特別レポート 

第12回世界食肉会議から −食の安全性への対応は最重要課題の1つ−

企画情報部 長谷川 敦 デンバー駐在員事務所 本郷 秀毅




T 会議全体の概要

 12回目となる世界食肉会議(World Meat Congress)が本年5月、アイルランド
の首都ダブリンで開催された。主催者側の発表によると、30数カ国から600人以
上が出席した。次期世界貿易機関(WTO)交渉を前にして、多くの「国際会議」
や「国際シンポジウム」がそれを意識した内容になることについては、この会議
も例外ではなかった。しかし、今回の会議は全体のテーマを「信頼を得た競争
(Competing with Confidence)」としている通り、これまでの会議にも増して消
費者重視のテーマ性を鮮明に打ち出した点で特筆されよう。今後の食肉生産・貿
易のさらなる拡大発展を図るために考慮すべき重要なファクターとして、本会議
で複数のスピーカーが触れた中から、次の3点を指摘しておきたい。

 @食の安全性および消費者に正しい情報を提供する手段としての「表示」

  ・衛生・検疫
  ・ホルモン
  ・遺伝子組み換え食品(GMOs)
  ・ダイオキシン等残留化学物質
  ・抗生物質、等

 A人口増、所得増と食糧問題

 B環境問題および農業の持つ多面的機能の評価

 次期WTO交渉を意識したスピーチの中には、南米のスピーカーから、EUと米国
の輸出補助金およびわが国の国内農業支持水準が依然として高いことを批判する
報告もあった。

 全体が食肉輸出国主導型の会議の中で、当事業団の塩飽理事長が「世界の食肉
貿易についての日本の見方」と題して、わが国の食肉市場自由化とその影響、今
後のわが国の食肉需給、自給率を政策ガイドラインとして盛り込むことも含めた
「食料・農業・農村基本法」成立に向けた動き、食料安全保障と農業の多面的機
能を重視するわが国の立場などを主張した。

 本編では、多くのスピーカーの報告の中から、ワールドウォッチ研究所レスタ
ー・ブラウン氏の基調講演、米・EU間のホルモン牛肉紛争に係る交渉の渦中にあ
る米国のグリックマン農務長官のスピーチ、そして98年に史上まれにみる需給失
調を経験した豚肉需給をめぐるスピーチ(2名)を取り上げる。

 この会議の期間中に、遺伝子組み換え作物の1つであるBtコーンの危険性を指
摘する論文が発表され、また、1週間後にベルギーでダイオキシン汚染畜産物の
問題が顕在化したことは、皮肉と言うほかない。

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U レスター・ブラウン(ワールドウォッチ研究所・所長)の基調講演

 ブラウン氏は、数年前に発表した「誰が中国を養うのか(Who will feed China
?)」という論文などで、21世紀に向けての最重要テーマの1つ「人口−食糧問
題」や「地球環境問題」などについて世界の注意を喚起し、食料の多くを海外に
依存しているわが国でも、食料安保論と相まって、一躍知られるところとなった。

 同氏は32歳で米国農務省の国際農業開発局長に任じられ、68年に‘フォーリン
・アフェアーズ’に発表した「アジアにおける農業革命」が以後の「緑の革命」
論争の契機となった。その後ワールドウォッチ研究所を創設し、今日に至るまで
地球環境、人口と食糧、援助と技術開発等々に関する多くの報告書・論文を発表
し、世界に提言や警告を発し続けている。

 世界食肉会議における冒頭基調講演では「世界の食肉見通し:世界のプロテイ
ン(たんぱく質)をめぐる経済状況の変化」と題して、この50年間に人類が経験
した大きな変化と21世紀への展望を中心に解説されたので、その概要を紹介する。

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【レスター・ブラウン氏】
(1)食肉の需給:食肉生産5倍、1人当たり消費量2倍

・世界の食肉生産量は、この50年間で約5倍に拡大。
 
            1950年       →       98年
             4,400万トン          2億1,600万トン

・1人当たり年間食肉消費量は、同期間に約2倍に増加。

             1950年       →       98年
             17kg                   36kg

(2)世界の人口問題:2025年には90億人に、病気などが人口抑制要因

・世界の人口は、この50年間で約2.5倍に増加。今後25年間で、さらに1.5倍に増加
 するものと予測。

             1950年       →       98年      →    2025年 
             25億人                 60億人          90億人

・1950年に生まれた世代は、一生の間に人口が2倍に増加するのを初めて経験す
 る世代。

・今後の人口の抑制要因は、病気、災害、戦争。

・例えば、エイズ(HIV感染症)のり患率は世界全体で1%以下であるが、アフリ
 カ諸国では20%を超える国が複数あり極めて高い。

・エイズのり患により7年後に死亡すると仮定すれば、今後、中間世代層が減少
 する。

(3)世界の経済規模:所得2.5倍、経済規模6倍

・1人当たり所得は、この50年間で約2.5倍に拡大。

             1950年       →       98年
             2,500ドル             6,500ドル

・これに人口増加要因を加味すると、この50年間で世界の経済規模は約6倍に拡
 大。

(4)地球環境問題:植物種の消滅急、温暖化進展

・植物種の消滅速度は、歴史上最大の速度。 かつて、6,500万年かかって消滅し
 たのに相当。(注:この50年間と比較してのことと思われるが、事実関係は不
 明。)

・地球の温暖化が進展しており、98年は過去最高温度を記録。この結果生じた気
 象災害により、98年には約30万人が家を失った。

(5)食生活の変化:食肉消費増は穀物消費増を生む

・所得の増加により食肉消費が増加。間接的には飼料穀物を通じ、穀物消費が増
 加。

・1人当たり穀物消費量(飼料を通じた間接消費を含む。)

        インド        約200kg
        イタリア      約400kg
        米国          約800kg

・米国と比べ、イタリアの方が医療・保険向けの支出が少ないにもかかわらず、
 寿命は長い。

・中国では、80年代以降所得が4倍以上に拡大したことから、食生活の多様化と
 ともに、食肉消費が増加(豚肉が主体)。

(6)資源問題(特に水資源):抑制要因は水

・海洋での漁獲は均衡状態。他方、家畜は過放牧状態。

・今後の穀物生産の可能性:ブラジルなどで増加すると見込まれるものの、中国
 などでは減少すると見込まれる。抑制要因は水。

・インドの人口は10億人、中国の人口は12億人。このため、水不足が深刻化。地
 下水位が年間1〜2m下がっている地域(中国北部)もある。中国の穀物輸入は
 水を輸入するようなもの。インドの53%は栄養不足。
・この50年間で、地下水がたまる速度よりも地下水を奪う速度が上回るようにな
 った。
・世界の水不足地域は、以上のほか、北アフリカ、中東など。これらの地域も穀
 物を輸入しており、水を輸入しているようなもの。

・世界の水不足は1,600億トン。これは1億6千万トンの穀物に相当。

(7)化学肥料:土地や水資源の限界から今後注目される南米

・化学肥料の投入量は、この50年間で約10倍に拡大。

               1950年      →        98年
     世界   1,400万トン          1億3,000万トン
  中国       −                   3,200万トン
  米国       −                   2,100万トン

・経済成長が続いても、土地および水資源の制約に加え、化学肥料の投入効果が
 これ以上期待できないことから、穀物生産の拡大が制限される。

・こうした中、カリフォルニア州やアルゼンチンへの土地投資が行われている。
 とりわけ、アルゼンチンについては、投資家のジョージ・ソロス氏が、将来の
 地価の上昇を期待して大規模投資。

(8)世界の動物たんぱく質生産量:家きん肉最大の伸び、ナマズ急成長

・90〜98年の生産量の伸びは以下の通り。

        牛肉        +0.6%/年
        豚肉        +3.4%/年
        家きん肉    +5.4%/年
        海洋魚       ±0  %/年

・栽培漁業により、ナマズの生産が急拡大しており、年率12%の伸び。この勢い
 が続くと、6年後には牛肉の生産を上回る可能性。急成長の背景は飼料効率が
 良いこと。飼料効率は次の通り。
 
        牛        7
        豚        4
        鶏        2
        ナマズ    2以下

・鶏肉の生産が95年に牛肉を上回った理由も飼料効率が良いことが一因。

(9)今後の世界の食糧需給:中国の最大の生産抑制要因も水

・世界の人口増加により動物性たんぱく質需要は増加。

・他方、中国は2毛作(米、トウモロコシ等)により地力が減退。水不足による

 生産の抑制。
・したがって、今後の需要増加を持続的農業により満たせるかは疑問。今後は、
 過去のトレンド通りにはいかなくなろう。

・以上の懸念が現実のものとならなければ、世界食肉会議の予測通りに生産は増
 加するかもしれない。
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V グリックマン農務長官のスピーチ
             −次期WTO交渉、ホルモン牛肉紛争などをめぐって−

1 米/EUホルモン紛争の経緯

 ホルモンを投与した牛肉の是非をめぐる米国とEU間の論争は十数年前にさかの
ぼる。85年12月、ECが域内での天然型・合成型のホルモンの使用(治療目的を除
く)およびホルモン投与食肉の輸入を88年から禁止することを決定したからであ
る。実際には輸入禁止措置は89年1月から実行に移されたが、天然か合成かを問
わず、また、残留濃度にかかわらず、ホルモン投与食肉の輸入を一切禁止するEC
の措置をめぐり、十年余にわたってGATTやWTOの紛争処理の場で争われてきた。
この結果98年には、EUの輸入禁止措置は「科学的な根拠がない」として、衛生植
物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)違反であるとの裁定が下り、99年5月
13日までに是正措置を講じるよう勧告されていた。
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【フィシュラー農業委員】
 しかし、EUはこの5月13日に設定された期限直前の4月末、ホルモン未使用証明
書付きの米国産牛肉からホルモンの残留が検出されたとして、6月15日から米国
産牛肉の全面輸入禁止措置を発表、さらに、5月初旬にはホルモンの安全性に問
題がある(天然型の17β-エストラジオールの発がん性の指摘など)との「中間
報告」を発表し、13日の期限を過ぎても禁輸を継続することを確認した。

 一方、こうしたEUの態度に、米国などは「WTOのルールを無視するもの」とし
て激しく抗議するとともに、EUに対して制裁関税による報復措置を取ることを発
表した。(その後の報道によれば、EUは6月14日、米国との協議の結果、米国産
牛肉の全面禁輸措置を本年12月15日まで延期することを発表。)

 このような、騒然とした空気の中、5月19日の同一セッションでグリックマン
農務長官が米国の立場を、フィシュラー農業委員がEUの立場を主張することとな
った。(今回はグリックマン農務長官の主張のみ掲載する。)


2 ダン・グリックマン農務長官(米国)の主張

・EUのフィッシュラー農業担当委員と私は、心からの信頼に基づいた関係を築い
 ており、これが米・EU間の相違を解決しようとする際に役立つであろう。

・私とフィッシュラー氏が初めて会ったのは、4年前のこの会議においてである。
 95年の6月は、輸出機会にあふれていた。当時は、食肉、農業に限らず、他の
 商品やサービス部門においても、将来の貿易に対して超楽観的な時代であった。

・それ以来、世界的な経済危機により、酔いが醒まされた。新興アジア経済が悪
 化し、食肉にとって世界で最も重要な市場の1つであるロシアでの需要が減退
 した。また、豚肉の世界的な供給過剰により、30年代の大恐慌以来の価格低迷
 に見舞われた。

・しかし、世界中の食肉産業は、この揺れ動く何年間かを耐えてきた。ここにい
 る皆様のリーダーシップもあり、将来は明るい。96、97両年の食肉貿易額は44
 0億ドル(約5兆3千億円)であったが、まだ潜在的可能性の表面に触れている
 に過ぎない。発展途上国の所得水準が上がり、中間所得層が増えれば、穀物主
 体の食事に畜産物を加えることになろう。
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【グリックマン農務長官】
・潜在的可能性を捕まえるためには、我々は協力し合わなければならない。お互
 いの国々が市場シェアの争奪で競合しようとも、消費者の信頼を強化するため
 にはパートナーでなければならない。また、すべての生産者が公平な扱いを受
 けるよう、世界貿易システムの構築に向けてもパートナーでなければならない。

・今年末の次期WTO交渉がその転換点となろう。シアトルで、我々は多くの重要
 事項を進展させることが重要である。不公平な貿易実態を創り上げ、世界の商
 品価格を引き下げる輸出補助金を撤廃するよう努力しなければならない。オー
 プンで透明な貿易システムを妨害し続ける国家貿易企業を制御しなければなら
 ない。

・国内農業補助金も制御しなければならない。農産物平均50%、食肉で42%にの
 ぼる関税をさらに削減しなければならない。関税割当を拡大し、最終的には撤
 廃しなければならない。特にタイムリーで緊急を要する事項として、SPS協定
 のルールの効果を保証しなければならない。科学が支配することを確認し、有
 効でない秘密主義の調査の陰に保護主義を隠れさせてはならない。

・WTOは、国家の利益、政治的事項、経済モデルおよび文化的伝統などのうるさ
 い群れを調停するという、気力をくじくような課題に直面しながら、ともかく
 統一した一組のルールの下に調和させている。

 EUの絡んだWTO問題があるときには、いつも面倒なことになる。というのは、
EUは1つの国家ではなく、自治権を有したメンバー国の集合だからである。

・困難ではあっても、WTOを機能させなければならない。WTOを機能させるため
 には、加盟国は制度化された権限を尊重しなければならない。しかし、EUはホ
 ルモン投与牛肉の輸入禁止措置を維持することによって、これを危機にさらし
 た。自らにとって好都合なときに受け入れ、そうでないときに無視してはなら
 ない。

・過去1年半にわたって3回、WTOは米国を支持する裁定を下した。それにもかか
 わらず、EUは輸入禁止措置を解除しようとしていない。期限が過ぎた以上、米
 国としてはEU産品に対して報復関税を課す以外にない。

・この議論の核心には、2つの異なる文化的態度がある。両サイドが、このこと
 をそれぞれ別の目で見ている。

 米国では、より科学的な観点から見ており、農業の発展の力を見ている。

 他方、EUは、一般に少しだけ懐疑的で、理論的なリスクの可能性を心配してい
るのだと思う。

 結局、ホルモン投与牛肉が議論の核心ではなく、我々が食べ、子供に食べさせ
る食料についての議論なのであろう。

・新しい食品に対する懐疑主義は当然のことであり、そうであるべきである。

 しかし、それをどう取り扱うかである。検査もせずに、完全に否定し、利益を
考慮せずにごくわずかなリスクに悩んでいたとしたら、消費者の食事を向上させ、
職を創出し、経済を成長させる革新的な新製品を失うことになるかもしれない。

・しかし、もし、厳格な基準を適用し、安全性に注意し、科学に基づくリスク・
 アセスメントを行い、規則のチェック・アンド・バランスのシステムを設け、
 大衆の参加する透明性のある手続きをもっているならば、その製品を市場に出
 すことは自信を持って進めることができるであろう。市場を拡大させるカギは、
 消費者の信頼を高め、それを維持することである。

・米国では、97会計年度に、政府の検査員が100億の家畜、家きんおよび卵を検
 査した。米国は新しい科学に基づく食品検査システムである危害分析重要管理
 点監視方式(HACCP)を導入した。まだ小規模工場では導入されていないが、
 来年の1月にはすべての工場で適用される。また、工場ベースの検査から、も
 っと包括的な農場から食卓までの対応をも開始している。

・食中毒を完全に除去することはできないため、新しいコンピュータ・ネット・
 ワーク(Pulse Net)を導入し、全国の衛生検査所とリンクさせ、即座に食中毒
 の原因を特定し、消費者に注意を喚起するシステムを構築した。

・消費者奉仕活動は、食品の安全性確保にとって要である。このため、安全な食
 品の取り扱いおよび準備の重要性を啓もうする積極的なキャンペーンを開始し
 た。

 また、米農務省(USDA)は、食品の安全性確保に関する消費者からの質問に
答えるべく、無料の「食肉および家きん肉ホットライン」を設置している。

・バイオテクノロジー製品の承認過程も同様に厳格で包括的である。3つの連邦
 政府機関、すなわち、USDA、米保健社会福祉省(HHS)および米環境保護庁
 (EPA)がそれぞれの管轄に応じて、厳しく周到な科学的準を課している。

・米国は、開発途上の政策と規則に関して公聴会を開催するとともに、検討中の
 製品については、インターネット上に情報を載せている。昨年、政府がオーガ
 ニックの規則案を公表した際、27万以上ものコメントを頂き、オーガニック基
 準を調整せざるを得なくなった。

・米国農業、とりわけ食肉産業が一致団結して、嫌がるEUの消費者に対してホル
 モン投与牛肉と遺伝子組み換え作物(GMOs)を強制的に食わせようとしてい
 るという誤解があると思う。事実は、米国の90万ある肉用牛経営の半分は50頭
 以下しか飼養していない。もし、ホルモンの投与されていない牛肉を買いたけ
 れば、米国からそれを買うことができる。放し飼いの鶏もそうである。

・我々は、米国製品を世界市場で積極的に販売促進しようとするが、効果的な管
 理や規則の維持を妨げるものではない。国内消費に向かないものを輸出はしな
 い。

・すべては選択の問題である。米国は、他の高品質な製品を押しのけてまでホル
 モン投与牛肉を売りつけようとしているのではない。米国産牛肉が、食料品店
 の棚上の選択肢の1つとなるべきであると信じている。

・我々は、牛海綿状脳症(BSE)の恐怖がヨーロッパ人の意識にぼんやりと現れ、
 極めて自然に食品の安全性を心配するという事実にセンシティブである。我々
 が求めているのは、競争する平等な機会であり、レースに参加する平等な機会
 である。しかし、輸入禁止措置が講じられている限り、不当に冷遇されたまま
 となる。

・今日の科学がホルモン投与牛肉を安全とみなしていることを確信しているが、
 我々は科学が発展し続けることも認識している。我々は、新しい情報が完全な
 形で正確に提供され、確固とした科学者仲間の検討に従う限り、オープンであ
 る。

・私は、ホルモン投与牛肉の問題が、両国の最も緊急な課題に対処するのと同等
 の方法で解決されることを望む。我々は、本件が完全な貿易戦争にエスカレー
 トする前に解決の方法を探す必要がある。


W 豚肉の世界的過剰生産と豚価暴落

 最後に、畜産物需給を語る上でどうしても避けて通れない事項がある。98年〜
99年前半の欧米を中心とする豚肉の過剰生産と、大恐慌以来ともいわれた98年末
の豚肉価格暴落についてである。

 96年のBSE問題による牛肉離れ、97年の台湾での口蹄疫発生、オランダなど
欧州主要国での豚コレラ発生、その後98年のロシア経済危機・輸入激減に至る過
程を、私たちは豚価の上昇、生産刺激、過剰生産、需要減、価格暴落の重要な背
景として追跡してきた。しかし、このような豚価暴落を招いた原因はそれだけな
のか、実際はどのような背景の下に起こったのか、米国の全国豚肉生産者協議会
(NPPC)アラン・タンク氏の報告から改めて検証してみたい。併せて、EU最大
の豚肉輸出国デンマークDSランドホルト氏の報告から、EUの豚肉生産に影響を
与える要素と中期見通しなどを紹介する。


1 アラン・タンク
 全国豚肉生産者協議会(NPPC)最高経営責任者
 「米国の豚肉産業、98年、99年、それ以降」

(1)98年は記録の年

・98年は良きにつけ悪しきにつけ記録更新の年。

  枝肉生産量:10.1%増
  (190億ポンド=約860万トン)

  と畜頭数:1億120万頭

  小売需要:7.7%増
  (1人当たり年間消費量は10.3%増)

  輸出量:15.6%増
  (8年連続記録更新)

  カナダからの生体豚輸入:31%増
  (410万頭=と畜頭数の4%)

  経済的損失:生産部門で35億ドル
  (約4千2百億円:98年25億ドル+
   99年10億ドル)

  価格:物価修正ベースで今世紀最低の水準
  (12月中旬、一時100ポンド当たり10ドル(26.5円/kg)割れ。過去10年間の
  平均は46.77ドル(123.7円/kg):1ドル=120円)

・価格低迷の要因

 @と畜処理能力の減少とそれに伴う不足
 Aカナダからのと畜向け生体豚の輸入急増
 B生体豚価格に対する需要の非弾力性(inelasticity)
 C豚肉生産の10.1%の増加

・98年の小売価格に占める生産者取り分は22%と過去最低水準を記録。

・肉豚の生産構造変化が急速に進展。肉豚出荷頭数規模階層別のシェアは、「1
 千頭以下」層の減少と「5万頭以上」層の増加が急速に進展。

                       88年    →    97年 
        1千頭以下     32%            5%
        5万頭以上      7%           37%
   (全肉豚出荷頭数に占めるシェア)

(2)と畜処理能力:能力減少と2シフト化による柔軟性の喪失

・98年の豚肉生産が10.1%増加したのに対し、と畜処理能力は8%減少。これは、
 1日当たり3万7千頭分の減少に相当。−18ヵ月の間に4つの工場が閉鎖したのが
 原因。閉鎖の理由は、これらの工場の存在していたサウスダコタ州、ミシガン
 州、ジョージア州およびアイオワ州の豚飼養頭数が減少しつつあったことが一
 因。

・他方、カナダからのと畜向け生体豚の輸入は、31%増の410万頭。これは、カ
 ナダで生産された豚の20%に相当。

・ノースカロライナ州のスミスフィールド社の工場では、1日当たり3万2千頭の
 処理能力があるにもかかわらず、州政府から2万4千頭に制限するよう指導。3
 月には州政府との合意により、処理頭数を3万2千頭に戻す一方、年間の上限を
 748万8千頭に設定。

・と畜処理能力に対する利用率は、96、97年の約75%に対し、98年は90%に上昇。

・この10年間に、豚肉産業は、伝統的コーンベルト地帯から南部そして西部へと
 移動。

・10年前と異なり、と畜処理工場の運営は、1シフトからほとんどが2シフトへと
 移行。この結果、(頭数の増減に機敏に対応できる)と畜処理の柔軟性が失わ
 れ、生産の増加に対処し難くなっている。
 
(3)豚の需要弾性の変化:農家価格は生産の変化により敏感に反応

・生体豚への需要は非弾力性が強まる。

・一方、需要の弾力性がほとんど無くなったため、農家段階の価格は生産の増減
 に対して、よりセンシティブに反応。

・生産の変化に対する伝統的な価格の変化は、生産の変化1%に対して価格は2%
 変化。

・直近の2ホッグ・サイクル(1サイクル2年)では、生産の変化1%に対して価格
 は4〜6%変化。
・この結果、生産の削減がはじまり、99年は2%減少と予測。

・こうした価格の変動に対して、生産者はそのリスク管理対策として契約販売に
 移行。スポットでの相対取引は、94年の71%から98年には36%にまで減少。他
 方、何らかの形で契約販売またはリスクシェア協定を結んで販売される割合は、
 20年前には5%未満にしか過ぎなかったものが、98年には60%以上にまで拡大。

(4)生産サイクル:平準化の傾向

・98年の10.1%の伸び(79年以来最大)は別として、豚肉生産の専門化、パッカ
 ーとの契約生産などにより、生産サイクルは平準化しつつある。

・他方、生産の季節変動は従来のまま。

・このため、季節変動を少なくするための生物学的な手法や新しい管理法の開発
 などを検討中。

(5)成長を導く価格の低迷

・55年以来、価格の低迷の後に生産が増加。

・繁殖母豚の生産性は年率2%の伸び。

・飼料に恵まれていること、土地の利用可能性、技術および基礎的なインフラを
 考慮すると、98年の水準を超えて、さらに米国豚肉産業は成長するものと見込
 まれる。

(6)国内需要:牛肉減、豚肉および家きん肉増

・98年は、小売需要が7.7%増。1人当たり年間消費量は10.3%増と、牛肉、家き
 ん肉の伸びを上回る。

・今後、牛肉の需要の減少を伴いながら、豚肉および家きん肉の需要が増加する
 ものと見込む。

・小売部門のほか、食品サービス部門での需要開発にも努力。

(7)世界的見通し:米国は10年以内に世界最大の豚肉・豚肉製品輸出国に

・10年前、米国は世界で2番目の豚肉輸入国だったが、今や、米国は世界で2番目
 の豚肉輸出国。

・今後10年の間に、EUを追い抜き、世界最大の豚肉および豚肉製品の輸出国とな
 ろう。

・世界の豚肉生産は、貿易の自由化、経済状態、豚の疾病問題、環境、食品の安
 全性、労働問題、動物愛護による制約、土地利用可能性および政治などの要因
 により突き動かされている。

・米国豚肉産業にとって最大の競争相手は、2002年には、デンマークを抜いて家
 きん肉となろう。

・世界の人口の96%は米国外にいる。したがって、米国豚肉産業は、世界の消費
 者の期待に沿うよう努めている。このため、USポークシールを開発。これは、
 世界最良の豚肉をシンボライズしたもの。すなわち、環境に配慮して生産され
 た最高品質の安全な豚肉。

・米国内では、「豚肉、もう1つのホワイトミート」キャンペーンが成功したよ
 うに、USポークシールが世界中で同様の成功を収めるものと信じる。

・98年、米国は100カ国以上に米国産豚肉を輸出。主要輸出先国は、日本、メキ
 シコ、カナダ、ロシア、香港、韓国および台湾。今後とも、カナダ向けを除き、
 輸出が増加するものと見込む。

(8)食品の安全性

・食品の安全性が世界で最も重要。このため、豚肉品質保証(PQA)プログラム
 からHACCPの強い支持まで、多くの重要な対策を講じている。

(9)次期貿易交渉

・米国豚肉産業にとっての重要事項は以下の通り。

 @関税削減の加速化と究極的な撤廃
 A関税割当の管理の改善
 B輸出補助金の撤廃
 C貿易歪曲的国内支持の撤廃
 D現行SPS協定の維持
 EWTO紛争処理協定の改革


2 アン・ブリジット・ランドホルトデンマーク豚肉輸出機構連合(DS)社長
 「EUの豚肉市場:デンマークの見方」

(1)EUの豚肉生産:2007年までは1,600万トン台で緩やかな伸び

 GIRA社の予測をベースにすると

・94年〜97年の枝肉生産は1,610万〜1,630万トンと安定

・96年〜97年の高価格に刺激されて、98年は1,740万トン(100万トン以上増) 

・その後平年ベースに戻り、2002年には1,670万トン、2007年には1,690万トンと
 予測 

・97年〜2007年10年間の枝肉生産量の伸びは極めて緩やか

          EU     年率     +0.2%
          世界            +1.8%

・EU各加盟国レベルでは10年間の増減状況が異なる。

  増加:ベルギー、デンマーク、スペイン、フランス
                            +31%〜+53%

  減少:ドイツなど他の加盟国
                                    〜▲17%

(2)EUの豚肉生産に影響を与える重要な要素:環境問題

・豚肉生産は家族経営主体の構造が続く。

・依然として小規模経営が多いが、大規模集中化の動きはアイルランド、イギリ
 ス、デンマーク、オランダ、スペインで進むものと予想。

・環境問題が欧州の養豚産業の立地や構造に最も影響を及ぼす要素。
 地域によっては、環境問題は養豚産業拡大の障害に。

(3)デンマークから見たEUおよび世界の豚肉市場

・EUの豚肉生産の伸びは今後2007年まで、年率0.2%に鈍化(90年〜97年は年率
 1.8%増)

・EUの豚肉消費の伸びは生産の伸び(+0.2%)をも下回ると予想されるが、97
 年〜2007年の10年間におけるEU域外向け純輸出が23%増加すると予想

・EUは世界の主要豚肉輸出地域であり続けるが、米国との競争は一層激化

・環境、動物愛護、成長ホルモン、食品添加物、遺伝子組み換え作物等新技術に
 関するEUの厳格な規則が、EUの輸出業者にとっては重大な障害となり、その結
 果世界貿易市場でのシェアを失うだろう。

・デンマークは98年から2002年の間に10%輸出を伸ばすと予想EU域外向けおよび
 域内向けとも維持、域外では、特にロシアが日本をしのぐ最重要市場になるだ
 ろう。

・豚肉加工製品の輸出が増加すると予想

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【ランドホルトDS社長】

会議の概要と主催者について

1 日 程 平成11年5月17日〜20日

2 場 所 アイルランド ダブリン市

3 主催者 国際食肉事務局(IMS:International Meat Secretariat)
      アイルランド食糧ボード(Bord Bia)
*IMSとは 

(1) 設立等

 食肉産業に関連するあらゆる分野の発展に国際的なベースで寄与することを目
的として、74年に設立。本部はフランスのパリ。会長Philip M. Seng(米国食肉輸
出連合会会長)、副会長Rob J. Tazelaar(オランダ家畜・食肉・鶏卵ボード会長)。

(2)会 員

 99年4月で会員数96。各国の畜産関係企業や団体、政府関係機関等。

 当事業団のほか、米国食肉輸出連合会(USMEF)、ミート・アンド・ライブス
トック・オーストラリア(MLA)、ミート・ニュージーランド(Meat New Zea
land)、イギリス食肉家畜委員会(MLC)、アイルランド食糧ボード(Bord Bia)
などが会員となっている。

(3)世界食肉会議(World Meat Congress)

 IMSの主要な活動の1つで、おおむね2年に1度 IMS総会(会員参加)を開催し、
その機会に広く世界各国の関係者の参加による「世界会議」を開催、今年で12回
目となった。また、「世界会議」の間の年には特定地域を対象とした「地域会議」
に加え、最近では特定テーマによるワークショップの開催も積極的に行っている。

〈世界食肉会議の実績および予定〉

 マドリード(74)、ブエノスアイレス(76)、フィレンツェ(78)、ケープタ
 ウン(81)、 ナッシュビル(83)、ハーグ(86)、パリ(88)、ロンドン
(91)、シドニー(93)、デンバー(95)、北京(97)、ダブリン(99)
 第13回の開催予定:2000年9月18日〜22日、ベロ・オリゾンテ市(ブラジル)

4 第12回会議の構成、主なスピーカーおよびスピーチタイトル

 〈オープニング・セレモニー〉

   H.E.メアリー・マクアリース	アイルランド大統領
   フィリップ・リンチ	アイルランド食糧ボード会長 
   フィリップ・セング	国際食肉事務局会長 

 〈基調講演〉

   レスター・ブラウン	ワールドウオッチ研究所所長
	「世界の食肉見通し:世界のプロテイン(たんぱく質)をめぐる経済状
     況の変化」

 〈セッション1 消費者のための競争:
         議長 フィリップ・セング国際食肉事務局会長〉

   マイケル・ダフィー	アイルランド食糧ボード最高経営責任者
		「消費者を捉えること」

   ガブリエル・ビネティ	カルフール社(仏)
		「競争力を維持し、消費者を納得させる」 

   レイモンド・チェスカ 米国マクドナルド・ワールドワイドトレード社長
	「消費者を引きつけるため、コールドチェーンをリードする」

   リンダ・ソーシャー	カナダ農業食料省食品研究開発センター
		「食肉の安全性:将来に向けての挑戦」

 〈セッション2 確信の持てるマーケティング:
   議長 マット・デンプシー アイルランド農業者ジャーナル編集長兼社長〉

   フィーガル・クゥイン	スーパークゥイン社社長(アイルランド)
		「食肉市場の将来像」

   リチャード・ブルックス	MLA(豪)社長 「消費者を第一に」

   ガリー・スミス	コロラド州立大学名誉教授(前テキサスA&M大学教授) 
	「米国産牛肉、豚肉および羊肉に関して、品質、一貫性、安全性の保証
     を与え、国内外の消費者に関心のある態度を示すこと」


   ニール・テイラー	ミート・ニュージーランド最高経営責任者
	「ラムを良質商品として再位置付けするNZの経験」
      マイケル・ヒル	欧州ガン予防機関(英)
		「食肉と直腸結腸ガン−作り話か真実か」
   ほか  

 〈セッション3 世界市場での競争−各地域の動向:
         議長 ラーブ・タゼラー国際食肉事務局副会長〉

   植田芳樹	兼松畜産部長「日本:変化する市場」

   アラン・タンク	全国豚肉生産者協議会(NPPC)最高経営責任者
		「米国の豚肉産業:98年、99年、それ以降」

   アン・ブルジット・ランドホルト	デンマークDS社長
		「EUの豚肉市場:デンマークの見方」

   エンリケ・デレオン・ベロック	ピラーハ社(アルゼンチン)社長
		「メルコスール、特にアルゼンチンにおける牛肉生産」

   ファオ・カルロス・デソーサ・メイレレス サンパウロ州農務長官(ブラジル)
	「障壁のない市場における動物性たんぱく質の需要
                     −OPICとOMCのペーパー」

   ピーター・レーシー	国際食料農業貿易政策委員会(IPC)事務局長
		「世界の食肉政策改革」

  ほか

 〈セッション4 世界市場での競争−政策問題:
    議長 レイ・マクシャーリー元EU農業委員、元アイルランド大蔵大臣、
            農業大臣〉

  ジェラール・ビアット OECD農業食料水産部長「世界の食肉市場の見通し」

  フランク・ウオルター WTO農業部長
                  「世界の食肉政策についてのWTOの見方」

  塩飽 二郎	農畜産業振興事業団理事長
		「世界の食肉貿易についての日本の見方」

  ファン・アーキバルト・ラヌス 	在仏アルゼンチン大使
         「食肉生産とグローバル化の過程」

  ジョー・ウォルシュ	アイルランド農業食料大臣

  ダン・グリックマン	米国農務長官

  フランツ・フィシュラー	欧州委員会農業委員

  ジョン・マローン	アイルランド農業食料省次官
		「信頼を得た競争−アイルランドの視点」


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