特別レポート 

米国、カナダ、デンマークおよび台湾の畜産環境問題と養豚への影響

畜産局 畜産環境対策室  木下 良智


 米国農務省(USDA)は、「世界の養豚は環境問題により制約を受けるか?」と
題したレポートを今年3月に発表した。米国、カナダ、デンマーク、台湾におけ
る畜産環境問題の現状と今後の養豚への影響を分析した論文としては、おそらく
初めてのものと思われる。それだけ各国の家畜ふん尿処理問題や悪臭問題が深刻
化していることの現れであろう。土地条件に恵まれ畜産環境問題とは無縁と思わ
れていた米国やカナダにおいても、ふん尿の河川への流出等の環境汚染問題が生
じ、大型畜産に対する規制が強まろうとしている。また、デンマークでも家畜ふ
ん尿の過剰散布等による地下水汚染が問題となり既に80年代から環境規制が打ち
出されている。台湾では、口蹄疫発生を契機に養豚の削減計画が打ち出されてい
る。これら豚肉輸出国における環境規制の強まりは、今後の世界の豚肉輸出パタ
ーンにも影響を及ぼすと見られる。こうした中で、今後、豚肉輸出競争力を持ち
うる国としてメキシコ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイを挙げているが果
たしてどうであろうか。

 以下は、USDAが発表した「世界の養豚は環境問題により制約を受けるか?
(World Hog Production:Constrained by Environmental Concerns?)」
(「Agri-cultural Outlook」(98年 3 月号))を翻訳したものである。 


1 はじめに

 世界の豚肉の貿易量は、近年大幅に増加している。豚肉の主要輸出国の輸出量
は、2国間や多国間の貿易協定の締結や所得の増加、輸送技術やシェルフライフ
の延長技術の進展により、89〜97年の間に年率4%で増加している。今後とも所
得の増加が続き、市場の自由化も継続し、チルド豚肉のシェルフライフを延ばす
技術も進むと見られることから、豚肉の国際貿易量は、さらに拡大するものと見
られる。USDAの見通しでは、豚肉の国際貿易量は21世紀も伸び続けるとみている。

 穀物や食肉の主要輸出国としての米国農業は、今後の豚肉の国際貿易の伸びに
関する次のようないくつかの重要な疑問に対し答えを出す必要がある。すなわち、

@どのような国が21世紀の豚肉の主要輸出国となるか?
A現在の主要輸出国は2006年においても依然として優位を保てるか?
B今後の豚肉の主要輸出国は、どの国かを決めるファクターは何か?

 97年の4大輸出国(米国、カナダ、デンマーク、台湾)の豚肉輸出量は、世界
の輸出量の約60%を占めている。そのうち米国は20%を占め、その主な輸出先は、
日本、カナダ、メキシコ、ロシアである。カナダの輸出シェアは19%で、主要輸
出先は米国と日本である。デンマークは17%を占め、EU域外への主要輸出先は、
日本、韓国、米国である。

 台湾は、世界市場に比較的最近に参入し、96年の輸出量の95%は日本に輸出さ
れている。しかし、97年初めに口蹄疫が発生した。その結果、日本等の豚肉輸入
国は台湾産豚肉の輸入を禁止した。USDAは、台湾は口蹄疫の影響を克服し、おそ
らく5年以内に日本向けの輸出を再開するとみている。その間、日本向けの豚肉
輸出は主として米国、カナダ、デンマークが行うことになろう。

 これら4大輸出国が、輸出需要の拡大見通しのうちどの程度を確保できるかは、
これらの国が今後自国の豚肉生産をどの程度拡大できるかにかかっている。国内
の豚肉生産の拡大能力は、次のような3つの生産資源(土地、労働力、資本)に
より制約を受ける。このうち、土地問題がこれらの4カ国の今後の豚肉生産の伸
びを最も制約するものと見られる。

 土地は、いくつかの理由により豚肉生産のキーポイントとなっている。土地は
畜舎に必要であることはもちろんのこと、米国やカナダでは、豚の飼料は国内の
土地基盤から供給されている。しかし、畜舎用地としての土地の重要性は、それ
ほど高くはない。デンマークや台湾のように、飼料の供給に十分な土地基盤がな
い場合は、飼料を輸入することにより補完可能である。

 土地は、豚のふん尿の還元にとって代替の出来ないものである。ふん尿を散布
する場合に十分な土地があることは重要である、なぜなら、ふん尿を最も低コス
トで処理する手段は、今のところこれ以外にないためである。実際に、養豚の場
合、必要な土地の大部分はふん尿の還元のためのものである。

 ふん尿は通常、貯留タンクやラグーン(ため池)に貯蔵される。これらの施設
で貯留されたふん尿は、肥料(主として窒素やリン)として農地に散布されるの
が一般的である。ふん尿が土地や作物の吸収量を超えて散布された場合には、地
下水汚染をもたらす恐れが高まる。

 養豚の飼養規模の拡大に伴うふん尿の還元農地については、最近まで次の2つ
の方法の組み合わせにより通常処理されてきた。すなわち、1つは土地面積当た
りふん尿施用量の拡大(面積を変えず施用量を増やす)であり、もう1つは還元
農地面積の拡大(面積当たり施用量を変えず面積を拡大する)である。比較的土
地面積に恵まれた国である米国やカナダの養豚の拡大は、ふん尿の施用面積の拡
大を伴ってきたが、土地資源の少ないデンマークや台湾では、一般にふん尿の施
用量の拡大により対応してきた。

 最近の大規模養豚の増加に伴うふん尿処理問題は、これらの豚肉輸出主要4カ
国のいずれの国でも国民的な論議の的となってきている。デンマークと台湾では、
豚の飼養密度が高く、人口密度も高いことから、国民の懸念は予想できる。

 土地に恵まれた米国やカナダでは、これまで国民的な論議が起きることは少な
いとみられていた。しかし、米国では、例えば地域内で排出される家畜ふん尿の
肥料分が作物の必要量を超える郡(County)が数百カ所存在している。こうした
地域では、畜産の規模拡大に対する住民の論議が先鋭化している。

 このように、人口が少ない地域が多いにもかかわらず、養豚の拡大やふん尿の
処理に対する政府の規制の強化を求める国民の声は、米国やカナダでの養豚を抑
制する恐れのあるレベルまで強まってきている。実際、これら4カ国で養豚が制
約されると、世界での豚肉需要の増加が見込まれるにもかかわらず、これらの国
からの豚肉輸出は期待されるほど増加しない恐れがある。


2 国民の環境への懸念に対する米国の対応状況

 米国では、国民の環境への懸念は、主として大規模な養豚経営体およびこれら
が環境や国民の「生活の質」に及ぼす脅威に対して向けられている。ふん尿のラ
グーン(ため池)が、あふれ水質が汚染される危険性や、大規模畜産経営からの
悪臭に対し、住民は地域や郡、州および連邦の各レベルで、既存の畜産経営や畜
産の新設計画に対し、もっと厳格な規制を課すように求めている。いくつかの州
では、環境への懸念と畜産の構造的な変化(特に規模拡大や集約化)を抑えよう
とする動きが政治的に結びついて、養豚の生産拡大に対する圧力が一層強まって
いる。

 新増設される集約的養豚場の近隣住民は、地域の都市計画委員会による審査の
強化という案から州全体での養豚場の新設の一時禁止案など、いろいろな規制案
を提案している。こうした措置は、米国の養豚産業の拡大能力に影響を与えるこ
とから、環境規制の程度のいかんが、今後の米国の豚肉輸出にとっての重要なカ
ギとなるかもしれない。また、こうした措置は、米国の養豚の構造や分布に影響
を与え続ける可能性がある。

 例えば、97年 8 月に全米第 2 位の肉豚生産州であるノースカロライナ州は、
養豚場の新増設を州全域で一時禁止する法律を定めた。禁止措置は、250頭以上の
養豚場に対し97年 3 月 1 日〜99年 3 月 1 日まで適用される。なお、ラグーン
方式以外のふん尿管理方式を行う養豚場に対しては、禁止措置は適用されない。

 この禁止措置に加え、同法は4,000頭以上の養豚場の立地を規制する権限を郡当
局に与えている。また、同法はセットバック規定(すなわち養豚場とその他の建
物(住宅や教会、学校、病院等)との距離の義務付け)やふん尿の散布の制限も
規定している。また、同法は、ノースカロライナ州農業省に対し、嫌気的なラグ
ーンの段階的廃止計画を策定するよう命じている。

 ケンタッキー州では、97年7月に養豚場の新増設を90日間禁止する行政命令を
出し、州政府が養豚場から居住地等までの距離やラグーンの規模を定めた緊急規
則を策定できるよう十分な時間を与えることとした。ミネソタ州では、3つの郡
の都市計画担当部局が養豚場の一時的な禁止を命じ、4つの郡は養豚場の規模拡
大を永久的に禁止した。ミシシッピー州やネブラスカ州でも養豚場の新増設が一
時的に禁止されている。

 アイオワ州では、Humboldt郡の監視委員会が95年に「郡が養豚場の新増設の許
可を行うとともに、放棄された養豚場をきれいにするための経費の算定や、ふん
尿の散布の規制を行うよう求める」条例を提案した。

 アイオワ州最高裁判所は、97年6月にこの条例の施行を差し止めたが、Humbol
dt郡の条例は、アイオワ州での規模拡大論争に一定の枠をはめたように思われる。
問題は、土地利用区分を行う権限が州政府にあるのか郡にあるのかという点であ
る。郡の方が州政府よりも厳格に農地の利用を規制する傾向にあることから、集
約的な養豚経営は州政府の土地利用条例の方を好む傾向にある。

 サウスダコタ州では、サウスダコタ家族農業法(Family Farm Act)(企業的な
農業を規制する法律で74年に制定)および、同法で現在認められている規模拡大
を制限するため土地利用規制をかけようとすることに対し、論争が巻き起こって
いる。95年の同法の解釈は、大規模な企業的な養豚がサウスダコタ州で生産の機
会を探るのを容易にした。タイソンフーズ社がHyde郡に50万頭の農場を建設しよ
うとする計画に対し、郡の住民は農場を近隣住宅から4マイル以上離すように求
める条例を成立させた。このことにより、大規模養豚はほとんど不可能となり、
タイソンフーズ社のような企業的養豚はHyde郡から事実上締め出された。

 また、サウスダコタ州では憲法を改正し、企業やシンジケートが家畜を所有し
たり、飼育したりすることを禁止しようとしている。この場合、家族が株の大部
分を所有し、かつ少なくとも家族の1人がこれで生計を立てている協同組合や家
族農業法人は、適用除外とされている。

 この改正は、マーフィー・ファミリー・ファーム社、キャロルズ・ファミリー
・ファーム社やタイソン・フーズ社のような大手の養豚経営が行っている契約生
産方式を事実上禁止することになる。

 カンサス州やネブラスカ州でも小規模の家族経営を守るため企業的農業を制限
している。現在、これらの規制は、経営規模の拡大を図ろうとする大規模養豚に
より両州で異議申し立てが行われている。カンサス州では、マーフィー・ファミ
リー・ファーム社が母豚26万頭以上の養豚場を家族農業として営業許可を申請し
ている。ネブラスカ州では、ノースダコタ社が年間肉豚出荷50万頭の農場の設立
許可を求めている。同社は、ネブラスカ州では82年法により企業による養豚が禁
止されていることから、肉豚を所有せず経営の管理を行うだけであり法律は適用
されないと主張している。

 オクラホマ州は、比較的人口が少なく、気温も高く乾燥している(ふん尿の処
理が容易)ことから、91年〜97年の間に豚の頭数が7倍に増加したとみられる。
集約的畜産による水質汚染や大気汚染の恐れを住民が懸念したため、97年6月に
オクラホマ集約畜産法(Concentrated Animal Feeding Operation Act)が制定さ
れた。同法では、5,000頭以上の集約的畜産は97年 9 月1日以降、許可が必要と
なるとともに、ふん尿の貯留施設の設置が義務付けられ、飼養頭数や立地により
住宅地からの距離が定められ、また、ふん尿のラグーンと地域の地下水面との間
の最低限の距離が定められた。さらに、この新法は、廃棄物の清掃のための補償
金を義務付けるとともに、許可申請者全員に過去3年間の環境問題の発生の有無
の報告を義務付けている。

 こうした州レベルで起きている論争に加え、連邦段階でも養豚を規制する法案
が審議中である。昨年10月に議会に提案された「The Animal Agriculture Refor
m Act」(畜産再編法)は、肉豚1,330頭以上、鶏57,000羽以上、乳牛270頭以上、
肥育牛530頭以上の畜産経営体は、USDAに対しふん尿の処理計画を提出し承認を受
けるように求めている。

 同法案は、作物の必要養分量以上にふん尿を散布することを禁じている。ふん
尿の処理計画書には、ふん尿の処理、貯留、散布、輸送および処分方法を記載す
る必要がある。同法案は、大規模畜産経営に対する全国的な環境基準を定め、各
州が大規模畜産を誘致するために環境基準を緩める等の州間の競争を防ぐ狙いが
ある。

 連邦政府が最近発表した「水質保全アクションプラン」(Clean Water Action 
Plan)も、水質や環境の保全のための対策と併せ、畜産経営体および家畜ふん尿
の土壌還元問題に焦点を当てている。

 米国の養豚産業と国民との間の合意を得るための模索が続くにつれ、低コスト
の集約的畜産の拡大と国民の環境への要求との対立関係が次第に明らかになって
きている。環境規制の強まりは、米国の豚肉の生産コストの上昇を招き、規制が
強化されない場合に比べ生産が減少することとなる。もし、米国の消費者の需要
や他の主要輸出国の生産コストが一定で推移するとした場合、米国の養豚産業に
よる土地資源の利用コストの増加は、国内の豚肉価格を上昇させ、国際的な豚肉
市場での米国産豚肉の競争力を低下させる恐れがある。

 米国の養豚産業に対する規制がさらに強まっても米国が国際競争力を維持でき
るかどうかは、他の豚肉生産国の政府が自国の国民の環境への懸念にどのように
対応するかにかかっている。米国と同様に外国の政府が養豚に対する土地利用規
制やその他の規制をかけた場合には、その国の豚肉の国際競争力も低下する。従
って、米国やその他の輸出国の環境規制の強化に伴うコストの増加が、国際競争
力にとって重要なカギとなる。

 カナダでも、大規模養豚は米国の生産者が直面しているのと同様な攻撃に直面
している。デンマークは、国内とEU段階の両方から厳しい環境規制を受けている
にもかかわらず、養豚生産者は国際競争力を維持している。台湾では集約的養豚
が環境に及ぼす影響に対する国民の懸念は、口蹄疫の発生により薄まった。


3 カナダでも規制に直面

 カナダの豚の飼養頭数は米国の 5 分の 1 に過ぎないが、カナダでも米国の養
豚で生じている戸数の減少、規模拡大の進展、インテグレーション化といった構
造変化と同様な現象が生じている。また、米国と同様、カナダの養豚産業の新し
い生産構造や生産手法に対し、国民からの環境への懸念が生じている。

 養豚場の新増設予定地(特にオンタリオ州やマニトバ州)の近くに住む住民の
多くは、大規模養豚場による水質汚染や大気汚染(悪臭)への懸念を示している。
その結果、カナダでも米国で課されているのと同様な規制が課せられてきている。

 例えばオンタリオ州のRondeau Bay やEast Hawkesburyでは、養豚場の新増設の
許可が反対されたり阻止されたりしている。オンタリオ州のUsburne町では、養豚
場を規模拡大する者は専門家が作成した肥料分管理計画書を提出しなければなら
ないとする規則が最近定められた。オンタリオ州のTurnberry町でも、150家畜単
位以上の経営に同様な義務を課している。97年 6 月、マニトバ州のDouglas区の
議会は、母豚3,000頭規模の養豚場の建設申請を、悪臭や井戸の汚染、地価の下落
を心配する住民の声を受け却下した。

 サスカチュワン州とアルバータ州の政府は、集約的な養豚場の増加を注意深く
見守っている。サスカチュワン州のSaskatoon裁判所は、97年10月に、大規模養豚
場の建設に際しては、事前に環境影響評価が必要であるとの判決を下した。アル
バータ州政府は、最近、集約的穀物生産や集約的畜産の環境影響評価について研
究を行うと発表した。

 オンタリオ州農業食料省が公表したカナダの企業養豚の経営収支報告によれば、
カナダの生産者は既にふん尿処理に米国の生産者よりも多くの経費を支払ってい
ることが分かった。このように、カナダ産豚肉の国際競争力を高めるためのカギ
は、規模拡大による収益増が、環境規制の強化によるコストの上昇を上回れるか
どうかにかかっている。


4 デンマークや台湾の動向

 いくつかのEU加盟国は、デンマークのように水質の改善や、観光や漁業のため
の沿岸の水質の改善のため環境規制を導入した。デンマークの法律は、農業から
出る硝酸塩の量を制限することにより養豚の拡大を事実上制限している。80年代
半ばにおける家畜ふん尿による水質の汚染の発生を契機に、デンマークは、農業
由来の窒素の浸透を削減するために、90年代の初めにふん尿の貯蔵や散布や肥料
の管理を規定したいくつかの対策を定めた。

 デンマークの畜産農家は家畜飼養頭数に応じて6カ月〜9カ月分の貯留能力の
あるふん尿貯留タンクを所有しなければならない。養豚農家は、1ha当たりに散
布できるふん尿中の窒素量を1.7家畜単位に制限しなければならない。この密度を
超える農家は、過剰のふん尿を近隣の農家の農地に散布することにより、この基
準を達成することが出来る。ただし、セットアサイド(減反)を行っている農地
は、これにカウントできないため、ふん尿の散布には使用できない。いかなるふ
ん尿も凍結した土地や、収穫後〜11月1日までの間に作物を栽培していない土地
には散布できない。また、ふん尿は散布後12時間以内に土をかぶせなければなら
ない。

 94年デンマーク農業法(Agricultural Act)は、畜産農家はふん尿の還元のた
めに自分の飼養する家畜頭数(家畜単位ベース)に応じ一定割合の農地を自ら所
有しなければならないと定め、畜産の粗放化を促進している。
例えば、120家畜単位までの農家は、生産されるふん尿の還元に必要な農地面積の
25%以上を自ら所有しなければならない。同様に、250家畜単位の農家の場合は、
ふん尿の還元に必要な農地面積の60%以上、500家畜単位以上の場合は、100%の
農地を自ら所有しなければならない。家畜の頭数を増やすためには、農家はふん
尿の増加分に対応した農地を所有または購入しなければならない。なお従前は農
地を借りてもよかった。

 農地面積が25エーカー以上の農家は、肥料の管理計画書および生産利用台帳
(バランスシート)を作成しなければならず、かつ、肥料の施用基準を超えては
ならず、違反すると罰則がかかる。冬期に裸地からの硝酸塩の溶脱を減らすため
に、農家は栽培面積の65%にグリーンカバー(緑の作物)を作付けるよう求めら
れている。

 また、デンマークの養豚経営体はEUの硝酸塩規則を受け定められた法令にも従
わなければならない。91年12月、欧州共同体(現在は欧州連合)は農業由来によ
る水質の硝酸塩汚染を削減するため、硝酸塩規則を定めた。同規則では、水質中
の硝酸塩濃度の上限を、世界保健機構(WHO)の勧告やEUの水道水質基準を定めた
規則と同じ50mg/リットルと定めている。

 また、硝酸塩指令は硝酸塩問題に対処するために加盟国が守らなければならな
い基準や手続きについても定めている。加盟国は、93年12月までに農業が水環境
に影響を及ぼす地域を脆弱地域として指定するとともに、農業からの過剰な窒素
の排出を防ぐために優良農法規範(Code of good Agricultural Practice)を策
定するように求めている。また、95年12月までに加盟国は、脆弱地域内における
化学肥料やふん尿の使用について、優良農法規範をベースとした行動計画(acti
on program)を策定するように求められている。この行動計画は、99年12月まで
に完全実施しなければならない。

 本硝酸塩指令は、行動計画の中でふん尿の農地への施用限度を1エーカーあた
り窒素153ポンド(放牧家畜のふん尿も含む)に抑えるように定めている。しかし、
集約的畜産を抱える加盟国に配慮し、96年〜99年の間はふん尿の施用限度量を1
エーカー当たり189ポンドに緩和されている。なお、作物の生育期間が長いとか、
窒素吸収量の多い作物があるとか、降水量が多い等の正当な理由がある場合は、
硝酸塩指令の目的に反しないことを条件に、別の窒素基準が設定できる。

 また、加盟国は、行動計画を評価するためのモニタリング制度を定めるととも
に、行動計画が優良農法規範の目的を十分に満たすようにしなければならない。
もし、行動計画がその目的を満たしていない場合には是正措置をとらなければな
らない。行動計画は、少なくとも 4 年に  1 回見直さなければならない。

 国内法およびEU規則に基づき、デンマークの養豚生産者は、現在米国の生産者
が受けているような規制を90年代前半以来受け続けている。環境規制等による生
産コストの上昇にもかかわらず、デンマークの高付加価値の豚肉はEU以外の多く
の市場で依然競争力を保っている。生産コストの高さを補い、国際競争力の維持
に寄与している要因としては、デンマークの養豚産業が生産から処理加工まで一
貫したシステムを持ち、販売に力を入れていることが挙げられる。

 台湾の豚の飼養頭数は、日本向けの豚肉の輸出の増加を反映し、60年から95年
の間に600%増加した。97年 3 月の口蹄疫の発生前は、台湾は、日本に95%輸出
していた。

 台湾では人口密度の高さと大型集約畜産が併存しているため、政府は、91年に
今後6年間で肉豚生産を3分の 1 削減する提案をした。しかし、日本の輸出市場
の拡大による高豚価により、生産者は政府の目的に従おうとする意欲を失った。

 これと同時期に、91年 5 月に台湾で成立した水質汚濁防止法(Water Polluti
on Control Act)に基づき、豚のふん尿処理の基準が定められた。その後、豚の
ふん尿処理基準は、93年に強化されたが、実施されていない。

 台湾からの報告によれば、生産を再開するに当たって、経営者は衛生や土地利
用、環境保全に関する基準を満たすことが義務付けられ、従って零細で資本力の
ない経営者はやめざるを得なくなるだろうと分析している。実際、97年4月に台
湾政府は、2,000頭未満の養豚農家の80%を廃業促進する新たな 6 カ年計画を発
表した。公式発表によれば、構造変化が必要な理由として世界貿易機関(WTO)へ
の早急な加盟を挙げている。WTOに加盟する際、台湾は、豚肉市場のアクセス拡大
を行うものとみられ、輸入に競争しうるような国内養豚産業の育成が必要となっ
ている。

 台湾での養豚に対する規制の強化や豚肉市場の自由化は、豚肉生産の抑制に働
くものとみられ、また、口蹄疫の発生は、次の三つの理由からこれに一層拍車を
かけるものとみられる。その一つは、口蹄疫の発生のため集約的養豚経営が飼養
頭数を減らしたことにより、環境問題が軽減したため、台湾の市民は、現在の環
境規制を一層強化するように政府に大きな圧力をかけてくるとみられること、第
二は多くの零細な養豚経営は、口蹄疫の発生後の生産再開には多額の資金が必要
なことや環境規制の強まりに生き残れないとみられること、第三は口蹄疫の発生
が台湾の大規模養豚業者の海外への生産の一部移転を促したことが挙げられる。
現在では、台湾国内の農場のみに依存するのではなく、カナダ等海外で台湾人が
所有する養豚場からも輸出所得を得てきている。


5 国際豚肉市場へ新規参入する可能性のある輸出国

 環境汚染に対する規制の強化により、土地資源の少ない輸出国(デンマークと
台湾)と相対的に土地資源に恵まれた国(米国とカナダ)については次のような
2つの結論が考えられる。土地資源の少ない国については、環境規制の強まり(例
えばデンマークの厳格なふん尿散布規制)は、飼養頭数の抑制をもたらす。また、
台湾では、環境規制や、輸入との競合、防疫対策によるコストアップにより、豚
の頭数は口蹄疫発生前の1,200万頭を下回るものとみられる。

 しかし、頭数の抑制は、デンマークの例にみられるように、必ずしも輸出部門
の利益の減少を意味するものではない。土地資源の少ない国の養豚産業の収益性
は、技術の革新や、規模拡大によらないコスト削減によりもたらされるとみられ
る。このことは、拡大する世界市場に占めるデンマークや台湾のシェアは低下す
るが、産業の収益性は増加する可能性を示唆している。

 台湾やデンマークは、国土が狭く人口が多いという土地の制約を持っている一
方、土地資源に恵まれ人口密度も低い米国やカナダは、生産を拡大し世界の豚肉
需要の増加に対応できる主要輸出国と考えられる。米国やカナダでは、環境規制
の強化は生産コストの高い農家を減少させ、国内の豚肉価格を上昇させることに
なる。

 世界の4大豚肉輸出国における環境面からの土地利用規制が強まれば、世界の
豚肉の需要は増加していることから、世界の豚肉価格は規制が強化されない場合
に比べ、より急速に上昇するものとみられる。環境規制の強化による生産コスト
の上昇と世界の豚肉価格の上昇は、現在豚肉を輸入している国や生産コストが相
対的に低い国における養豚の発展を促すことになる。土地資源に恵まれ、飼料供
給力もあり、規制も少ない国が豚肉輸出を拡大するであろう。もし、防疫対策が
成功すれば、メキシコやブラジル、アルゼンチン、ウルグアイはその有力な候補
と考えられる。


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