調査・報告   畜産の情報 2018年9月号


特徴ある家畜市場と市場近隣の繁殖経営の事例について
〜最近の肉用子牛価格をめぐる情勢を交えて〜

畜産経営対策部 肉用子牛課



【要約】

 出荷頭数の減少などから上昇を続けてきた黒毛和種などの肉用子牛の取引価格は、全国的な出生頭数の増加や枝肉価格の低下の影響などもあり、弱含みに転じているものの、いまだ高水準で推移している。
 本稿では、当機構が公表している「肉用子牛取引情報」などから、近年の肉用子牛の飼養動向と取引価格を概観する。また、取引頭数が特に多い家畜市場、維持・増加している家畜市場近隣の繁殖経営の事例として北海道新ひだか町(北海道ホクレン南北海道家畜市場)、鹿児島県長島町(鹿児島県出水いずみ中央家畜市場)および沖縄県今帰仁村(沖縄県今帰仁家畜市場)の生産者の意欲的な取り組みを紹介する。

1 はじめに

黒毛和種などの肉用子牛の取引価格は、出荷頭数の減少などから平成22年度以降、上昇を続けてきた。最近は、全国的な出生頭数の増加や枝肉価格の低下の影響などもあり、弱含みに転じているものの、いまだ高水準である。

農林水産省が平成30年7月3日に公表した「畜産統計」によると、近年、減少傾向で推移していた肉用種子取り用めす牛の飼養頭数は、28年から3年連続で、前年を上回って推移している。

本稿では、「畜産統計」および当機構が公表している「肉用子牛取引情報」から、近年の肉用子牛の飼養動向と取引価格を概観する。また、取引頭数が特に多い家畜市場、維持・増加している家畜市場における取引動向に加えて市場近隣の繁殖経営および一貫経営の生産者の取り組み事例を紹介する。

2 最近の繁殖農家の動向

畜産統計によると、肉用種子取り用めす牛の飼養頭数(各年2月現在)は、平成28年に6年ぶりに増加し、30年は、61万400頭(前年比2.2%増)と3年連続の増加となった。

また、分娩が可能な2歳以上の肉用種子取り用めす牛の飼養頭数においても、22年の58万8400頭をピークに減少が続いていたが、28年には増加に転じ、30年においては51万7200頭(同1.2%増)と3年連続の増加となった(図1)。

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繁殖雌牛の飼養頭数が大きく減少してきた背景には、高齢化などにより繁殖農家の離農が進み、繁殖基盤が縮小してきたことに加え、22年4月の口蹄疫発生、23年3月の東日本大震災および同年8月の大規模畜産業者の経営破綻などがある。しかし、その後の子牛価格の上昇や繁殖雌牛の増頭対策など各種補助事業の実施の効果により、繁殖雌牛の保留・導入が促進されたため、28年以降増加に転じたと考えられる。

なお、肉用種子取り用めす牛の飼養戸数は、15年以降、減少傾向が継続しており、30年は前年比2.8%減の4万1800戸となった(図2)。

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飼養規模別に見ると、全体の約6割を占める「1〜9頭」の小規模経営は、同7.6%減の2万6600戸となった。

その一方で、「10〜49頭」では、22年以降減少傾向であったが、27年以降、増加に転じており、30年には、同6.1%増の1万3120戸となった。

「50頭以上」では、26年に同17.5%増の1911戸となった後、減少していたが、29年に再び増加に転じ、30年には同13.1%増の2110戸となった。

特に「50頭以上」の戸数増加が、繁殖雌牛の増加の動きをけん引している。

3 肉用子牛取引データによる動向分析

(1)全国の動向

当機構では、市場で取引されている肉用子牛の取引データを集計し、ホームページなどで「肉用子牛取引情報」(以下「取引情報」という)として公表している。

なお、取引情報で集計対象としているのは、市場で取引されたもののうち、体重100キログラム以上340キログラム以下、日齢100日以上399日以下の肉用子牛である。

黒毛和種子牛の取引頭数(雌雄合計、以下同じ)は、子取り用めす牛の飼養頭数の減少や繁殖農家の高齢化、口蹄疫発生や、東日本大震災などもきっかけとなり、減少傾向で推移した。平成28年度には取引情報の収集を開始した2年度以降最少となる30万9802頭となった。しかし、平成28年以降、肉用種子取り用めす牛の飼養頭数が増加したことを受けて、平成29年度の取引頭数は前年度比0.5%増の31万1418頭と増加に転じた(図3)。

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また、黒毛和種子牛の取引価格(1頭当たり、雌雄平均、以下同じ)は、取引頭数の減少と枝肉価格の上昇の影響を受け、22年度以降上昇し続けて、28年度には同18.5%高の81万5461円と、取引情報の収集を開始した2年度以降、最も高い価格となった。29年度は8年ぶりに前年度を下回り、同5.8%安の76万8517円となったものの、いまだ高水準となっている。

枝肉価格については、東京食肉市場における和牛去勢A−4の推移を見ると、23年度を底に上昇を続けており、28年度は1キログラム当たり2587円と、13年以降で最も高い価格となった。29年度は同5.4%安の1キログラム当たり2447円となったものの、いまだ高水準にある(図4)。

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29年度における黒毛和種以外の肉用子牛の取引価格は、乳用種(ホルスタイン種)が同11%高の23万3093円、交雑種(肉専用種と乳用種を交配した品種をいう)が同4.6%安の39万801円となるなど、乳用種は前年度を上回り、交雑種は前年度を下回った。29年度におけるホルスタイン種(乳用種)の市場取引頭数のうち58.2%を占める北見集散地家畜市場への聞き取りによれば「頭数不足により取引価格は上昇していると考えられ、雌雄判別精液の利用拡大も乳用種の雄の取引頭数の減少の一つの要因であると考えられる」とのことであった。交雑種においては対照的な動きとなった。

(2)特徴ある家畜市場の動向

ア 北海道ホクレン南北海道家畜市場

同市場における平成29年度の黒毛和種子牛の取引頭数は、北海道ホクレン十勝地区家畜市場、鹿児島県曽於中央家畜市場に次ぐ全国3位であり、取引頭数の特に多い家畜市場である。取引頭数は、前年度比2.1%減の1万3071頭と25年度以降減少傾向で推移している(図5)。

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取引状況について、29年10月に同市場に聞き取りしたところ、「後継者がいる生産者は、子牛価格の上昇に伴い自家保留を増やし、繁殖雌牛を増頭している事例がある。これに伴い、生産基盤が強化されている。また、後継者がいない生産者が高齢化や子牛価格の低下を受けて離農した場合であっても、居抜き(牛舎や牛は残したまま)で法人の生産者が参入する事例がある。このため、最近は生産者の離農による市場への上場頭数に及ぼす影響は少なくなりつつある」とのことであった。また、購買者については、「種雄牛や素牛導入価格のほかに、農家自身が過去の生産者のデータを独自に分析した結果を参考にして、購買している」とのことであった。

イ 鹿児島県出水中央家畜市場

平成29年度の黒毛和種子牛の取引頭数は、前年度比0.7%減の2085頭であった(図6)。全国的に取引頭数が減少する家畜市場が多い中、26年度以降、取引頭数は、2000頭を上回る水準を維持している。

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取引状況について、29年12月に同市場に聞き取りしたところ、「ここ数年出荷頭数の減少に歯止めがかかっている状況。鹿児島いずみ農業協同組合(以下「JA鹿児島いずみ」という)管内の繁殖雌牛は増加傾向にあるが、一貫経営に移行する生産者も増加したので、市場に上場される子牛は当面横ばいで推移するのではないか」とのことであった。

同市場では、セリの開始前に子牛品評会(注1)を開催し、優良な雌子牛を後継牛候補として選定し、地域に残す取り組みが行われており、繁殖基盤の維持に努めている。

同市場のある出水市やその近隣地域は、もともと肥育経営が盛んであり、一貫経営への取り組みが鹿児島県内でも早かった地域でもある。現在のように子牛価格が高水準になってから一貫経営に取り組んだ生産者より、繁殖育成技術が磨かれており、安定した経営を行っている。また、出水市の隣の長島町も繁殖経営が盛んな地域であるが、若い後継者を中心に牛舎の増築など規模拡大に意欲をみせている。繁殖雌牛が維持・増頭できたのは、増頭奨励金注2や牛舎建築への助成金注3によるところが大きく、これらの取り組みの成果が出ていると考えられる。JA鹿児島いずみでは、繁殖雌牛の飼養頭数が400頭規模の繁殖実験センターを運営している。生産された子牛は同市場に出荷しており、同市場の上場頭数を維持する役割も担っている。

また、同センターは、牛歩計や哺乳ロボットなどの新技術の実証展示を実施するほか、高齢化で廃業が進む地域の生産基盤の維持を支援するため、JA鹿児島いずみの職員に繁殖・育成の管理技術を習得させ、地域に配置する役割を担っている。なお、購買者は、地元の肥育生産者が多い。

注1:子牛品評会で選定された雌子牛を地元生産者が購入した場合、購入した生産者に奨励金が交付される。

 2:機構が実施する肉用牛経営安定対策補完事業(中核的担い手育成増頭推進)。繁殖雌牛を増頭した場合、一頭につき8万円あるいは10万円の奨励金を交付する。

 3:鹿児島県経済農業協同組合連合会が実施する助成事業。

ウ 沖縄県今帰仁家畜市場

平成29年度の黒毛和種子牛の取引頭数は、前年度比5.9%増の2909頭と2年連続で前年度を上回っている(図7)。

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取引状況について、29年12月に同市場に聞き取りしたところ、「同市場へは、沖縄本島の北部と中部の生産者が出荷している(今帰仁家畜市場は北部に含まれる)。中部の生産者は南部の家畜市場にも出荷することができるので、中部の生産者の動向により取引頭数が変わるものの、平成28年の北部での繁殖雌牛の飼養頭数は、前年に比べて約350頭増加しており、出荷頭数は今後も増加するだろう」とのことであった。

また、繁殖経営が大半を占めている北部において、ここ数年でいくつかの改善が図られている。

一つ目が、血統の改善である。主に鹿児島県から雌子牛や妊娠牛を導入して改良を行った結果、今帰仁家畜市場に出荷される子牛の多くが鹿児島県で流通している子牛に近くなった。

二つ目が、繁殖雌牛の若返りである。市町村における繁殖雌牛導入への助成事業の実施などにより繁殖雌牛の更新が進み、これまで多く見られた10産目以上の子牛が、少なくなっている。市町村による助成事業では、繁殖雌牛導入費の2分の1まで(ただし、上限額あり)支援している例もあり、事業を利用し100万円程度の繁殖雌牛を導入しているケースもある。子牛の県外購買者の多くは九州から来ており、その購買者ニーズに合わせ、特に鹿児島県から導入することが多い。

三つ目が、30〜40代の生産者が増えたことによる生産者の若返りである。北部の和牛改良組合が開催する勉強会への若手生産者の参加が増えている。

さらに、北部の今帰仁和牛改良組合とやんばる和牛改良組合の幹部も若返っており、活気ある若手生産者による繁殖技術の試行錯誤の結果、市場に出荷される子牛の増体が良くなっている。

繁殖雌牛50頭以上の規模の生産者において、30〜40代の息子世代が経営を継いでいるケースもある。現在は子牛の取引価格が高値であることから、経営が見込めることも世代交代を後押ししていると考えられる。

4 各地の生産者の取り組み

本稿では、取引頭数が特に多い家畜市場である北海道ホクレン南北海道家畜市場の近隣の株式会社渡辺農場(以下「渡辺農場」という)、取引頭数を維持・増加している家畜市場である鹿児島県出水中央家畜市場の近隣の市尾徳氏および株式会社宮路ファーム(以下「宮路ファーム」という)、同じく取引頭数を維持・増加している家畜市場である沖縄県今帰仁家畜市場の近隣の農業生産法人有限会社平山畜産(以下「平山畜産」という)の意欲的な取り組みを紹介する。宮路ファームは一貫経営であり、ほかの3者については繁殖経営である。

概要については下表のとおりである。

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(1)渡辺農場:北海道日高郡新ひだか町(ホクレン南北海道家畜市場近隣)

ア 概要

渡辺農場は、軽種馬生産が盛んであったしずない農業協同組合管内にあり、特に衛生管理に意欲的に取り組んでいる。

現在の代表取締役である渡辺隆氏(61歳)の父親が、軽種馬用の牧草生産を主として経営を開始した。

隆氏は、昭和60年に父親の経営を継承し、複合的な経営を図ろうと考え、平成13年に、九州で200頭規模の牧場を見学した。また当時、今後は地域の軽種馬産業が縮小して、近隣の軽種馬用の牧草生産をやめた牧草地が余り、経営面積が拡大できると予想し、自身も10年掛けて、繁殖雌牛200頭を目指そうと考えた。当時、労働力は夫婦2名と従業員1名であったが、雇用する従業員を増やして夫妻や従業員が休暇を取れるようにすることで、余裕をもって、丁寧な飼養管理ができるようにしたいとも、同時に考えていた。当時牛海綿状脳症(BSE)が発生し、子牛価格が低下したことを機に経営拡大を図り、補助事業を利用し1頭当たり34〜50万円で妊娠牛30頭程度、子牛も35頭程度購入した。さらに、70ヘクタール程度であった自身の牧草地に加え、粗飼料作りのために軽種馬用の牧草生産をやめた牧草地100ヘクタールを借地した。

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その結果、平成21年にかけて肉用子牛の販売が主力となった。現在でも肉用子牛生産が主だが、牧草の生産も続けており、ペット(ウサギ)用の牧草として販売している。現在の渡辺農場の労働力は7人(内訳は渡辺氏夫妻と雇用5人である)。5人を雇用して、ローテーションを組んでおり、毎日必ず1人は夜勤に当たるようにしているが、少なくとも週に1日は各人が休むようにもしている。農閑期は1カ月当たり5日は休みにしており、有給休暇は年間10日ある。渡辺農場には繁殖雌牛が未経産牛を含め280頭、子牛が180頭飼養されており、子牛牛舎、育成牛牛舎のほかに牛舎が6棟あるが、独自に6グループに分けて飼養している。個体識別耳標のほかに自家番号を記入した札を首に付けており、さらに自家番号を色分け((1)分娩が近い牛(2)受胎し難い牛(3)妊娠牛(4)分娩が終わり種付けが必要な牛(5)未経産牛(6)体の弱い牛に分けている)して発情管理や飼養管理をしやすくしている。

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イ 経営の特徴

渡辺農場の経営は、丁寧な牛の観察、情報の収集、徹底した衛生管理が実施されている。

(ア)飼養管理

牛舎と放牧地の間の扉は基本的には1年中24時間開放されており、牛の移動は自由である。除糞と敷料の交換を毎日、朝と夕方に行う際、発情の兆候を見逃さないように観察している。

粗飼料(完全自給)と市販配合飼料(複数メーカーの飼料をブレンドしている)、発酵飼料(ビールかす)を給与しており、牧草は飽食状態にしている。

渡辺氏は新ひだか町静内和牛生産改良組合の組合長でもあり、同組合の会合で、飼養管理の情報交換を行い、平成15年には道内で初めて改良組合で飼養管理マニュアルを作成した。

(イ)繁殖技術

平成28年度の分娩間隔は385日である。全国和牛登録協会の認定和牛改良組合において、分娩間隔の部で地域(組合員25戸)として表彰されている。

初回種付け月齢は13カ月齢である。子牛の事故率は2%であるが、これは哺育・育成時の感染症に起因するもので、出生時の事故率は0%である。

(ウ)出荷実績

平成28年度は162頭(去勢103頭、雌59頭)出荷しており、出荷月齢は9〜10カ月齢である。渡辺農場で生産された子牛の平均取引価格は去勢で89万円、雌で74万円であった。ホクレン南北海道家畜市場の28年度の平均取引価格は雄が87万5000円で、雌が77万1000円であり、去勢は比較的高値での取引ではあるが、渡辺氏は1頭が高値で取引されなかったとしても、対コストで考えたときに利益が大きければいいと考えている。子牛には濃厚飼料はあまり与えていないので、子牛は体重350 キログラム未満で出荷しているが、たとえ取引価格が高くなくても、経費が抑えられていればよいと考えている。なお、1年間で50〜60頭は自家保留としている。

(エ)購買者に対する取り組み

渡辺氏は自ら購買者のもとに年1回出向いて、育種価など(注4)の評価や情報をフィードバックしてもらっている。

また、衛生管理をアピールする目的で、子牛の出荷時に独自の衛生証明書を作成し、購買者に配布している(写真2)。衛生証明書には、次の(1)から(4)の項目および「駆虫実施済み」「削蹄実施済み」が記入されている。それぞれの項目について、(1)抗菌性物質残留陰性は、獣医師が出荷前一定期間(抗菌性物質の種類により異なるが、長いものでは40日間)抗菌性物質を子牛に与えないことで確認しており、(2)注射針残留陰性は、子牛に獣医師が注射した際に注射針が折れていないことを確認している。(3)O157陰性および(4)サルモネラ陰性は、家畜保健衛生所での糞便検査で確認している。肥育農家にとって(3)や(4)は増体に影響するもので、肥育農家からは、衛生証明書によって安心して購入できるとの声もある。なお、渡辺農場では平成18年以降延べ約1800頭の子牛を生産しているが、O157に感染した子牛は0頭である(家畜保健衛生所で糞便検査をして陰性結果を得ている)。また、子牛の購買者に安全・安心を提供することが、他の生産者との差別化を図ることができるという考えの下、HACCP方式の飼養環境の整備、衛生管理(農場HACCP(注5))に取り組んでおり、育成牛舎は土足禁止としている(写真3)。

注4:育種価とは、親牛から子牛に伝える能力(遺伝的能力)の度合いを数値で示したもので、枝肉重量、ロース芯面積、バラの厚さ、皮下脂肪の厚さ、推定歩留、脂肪交雑の項目がある。

 5:農場HACCP(Hazard Analysis Critical Control Point)は、畜産農場における衛生管理を向上させるため、農場にHACCPの考え方を採り入れ、危害要因(微生物、化学物質、異物など)を防止するための管理ポイントを設定し、継続的に監視・記録を行うことにより、農場段階で危害要因をコントロールする手法である。

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(2)いち あつし氏:鹿児島県出水郡長島町(出水中央家畜市場近隣)

ア 概要

市尾徳氏は、大阪府で働いていたが、昭和54年に大阪からUターンして、鹿児島県長島町の両親の元で就農した。就農当時は両親を手伝いながら、養蚕とバレイショの栽培を行っていたが、58年に飼養頭数10頭程度の肉用牛繁殖経営を開始した。平成20年から肉用牛繁殖経営の専業となり現在に至る。特に事故率の低減に意欲的に取り組んでいる。

現在は夫婦で牛の飼養管理を行っており、飼養頭数規模は黒毛和種の繁殖雌牛55頭、子牛28頭である。

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イ 経営の特徴

(ア)飼養管理

市尾氏は、繁殖雌牛を10〜11産で更新している。繁殖雌牛のほとんどが自家保留で、以前は市場に出荷しても高く売れないような牛を自家保留していたが、現在は一番肥育成績が良い系統の雌を残すようにしている。

繁殖雌牛の分娩間隔は、平均368日と1年1産に近い成績を残している。子牛は、生後60日まで親子で飼養し、制限哺乳により朝・夕のみ哺乳を行い、90〜100日で離乳している。当初は、子牛が生まれてから親子を長い間一緒に飼養していたが、出荷当時の子牛が小さかったため、思うような価格で売れなかったことから制限哺乳を始めた。

現在では出荷する子牛も大きくなり、さらに、鹿児島県出水中央家畜市場に出荷した子牛の平均取引価格は、市場の平均価格を超えるようになっている。

(イ)子牛の事故率ゼロ

市尾氏が飼養管理で気を付けていることは、1ヘクタールの飼料畑で自家生産している青草(ソルガム、イタリアンライグラス)の給与である。地元の獣医師の指導により、青草を給与するようになってから、牛の病気の治りが早くなるだけでなく、病気になり難くなっている。

また、子牛の分娩時の事故防止に牛温恵(注6)を導入した結果、破水などの分娩の兆候が分かるようになり、分娩に立ち会うことができるようになったため、分娩時の事故は奇形の子牛を除けば0件となった。夜も一度見回りするだけになり、省力化につながっている。

注6:牛温恵は分娩監視・発情発見システムの一つで、親牛を温度センサーで監視し「分娩の約24時間前」「1次破水時」「発情の兆候」を検知しメールで知らせる機能がある。

ウ 今後の経営

市尾氏の現在の経営は、牛舎の大きさ、草地面積や夫婦2人で飼養管理することを考慮すると、ちょうど良い規模とのことである。このため、飼養頭数の増頭は考えておらず、現在の規模を維持していきたいとのことである。

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(3)宮路ファーム:鹿児島県出水郡長島町(出水中央家畜市場近隣)

ア 概要

株式会社宮路ファーム代表取締役の宮路義輝氏(63歳)は、昭和48年に就農した。就農当初は、両親が経営していた肥育牛100頭、繁殖雌牛5頭や温州ミカン、畑作を手伝っていたが、56年に現在地に移転し、牛舎などを建築し、肉用牛の一貫経営を本格的に開始した。特に事故率の低減に意欲的に取り組んでいる。

宮路ファームは平成21年に株式会社化し、現在は、役員、従業員を合わせて9名が飼養管理などを行っており、飼養頭数規模は黒毛和種の繁殖雌牛300頭、子牛153頭、肥育牛423頭となっている。

イ 経営の特徴

(ア)飼養管理

宮路ファームでは、繁殖雌牛は13産をめどに更新している。ただし、肥育成績で4等級以上とならなかった子牛を出産した繁殖雌牛は、13産よりも早く更新している。

後継牛は自家保留が主で、一部は鹿児島県出水中央家畜市場からも導入している。繁殖に仕向ける牛は、直近の肥育成績で枝肉重量が大きく、5等級が出ていることで、奇形などの事故率が少なく、気性が荒くないなどの飼いやすい牛を選別している。

繁殖雌牛の飼養管理では、分娩前の3カ月で栄養状態を良好にして痩せすぎないようにしている。その結果として大きい子牛が生まれるようになった。現在の平均分娩間隔は約390日で、365日(1年1産)より短い繁殖雌牛もいる。

(イ)経営の特徴

宮路ファームは、経営のポイントとして事故率の低減、低コスト化、労力の低減、疾病、発情、分娩などの状態の早期発見、作業の機械化を挙げている。その中でも特徴的なものとして、事故率の低減、低コスト化、労力の低減がある。

事故率の低減の取り組みとして前述した飼養管理のほかに、平成28年度に細霧装置を導入したところ、翌年度は風邪を引いた牛がいなくなった。その結果死産や奇形を除けば、事故率はゼロとなった。

一貫経営によりもと牛代を抑えることで低コスト化が図られた。そのため、昨今の子牛価格高騰の影響を受けずに経営は安定している。

また、哺乳ロボットを平成12年から導入し、現在2基が稼働していることで労力低減も図られている。宮路ファームでは生後3日で母牛を離し、哺乳ロボットによる哺乳を行い、哺乳に係る労力を低減している。

ウ 今後の経営

現在の課題は、従業員の確保である。募集をかけてもなかなか人が来てくれないのが悩みで、現在は従業員の意欲向上のために、枝肉成績で一定以上の成績が出た場合、特別ボーナスを支給している。公務員並みの年収、休暇などの待遇で労働力を確保しつつ、会社全体の業績に応じてボーナスを支給することでやる気を維持してもらいたいと考えている。

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(4)平山畜産:沖縄県国頭郡今帰仁村  (今帰仁家畜市場近隣)

ア 概要

平山畜産の取締役である平山良郎氏(50歳)は、平成16年に兄の良智氏(53歳)と共に現在地の沖縄県今帰仁村で繁殖雌牛130頭規模の肉用牛繁殖経営を開始した。

現在は、兄で社長の良智氏、良郎氏のほか従業員の3名(30代と20代の正規職員、50代のパート職員(1日4時間勤務))の5名が従事している。全員が繁殖管理を含む飼養管理および草地管理などを行っており、飼養頭数規模は黒毛和種の繁殖雌牛150頭、子牛110頭となっている。

特に生産率(1年間の繁殖雌牛の飼養頭数に対する1年間に生まれた子牛の頭数)の向上に意欲的に取り組んでいる。

イ 経営の特徴

平山畜産の経営の特徴は、子牛生産率の向上に直結する取り組みにある。

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(ア)飼養管理

平山畜産では、繁殖雌牛の早期更新やコスト低減に注意して飼養管理を行っている。以前は繁殖雌牛を160頭飼養していたこともあったが、子牛生産率が下がり、子牛の質も落ちてしまったため、現在の150頭規模に落ち着いたという。牛の観察に目を届かせるには、現在の規模が適正であるとしている。

また、平均分娩間隔は約380〜390日である。人工授精は、初回は通常13カ月齢、分娩後は35日目に実施している。人工授精から30日後の妊娠鑑定の際に、受胎していない場合は繁殖治療を実施している。なお、分娩後1カ月は親子一緒に飼養し、その後、制限哺乳を分娩後3カ月半まで行い、離乳させている。

コスト低減策として、雌牛の受胎後は、配合飼料を与えず、粗飼料のほかに配合飼料より低価格なビールかすやパインかすを給与している。

(イ)購買者ニーズの把握

平山畜産では、今帰仁家畜市場の主な購買者である南九州の肥育生産者の動向やニーズを経営のポイントにしている。

購買者との情報交換のほかにも、鹿児島県の肥育生産者の牧場へ視察に行き、肥育生産に関する動向やニーズの把握に努めている。鹿児島県の肥育生産者のニーズは、肥育後の増体や脂肪交雑であり、購買時には血統やその時点での増体率などを総合的に判断しているようである。そのため、繁殖雌牛は、鹿児島県本島や奄美群島などから導入するようにしており、自家保留はごく少数としている。

これらの交流の中で、肥育成績のほかに繁殖雌牛の父牛による特性や飼養管理方法の違いについても情報提供してもらい、妊娠後の飼料の給与方法を変えるなどしている。また、種雄牛の特性により粗飼料を通常の給与方法のほかに多く与えたり、少なめにしたり、計3パターンを使い分ける工夫も行っている。

ウ 今後の経営

今後は子牛生産率を現在の70%から、目標の80%に向上したいと考えている。

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5 おわりに

繁殖雌牛の飼養頭数は、このところ増加傾向で推移しているものの、繁殖基盤の強化はいまだ喫緊の課題である。

今回取り上げた生産者については、地域の条件や規模などに応じたそれぞれのスタイルで経営を営んでおり、牛群のグループ分けによる発情管理や飼養管理のコントロール、給餌飼料の工夫、細霧装置の導入による風邪の低減など、さまざまな意欲的な取り組みにより繁殖成績の向上や子牛の事故率低減などを通じて、高い生産性を確保している。

また、生産者が購買者のニーズを調査し、把握することは子牛の高値での販売に直結する、経営上、重要なポイントであり、これを行うことにより収益性を向上させていた。

今後は繁殖雌牛の増頭とともに、本稿で取り上げたような意欲的な取り組みが進められ、肉用子牛生産の増加につながることを期待したい。


				

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