海外駐在員レポート 

NAFTAによる農畜産物貿易への影響

デンバー事務所 本郷秀毅、 藤野哲也



はじめに


 北米自由貿易協定 (NAFTA) は、 米国、 カナダおよびメキシコの3カ国に
より締結された地域自由貿易協定であり、 94年1月1日に発効した。 一部の例
外品目はあるものの、 NAFTAは加盟3カ国の関税および非関税障壁を15年
間で撤廃し、 貿易の拡大と投資の促進を図ろうとするものである。 本協定におい
て注目すべき点は、 人口ならびにGNP規模でEUをしのぐ自由貿易圏が形成さ
れたことであろう。 

 米国においては、 NAFTA実施法512条により、 大統領は議会に対して、 
協定発効後3年間の運用の実態およびその効果を報告することが求められている。 
この報告書の議会への提出と相前後して、 本年6月から9月にかけて、 政府およ
び民間によるNAFTAの評価報告書が次々と公表された。 

 多くの報告書がそうであるように、 それぞれの報告書はある意図を持って書か
れている。 すなわち、 結論が先にあって、 その結論をいかにして説得力のあるも
のにするかという工夫がなされているといっていい。 今回も、 同じデータを共有
しながらも、 それぞれの報告書の視点の違いにより、 その評価に相当幅があるこ
とにも留意が必要であろう。 

 今月は、 NAFTAの評価に係る主要な報告書を参考にしつつ、 できる限り客
観的な視点で、 NAFTAによる農畜産物貿易への影響を中心に、 その概要を報
告する。 

1 NAFTAにおける畜産関連規定の概要


(1)3つの2国間協定からなる農業協定

 北米は世界最大の農産物輸出地域であるが、 貿易上、 農業分野がセンシティブ
な分野であることについては、 NAFTA加盟3カ国も世界の例外ではない。 米
国、 カナダ、 メキシコは、 それぞれに農産物の価格や所得を支持する国内政策を
有しており、 このような政策を効果的に支持するために、 多くの場合、 貿易の制
限措置が講じられてきた。 したがって、 自由貿易協定により国境措置を漸減ない
し撤廃することは、 国内農業に新たな困難をもたらすこととなる。 このため、 こ
のような各国の事情に配慮しつつ、 NAFTAの中で唯一農業分野だけが、 3つ
の2国間協定によって構成されることとなった。 

 89年より、 既に米加自由貿易協定が発効していたことから、 実質的には、 米
国・メキシコ間およびカナダ・メキシコ間の2つの新たな農産物貿易協定が結ば
れたことになる。 したがって、 今回公表された米国の各機関によるNAFTAの
評価においては、 メキシコとの農産物貿易協定における譲許内容が、 米国の農業
にどのような影響を与えたかが主要な論点となっている。 


(2)米・メキシコ間:牛肉は即時相互無税化

 米・メキシコ間の農産物貿易については、 すべての関税、 輸入割当、 輸入ライ
センス制度を、 15年間で完全撤廃することが合意された。 このうち輸入ライセ
ンス制度は、 メキシコ政府の自由裁量により許可されることが問題視されていた
ものであるが、 NAFTAの発効と同時に、 94年1月に即時撤廃された。 米国
からメキシコに向けて輸出される農産物の約3分の1は、 この輸入ライセンス制
度の下にあったとされており、 この中には、 家きん肉、 脱脂粉乳、 動物性脂肪な
どが含まれていた。 輸入割当、 輸入ライセンス制度などの非関税障壁は、 関税割
当制度に移行され、 2次税率についても、 最長15年間でゼロまで引き下げられ
ることになっている。 関税割当制度に移行された農産物の中には、 粉乳、 家きん
肉、 卵、 動物性脂肪などが含まれている。 

 他方、 米国も、 メキシコからの輸入に対して、 かつてのガットにおけるウェー
バー品目である砂糖・砂糖調整品、 乳製品、 ピーナッツおよび綿の4品目につい
て関税割当を設定するとともに、 メキシコからのいくつかの野菜や果実の季節的
な輸入に対して、 特別セーフガードを設定した。 なお、 NAFTAは、 乳製品輸
出奨励計画 (DEIP) 等の輸出促進事業には影響を与えないこととされた。 

 米・メキシコ間相互の主な畜産物の関税削減約束は下表のとおりである。 

表1 メキシコの主要畜産物に係る対米関税削減約束


表2 米国の主要畜産物に係る対メキシコ関税削減約束



(3)米・カナダ間:食肉は無税、 乳製品・家きん肉・卵は例外品目

 先に触れたように、 NAFTAは、 NAFTAに先立ち89年1月1日より発
効した米国とカナダ間の自由貿易協定である米加自由貿易協定をその中に包含し
ている。 本協定においては、 農産物に係る関税を、 乳製品・家きん肉・卵などの
例外品目はあるものの、 98年1月までの10年間で撤廃することが約束されて
いる。 生きた家畜、 牛肉、 豚肉などの関税については、 当初、 10年間で段階的
に削減することが合意されていたが、 関税削減の加速化により、 93年から無税
となっている。 なお、 米国およびカナダは、 両国間の貿易においては輸出補助金
を使用しないことを約束している。 

 他方、 カナダは、 ウルグアイ・ラウンド (UR) 農業合意に基づき、 乳製品等
の輸入に対して関税割当制度を導入するとともに、 割当枠を超える輸入に対して
は約300%もの高関税を課すこととし、 これをNAFTA加盟国にも適用する
こととした。 また、 米国もカナダに対して、 乳製品等の輸入に対しては、 UR合
意に基づく関税割当を適用することとし、 割当枠を超える輸入に対しては、 10
0%近い関税を課すこととした。 

 なお、 UR合意に基づきカナダが乳製品に対する関税割当を導入したことにつ
いては、 95年、 米国がカナダに対し、 NAFTAの規定に反するとして紛争処
理手続きに基づく協議を開始したが、 96年12月、 パネルは、 カナダが米国産
品に対して講じた措置はNAFTAの規定に合致しているとの裁定を下している。 

 米・カナダ間相互の主な畜産物の関税削減約束は下表のとおりである。 

表3 カナダの主要畜産物に係る対米関税削減約束

 注1.通貨単位はカナダセント。
  2.生きた家畜:牛は乳用雌牛を除く。

表4 米国の主要畜産物に係る対カナダ関税削減約束

 注1.カナダ向けの関税は、98年以降すべて無税となる。ただし、カナダに対
    しては農業調整法22条に基づく関税割当制度が維持されるため、カナ
    ダからの乳製品等の輸入に対してはWTO協定が適用される。
  2.生きた家畜:牛は乳用雌牛を除く。


(4)カナダ・メキシコ間:乳製品・家きん肉・卵は例外品目

 カナダ・メキシコ間については、 ほとんどの農産物に係る関税および非関税障
壁を15年間で撤廃することが約束された。 米・メキシコ間の合意との相違点は、 
関税の相互撤廃について例外品目を設けたことである。 具体的には、 乳製品、 家
きん肉、 卵、 砂糖などであり、 これらの品目にはWTO協定における関税削減約
束内容が適用される。 また、 メキシコは、 生きた豚、 豚肉およびハム、 動物性脂
肪等の輸入に対して、 関税割当制度を導入した。 

 カナダ・メキシコ間の農産物貿易規模は小さく、 NAFTA発効前の米・メキ
シコ間貿易規模に比べると、 そのわずか5%程度に過ぎない。 カナダの対メキシ
コ向け輸出品目の主なものを挙げると、 小麦、 カノーラ、 乳製品などであり、 逆
にメキシコからカナダ向けに輸出されるのは、 野菜および果実である。 


2 NAFTAに関する各種報告書の概要


(1)政府・農業団体は評価、 環境・労働団体は反対

 冒頭でも触れたとおり、 本年6月から9月にかけて、 政府、 民間団体、 研究機
関等が、 相次いでNAFTAの評価に関する報告書を公表した。 それぞれの報告
書は、 NAFTAの推進派によるものであるか反対派によるものであるかによっ
て明確にトーンが異なっている。 単純化していえば、 政府および農業関係の機関
がまとめた報告書はNAFTAを肯定的に評価し、 環境および労働関係の機関が
まとめた報告書はNAFTAを否定的にとらえているといっていい。 

 以下では、 主な報告書の概要を紹介する。 


(2)ホワイトハウス報告書

 「NAFTAの運用と効果の研究」 と題された本報告書は、 「NAFTA実施法」 
512条に基づき、 政府が、 協定発効後3年間の運用の実態およびその効果を評
価したものであり、 (3)の国際貿易委員会 (ITC) 報告書を参考としてとりま
とめられたものである。 したがって、 その内容はITC報告書と軌を一にすると
いっていい。 他の政府関係報告書と区別するため、 ここではホワイトハウス報告
書と仮称する。 

 本報告書によれば、 モノの貿易について、 NAFTA署名後、 対世界貿易 (カ
ナダ・メキシコを除く) が33%拡大したのに対し、 カナダ・メキシコとの貿易
は44%拡大しているなどとして、 その効果を評価している。 また、 労働、 環境
問題にも配慮しながら、 メキシコとの関係を中心に記述されているのが特徴とい
える。 

 農業分野については、 メキシコの農産物輸入に占める米国産品のシェアが、 9
3年の69%から96年には75%にまで拡大されたことが強調されている。 ま
た、 品目別では、 生きた牛、 牛肉、 乳製品等の輸出で実質的な利益があったとし
ている。 

 (注1:後述するデータからみる限り、 この評価にはやや議論の余地があるもの
と思われる。) 


(3)ITC報告書

1) NAFTAによる米国経済および産業への影響

 「NAFTAの米国経済および産業への影響」 と題された膨大な本報告書は、前
述のホワイトハウス報告書の基礎をなすものであり、 米貿易通商代表部 (UST
R) の要請により、 国際貿易委員会 (ITC) がとりまとめたものである。 

 本報告書によれば、 NAFTA発効後当初3年間の米国経済への影響は、 大き
なものではないものの、 プラスの効果があったとしている。 具体的には、 国内総
生産 (GDP) や経済成長率、 雇用に対しては、 特定の効果は認められなかった
としている。 他方、 貿易については、 メキシコとの貿易に効果があり、 産業分野
別では、 調査された68の産業分野のうち、 穀物や油糧種子を含む9つの産業分
野において効果があったとしている。 

2) NAFTAおよびURによる生きた牛および牛肉産業への影響

 「30年関税法」 332条および 「96年各種貿易および技術修正法」58条に
基づき、 政府は、 「NAFTAおよびUR合意の影響」を上下両院関係委員会に報
告することとなっており、 ITCが、 上記報告書とは別にとりまとめたものであ
る。 

 本報告書のうちNAFTAに関する評価については、 他の報告書とともに次節
以降で報告する。 


(4)USDA報告書

 「国際農業および貿易―NAFTA」 と題された本報告書は、 「NAFTA実施
法」 に基づき、 米農務省 (USDA) が議会への報告書としてとりまとめている
ものである。 USDAは、 同法に基づき、 97年以降、 2年に1度、 議会に対し
てNAFTAの効果を報告することが要求されているためである。 また、 本報告
書で強調されている点は、 ホワイトハウス報告書およびITC報告書とほぼ同様
であるが、 他の報告書に比べ、 実態や影響がデータに基づき詳細に記述されてい
る点が評価できる。 

 本報告書については、 他の報告書とともに次節以降で報告する。 


(5)農業関係機関による報告書

 「NAFTA加盟国に対する米国の農産物輸出実績」と題された本報告書は、 米
国の26の農業・農産物加工業者関係機関が共同スポンサーとなり、 大手コンサ
ルタント会社がとりまとめたものである。 これらの共同スポンサーの中には、 米
国食肉協会 (AMI)、 全国肉牛生産者・牛肉協会 (NCBA)、 全国豚肉生産者
協議会 (NPPC)、 国際乳製品協会 (IDFA)、 米国乳製品輸出協会 (USD
EC) など、 主要畜産関係団体が名を連ねている。 このほか、 穀物関係企業・団
体など、 NAFTAにより輸出の増加が期待できる機関が共同スポンサーとなっ
ている。 そのせいか、 本報告書は、 評価にやや客観性が欠け、 米国の正当性のみ
を前面に押し出している感が否めない。 なお、 メキシコからの輸入の増加により
苦戦を強いられている野菜、 果実などの農業団体は、 本報告書のスポンサーとは
なっていないことに留意することが必要であろう。 

 本報告書については、 他の報告書とともに次節以降で報告する。 


(6)反対派民間団体による報告書

 「失敗した実験」 と題された本報告書は、NAFTAに反対する経済政策研究所
など6機関が共同でとりまとめたものである。 本報告書によれば、 上記のNAF
TA推進派の報告書とは全く逆に、 NAFTAは、 貿易赤字の拡大により米国の
雇用喪失や環境の悪化を招いているなどととして、 その否定的な側面を強調して
いる。 

 具体的には、 96年の米国の対NAFTA赤字総額は390億ドル (約4兆7
千億円) であり、 93年に比較して332%も増加したことを強調している。 ま
た、 ホワイトハウス報告書が、 輸出の拡大により約31万人の雇用を創出したと
しているのに対し、 本報告書では、 貿易赤字の拡大により約42万人の雇用が失
われたとして、 まったく反対の見解を示している。 さらに、 メキシコから輸入さ
れたイチゴ、 レタス、 ニンジンについては、 15%前後が農薬の残留基準に違反
しているとして、 NAFTAは、 米国の食品衛生も弱体化させたとしている。 


3 農産物貿易全体への影響


 ここでは、 先に触れたITC、 USDAおよび農業関係機関による報告書を参
考にしつつ、 農産物貿易全体への影響について、 その概要を報告する。 


(1)農産物の輸出・輸入はともに増加

 これらの報告書によれば、 全体を考慮すると、 NAFTAは、 農産物貿易の拡
大を通じて、 米国農業に非常によい効果を与えているとしている。 なかでも、 メ
キシコの農産物・食料品の輸入に占める米国産品のシェアが、 93年の69%か
ら96年には75%にまで達していることなどを強調している。 


(2)対メキシコ貿易は不安定ながらも拡大傾向

 農業関係機関による報告書のデータを用いて、 米国にとって第3の輸出相手国
であるメキシコ向けの農産物の輸出をみると、 93年には34億ドル (約4千1
百億円) であったものが、 96年には50億ドル (約6千億円) に達している。 
一方、 メキシコからの輸入をみると、 93年の28億ドル (約3千4百億円) か
ら96年には39億ドル (約4千7百億円) へと拡大している。 ただし、 貿易収
支は極めて不安定であり、 基本的には米国の黒字基調であるものの、 95年には
米国の赤字となっている。 これは、 94年12月、 メキシコの通貨であるペソが、 
米ドルに対して一気に約2分の1に暴落するという危機に見舞われた結果、 95
年の米国の輸出が約25%も減少し、 逆に輸入が約30%も増加したためである
とされている。 

 ここで注意してみる必要があるのは、 96年のデータである。 結果だけみれば、 
96年には米国のメキシコ向けの輸出が急回復し、 貿易収支も黒字に転じている
ため、 政府・農業機関は、 このデータを基にNAFTAの成果を強調しているが、 
はたして、 これはNAFTAの成果といえるのであろうか、 という点である。 暴
落したペソは、 その後も低位安定的に推移していることもあり、 96年のメキシ
コからの輸入は、 95年とほぼ同水準となっている。 他方、 米国の輸出は一気に
50%も増加している。 報告書によれば、 これはメキシコ経済の回復によるもの
だとして強調されているが、 仮に経済が急に回復したとしても、 1国の農産物の
輸入がそれほど単純かつ急速に増加するとは思われない。 実は、 95年、 メキシ
コは大干ばつに見舞われ、 ある報道によれば、 穀物の収穫が94年に比べ26%
も減少し、 牛が41万頭も死亡したとされている。 

 (注2:メキシコの政府発表の統計によれば、 95年の穀物の生産はわずか3%
減少しただけとしているが、 メキシコ政府の統計は米国では利用されず、 USD
Aの推計値が用いられている。) 

 いずれがより事実により近いかはともかく、 データが証明しているのは、 米国
の対メキシコ向け穀物輸出が約2倍に急増しており、 これが輸出増加のほとんど
を占めているということである。 したがって、 干ばつの要因がなければ、 このよ
うな米国にとって都合のいい貿易収支結果にはならなかったものと思われる。 米
国の政府・農業関係機関の報告書は、 95年の米国の貿易収支悪化については、 
ペソの暴落によるものであるとして詳細を極める分析を行っているにもかかわら
ず、 96年の貿易収支については、 単純にNAFTAの成果であると強調するだ
けで、 この点に関する記述をあえて避けているとしか思えない。 

表5 米国の対メキシコ農産物貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:一部、魚介類を含む。

表6 米国の対メキシコ穀物貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:穀物製品を含む。

表7 米国の対メキシコ油糧種子貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:油糧種子製品を含む。

表8 米国の対メキシコ野菜・果実貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:ナッツ等を含む。


(3)対カナダ向け貿易は安定的拡大

 米国にとって日本に次ぐ第2の輸出相手国であるカナダ向けの農産物の輸出を
みると、 93年には59億ドル (約7千1百億円) であったものが、 96年には
64億ドル (約7千7百億円) とわずかに拡大している。 一方、 カナダからの輸
入をみると、 93年の54億ドル (約6千5百億円) から96年には73億ドル 
(約8千7百億円)へと拡大している。 この結果、 貿易収支については、 基本的に
は米国の黒字基調であるものの、 黒字は減少傾向にあり、 96年には米国の赤字
となっている。 これは、 穀物や油糧種子の貿易収支が、 NAFTA以前の黒字か
らNAFTA後に赤字に転じていることが寄与しているものと思われる。 

表9 米国の対カナダ農産物貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:一部、魚介類を含む

表10 米国の対カナダ穀物貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:穀物製品を含む。

表11 米国の対カナダ油糧種子貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:油糧種子製品を含む。

表12 米国の対カナダ野菜・果実貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:ナッツ等を含む。


4 畜産物貿易への影響


 ここでは、 前節と同様、 ITC、 USDAおよび農業関係機関による報告書を
参考にしつつ、 畜産物貿易への影響について、 その概要を報告する。 


(1)米国対メキシコ

1) 生きた家畜:米国の赤字基調

 生きた家畜の貿易のうち、 米国の貿易に最も大きな影響を与え得るのは、 メキ
シコによる生きた牛に課せられていた15%の関税の即時撤廃 (94年1月) で
あろう。 これに対し、 豚および家きんについては、 関税割当制度が導入されたた
め、 その影響は比較的小さいものと思われる。 

 生きた家畜の対メキシコ貿易を単純化していえば、 米国がメキシコに対し輸出
信用保証事業 (GMS:注3) を活用して種畜を輸出し、 逆にメキシコからフィ
ードロット向けの子牛やと場直行牛等を輸入する関係になっており、 常に米国の
赤字基調となっている。 米国の対メキシコ向け輸出は、 関税を撤廃したにもかか
わらず、 農産物輸出の全体的な傾向とは逆に、 NAFTA後やや減少傾向で推移
している。 また、 米国の輸入は、 近年、 比較的安定的に推移してきたが、 95年
に急増を示している。 これは、 同年のメキシコでの干ばつによってもたらされた
ものとされている。 逆に、 96年に輸入が急減しているのは、 メキシコが、 干ば
つによって急減した牛群の再構築を開始したためとされている。 
 
(注3) 米国農産物の輸出を促進するため、 開発途上国による商業ベースでの米
国農産物の輸入のための借入金について、 商品金融公社 (CCC) が信用状発行
銀行に対して債務保証を行う事業。 

表13 米国の対メキシコ生きた家畜貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」

2) 食肉・家きん肉およびその製品:米国の黒字基調

 メキシコは、 牛肉の輸入について、 それまで20% (生鮮および冷蔵) ないし
25% (冷凍) の関税を課していたが、 94年1月のNAFTA発効と同時に、 
これを即時撤廃している。 これに対して、 豚肉および家きん肉については、 関税
割当制度が導入されている。 

 食肉等の対メキシコ向け貿易をみると、 不安定ながらも米国が一方的に輸出す
る関係となっている。 メキシコ向けの輸出は、 NAFTA発足直後の94年に過
去最大を記録し、 95年は、 ペソ暴落の影響で前年対比60%以下の輸出に急減
したものの、 96年には、メキシコ経済の回復もあり、 NAFTA以前の水準に回復し
ている。 食肉等の中で、 最も輸出量の多いのは家きん肉であり、 輸出量も比較的
安定している。 

 各種報告書によれば、 NAFTA以前に比べ、 有意に輸出量が増えたとしているが、 
報告書で引用されている96年までのデータからみる限り、 とてもそのようには
理解しがたい。 

表14 米国の対メキシコ食肉・家きん肉貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」


3) 乳製品および卵:DEIPが左右

 メキシコは、 乳製品および卵の輸入ライセンス制度を廃止し、 関税割当制度を
導入した。 これらの2次税率については、 10年ないし15年で段階的に撤廃さ
れることとなっている。 

 乳製品等の対メキシコ向け貿易をみると、 食肉等と同様、 不安定ながらも米国
が一方的に輸出する関係となっている。 メキシコ向けの輸出は、 NAFTA発足
直前の93年に過去最大を記録し、 その後漸減傾向となっている。 輸出のほとん
どは乳製品であり、 卵は増加傾向にあるもにものの、 その量は極めて少ない。 

 農業関係機関の報告書によれば、 NAFTA発足後の輸出の減少は、 ペソの暴
落とメキシコ経済の停滞のせいだとしている。 ただし、 輸出は減少しているもの
の、 NAFTAは米国のメキシコ向けの輸出に好影響をもたらしているとしてい
る。 すなわち、 NAFTA以前のメキシコ向けの輸出は、 ほとんどが脱脂粉乳や
バターなどのバルク製品の政府補助に基づく輸出であったが、 NAFTA後は、 
同報告書の表現を借りれば飲用牛乳、 クリーム、 ホエイ等の高付加価値乳製品の
商業輸出が増加している、 としている。 

 しかしながら、 同報告書では触れられていないが、 米国の乳製品輸出奨励計画 
(DEIP) の支出実績をみると、 93年の1.6億ドル(約190億円) をピー
クに、 その後は、 94年1.2億ドル、 95年1.4億ドル、 96年0.2億ド
ルと漸減傾向を示していることからすれば、 これは、 主にDEIPによる補助金
付き輸出の削減を反映したものと考えた方が理解しやすいものと思われる。 

表15 米国の対メキシコ乳製品・卵貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」


(2)米国対カナダ

1) 生きた家畜:カナダの大幅黒字

 生きた家畜のカナダとの貿易については、 家きんを除き、 基本的に相互に無税
となっている。 カナダの家きん生産については、 生乳生産と同様、 供給管理政策
下にあり、 WTO協定に基づく関税割当が設定されている。 また、 生きた豚につ
いては、 84年以来、 カナダの養豚生産者に対する補助金を基礎に、 米商務省が
相殺関税を課してきた(注4)。 この相殺関税については、 半年ないし1年ごとに
見直されてきた結果、 現在、 生体1kg当たりわずか1.06セント (1.3円
/kg) となっており、 米商務省はその撤廃を示唆している。 

 カナダとの生きた家畜の貿易収支については、 カナダの大幅黒字となっている。 
米国のカナダ向けの輸出は、 カナダからの輸入の約10分の1に過ぎない。 

 ITC報告書によれば、 カナダから米国に輸出されると場直行牛は、 93年の
約93万頭から96年には約130万頭に拡大しており、 米国の消費量の約3%
を占めることが示されている。 ただし、 カナダ肉牛生産者協会によれば、 米国の
大手牛肉パッカーであるカーギル社およびIBP社が、 アルバータ州内のと畜処
理場の処理能力を拡大したことから、 今後はと場直行牛の輸出が減少し、 逆に米
国からの肥育素牛の輸入が増加するかもしれないとしている。 

 また、 カナダから米国に輸出される子豚および肥育豚もこの3年間で着実に増
加し、 96年には約280万頭に達しており、 米国のと畜頭数の約3%を占める
ことが示されている。 USDAの報告書によれば、 これは、 とくに96年の米国
の肥育豚の価格が90年以降最高の水準を記録したことや、 カナダドル安などが
影響しているとしている。 USDAは、 今後もカナダからの輸入は増加すると予
想しているが、 カナダ西部でのと畜処理場の処理能力の拡大などの動きから、 今
後は徐々に減少することも予想されている。 

 なお、 農業関係機関の報告書によれば、 米加間の生きた牛の貿易が米国の一方
的な輸入超過となっているのは、 米国の肥育素牛をカナダに輸出するのに、 1頭
当たり24ドル (約3千円) の検査等の費用を要することが一因であるとしてい
る。 しかしながら、 肥育素牛1頭当たりの価格 (400〜500ドル程度) に対
する輸出検査費用の割合 (関税換算) が5%程度に過ぎないことや、 ITC報告
書によれば、 米国による生きた牛の輸入検査費用は、 最低でも16.5ドル (約
2千円) 要するとしており、 そのほか検査官の超過勤務費用の負担なども考慮す
れば、 輸出入の検査費用間に大差はないものと推測され、 このことが米国の輸出
にとって大きな桎梏になっているとは考えがたい。 

 (注4) USDAによる報告書によれば、 カナダは、 94年に養豚に係る補助制
度を見直し、 産品特定的でない所得安定化対策の中に組み込んだことから、 相殺
関税の根拠はなくなったにもかかわらず、 商務省による相殺関税の算出根拠には、 
それ以前のデータが用いられているとしている。 

表16 米国の対カナダ生きた家畜貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」


2) 食肉・家きん肉およびその製品:カナダの黒字拡大基調

 食肉および家きん肉のカナダとの貿易については、 家きん肉を除き、 基本的に
相互に無税となっている。 カナダの家きん肉の輸入については、 生きた家きんの
場合と同様、 WTO協定に基づく関税割当の規定が適用されている。 

 カナダとの食肉および家きん肉の貿易については、 他の畜産物貿易に比べ、 輸
出入ともやや規模が大きく、 その貿易収支についてみると、 カナダの黒字拡大基
調となっている。 これは、 米国からカナダ向けの輸出が安定的に推移しているの
に対し、 カナダからの輸入が、 牛肉の輸入を主体として増加基調で推移している
ためである。 より具体的にみると、 カナダからの牛肉の輸入については、 92年
までは米国の黒字であったが、 93年以降カナダの黒字拡大基調となっており、 
ITC報告書によれば、 生きた牛の輸入を牛肉に換算して合計すると、 96年の
カナダからの牛肉の輸入は、 米国の牛肉生産量の約6%を占めるとしている。 

 豚肉の貿易については、 米国からカナダ向けの輸出が増加基調にあるものの、 
その量は、 カナダからの輸入の10分の1程度に過ぎない。 

 一方、 家きん肉の貿易については、 カナダの競争力が弱い中で、 米国からカナ
ダ向けの輸出が着実に拡大しており、 他の食肉の貿易とは様相を異にしている。 

表17 米国の対カナダ食肉・家きん肉貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」
  注:食肉・家きん肉製品を含む。

表18 米国の牛肉生産量に占めるカナダからの牛及び牛肉の輸入割合

 資料:International Trade Commission「The impact of the NAFTA & UR 
        on US imports & exports of live cattle for slaughter and fresh, 
        chilled, or frozen beef」
  注:カナダ産の生きた家畜は、カナダから輸入された子牛および成牛を枝肉
    換算したものである。


3)  乳製品および卵:貿易は限定的

 カナダの乳製品および卵の輸入については、 家きん肉関係の場合と同様、 WT
O協定に基づく関税割当の規定が適用されている。 また、 対抗上、 米国もカナダ
からの乳製品の輸入に対しては、 WTO協定に基づく関税割当の規定を適用して
いる。 

 したがって、 両製品の貿易規模は、 他の畜産物に比べ極めて小さいながらも、 
わずかずつではあるが輸出入とも拡大基調で推移している。 また、 基本的には、 
両製品ともカナダにとってとりわけセンシティブな品目であることもあり、 米国
の黒字基調で推移している。 

表19 米国の対カナダ乳製品・卵貿易

 資料:Promer International「US Agricultural Export 
        Experience with NAFTA Partners」


おわりに


 カナダおよびメキシコは、 米国にとって、 日本に次ぐ第2、 第3の農産物輸出
国となっており、 とりわけ、 畜産関係団体は、 NAFTAによる輸出拡大効果を
評価している。 しかしながら、 これまでデータに基づいてみてきたように、 その
成果は、 畜産関係団体がいうほど大きくないばかりか、 NAFTAの反対派が主
張するように、 輸出が必ずしも増加しない中で、 貿易赤字の拡大をもたらしてい
る面も否定できない。 

 また、 今回の報告書はすべて米国からの視点に基づき書かれたものであり、 カ
ナダおよびメキシコのNAFTAに関する評価は、 また別のものであろう。 当然
のことながら、 加盟国の中で、 競争力が弱いにもかかわらず厳しい競争にさらさ
れることとなったいくつかの農業分野からは、 NAFTAに対して反対の声があ
がっている。 しかしながら、 このような声は、 農産物貿易のより一層の自由化を
叫ぶ多数派の声にかき消されているのが実態である。 反対の声をあげている例を
挙げれば、 メキシコのフィードロット所有者協会、 メキシコの全国養豚委員会、 
米国のカノーラ協会、 米国の小規模家族農業団体であるファーマーズ・ユニオン
等である。 

 これまで報告してきたような政府自らによるNAFTAに対する好意的な評価
を踏まえ、 クリントン政権は、 チリの包含によるNAFTAの拡大や米州自由貿
易圏 (FTAA:南北アメリカ大陸全体の自由貿易圏) の実現のため、 ファスト
トラック (早期一括承認手続き) 権限の付与を目指し、 9月16日、 議会に対し
て関連法案を提出した。 チリとの自由貿易協定については、 メキシコとカナダが、 
既にそれぞれ2国間の自由貿易協定を締結しており、 米国だけが取り残された形
となっていることも背景にある。 

 NAFTAは、 実施に移されてまだ3年間しか経過しておらず、 加えて、 その
間のメキシコのペソ暴落に代表される加盟国の経済事情の変化、 メキシコの干ば
つに代表される生産事情の変化、 さらにはWTO協定に代表される新たな国際貿
易協定の締結などの貿易事情の変化もあり、 NAFTAだけに特定してその評価
を行うには時期尚早という感は否定できない。 いずれにせよ、 米国は自由貿易の
拡大による経済の発展を目指し、 NAFTAの拡大に向けて、 その巨大な足を1
歩前に踏み出しつつあることだけは確かである。


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