海外駐在員レポート 

タイ肉用牛、品種改良 への取り組みについて

シンガポール駐在員事務所 伊藤憲一、外山高士




はじめに

 タイの肉用牛は、水田、畑などの耕作用役畜に利用して廃用となった牛を、牛
肉として食用にするというタイ政府の政策があったこと、大動物を食さない仏教
の教えが、依然として同国に根強く残っていたことなどから、体形の大型化およ
び肉質の高品質化への品種改良が大きく遅れていた。

 このような状況下、タイの牛肉は、高度経済成長に伴う生活水準の向上、およ
び世代交代によるざん新な考え方の若年層の増加などで消費量が増加するととも
に、消費者はこれまでのような品質からさらに高級なものを求めるようになって
きた。また、鶏肉などの食肉と比べ高価格のために、消費量は依然低いものとな
っているが、潜在需要は大きく、長期的にはタイの食生活の中で確実に増加して
いくものと見込まれている。

 こうした増加が見込まれる需要に合致する肉用牛の生産を拡大するため、政府
はタイの気候、風土などに適し一定の品質を満たす肉用牛を、民間と協力して開
発してきた。

 そこで今月は、政府および民間企業が、タイ肉用牛の品種改良などに取り組ん
できた状況についてレポートする。


1 タイ牛の在来種

 タイ肉用牛の起源となる在来種は、熱帯気候、風土に適合した耐暑性に富んだ
もので、ダニなどに比較的抵抗力があるゼブ系が飼養されていた。また、ゼブ系
の牛は、役畜、牛車などの労働力として使用する場合、こぶを耕作用鋤(すき)
などのストッパーとして利用するのに便利であることも、ゼブ系が重宝された一
因といわれている。なお、この在来種は、大きく分類すると下記の3種となって
いる。


(1)カウランプーン種

 鼻、目の回りの毛、下肢、尾、皮膚が白色となっているのが特徴で、ブラーマ
ン種に似ている。大型で体重は400kg程度。シェアは在来種の5%程度を占めてい
る。


(2)タイヤイ種

 体色が赤褐色の大型牛で、在来種の10%程度を占めている。


(3)南部在来種(特に命名されていない。)

 タイ南部地域が主産地で、体は小さく250〜300kg程度。在来種の85%程度を占
めている。


2 在来種をベースとした品種の改良

 政府は、将来の牛肉需要拡大に対応するため、体型の小さな在来種を産肉性が
高い大型に改良することとし、実験的に純粋ショートホーン種および純粋アンガ
ス種などと在来種との交配を試みたが、いずれも耐暑性、病気などの問題で失敗
に終わった。このため、政府は耐暑性に優れ、ダニに強く、環境に慣れやすいと
いわれているブラーマン種をベースとした品種改良に切り替え、1954年に米国か
ら純粋アメリカブラーマン種雄牛27頭を試験輸入し、本格的な改良に着手した。


(1)東北地方で改良を実施

 品種改良は、肉牛生産地域であるタイ東北地方で普及を図ることからスタート
した。はじめに政府は、東北地方コンケン県の畜産農家に、政府が輸入した純粋
ブラーマン種雄牛を農家が保有している在来種と交配させるために3年間貸与し
た。そして、政府は、この3年間で想定した頭数の交配が行われたので、57年に
タイで最初の人工授精センター(AIセンター)を同県タープラ村に設置し、同セ
ンターを基地としてブラーマン種の普及を人工授精により広めた。同時に、政府
は、同地区でさらに広範囲にブラーマン種を普及させるため、米国から純粋アメ
リカブラーマン種270頭を輸入し、生まれた子牛を農家に繁殖素牛として売却し
た。その後、67年から74年にかけてブラーマン種雄牛の価格が高騰したこともあ
って、農家による自家交配、AIセンターによる人工授精が積極的かつ活発に行わ
れるようになり、ブラーマン種が急速に普及した。

 また、75年から政府は、ブラーマン種の普及を加速させるため、世界銀行から
融資を受けた1億バーツ(1バーツ=3.4円)と政府による1億バーツとの総額2億
バーツの事業費により、肉牛および水牛の普及と併せて貧困の解消を図るために、
畜産開発プロジェクトを東北地方でスタートさせた。


(2)全国ベースへの普及

 79年に入って政府は、東北地方でのブラーマン種の普及に一定の効果が現れた
ことから、これを全国ベースに普及させるために、AIセンターの設置に力を注い
だ。普及方法は、同センターの管轄範囲を迅速な対応が可能な半径25kmの地域に
限定することとし、それから外れる地域を畜産局が管轄することとした。そして、
政府が輸入した種雄牛は、肉牛の増頭に意欲的な農家が組織する農家集団に、雌
100頭に対し種雄牛1頭の割合で3年間を限度として無償で貸し付けられた。その
後は、近交係数の高まりを回避するため、他の種雄牛と交換し貸し付けを継続し
た。また、政府は、農家集団が生産した雄子牛は、肥育して肉用牛として売却で
きるが、雌の場合には繁殖用として5産まで保留して子取りを行うことを貸付条
件とした。

 なお、現在では、AIセンターが全国で610ヵ所設置されおり、保有する種雄牛
は、約3,200頭に達している。


(3)民間による品種改良

 民間では、87年から牛肉の価格が上昇し始めたため、企業が海外からアメリカ
ブラーマン種、ヒンズーブラジル種などの種雄牛の輸入を行い、肉牛生産が盛ん
に行われた。このうち、ヒンズーブラジル種は、産肉性が低いことから政府畜産
局は奨励していないものの、民間では体が白色で見た目が良かったことから人気
があり、アユタヤー、アーントーン、シンブリ、ロツブリーの各県で多く飼養さ
れていた。また、ヒンズーブラジル・ブリーデイング協会が設立されるなど全盛
期であったが、現在では人気が薄れ、同種の肥育はほとんど見られなくなってい
る。なお、当時、アメリカブラーマン種を輸入した民間業者は、ルンチャオファ
ーム(スパンブリー県)、サワナレンジ(チョンブリ県)、ワタナファーム(ラ
ーチャブリ県)の3企業であった。


(4)高級牛肉への対応

 77年に畜産局は、アメリカブラーマン種を基にした品種改良と同時に、高品質
な牛肉の生産拡大の必要性から、肉質向上への品種改良を行うため、フランスか
らシャロレー種雄牛2頭を輸入し、生産農家に精液を配布した。

 一方、防衛省国家安全司令部(NSC)においても、国内で最も貧困地帯である
タイ北部で反政府活動に向かう貧困者に職を与えることで治安維持を図るため、
畜産局と同様、フランスからシャロレー種雄牛2頭を輸入しNSC自ら肉用牛生産
を行っていた。なお、畜産局が輸入した種雄牛は死亡したが、NSCが輸入した種
雄牛はエアコン付きの畜舎で手厚い管理を受け、シャロレー種の普及に大きな効
果を発揮した。

 しかし、畜産局では、タイの環境に適するブラーマン種を基にした肉質の高品
質化を図るため、シャロレー種を取り入れた新たな品種をカセサト大学の協力を
得て作出することとした。その結果、作出された新品種は、カセサト大学の所在
する地名を用いて、カンペンセン(Kamphangsaen Cattle)と命名された。カンペ
ンセン種の血統は、シャロレー種50%、ブラーマン種25%、在来種25%となって
いる。
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【カンペンセン種】
 また、畜産局は、別にシャロレー種62.5%、ブラーマン種37.5%の血統となる
ターク種を作出した。さらに、92年に畜産局は、牛乳・乳製品の需要拡大に対応
するため、生乳生産の拡大を念頭に置き、シンメンタール種が50%、ブラーマン
種が50%からなるカビンブリ種を作出した。生まれた雄は肥育用として、雌は繁
殖用として子牛および牛乳を生産することとしている。
 このように、畜産局は、在来種をベースにタイの環境に適したカンペンセン種、
ターク種およびカビンブリ種などの新しい品種を作出してきたが、一般農家では
カンペンセン種が主流となっていた。

 なお、タイ肉牛の地域別飼養形態は、約200万頭の雌牛のうち、その約43%が
飼養されている東北地方が繁殖地域、中央部および南部地方が肥育地域となって
いる。また、一般的にタイで高品質牛肉とされている肉牛は、繁殖地域で約1年
6ヵ月間、生体重が200〜250kgまで育成され、肥育農家で4〜6ヵ月間肥育された
出荷生体重が500kg以上、枝肉重量が250kg以上のものとされている。

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【高品質なブラーマン交雑種の枝肉】

3 その他の振興策

 政府は農業の機械化の進展により役牛の必要性が減少するのに伴い、畜産農家
の収入増加、肉用牛の飼養頭数の拡大および良質な肉用牛の生産を奨励する政策
を講じることとなった。


(1)繁殖牛奨励プロジェクトの実施

 89年から90年にかけて、政府は、第6次経済社会開発計画の下で実施された肉
用牛を奨励する第1期プロジェクトで、豪州からオーストラリアブラーマン種4,2
50頭の繁殖素牛を輸入した。同時に、政府は、ブリラム、チャヤプームおよびナ
コンラーチャシーマー県の850農家が、同繁殖素牛を1農家当たり5頭購入できる
資金として、14万バーツを農業協同組合銀行(BAAC)から年率9%、12年返済の
長期融資で受けることができるよう措置した。

 また、第1期を継承する形で91年から92年にかけて実施された第2期プロジェク
トでは、上記3県のほか、さらに14県の1,561農家が同条件による融資を受け、肉
用牛の飼養頭数が拡大していった。なお、上記以外で実施されたプロジェクトは、
次の通りである。

@91年に実施された3プロジェクト

 ・ブラーマン牛肉生産拡大計画、参加農家200戸
 ・ウタイターニー繁殖牛飼養向上計画、参加農家340戸
 ・アーントーン繁殖牛飼養向上計画、参加農家859戸

A92年に実施された3プロジェクト

 ・チャヤプーム高品質肉用牛飼養向上計画、参加農家139戸
 ・ピサヌローク高品質肉用牛飼養向上計画、参加農家250戸
 ・カンペンペット高品質肉用牛飼養向上計画、参加農家162戸

B93年に実施された2プロジェクト

 ・ナコンラーチャシーマー高品質肉用牛飼養向上計画、参加農家115戸
 ・スラーターニー高品質肉用牛飼養向上計画、参加農家75戸

 政府はさらに、家畜衛生サービス、飼料・稲わら利用についてのコンサルティ
ング、各種畜産技術取得トレーニングの実施、繁殖用種雄牛・雌牛を提供するた
めのサービスセンターの設置などを実施してきた。また、その他に、牛1頭当た
り1kgの補助栄養飼料を農家に無料で配布した。


(2)プロジェクトの効果

 政府は、同プロジェクトを数年間実施したものの、その効果は満足のできるも
のではなかったとしている。この原因としては、プロジェクトに参加した農家に
とって、提供を受けた技術水準が高かったこと、資金繰りの悪化から牛を売却す
る農家が多く見られたこと、政府が輸入した牛の品質が低かったことなどが挙げ
られるとしている。

 その後、政府は、次の第3期プロジェクトにおいて農家が参加しやすい条件に
するため、融資条件を次の通り改善した。

@ 政府は、プロジェクトに参加した農家の離脱で農業協同組合銀行(BAAC)
 が被った約1億バーツの損失を補てんするために緊急融資を行う。

A プロジェクトに継続して参加する農家に対しては、当初、繁殖素牛5頭当た
 り14万バーツであった政府の販売価格を、1頭当たり3千バーツに引き下げる。

B プロジェクトに新規に参加する農家に対しては、プロジェクトを離脱した農
 家から返却された繁殖牛を、1頭当たり3千バーツの価格で購入できる制度を設
 ける。

C AおよびBの農家に対しては、牛の運動場および休憩場所の整備、器具備品
 およびその他必要とする資材の購入に必要とする資金として1万7千バーツを供
 与する。

D 融資の返却期間は、12年から15年に延長する。

 そして、94年以降には、農家の収益拡大を目的とした次の農業調整再建計画が
追加して実施されることとなった。


(3)農業調整再建計画

 政府は、世界的に農産物価格が低迷する中で農業を再建させるために、収益の
低い作物から高収益な作物へ転作を進めることし、94年から3年間、価格が低迷
する米、キャッサバ、コーヒー、コショウなどの作物に代わる他の農産物を生産
するための農業調整再建計画を実施した。

 同計画における畜産に関しては、7万8千ヘクタールの稲作地、コーヒー栽培地、
キャッサバ栽培地が16万8千頭の肉用牛を飼養する土地に代わることとなった。
また、同地で肉用牛を飼養する農家は、BAACから1農家当たり10万3千バーツを
年率9%、15年返済という有利な長期融資で受けることが可能となった。


(4)農業調整再建計画の効果

 同計画により転作された7万8千ヘクタールの土地には、16万8,500頭の肉用牛が
飼養されることとなったが、この3年間の参加農家数は、目標より約23%低い13
万戸であった。この原因としては、肉用牛生産の増加に伴う肉用牛価格の低迷、
農家が受けた融資を目的外に使用したことによる経営の行き詰まりなどとみられ
ている。そこで、政府は、BAACの調査により融資が目的通り正しく使用されて
いた農家に対して、96年から年利率を5%に引き下げる改善策を講じることとし
た。

表1 タイにおける牛および水牛の飼養頭数
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資料:農業協同組合省畜産振興局


4 優良事例の紹介

 タイ国内で100余りの肉用牛組合が肥育経営などを行っているが、このうち経
営活動として軌道に乗っているのは、カンペンセン協同組合およびポーンリャー
ンカム組合などわずかとみられている。これらの組合は、自らもしくは関連企業
が販売ルートを確保していることにより、市場における需給動向の把握が容易と
なり、需要に見合った計画生産もしくは出荷が可能となったことが、経営の安定
に大きく寄与しているとされている。また、種雄牛を生産しているサワナ・ラン
チ社は、タイ肉牛品種改良のベースであるアメリカブラーマン種の種雄牛を数多
く生産し、品種改良に大きな役割を果たしてきた。


(1)カンペンセン・キャンパスビーフ生産者協同組合

 同組合は、ナコンパート県カンペンセン郡のカセサト大学の敷地内に事務所を
構えている。同地は、米、肉牛、養鶏、サトウキビなどを生産するタイでも有数
の高収益を上げている農業地帯である。

 同組合は、@肉用牛、特にカンペンセン種の普及を図ること、A牛肉マーケッ
トの開拓を図ること、B輸入牛肉に対抗できる品質にカンペンセン種を品種改良
すること、C組合員への肥育技術の提供、Dカンペンセン種の登録業務などを行
うことを目的として、91年5月12日に組合員39名によって設立された。特に、こ
れまで生産者は牛肉の流通・消費についての情報を全く得ていなかったため、当
初の組合活動はこれらの情報を組合員に的確に伝えることに主眼を置いていた。

 組合員が飼養するカンペンセン種は、肉質を高めるために生体重が200kg以上
の肉牛に対し、カセサト大学で開発した1kg当たり4.5バーツの濃厚飼料を体重10
0kgにつき1日当たり2.7kg給与する。濃厚飼料は、肉牛の肥育過程に応じて2種類
用意されている。濃厚飼料に配合されている原材料は表2の通りで、キャッサバ
チップ、米ぬかなどが主なものとなっている。そのほかの飼料としては、近郊農
家で生産されるベビーコーンおよびアスパラガスのくずなどを粗飼料として給与
している。

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【濃厚飼料の主原料であるキャッサバチップ】
 

 

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【アスパラガスのくずを食べるカンペンセン種】
表2 濃厚飼料の配合割合
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【濃厚飼料の製造工場】
 組合は、これまで農家の多くが肉牛を3年から5年も飼養し、資金が必要なとき
に出荷するという生産コストを度外視した経営を行っていたため、出荷する肉牛
について体重が500kg以上、月齢を36ヵ月以内にするという目標を定めている。
これを徹底させることでカンペンセン種牛肉の品質のバラツキが少なくなり市場
での評価が高まるとして、組合員が出荷する場合には、事前に組合の了解を得る
こととしている。

 また、組合は、カンペンセン肉牛の販売価格を組合独自で定めた次の品質格付
けに基づき、販売先と価格交渉を行っている。

 品質格付けは、枝肉重量、脂肪交雑、ロース面積および肉付き、肉色および年
齢などにより決められている。

 枝肉重量については、270kg未満がカーカスグレードA、270kg以上がカーカス
グレードAAとして格付けしている。

 脂肪交雑は、12および13肋骨間のロースカット面で判定し、最上級のグレード
1から7までの7段階に区分されている。例えば、カーカスグレードがAAで、脂肪
交雑のグレードが1から3までの枝肉は1kg当たり200バーツ、4および5は同100バ
ーツとしている。なお、今後は健康志向から、脂肪交雑のグレードが1から2のよ
うな脂肪の多いものが敬遠される傾向が強くなるとの判断から、組合は現在の7
段階の品質区分を、グレード1から5までを1区分にして、全体を3区分のグレード
に改正することを検討している。ロース面積は、格付けする者が肉眼で判断し面
積が広いものを上級としている。

 また、組合は、あっせんなどに要する手数料として販売代金の6%を徴収する
見返りに、決済期間が1〜2ヵ月と長期である肉牛の販売代金を、組合員が2週間
以内に回収できるように立て替え払いを行っており、組合員の生産意欲を高めて
いる。なお、組合は事業の運営経費に充てるために、農業省農業協同組合普及局
から年率3〜5%の低利融資を受けている。

 カンペンセン牛肉の販売先は、ホテル、レストランなどへ米国、豪州およびニ
ュージーランド産牛肉を納品している食肉卸売業者および外国人の客が多い量販
店が対象となっている。
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【出荷前のカンペンセン種】

(2)サワナ・ランチ社(種雄牛生産企業)

 88年に設立された同社は、現在20名の従業員でアメリカブラーマン種雄牛400
頭および繁殖雌牛300頭を管理運営し、年間約300頭の種雄牛を生産している。現
在のところ、同社は、タイでアメリカブラーマン種雄牛を生産している民間企業
20社の中で最大手である。

 同社は粗飼料を生産するための480ヘクタールの草地を有する。飼料は、雨期
には草地で生産した粗飼料を、乾期には購入した稲わら、ベビーコーン、パイナ
ップルくずなどを給与している。たい肥は草地および隣接のゴム農園に還元して
いる。

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【草地に放牧されているブラーマン種】
 87年以前の同社は、在来種とボス・タオラス系の交雑種を肥育して出荷してい
たが、同交雑種の増体が悪く採算が取れなくなったため、88年に米国からアメリ
カブラーマン純粋種500頭を輸入し、肥育牛生産からブラーマン種雄牛の生産に
転換した。ここで生産された種雄牛は、タイ・ブラーマン飼養者協会に登録され
た後、タイ・ブラーマンと命名された銘柄種雄牛として数多く販売され、タイ肉
用牛の品種改良に大きな役割を果たしてきた。
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【当社で最も能力の高いブラーマン種雄牛】
 一方、政府は、ブラーマン種普及プロジェクトにより農家に貸与する次の条件
を満たすブラーマン種雄牛の買い上げを実施している。

 @生体重が400kg以上のもの
 Aタイ・ブラーマン飼養者協会に登録されたもの
 B年齢が2〜4歳までのもの
 Cブラーマン種として体型の良いもの

 政府予算が減額された98年は、政府の買い上げは実施されなかったが、97年に
同社は、協会を通じて約200頭の種雄牛を政府に販売した。その販売価格は雌雄
同額で、1頭当たり約5万バーツであった。99年の政府の買い上げについては、現
在のところ未定となっている。政府以外の主な販売先は繁殖農家であるが、種雄
牛として能力が落ちる牛は肥育農家に販売している。

 経営者のプリーチャ氏は、93年から94年頃は予約の注文が多く生産が追いつか
ないほどであったが、97年の経済危機以降、肉用牛経営農家の離農などにより当
社の売れ行きは良くない。肥育素牛が足りない現在の状況から予測すると、2年
後には種雄牛の需要が出てくることが期待できるので、苦しいが飼養頭数を維持
していくとのことである。


(3)ポンヤンカーンム協同組合

 フランス政府は、肉用牛品種改良の技術援助を行うに当たり、当初、シャロレ
ー種、リムザン種、シンメンタール種を推奨したが、タイ畜産局がブラーマン種
の普及に力を注いでおり関心を示さなかったことから、タイ防衛省と協力してこ
れらの普及を図ることとなった。ところが、防衛省が輸入したシャロレー種雄牛
の人工授精(AI)が全国の農家に無料で実施されたことから、農家は、大量に生
産された子牛の販売に困窮することとなった。

 しかし、肥育に関心を持っていた東北地方ポンヤンカーンムの農家たちは、AI
により生産されたシャロレー肉用牛を安心して販売できる市場を開拓するために、
フランス政府の支援を受けて78年に同協同組合を設立した。なお、それ以外の主
な業務としては、組合員への飼料のあっせん、獣医師の巡回などによる医療サー
ビス、組合員が生産した食肉および生乳の販売などとなっている。

 組合の設立目的の1つであった市場開拓は、フランス政府のAIプロジェクトの
効果で組合の取扱頭数が増加したことにより可能となった。まず組合は事前の準
備として、防衛省を通じてフランス政府からの100万バーツの支援でと畜場を建
設した。さらに、豪州およびドイツの支援により冷凍および冷蔵施設を設置した
ことで組合の食肉処理施設が整備された。また、フランス政府から肉用牛生産お
よび食肉処理についての技術指導を受けて食肉流通に関する知識を習得したこと
で、組合の市場開拓への体制が整備された。

 一方、組合は、1,977組合員(98年末現在)が生産した肉用牛を購入し、食肉
販売部門でフレンチビーフとして卸売りもしくは小売販売している。ちなみに、
98年に組合員が出荷した肉用牛は1,897頭、平均体重が551kg、平均素牛体重が33
0kg、平均肥育期間が11ヵ月、1日当たりの増体量が0.654kgであった。また、組合
の購入価格は、260kg以上の枝肉に適用している脂肪交雑の格付け(12および13
肋骨間)によって決められている。

 脂肪交雑の格付けは、脂肪交雑が低い順に、@0〜2.5未満、A2.5〜3未満、B3
〜3.5未満、C3.5〜4未満、D4〜5の5段階のグレードに区分している。@および
Aの枝肉は、1kg当たり78.5バーツの標準価格(98年)で買い入れている。また、
標準価格は肥育コストを勘案して毎年定めているが、B以上の脂肪交雑格付けの
枝肉には、次の基準により標準価格に加算額を上乗せしている。

 ちなみに、組合が購入した1kg当たりの平均価格は、98年が86.12バーツ、97年
が80.49バーツ、96年が78.4バーツとなり、生産コストの上昇などにより年々上昇
している。

 牛肉の販売のほかに、組合はシャロレー、シンメンタールを飼養する組合員な
どから生産された生乳を1kg当たり9.24バーツの高値で購入して加工処理した後、
250cc1パック当たり6バーツの安値で小売販売している。98年に組合が購入した
生乳は101トンで、生乳部門は10万バーツの欠損となっている。しかし、組合員
が生産した生乳を高値で購入することは、組合員の雌牛保留意識を高めるととも
に肉質改善にも効果があり、組合員への利益還元にもつながるとしている。

 組合活動が順調に運営されている要因については、卸売りおよび小売販売を始
めて以来マーケットの動向が把握できたことから、需要に応じた肉用牛の計画出
荷および生産調整が可能となり、生産および流通コストなどの低減に結びついた
ことなどを挙げている。

表3 脂肪交雑の格付けによる加算額
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 注:1バーツ=3.4円


5 牛肉の価格

 タイでは、ミャンマー、ラオスなどから家畜の密輸などにより国境近くでまれ
に家畜の疾病が発生しているが、96年にバンコク市内で発生した牛炭そ病は、首
都圏の牛肉消費に大きく影響し、さらに、イギリスで発生した牛海綿状脳症(BS
E)が、牛肉消費の減少に追い打ちをかけた。同年以降、肉用牛生産者は消費の
減退などによる採算の悪化から、雌牛をと畜したり肉用牛経営を断念する農家が
増加し、飼養頭数および牛肉生産量が減少した。供給量の減少などによりバンコ
ク市内のサーロインの小売価格(表-4)は、97年が1kg当たり92.36バーツ、98年
が99.19バーツとなり今年はさらに上昇している。また、と畜前の生体価格は、
1kg当たり32バーツから今では40バーツを超えている。

表4 牛肉の小売価格(サーロイン、バンコク市場)
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 資料:農業協同組合省農業経済局

 このため、政府は、生産量の早期回復を図るため、@12歳を超えるもの、A繁
殖障害となっているもの、B獣医師の証明を有するもの以外の雌牛のと畜を禁止
する措置を講じたものの、回復にはかなりの期間を要すると見込まれている。

 なお、参考のために調査したバンコク市内のスーパーマーケットにおける食肉
の小売価格は、表−5の通りである。カンペンセン牛肉およびフレンチビ−フな
どを購入する者は、タイでも高所得層、外国の駐在員が主となっている。
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【高級牛肉が販売されている
バンコク市内のスーパーマーケット】
表5 スーパーマーケットにおける牛肉の小売価格(バンコク市内)
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6 肉用牛生産の課題

 政府は、肉用牛の品種改良による生産の拡大および肉質の改善を積極的に進め
てきたが、生産および流通面において抱える問題点として、下記事項を挙げてい
る。


(1)生産面

@ 国産肉用牛は、いまだ品種が固定されていない品質の劣るものが多い。

A 農家の飼養管理技術が低いため繁殖成績が悪い。特に、1年以内の子牛の死
 亡率が高い。

B 家畜の密輸があるため、伝染病の予防が難しい。また、家畜の密輸の増加が
 価格の引き下げ要因となることがある。

C 草地の不足が農家の規模拡大を阻害する要因となっている。

D 肉用牛経営農家の収益性が低いこと。


(2)流通面

@ 多くの市場は、肉用牛を引き渡すだけの場所となっており、価格の競争原理
 が反映されていない。また、衛生管理および設備が不十分となっている。

A 生産者の利益は、卸売業者の収益に比べ大幅に低い。

B 非合法にと畜される牛が多いと見込まれているため、牛肉の衛生面に関して
 国民の信頼度が低い。また、非合法なと畜の増加がと畜場の稼働率低下につな
 がり、経営の悪化の要因となっている。


おわりに

 タイの肉用牛は、政府および民間によってブラーマン種、シャロレー種などを
ベースに品種改良が行われてきたが、全体に占めるカンペンセン種、カビンブリ
種およびターク種など高級牛肉となる肉用牛の割合はまだ低い状況にある。それ
ら以外の一般的な肉用牛は、豪州産、ニュージーランド産と比較すると、大きく
肉質が劣るものとなっている。また、先の経済危機の影響による政府の緊縮財政
は、政策の実行をかなり遅らせるものとなっている。さらに、肉用牛生産者の多
くは、最近の牛肉価格の上昇で利益が増加している状況にあっても、流通業者が
得る利益に比べかなり低いため肉用牛経営への意欲が薄れており、このことが、
肉用牛の生産拡大および品質向上を図る上で大きな阻害要因となっている。

 今後、国産牛肉の品質を輸入牛肉並みに底上げするという政府の目標を達成す
るために、限られた予算を効果的に活用して肉用牛の高品質化への品種改良を強
力に推し進めるとともに、公平かつ公正な食肉流通システムの早急な確立が求め
られている。
表6 タイにおける県別家畜の飼養頭数
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re-spt6b.gif (27384 バイト)
 資料:農業協同組合省畜産振興局

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