海外駐在員レポート
アルゼンチン産牛肉の輸出余力について
ブエノスアイレス事務所 浅木 仁志、玉井 明雄
世界の牛肉の輸出量は、総生産量の約1割を占める程度の貿易量の少ない品目
である。その限られた量の市場で、アルゼンチンは豪州、米国、ブラジル、EU、
カナダなどと並ぶ牛肉の輸出国である。
アルゼンチンの肉牛飼養頭数は約5千万頭で膨大な輸出量を想像させるが、牛
肉生産の約8割が国内で消費されるので、実際の輸出量はその潜在力に比べて大
きくはない。国内消費量と国内牛肉価格の動向がアルゼンチンの輸出余力を占う
キーポイントである。
2000年8月以降、南米南部共同市場(メルコスル)諸国で発生した口蹄疫の影
響は大きい。世界的な安全性指向と品質重視の流れの中で、ブラジル、アルゼン
チン、ウルグアイという牛肉純輸出国で成り立つメルコスル諸国が、今後地域一
体となって口蹄疫にどう対処していくのか、世界の牛肉需給に大きな影響を及ぼ
すものと考えられる。
今回は、アルゼンチンの肉牛の生産性、世界の牛肉市場の趨勢、他の輸出国と
の競争などを踏まえて、将来のアルゼンチンの輸出余力やその戦略についての情
報を提供できればと思っている。
世界の牛肉貿易を表1にした。2001年の牛肉輸出量は、枝肉ベース(以下同じ)
で581万トンと予測される。カナダ、ブラジル、アルゼンチンの輸出量の増加が
米国、EU、ウルグアイの減少で相殺され2001年の輸出量は2000年の輸出量とさほ
ど変わらないと予測される。
一方2001年の輸入量は484万トンで2000年より3.5%上昇が予測される。これは
世界的に牛肉の需要が伸びており、特に牛肉自由化を控えた韓国の輸入量がそれ
を押し上げると予測されるからである。
牛肉の生産量は、2000年の4,965万トンから2001年の4,958万トンと若干の減少
が予測される。保留傾向への転換に伴うカナダと豪州の生産減を、アルゼンチン
とブラジルの生産増が補いきれないと予測されるからである。
主要な輸出国の米国、カナダ、豪州のと畜頭数の減少で家畜のと畜頭数は2000
年の2億2,404万頭から2001年は2億2,376万頭と減少が予測される。
アジアと南米に発生した口蹄疫が将来の牛肉貿易に及ぼす影響は予想が難しい。
また最近ではEUの牛海綿状脳症(BSE)問題も予断を許さない。これらの問題は、
2001年の世界の牛肉貿易に少なからず影響を及ぼすだろう。
表1 世界の牛肉貿易
(主な輸出国の牛肉輸出量)
(主な輸入国の牛肉輸出量)
注:(p)は推定値
(f)は予想値
アルゼンチンの牛の飼養頭数は、ここ10年間では、94年が約5,300万頭と最も
多かった。95年と96年の2度の干ばつは繁殖雌牛の生産率(離乳子牛/繁殖に供
与される雌牛)に大きな影響をもたらし、97年の飼養頭数は約5千万頭と低水準
となった。98年はエルニーニョ現象で特に東北地域で今世紀最大の洪水が発生し、
数百万haの飼料穀物栽培地帯が水没し推定50万頭の牛が失われた。その結果、98
年は約4,800万頭とさらに落ち込んだ。一方同国では98年中頃から徐々に家畜の
保留傾向に入り、2000年は4,950万頭と推定されている(表2参照)。
国家統計局(INDEC)の統計で2000年6月末時点での牛の頭数バランスを見る
と、繁殖雌牛が2,110万頭、生まれる子牛が年間1,580万頭、出生して離乳時まで
の損耗などを考慮した離乳子牛は約1,450万頭、その他主にフィードロット肥育
用にウルグアイから5〜10万頭の去勢牛を輸入している。一方、年間と畜頭数は
1,350万頭で、成牛の死亡頭数は80万頭。最近のアルゼンチンでは、離乳子牛+
輸入去勢牛の合計と、と畜頭数+成牛へい死頭数の合計、すなわち、生産(イン
プット)と消費(アウトプット)がほぼバランスがとれていて、牛の飼養頭数は
安定している。
アルゼンチンの肉牛の生産性は、特にこの5年間で以下の理由により向上した。
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【パンパで放牧される肉用牛】
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表2 牛肉需給の関連データ
資料:農牧水産食糧庁
注1:2000年は1月から9月までの累計
2:飼養頭数は国家統計局の数字
3:輸出比率は輸出量の枝肉生産量に占める割合
@繁殖成績の向上
アルゼンチンでは受胎率と生産率が徐々に改善されている。とりわけアルゼン
チン北部のような良質の牧草生産が容易でない地域では、早期離乳技術が約100
〜150万頭の繁殖雌牛に応用されており、2、3ヵ月齢、80〜100kgで早期離乳され
ている。ほ乳期間が短くてすみ母体の負担を軽減するこの技術で、5〜7年前の50
〜55%の受胎率が最近では70〜90%に向上している。
またこの同じ北部地域で特徴的に見られる繁殖管理の方法として再種付がある
が、これは通常の11月から翌年の1月にかけて交配し、2、3月の夏の直腸検査で
受胎が確認されなかった場合、3、4月に再度交配を行い可能な限り空胎の牛を出
さない繁殖管理であり、結果的に増頭に結びつく。
近年は、ブルセラ病やトリコモナス症などの繁殖障害を引き起こす病気のコン
トロールを含め、繁殖雌牛に対する衛生管理が徐々に良くなっている。また、こ
こ2、3年はボディーコンディションによる体型評価も広範に取り入れられ、個々
の母牛に対し順調な妊娠、出産に必要な栄養水準を満たした飼養方法の改善が図
られている。
生産率は、アルゼンチンの繁殖雌牛の40%を占めるパンパ周辺地域では60%と
いわれる。具体的には、繁殖雌牛450万頭を飼養するコリエンテス、チャコ、フ
ォルモサの各州とサンタフェ州北部など繁殖地帯では55〜60%である。しかし同
じ地域でも飼養環境が良く衛生条件の整った特に大規模牧場では、90%以上の成
績を上げているところもある。これより良質な牧草の生育条件と恵まれている、
パンパの中心の繁殖地帯における生産率は80%となっている。
ここ2年で多くの生産者は母牛の繁殖性の重要性に目覚め、生産率は顕著な伸
びを示した。将来的に生産性は、徐々にではあるが着実に伸びるだろう。
Aと畜率の向上
と畜率(年間と畜頭数/飼養頭数)はおおむね一定で、例えば米国33%、豪州
30%、ウルグアイ20%といわれている。アルゼンチンでは長い間24%以下だった
が最近の信頼性の高い情報では27〜28%に向上したようである。
と畜時の生体重を95年と2000年とで比較すると、と畜時生体重が460kg以上の
重い去勢牛の場合、平均と畜月齢は42ヵ月齢から30ヵ月齢に低下した。と畜時の
生体重が380〜460kgまでの去勢牛の場合、平均と畜月齢は20〜24ヵ月齢から16〜
18ヵ月齢(±2ヵ月の幅あり)に低下した。ちなみに国内向けの一部(約10%相
当)の最も肥育状態の良い牛は14ヵ月齢、400kgで出荷されている。7、8年前で
は良質の牧草を食べる肉牛の1日当たり増体量(DG)は500gだったが、今では
600〜800gが普通である。
このように若い月齢でと畜される傾向が見られるが肥育方法の改善でDGが向
上し、と畜時生体重は増加している。例えば97年と99年の比較で、と畜時の去勢
牛平均体重は442kgから451kgに増加している。また、と畜頭数の減少率が5.1%
であるのに対し、牛肉生産量(枝肉ベース)の減少率は2.2%にとどまっている。
また枝肉の平均重量は、2年前の210kgから220kgに増加したとの報告もある。
ちなみにフィードロット肥育でも、子牛肉用として出荷される牛だけでなく成
牛で出荷される重い去勢牛の肥育期間も顕著に短くなった。重い去勢牛のフィー
ドロット肥育の場合、300〜350kgで入場したものを3ヵ月で400〜450kgに仕上げ
る。これを放牧肥育で行うと12〜15ヵ月は要する。
生産率の顕著な伸び、廃用になった繁殖雌牛の母牛群からの適切なとう汰、肥
育期間の短縮などがと畜率の向上に寄与していると考えられる。
表3 2000年(1月〜10月)の輸入国別品目別輸出量
資料:農牧水産食糧庁
(1)メルコスル市場およびチリ市場
ア メルコスル市場
南米南部共同市場(メルコスル:ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラ
グアイが加盟)地域の家畜生産は、概して粗放的で耕地の約7割を占める約3億
haの牧草地が主な生産の舞台である。牛の飼養頭数は2億1千3百万頭で世界の
17%を占め、牛肉生産量は約1千万トンで北米自由貿易協定(NAFTA)地域に
次ぐ世界の20%を占める。
メルコスル諸国ではウルグアイを除いて生産の大部分が国内で消費され、輸出
量は生産と国内消費の動向で決まる。また開発途上国で構成されるこの地域は国
民の収入レベルが直接国内消費量に反映する傾向にある。
パラグアイを除き関税のないメルコスル諸国間の牛肉貿易であるが、生産量に
比較してその貿易量は小さく、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの3カ国は
ほぼ牛肉の純輸出国とみてよい。大まかな図式としてアルゼンチンとウルグアイ
がブラジルとパラグアイに牛肉を輸出している。(表4参照)
表4 南米主要国の牛肉需給(99年)
注1:輸入、輸出で500トン以下は「0」で表した
2:アルゼンチンの輸入量は製品ベースしか公表されていないため、
1.3倍して枝肉ベースに換算した。
3:ブラジルとチリの生体牛貿易頭数は統計がない。
メルコスル諸国間の牛肉貿易を考える上で、チリは諸国と密接な関係があるの
で以下に詳説する。
イ チリ市場
@チリとの生体牛の取引
南米の生体牛の貿易を表5にした。チリは、数十年前からアルゼンチンの500kg
以上のアルゼンチンホーランド種(ホルスタインの一種)の去勢牛をと場直行牛
として輸入してきた。チリの肉用牛は主に乳用種で、肉専用種はヘレフォード種
が主体である。昔からアルゼンチン産の生体牛の価格はチリに比べ30%位安く、
チリは購買力が小さいがアルゼンチン産牛肉を好んで輸入してきたようである。
公式な統計はないが、2〜3年前はチリは、パタゴニア地方から100頭単位で生体
牛を輸入していたようである。現在はアルゼンチンからの輸入実績はない。
表5 生体牛の貿易
アルゼンチンの輸入
アルゼンチンの輸出
注1:2000年10月末までの累計
2:輸入のその他は米国、カナダ、豪州など
3:生体牛はすべてのカテゴリーのものを含む
アルゼンチンの衛生状況、特に口蹄疫の防疫事情が徐々に改善され、と場直行
牛だけでなく肥育素牛のチリ市場参入の可能性が開けた。こうして180〜200kgの
ヘレフォード種の生体牛がチリに輸出されたのは近年のことで、2000年5月以降
にアルゼンチンが口蹄疫ワクチン不接種清浄国となったため、チリの生体牛取引
業者はアルゼンチンからの肥育素牛取引に大きな興味を示した。
チリは土地面積が狭いので、肥よくな地域は農産物の栽培にまわされ、家畜飼
養は辺境地域に追いやられる傾向にある。さらに全体の需要の約40%に及ぶ輸入
牛肉は同国の牛の価格を大きく下げている。
Aチリとの牛肉貿易
90年代に入り、チリ市場の約9割はアルゼンチン産牛肉で占められていた。し
かしながら97年、米国のアルゼンチン産牛肉輸入解禁以降、チリ向けが減少し、
現在市場占有率は50%以下に落ちている。チリ通貨チリペソの切り下げ、98〜99
年にかけてチリが不景気でドル価格でのチリの生体牛と牛肉価格が下落したこと、
加えて98年中盤からアルゼンチンの国内去勢牛価格が高騰し、輸出価格も上昇し
たこと、さらにチリはアルゼンチンに代わる他の安い市場を探したことなどもそ
の理由となっている。今はブラジルがチリ市場に参入し、市場の4割を満たすよ
うになっている。パラグアイも現在は同様にチリ市場に参入し輸出を増やしてい
る。一方、アルゼンチンは代替措置として、高価格で取引できる米国やカナダの
市場を開拓した。
2000年に入り、特に最近は南米での口蹄疫発生などの問題でチリ市場をめぐる
状況が変わった。まずブラジルは口蹄疫の発生でチリに輸出できなくなり、アル
ゼンチンも同じ問題でNAFTA市場に輸出できなくなりその代替として、より厳格
な衛生条件下で、最大で25%安という低価格でチリに輸出している。
9月のチリ向け生鮮肉輸出量(製品ベース)は約2,600トンで、口蹄疫問題が起
こる前(7月)の約2倍である。2000年の10ヵ月間の生鮮肉輸出量(製品ベース)
は約22,000トンと顕著に伸びている。
チリの枝肉卸売価格は上昇しつつあり、アルゼンチンは月2,500〜3,000トンの
輸出量を維持している。なお、NAFTA市場がアルゼンチン産牛肉の輸入を再開す
ると再びチリへの輸出量は落ちるとみられるが、最近のチリ経済の回復と牛肉の
品質への要求水準の高まりから、これらに対応できるアルゼンチンは、チリの牛
肉輸入総額約1億6千万ドルの50〜70%を占めることになるとみられてる。
◎チリの牛肉消費
チリの牛肉市場の特徴は、チリ人はアルゼンチン人ほど牛肉を食べず、あまり
質も問わず低価格の脂肪の少ない赤身肉を好む。しかし経済の好転などで87年に
14kgだった1人当たり年間牛肉消費量が今では24kgに増加し、2000年に入るとリ
ブアイロールなどグリル(焼肉)用のアルゼンチン産の部位が売れ出した。
アルゼンチン食肉加工協会によるとチリがアルゼンチンから輸入した去勢牛の
14部位(セット)の平均FOB価格は3年前、3,000〜3、300ドル/トンだったが今は
2,000〜2,100ドル/トンである。この部位はヒルトン枠用のランプアンドロイン
を除くすべての部位で、グリル用のショートリブ、マタンブレ(肋骨を覆うよう
に広がる体幹皮筋を主とする部位で、南米の焼肉料理アサードによく利用される)
とフランク、シンとシャンクを含む。
(2)米国市場の重要性
97年に米国市場への牛肉輸出が可能となり、アルゼンチンから米国への牛肉輸
出量が徐々に増加した。輸出品目では、ヒレ、サーロイン、リブアイロールとい
った冷蔵の高級部位の占める割合が増加してきている。
@米国向け去勢牛の特徴
アルゼンチン国内向けの70%は、と畜時生体重が380〜440kgの英国系品種の去
勢牛である。一方米国向けは、脂肪交雑の入ると畜時生体重が少なくとも480〜
500kgの英国系品種の去勢牛である。
米国向け牛肉を生産する去勢牛は、EU向けのヒルトンカットより品質面で優れ、
価格も高く、国内向けとともに最高級の牛とされている。ちなみにヒルトンカッ
トを生産する牛の約8割はアルゼンチンホーランド種(ホルスタインの一種)か
ゼブウ種と英国系品種の交雑種である。
米国向けの去勢牛価格は、国内のその他の重い去勢牛よりも価格が10〜15%高
いが、その理由は過度に脂肪がついているため、米国向けカットを取った残りの
カット例えばショートリブやフランクなどの部位が国内で売れにくいからである。
Aヒルトンカットとの価格差
ヒレ、サーロイン、リブアイロールの高級部位を含むランプアンドロインの米
国向けの輸出価格は、ヒルトンカットより10%ほど安い。これは、ヒルトン枠が、
長い輸出実績があり市場も安定しているのに対し、米国の市場は新規市場でアル
ゼンチン産牛肉の同市場における認知度がまだ低く、米国向けの部分肉はヒルト
ンカットと比較して、スペックに対する要求が低いことなどが挙げられる。
B今後の伸びが期待される米国枠
米国へのアルゼンチン産牛肉輸出のうちヒレ、サーロイン、リブアイロールな
どのロイン系高級部位の輸出量は製品ベースで年間約3,000トンであり、米国市
場の大きさからすればごくわずかである。しかしながら、昨今の米国のレストラ
ンではアルゼンチン産ビーフをメニューに入れているところもあり、アルゼンチ
ンの輸出業者は、米国向け高級部位の輸出が今後さらに増加することを期待して
いる。
アルゼンチンの輸出業者の中には、将来的に米国市場はヒルトン枠の代替にな
るとみる者もいる。理由としては、米国の関税割当枠外の高率関税(26%)がヒ
ルトン枠外のそれより低いため、ヒルトン枠以上の量が米国市場で容易に売れる
と考えられるからである。さらに今はまだ価格は低いが、米国市場は新しい市場
だから高級部位の需要が伸びれば輸出価格が上昇することも期待できる。
現在、米国は好景気で牛肉の価格が上昇しているため、アルゼンチンの生体牛
との価格差が広がり、米国の購買意欲を刺激する状況にある。このため26%の高
率関税を課されても、関税割当枠外で輸入されるアルゼンチン産牛肉の量は増大
している。今後、米国のキャトルサイクルが家畜の保留傾向になり、国内の牛肉
需給が締まるとアルゼンチンからの輸入はさらに増加するとみられる。
豪州の日本市場向け輸出が好調な間は、米国の関税割当枠が未消化となり、近
い将来、豪州とNZが消化できない割当枠の一部をアルゼンチンとウルグアイに割
り当てられる可能性もある(表6参照)。
表6 米国枠の割当量
◎部分肉の価格動向(業界からの聞き取り)
(米国枠とヒルトン枠)
米国向けのランプアンドロインの輸出価格はドイツ向けのヒルトンカットより10
%安い。しかしキューブロールは50%高い。
(米国枠とアルゼンチン国内市場)
ラウンド(トップサイド、ランプ、ナックル、シルバーサイド)については、米
国市場は国内市場より10%高く購入する。
米国市場のくず肉価格は大きく改善され、例えば5年前、ソーセージやハンバーグ
の原料になる、くず肉の国内価格は、800ドル/トンだったが、米国市場では1,400
ドル/トンまで上昇した。
加工用のカット(雄牛と廃用雌牛の骨抜き、去勢牛の前四半分)も国内市場、チリ
市場やEUのビラン枠(加工原料用牛肉の枠)より米国市場のほうが高い。
Cサーモプロセスドミート
この2年でアルゼンチンから米国向けのサーモプロセスドミート(1時間以上
加熱処理され、調理された肉で、袋詰と缶詰の2種類の包装形態がある)の輸出
は、以下の理由により数量が減少した。
・通貨切り下げ後のブラジルの圧倒的な輸出競争力に押された。サーモプロセス
ドミートに関し、ブラジルは米国市場の70%、英国市場の80%を占める。
・アルゼンチンでサーモプロセスドミートを製造しているのはスイフト社とセパ
社の2つの食肉処理加工業者だけであり輸出能力が小さい。
・米国が生鮮肉の市場を開いたために加工用とくず肉の原料価格が上昇した。
(3)EU市場
@ヒルトン枠について
EU向けには多様な枠があるが、アルゼンチンにとってヒルトン枠は重要である。
EUはアルゼンチンに年間28,000トンの枠を割り当てている。EUへの輸出は79年を
皮切りに徐々に増加している。参考までに各国のヒルトン枠の割当量は、豪州6,
000トンで主に英国向け、NZ5,000トン、米国、カナダ全体で10,000トン、ウルグ
アイ6,000トン、ブラジル5,000トンである。
EU向けのヒルトン枠は、そのシェアによって各国がどのような種類の牛肉を輸
出するのかあらかじめ決まっていて、アルゼンチンの場合、それを生産する牛は
22〜24ヵ月齢でグラスフェッド、2本の永久歯(門歯)などと決まっている。ま
たヒルトン枠はサーロイン、ヒレ、ランプをすべて含んだ冷蔵の高級部位とされ
ている。例えばドイツ市場で要求されるヒルトンカットは、骨付きで約20kgのラ
ンプアンドロイン(枝肉からの歩留まりは38〜40%)を整形した後に8kg以上の
上記3部位を含むこととされる。特にサーロインの場合、骨と脂肪を除き薄い脂
肪で覆われた約4kgのカットにする。脂肪をトリミングしたヒレの価格はサイズ
が大きいほど高価格になる。ハートオブランプはランプから整形される部位の中
で唯一利用されるヒルトンカットとして輸出される部位である。
アルゼンチンの食肉処理加工業者の中で経営が悪化している会社はヒルトン枠
を満たせないので、その枠の権利を他の会社や食肉ブローカーに売ることがある。
数年前までは多くの食肉処理加工業者は割り当てられたヒルトン枠の量によって
年間のと畜頭数を決めていたほどヒルトン枠の持つ意味は大きかった。
A高く評価されるアルゼンチン産のヒルトンカット
米国とカナダはEUとの間で長引くホルモン牛肉問題のためにヒルトン枠を満た
せていない状況にある。一方アルゼンチンのヒルトンカットはEU市場で評価が高
く、同市場では他の国からの牛肉に比べ高く売れている。例えばアルゼンチン産
のランプアンドロインはウルグアイ産より10%高い価格で取引されている。
80年代初期からドイツでアルゼンチン風のアサードレストランが開店されだし
て、今では南米からの牛肉、特にアルゼンチン産牛肉は必須の輸入品目になって
いる。ドイツはアルゼンチンからのヒルトンカットの約80%を高価格で買ってく
れるヒルトン枠最大の顧客である。また過去10年間オランダとベルギーのスーパ
ーマーケットは原産地証明があれば5〜10%のプレミアムをつけてアルゼンチン
のヒルトンカットを輸入している。
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【異なったスペックに整形された
ストリップロイン】
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B今後のヒルトン枠の有利性など
90年代初期、ヒルトン枠のランプアンドロインが11,000〜12,000ドル/トンで
取引された頃、アルゼンチンの食肉処理加工業者に割り当てられたヒルトン枠は
重要な収入源であり、そのために枠の配分をめぐって汚職や過当競争が絶えなか
った。しかしここ数年来、通貨マルクとユーロの価値が大きく下がりランプアン
ドロインの価格は季節変動の最高値でも8,000〜9,000ドル/トンである。確かに
ヒルトン枠は今でもアルゼンチンの食肉業界にとって重要な枠ではあるが10年前
に比べるとその重要性は低下しているといえる。食肉業界は将来徐々にヒルトン
枠の有利性はなくなるのではないかとみており、将来的に米国を含む新規市場へ
の高級牛肉輸出の開拓に期待を寄せている。ただしEUがヒルトン枠の割り当て量
をアルゼンチンに増やす可能性もあるとみられる。例えばドイツとオランダがこ
とのほかアルゼンチンの高級カットを求めていて、ヒルトン枠外では3,000ドル
/トンの高い関税が課せられるにもかかわらず枠外で輸入しており、このような
アルゼンチンからの枠外の輸入量は年間5,000トンで、年々増加している。
(4)アジア市場−特に日本市場への強味と弱点
@アルゼンチンの牛肉生産の強味
アルゼンチンの強みの1つは食肉処理加工ラインの整形作業にある。この10年
間で生産性を伸ばした同国の食肉処理加工業者は、それぞれ異なる部位の整形技
術などを斉一化し、需要者の注文に応じ多様なスペックを整形できる柔軟性を有
している。輸出先により整形方法や包装の仕方がそれぞれ異なり、食肉処理加工
施設で働く熟練作業員の仕事も変わってくるが、彼らの多くは、以前に食肉専門
店で働いた経験があり、ナイフさばきが巧みでどのような種類の部位も自由自在
に、しかも正確に整形できる。すなわち、新規市場の需要者が今までの顧客より
高く買ってくれるのなら、どのようなスペックの注文であろうと部位ごとに売る
ことができるということである。ちなみに、熟練作業員の税込みの月給は800〜
900ドルであり、整形部門ではパートタイム雇用者も多く、欧米先進国に比べ人
件費が抑えられる。
アルゼンチンの食肉処理加工施設は、EUや米国の衛生条件を30年間クリアして
きた。衛生レベルは世界でも高く、アジア市場に輸出できる施設は30〜35施設あ
ると思われる。
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【ミートパッカーでの整形ライン】
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次に、アルゼンチンは安くて豊富な穀物資源と日本人が好む適度に脂肪の乗っ
た去勢牛を生産できるだけの十分な頭数の繁殖雌牛がいる。現在国内の約250の
フィードロットは、大部分が国内向けだが、少なくとも6つの大規模なフィード
ロットは、仕上げ体重500〜600kgの去勢牛を日本に輸出できる能力があるとみら
れる。過去の調査結果で、この仕上げ体重を目指して生体キロ1.2〜1.4ドルで去
勢牛の取引が可能である。とうもろこしは65〜70ドル/トン、ソルガムが55ドル
で安く、素牛価格を除外すれば400kgに仕上げるのに1kg当たり85〜95セントのコ
ストですむ。
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【アルゼンチンのフィードロット】
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A弱点
米国や豪州産輸入牛肉の流通ルートが確立している日本市場に新規参入する場
合、アルゼンチンビーフの日本での知名度が低く、それを補うための販売促進・
宣伝活動に対する国家的支援についても制約が大きいことが大きな弱点とみられ
る。
アルゼンチンから船積みして日本まで45日以上かかるが、日本の品質保持期間
が60〜70日とすれば実質的には店頭で冷蔵肉は売れない。ほかの選択肢として、
冷蔵肉を陸送でチリの港まで運び、そこから船積みで輸送すると30〜32日に短縮
できる。これだとどうにか低価格の冷蔵肉は輸出できるだろう。
また、アルゼンチンの食肉処理加工業者の経営が悪化していることは、海外投
資を含めていろいろな意味で大きなマイナス要因である。
@アジア市場
少なくとも短期的には、アジア向けのフィードロット肥育の高級部位でアルゼ
ンチンと豪州は競合しない。重複になるが、第1に南米とアジア地域は距離があ
り日本の品質保持期間内に冷蔵肉は店頭で販売できない。アジア市場まで豪州か
らは8〜10日でいけるがアルゼンチンからは45〜50日かかる。仮に、技術的な改
善により約100日間の品質保持期間が可能となれば、その時は恐らく冷蔵の高級
カットに関しアルゼンチンは豪州の競争相手になるだろう。第2に当面アルゼン
チンには輸出向けのフィードロットがない。第3に豪州産の牛肉は、既にオージ
ービーフというブランドでアジア市場に定着している。これに対抗するには強力
な宣伝活動が必要だが、アルゼンチンの官民とも宣伝費や輸出促進の経費を負担
できる財政事情にない。
中期的にアルゼンチンがヒレ、サーロイン、リブアイロールなどの冷凍の高級
部位を高い価格でアジア市場に売れる可能性はある。ただ、アルゼンチンは価格
との兼ね合いで売り先を決めるので、輸出量は多くないだろう。
文化的、地理的な関係でアルゼンチンはメルコスル、NAFTA、EU市場にアクセ
スしやすい。しかし低価格部位の冷凍牛肉であれば、その相当量をチリ向けや国
内価格より高い価格でアジア市場に輸出できる。例えばアルゼンチン国内で需要
の少ないブレードクロッド、ヒール、リブアイロールのような部位が競争力のあ
る価格で台湾市場に仕向けられた事例もある。
以上のことからアジア市場では、アルゼンチンは豪州のシェアを脅かす可能性
は低いと考えられる。
ANAFTA市場
アルゼンチンは99年8月以降、カナダ市場への牛肉輸出量を増やし豪州を追い
抜いた。業界情報によると、フォアクオータの輸出価格が豪州より20〜25%安か
ったからである。なお、カナダ市場に仕向けられたアルゼンチン産牛肉は再加工
されて米国に向けられたと推測されている。
国内市場向け部位の価格が堅調で、かつ、ドイツ向けのランプアンドロイン、
米国向けのリブアイロール、ブラジル向けのランプキャップなどが高く売れれば、
アルゼンチンは残りの部位を豪州より安く売ることができる。
カナダにとって、アルゼンチンは加工用の肉から特別なスペックの部位まで商
品幅の広いサプライヤーである。また、アルゼンチンの輸出実績が認められ2000
年9月下旬にカナダのアルゼンチン枠が12,000トンから23,000トンに大幅に拡大さ
れたところである。
加工原料用牛肉に関し、アルゼンチンが将来とも米国市場への輸出を継続して
も、豪州にとって大きな影響はない。豪州が米国から割り当てられている枠は年
間37万トンに対し、アルゼンチンは2万トンにすぎないからである。アルゼンチ
ンが米国市場で加工用原料用牛肉のプライスメーカーにはなり得ない理由は、輸
出量の大きな差のほかに米国内のパッカーがプライスメーカーであること、アル
ゼンチンから輸出される牛肉が加工原料用からロインなどの高級部位にシフトし
てきているなどの点からである。
(1)アルゼンチンの国内市場など売り先の特性
多くの場合、アルゼンチンの食肉処理加工業者は3種類のグリル(焼肉)用部
位(ショートリブ、マタンブレとフランク)を国内に仕向けて、サーロイン、ヒ
レ、ランプの高価格部位をヒルトン枠としてドイツに仕向けている。焼肉に利用
されるランプキャップの多くはブラジルに仕向けられ、テイルオブランプとアイ
ラウンドは国内に仕向けられている。上記の部位以外の15〜20の部位は季節や需
要者の購入価格によって選択的に国内または海外市場に仕向けられる。こうした
ことは顧客にとって買いたくない部位を買わざるを得ない、また売り手にとって
も損を覚悟で売らざるを得ないいわゆるフルセット販売よりも数段有利である。
国内市場が小さい豪州やNZと異なり、アルゼンチンでは国内市場があらゆる種
類の部位を消費するので、売れ残りを心配することなしに食肉処理加工業者は枝
肉を骨抜きし個々の部位を売ることができる。例えば、99年後半から2000年にか
けて、台湾と香港に特定の部位(ヒールの一部、ブレードクロッドなど)を輸出
するようになった。これは国内市場が大きく残った部位を吸収できたことと、輸
出価格が国内価格より高かったからである。
国内市場は牛肉生産の約85%を占め、多くの部位は輸出向けより国内市場の方
が高く売れる事実は輸出余力を考える上で重要である。
(2)将来のアルゼンチンの牛肉輸出
ある特定の部位を納得できる価格で輸入したい新規市場の登場で国際市場の地
図は塗り変わることが予想される。
@市場別の輸出動向
今後2、3年は、アルゼンチンの牛肉輸出における南アメリカ諸国向けのシェア
は低下すると見込まれる。ブラジルとチリの購買力が低下し、安い他の市場で代
替する動きがあるからである。
NAFTA向けは、アルゼンチンの輸出量は大きく増加することが予測される。高
価格部位、加工原料用牛肉それとモモ系部位について、米国とカナダ市場への輸
出の増加傾向は今後も続くとみられる。また、年間約7億ドルに相当する輸入牛
肉の8割以上を米国に依存しているメキシコが、アルゼンチンに対し市場を開け
ば、アルゼンチン産牛肉は米国産牛肉に対し十分な競争力を持つだろう。
EU向けは、ヒルトン枠と枠外の輸出も若干は増えるだろうが、基本的には現
状維持と見込まれる。冷凍牛肉主体のガット枠と加工原料用牛肉のビラン枠のシ
ェアは低く抑えられ、これらの枠についてはアルゼンチンより安く供給できる輸
出国の独占となるとみられる。
次に日本、韓国、台湾を含むアジア市場への増加が予測される。シンとシャン
ク、ブレードクロッド、バラなど国内で需要の低い部位もアジア市場に向くかも
しれない。
A新規市場の開拓と将来輸出の困難さ
メキシコとアジア市場の新規開拓が実現すれば、食肉処理加工施設やフィード
ロットへの海外からの投資も期待され、同時に国内の輸出企業の経営も改善され
るとみられる。ただし、今後の企業活動は、食肉処理加工業者の財務状況、国内
消費の動向、口蹄疫問題などにより大きく影響を受けるものとみられる。
アルゼンチンの業界関係者は将来年間50〜60万トンの牛肉を輸出できるものと
見込んでいるものの、次のような課題が残されており、その実現は決して容易で
ないとみられる。
・輸出企業である食肉処理加工業者の経営悪化と財政基盤の弱さ
・国内消費は堅調で、多くの部位で輸出価格より高い
・高品質の重い去勢牛の不足
・宣伝、販売促進活動の不足
・アジア市場までの距離の遠さ
・1ドル1ペソ政策による通貨の過大評価で輸出競争力が低下
・金融機関からの融資の不足
・国内の高金利
・ 輸出競争力のあるブラジルとの競争
B牛肉輸出余力の予測
アルゼンチンは低価格の冷凍牛肉で米国と豪州と競争関係にある。需要者の注
文に応じたどのようなカットでも供給できるという強味の結果、台湾とカナダ市
場でアルゼンチン産牛肉の競争力の強さは既に証明された。それはまた、衛生水
準の高い輸出向けの食肉処理加工施設と、そこで働く多くの熟練作業員、低価格
で高品質の豊富な去勢牛資源が基礎となったのである。
アルゼンチンの売り先として、まず将来性のある米国とカナダを中心とするN
AFTA市場に強く働きかけ、次に地理的にアクセスしやすいチリ市場を重視する
だろう。将来的には中国、韓国、日本などのアジア市場を照準に入れるが、これ
は高価格で取引できるという希望的観測があるからである。EUに向けられるヒル
トン枠は、関税や厳しい衛生規制の関係で今以上の数量は伸びず現状維持で、ガ
ット枠やビラン枠のような低価格部位についてはブラジルや豪州との競争が激し
く、市場に入り込めないとみられる。
国内の牛肉消費が堅調で生産量の80%を下回らないこと、牛肉生産は横這いな
どを前提にアルゼンチンの輸出量を予測した(表7参照)。いずれにしても今後
数年、アルゼンチンの牛肉輸出量は増えるものの大幅には伸びないと予想される。
表7 アルゼンチンの牛肉輸出余力予測
注:数量は枝肉ベース
アルゼンチンの牛肉は、今まで見てきたとおり、頭数の在庫量、国内消費量と
国内牛肉価格、収益性と為替の関係が影響する。とりわけ国内消費量と国内牛肉
価格の動きが輸出量に大きく反映し、輸出価格が国内価格より高ければ輸出は順
調に伸びるとみられる。
2000年はアルゼンチンが口蹄疫ワクチン不接種清浄国に認定された喜びもつか
の間、メルコスル諸国に口蹄疫が発生し南米の畜産界を大きく揺るがした忘れら
れない年だった。他の牛肉輸出国との競争等の現状を踏まえ、将来のアルゼンチ
ン産牛肉の売り先はどこで、どのくらいの量になるのかを考えることは無駄では
ないと思われる。例えばアジア市場への輸出を想定したときに、越えるべきハー
ドルはあまりにも多いが、アルゼンチンは広範なバリエーションのあるオーダー
メイドの部位を相当量輸出できる力があり、需要者に多くの選択の幅を用意でき
る能力がある。アルゼンチンの牛肉輸出の拡大については、この国の通貨ペソの
過大評価を含めて生産者に厳しい政治経済事情を考えるとかなり厳しい状況にあ
る。しかしパンパの恵みに支えられた畜産大国である事実、豊富な穀物資源と家
畜の在庫など素材はそろっており、今後大きな強味として発揮されることだろう。
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