきた。

こうした中、障がい福祉にとどまらず、文化や教育などさまざまな分野から共生社会を志向する世界的なうねりを背景に、畜産業分野の社会貢献としての意義にも着目しつつ、日本中央競馬会特別振興資金助成を得て、「畜産現場における障がい者の参画推進支援事業」(平成27〜29年度)が畜産経営支援協議会を実施主体(事務局:公益社団法人中央畜産会)として開始された。当該事業を推進するに当たって組織された委員会の座長を務めたご縁から、以下では、事業による取り組み成果を中心に、筆者の農福連携に関わるささやかな経験を踏まえて紹介したい。

2 畜産現場における農福連携の取り組みの動向

平成27年度に実施した「畜産現場における障がい者の参画推進のためのアンケート調査」結果によると、19府県の258畜産経営体のうち、障がい者が就労している畜産経営体は90(34.9%)存在した。複数の畜種を飼養する経営体があるため、延べ99経営体の障がい者就労状況を畜種ごとに整理すると、「障害者雇用促進法」による従業員数規模に応じた雇用率の規定があることから、個人経営体と比べて法人経営体の障がい者就労が進んでいる。特に養豚と鶏卵ではその差が顕著である。一方、酪農と肉用牛(繁殖)では、個人経営体における障がい者の就労割合が他の畜種と比べて高い(図1)。

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また、障がい者が就労中の畜産経営体における飼養畜種の構成では、ブロイラーがわずかであり、専門的技能が要求される肉用牛繁殖でやや少ないものの、いずれの畜種においても20%前後の構成割合で障がい者就労の実績が確認される(図2)。

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調査対象地域に位置する109カ所の障がい福祉サービス施設の調査結果では、障がい者に提供する福祉サービスの内容に畜産関係の生産活動が含まれる施設が17施設あった。そして、畜産関係の生産活動がない92施設においても畑での作物栽培など農業関係の生産活動が87施設で取り組まれていた。

畜産関係の生産活動の有無別に福祉サービス事業の種類を比較すると、畜産関係の生産活動がある施設では「就労移行」、「就労継続A」のサービス事業の割合が高い(図3)。ただし、この2種のサービス利用者より支援を要する度合いの高い「就労継続B」のサービス事業においても「就労移行」と同等以上の割合で畜産関係の生産活動に取り組んでいることも指摘できる。このことは、障がいの程度に合った作業を担当することで、多くの障がい者が畜産現場に参画できることを示唆している。

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さらに、特別支援学校を対象とした調査からは、調査対象29校のうち10校が畜産現場への就職を希望する生徒がいると回答しており、在校時における畜産現場での職場体験実習が特別支援学校の卒業生と畜産現場をつなぐために重要な機会であることがわかった。

3 畜産現場の農福連携事例

「畜産現場における障がい者の参画推進支援事業」では、平成28年度に全国各地域の17事例を調査して概要を事例集(注2)に取りまとめた。本稿では、筆者が整理した以下の(1)〜(3)のカテゴリー区分に従い、延べ5事例の特徴や概況を紹介する。詳細は注2に示す事例集を参照されたい。

(1)畜産経営体における多様な担い手育成の取り組み

奈良県で古くから続く酪農牧場では、従業員募集の際にハローワークや養護学校関係者から依頼されたことが障がい者雇用の契機となった。従業員29名のうち14名が障がい者である。障がいのある従業員の作業は「酪農」、「牛乳処理・配達」、「レストラン」の3部門に分かれている。酪農と牛乳処理は一連の仕事として、複数のメンバーが牧場担当職員の指示の下で分担しながら行う(写真1)。朝5時からの早朝作業はグループホーム(注3)で生活する従業員が中心に担う。朝夕2回の搾乳作業、給餌、畜舎の清掃など、障がい特性や体力に応じて分担しながら手際よく作業をこなしている。

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この牧場では作業工程の高度な自動化を進めないことが特徴の一つで、障がい者の労働力を活用して「手作業の良さ」を残している。徹底した洗浄工程を経て瓶詰めされ、毎朝配達される牛乳は著名な宿泊施設や地域の顧客らにとって不可欠な存在となって親しまれている。

(2)社会福祉施設(注3)による畜産経営の取り組み

青森県のN園は、約30年前、養護学校を卒業した子供たちの働き場を創るため、私財を投じて在宅障がい者が働くことのできる肉用牛生産を開始した。知的障がいのある38名が牛舎の清掃、給餌、放牧場への牛の出し入れなど、牧場の主要な仕事の多くを任されている(写真2)。N園には水稲班やゴボウ班があり、耕種との複合経営であることが障がい者に多様な仕事を提供できる利点でもある。

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鹿児島県のS会は地域の基幹産業が第一次産業であることに着目して、半世紀近く前から養豚や茶の栽培による障がい者支援を開始した。そして、地域雇用の創出と障がい者への福祉の充実を目指し、農事組合法人を設立して本格的な農畜産経営に乗り出した。現在では、同会の中核となるH農場で母豚150頭を飼育して年間3000頭の豚を出荷するとともに(写真3)、肉牛25頭を飼養し、牧草、茶、ニンニク、野菜など約45ヘクタールの総栽培面積を耕作する複合経営を行う。また、市街地でアンテナショップ機能を持たせた福祉事業所の開設や自家製食品のブランド化による消費者や異業種との関係構築などにも留意して、接客などを通した障がい者の社会参加の促進にも注力している。

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(3)畜産と福祉の関わり方に新たな観点を示唆する取り組み

共働理念を掲げて乳牛飼養と乳製品加工を続けているのは、北海道のS農場である。作業は共働で行い、報酬は平等に分配する「共働」の理念の下、ブラウンスイス種を中心に乳牛約100頭を飼養して年間340トンの牛乳を出荷し、残量は併設するNPO法人に委託するチーズ原料に供され、製品の加工・販売の代価が分配される。作業時間は1日6時間であるが、酪農作業メンバーは朝4時半からパーラーでの搾乳や牛舎の清掃があり、農場の敷地内にはメンバーのための宿舎も設けられている(写真4)。79名の従業員のうち、障がい者は40名、その半数が障害者手帳を交付されている。国際的にも高い評価を受けたチーズ製造が有名になってからは、売店を兼ねた交流センターには観光客も訪れる。

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環境に資する革新的な飼料生産現場における障がい者雇用は、畜産関係の生産活動の裾野を拡大する農福連携の新しい取り組みの一つである。千葉県にある有限会社Bの飼料工場では、養豚の液状飼料生産現場で17名の障がい者雇用を実現している。約10年前に5名の雇用から開始したが、福祉機関からの支援と協調した企業の取り組みが、現在の障がい者雇用を可能にしており、事務作業のほか、包装食品の開封・分別、運搬、清掃作業など多くの作業を知的、精神、身体に障がいのある人が担っている。

4 畜産現場における障がい者の参画推進に向けた今後の展望と課題

事例を通して見えてくる共通的な重要事項は、(1)障がい者理解(2)作業環境の整備(3)仕事の切り出しである。いわゆる共生社会の第一歩は、場を共有することである。一人ひとりがさまざまな個性を有する障がい者と相互に理解し合い、一緒に働く作業空間の安全性や快適性を実現するとともに、作業を容易にする道具や機器を改良するなど、ストレスの少ない作業環境を実現した上で、日常の畜産現場における一連の作業を、畜産経営者と就労する障がい者やその支援者らが改めて見直し、単純な工程になるよう分割して作業の切り出しを行う「仕事づくり」を実践することが期待される。そして、繰り返し分かりやすく説明しながら、障がいのある一人ひとりに適合した仕事をマッチングしていくことが、畜産業の担い手不足を補い、人口減少時代においても収益性の高い健全な畜産経営を維持することに直結すると考えられる。事業で作成した事例集や手引(注4)が、多様な人材で拓く畜産経営の未来に向けた必需品として活用されることを願っている。

(注1) 本稿では、広く農業分野における担い手確保と福祉分野における障がい者の就労支援という、農業ならびに福祉の双方が積極的な方向性を持って連携する取り組みの総称として定義する。

(注2) 「畜産現場における障がい者の参画事例集〜多様な人材で拓く畜産経営の未来〜」、畜産経営支援協議会、平成29年3月 http://www.lipross.jp/article_detail_1.html 

(注3) 障がいのある就労者が地域で生活するグループホーム、障がい者の就労支援のための日中活動や自立訓練のための福祉事業所等の運営に対しては、「障害者総合支援法」に基づく助成制度がある。障がいの程度に応じた最低賃金の除外認定など、畜産経営体が障がい者就労を円滑に進める施策が講じられている。また、従業員規模の大きい経営体にとっては、「障害者雇用促進法」に規定される障がい者の法定雇用率達成にも資する。詳細は厚生労働省HPの閲覧や都道府県、市町村の障がい福祉関係部署に相談されたい。なお、関連事項は注4の手引きにも記載されている。

(注4) 「畜産現場における障がい者の参画推進のための手引」、畜産経営支援協議会、平成29年3月 http://www.lipross.jp/news/48

(プロフィール)

1954年    京都市生まれ。

1979年4月 農林水産省入省。農業土木試験場、農業環境技術研究所、九州農業試験場、農業工学研究所などで勤務。

2008年4月 農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所農村計画部長、農村基盤研究領域長、技術移転センター教授を歴任。

2015年3月 定年退職。同年4月より再雇用にて勤務。農福連携に関する調査研究などに従事、専門は農村計画学。



				

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