調査レポート 

米国の農業とコンピュータを利用した情報提供

デンバー駐在員 堀口 明、舟田信寿

 米国農務省 (USDA) は、 コンピュータの利用を農村地域活性化の重要手段とし

て位置付け、 情報通信設備等の整備を行っている。 また、 これは、 農業生産に直

接関係する情報の伝達を目的とするだけでなく、 農村地域の医療や教育など、 生

活全体の質を向上させる目的でも利用されている。 



 コンピュータ利用が進んでいる米国においても、 農村地域におけるその利用は

必ずしも進んでいるとはいえない。 しかし、 今後、 情報伝達のための基本設備の

の構築が進展し、 コンピュータを利用して得られる情報の種類と量が増加するに

つれて、 これらの地域においても、 都市部と同様にその利便性が認識されること

になると思われる。 また、 今後、 コンピュータの利用が拡大するにつれて、 これ

により情報を入手できる場合とそうでない場合では、 農村地域での生活や農業経

営に大きな格差が生まれるものと考えられているため、 USDAではなるべく多くの

農村地域居住者にその利用を奨励している。 



 今回は、 USDAによる農村開発・農家経営改善に向けた情報通信施設整備への取

り組みと、 コンピュータを利用した情報提供による農業生産支援の体制などにつ

いて紹介し、 併せて、 畜産関係団体の実施しているコンピュータを利用した会員

等への情報提供事業についても報告する。 



1.USDAによる情報通信設備整備への取り組み

 米国では現在、 約6, 500万人が農村地域に居住しているが、 農村地域は、 都市 部と比較すると貧困者率が高いこと、 所得が低いこと、 高等教育を受ける率が低 いこと、 質の高い医療や教育を受ける機会が少ないことなどが問題とされている。 農村地域の活性化に必要とされる企業の誘致についても、 資材・資源コストや労 働コストが安いというメリットにもかかわらず、 企業活動を行う上で不可欠な近 代的な通信、 教育、 医療などのインフラストラクチャーの整備が遅れているため、 停滞しているのが実情である。 このため、 USDAは、 農村地域の活性化を図るため には、 通信網の整備と情報関係のインフラストラクチャーの整備を行うことが重 要であるとし、 これは、 かつて行われた、 農家から消費市場への道路敷設と同様 の重要性を持つものであるとしている。  米国では、 ゴア副大統領の指揮の下で、 商務省などを中心に、 国家事業として 情報スーパーハイウェイの建設に取り組んでいるが、 USDAは、 同省が農村地域に おける同事業を担うことの利点として、 次のような点を挙げている。 ・農村地域の発展を支援する唯一の連邦機関である ・150年以上にわたって農村地域開発に携わっている ・大部分の農村地域にUSDAの事務所と職員が配置されている ・農村地域の通信施設整備事業に45年以上の経験がある  USDAの情報インフラストラクチャー建設の事業は、 農村施設局 (RUS) により 実施されているが、 これと並行して、 インターネットなどを利用した行政情報の 提供がUSDAの各部局で実施されている。 この一例として、 昨年5月から、 主要な 統計資料や需給動向の分析報告などの資料を、 USDAによる公表の数時間後にはイ ンターネットを通して登録者に自動的に送信する事業が開始されたことが挙げら れる。 これらの資料には、 全国農業統計局 (NASS) が公表している農作物、 畜産 物、 これらの価格などの報告、 経済調査局 (ERS) による農作物生産の現状と予 測報告、 世界農業観測委員会 (WAOB) による世界の農作物の需給推計報告など70 種類以上が含まれている。  また、 USDAの各部局ごとに開設されているインターネットのホームページでは、 それぞれの部局ごとに関連情報が提供されており、 今後とも、 これを利用した情 報提供が拡大していくものと考えられる (参考1)。

2.農家支援活動とコンピュータ利用

 米国の農業を今日まで発展させてきた原動力として、 ランドグラント大学とエ クステンション事業による教育・普及制度が挙げられる。 この部門においても、 コンピュータを利用した情報提供や農業生産活動の支援体制の整備が行われてい るので、 以下、 簡単に紹介する。 参考1:米国農務省のインターネットホームページ開設 ──────────────────────────────────── 機 関 名      ホームページアドレス ──────────────────────────────────── 農務省(USDA) http://www.usda.gov/ 森林局(FS) http://www.fs.fsd.us 天然資源保全局(NRCS) http://www.ncg.nrcs.usda.gov 総合農家サービス庁(CFSA) http://bbskc.kcc.usda.gov/cfsa. htm 海外農業局(FAS) http://www.usda.gov/fas 農村施設局(RUS) http://www.rurdev.usda.gov/ agency/rus/html/rus home. html 農村住宅・地域開発局(RHCDS) http://www.rurdev.usda.gov/ agency/rhcds/html/rbcdhome. html 農村産業・共同開発局(RBCDS) http://www.rurdev.usda.gov/ agency/rbcds/html/rbcdhome. html 食糧・消費者局(FCS) ftp://fwux.fedworld.gov/pub/fcs /fcs.html 農業研究局(ARS) http://www.ars-grin.gov:80/ars /ars.html 共同研究・教育・普及局(CSREES) http://www.reeusda.gov/ 経済調査局(ERS) http://www.econ.ag.gov/ 全国農業図書館(NAL) http://www.nalusda.gov 全国農業統計局(NASS) http://www.usda.gov/nass/ 農業流通局(AMS) http://www.usda.gov/ams/ titlepag.htm 動植物衛生・検査局(APHIS) http://www.aphis.usda.gov/ 穀物検査・食肉流通部(GIPSA) http://www.usda.gov/gipsa ──────────────────────────────────── (1) ランドグラント大学とエクステンション事業 ア.ランドグラント大学の創設と農業教育の開始  米国政府による農家支援体制として、 これまで大きな役割を果たしてきたもの に、 ランドグラント大学とエクステンションの制度がある。 ランドグラント大学 とは、 連邦政府が州政府に対して土地を無償譲渡し、 州政府がその土地を売却ま たは貸し付け、 その収益により設立される大学のことであり、 主に農業及び工業 技術教育が行われる。 ランドグラント大学の設立は、 1862年のモリル法に基づく もので、 その目的は、 多くの国民に高等教育の機会を与えることであり、 多くの 州で、 この制度により新しい大学が創設された。 イ.研究機能の追加  1862年のモリル法による教育目的に加えて、 1887年には、 ハッチ法により、 ラ ンドグラント大学が研究機能を有することとなり、 同時に、 これに対して政府が 支援を行うことも定められた。 ランドグラント大学は、 創設当初から実験農場を 併設するものが多かったが、 ハッチ法により、 大学での教育に必要な研究や農業 生産技術の改善のための研究も、 ランドグラント大学の役割として正式に位置付 けられることとなった。 ウ.普及事業の実施  1941年スミス・レーバー法は、 ランドグラント大学に対し、 教育、 研究の機能 に加えて、 さらに第3の機能としてエクステンション (普及) 事業の役割を担わ せることを定めた。 これは、 大学の知識や研究成果を農家や消費者に伝えること を目的としたものである。 この活動は、 連邦政府、 州政府 (ランドグラント大学)、 郡政府の協力により行われることから、 協同エクステンション事業と呼ばれた。 (2) エクステンション事業の概要  エクステンション事業の背景には、 教育の機会を得られなかった人などに対し 大学等の研究成果などを継続して提供することにより、 合理的で競争力のある農 業生産が行えるようにする考え方がある。 エクステンション事業は、 USDAやラン ドグラント大学の協力の下に実施されており、 1) 農業生産、 2) 地域社会の発展、 3) 家庭問題、 4) 青少年活動、 5) 指導者育成及びボランティア活動、 6) 自然資 源及び環境管理、 7) 健康及び食生活、 など農村地域における様々な問題を対象 としている。  ランドグラント大学では、 農業後継者育成のための教育、 農業生産の拡大およ び農業経営の改善に役立つ研究などが行われている。 これを担当する大学の教授 は、 エクステンション事業の部門ごとの専門指導者 (スペシャリスト) の職務を 兼ねていることが多く、 郡単位に配置されているエージェント (農業指導員) を 通じて、 農家に対する技術・経営指導などを行っている。 現在、 全米の1,350の 郡に、 約16,000人のエージェントが配置されている。 (3) エクステンション事業によるデータベースの構築  エクステンション事業では、 州段階のスペシャリストが直接農家に助言を与え るのではなく、 通常は、 郡段階のエージェントを通じて農家への助言などが与え られたり、 研究成果などが伝達される仕組みになっている。 このため、 研究成果 や最新の技術・経営情報の伝達においては、 州段階のスペシャリストとエージェ ントとの間の意思疎通が重要になってくる。 この必要を満たす方法の一つとして 着手されたものが、 データベース構築事業である。  この事業は、 USDAのエクステンション事業監督部署である協同研究・教育・普 及局 (CSREES) と各州のスペシャリストによって推進されており、 農家が様々な 問題に直面した際に、 的確な意思決定ができるよう、 関連情報を直接またはエー ジェントを通じて入手できるようにするものであるため、 「意思決定支援のため の農業データベース構築計画」 とされている。 この事業の事務局は、 ウィスコン シン大学に設置されている全国農業データベース研究所 (The National Agricul tural Database Laboratory) が担当している。 ここでは、 農家支援活動の一環 として、 農家自身の生産活動の参考資料となるよう、 また、 各農業分野ごとにエ ージェントへの情報提供の一手段となるよう、 部門ごとにデータベースの開発が 行われている。  ウィスコンシン大学を中心として最初に開発された酪農データベース (NDD) は、 全国の酪農関係の研究者など50人以上の協力により作成されたもので、 ラン ドグラント大学からの資料や酪農関係団体からの資料により、 酪農生産に関する ほとんどすべての情報がCD−ROMの中に収納されている。 この中には、 家畜の健 康管理や畜舎施設に関することなどの生産関連の情報の他に、 酪農経営に関する 情報なども含まれている。  全国農業データベース研究所では、 酪農関連の他にも各種データベースを開発 している (参考2)。

3.畜産団体による情報提供事業への取り組み

 現時点では、 畜産関係の団体で、 インターネットなどを利用して会員等に関係 情報の提供を行っているところはあまり多くはない。 しかし、 今後、 生産者のコ ンピュータ導入が進み、 様々な情報がインターネットなどを利用して入手できる ようになれば、 これを利用して会員等に情報を提供する団体が増えていくことが 予想される。 ここでは、 既にインターネットにより情報提供を開始している団体 の例を紹介する。 参考2:データベース開発の現状と計画 ────────────────────────────────────  データベース名      現  状        計  画 ──────────────────────────────────── NATIONAL DAIRY   Version2 (CD-ROM) Version3開発中 DATABASE (NDD) 96年6月頃完成見込み ──────────────────────────────────── NATIONAL PIG  Version1 (ディスク) Version2開発中 DATABASE (NPD) 96年6月頃完成見込み ──────────────────────────────────── NATIONAL SHEEP  未完成 Version1開発中 DATABASE (NSHD) 96年9月頃完成見込み ──────────────────────────────────── NATIONAL BEEF  未完成 Version1開発中 DATABASE (NBD) 96年末から97年初め頃完成 見込み ──────────────────────────────────── NATIONAL GOAT  NDDにより情報提供 Version1開発中 DATABASE (NGD) 完成時期未定 ──────────────────────────────────── NATIONAL FRESH  検討段階 WATER AQUACULTURE − DATABASE (NFWAD) ──────────────────────────────────── NATIONAL MARINE 検討段階 AQUACULTURE − DATABASE (NMAD) ──────────────────────────────────── NATIONAL ALFALFA 検討段階 − DATABASE (NAD) ──────────────────────────────────── AG.AND NATURAL 印刷物及びgopher 継続改訂 RESOURCES SOFTWARE 印刷物は96年秋に改訂の見込み INVENTORY (ANRSI) ──────────────────────────────────── (1) 肉牛関係  全国肉牛・牛肉協議会 (NCBA) は、 畜産関係団体の中では早い時期からインタ ーネットを利用した情報提供に取り組んだ団体といえる。 NCBAは、 昨年6月にイ ンターネットを利用し、 希望者に対して 「ビーフメイル」 と呼ばれるニュースレ ターを自動的に送信するサービスを開始した。 また、 現在は、 「Cattlemen on the Web」 (通称 「C. O. W. (カウ) 」 と呼ばれる)、 「カウタウン・アメリカ (CowTo wn America) 」 の2種類のホームページを設け、 インターネットによる情報提供 を行っている。 これらはいずれも、 肉牛の取引の際などに徴収される賦課金 (チ ェックオフ資金) を利用して開発されたものである。  NCBAは、 ホームページ開設に当たって、 インターネットが団体と肉牛生産者と を効果的かつ効率的に結ぶ手段となり、 生産活動のあらゆる側面についての限り ない情報源になると説明している。 また、 インターネットは、 24時間の情報提供 を低コストで行えるとして、 団体にとっても利用者にとっても便利な情報提供手 段であるとしている。 ア.C. O. W.  C. O. W. は、 肉牛生産者や研究者などの農業専門家向けに開発されたもので、 肉牛産業関係のニュース、 NCBAの活動報告、 天候、 市場動向、 環境保護団体や消 費者団体の動きなど、 その時々の最新の情報を提供している。 また、 肉牛生産の 参考資料としてNCBAが作成している 「ビーフハンドブック」 の情報や、 他のイン ターネットアドレスの情報も掲載している。  なお、 利用者への情報提供を効率的に行うため、 文字や数字などの情報だけを 提供し、 処理スピードが低下するイラストや映像などの情報は提供しないことと している (参考‥アドレスは http://www. ncanet. org/)。 イ.カウタウン・アメリカ  カウタウン・アメリカは、 肉牛生産関係者以外の一般消費者などを利用対象と して想定し開発されたものである。 こちらは、 画像などを利用して利用者が理解 しやすい形で情報が提供されている (参考‥アドレスは http://www. cowtown. org/)。 (2) 肉豚関係  全国豚肉生産者協議会 (NPPC) も昨年ホームページを開設し、 インターネット による情報提供を開始している。 NPPCが提供している情報は、 豚肉料理のレシピ、 様々な豚肉製品の紹介、 豚肉に関する栄養知識、 米国養豚の歴史、 豚肉に関する 雑学的情報など、 一般消費者向けのものである (アドレスは http://www. np pc. org/)。  NPPCはまた、 インターネットによる情報提供とは別に、 肉豚生産者を中心とし た養豚産業関係者を対象として 「ポーク・コネクション (The Pork Connection) 」 と呼ばれるコンピュータの電子掲示板システムによる情報提供事業を開始して いる。 ポーク・コネクションで提供される情報は、 養豚業界の最新ニュースや調 査研究結果、 NPPCの会員あてのニュース・レター、 養豚市況、 専門アナリストに よる市場動向分析などとなっている。 また、 この制度の会員は、 コンピュータに よる会員同士の情報交換や、 政治的問題や生産に関する特定のテーマについて行 われるオンラインの会議に参加することもできる。 ポーク・コネクションによる 情報提供は有料で、 米国の生産者は1カ月当たり8ドル、 それ以外の者は15ドル の会費が必要である。

4.今後の情報提供事業

 ここに紹介したコンピュータによる情報収集伝達手段の例は、 全体のほんの一 部にしか過ぎない。 この他にも、 USDAを始めとして、 州政府や農業団体などが、 行政活動や団体業務の一環としてコンピュータによる情報提供事業の開始や充実 に取り組む動きがみられる。 また、 民間企業部門においても、 日本ではみられな い衛星通信を利用したセリ取引や、 市場取引価格、 農業関係ニュース、 天気情報 など農業に関係する様々な情報を提供する事業が行われている。  米国議会において審議の最終段階を迎えている新農業法は、 農産物価格支持制 度を廃止し、 減反条件も廃止した上で、 生産者に農作物作付け選択の自由を与え ることになるとみられているが、 このような市場志向型の政策の採用は、 農業生 産に対する政府介入の減少とともに、 個々の農業生産者が独自の意思決定を行う ことが求められることを意味する。 このような状況に対処するために、 生産者は、 農業生産に関連する多くの情報を入手し、 これらを総合的に判断して意思決定を 行う必要がある。 USDAを始め、 農業団体や民間ベースの農業情報提供企業の活動 は、 こうした農業をとりまく情勢に対応した動きであると考えられる。
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