調査・報告   畜産の情報 2018年10月号


特色ある地域資源を活用した地域ブランド牛の取り組み

畜産経営対策部 肉用牛肥育経営課



【要約】

 農林水産省が平成27年3月に公表した「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」において、畜産経営の収益力の強化等を図るための方策の一つとして、生産物の付加価値の向上が求められている。本稿では、地域資源の有効活用や生産方法などといった特色の付加による差別化・ブランド化を図り、収益性向上に取り組む地域ブランド牛の事例を紹介する。

1 はじめに

わが国の肉用牛肥育経営において、直近10年間をとりまく現状をみると、平成20年頃に配合飼料価格が高騰し、畜産経営は大きく影響を受けた。また、22年には口蹄疫が発生し、さらにその翌年東日本大震災が起き、牛の飼料用稲わらから放射性セシウムが検出された影響を受け、牛枝肉価格は下落した。

その後、牛枝肉価格の回復・上昇に伴い粗収益は増加したが、生産コストもじわじわと上昇している。図1に1頭当たりの肉専用種の粗収益および生産コスト(全国算定)の推移を示した。これをみると、平成30年1月、約3年半ぶりに、粗収益はマイナスに転じた。この生産コストの上昇はもと畜価格(子牛価格)の高騰が一因となっており、肉用牛肥育経営に大きな影響を与えている。

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肉用牛繁殖雌牛頭数および子牛価格の推移を図2に示した。肉用牛繁殖雌牛の頭数は、平成22年の68万4000頭をピークに減少を続け、27年には約10万頭減の58万頭まで減少した。各般の生産基盤強化対策が実施され、28年から増加に転じ、30年は61万頭と回復傾向にある。しかしながら数年にわたる肉用牛繁殖雌牛の減少を受け、子牛価格は大幅に上昇し、28年度の平均子牛価格は過去最高の1頭当たり81万5000円となった。5年前の23年度の39万9000円と比較すると、その価格は2倍を超えている。

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上述の通り、肉用牛肥育経営に係る生産コストは国内外のさまざまな情勢を受け大きく増減する。

農畜産業振興機構(以下「機構」という)では、肉用牛肥育経営の安定を図るため、肥育牛1頭当たりの平均粗収益が平均生産費を下回った場合に、その差額分の8割を補てん金として交付する肉用牛肥育経営安定特別対策事業(以下「牛マルキン」という)を実施しているが、子牛価格高騰を受け、緊急的に30年度については牛マルキンの補てん割合が8割から9割に引き上げられた(図3)。

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肉用牛肥育経営の安定化を図るためには、生産コストの低減を図るとともに牛肉の付加価値を高め、消費者の理解を醸成し購入に結びつけ、粗収益の向上につなげることが重要と考えられる。農林水産省が27年3月に公表した「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」において、畜産経営の収益力の強化等を図るための方策の一つとして、生産物の付加価値の向上が求められている。付加価値を高めるための差別化を図る取り組みの一つとして「ブランド」や「産地」を掲げた地域ブランド牛肉の確立が挙げられる。近年は、従来から高級牛肉としてイメージされるような地域ブランド牛に加え、多様な消費者ニーズに合わせ、品種特性や飼育方法を特徴とした切り口から、地域ブランド牛の取り組みを推進している事例も増えている。

2 変化する消費者ニーズと地域ブランド牛

(1)変化する消費者ニーズ

日本政策金融公庫による牛肉の消費動向に関する調査によると、赤身肉と霜降り肉の購入頻度に関する設問では「赤身肉を購入することが多いが霜降り肉を購入することもある」との回答が5年前と比較して、4.4ポイント増の44.5%となっており、近年は従来の脂肪交雑を重視した牛肉だけではなく、赤身肉を購入する消費者が増えていることが読み取れる(図4)。

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このように、消費者ニーズは変化していると思われるが、消費者に付加価値のついた価格で購入してもらうためには、どの層の消費者をターゲットとし、どの程度の価格帯にするかを見極め、販売先の検討や値段に見合う価値がある理由を説明し、消費者に理解してもらう工夫が必要であると考えられる。

(2)地域ブランドの類型

農林水産省によると、農林水産物・地域食品における地域ブランドの取り組みにはさまざまな分類方法があるが、図5にその類型の例を示した。肉用牛の地域ブランド化に取り組むに当たって、このような類型の中からどれを目指すのか、その生産量や販売ルートなどを考慮し方向性を明確にする必要がある。

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本稿では、地域の有用資源として飼料を活用した飼養方法などにより特色を打ち出し、他との差別化を図り付加価値を向上させる地域ブランド牛の取り組み事例について報告する。

3 地域ブランド牛の取り組み事例

地域の有用資源を活用した飼料の給与や生産方法などにより、地域ブランドの特色を打ち出し、差別化に取り組む3事例について報告する(表1)。

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(1)りんご和牛信州牛の取り組み事例〜生販一体となった一貫流通体制の構築〜

ア きっかけ・取り組みの経緯

昭和37年に長野県中野市において、産地の食肉加工メーカーとして大信畜産工業株式会社(以下「大信畜産」という)が設立された。これを契機に近隣の肉用牛生産農家が集まって研究会を作り、より良質な肉牛生産に積極的に取り組むようになった。

48年、オイルショックにより輸入飼料が高騰した。これに対応するため、生産者が出資をして、農事組合法人中野固形粗飼料(以下「中野粗飼料」という)を設立した。試行錯誤しながら、食品製造副産物であるりんごジュースの搾り粕を発酵処理した特別配合飼料を開発し、この飼料を給餌した牛の地域ブランド化を開始し、同年「りんごで育った信州牛」として商標登録申請を行った(後に「りんご和牛信州牛」となる)(表2)。

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50年代後半から、牛肉の輸入自由化の議論が活発になり、また国内での産地間競争の激化など、肉用牛生産を取り巻く環境が厳しくなってきた。それまでは、生産者と大信畜産でブランド化を推進していたが、地域ブランド牛の統一化や、より合理的な加工・流通の体制づくり、消費者への浸透を目的とし、長野県内を中心として流通・販売を担う株式会社マルイチ産商(以下「マルイチ産商」という)に参画を求めた。これにマルイチ産商が応じる形で、生産・加工・流通を一つにつなぐ一貫体制が構築され、現在の信州牛生産販売協議会となった。

イ 地域ブランド牛推進に関する関係者の取り組み

(ア)ブランド推進主体の概要

ブランド推進は、「信州牛生産販売協議会」が主体となっている。協議会の構成は、図6の通りとなっており、生産部会員は22者(17農場)、販売部会員は正会員36者、協力会員39者が所属している。

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生産部会員は、肉用牛生産者に加え、飼料を生産する中野粗飼料などが所属しており、販売部会員は、正会員としてマルイチ産商や大信畜産、大手量販店、精肉店などが協力会員として外食産業やホテルなどが加盟している。協議会の事務局はマルイチ産商の社員が兼務し、協議会長はマルイチ産商の畜産事業部長が務めている。

本調査においては、信州牛生産販売協議会および生産部会員の飯沼牧場から聞き取りを行った。

(イ)生産について

(1)肉用牛の出荷について

生産者は、長野県中野市近隣(北信)だけでなく、中南信にも広がっており、生産部会では、飼養マニュアルにより品質の安定化を図った肉用牛生産を行っている。

現在、生産部会全体からの年間出荷頭数は約1200頭であり、このうち飯沼牧場は年間約120頭を出荷している(写真1)。

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(2)特色ある飼料について

りんご和牛信州牛の生産については、統一された飼養マニュアルに沿って中野粗飼料が製造しているりんごジュース搾り粕入りの配合飼料を給与している(写真2)。

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りんごジュース搾り粕入り配合飼料の価格であるが、飯沼牧場によると、平成29年11月調査時点において、1トン当たり約4万7000円であった。この配合飼料は、りんごジュースの搾り粕が入っているため、水分含有量が通常の配合飼料より少し多いとのことであり、単純比較はできないが、同時点で農林水産省が公表する肉用牛用配合飼料の価格は同5万7000円(バラもの、工場渡し価格)となっていたことから、この特別配合飼料の給与はある程度のコスト低減につながっていると思料される。

(3)経営環境の悪化時期を乗り切るための工夫

飯沼氏によると、平成20年ごろの配合飼料価格の高騰時には、中野粗飼料が原料価格の高騰分の一部を負担し、飼料価格の上昇を抑制することでりんご和牛信州牛の生産への影響緩和を図ったとのことである。

また、東日本大震災後の枝肉価格低迷時は、消費が冷え込んだためマルイチ産商が牛枝肉の在庫を抱える状況になったものの、マルイチ産商が可能な限り枝肉を買い上げたほか、飯沼牧場を含め一部の生産者は、通常は出荷していない大阪市場に出荷するなど、自助努力で対処していた。

さらに、近年のもと畜高の状況下では(調査時点のもと畜の相場では70〜80万円程度)、もと畜を外部導入した場合、生産コストがかさみ不採算となるため、飯沼牧場では3年ほど前から妊娠牛を導入し、徐々に繁殖・肥育一貫経営に移行することで、もと畜費の低減を図っている。

(4)生産部会を支える販売部会の取り組み

販売部会長を務めるマルイチ産商は、もと畜費の負担軽減を図るため、かつてはもと畜費を負担していた。現在では、一部の預託を除き、動産担保融資(以下「ABL」という)による資金調達に切り替えており、ABLの導入に当たっては、マルイチ産商が日本政策金融公庫長野支店農林水産事業と「信州牛振興ABLに関する協定」を締結し、融資を受けやすい環境を整備している。このように、資金面からの環境整備などにより生産者支援が行われている。

(ウ)流通・販売について

出荷されたりんご和牛信州牛は、大信畜産により販売先の要望に応じた加工が行われている。

販売はマルイチ産商が行っており、まとまった数量を卸すことのできる大手量販店や外食店、小売店などに販売を行っている。

大手量販店は、納入時の価格やスペックに関する要望が多いとのことであるが、最需要期(12月)は販売先からの細かい加工のオーダーに対応できないため納品を断るなど、販売先と対等な取り引きを行っている。

このように、買いたたかれることなく、対等な取り引きが出来ているのは、ある程度の供給量を継続的に納品している信頼や地域ブランドとしての強みが生かされているとのことであった。

(エ)今後の課題・展望など

(1)地域ブランド牛の商品競争力の向上

協議会では、ブランドとしての認知度を上げるため、展示会など商談イベントに参加し、プロモーションを行っている。

また、長野県独自の取り組みである「信州あんしん農産物」にりんご和牛信州牛の生産者全員が加盟し、認定農場となっている。この「信州あんしん農産物」の認定農場で生育され、かつオレイン酸含有量の高い牛肉は「信州プレミアム牛肉」としても認定されるため、地域ブランド牛の商品競争力の向上に寄与しているものと思われる。

(2)生産体制の強化(増頭対策等)

近年、生産者の減少などにより、出荷頭数の維持は難しい状況にある。しかしながら、取引先が要望する出荷量に応え地域ブランドの信頼を維持するため、JA佐久浅間の出資により設立した株式会社グリーンフィールドに対しマルイチ産商から生産部会への加入を依頼するなどの工夫を行いながら出荷頭数を維持している。

このように、定時定量納品体制を構築し維持することにより、販売先と良好な信頼関係を築きながら、販売につなげている。

ウ りんご和牛信州牛の取り組みの特徴

生産者主導で飼料工場を設立し、販売面が弱いとなれば流通・販売先を開拓するなど、多数のステークホルダーを巻き込みながら、信州牛生産販売協議会を設立し、生産・加工・流通に係る一貫体制を構築した点が特徴である。

同協議会では、年に2回、生産部会と販売部会が一堂に会し意見交換会や勉強会を開催している。また、長野県や中野市といった行政等とも連携・協力し、地域ブランド牛としてりんご和牛信州牛の確立と、さらなる発展につなげている(図7)。

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(2)はこだて和牛の取り組み事例〜農協が支える地域ブランド〜

ア きっかけ・取り組みの経緯

はこだて和牛が生産される北海道の最南端、渡島半島に位置するない町で褐毛和種が飼養されるようになったのは、昭和30年ごろのことである。

その後、褐毛和種の肥育は、水稲との複合部門として本格的に生産振興が開始され、平成2年に、道南肉牛振興協議会が設立された。当時、木古内町で肥育された褐毛和種は、「松前牛」というブランド名で販売されていたが、3年にブランド名を一般公募し、その結果、「はこだて和牛」という名称に決定された(表3)。

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イ 地域ブランド牛推進に関する関係者の取り組み

(ア)ブランド推進主体の概要

はこだて和牛のブランドの推進は、生産者で組織する協議会やJAなど複数の組織が行っている。

図8の通り、木古内町の繁殖・肥育および一貫経営を行う生産者で組織されているあか牛振興協議会がある。あか牛振興協議会は、生産者同士が意見交換できる交流会の開催などの活動を行っている。約40戸の生産者が参加し、その内訳は繁殖経営が36戸、肥育経営が2戸、繁殖・肥育一貫経営が2戸となっている。

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このあか牛振興協議会とJA新はこだてで組織するJA新はこだてあか牛生産振興会(以下「振興会」という)が平成22年に設立されており、この振興会の役割は後述する。

本調査においては、あか牛振興協議会の会長を務める岡山牧場およびJA新はこだてから聞き取りを行った。

(イ)生産について

(1)肉用牛の出荷について

先述の通り、肉用牛肥育経営は4戸存在するが、いずれも飼養品種は褐毛和種であり、全頭はこだて和牛として出荷されている。平成28年(1〜12月)の出荷頭数実績は、233頭となっており、うち去勢が143頭、未経産牛が90頭となっている。

このうち、岡山牧場は、繁殖・肥育一貫経営(一部外部導入)を行っており、年間の肥育牛出荷頭数は59頭(平成29年度実績)であり、そのうち9頭を自家産の子牛で賄っている(写真3)。

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(2)特色ある飼料の調達および生産コストと収益について

はこだて和牛の生産に当たっては、統一された飼養管理マニュアルがあり、飼料の給与基準も規定されている。これにのっとり肥育用の配合飼料、飼料用米が給与され、配合飼料の20%に当たる重量のビール粕を混用し、給与している。食品製造副産物であるビール粕を配合飼料に混用することで食い込みを良くし、嗜好性を高める効果がある(写真4)。

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飼料用米の給与は平成28年から開始し、現在は配合飼料の6〜10%を飼料用米に置き換えて、さらなる飼料費の削減に取り組んでいる(写真5)。

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岡山牧場の飼料の購入価格から考えると、配合飼料の一部を飼料用米で置き換えることにより、配合飼料給与のみの場合と比較して、配合飼料費が1トン当たり2500円程度低減されていることになる。褐毛和種の飼料給与基準では、肥育期間を通じて給与する配合飼料は約4トン(去勢の場合)であることから、飼料用米への置き換えは、1頭当たり約1万円のコスト低減につながっている。

なお、生産者は配合飼料や飼料用米は全てJA新はこだてから購入している。

(3)もと畜の供給について

地域の繁殖農家の戸数は、高齢化などにより減少傾向であることに加え、そのほとんどが飼養頭数5頭以下の小規模経営であるため、毎月もと畜の出荷があるのは10戸程度とのことである。このため、もと畜の確保が課題となっており、この対応のため振興会を中心とし、地域内一貫体制に取り組んでいる。

管内の繁殖農家が育成した肥育もと牛は、家畜市場を経由せず相対取引により、肥育農家に販売される。この際の取引価格は、振興会の役員会で、子牛の再生産ができ、かつ肥育でも利益が出せることを条件として決定されている。

また、地域内で調達しきれなかったもと畜は年間30頭ほどを熊本県から導入している。あらかじめ決めておいた各戸の導入頭数、予算に基づき、JA新はこだてが一括して年2〜3回の頻度で熊本県へ繁殖雌牛と併せてもと畜を買い付けしており、この共同購入により輸送費を低減している(一回の輸送費は45万円程度)。

(ウ)流通・販売について

(1)取引価格の決定方法

はこだて和牛の取引価格は、年に2回、JA新はこだて、ホクレンおよびホクレンショップ担当者の協議により、枝肉の規格ごとに決定されている。この協議には生産者も同席することにより価格決定を任せきりにせず、生産者とJA新はこだての定時定量出荷の取り決めにより、生産者側の意見をある程度取引価格に反映することができている(図9)。以前は、2等級は1キログラム当たり1100円程度で販売していたが、取引価格に関する協議を行うようになってからは、平成25年以降の枝肉相場上昇もあるが、同1700円の高値で販売できるようになった。

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また、取引価格の決定後は半年間、同一の価格で取り引きがなされるため、生産者の経営の安定につながっている。

このように、飼養基準統一や年間出荷頭数の取り決めを行い、地域ブランドを確立することで、付加価値のついた価格で取引されている。

(2)販売について

販売は、全量をJA新はこだてと相対取引しており、生産されたはこだて和牛の9割以上がホクレンショップで販売され、一部、地元の焼肉店や食肉加工・販売店にも卸されている。以前は、飲食店やホテルへの販売も行っていたが、需要部位に偏りが生じるなどの問題があることから、現在の販売先は一頭買いに対応できるところに限っている。なお、褐毛和種の特徴として、黒毛和牛のターゲットとは異なるため4等級以上のものが求められず、販売先からはA3等級を増やして欲しいとの要望がある。

(エ)今後の課題・展望など

はこだて和牛ブランドの推進は、図8に示した振興会のほか、北海道あか牛振興協議会や、一般社団法人全日本あか毛和牛協会といった関係団体の後押しがある。例えば、北海道あか牛振興協議会は、北海道内で褐毛和種を生産する産地を結ぶ会報の記事や枝肉共励会の開催などを行っており、全日本あか毛和牛協会は、市場における褐毛和種の価値を高めるため、函館空港およびJR函館駅におけるはこだて和牛のPR看板の設置費用などを助成している(写真6)。

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また、平成28年に開通した北海道新幹線は、木古内駅にも停車し観光客の増加が見込まれ、はこだて和牛の認知度は徐々に高まりつつあると思われる。

供給量を増やしていきたいところではあるが、年間出荷頭数は現在の維持で精一杯の状況であり、北海道外への出荷は困難なため、プロモーション活動は道内を中心としている。

こうした状況の中、地域のもと畜の供給量を増加することが今後の大きな課題である。

ウ はこだて和牛の取り組みの特徴

はこだて和牛は、脂肪が少なく赤身が多い肉質の褐毛和種である。国内で飼養される肉用種のうち、黒毛和種が97%を占め、褐毛和種はわずか1%となっており、希少な品種であると同時に、近年、赤身肉を購入する消費者が増えていることから、今後もある程度の需要が見込まれるであろう。

生産量の維持または増加を目指すためには、もと畜確保が課題であるが、これに対し振興会が主導し、もと畜価格の決定や再生産価格を加味した肥育牛の価格決定、不足するもと畜分の共同購入など、地域独自の一貫流通体制を構築している。

また、ブランドを維持・発展させるため、地域ブランド発足当初から飼養管理マニュアルを定め、飼養や飼料基準を統一し、一定の品質を維持するための生産体制を整備し、地域で一体となり、地域ブランド牛の推進に取り組んでいる。

(3)甲州ワインビーフの取り組み事例 〜地域密着型の販売戦略〜

ア きっかけ・取り組みの経緯

有限会社小林牧場(以下「小林牧場」という)の現代表取締役である小林英輝氏の父である現会長の小林輝男氏が、平成3年ごろ、交雑種の一貫経営を行う中で飼料コストの削減を目的に、山梨県の名産品であるワインの製造過程で発生するワインの搾り粕を牛に給与することを発案した。

同年、甲州ワインビーフ生産普及組合を立ち上げ「甲州ワインビーフ」として商標登録し販売を始めた(表4)。

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12年ごろから、食品の安全性に関する意識が高まるとともに、食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律が制定されたことなどから、いち早くワイン粕を、食品製造副産物として位置付け循環型農業として取り入れていた本取り組みは、各種メディアから取り上げられることとなり、結果的に、地元のワイン粕を使用したことがコスト削減だけでなく地域ブランド力の向上につながった。

イ 地域ブランド牛推進に関する関係者の取り組み 

(ア)ブランド推進主体および生産について

平成3年に、「甲州ワインビーフ」の推進主体となっている小林牧場が中心となり甲州ワインビーフ生産普及組合を立ち上げた時点では、生産者は7者であったが、廃業などにより、現在の甲州ワインビーフの生産部会員は2者となっている。現在の全体での年間出荷頭数は900頭弱となっており、このうち小林牧場は年間700頭を出荷している。

甲州ワインビーフ生産普及組合の構成員は、生産部会の2戸の生産者に加え、株式会社山梨県食肉流通センター(以下「山梨県食肉流通センター」という)、流通分野として山梨県内の有限会社きょう(以下「美郷」という)と県外の卸売業者となっており、組合長は小林英輝氏が務めている。

組合の会費は、生産者から1頭当たり500円を徴収し、宣伝などに利用されている。

(イ)特色ある飼料について

ワイン粕の給与については、導入時に山梨大学に研究してもらうことで無害かどうかや給与量を決定した(写真7)。

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ワイン粕を飼料に使うことで配合飼料のみを給与していた時よりコストが3割ほど低減した。これにより、飼料コストが高騰した平成20年時もその影響は少なかった。

小林牧場では、ワイン粕の他におからや飼料用米の給与を行っており、いずれもコスト低減につながっている。

)流通・販売について

(1)直売所の出店

平成14年、小林氏は直売所を併設した加工・卸売業を営む別法人である美郷を立ち上げた。これにより、別会社ではあるが、実質的な6次産業化を果たし、市場価格に左右されることなく、一定量を販売できることとなった。実際には、美郷の枝肉仕入は山梨食肉流通センターを通したセリと相対取引の割合を調整しているが、他の卸売業者にとって不公平とならないよう、小林牧場が市場出荷した年間700頭のワインビーフのうち、約半数は他の卸売業者が購入し、残りの半数は美郷が購入している(図10)。

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(2)美郷の経営について

美郷は現在3店舗があるが、1店舗目は小林牧場のある甲斐市に、2店舗目は隣の甲府市に、3店舗目は南アルプス市と3市町村にまたがって出店している。現在では、この3店舗で年間の売上総額は約4億円となっている。この出店計画に当たっては、商圏3点攻略法(注)を基に出店され、小林氏の経営の工夫がみられる。

注:3点攻略法とは、地域の最大需要地の周辺から攻略するエリア戦略のこと。

美郷の開設当初は6次産業化が一般的ではなかったが、BSE問題や食品をめぐるさまざまな事故の発生などにより、食の安全性に関する消費者の意識が高まっていた時期でもあり、1年目は初めてのことが多くなかなかうまくいかなかったものの、安全・安心をアピールし粘り強く経営を続けたことで徐々に地元で知名度が上がり、3年目に黒字に転じることができた。

小林氏によると、小さな店舗は認識してもらうのに時間がかかるため、最初は赤字でも継続して定着させることが重要であるとのことである(写真8)。

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美郷ではさまざまな部位の牛肉を販売しているが、部位ごとに需要が異なり余剰部位が出てしまうため、これを食品加工業者に業務委託し、カレー、シチューなどのレトルト加工品を製造し販売している(写真9)。

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このように地域ブランド牛を用いた加工品は、小売店での取り扱いやお取り寄せなどにより全国に流通することができ、美郷の店舗を直接訪れることのできない消費者に対してもじわじわと知名度をあげていくことができる取り組みの一つとなっている。

(3)ブランド推進に関する販売戦略

地域ブランド牛を消費者に知ってもらう活動として県内では、ラジオなどでの宣伝の他、美郷の各店舗では毎月イベントを開催している。イベント時には、特にスーパーや百貨店にないような希少な部位を販売することで、消費者が店舗に足を運ぶ機会を増やしている。

また、食育活動として、消費者や地元小学校の牧場見学を受け入れている。地産地消への取り組みと地元産品である甲州ワインビーフへ愛着を持って欲しいとの思いから、地元小学校の給食に採算度外視の価格で甲州ワインビーフを提供している。

さらに、美郷の各店舗が加盟している3市町村の商工会議所が主催する地域行事などの景品として甲州ワインビーフが提供されており、直売所のある3市町村および甲州市と国内交流事業を行っている東京都中野区の計5市区町村でふるさと納税の返礼品の指定を受けている(図11)。

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また、山梨県が大手コンビニエンスストアなどと地域活性化包括連携協定を結んでいることから、甲州ワインビーフの名称を用いた商品(コンビニのおにぎりや弁当など)が年に数回販売されており、県外への知名度がじわじわと向上している。なお、この大手コンビニエンスストアに対しては1回の納品で1.1トンの牛肉が必要である。

このように市区町村や大手の取引先と取引する上で、ある程度の生産量を確保できるということは重要である。

ウ 甲州ワインビーフの取り組みの特徴

本取り組みの特徴として、大きく3点が挙げられる。

1点目はターゲットが明確に絞り込まれている点である。メインターゲットを地元の消費者とすることで、黒毛和牛よりも手頃に購入ができる交雑種の生産に取り組んでおり、県内中心に流通させたいという考えから直売所機能を有する美郷を開設した。

2点目は、美郷がセリと相対取引の割合を調整することによって、生産者の販売価額の安定化に取り組んでいる点である。

3点目は、地域ブランド推進に係る戦略的な販売に取り組み続けている点である。例えば、余剰部位を活用したレトルト食品の製造販売により、全国販売を可能とし県外への知名度を向上させたり、大手コンビニエンスストアとのタイアップにより、おにぎりや弁当のパッケージに地域ブランド牛名が表示されることや、ふるさと納税返礼品として指定されていることも、多くの消費者に知ってもらうきっかけとなっている。

4 地域ブランド化のプロセスからみた取り組み事例の特徴

一般的な農林水産物・地域食品における地域ブランド化のプロセスを図12に示した。

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第一のプロセスは、地域ブランドのコンセプトの明確化である。今回の調査先は特色ある飼料を給与した地域ブランド牛を選定しているが、このように飼料に特徴を持たせることは、ブランドコンセプトの一つになりうるものと考えられる。

第二のプロセスは、品質管理基準および生産体制の整備やマーケティングによる販売対応、名称の管理である。産地の中の何戸程度の生産者が参画するか、その生産規模はどうかというような点から生産量は決定される。また、その生産量や流通・販売経路などを踏まえたマーケティングにより、ターゲットを絞り込む必要がある。

例えば、県外に展開するか、県内でシェアを伸ばすか、さらに県内であれば地元の消費者向けなのか、観光客を対象とするのかというようなさまざまな観点からの検討が必要であろう。

第三のプロセスは、地域ブランドの確立と継続・発展の段階である。ブランドの管理においての品質保持や関連商品の開発、販売先の要望などをフィードバックし、より向上させていく。

本調査先は、上記の各プロセスにおいて課題にぶつかったり、対応するために工夫したりしながら地域ブランド化の推進に取り組んでいた。これらのプロセスを踏まえ、各調査先別の取り組みの特徴を見てみる。

(1)地域ブランド牛のコンセプトとブランド名

本調査事例のブランド名を見てみると、ブランド名に、産地および特色ある飼料を入れていたりんご和牛信州牛および甲州ワインビーフは、それぞれの地域で名産品とされるりんごおよびワインの有用資源を飼料に用いており、どのような地域で生産され、飼料が差別化された牛肉であることを消費者がイメージしやすい商品となっている。

はこだて和牛は、ブランド名で産地は分かるものの差別化のポイントである褐毛和種であるという点や特色ある飼料が給与されていることは消費者に伝わりづらいため、販売時には地域ブランド牛のコンセプトを消費者に分かりやすく説明する必要があると思われる。

(2)地域ブランド牛の生産・流通体制の構築

地域ブランド牛を展開するに当たり、生産面では生産量の確保や品質保持、流通面では取引先の選定や流通・販売ルートといった流通チャネルの構築が重要となり販売へとつながる。

しかしながら生産者一者だけの取り組みで生産・流通・販売の取り組みを同時並行的に推進することは難しいため、複数の生産者が集まり生産量を確保し、流通・販売に関しては協議会や農協といった団体が推進することは効率的であると言える。

りんご和牛信州牛の事例では、生産部会と販売部会からなる信州牛生産販売協議会が推進主体となっており、長年にわたる取り組みの中で生産・流通から販売までのバリューチェーンが構築されていた。

はこだて和牛の事例では、生産量保持のため、生産部会とJA新はこだてが協力し、もと畜の確保や価格設定を行う取り組みが見られた。

甲州ワインビーフの事例では、別法人にした販売網を保有することにより価格を安定化させるとともに、流通に係る複雑な取引工程を省略した直接流通チャネルとしている。また、販売量の調節が可能であるため、大手コンビニエンスストアなどからスポット的に多量の納品の要求があっても対応できる体制がとられている。

このようにそれぞれの事例において、地域ブランド化のプロセスの中で、生産・流通におけるさまざまな事項を検討し工夫することにより地域ブランド牛の取り組みが推進されている(表5)。

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(3)地域ブランド牛の今後

地域ブランド牛の確立が成功すると、価格の優位性、高いロイヤリティ、ブランド拡張力を獲得できるだけでなく、その地域の文化や風土の価値を再認識し、多くの人に広める相乗効果がある。

今回の調査によれば、各地域ブランド牛も販売価格の安定化や、プレミアがついた価格になっており、これにより生産者の経営の安定が図られている。

しかしながら、地域ブランド牛の市場は成熟しつつあり、似通ったポイントで戦うことは難しくなってきている。このため、近年では目に見えない「おいしさ」について、オレイン酸含有量を測定することで「見える化」するといったような次のステップへ進もうという事例もみられる。

地域ブランド牛の取り組み推進のためには、生産段階での牛肉の差別化はもちろんのこと、さらに一歩踏み込み、消費者目線のプロモーション展開が今後の大きなテーマとなっていくと思われる。

本稿が、今後地域ブランド牛に取り組もうと検討されている方や、他との差別化をさらに図りたいと考えられている方の参考となれば幸いである。

参考資料

1:農林水産省「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針― 地域の知恵の結集による畜産再興プラン―『人・牛・飼料の視点での基盤強化』」平成27年3月

2:株式会社日本政策金融公庫「平成29年度上半期消費者動向調査:牛肉の消費動向」平成29年9月26日リリース

3:農林水産省知的財産戦略チーム「農林水産物・地域食品の地域ブランドの現状と課題」(平成19年11月)

  <https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/topics_170926a.pdf>

4:畜産コンサルタント 2017年10月号「食肉のブランド化に「おいしさ」を活用するための基本的な考え方」

5:一般社団法人日本あか牛登録協会「去勢肥育牛の飼料給与基準」

  <http://www.akaushi.or.jp/kairyou_seika/kyoseihiikugyu_siryokizyun.htm>


				

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