次期農業法をめぐる動向(米国)
米連邦議会における次期農業法案に関する審議は、下院法案が10月5日に同本
会議を通過した後、上院での取り扱いが注目を集めていた。こうした中で、同農
業委員会においては、ハーキン委員長(民主党・アイオワ州)主導の下、これま
でのスローペースから事態が急転し、10月31日から開始された法案の締めくくり
審議(マークアップ)で集中的な議論が行われ、11月15日には、ハーキン委員長
の提案をたたき台とする下院法案とは異なる上院独自の法案が同委員会を通過し
た。
この上院法案については、本稿作成時点では確認を要する点が多いため、その
詳細は次号に譲ることとし、本稿では、同農業委員会での議論に一石を投じた前
委員長(現少数党リーダー)であるルーガー議員(共和党・インディアナ州)に
よる提案と、ハーキン委員長が当初提案した法案の概要について紹介する。
【ルーガー法案】
米農務省が支持を表明
10月17日明らかにされたルーガー議員の提案は、主要作物についての直接支払
いや価格支持に関する政策を廃止する代わりに、新たに農家収入に着目したセー
フティ・ネットを導入することなどを柱とするものであり、これについて、ベネ
マン農務長官は、不足払制度の復活などが盛り込まれた下院法案への不支持表明
とは対照的に、9月に公表した食料・農業政策に関する諸原則にも整合するもの
であるとして、おおむね支持する旨を表明している。
新たなセーフティ・ネットを導入する代わりに、価格支持制度などを廃止
ルーガー議員が提案した新たなセーフティ・ネットは、次のとおりである。
対象となるのは、実際に農業に従事し、原則として、年間の農家収入が2万ド
ル(約246万円:1ドル=123円)以上の経営体であり、すべての耕種作物および
畜産物がカバーされる。対象農家には、過去5年間の平均農家収入の一定割合
(注)に相当する価値を有するバウチャー、この場合、いわゆる連邦政府による
サービスの引換券が、収入レベルに反比例する形で支給される(注:平均農家収
入が25万ドル(約3,075万円)以下なら6%、同25〜50万ドル(約3,075〜6,150
万円)が4%、同50〜100万ドル(約6,150〜1億2,300万円)が1%)。対象農家
は、農家収入が減少するような事態に対処するため、以下のオプションに対して
バウチャーを使用し、その価値に応じたサービスを受けることができる(複数の
組み合わせも可)。
@収入の保証割合は80%で損失額の補てん割合が100%の農家総収入保険の購入
(保険料は米農務省・リスク管理局が民間保険会社を通じて提供。保険料の農
家負担分をバウチャーで支払うことができる)
A総合農家安定口座への参加(カナダのNISA(純所得安定口座)に類似した制度
であり、各農家の口座に政府が農家と同額を積み立て、純所得が過去5年平均
を下回った場合、その損失分を上限に積立金を引き出すことができる。政府積
立金はバウチャーでまかなわれる)
Bその他の収入保険などの購入(粗販売額の過去5年平均の80%を保証するため
の、@以外の保険やその他のヘッジ商品の購入代金をバウチャーで支払う)
こうしたセーフティ・ネットを2003年から導入する一方で、現行の96年農業法
に基づく農家直接固定支払いを2002年度で終了させるとともに、2003年から2006
年までの間にマーケティング・ローン制度やその他の価格支持制度を段階的に廃
止することが提案された。
環境保全対策を拡充する一方で財政規模は圧縮
また、環境保全に関する直接支払いを拡充することも大きな柱として挙げられ
た。これは、現行の環境改善奨励事業(EQIP)の中に土地の農業的利用を通じた
環境保全対策を設けることなどにより、その予算規模を2003年の7億5千万ドル
(約923億円)から2005年には20億ドル(約2,460億円)にまで増額するという
ものである。
本法案の有効期間は5年、その間の追加的な財政支出は約217億ドル(約2兆
6千7百億円)とされており、下院の農業法案に比べると、財政規模がかなり圧
縮されたものであった。
【ハーキン法案】
環境保全対策の拡充と独自のセーフティネットが特徴
一方、ハーキン委員長が11月1日に公表した法案は、ルーガー法案と同様に有
効期間を5年としているが、その内容は、比較的下院法案の方に近く、同氏がか
ねてから提唱してきた環境保全対策の拡充や、他の2法案とは異なる農家セーフ
ティ・ネット(価格・所得補償対策)の創設が大きな特徴として挙げられる。
まず、環境保全対策については、
@自らが別途提出している環境保全保障法案(Conservation Security Act)
に基づき、農業を行いながら環境保全に取り組む農家に対し奨励金を交付する
という事業の新設がうたわれるとともに、
A既存事業についても、
a)農地を休耕させる土壌保全留保事業(CRP)の対象面積の上限を現在の3,6
40万エーカー(約1,456万ha)から4,000万エーカー(1,600万ha)に拡大す
る
b)環境改善奨励事業(EQIP)の単年度の予算額を9億5千万ドル(約1,169
億円)にまで増額する
ことなど、5年間でみると、下院法案やルーガー法案に比べ最も多くの予算を
充当する見込みとされていた。なお、EQIPの中には、家畜排せつ物の管理施設を
対象にした年間1億ドル(約123億円)規模の低利融資も含まれている。
価格・所得補償対策には価格変動に対応した直接支払いの導入を提案
農家の価格・所得補償対策としては、下院法案と同様に、穀物などの主要作物
に関するマーケティング・ローン制度や、96年農業法で導入された農家直接固定
支払いなどを存続させるとともに、新たに価格変動に対応した直接支払い(cou
nter‐cyclical payment)の導入が提案された。ただし、下院法案に比べると、
ローン・レート(融資単価)の水準が高めに設定される一方で、農家直接固定支
払い補償単価は、およそ半分の水準に抑えられている。
また、新しい直接支払いについても、下院法案が96年農業法で廃止された不足
払い制度を復活させようとしているのに対し、当初のハーキン法案では、単位面
積当たりの全国平均収入が、毎年、作物ごとに、あらかじめ設定された単位面積
当たりの目標収入(固定額)を下回った場合に、その差額が各農家の基準面積に
基づいて交付されるという仕組みとなっていた。この場合の全国平均収入は、
(当該年の全国生産量)×(年間平均価格または全国の平均ローン・レートのい
ずれか高い方)÷(全国作付面積)という算式で計算され、また、目標収入は、
例えば、小麦が120ドル/エーカー(約37千円/ha)、トウモロコシが270ドル/
エーカー(約83千円/ha)に設定するというものである。
さらに、加工原料乳の価格支持制度については、下院法案同様、支持価格を現
行水準の9.90ドル/100ポンド(約27円/kg)に据え置き、2006年まで継続する
ということが提案された。
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