海外駐在員レポート 

米国・カナダの次期WTO交渉ポジション

デンバー駐在員事務所 本郷秀毅、樋口英俊




1 はじめに

 86年9月、ウルグアイのプンタ・デル・エステで開始を宣言された第8回多角的
貿易交渉ウルグアイ・ラウンド(UR)は、93年12月に至り実質的に妥結し、翌94
年4月、モロッコのマラケシュで開催された閣僚会合において、加盟111カ国によ
る最終文書への署名をもって終了した。この間、実に7年7ヵ月の期間を要したこ
とになる。

 翌95年、それまで国際条約としてのみ存在していた「関税および貿易に関する
一般協定(ガット)」は、法人格を有する「世界貿易機関(WTO)」として新た
に生まれ変わった。そのWTO協定の下で、農業協定については、95年から2000年
までの6年間を実施期間として、市場アクセス、国内支持、輸出競争を含む農業
保護の削減が開始された。農業協定においては、実施期間の終了1年前からの交
渉の再開が約束されている。

 今月号では、次期WTO交渉を目前に控えて、WTO加盟諸国が自国の交渉ポジシ
ョンを次々と明らかにする中、米国・カナダの交渉ポジションの形成、政府とし
ての交渉ポジションペーパー、畜産を中心とする農業関係団体の優先事項の概要
などを報告する。

 また、両国の交渉ポジションを見る上での示唆となる過去の農業交渉の推移に
ついては、本レポートの最後に補論としてまとめた。


2 米国の農業交渉ポジション

(1)交渉ポジションの形成

・比重はUSTRに移行

 米国では、ガット・WTO協定は条約と考えられており、交渉の権限は行政府に
あるが、交渉結果については議会の承認が必要とされている。このように権限が
分散されている中で、極端に面倒とされている手続きを促進するため、米国はケ
ネディ・ラウンドの支持を目的として、60年代初期に米通商代表部(USTR)を
設立した(注:現在の名称になったのは80年。)。
 前回のURで貿易交渉上の役割が縮小した米農務省(USDA)は、今日ではUSTR
の組織強化によりさらに役割を縮小している。具体的には、USTRによる農業担当
大使の設置である。農業以外では、繊維分野にしかこのような特別交渉官は存在
していない。

・産・官・議会による交渉ポジションの形成

 ただし、交渉ポジションの策定に当たっては、行政府内ではUSTRとUSDAが協
力して基本的なスタンスや優先事項を定め、側面から米国際貿易委員会(ITC)
が支援するシステムとなっている。その策定に当たって、USTRおよびUSDAは過
去2年間にわたって民間からの意見を聴取する公聴会を設けている。また、農業
分野では、民間人からなる公的な機関として、「農業政策助言委員会」のほか専
門委員会としての「農業技術委員会」を設置し、交渉ポジション策定に当たって
の意見を聴取している。さらに、議会においても関係委員会が商品別団体などか
ら意見を聴取し、USTRに対し助言・勧告を行っている。

 以上のほか、非公式の民間業界同盟として、約80に及ぶ生産者団体、業界団体、
食品関連企業などが「シアトル・ラウンド農業委員会(SRAC)」を構成し、米
国の交渉ポジションの策定に大きな影響力を行使している。そのメンバーの中に
は、商品横断的なファーム・ビューロー(AFBF)のほか、全国肉牛生産者・牛肉
協会(NCBA)、全国豚肉生産者協議会(NPPC)、全国鶏肉協議会(NCC)、全
国生乳生産者連盟(NMPF)などの主要生産者団体、さらには米国食肉輸出連合
会(USMEF)、米国家きん・鶏卵輸出協会(USAPEEC)、米国乳製品輸出協会
(USDEC)などの主要輸出協会が含まれており、言いかえれば、ほとんどすべて
の畜産関係団体が加盟していると言える。

 このように、米国では、交渉ポジションの策定は、民間、行政および議会の3
者が密接に連携を取りながら進められている。米国農業は輸出志向であることも
あり、民間の意見が反映されやすい仕組みとなっている。


(2)USTR交渉ポジション・ペーパー

・EUのCAP、バイオテクノロジーが最大の課題

 米国は、農業関係団体の要望や公聴会における関係者からの意見などを踏まえ、
交渉分野ごとに政府としての次期交渉におけるスタンスをまとめている。

 議会公聴会におけるバシェフスキーUSTR代表による発言によれば、国別にみれ
ば、米国にとっての最大の課題は、ケネディ・ラウンド以来の課題となっている
EUの共通農業政策(CAP)の扱いである。中でも輸出補助金については、世界全
体の85%はEUによるものであることを強調している。分野別には、バイオテクノ
ロジーの問題を第2の課題として掲げている。また、米国の農産物に対する関税
水準が10%以下であるのに対し、世界平均は50%もあることを強調し、関税水準
の均衡を課題として掲げている。

・センシティブな品目は防御

 他方、米国のセンシティブな品目については貿易自由化から守ると発言し、攻
撃一方のスタンスではなく、防御もある程度必要であるとの認識を示している。

 以下は、USTRが7月に公表した次期WTO交渉において取り組むべき農業分野の
課題である。

@市場アクセス

・市場アクセス機会の最大限の改善および全WTO加盟国における関税譲許構造の
 統一化

・具体的には、農業に関する関税のゼロ・ゼロ提案(関税相互撤廃)を含め、関
 税率の削減およびその譲許(譲許表に記載された関税率を超えて関税を一方的
 に引き上げないという約束)

・関税割当品目に対する市場アクセスの拡大

・実行税率および譲許税率の格差の削減

・ 複雑な関税制度の単純化

・関税運用制度の信頼性および透明性の拡大

・関税割当制度を管理する機関および輸入国家貿易企業の透明性・競争に関する
 規律

・後発開発途上加盟国に対するさまざまな手段を通じた市場アクセスの拡大
 
A国内支持

・貿易わい曲的支持の削減

・貿易わい曲効果の少ない「緑」の政策を保持しつつ、生産に関連したすべての
 支持が規律に従うようルールを強化
 
B輸出競争

・残存する輸出補助金の完全撤廃および将来における使用の禁止

・輸出補助金に係る規律を回避し得る他の手段に関する規定の明確化および輸出
 競争をゆがめる他の慣行に対する新たな規定の構築

・具体的には、輸出国家貿易企業に係る運営の透明性の改善、食料安全保障など
 の関心事項に対処するための輸出税の使用禁止
 
C衛生植物検疫(SPS)協定・非関税障壁

・バイオテクノロジーを利用した農産物貿易での目標は、不必要で恣意的な貿易
 障壁を築くことなく、意思決定過程が透明で予測可能かつタイムリーな手続き
 に基づくこと
 
Dその他の関心事項

・貿易と労働基準(本ペーパー公表後、貿易と労働に関する作業部会の設置を提
 案)

・持続的発展のための「貿易と環境に関する委員会」の活用


(3)農業関係団体の優先事項

・交渉は包括方式を支持

 生産される農産物の4分の1から3分の1が輸出に仕向けられる米国農業は、一般
に輸出志向が強いが、その立場は商品ごとに微妙に異なる。最も輸出志向の強い
家きん部門などから、輸出志向でありながら関税割当制度により国内保護措置も
併せとる牛肉部門、さらには数々の連邦政府による規制に守られてきた酪農、砂
糖、落花生および綿花部門まで多岐にわたる。

 農業関係団体の優先事項のほとんどは、上記のUSTRポジション・ペーパーに反
映されていることから、ここでは、重複をできるだけ少なくするため、SRACが
まとめた米国農業・食品産業部門の共通目標のうち、ポジション・ペーパーに反
映されていない事項のみを列記する。

・交渉はすべての部門を同時に交渉・合意する包括方式とすること(注:政府方
 針である合意のできた分野から実行に移す早期収穫方式とは立場を異にする。)

・商品、政策の例外なく交渉の対象とすること

・貿易に係る非関税障壁の撤廃

・国内支持については、米国が96年農業法で既に実施しているように、できる限
 りデカップルされた方式に移行すること

・貿易紛争の早期解決およびパネル裁定の迅速な実施

・食料輸入国の安全保障を確保するため、食料輸出に係る制裁の回避およびWTO
 協定上の約束として農産物の輸出を制限または禁止しないこと(注:政府方針
 では輸出税の使用禁止をもって食料安全保障に対処するとしている。)

・経済的な基準を用いて、WTO協定完全順守に向けた開発途上国からの卒業ルー
 ルを策定すること

・ファストトラック交渉権限更新は2001年以降か

 なお、農業関係団体は、次期WTO交渉促進のため、米政権に対し再三にわたり
ファスト・トラック交渉権限(通商協定に関する一括無修正議会審議手続き)の
更新を要請している。しかし、貿易自由化に反対の立場をとる労働組合などを支
持基盤の1つとする現民主党政権下では、その実現はほぼ不可能とみられており、
その更新は、早くても2001年1月の次期大統領就任後になるものとみられている。


(4)商品別団体の優先事項

 以下では、主要畜産関係団体の次期WTO交渉に向けた交渉スタンスについて、
全体との重複をできる限り避けながら、そのポイントを列記する。

@肉牛関係団体

・日本の牛肉関税1ケタ台へ

 米国は、輸入面では、URにおいて食肉輸入法の関税化を行うとともに、ウルグ
アイおよびアルゼンチンに対し、衛生条件の改善を条件としてそれぞれ2万トン
の国別輸入割当枠の設定を行った。他方、輸出の観点から見ると、日本に対して
は牛肉関税について50%から38.5%への引き下げを約束させるとともに、韓国に
対しては牛肉輸入枠の拡大および2001年1月からの輸入自由化などを獲得して輸
出を伸ばし、現在では、生産量の8〜9%が輸出に仕向けられるまでになっている。

・日本、韓国など既存の主要輸出市場における関税の1ケタ台までの削減および
 関税をゼロまで引き下げる期限の設定

・アンチ・ダンピングの定義の見直し(現在のWTO協定の規則では、原産国の生
 産コストを下回っていることが基準の1つとなっているが、NCBAとしては、
 取引価格にサイクル性のある牛肉のような商品にはそれだけでは十分でないと
 の認識)

・EUによるSPS協定の順守(ホルモン投与牛肉輸入禁止問題の解決)

◇図1 米国の牛肉輸出量の推移◇

A養豚関係団体

・日本市場へのアクセス拡大

 URにおいて、米国は日本の豚肉の基準輸入価格(正確には分岐点価格)につい
て15%の引き下げを獲得するとともに、韓国については97年からの豚肉輸入の自
由化を獲得している。こうした結果、URが合意された94年以来、豚肉の輸出の伸
びは数量ベースで2倍を超えている。台湾での口蹄疫発生という偶然が重なった
とはいえ、URの成果を最も享受している分野と言っていい。

 それだけに、次期交渉に臨む態度も攻撃的である。豚肉関税が米国はほとんど
ゼロ、カナダはゼロであることから、米国はカナダに対し、豚肉をゼロ・ゼロ提
案(関税および輸出補助金の相互撤廃)の対象品目に加えることを提案している。

・関税削減の加速化

・日本市場へのアクセス拡大(差額関税制度およびセーフガードの見直しを含む。)

・EUの豚肉輸出補助金および輸入規制の撤廃(現在、世界最大の豚肉輸出国はデ
 ンマークであるが、これは輸出補助金に依存したものであり、輸出補助金さえ
 なくなれば、米国がその利益を享受できるとの認識)

・EUによるSPS協定の順守(米国は、EUの第3国食肉指令や特定の抗生物質の使用
 禁止などを科学に基づかない輸入障壁と認識)

・EUの関税引き下げ

◇図2 米国の豚肉輸出量の推移◇

B酪農関係団体

・EUの輸出補助金廃止

 国内的には価格支持、国境措置についてはウェーバー(一定の条件の下での関
税譲許および数量制限廃止の義務免除)に守られてきた米国の酪農産業は、UR交
渉時には農産物貿易の自由化を標ぼうする米国の交渉ポジションに反対の立場を
取っていた。しかしながら、交渉終了後間もない95年、生産者の資金により米国
乳製品輸出協会(USDEC)を設立するなど、次第にそのスタンスを変えつつあっ
た。さらに、WTO協定発効後に制定された96年農業法では、2000年以降加工原料
乳価格支持制度の廃止を決定し、市場志向型・輸出志向型酪農政策への大転換を
図ろうとしていた。

 他方、UR合意を振り返れば、米国は輸入面ではウェーバーを関税化するととも
に、輸出面では、日本からはホエイ輸入枠の設定・拡大、アイスクリームおよび
特定のチーズ関税について他の乳製品以上の引き下げを獲得するとともに、韓国
からはホエイやチーズなどで譲歩を勝ち取っている。

・保守化傾向に逆戻り

 しかしながら、次期WTO交渉の開始を目前に控えて、酪農関係団体は微妙にス
タンスを変えつつある。具体的には、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)に
おける乳製品取引価格の乱高下が生乳取引価格の乱高下をもたらす中、2000年以
降廃止が予定されていた加工原料乳価格支持制度について、1年間の延長を勝ち
取ったことである。NMPFによれば、1年間の延長は予算上の技術的な問題であっ
て、実質的には96年農業法実施期間である2002年まで延長が確保されておリ、次
期農業法においても、当然のことながら存続を働きかけるとしている。また、連
邦ミルク・マーケティング・オーダー制度についても、現状維持的な制度改革に
逆戻りさせようとする努力がなされている。

 このように、米国の酪農関係団体のスタンスはやや後退・保守化しつつあると
みていい。シークエンシング(順番付け)と言われる条件付きの交渉ポジション
がその微妙なスタンスを表している。5年間を期限として輸出補助金が2002年ま
でに廃止されるという合意がなされなければ、市場アクセスの交渉は開始される
べきではないというのがそれである。

 こうした背景には、依然として米国産乳製品価格と国際乳製品市場価格に大き
な格差があることに加え、農産物の輸出需要が低迷する中、穀物や豚肉などの輸
出依存型の農業部門が、総じて価格低迷に苦しんでいる事実を目の当たりにして
いるという事実がある。

・輸出補助金の廃止(EUは、世界の乳製品に係る輸出補助金の75%を付与してい
 ることを強調)

・輸出補助金のう回措置(例:カナダの二重価格制度)を防止するため、より透
 明で効果的なルールの構築

・輸出・輸入国家貿易企業に関する規律の透明性の改善(米国はニュージーラン
 ド・デイリー・ボードによる価格操作の可能性を懸念)

・乳製品がセンシティブな国々の関税水準の同等化(米国は、カナダ、EU、日本、
 韓国などの関税について米国並みの水準への引き下げを目指しており、特に日
 本のバターの関税が500%以上に相当することを強調)

・「青」の政策の制限および最終的廃止(「青」の政策には貿易わい曲効果があ
 るとの認識)

表1 米国の乳製品輸出量の推移
re-ust01.gif (4022 バイト)
 資料:USDA

表2 米国の乳製品輸入量の推移
re-ust02.gif (3806 バイト)
 資料:USDA

C養鶏関係団体

・関税割当枠の撤廃

 URにおいて、米国は韓国の家きん肉輸入に係るすべての非関税障壁を取り除き、
30%の関税に置き換えるとともに2004年までに20%まで削減させることとした。
また、コスタリカおよびフィリピンに対して、関税割当枠の設定によりアクセス
の改善を図った。これに、UR合意以前からの輸出努力もあり、生産量の17%を輸
出に仕向ける畜産部門の中では最も輸出依存度の高い産業となっている。

・2次関税の削減および関税割当枠の拡大を通じ、最終的に関税割当枠の撤廃

・関税の高いものほど関税削減率を高くする方式の設定

・SPS協定のルールの強化(EUが、冷却段階での抗菌剤使用を理由に米国産鶏肉
 の輸入を禁止しているのはSPS協定違反との認識)

・アンチダンピングおよび相殺関税規則の強化(米国が被害者との認識)

◇図3 米国の家きん肉輸出量の推移◇


3 カナダの農業交渉ポジション

(1)交渉ポジションの形成

・専門部局の設置

 カナダの貿易政策は外務省に属する国際貿易庁が所管している。96年9月、同
省内に貿易経済分析局が設置され、諸外国の貿易政策の分析などが行われている。
カナダ農業・農産食料省(AAFC)では、国際貿易政策課が次期WTO交渉に関す
る主導的な役割を担っている。また、議会は次期WTO交渉に係る公聴会を開催し、
包括的な勧告リストを公表している。さらに、民間人からなる公的な機関として
「国際貿易に関する分野別助言委員会(SAGIT)」が設けられ、このうち農業・
食料・飲料小委員会がAAFCなどに対し助言を行っている。

・州政府の関与と交渉者の継続

 基本的な仕組みは米国に似ているが、いくつかの点で米国と大きく異なってい
る。第1に、州政府の役割である。米国では、州政府は国際交渉問題にほとんど
かかわっていないが、カナダでは、交渉のポジションを決定するに当たり、連邦
政府の大臣が州政府の代表者らと定期的に協議を重ねている。第2に、米国では
政権が代わればほとんどの交渉担当者は入れ替わってしまうが、カナダでは、次
期WTO交渉担当者のほとんどはUR交渉の経験者であるという点である。

 こうした枠組みの下で、次期WTO交渉ポジションに関して、連邦政府は過去2
年間以上にわたり業界および州政府と緊密に協議を重ねてきた。


(2)AAFC交渉ポジション・ペーパー

・自由化の促進・保護の維持の二重基準

 カナダの優先課題は、第1に、国際的な競争条件を対等化し、カナダの農業お
よび農産食品製造業者が、諸外国の市場において新しい輸出機会を創出できるよ
うに努めることである。第2に、市場の安定と利益を求めるため、供給管理政策
やカナダ小麦ボード(CWB)のような秩序あるマーケティング・システムを維持
することである。第3に、付加価値製品の輸出機会の拡大を求めることである。

 このように、カナダの交渉スタンスは、保護の削減を通じて国際的な競争条件
の対等化を目指す一方、供給管理政策などの維持を求めるという、二重の基準を
有したものとなっている。

 以下は、カナダ連邦政府が8月に公表した農業に関する次期WTO交渉において
取り組むべき課題である。

@市場アクセス

・ゼロ・ゼロ提案:油糧種子・油糧種子製品、大麦・モルトおよびその他可能な
 製品分野の関税相互撤廃(輸出補助金および輸出税を含む。)

・同種の競合産品に対する最終譲許税率の格差および1次産品とその加工品間の
 タリフ・エスカレーション(1次産品に比べ加工品の関税を高く設定すること)
 の実質的な削減

・消費量の最低5%というミニマム・アクセスの義務化(バインディング)およ
 び産品ごと(例えば、食肉という括りではなく豚肉、牛肉ごと)の設定

・国別割当の撤廃を含む関税割当運用ルールの義務化および関税割当内の関税の
 撤廃を求めるルールの義務化

A国内支持

・いわゆる「生産制限」または「青」の政策を含む、生産および貿易わい曲的支
 持の可能な限りの削減

・すべてのタイプ(緑・青・黄色)の政策について国内支持の総量に対する全体
 的な制限(財政規模の大きい米国およびEUは、「黄色」の政策を削減する一方
 「青」や「緑」の政策に対する補助を増やし、トータルの国内支持ではほとん
 ど変化がないことに異議を提示)

・「緑」の政策が生産および貿易をわい曲しないことを確保するするため、「緑」
 の政策の定義の再検討

・紛争処理に関するカナダの権利を制限する「平和条項」(WTOの農業協定第13
 条の通称。削減対象外および削減を免除された国内支持などについて、2003年
 1月1日までは相殺関税の賦課の対象から除外するとの規定)の撤廃

B輸出競争

・可能な限り早く、農業に関するすべての輸出補助金の撤廃

・政府助成に基づく輸出信用および輸出信用保証事業、輸出市場販売促進および
 開拓事業、ある種の食料援助、あるいは他の形式による輸出支援が、輸出補助
 金の代替措置とならないようにするためのルールの策定

CSPS協定・非関税障壁

・SPS協定は現状維持
・バイオテクノロジーに関する作業部会の設置

Dその他の関心事項

・食料安全保障の懸念に配慮し、輸出税および輸出制限規定のルール化(過去の
 実績並みの輸出割合の確保)

・国家安全保障に係る輸出禁止品目に食料および飼料を含めることを禁止

・輸入国家貿易企業に関する規律の強化


(3)農業関係団体の優先事項

・付加価値製品の輸出に重点を移すカナダ農業

 カナダの農産物の輸出依存度は、URが終了した94年時点でほぼ50%であった。
カナダは、「カナダ農業・農産食料マーケティング協議会」を通じて、世界市場
におけるシェアを現在の3%から2005年までに4%まで高めるという目標を設定し
ている。この目標を達成するため、これまでの原料用農産物中心の輸出から畜産
物などの付加価値製品の輸出に重点を移しつつある。

 カナダの農業を部門別・地理別に単純化して見れば、穀物や食肉の輸出促進を
目指す西部と、酪農・家きん産業の供給管理型政策の維持を求める東部という、
相反する2極に分化していると言える。

 農業関係団体の優先事項のほとんどは、上記のAAFC交渉ポジション・ペーパ
ーに反映されていることから、ここでは重複をできるだけ少なくするため、カナ
ダ農業連盟(CFA)がまとめた「農業に関する初期交渉ポジション」のうち、上
記ポジション・ペーパーに反映されていない事項のみを列記する。

・既存の貿易協定の効果の検討および約束の完全履行

・ある品目の利益のために他の品目を犠牲にしないこと、また、他の産業分野の
 ために農業を犠牲にしないこと

・交渉は包括方式とすること

・遺伝子組み換え作物(GMO)の輸入が制限されないよう交渉すること

・米国の特定の州がカナダ産の穀物および食肉の輸入を阻止したような、既存の
 約束を無視する特別の行動の抑止

・関税割当枠以上の輸入が生じない水準での2次関税の維持

・米国・カナダ間のアンチダンピング行動の撤廃

・貿易と環境に関する委員会の常設委員会化

・労働基準は国際労働機関(ILO)に属すること


(4)商品別関係団体の優先事項

@肉牛関係団体

・日本および韓国市場のより一層の自由化

 カナダの肉牛産業は極めて輸出依存度が高く、生産された肉牛・牛肉の53%は
輸出に仕向けられている。世界の牛肉生産に占める割合は2%にすぎないが、世
界の貿易に占める割合は7%に達する。

・日本および韓国市場のより一層の自由化(関税引き下げ)

・EU市場への意味のあるアクセスの確保

・米国と同等の関税率および関税割当枠の確保

・国際的に認められた科学に基づかず、輸入妨害を目的とした原産地表示の阻止
 (米国での導入の動きをけん制)

・アンチダンピング規定の見直し(現行の規則は、需給に基づく価格のサイクル
 の存在を考慮していないとの認識)

◇図4 カナダの牛肉輸出量の推移◇

A養豚関係団体

・差額関税、セーフガードなどの見直し

 カナダの豚肉輸出は、近年急速に増加している。UR終了時の94年には約30万ト
ンであった輸出が、98年には43万トンとなり、さらに99年には94年の2倍の60万
トンに達し、米国の輸出量を上回るものと予測されている。

・差額関税、セーフガード、輸入ライセンス制度などの輸入抑制措置の見直し

・関税割当運用ルールの強化(フィリピンおよびEUを問題視)

・ミニマム・アクセスの産品ごと(関税分類表の4ケタベース)の設定(EUが食
 肉というくくりで枠を設定していることに不満)

◇図5 カナダの豚肉輸出量の推移◇

B酪農関係団体

・2次関税の現行水準での維持

 酪農は供給管理政策下にあり、家きん部門と共同で取りまとめた交渉ポジショ
ン・ペーパーによれば、基本的には以下の通り守りのスタンスにある。

・輸出補助金の撤廃(EUと米国だけで世界の90%以上の輸出補助金を供与してお
 り、財政規模の小さなカナダにはとても対抗できないとの認識)

・平等なルールの確立(乳製品のミニマム・アクセスについて、2000年までに国
 内消費量の5%を設定することになっているにもかかわらず、実質的に米国は
 2.75%、EUは3%しか輸入しないものと推定され、カナダの4%に比べ少なすぎ
 るという不満)

・2次関税の現行水準での維持(WTO協定の原則の1つは安定かつ予測可能な貿易
 環境を構築することであり、2次関税の引き下げはこの原則に反するという見解)

表3 カナダの乳製品輸出量の推移
re-ust03.gif (3878 バイト)
 資料:AAFC

表4 カナダの乳製品輸入量の推移
re-ust04.gif (3731 バイト)
 資料:AAFC

C養鶏関係団体

・ミニマム・アクセス実績の対等化

 家きん生産も供給管理政策下にあるが、不需要部位の処理を促進するため、生
産割当の8%までは輸出に仕向けることができることとなっている。他方、輸入
面では、北米自由貿易協定(NAFTA)に基づき、国内生産量の7.5%に相当する
市場を米国に開放している。

 上記交渉ポジション・ペーパーのうち、家きん部門で強調している点は以下の
通りである。

・輸出補助金の撤廃(EUと米国だけで世界の90%以上の輸出補助金を供与してお
 り、とりわけ家きん肉については99.4%となっていることを強調)

・平等なルールの確立(カナダの家きん部門のミニマム・アクセスなどが5〜7.5
 %程度であるのに対し、実質的にEUは卵で3.3%、家きん部門全体ではわずか
 0.5%しか市場を開放していないことを強調)

◇図6 カナダの家きん肉輸出量の推移◇


4 米国・カナダにとっての課題

 米国およびカナダは、ともに農産物輸出国であるため、次期WTO交渉のポジシ
ョンは基本的に類似している。しかしながら、品目ごとなどによりそれぞれ特殊
な事情を抱えていることから、異なる点も多い。以下、次期交渉に当たって、両
国にとって課題となりそうな主な事項を列記する。


(1)センシティブな農業部門

・米国は酪農・砂糖・落花生・綿花の4部門
・カナダは酪農・家きん(鶏肉、鶏卵および七面鳥)の2部門


(2)国内支持の課題

・米国は、交渉を目前に控えて、昨年の59億ドル(6千3百億円:1ドル=107円)
 に引き続き87億ドル(9千3百億円)もの緊急農家支援対策を措置するととも
 に、加工原料乳価格支持制度の1年間の延長を決定したことから、国内支持の
 削減についてはかなりトーンダウンしている。

・米国の緊急農家支援対策については、グリックマン農務長官はWTO協定に完全
 に適合していると主張しているが、多くの国から疑義が呈せられており、仮に
 「黄色」の政策と判断された場合は、助成合計量(AMS)に関する約束の上限
 を超える可能性があるのではないかと指摘されている。

・96年農業法により不足払いの代替措置として導入された生産柔軟化契約に基づ
 く直接固定支払制度は、WTO協定の「緑」の政策の定義に沿って策定されたた
 め、過去の作付面積(飼料穀物の場合91〜95年の平均)に基づき支払われこと
 となっている。このため、緊急農家支援対策による上乗せ支給を含め、農業を
 引退した非農家にも支払われるという問題が生じており、今後、年数の経過と
 ともにさらに問題が大きくなることは間違いない。単純に制度の改善を図れば、
 削減対象である「黄色」の政策に位置付けられることとなる可能性もあるため、
 この問題は「緑」の政策の定義の見直しにつながる要素を秘めていると言える。


(3)センシティブ・高関税品目の対処

・米国は、全体として関税の大幅削減を求めており、特に、酪農団体はセンシテ
 ィブな品目を米国並みの関税水準へ引き下げるよう求めている。他方、カナダ
 の酪農・家きん団体は、2次関税の現行水準での維持を求めている。国際市場
 価格や為替レートの水準いかんにもよるが、米国の乳製品の関税は70〜130%
 程度であるのに対して、カナダの乳製品および家きん製品の関税は250〜300%
 程度もある。

・交渉関係者の間では、酪農および砂糖部門はURで実質的に無傷のまま残ったと
 の認識があり、他方、EU、日本、韓国などの主要交渉国にとっても、酪農はセ
 ンシティブな部門であることから、次期交渉においても、酪農は世界的に最も
 注目される部門の1つとなっている。


(4)輸出補助金

・米国およびニュージーランドの提訴により、カナダは、主に輸出乳製品向け生
 乳を対象として設定してきた特別価格制度(スペシャル・クラス)が輸出補助
 金とみなされたため、その見直しが急務となっている。


(5)一方的措置による輸入規制

・米国は99年7月、豪州およびニュージーランド産ラム肉の輸入に対して、国内
 産業に損害を与えたとして、3年間の関税割当制度を導入した。このような一
 方的措置の導入は、緊急農家支援対策の導入およびファスト・トラック交渉権
 限を獲得していないことと併せ、米国の交渉スタンスを大幅に弱めるものであ
 ると懸念されている。


(6)アンチダンピング

・アンチダンピングについては、カナダを含め多くの国が交渉の対象に加えるべ
 きとしている中で、米国は鉄鋼部門などに配慮し交渉の対象とすることを拒否
 している。ただし、声は小さく立場はそれぞれ異なるが、米国の肉牛団体およ
 び家きん団体は、前述のとおり、現行規律の見直しを求めている。

・米国は、生体牛の輸入についてメキシコおよびカナダを提訴し(メキシコ分は
 既に却下、カナダ分は、3回にわたりダンピングと仮決定・決定されたものの、
 11月9日、ITCは最終的に同決定を撤回)、逆にメキシコからは牛肉と生体豚の
 輸出について提訴されている(いずれもダンピングと仮決定)。


5 おわりに

 991130日から123日にかけて、米国のワシントン州シアトルにおいて、
第3WTO閣僚会合が開催され、次期WTO交渉の開始が宣言されようとしている。
 次期交渉においては、これまでのラウンドとは違い、すでに交渉の基礎は定量
化され、農業保護削減のためのルールは形成されていると言える(補論参照)。
その意味では、前回のURに比べれば、確立されたルールの下で、市場アクセス、
国内支持、輸出競争について、それぞれ何%削減するかを決めるだけの単純な交
渉のようにも受け取れるだけでなく、次期交渉で合意されようとしている3年間
という交渉期間は、十分達成可能な期間のようにも思われる。
 しかしながら、ことはそれほど単純ではないことも否定できない。米国の主張
している環境および労働問題の貿易交渉への取り入れなど、従来の保護水準の削
減による貿易の促進という単純な図式とは異なる要素を取り入れなければならな
いからである。
 また、開発途上加盟国の増加、さらには中国や台湾などが加盟することになれ
ば、利害の対立が増幅されるばかりでなく、国家貿易企業を含め、これまで以上
に社会主義諸国における貿易システムを自由貿易主義の規範の中に組み込まなけ
ればならなくなることから、交渉はより複雑化することになろう(注:現在の加
盟国数は134カ国、さらに30カ国以上が加盟交渉中であり、次期WTO交渉の開始
宣言が予定されている第3回閣僚会合には150カ国以上の代表団の参加が予定され
ている。)。
 さらに、新たに取り組まなければならない課題として、バイオテクノロジーの
問題が浮上してきている。EUによるホルモン投与牛肉の輸入禁止措置、GMOの
問題など、各国の利害は対立しており、WTOは、新たに解決の困難な問題を抱え
ることになったと言えよう。
 次期交渉が、2000年から開始されることを記念してミレニアム・ラウンドと言
われることになるのか、あるいは開催地にちなんでシアトル・ラウンドと言われ
ることになるのかどうかはともかく、単純なようでいて単純ではない新たな交渉
が開始されようとしている。


補論 ガット農業交渉の推移

1)ガット交渉の開始と農業の取り扱い
47年にガット発足、日本は55年に加入
 1947年、ジュネーブに世界23ヵ国の代表が集まり、関税引き下げ交渉が行われ
た。これが第1回目のラウンドである。その後、49年の第2ラウンド、50年〜51年
の第3ラウンド、56年の第4ラウンド、60年〜62年の第5ラウンド(ディロン・ラ
ウンド)と続くが、これらの交渉は実質的に工業製品の関税引き下げ交渉が主体
であり、その点ではかなりの成果をあげることができたが、農業分野については
ほとんど手付かずの状況であった。なお、日本は55年に正式にガットに加入して
いる(注:文献により交渉期間がやや異なるため、ここでは後掲「ガット農業交
渉50年史」を参考とした。)。
・農産物貿易は工業製品貿易と別扱い
 農産物貿易は、ガット発足当初より、各国の農業政策の実態を反映して、工業
製品貿易とは別扱いの例外分野、あるいは一種の聖域として存在してきた。具体
的に例を挙げれば、第1に、ガットの目指す自由貿易主義に反して、農産物貿易
には輸入数量制限、輸出補助金、余剰農産物処理、輸出数量制限など、多くの例
外規定が明示的に盛り込まれていたことである。第2に、自由貿易の間接的な例外
規定として、国家貿易、政府間商品協定、ウェーバーなどの措置が認められてい
たことである。第3に、残存輸入制限、可変課徴金、輸出自主規制などのいわゆる
灰色措置が存続していたことである。
5 ガット一般関税・貿易交渉の推移
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 資料:「ガットと日本農業」108頁、「ガット農業交渉50年史」、
    「Agricultural Outlook19998月号より作成。
2)ケネディ・ラウンド
・農業問題への実質的な取組開始
 農業問題について、初めて正式に交渉の対象として取り組まれたのは、64年〜
67年に開催された第6回目のラウンドであるケネディ・ラウンドである。ケネデ
ィ・ラウンドでは、交渉対象を従来の工業製品関税を中心とする狭い範囲のもの
から、非関税措置、開発途上国の貿易、農業を含めた広範なものとした。
 その中には、今日の農業協定の萌芽がいくつかかいま見える。第1に、欧州経
済共同体(EEC:当時)が、関税のみならず可変課徴金・国内価格支持・補助金
などを含めた支持の総体を交渉の対象とするよう提案したことである。第2に、
国際穀物協定の交渉を通じて最終的に問題とされたのは、輸出国・輸入国双方の
国内政策のあり方であり、具体的には、米国など輸出国側が、国内産穀物に対す
る価格支持水準を10%引き下げるよう要求したことである。前者がURで導入さ
れたAMSという概念の前身であるとすれば、後者は、同様にURで導入された、
削減対象となる「黄色」の国内政策の先駆的概念であるとも言える。
 なお、最終的な米国の提案には入らなかったが、ラウンドが開始される前、米
国はすべての非関税措置を関税に置き換えるよう提案している。しかしながら、
この考え方はEECの実施する可変課徴金と相いれないものであることから、EEC
から考慮に値しない考え方であるとして退けられた。この考え方は、URにおい
て導入された関税化そのものであろう。同様の提案は、東京ラウンドでも繰り返
されている。
・農業分野の成果なし
 結果的に、ケネディ・ラウンドは、関税の引き下げに関しては平均35%の引き
下げという成功を収めたものの、農産物の関税引き下げに関しては、日本の大豆
関税の50%削減など極めて制限された範囲でしか達成されなかった。また、非関
税障壁交渉は失敗に終わり、上記のEEC提案も米国の要求も実現されることはな
かった。ケネディ・ラウンドは、当初の農業問題への意欲的な取り組みにもかか
わらず、実際の交渉自体は、見るべき成果もなく終わったと言っていい。
 
3)東京ラウンド
57ヵ月の長期交渉
 739月に開始を宣言された第7回目のラウンドである東京ラウンドは、794
月の仮調印にたどり着くまで足掛け7年にわたるという、それまでの交渉に比べ
れば圧倒的に長期の交渉となった。その背景には、第1に、交渉開始宣言前の719月、ニクソン・ショックによる米国の金兌換停止および一律10%の輸入課徴
金の賦課とこれに伴う73年の変動為替制度の発足、第2に、72年の世界的な穀物
の不作に伴う穀物価格の暴騰と73年の米国の農産物輸出禁止措置、第3に、73年
の第1次石油危機とそれに伴う世界的なインフレの高進など、世界経済・ガット
体制を揺るがす異常な事態が次々と発生したことが挙げられる。このため、ガッ
ト加盟各国とも、景気の後退、インフレの加速化、国際収支の悪化などに見舞わ
れ、とても関税削減などの交渉をする気にはなれなかったとされている。
・保護主義的傾向の高まり
 農業交渉の背景についてみると、米国は、国際競争力の低下、貿易収支の悪化
などにより、保護主義的傾向が強まりつつあった。上記の一律10%の輸出課徴金
や農産物輸出禁止措置をみれば明らかであろう。他方、イギリスなどの加盟によ
り統合・拡大する欧州共同体(EC:当時)は、共通農業政策(CAP)の実施によ
り農業保護体制を強め、農産物の域内自給率は急速に上昇し、一部には輸出の可
能性すら生じてきた。この結果、米国産農産物のEC域内市場への輸出が次第に
削減されるという、米国の懸念していた事態が現実のものとなってきた。
・農業問題が中心的存在に
 ところで、東京ラウンドを交渉対象範囲からみれば、工業製品関税問題はさら
に後退し、農業、非関税措置、セーフガードなどが主要な課題となったことが特
徴であろう。交渉グループは7つに分かれ、非関税措置グループと農業グループ
の下にはさらにサブグループが設けられるなど、交渉の対象が拡大された。また、
東京ラウンドにおける農業交渉の特徴についてみれば、第1に、関税交渉が工業
製品とは異なるリクエスト・オファー方式(交渉参加国が2国間ベースで、関税
引き下げ希望品目をリクエストし、これに対して譲許可能な品目のリストを提出
(オファー)する交渉方式。)で行われたこと、第2に、国際商品協定の策定な
どである。
 次に、このような状況の下で実施された交渉の実態とその成果についてみてみ
よう。
・世界的には関税引き下げの成果はわずか、日本だけが大幅譲歩
 以上のような背景に加え、国際貿易収支の不均衡が拡大する中、関税引き下げ
のリクエストは構造的貿易黒字国となった日本に集中し、実に60カ国から650品
目、輸入相当額にして106億ドル(76年)、当時の農産物輸入額の9割にも上った。
これに対して日本のオファーは226品目、輸入相当額にして34億ドル、オファー
対象有税品の加重平均関税引き下げ率は47%であった。こうした日本のオファー
に対して、日本が諸外国から得た農産物の関税引き下げ譲許はわずか11品目にす
ぎなかった。この結果、世界全体でみた場合、農産物の関税引き下げは、品目数、
引き下げ幅ともごくわずかなものであったが、日本についてみれば、かつてない
ほどの大幅な関税引き下げが行われ、世界全体の農産物関税引き下げの3分の2は
日本によるものであったとされている。
 他方、鉱工業製品関税については、先進10カ国の引き下げ率は単純平均で38%
、輸入による加重平均で33%と、前回のケネディ・ラウンドに次ぐ大幅な引き下
げとなった。世界平均でも推定3035%の引き下げとなり、この結果、工業製品
関税(最恵国向け)は、推定で米国が平均4.9%、EC6%、日本は5.4%となり、
変動為替制度の下では、もはや国境調整措置としての意味はほとんどなくなった
とさえ言える。
・日本、牛肉輸入枠拡大などで対処
 非関税措置については、米国はECの補助金、特に輸出補助金の規制を目的とし
て、補助金一般を規制する新たなルールを作成することを主張した。これはURに
おける輸出補助金規制の前身といえよう。また、東京ラウンドは、国内政策と貿
易政策の密接なつながりが貿易の流れに影響するとの認識を公式に示した初めて
のラウンドであり、結果的に成功はしなかったが、これがURにおける農業保護の
削減交渉の土台になったという意味は大きい。
 東京ラウンドでは、日本に対して、米国をはじめとする農産物輸出国から輸入
自由化・輸入数量枠拡大について約30品目に及ぶリクエストなどがなされ、日本
は11品目の輸入自由化、牛肉・オレンジ・果汁3品目の輸入枠拡大を余儀なくさ
れた。
 国際商品協定については、乳製品の最低輸出価格などを定める国際酪農品取極
が成立したほか、価格条項のない緩やかな食肉取極など、合計11の協定類が作成
された。
◇図7 東京ラウンド交渉の実施体制◇

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4)ウルグアイ・ラウンド
77ヵ月に及ぶ史上最長の交渉
 東京ラウンドが終了してから7年後の869月、第8回目のラウンドであるURが
開始された。944月の閣僚会合における最終文書への署名まで77ヵ月、足掛
け9年に及ぶガット史上最長の交渉となった。
 このように交渉が長引いた理由は、東京ラウンドの時のように世界経済が混乱
に陥っていたからではない。もちろん、先に触れた世界貿易収支の不均衡は78年
の第2次石油危機を契機としてさらに拡大し、とりわけ工業製品分野において保
護主義的措置のまん延をもたらした。米国による輸出自主規制の強要、通商法30
1条に基づく一方的措置、原産地規則の乱用などがそれである。しかしながら、
それが交渉を中断させたり、交渉の意欲を失わせることにはならなかった。むし
ろ、このような保護主義的措置のまん延防止のためにも、交渉をまとめ上げなけ
ればならないという空気を醸成したとさえ言える。こうした事実を踏まえれば、
URは東京ラウンドに比べ、実質的には見かけ以上に交渉期間が長かったのだと言
っていい。
・新分野の取り入れ
 その理由を端的に言えば、加盟国が拡大する中、世界経済の相互依存の拡大を
反映して、URはあまりにも意欲的に交渉範囲・対象を広げたからだと言えよう。
具体的に交渉グループ数をみれば、東京ラウンドでは7グループであったものが、
URでは15グループにも拡大し、天然資源産品、知的所有権、貿易関連投資、サ
ービスという新分野などに取り組むこととされた。交渉が長引くことを抑止する
ため、交渉期間は当初4年間に設定され、2年が経過した段階で中間レビューが行
われたが、予定通りに交渉が進展しなかったことはまだ記憶に新しい。
・農業分野では輸出補助金、国内政策、衛生植物検疫措置をも対象
 農業については、プンタ・デル・エステ宣言の中で、@輸入障壁の軽減による
市場アクセスの改善、A農業貿易に直接・間接に影響する補助金・制度的措置に
関するガット規律の強化、B衛生植物検疫措置・障害の改善を交渉テーマとして
掲げている。Aについては、輸出補助金に加え、これまでの国境調整措置という
範囲を超えて、各国の国内政策にまで対象範囲を広げることとされたわけである。
・交渉の背景は輸出補助金競争の激化
 さて、こうした交渉範囲が設定されることとなった背景には、80年代における
世界農産物の構造的過剰問題が挙げられる。CAPにより域内自給を達成したECは、
80年代に至り農産物の純輸出国に転じることとなったのである。国際市場価格が
低迷する中、域内に農産物の過剰在庫を抱えたECは、輸出補助金を付与して過剰
農産物の処理を図り、これに対抗する米国との間で輸出補助金競争が展開される
こととなる。しかしながら、こうした輸出補助金競争は、他の農産物輸出国に大
きな打撃を与えるばかりでなく、米国・ECにとっても財政負担の増大をもたらし、
その解決が急務とされていた。農産物貿易問題で恒常的に対立する両大国の利害
が、くしくも一致したということである。
 長期の交渉の末得られた結果については、ここで改めて述べるまでもないであ
ろう(詳細は本誌9810月号「駐在員レポート」参照)。ここでは基本的なポイ
ントだけを列記する。
@市場アクセス
・非関税措置の関税化
・基準期間を86年〜88年とし、関税を平均36%削減、個別品目について最低15%
 削減
・輸入のほとんどない品目についてミニマム・アクセス機会を設定し、国内消費
 量の3%〜5%に拡大
A国内支持
・国内政策を削減対象政策(黄色)と削減対象外政策(緑)に分類。さらにブレ
 アハウス合意に基づく中間的な存在として、当面削減対象外となる政策(青)
 を定義
・基準期間を86年〜88年とし、農業全体のAMS20%削減 
B輸出競争
・基準期間を86年〜90年とし、輸出補助金支出額を36%、補助金付き輸出数量を
 21%削減
CSPS協定
・国際基準を原則とし、科学的正当性がある場合は国際基準よりも厳しい措置を
 採ることが可能
・農産物貿易交渉に初めて実質的な前進
 結果的にみれば、EUCAP改革の合意を待たなければブレアハウス合意はなか
ったし、交渉の終結もなかったであろう。加えて、米国のファスト・トラック交
渉権限の期限が実質的にUR合意の期限となったことは、次期WTO交渉の行方を
考える上で示唆的である。
 64年、ケネディ・ラウンドにおいて初めて実質的な取り組みが開始された農産
物貿易交渉、とりわけ非関税障壁問題は、それから約30年に及ぶ長い歳月を経て、
関税化という非関税障壁の定量化などを通じて、ここにようやく実質的な前進を
開始したのだと言える。視点を変えれば、ガットが創設されてから50年近い歳月
を要したとも言えよう。 
◇図8 ウルグアイ・ラウンド交渉の実施体制◇

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(参考文献)
1.外務省経済局国際機関第1課編「解説WTO協定」(日本国際問題研究所、1996
 年)
2.佐伯尚美「ガットと日本農業」(東京大学出版会、1990年)ガット農業交渉
 の推移に関する記述ついては、本書に負うところが大きい。
3T.E.ジョスリン、S.タンガマン、T.K.ワーレイ著、塩飽二郎訳「ガット農業交
 渉50年史」(農山漁村文化協会、1998年)
4.溝口道郎、松尾正洋「ウルグアイ・ラウンド」(NHKブックス、1994年)
5.編集代表大内力、編集担当藤谷築次「日本農業年報41、総括ガット・UR農業
 交渉」(農林統計協会、1995年)
6.塩飽二郎「WTO交渉と今後のわが国畜産」(全国肉牛事業協同組合、1999年)
7Agriculture & the Revolution of Tariff BargainingAgricultural Outlook」
 (ERS,USDA,19998月号)
8Implementation of Uruguay Round Tariff ReductionAgricultural Outlook」
 (ERS,USDA,199911月号)
9USTRUSDAおよびAAFCのプレスリリース、WTO提出文書
10.米議会各種委員会公聴会における生産者団体および業界団体のステートメン
 ト
11.米国およびカナダの生産者団体および業界団体の政府提出文書、プレスリリ
 ース等
12.以上のほか、生産者団体および業界団体開催の総会参加やインタビューを通
 じた意見聴取、各種業界誌の関連記事等を参考とした。 

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