調査レポート 

急速に拡大する中国の酪農業、 乳製品市場

企画情報部 塚田幸雄

地域的な片寄りが大きい生乳生産

 養豚、 養鶏を中心とする中国の畜産部門の中では、 酪農・乳業は、 これまであ まり注目される分野ではなかった。 しかしながら、 主に (1) 東北地方や華北地 方、 また (2) 遊牧民の多い辺境地域に所在する省・自治区などでは、 伝統的に 牛乳・ 乳製品が生産、 消費されており、 これらの地域では、 自家消費用の生産を含めて、 酪農が畜産の重要な一部門となっている。  そうした状況の下でも、 近年、 改革・開放に伴う経済成長が進んだ沿海部や大 都市を中心に、 急速に牛乳・乳製品に対する需要が高まっている。 このため、 昨 今では、 酪農・乳業の発展や乳製品の輸入の動向に対する関心が、 関係者の間で 次第に高まってきている。  中国の酪農・乳業の現況を理解するに当たって、 先ず、 上位10省・市別の生乳 生産量についてみると、 次のとおりとなっている。 <省・市別の生乳生産量> 生乳生産量(単位:万トン) 乳牛飼養頭数(単位:万頭) ──────────────────────────────────── 上位10省・市  94年(前年比%)   93年   94年(前年比%)  93年 ──────────────────────────────────── 国竜江省  141.5(+ 5.5) 134.1    73.2(+ 9.3) 67.0 内蒙古  45.8(+ 8.5) 42.2 58.7(+ 9.3) 53.7 新彊省 40.8(+10.3) 37.0 67.1(+13.0) 59.4 河北省 28.6(+63.4) 17.5 43.8(+19.0) 36.8 四川省 28.2(- 0.4) 28.3 4.0(-14.9) 4.7 山西省 23.7(+19.1) 19.9 9.9(+ 7.6) 9.2 北京市 22.2(- 1.3) 22.5 5.6(- 3.4) 5.8 上海市 20.6(-15.2) 24.3 5.9(+20.4) 4.9 青海省 19.4(+ 2.6) 18.9 7.4(+ 5.7) 7.0 陜西省       17.4(+13.7) 15.3  7.5(+23.0) 6.1 ──────────────────────────────────── 10省・市合計   388.2(+ 7.8) 360.0 283.1(+11.2) 254.6 ──────────────────────────────────── 全国合計 528.8(+ 6.1) 498.6 384.3(+12.3) 342.1 ──────────────────────────────────── 全国合計 93年 498.6(- 0.9) 92年 503.1(+ 8.3) 91年 464.4(+11.7) 90年 415.7(+ 9.0) (注)資料:中国統計年鑑  地域別の生産量をみると、 東北地方の黒竜江省が第1位で、 この一省だけで全 体の約27%と、 圧倒的なシェアを占める構造となっている。 (なお、 他の東北2 省では、 遼寧省が11位、 吉林省が13位であり、 東北地方全体としては、 必ずしも 酪農が盛んであるわけでない。)  次に、 内蒙古、 新彊、 青海、 チベット、 雲南、 寧夏、 甘粛の主に辺境地域に所 在する省・自治区では、 その合計シェアが約27%となっており、 それらの省・自 治区は人口が希薄であることを勘案すれば、 これらの地域では酪農が重要な畜産 部門となっていることが窺える。  なお、 これらの省・自治区と東北3省の生産量を合計すると、 中国全体の6割 近くを占めることになる。

地域格差が大きい平均乳量

 次に、 乳牛一頭当たりの平均乳量をみると、 ここでも地域差が極めて大きいこ とが特徴となっている。 生乳生産量の統計に、 乳牛以外の 「牛乳」 が含まれてい る可能性があること、 また、 乳牛 (COW:統計年鑑上の英訳) の定義が必ずしも 明確でないので、 この統計からは、 単純に地域間の比較はできないが、 上位10省・ 市別の平均乳量を算出すると、 次のとおりとなっている。 <94年の省・市別平均乳量> ──────────────────────────────────── 上位10省・市   生乳生産量万トン(シェア%)   乳牛飼養頭数万頭(シェア%)    ──────────────────────────────────── 国竜江省 141.5( 26.8) 73.2( 19.0) 内蒙古 45.8( 8.7) 58.7( 15.3) 新彊省 40.8( 7.7) 67.1( 17.5) 河北省 28.6( 5.4) 43.8( 11.4) 四川省 28.2( 5.3) 4.0( 1.0) 山西省 23.7( 4.5) 9.9( 2.6) 北京市 22.2( 4.2) 5.6( 1.5) 上海市 20.6( 3.9) 5.9( 1.5) 青海省 19.4( 3.7) 7.4( 1.9) 陜西省   17.4( 3.3) 7.5( 2.0) ──────────────────────────────────── 10省・市合計 388.2( 73.4) 283.1( 73.7) ──────────────────────────────────── 全国合計         528.8(100.0) 384.3(100.0) ──────────────────────────────────── ────────────────────── 上位10省・市  一頭当たり平均乳量 Kg ────────────────────── 国竜江省 1,933 内蒙古 780 新彊省 608 河北省 653 四川省 7,050 山西省 2,394 北京市 3,964 上海市 3,492 青海省 2,622 陜西省   2,320 ────────────────────── 10省・市合計 1,371 ────────────────────── 全国合計  1,376 ────────────────────── (注)1 一頭当たり乳量は、生乳生産量を乳牛頭数で除して計算上得たもの。 2 資料:中国統計年鑑 3 なお、四川省の乳量が飛び抜けて高いが、現地の酪農実情が不明のため、 詳しい分析が出来ないので今後の課題としたい。

主要地域には生産が伸びる素地が

 前表をみると、 先ず、 近郊集約型の経営が多いとみられる大消費地の北京、 上 海では、 乳量だけを単純に比較してみると既に、 ニュージーランドやアイルラン ドに近い、 一頭当たり平均乳量を達成していることが知られる。 しかしながら、 問題な点は、 この地域では、 (後の項目で詳しく検討するが、 ) 最近では、 酪農 の成長にかげりが出ているように思われる。  一方、 これに対して、 生乳生産が伸びている東北・華北地方の主要生産省や、 辺境省・自治区では、 平均乳量が世界の主要酪農国の水準に比べると、 依然とし て低水準である。 しかしながら、 見方を変えれば、 現在低水準であるということ は、 乳牛群の改良や飼養管理技術・飼料基盤の改善などによって、 一頭当たり乳 量を改善する余地が大きいことを示している。 なお、 これらの地域の大部分は、 冷涼で広大な土地であることから、 一般的には乳牛の飼育に適しているが、 乾燥 が進んでいる地域が多いので、 飼料基盤の改善が酪農発展の鍵を握っているとい えよう。  なお、 これらの地域では、 中央・地方政府が地域の産業振興対策の一環として、 既に、 (1) 水資源・草地の開発や、 (2) 乳牛の育種改良、 酪農・乳業プロジェク トの育成に、 積極的に取り組んであるケースが増えている。

需要が増加する大都会で生乳生産が減少

 次に、 生乳生産の動向についてみると、 主要生産地域の中では、 (1) 新彊省、 内蒙古で、 またその他の地域では、 (2) 陜西省や大消費地北京に近接する河北省 (60%を上回る伸び率)、 山西省で、 生産の伸び率が高くなっている。  一方、 これに対して、 経済成長に伴い需要が急増している北京 (約1100万人)、 上海 (約1400万人) の両大都会では、 皮肉なことに生産が減少 (特に上海が顕著 で−15%) している。 これは、 急激な都市拡大・工業開発に伴う経営環境の悪化 がもたらした、 近郊型酪農の後退の兆しではないかとして注目される。  なお、 上海では、 急増する飲用乳を満たすことを目的として、 大型の酪農場を 多数建設する動きが既に出ている。 しかしながら、 統計上では、 乳牛 (cow) が 20%も増加したのに、 生乳生産の方は逆に15%も減少しており、 この点では不可 解な傾向を示している。  これに対して、 北京から比較的近距離にある河北省や山西省では、 急速に生産 が伸びている。 このことは、 大都市の需要急増に刺激されて、 経営条件のよりよ い、 「遠」 近郊地域に生産がシフトしつつあることを窺わせる。

牛乳・乳製品の需要が急増する大都会

 牛乳・乳製品の需要動向については、 現在でも、 統計的な裏付けのある確度の 高い情報が得難い分野である。 このことから、 最近の牛乳・乳製品の販売事情を、 北京における現地探訪調査によりみることとしたい。 その一事例として、 街の中 心部に近い高級スーパーについてみると、 既に内外の牛乳・乳製品が、 各種、 常 設コーナーで販売されている。 <調査時点:96年2月(春節前)> ──────────────────────────────────── 品 目 タイプ   製 造 商品仕様 元(L,Kg換算) ──────────────────────────────────── 普通牛乳 UHT 国産(寧夏自治区) 1Lボトル 13.5 普通牛乳 低温殺菌 国産(北京の企業) 250mlテトラパック 3.2(12.8) 普通牛乳 UHT オーストラリア製 1L紙パック 15.5 普通牛乳 UHT ニュージランド製 1L紙パック 14.2 低脂肪牛乳 UHT ヘルギー製 500mlボトル 15.5( 31.0) 低脂肪牛乳 UHT 国産 500mlボトル 15.5( 31.0) バター ニュージーランド製 494gパック 30.0( 60.7) バター オーストラリア製 118gパック 7.6( 64.4) チーズ チェダー オーストラリア製 500gパック 71.1(142.2) チーズ スライス 産地不明 250gパック 46.4(185.6) マーガリン スプレッド 日本製 225gパック 29.0(128.9) ──────────────────────────────────── ─────── 円/L,Kg ─────── 176 166 202 185 403* 403* 789 837 1,849 2,413 1,676 ─────── (注)1 上記の他にも、多種多様なアイスクリーム、ヨーグルト類が販売されている (価格は品質や種類によって大きな差異がある)。 2 *:低脂肪牛乳が普通の倍の値段である点が、極めて奇異に思われる  また、 牛乳・乳製品を小売り販売する常設店舗が未発達であるため、 街頭での 出店的販売 (欧米風に表現すればインパルスショップ) もまた、 重要な小売り販 売チャンネルと考えられる。 実際に、 北京、 上海、 広州等の大都会においては、 夏には、 アイスクリームやヨーグルト類の街頭販売が、 ブームと思えるほどに普 及している様子がみられる。  さらに、 この2月の調査では、 厳寒期であるにもかかわらず、 繁華街の屋台で は風味付けヨーグルト (ハチミツ入り) が、 また、 軽食の出店では、 ホットミル クがメニュー化されている光景が見られた。 こうしたことは、 少なくともつい先 頃までは見られなかったものであり、 牛乳・乳製品の需要が、 一般市民の間でも 確実に伸びていることが窺える。

輸入増加と主産地への生産シフト

 中国の食生活の伝統的スタイルでは、 牛乳・乳製品の消費は、 東北・華北地方 や辺境地域で、 比重が高くなっていると考えられてきた。 しかし、 近年では、 ア イスクリームや風味付けヨーグルトなどの嗜好品的乳製品や、 女性の社会進出に 刺激された育児用粉乳などへの需要が、 経済発展が進んだ沿海部や都市部を中心 として、 全般的に伸びている。  アイスクリームについてみると、 日本貿易振興会調べによれば、 ある程度の規 模を備えた生産企業は、 全国で既に500社を超えており、 95年の全国の年間消費 量は100万トンを超える見込みであるとしている。 この消費見通しから単純に計 算すると、 国民一人当たり消費量が830gを超えることになり、 今や中国は、 米国 やわが国に次ぐ大消費国ということになる。 また、 現地チャイナ・デイリー紙も、 北京の年間アイスクリーム消費量が3年間で倍増したと報じており、 こうした消 費ブームを裏付けている。  こうしたことから、 当面は、 急増する需要を賄うために、 最終製品、 製品原料 ともに、 牛乳・乳製品の輸入が増加することになるとみられる。 入手可能な通関 統計では、 牛乳・乳製品や乳製品を含む菓子類の輸入状況が示されていないため、 詳細な動向は不明であるが、 わが国を含めて外国乳業企業の中国への関心は極め て高く、 現在、 貿易取引の拡大とともに、 中国各地への企業進出が急増している。 (参考:FAO統計)       <中国の牛乳・乳製品の輸入量の推移>                    (単位:千トン(四捨五入))           93年      92年      91年 ──────────────────────────────── 品 目 輸入  輸出  輸入  輸出  輸入  輸出 ──────────────────────────────── 生乳・生クリーム 16 27 15 25 9 22 ホエー類 26 − 28 − 24 − 粉乳類 103 5 98 3 107 1 練乳類 3 1 3 1 5 − バター 12 − 11 − 13 − チーズ・カード 4 − 4 − 2 − ──────────────────────────────── 合 計 165 33 159 28 160 23 ──────────────────────────────── (注)1 資料:FAO「Year BooK, Trade 93」。「−」は、数値が僅少又はゼロ であることを示す。 2 直近年の統計ではないため、また、アイスクリームやヨーグルト類の統計がない ため、あまり変化のない数値推移となっている。

積極拡大策に乗り出す政府

 また、 中央・地方の政府は、 の成長性に着目して、 酪農・乳業への注目度を高 めている。 政府は、 農村振興や地域の活性化の観点から、 外国の援助導入にも積 極的であり、 わが国のODA関係だけでも、 「天津酪農業発展計画」 「内蒙古乳製品 加工技術計画」 の2つのプロジェクトが、 現在進行中である。 また、 昨年から、 外資導入引き締め基調に転じた中国でも、 農業部門では投資規制が緩やかである ことから、 民間ベースの開発・協力プロジェクトも、 各地で着手されている。  なお、 中央政府農業部 (農業省に相当) は、 2000年の総生乳生産量を1024万ト ンとする計画目標 (乳牛以外の 「乳」 を一部含む) を立てている。 この計画目標 値は、 94年の生産実績の2倍弱に相当するが、 過去5年間の平均伸び率 (単純平 均) が6. 8%であることからみると、 その達成には今後 「かなりの努力」 が必要 となろう。  一方、 現時点では正確な計測は困難であるものの、 需要の方は、 持続的な経済 成長に刺激されて、 伸びが急である。 したがって、 中国が、 牛乳・乳製品につい ても国家基本原則である自給を追求する場合は、 2000年におけるその達成には、 「なお一層の努力」 が必要となろう。

主産地への生乳生産のシフト

 なお、 中国では、 北京から千キロ近く離れた寧夏自治区産の飲用牛乳 (UHT) が、 既に同市で売られる時代に入っている。 牛乳・乳製品の広域流通時代を迎えつつ ある中国では、 政府のテコ入れや外国の協力・投資の追い風を受けて、 華北地方 の河北省、 山西省を含めて、 主要産地への生乳生産の比重シフトが、 今後一層進 むものと考えられる。  一方、 これに対して、 輸入乳製品や輸入原料を主に扱う乳業企業については、 大都市を中心とした需要の急増に着目して、 主要消費地域に対する供給便宜がよ い地域への進出を進めて行くものと考えられる。 (参考:乳製品生産量) <乳製品(内訳:粉乳類)生産量の推移 > (単位:千トン) ───────────────────────────────── 94年(前年比%)   93年(前年比%) 92年 ───────────────────────────────── 乳製品合計   424.5(+17.0) 417.4(+ 1.1) 412.9  うち粉乳類 299.4(+17.0) 294.4(-12.5) 336.5 ───────────────────────────────── (注)1 資料:中国統計年鑑 2 乳製品(及び粉乳類)の品目別内訳は、示されていない
◇図:中国行政府◇

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