調査レポート 

豪州の牛肉産業における品質 (安全性) 保証システムの現状と展望

シドニー駐在員 鈴木 稔、 石橋 隆

はじめに


 今年に入り、 英国での 「牛海綿状脳症 (BSE) 」 騒動、 病原性大腸菌 「O−157」 による大規模な食中毒の発生など、 とりわけ牛肉の安全性に対する不安と関心が わが国でも高まりつつあり、 改めて食品としての食肉の安全性確保のための 「万 全の対策とは何か?」 が問われている。  厚生省は、 今回の 「O−157」 の食中毒を契機として、 食肉処理に新たな衛生基 準を導入することを検討中であるが、 その一方で、 米国政府は、 すでに今年7月 に危害分析重要管理点監視 (HACCP) 方式を採り入れた新たな食肉検査規則を公 表している。  米国の新食肉検査規則及びHACCPについては、 「畜産の情報 (海外編) 」 96年8 月号で紹介したばかりであるが、 米国政府が新検査規則の本格的検討を進める大 きな契機となったのは、 わが国と同様、 93年に発生した病原性大腸菌 「O−157」 汚染ハンバーガーパティによる死者4人を含む700人以上の被害を出した食中毒 事件である。  さて、 わが国にとって米国と並ぶ輸入牛肉供給国の横綱である豪州の状況はど のようなものであろうか。  実は、 豪州でも、 95年初めに、 病原性大腸菌 ( 「O−111」 ) に汚染された非加 熱発酵サラミによる大規模な食中毒事件の発生があり、 これを契機として食肉の 安全性への関心と議論が高まり、 すでに昨年、 96年末までに食肉処理に関してHA CCPの導入が義務化されている。  さらに、 米国の新食肉検査規則 (通称、 「メガ・レグ」 ) は、 米国向け輸出食 肉の処理にも適用されるが、 豪州にとって、 米国が主要な牛肉輸出先の1つとな っていることから、 豪州の食肉パッカーは、 これへの対応も必要な状況となって いる。  牛肉は、 豪州にとって重要な輸出産品であるが、 その安全性に関しては、 農薬 等の残留も (人体への直接の危害というよりは) 貿易上大きな損害をもたらす。 最近では、 94年11月の 「クロロフルアズロン」 残留騒動を想い起こす人も多いと 思うが、 豪州の牛肉産業関係者は、 過去に幾度か残留問題で苦い経験をしている ことから、 豪州では、 これらを教訓として、 世界でも未だ他に例を見ない、 肉用 牛の生産段階でのHACCPを導入した品質保証システムへの取り組みも進展してき ている。  このように、 世界的な食品の安全性への関心の高まり、 食品の品質の確保と保 証へのニーズの高まりなどを背景に、 豪州の牛肉産業では、 「HACCP」 を合言葉と して、 安全性も含めた包括的な品質保証 (QA:Quality Assurance) を推進する 動きが活発化してきている。 今回は、 その概要を紹介するとともに、 今後の展望 について触れてみたい。

1 QA (品質保証) とは?


 本レポートでは、 豪州の牛肉の生産から加工までの各段階で、 安全性を含めた 品質を保証する対策としてどのようなシステムが採用され、 どのような形で推進 されているかを紹介するが、 QA自体が非常に概念的でわかりにくいものであり、 また、 たびたび、 「ISO」、 「ISO9000」、 「HACCP」 などのQAに関連する用語を用いる こととなるので、 混乱を避けるために、 本題に入る前にQAとこれらの用語につい て、 簡単に説明しておきたい。  一口にQAと言っても、 その定義は極めて幅広く複雑であるが、 ごく簡単に言え ば、 「一定のルール、 基準に従った製造工程、 方法により、 顧客の要求に合致し た品質の製品を (安定的に) 提供すること、 またはそのためのシステム。 」 であ り、 一般的には、 一定の品質が確保されていることが具体的に証明可能でなけれ ばQAとは言えない。  食品に限れば、 その品質を保証するとは、 大きく次の2つに分けられよう。 1) 食味、 成分など一定の品質 (基準) を確保していることを保証すること 2) 食品としての安全性を確保していること (=病原性微生物、 農薬、 重金属な  どに汚染されていないこと) を保証すること  これを食肉に当てはめれば、 上記1) に当たるQAの具体例としては、 広い意味 では枝肉の格付制度があり、 製品差別化の手法としてのより厳密なQAとしては、 「○○牛」、 「△△地鶏」 のような銘柄食肉などが考えられる (ただし、 この場合、 肥育日数、 飼料、 飼養管理方法、 品質規格などに一定の基準を設け、 これをクリ アしたものだけに付される 「銘柄」 でなければならない)。  では、 「食肉に関して上記2) に当たるQAは?」 となると筆者にもなかなか具体 的にイメージできない。 (強いて言えば、 「SPF豚」 が1) と2) の双方を部分的に 含むQAと言えるかもしれないが。 )  具体的にイメージできない理由は、 食肉の安全性は人体への直接の影響がある ことから、 食品衛生法などに基づく検査が実施され、 基本的には安全性が担保さ れている、 あるいはこれらの検査が唯一の安全性を保証するものとなっているか らである。  しかしながら、 世界的にみれば、 「新たな、 強力な病原微生物」 による食中毒 の発生などが、 従来からの食肉検査法の技術的限界を示すとともに、 より科学的 な検査手法であるHACCPへの転換を急ピッチで進めさせていることは、 前に触れ たとおりである。  一般にHACCP方式は、 適切に設計され、 実行されれば、 従来の法律で求める衛 生検査に代えうる、 或いは法律で定める製造基準に規制されずに食品の製造を可 能とするなど、 行政サイドからは 「規制緩和」 の手段としても推進され、 一方の 食品を製造するサイドからは、 独自に製品の安全性、 ひいてはトータルとしての 食品の品質保証を行いうる手段としても考えられている。  すでにわが国でも、 平成7年5月の食品衛生法の改正により、 食肉製品、 牛乳 ・乳製品について、 HACCPの概念を基本とした 「総合衛生管理製造過程」 の承認 制度が導入され、 今年5月から施行されていることを御承知の方も多いと思うが、 この制度にも 「規制緩和」 のキャッチフレーズがつけられていた。  一方の 「ISO」 であるが、 これは、 Inter-national Organization for Standard -ization (国際標準化機構) の略で、 国際取引を円滑に行う上で必要となる製品 の標準化した国際規格等を定める非政府間の国際機関 (1947年設立) である。  「ISO9000シリーズ」 とは、 ISOが1987年に定めた品質管理・保証システムのモ デル規格である。 「ISO9000シリーズ」 は、 そもそも、 軍需物資等の調達に関して 必要となった製品の品質管理の方法を定めた規格をベースとしており、 製品を供 給する側の生産システムが適切な品質管理の下で顧客が求める品質の製品を生産 することを証明 (保証) するための方法論の1つである。  もちろん、 品質を保証するための方法論はこれだけではないが、 国際流通する 商品に関しては 「ISO9000シリーズ」 が最も信頼された品質保証規格と考えられ ており、 数多くの国の広い産業分野で採用されている。 最近、 某自動車メーカー が新聞、 雑誌等の広告の中に、 「自動車で国内メーカー初のISO9001認証取得」 と いうフレーズを挿入していることに気付かれた方もいると思う。  すでに、 畜産物の分野でも、 国際的には乳業プラント、 食肉処理施設等で 「ISO9000シリーズ」 による品質保証システムを構築しているものも少なくない。  さて、 ISOとHACCPとの関係であるが、 「HACCP」 は、 1960年代に、 NASA (米航空 宇宙局) が、 安全な宇宙食の製造のために考案した食品衛生検査方式である。 安 全な食品とは、 人体に有害な微生物、 化学物質等が含まれないことを意味するが、 「おいしい」 とか 「まずい」 には関係しない。  一方、 「ISO9000シリーズ」 は、 その生い立ちからもわかるように、 食品だけを 対象としたものではなく、 「顧客の求める品質」 を保証する手段であり、 食品に 関して単純に言えば、 本来的には 「おいしさ」 や 「 (栄養) 成分」 などを保証す るもので、 食品としての安全性を保証することを意図したものではない。 ただし、 品質を保証するための方法理論の組み立て自体は、 HACCPとも共通しており、 食 品の場合、 全体の品質保証システムをISO9000シリーズで構築し、 安全性の部分 をカバーする方法論としてHACCPを導入することが可能である。  本レポートでも、 「HACCP方式を導入したISO9002に準拠するQAシステム」 とい う言葉を幾度か用いることとなるが、 要は、 ・HACCPという最先端の安全性対策を盛り込んだ、 ・ISOという国際的にも認められた品質保証手法を導入した、 ・食品のトータルとしての品質保証システム (極めて単純に言えば、 「おいしく」  て 「安全」 な食品であることを保証するもの) ということである。

2 豪州牛肉産業におけるQAシステム


 豪州の牛肉産業における安全性・品質保証体制について、 まず、 その全体像の 概要を図示すると次のようになる (図1)。  なお、 図にも示したように、 食肉 に関するQAとしては、 食肉の格付制度も含まれるが、 わが国と同様にすでに制度 自体が広く普及し、 その内容も紹介されていることから、 本レポートでは省略し た。 また、 安全性対策の一環としての 「全国残留物調査 (Naional Residue Surv ey)」 の詳細については、 「畜産の情報 (海外編)」 95年2月号を参照願いたい。 (1) 生産段階 (キャトルケア)
 肉用牛の生産段階には、 「キャトルケア」 と呼ばれるQAシステムが構築されて いる。  キャトルケアは、 94年11月の牛肉のクロロフルアズロン残留事件を大きな契機 として、 豪州肉牛協議会 (CCA) が中心となり、 連邦政府などの支援を得ながら 推進しているもので、 具体的な管理規則は、 食肉研究公社 (MRC) が策定し、 95 年7月に公表されたが、 そのシステムはHACCP方式を導入したISO9002に準拠した ものとなっている。  キャトルケアは、 自主的な制度であり、 その採択は、 生産者の任意である。  キャトルケアは、 基本的には、 食肉への農薬等化学物質の残留、 粗雑な管理に よる枝肉のアタリ、 原皮のダメージを未然に防ぐことを目的としており、 HACCP 方式におけるCCP (重要管理点) としては15ポイントが挙げられている (表1)。 表1 キャトルケアにおける重要管理点  ──────────────────────  1.化学物質の土壌残留の評価・監視  2.管理スタッフの訓練  3.牛の個体識別、個体ごとの管理記録  4.牛の取引、移動の記録  5.枝肉のアタリ、原皮のダメージ  6.家畜の輸送  7.合法的かつ適切に表示された薬剤の確保  8.農薬、動物用医薬品の保管  9.動物用医薬品の安全かつ適切な使用  10.治療牛、汚染牛の識別  11.治療記録  12.パドック処理の記録  13.飼料  14.内部監査及び是正措置  15.品質記録(各種記録の保持)  ────────────────────── (2) フィードロット段階
 フィードロット段階では、 全国フィードロット認定制度 (NFAS:National Fee dlot Accreditation Scheme) が、 豪州フィードロット協会 (ALFA) 及びオズミ ートによって推進されている。  これは、 環境及び動物愛護対策、 動物用医薬品及び科学薬品の使用、 飼料分析 ・給与体系などに関して、 各フィードロットごとに品質保証マニュアルを定め、 そのマニュアルに沿った作業の実施と、 記録に基づき生産される肥育牛の品質を 保証するものである。  NFASは95年8月から正式にスタートし、 キャトルケア同様自主的なもので、 参 加は任意となっているが、 オズミート規格で 「穀物肥育牛肉」 と格付けされるも のは、 この制度で認定されたフィードロットで生産された肥育牛に限定されるこ と、 すなわち、 「穀物肥育牛肉」 と銘打って牛肉を販売しようとするパッカーは 認定フィードロットからしか牛を購入しないこととなるため、 実質的には認定を 受けることがフィードロットにとって 「義務」 となっている。  このようなことから、 NFASは、 QAシステムとしては本来的には安全性を保証す る側面も有しているが、 原段階では、 結果的に 「穀物肥育」 であることを保証す る手段としての性格が強い。  ALFAによれば、 現在の認定フィードロット数は763、 その収容能力は82万2千 頭 (豪州全体の95%以上) となっており、 事実上、 ほぼ全てのフィードロットが 認定されている状況にある。 (3) と畜・処理段階
 キャトルケアもNFASも導入されてからまだ1年余りでしかないが、 と畜処理段 階のQAシステムは、 導入されてからすでに数年経過したものもある。 また、 これ らQAをめぐっては、 最近とくに目まぐるしい動きがみられることから、 過去と現 在の動きに分けて紹介する。 1. これまでの動き (〜95年)
 豪州では、 食肉の衛生検査は、 輸出向けは連邦政府 (豪州検疫検査局:AQIS) の所管、 国内向けは州政府 (州食肉庁など) の所管となっている。  このようなことから、 連邦、 州段階で幾つかのQAシステムが考案され、 基本的 には、 それぞれ各所管官庁が実施している衛生検査に代わりうる手段として導入 が推進されてきた。 なお、 唯一ビクトリア州は例外で、 すでに94年7月よりQAの 導入が義務化されている。  具体的には、 AQISは、 輸出食肉を生産するプラント向けに、 89年に生産品質協 定 (PQA) と呼ばれるQAシステムを導入したが、 これは、 94年に、 食肉安全品質 保証 (MSQA) と呼ばれるPQAを拡充したシステムに変更された。 MSQAは、 ISO9002 に準拠したQAシステムであるが、 安全性の保証手段としては、 HACCP方式の採用 が義務となっている。  MSQAは、 94年に策定されてはいるが、 米国の 「メガ・レグ」 に対応したHACCP /QAであることが当面の課題となることから、 実際には、 現在のところ 「メガ・ レグ」 を完全に満足するシステムへの最終調整の段階にあると言える。  州段階では、 クイーンズランド州は、 88年からQ Safeと呼ばれるHACCPを採用 したISO9002準拠QAシステムを導入しており、 と畜から小売まで適用可能な点が 他のQAシステムにはない特徴である。 現在までに、 ノーザンテリトリーを除く全 州が、 自州内の国内向けプラントのために、 州独自のQAシステムを有している。 2. 最近の動き
 これらのQAシステムは、 各企業の製品の品質を保証するものであると同時に、 食肉衛生検査に関する規制緩和 (政府による強制検査から各企業の自主的な安全 管理へ) 対策でもあるとして、 これまでそれぞれの関係官庁が普及を図ってきた。  しかしながら、 95年初めに南オーストラリア州で病原性大腸菌 ( 「O−111」 ) に汚染された非加熱発酵サラミによる大規模な食中毒 (死者1名、 患者数150名) が発生したことを契機として、 95年3月、 豪州・NZ農業資源管理評議会 (ARMCANZ :豪連邦政府、 州政府及びNZ政府の農業・資源担当大臣、 担当省庁代表者で構成 される、 参加政府間の農業・資源政策に関して協調、 整合などを図るための最高 レベルの常任委員会) が、 食品の安全性対策の一環として、 州レベルでまちまち であった食肉産業に適用される人の健康に関連する規則の整合を図り、 食肉処理 工程へのHACCP導入を義務化することに合意した。  これを受けて、 ・食肉の衛生的生産に関する豪州基準 ・食肉家畜処理施設の建設に関する豪州基準 ・食肉加工施設の建設に関する豪州基準 ・食肉の輸送に関する豪州基準 の4基準が新たに定められ、 各州の関係法令が、 この4基準に示された条件を満 たすものとなるよう改正が行われている。  これにより、 現在、 すべての輸出向 け、 国内向けの食肉 (鶏肉を除く) 処理に関わる施設は、 96年12月末までにHACCP システムの導入計画の策定と97年からの実施が義務付けられ、 さらに、 3年間の 猶予期間を経て99年末までにHACCP方式を採用したQAシステムでの操業が義務付 けられている。  このため、 現在は、 各州の食肉庁などの担当機関が、 今年末の最終承認に向け、 州間で進捗状況、 タイムスケジュール等に若干の差はあるものの、 各プラントか らのHACCP導入計画の提出を待っている状況にある。  なお、 基本的には、 MSQAも各州が推進してきたQAシステムも、 ARMCANZの基準 を満たすものと考えられている。

3 QAの導入推進体制


 QAシステムの導入にあたっては、 QA計画の策定、 詳細かつ適切な品質管理マニ ュアル (作業基準) の作成、 作業者の訓練、 品質管理担当者の配置、 さらに必要 に応じて設備の改修などが求められる。 さらに、 導入後は、 日々の管理記録の記 帳・保存、 定期的な検査などが必要となるが、 これは基本的にはどのようなQAシ ステムにも共通する要求である。  すなわち、 QAシステムは、 それを導入する者へ少なからぬ労力、 コスト負担を 強いるものとなり、 QAが受け入れられるようになるまでの道のりは平坦ではない。  ここでは、 今述べてきたQAシステムがどのような体制、 支援の下で導入推進さ れているか、 またQAシステムの拡充に向けた動きを紹介する。 (1) キャトルケア
 キャトルケアは、 連邦第一次産業省、 豪州第一次産業銀行などの支援の下で、 CCAが導入を推進しているが、 その導入は、 生産者に厳密な飼養管理、 管理記録 の記帳等を求め、 飼養管理者の訓練、 定期的な土壌・飼料検査、 さらに場合によ ってはパドック等の施設の改修が必要となり、 相当の労力、 コスト負担が伴うも のである。  CCAは、 キャトルケアの公表以来、 豪州各地の肉牛関係者の会合で、 肉用牛産 業が国際市場の中で競争力を維持していくためには、 農場から食卓までのトータ ルな品質保証が必要であることを強調し、 さらに数多くの研修会を開催し、 生産 者の啓蒙を図ってきたが、 生産者サイドは、 度々発生する農薬残留問題等の苦い 経験から、 QAの必要性は理解しながらも、 当初、 負担の伴うキャトルケアへの取 り組みは必ずしも積極的とは言えなかった。  特に、 豪州の牛肉生産の中心であるクイーンズランド州は、 大規模で粗放的な 飼養形態が一般的であり、 キャトルケアが飼養実態にそぐわないこと、 QA導入に 伴う管理コスト、 労力負担が相当大きくなることなどから、 キャトルケアの全面 的な導入には大きな抵抗を示してきた。  しかしながら、 最終的には今年3月に、 クイーンズランド州独自のキャトルケ アの残留防止に係る管理規則を部分的に採用した形の 「Qケア」 を、 QAへの取り 組みの第一段階のものとしてCCAが承認し、 QA導入への第一歩がスタートした。  すでに昨年11月に、 ニューサウスウエールズ州でキャトルケアの暫定的認定農 家が誕生しているが、 キャトルケアへの取り組みはビクトリア州が最も進んでお り、 すでに200戸以上の生産者が管理マニュアルの作成に取りかかっていると伝 えられている。 現在、 キャトルケアは、 生産者への啓蒙段階から普及段階へ移行 したと言えよう。  キャトルケアに限らず、 一般論としてQAの普及拡大には、 導入によるメリット の明確化が鍵となるが、 キャトルケアの場合、 すでにいくつかのパッカー、 タン ナーが良質原皮に対するプレミアムの支払いシステムを導入したり、 豪州最大の パッカーであるAMH社のローソン会長が、 近い将来の 「QA生産者」 からの優先買 い入れを示唆するなど、 生産者に受け入れられる状況が整ってきている。  また、 クロロフルアズロン残留問題を契機として、 95年2月に導入された 「販 売者申告書」 (注:残留検査の効率化のため、 ニューサウスウエールズ州及びク イーンズランド州における家畜の取引に関して導入された制度で、 生産者が販売 する家畜に残留のおそれがないことを申告するもので、 申告書の添付の有無によ って、 残留検査のための検体抜き取り数が、 それぞれ1/35、 1/5とされた。 ) は、 今年5月に 「全国販売者申告書」 として豪州全土を対象とした自主的取り組 みに変更されたが、 この申告様式の中にQシステム導入の有無を申告する項目が 新たに付け加えられた。  この申告書はパッカーなどの家畜購買者には、 「家畜の品質保証書」 として認 識され、 申告書のある家畜は有利な価格で取引されるようになってきている。 現 状は、 むしろ、 申告書のない家畜がディスカウントされると表現したほうが正し いと思われるほど、 この申告書は自主的とは言いながらも生産者にとっては 「必 須の書類」 となっているようである。  なお、 この販売申告制度は、 今年末までの試行を経て、 97年には全国統一シス テムへの移行が予定されているが、 このような制度も生産者のQA導入を促すもの となろう。 (2) NFAS
 NFASについては、 前述のとおり、 製品を 「穀物肥育牛肉」 と表示する上での必 要条件となっていることから、 自主的制度ではあるが 「義務化」 し、 ほぼ全フィ ードロットに定着している。 しかしながら、 制度導入に当たっては、 中小フィー ドロット関係者の反対や、 各フィードロットの品質保証プログラムの作成、 審査 に時間を要したことなどから、 正式スタートが遅れている。  フィードロット関係者にとって、 その生産する穀物肥育牛の品質を保証する上 では、 農薬等の残留がないことを保証することも重要な課題であり、 NFASの推進 母体であるALFAは、 残留の最大の要因となる飼料に関して、 新たに残留検査の項 目をNFASの品質保証マニュアルに加え、 一層の品質保証の充実を図ることとして いる。  しかしながら、 農薬等の残留が飼料に由来することが多い中で、 飼料の多くを 購入に依存するフィードロット産業は、 全て自己の責任で無残留を保証すること は極めて困難な現実にあり、 飼料の安全性は供給サイドで保証すべきとの考えが 一般的である。  一方、 飼料関係者の間でも、 飼料を原因とした家畜への残留問題の発生などか ら、 飼料の品質、 安全性への関心が高まりつつあり、 このような背景から、 95年 にユーザーも含む飼料関係者の組織として豪州飼料産業協会 (AFIA) が発足し、 飼料の規格化、 製造基準、 QAシステムの構築などを当面の課題としている。  このような中で、 先頃、 ALFAとAFIAが共同して、 飼料の安全性を保証する 「飼 料供給者申告書」 を策定し、 96年12月まで飼料の取引に際してこの申告書を添付 するトライアルが実施される予定となっている。 このトライアル終了後に 「飼料 供給者申告書」 の様式、 妥当性の見直しを行い、 97年に本格実施へ移行する計画 となっている。  また、 今春、 わが国で、 豪州産オーツヘイに混入していた汚染ライグラスに起 因する 「1年生ライグラス中毒」 による家畜の死廃事故が発生したことに伴い、 AFIA、 連邦及び州政府農業関係者によって輸出用乾草の安全性を確保するための 基準案が策定されているが、 ALFAはこのような基準を国内販売される乾草にも導 入することを求めており、 この件もAFIAで前向きに検討されている状況にある。 (3) と畜・処理段階のQA
 これまで、 と畜・処理段階のQAシステムはほとんどが自主的なものであり、 そ の導入のテンポは必ずしも迅速とは言えなかったようである。 例えばAQISが89年 から推進してきたPQA (/MSQA) の導入は、 現時点では輸出プラントの約半数程 度にとどまっている。  しかし、 ARMCANZの決定により、 HACCP導入が豪州国内で義務となり、 さらに対 米輸出パッカーは米国の 「メガ・レグ」 への対応も必要な状況となってきている こと、 また、 食肉検査に係る規制緩和の手段として、 今後、 各パッカーのHACCP 方式によるQA導入の動きは活発化していくこととなろう。  なお、 生産者、 パッカーを含む食肉産業の最高段階の政策、 戦略提言機関であ る食肉産業評議会 (MIC) が95年12月に策定した今後5年間の 「食肉産業戦略計 画」 でも、 食品としての安全性の保証が1つの重要戦略とされており、 その一環 として、 99年までに生産者から小売業者までの全ての段階におけるHACCP/QAの 導入を目標としている。 すなわち、 HACCP/QAの導入は、 食肉業界の意志であり、 ARMCANZの決定したHACCP導入のタイムスケジュールもMICの目標と一致した形と なっており、 決して政府からの押し付けという形で進められている訳ではないこ とは留意しておくべきであろう。  最近におけるQA導入推進のための動きとして注目されるのは、 食肉研究公社 (MRC) による研究・開発プロジェクト計画である。 MRCは、 今年から3年間で880 万豪ドルをかけて32のプロジェクトを実施する予定とされている。  これは、 生産者から小売業者までの全ての段階に、 99年までに安全性対策とし てHACCP方式を導入させること、 すなわち、 MICの戦略目標の達成を目的としたも のであるが、 現在、 この一環として、 15のプラントを対象としてARMCANZの処理 基準、 「メガ・レグ」 に対応したHACCP/QAシステムの実証とQAシステム下での作 業の実践経験を与えるためのトライアルが行われている。  また、 このトライアルをさらに発展させた形で、 企業の自主衛生検査方式によ るHACCP/QAのトライアルもプロジェクトの1つとして予定されているが、 これ については、 8月末にジョン・アンダーソン第一次産業大臣が近々5つの輸出用 プラントで開始することを発表している。  なお、 と畜・処理段階に限らないが、 QA導入の過程には、 計画立案、 各プラン トの実態に促した管理マニュアルの作成など、 専門家の指導、 助言の必要な事項 も多く、 さらに品質管理責任者・作業員の研修・訓練など、 各企業が独自で対応 することが困難なことも多く、 AQIS、 MRCと言った公的機関も、 コンサルタント やトレーニングサービスを提供する子会社組織を設立し、 これを支援している。

4 今後の課題と展望


 これまで述べてきたように、 豪州の牛肉産業におけるQA導入の動きには目覚ま しいものがあるが、 その一方でそのあまりの早さに幾つかの問題点が生じている。 今後、 わが国でも、 畜産分野に限らずHACCPやQAの導入がいろいろな形で進めら れると考えられるが、 他山の石となるかどうかは別として、 ここでは豪州におけ る現在の課題と今後の展望に触れてみたい。  まず、 最も基本的な問題点として、 QAを導入するサイドのQAへの意識の高まり がまだ十分でないことが挙げられる。  これは、 特に生産者段階で顕著であるが、 キャトルケアの導入が自主的なもの である限り、 現実としては総論としてのQAの必要性は理解できても、 各論として、 導入に伴う手間とコストが、 導入によってもたらされるメリット、 或いは導入し ないことによってもたらされるデメリットに見合うかどうかが、 普及のポイント となろう。 例えれば、 わが国の 「子牛の不足払い制度」 で、 当初乳用種素牛の価 格水準が高い時期に加入が遅々として進まなかったものが、 価格の急落とともに あっという間に加入が進んだのと同じような状況となるかどうかであろう。 その 点、 現在は、 パッカー等 「川下」 からの要求の高まりにより、 どちらかというと 生産者に導入しないとデメリットが大きいという意識が芽生えつつあるようであ り、 普及は徐々に進むと考えられる。  またQAに関して誤解、 間違った認識というものも見られるようである。 特に、 と畜・処理段階のQAは、 行政サイドが、 従来の食肉衛生検査に代わる検査コスト 削減をもたらす手段であると強調してきたことから、 一部の企業経営者に、 QAが 自社の製品の品質管理の手段としてではなく、 単にコスト削減手段として認識さ れるような状況も生んでいる。  しかしながら、 汚染食肉を原因とした食中毒の世界的な発生などにより、 QAの 本来の意味と重要性が認識されるようになるとともに、 また実際の導入には多く の費用がかかること、 コスト削減にはなかなかつながらないものであるという 「正体」 が明らかになりつつあるようである。  今年3月に13年ぶりに政権復帰した保守連合も、 AQISの検査コスト、 検査体制 に対する業界からの批判に応える形で、 QAの推進による規制緩和と検査コスト削 減を通じて食肉産業の国際競争力を強化することを選挙公約としてきたが、 正直 なところ、 QAを 「規制緩和とコスト削減」 の道具として強調するのは政治家、 行 政サイドの 「詭弁」 に近いように思う。  この点では、 米国が、 「メガ・レグ」 は企業には相当のコスト負担の増加をも たらすが、 国民の健康面での利益はこれを大きく上回るとの大局的見地に立って そのメリットを説明しているが、 HACCP或いはHACCP/QA導入の説明としてはこれ が正論であろう。  農林水産省でも、 平成8年度から生産段階におけるHACCP方式の家畜衛生管理 方式の導入推進のための事業を開始しているが、 HACCP方式の家畜衛生管理方式 とは、 豪州のキャトルケアと同様、 HACCPの原則に従って厳密な飼養管理と管理 記録の記帳を求めるものとなろうが、 その導入には、 少なくとも生産者が苦手と する書類作成、 記帳という作業が大きな負担として加わることは確実であり、 決 して面倒なことをするものではないと言って推進した場合には、 生産者サイドに 誤解を与えることになる可能性があるのではないだろうか。  基本的に、 HACCPやQAは、 自己の生産物の安全性と品質を、 買ってもらう人に 保証するために必要な手段であり、 そのためには余分の労力やコスト負担が伴う が、 これは 「農場から食卓まで」、 食品の生産・加工・流通・消費者への販売ま で携わる者に対する 「時代の要請」 であり、 コストではなく必要な 「投資」 と考 えるべきであり、 普及推進のポイントも 「コストではなく投資だ」 と考えられる ような意識改革が進められるかどうかにあろう。  また、 「農場から食卓まで」 のトータルなQAとは言いつつも、 現状では、 飼料 の安全性、 家畜の輸送、 家畜市場での取り扱いに関するQAが欠落していること、 また、 すでに導入されているQAシステムが、 それぞれ異なる組織によって推進さ れており、 これらのQAシステム間の連携が十分でない (管理ポイントの欠落や重 複などがある可能性がある) ことなども問題となっている。  前者の問題については、 それぞれの段階でのQAシステムの導入が検討されてお り、 近い将来解決が図られると考えられるが、 後者の問題には、 少々疑問符がつ く。 特に、 と畜・処理段階のQAは食肉の衛生検査を担当する連邦、 州関係機関が 独自のQAを推進しており、 1つのプラントでも輸出向けと国内向けで要求される 管理基準が微妙に異なる 「似て非なる」 2つのHACCP/QAが求められる可能性が ある。 加工業界サイドとしてはこれらのQAの整合、 或いは統一化を望みたいとこ ろであるが、 豪州は連邦制であり、 言わば州が1つの 「国」 であり、 現状では困 難な状況にある。  いずれにしても、 現状では、 各QAシステムは、 それを考案した組織がそれぞれ 独立して各々のシステムの導入推進を図っている状況にあり、 「農場から食卓ま で」 のトータルなQAを推進する上では、 リーダーシップを発揮する組織の設立、 或いは官民の総意として現存するいずれかの組織へ、 その権限を付与することが 望まれる。  わが国でも、 食肉でみれば生産段階は農林水産省、 と畜場からは厚生省所管と いう体制となっているが、 食品の 「農場から食卓まで」 の安全性、 品質保証を図 る上では、 より緊密な連携が必要となろう。  また、 先程、 意識改革について触れたが、 これは導入する生産者、 企業経営者 の意識改革だけでなく、 HACCP/QAを導入した段階では、 そこで働く者の意識改 革が導入の成否の鍵となることも留意しておく必要があろう。 すなわち、 HACCP は 「全ての食品の安全性の問題を解決しうる魔法の弾丸ではない」 こと、 単に安 全性を確保するための最善の方法論であり、 その方法論に基づいて正しく作業さ れて、 初めて安全性が確保されるということを忘れてはならない。  この点で、 特に、 と畜・処理段階でのHACCP導入は、 労使関係で問題を発生さ せる可能性もあると考えられる。 食肉処理においてHACCP方式を導入すれば、 全 作業工程を通じて重要管理点を設定し、 各管理点ごとにリスクのチェックが行わ れることになる。 すなわち、 従来の衛生検査のような最終製品の検査システムで は、 製品に異常があっても、 生産のどの段階で発生した異常かを確認できなかっ たものが、 HACCP方式では、 どの段階で、 さらに言えば、 誰の作業で発生した異 常かを容易に確認できることとなる。 従来なら誰のミスかわからなかったものが わかるようになるという点で、 その対処方針いかんでは問題となる可能性もある。 この点で、 作業監督者や食肉衛生検査員は、 「警察官」 から、 各作業段階で働く 者に対してその役割を認識させ、 適切なアドバイスを行う 「コーチ」 への意識改 革が求められよう。  豪州の食肉産業は、 労働制度の近代化が遅れ、 労使間の協調が未だ十分でない が、 現在、 HACCP/QAの導入推進は、 豪州食肉産業従業員組合 (AMIEU) も巻き込 んだ形で展開されており、 AMIEUサイドも、 安定した雇用機会を確保するために も、 働く者としても品質、 安全性確保の重要性を認識していかなければならない という立場をとっており、 HACCP/QA導入に関しては労使間で協調して進められ ている。

おわりに


 世界的に食品業界では、 HACCP、 QA、 ISOが90年代の流行語となっている感があ るが、 まだまだその実態も、 もたらすものも十分には認識されていないのが実情 ではないだろうか。  筆者も本レポート作成のために1年以上の勉強と準備期間をとってきたが、 世 界的なHACCP/QAの動きの激しさに驚くとともに、 多くの情報が入り乱れ飛び交 う中で、 勉強不足をひしひしと感じつつ何とか不完全ながらも本レポートをまと めた次第である。  非常に複雑で奥の深い課題ではあったが、 HACCP/QAに関する個人的な印象を 一言述べて締めくくることとしたい。  「これは、 製品ではなく、 人 (の意識) の問題である。 そう、 多くの食中毒事 件のように……。 」
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