話 題 畜産の情報 2018年9月号

己を知り、他者と比較して経営改善に役立てる
〜PigINFO参加のススメ〜

有限会社マルミファーム 代表取締役社長 稲吉 克仁


1 日本の養豚産業の現在

日本の養豚産業は飼養頭数・生産量がピークだった平成元年以後、農家戸数は減少の一途をたどり、平成28年にはピーク時の約1割にまで統計上減ってしまいました。しかし飼養頭数・生産量は各農家の規模が大きくなることで農家戸数の減少のスピードに比べて緩やかに減少している状況で、なんとか国産豚肉のシェア50%以上を保ってきました。一方で豚肉の国民一人当たりの消費量は上昇傾向にあります。これは養豚農家にとっては間違いなく追い風なのですが、飼料の高騰、後継者不足、環境問題などの理由で日本の養豚農家戸数の減少は歯止めが効かず、業界全体の生産量もじわじわと減少しています。そして平成29年は国産豚肉の自給率がついに50%を下回ってしまいました。そのようなの背景の下、それぞれの農家がこれまで以上に生産性を上げる努力をしなければならないのは明白です。私は国内の養豚農家はお互いが商売敵ではなく、輸入豚肉に対抗する国産豚肉を生産する仲間だと思っています。今後、日本国内の養豚農家は個々で努力して成績を上げるよりも、「己を知り、他も知り、他が成功した事例から学ぶ」切磋琢磨の精神で経営改善を図ることが日本の養豚農家の生き残りの手段であり、PigINFOはそのためのツールとして活用すべきシステムだと思います。

2 養豚業の概要

養豚という産業は母豚に子豚を産ませ、その子豚を精肉に向く大きさ、体重110〜120キログラム程度まで育てる産業です。母豚に種付けし、妊娠・分娩・授乳させる「繁殖部門」、生まれた子豚を出荷体重まで育てる「肥育部門」に大きく分けることができ、繁殖から肥育までの全てを行う事業形態は「一貫(生産)経営」と呼ばれ、現在の日本の養豚産業の主流となっています。また、繁殖部門のみの「繁殖経営」、肥育部門のみの「肥育経営」の事業体もあり、その規模もさまざまです。養豚場は一般的に繁殖母豚の飼養頭数で農場規模を表しますが、母豚頭数数十頭の農家的な経営体もあれば、1万頭を超える企業体経営もあります。

養豚業では繁殖から出荷に至るまでさまざまな項目が数値化することができます。そして、その数値が農場の成績となり、ひいては経営の良し悪しを判断し、改善点を探る材料ともなります。その数値は繁殖、肥育、販売、諸経費などから計算され、中には「0.1」数値が変わるだけで年間数百万円売上やコストが変わる指標もあります。

豚の成長要因には、豚の品種、性別、餌の摂取量、餌の質、飼育環境、豚の健康状態などさまざまあります。同じ品種を同じ餌で飼育しても農場によって発育は変わってきます。また、同じ農場でも季節や健康状態、環境コントロールで豚の発育は大きく変わります。そのような条件の下、いかに一年を通じて安定的に多くの豚肉を生産するかが良い経営のポイントとなります。

3 PigINFOとは

『PigINFOとは、養豚場の繁殖成績、肥育成績などの各種の生産成績を経時的に測定し、他農場の数値と比較し、経営の改善に役立てるシステムです。PigINFOは入力項目を農家が日常的に扱う数値に絞り、飼料費や枝肉価格など、農家の経営に関わるデータも解析が可能で、劣っている指標を改善した際の増収益なども推定が可能です。PigINFOの運営は、農研機構(注)・食農ビジネス推進センターが一般社団法人日本養豚開業獣医師協会(JASV)と共同で行っています。3カ月おきに農家が入力したデータを養豚開業獣医師がチェックし、農研機構・食農ビジネス推進センター内でデータの解析を行います。解析結果は開業獣医師を介して、冊子体およびウェブ上で返却され、獣医師から経営改善のために必要なアドバイスを受けることができます。』(以上、PigINFO ホームページより転載)

PigINFOには現在全国から170戸前後の養豚場が参加しています。また、その規模も母豚100頭以下から1万頭に手が届きそうな大規模農場までさまざまです。全国から集められたデータは全体もさることながら、母豚規模別、地域別に集計され、自身の経営と同列に比較ができ、自農場の成績がその中で何番目に位置するかが分かります(表1)。養豚業の成績を表す指標はいくつもありますが、同じ項目を見ても分析の仕方によってはその計算方法(式)や取る数値が違うこともあり、必ずしも同列に比べることができないこともあります。PigINFOという同じ土俵に上がることで同業他社と同じ条件下で比較することができるのです。

(注)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の通称



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4 PigINFOで何がわかるのか?

PigINFOではまず、己の強み、弱みが分かります。31に及ぶ項目が集計され、各項目において自農場の順位と、上位10%に入っていればAランク、10〜25%の間ならBランクなどとFランクまで6段階にランク付けされます。Aランクならば上位なので自農場の強み、ランクや順位が下がるほど弱点となります。そして、「優良な点」と「改善が必要な点」がそれぞれ3項目ずつ挙げられ、「感受性分析」(図1)として「改善が必要な点」がどれだけ改善されたら生産性と収益性が上がるかがひと目で分かるように答えを返してくれます(表2)。この分析を得た農場はより改善効率の良い項目から成績改善に着手し経営の改善を図ることができます。

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また、「成績ツリー」という帳票(図2)があります。これは農場の収益性の指標である「粗利益」に関連する項目が系統図になっていて、これもどの項目を改善すればどの項目に影響があるかを視覚的に見ることができます。

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他には各項目において上位・中央値・下位の平均値とともに自身の成績が時系列にグラフで示され、成績の浮き沈みが明確に分かるようになっています。

PigINFOで明確にされた弱点は養豚コンサルタント、獣医師や仲間の生産者に相談することで改善を図ることができ、経営の助けになります。PigINFOの最終的な活用目的は経営改善の一助となることです。

5 PigINFOには日本の養豚業界の縮図が見える

PigINFOでは年に1回、前年の成績や暦年の傾向の分析と主たる項目で成績優秀だった農場を表彰し、その事例発表をするセミナーがあります。近年では、高繁殖能力豚が欧米から導入され、その豚を活用し始めた農場はぐんぐん成績が伸びており、上位の農場では一昔前では考えられない目覚しい成績の改善が図られています。しかしその一方で下位の農場は平成26年に流行した豚流行性下痢症(PED)の影響を引きずっていたり、豚繁殖・呼吸器症候群(PRRS)など慢性疾病に長年悩まされており、なかなか成績が上がらず、成績の上位・下位で格差が年々広がっています。これは国内4600戸余の養豚場のうちの170戸ほどの集計ですが、養豚業界全体の縮図を現していると思えます。私はこのような場に成績を出す人はより意識が高く、向上心の強い生産者だと思っていますので、もしかしたら養豚業界全体の現実はもっと成績が悪いのが実情かもしれないと思うこともあります。

6 PigINFO参加のススメ

PigINFOに参加している農場は全国の養豚場のほんの一部です。私の周りにも参加していない農場は沢山あり参加を勧めるのですが、参加しない理由として、「数字を取って送るのが面倒」「成績が良くないので恥ずかしい」「成績が良くなってから出したい」「うちは成績が良いから大丈夫」という意見を多く聞きます。そもそも数字を取らないと経営の実態はつかめません。また、PigINFOは成績を良くするためのツールですから良くない人ほど参加すべきだと思います。成績が良いと言っている人も「井の中の蛙」ということもありえます。データの収集と分析、情報収集は良い経営をするにはとても重要な要素です。「他者との比較で己を知り、経営改善に役立てる」これを実践した生産者を何人も見てきました。その人たちは異口同音に「養豚が楽しくなってきた」、「従業員のモチベーションが上がって来た」とおっしゃっています。同業他社がライバル関係にあるような他業種ではこのようなベンチマーキングはなかなかないと思います。平成になってからの30年間で戸数が1割に減ってしまった産業であるからこそ危機感が生まれ、このシステムができたのだと思います。豚肉の国産自給率を守るためにはこれ以上生産性を下げるわけにはいかないのが実情です。全ての農家が規模拡大することは難しいとは思いますが、全ての農家が成績を改善することは可能だと思います。そのためにはより多くの農場がPigINFOに参加し、経営改善事例から学び、経営改善を図ることが必要だと考えます。

(プロフィール)

平成8年麻布大学獣医学科を卒業。グローバルビッグファーム(株)で養豚コンサルタントとして従事後、実家の養豚場(有)マルミファームの跡を継ぐ。平成23年に代表取締役社長に就任。



				

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