海外駐在員レポート
ブラッセル駐在員事務所 島森 宏夫、山田 理
イギリスでは今年2月21日、81年の最終発生以来20年ぶりとなる口蹄疫の発生 が公表された。その後感染は急速に拡大し、5月31日現在、同国のグレート・ブ リテンにおける発生は1,672件、防疫のためのと畜頭数は321万頭(と畜予定頭数 を含む)と、同国史上最悪の事態となった。また、欧州大陸(フランス、オラン ダ)やアイルランドにも感染が拡大したが、4月22日(オランダ)以来、新たな 発生は確認されていない。本稿では、今回のEUにおける口蹄疫発生状況と対策に ついて紹介する。 −口蹄疫とは− 口蹄疫ウイルスによる偶蹄類動物(牛、豚、めん羊、ヤギ、シカ、ラクダなど) の急性伝染病。突然40〜41℃の発熱とともに、主に口部と蹄部の粘膜・皮膚に水 胞病変を作るため、この病名が付けられた。水胞は、乳頭、乳房、鼻鏡、鼻腔、 膣にも現れることがある。また、元気・食欲不振、多量の流涎(りゅうえん;よ だれ)、跛行(はこう;足をひきずる)を呈する。 伝染力が強いこと、ウイルスのタイプが多いことから、防疫が極めて困難であ り、清浄国は、侵入防止の観点から、厳重な検疫(汚染国からの家畜・畜産物の 輸入禁止措置など)を行っている。 本病については、わが国でも昨年3〜5月に九州、北海道の計4戸で92年ぶり に発生が確認されたが、この際は短期間で清浄化に成功したことは記憶に新しい ところである(本誌国内編2000年8月号参照)。
今回の国・地域別の発生状況は次の通りである。なお、今回の発生と直接の関 連はないが、最近のEU域内での発生事例としては、昨年7〜8月にギリシャで、 93年にはイタリアで発生が確認されている。 (1)イギリスのうち、グレート・ブリテン(前回の発生は1981年) イギリス農漁食料省(MAFF)は2月21日、同国東部のエセックス(Essex)州 において、食肉処理場の豚および近郊農場の牛に、口蹄疫の発生が確認されたこ とを公表した。また、EU委員会への通報は前日の2月20日夜に行われ、直ちにEU 委員会からEU各国へ伝達された。 判明したウイルスのタイプは、広くアジアで確認されているO型であった。この ためMAFFでは、汚染国から食肉が不法輸入され、残飯飼料として豚に給餌され たことが発生原因と見ており、先般、食肉の入った残飯飼料の生産・利用を禁止 した。 口蹄疫感染はその後急速に拡大し、5月31日現在のグレート・ブリテンにおけ る発生は、同島の中部および南西部地域を中心に合計1,672件に達している。感 染農場や近隣農場で飼育されている家畜についても感染が疑われたため、防疫措 置としてと畜された動物は317万頭(畜種別内訳は、めん羊:255万頭、牛:49万 頭、豚:12万頭、ヤギ:2千頭)に上り、さらに4万頭のと畜が予定されている。 農場内で口蹄疫感染が確認されると、同一農場の全家畜は原則24時間以内にと畜 されるが、現実には多量の発生に伴い若干遅れ気味になっており、5月25〜31日 の1週間で見ると、58%の農場で24時間以内に、82%の農場で36時間以内にと畜 が行われている。また、これとは別に、過密飼養を避けるため動物福祉の観点か ら、104万頭の動物(めん羊:74万頭、豚:21万頭、牛:9万頭、その他:900頭) がと畜された。 1日当たり発生件数は、ピーク時の1週間(3月25日〜4月1日)で見ると平 均で44件に上ったが、最近の1週間(5月21〜27日)では5件にまで下がってい る。 同国内では、最初の発生確認以前から既に感染が広まっていたとみられ、その 間の家畜移動を通じ、ほかの国にも感染が広まったとされている。 ◇図:グレート・ブリテンにおける口蹄疫発生件数の推移◇ (2)イギリスのうち、北アイルランド(前回の発生は1941年) 3月2日に1件(アーマー−Armagh州)、4月13日に1件(ティローン− Tyrone州)、4月15日に1件(アントリム−Antrim州)、4月22日に1件(ティ ローン州)、計4件の発生を確認。 (3)フランス(前回の発生は1981年) 3月13日に1件(マイエンヌ−Mayenne県)、3月23日に1件(セーヌ・エ・ マルヌ−Seine et Marne県)、計2件の発生を確認。 (4)オランダ(前回の発生は1984年) 3月21日に2件(オーフェルエーセル−Overijselおよびヘルデルラント−Geld erland州)、3月22日に1件(ヘルデルラント州)、3月23〜29日に2件(とも にヘルデルラント州)、3月30日〜4月5日に10件(ヘルデルラント州:9件、 オーフェルエーセル州:1件)、4月6〜11日に10件(ヘルデルラント州:8件、 フリースラント−Friesland州:2件)、4月22日に1件(オーフェルエーセル州)、 計26件の発生を確認。 (5)アイルランド(前回の発生は1941年) 3月22日に1件(ラウス−Louth州)のみの発生を確認。
EUにおける口蹄疫防疫措置は、理事会指令85/511/EECに定められている。同 指令に基づき、口蹄疫発生に際し、半径3km以上の防疫区域、半径10km以上の監 視区域が設定され、発生農場の全動物のと畜・廃棄、域内の動物の検査、移動制 限などが行われることとなっている。この度の一連の口蹄疫発生に対し、EU加盟 各国の獣医関係者による常設獣医委員会が毎週開催され、以下の対策について協 議・決定された。 (1)イギリスを対象とする措置 2月21日 EU委員会は、イギリスからの感受性のある動物(偶蹄類)および食肉、乳製品 などの畜産物(加熱や食肉の熟成による酸性化などウイルスを死滅させるための 適切な処理を行ったものおよび2月1日より前に生産されたものを除く)の輸出 禁止などを決定した。(委員会決定2001/145/EC、3月1日まで有効) 3月1日 輸出禁止などの期間が延長された。(委員会決定2001/172/EC(145の廃止)、 3月9日まで有効) 3月8日 輸出禁止などの期間が延長された。また、イギリスから他の加盟国へ移動する 車両のタイヤ消毒が義務付けられた。(委員会決定2001/190/EC(172の改定)、 3月27日まで有効) 3月15日 馬をイギリスから移送する場合、過去15日間防疫・監視地域にいなかった旨の 証明書の添付が義務付けられた。(委員会決定2001/209/EC(172の第2回改定)) 3月26日 輸出禁止などの期間が延長された。(委員会決定2001/239/EC(172の第3回 改定)、4月4日まで有効) 3月30日 デボン(Devon)およびカンブリア(Cumbria)州における例外的、一時的な緊 急措置として、牛に対する予防的ワクチン(protective vaccination)接種が許可 された。その場合、最低1年間ワクチン接種した牛を地域外に移動することが禁 止された。また、ワクチン接種した牛からの生産物はウイルスを死滅させるため の適切な処理を行うこととされた。(委員会決定2001/257/EC) 4月3日 輸出禁止などの期間が延長された。また、一部地域を除く北アイルランドから の畜産物輸出が解禁された。なお、生きた家畜の移動禁止は継続された。(委員 会決定2001/268/EC(172の第4回改定)、4月19日まで有効) 4月11日 感受性のある動物から生産されるイギリス産食肉・食肉製品には、EUの衛生マ ークと混同しないような、イギリス産を示すマーク(GBなど)の表示を義務付け ることとした。(委員会決定2001/304/EC) 4月17日 輸出禁止などの期間が延長された。また、(4月13日に第2の発生があり現実 には実行されなかったが、)4月19日まで北アイルランドで発生がないことを条 件に、北アイルランドでの制限を解除することが決定された。(委員会決定2001 /316/EC(172の第6回改定)、5月18日まで有効) 4月18日 イギリス全土で5月18日まで、感受性のある動物および畜産物を輸出禁止(北 アイルランドでの規制緩和を廃止)することとした。(委員会決定2001/318/ EC(172の第7回改定)) 4月24日 緊急措置としての予防的ワクチン接種の許可地域が拡大された。グレート・ブ リテンのうち、カンブリア、デボン州のほか、コーンウォール(Cornwall)、サ マーセット(Somerset)、ドーセット(Dorset)の各州が追加された。(委員会 決定2001/326/EC(257の改定)) 5月2日 イギリスに輸入され、その後イギリスで処理・加工された食肉・食肉加工品に ついても、イギリス産食肉・食肉加工品と同じマーク表示が義務付けられた。 (委員会決定2001/345/EC(304の改定)) 5月4日 これまで7回の改定が行われた委員会決定2001/172/ECの整理・統合が行わ れた。(委員会決定2001/356/EC(172の廃止)) 5月11日 輸出禁止などの期間が延長された。(委員会決定2001/372/EC(356の改定)、 6月19日まで有効) (2)イギリスを除く全加盟国を対象とする措置 3月1日 感受性のある動物の隔離およびイギリスから2月1〜21日の間に輸出されため ん羊、ヤギ、シカ、ラクダ科動物の防疫上のと畜など、感染防止のための予防措 置をとることなどが決定された。(委員会決定2001/172/EC) 3月8日 @感受性のある動物について家畜集荷・市場(輸送途中の休憩所を含む)の開 催禁止(2週間)A家畜の移動禁止 ただし、関係当局の承認を得た場合に限り、 農家からと畜場への直接出荷、農家間直接移動のみは許される(移動中に他農場 の家畜と接触しないことが条件)。Bイギリスから他の加盟国へ移動する車両の タイヤ消毒が決定された。(委員会決定2001/190/EC(172の改定)、3月27日 まで有効) 3月26日 上記Aの移動制限の緩和が決定された。すなわち、出発地と目的地の関係当局 の承認を得た場合、公認の家畜集荷・市場経由で農家からと畜場への出荷も認め られることとなった。(委員会決定2001/239/EC(172の第3回改定)、4月4 日まで有効) 4月2日 移動制限のルールの明確化が決定された。すなわち、@加盟国間の移動の場合、 移動先国および経由国の獣医関係当局への移動通知を移動の24時間以上前に行う こと、A農家間の家畜移動または農家から家畜集荷・市場経由でと畜場へ出荷す る場合には、当該家畜が元の農家で30日以上飼育され、30日間以上その農家への 家畜導入が行われなかったこと、が承認条件とされた。(委員会決定2001/263 /EC(172の第5回改定)、4月12日まで有効)また、4月11日には、移動制限 期間が延長された。なお、承認条件とされる家畜の導入制限期間について、豚で は15日間に短縮された。(委員会決定2001/302/EC(263の改定)、5月18日ま で有効) 4月10日 イギリスを除くその他の発生国、北アイルランドにおける防疫・監視区域の制 限解除の条件として、すべての家畜の臨床検査と、特に、臨床症状が穏やかで見 つけにくいめん羊およびヤギについての血清学的サンプル(抽出)検査の実施が 定められた。(委員会決定2001/295/EC) 4月18日 次の場合の移動が解禁された。@公認の家畜集荷・市場を経由してめん羊を1 肥育場へ出荷、A公認の家畜集荷・市場を経由して牛・豚を最大6ヵ所までの肥 育場へ出荷、B登録放牧場へ移牧するため、家畜の群れを公認の家畜集荷・市場 へ移動(委員会決定2001/317/EC(263の第2回改定)) 4月24日 3つの委員会決定(2001/263/EC、2001/302/EC、2001/317/EC)の統合 と改定が決定された。家畜集荷・市場経由での農家間移動およびと畜場への出荷 における承認条件が緩和されることとなり、@家畜の当該農家での飼育期間を20 日以上、A当該農家への導入制限期間を、豚で10日間、その他の動物で20日間と それぞれの期間が短縮された。(委員会決定2001/327/EC(263の廃止)、5月 18日まで有効) 5月3日 委員会決定2001/327/ECについての改正・明確化が決定された。各国の裁量 で、牛・豚の国内農家間移動承認を、毎回ではなく30日間のライセンス制にする ことが認められた。また、公認の家畜集荷・市場を経由した牛・豚の移動先が最 大10ヵ所まで認められることとなった。(委員会決定2001/349/EC(327の改定)) 5月14日 牛・豚の直接または1ヵ所の公認の家畜集荷・市場を経由した農家間・と畜場 への移動制限が解除された。また、公認の家畜集荷・市場を経由しためん羊・ヤ ギの移動先が最大6ヵ所まで認められることとなった。なお、オランダの規定は 別途定められた。(委員会決定2001/378/EC(327の第2回改定)、6月5日ま で有効) 5月21日 牛・豚について、複数の家畜集荷・市場を経由した農家間移動制限が解除され た。めん羊・ヤギについては、直接または1ヵ所の公認の家畜集荷・市場を経由 したと畜場への出荷制限が解除された。また、公認の家畜集荷・市場を経由した めん羊・ヤギの移動先が最大10ヵ所まで認められることとなった。(委員会決定 2001/394/EC(327の第3回改定)) (3)フランスを対象とする措置 3月14日 フランスでの発生確認を受けて、@フランスからの感受性動物の輸出禁止、A マイエンヌおよびオルヌ−Orne県からの食肉、乳製品などの畜産物(ウイルスを 死滅させるための適切な処理を行ったものおよび2月16日より前に生産されたも のを除く)の輸出禁止などが決定された。(委員会決定2001/208/EC、3月27 日まで有効) 3月26日 (3月23日に第2の発生があり現実には実行されなかったが、)3月28日まで 新たな発生がなく、感染が疑われる動物の検査がすべて陰性であることを条件に、 動物の輸出禁止対象地域をマイエンヌおよびオルヌ県に限定するなどの規制緩和 が予定された。(委員会決定2001/240/EC(208の改定)、4月4日まで有効) 3月29日 輸出禁止などの期間が延長された。また、生きた動物、畜産物の輸出禁止対象 地域をフランス全域に拡大した。さらに、4月2日まで新たな発生がなく、疫学 調査でウイルスが防疫・監視区域に存在しないと結論されることを条件に、生き た動物の移動および畜産物の輸出禁止地域をセーヌ・エ・マルヌ、セーヌ・サン ・ドニ−Seine‐Saint‐Denisおよびヴァル・ドワーズ−Val d'Oise県に限定するこ と、取引のための動物移動は他の地域でも禁止することなどが決定された。(委 員会決定2001/250/EC(208の第2回改定)、4月12日まで有効) 4月3日 フランスが4月2日に新たな発生がないことを確認したため、@2月25日以降 にセーヌ・エ・マルヌ、セーヌ・サン・ドニおよびヴァル・ドワーズ県で生産さ れた畜産物の4月12日までの輸出禁止、Aその他の地域からの畜産物の輸出解禁、 Bまた、生きた動物については、4月12日までフランス全域からの輸出禁止が決 定された。(委員会決定2001/269/EC(208の第3回改定)) (4)オランダを対象とする措置 3月21日 オランダでの発生確認を受けて、@オランダからの感受性動物の輸出禁止、A 発生地域(ヘルデルラント、オーフェルエーセル、フレーフォラント−Flevoland、 ノールトブラーバント−Noord‐Brabant州)からの食肉、乳製品などの畜産物 (ウイルスを死滅させるための適切な処理を行ったものおよび2月20日より前に 生産されたものを除く)の輸出禁止などが決定された。(委員会決定2001/223 /EC、4月4日まで有効) 3月27日 (3月23日の常設獣医委員会結果を受け、)オランダにおけるワクチン接種に ついて、感受性動物の防疫のためのと畜・廃棄が間に合わない場合に限り、抑制 的ワクチン接種(suppressive vaccination)が許可された。(委員会決定2001/ 246/EC)なお、新たな発生に伴い、オランダの緊急ワクチン接種は3月26日か ら実施された。 4月2日 輸出禁止などの期間が延長された。(委員会決定2001/262/EC(223の改定)、 4月6日まで有効) 4月5日 ウーネ−Oene(ヘルデルラント州)地方(半径約25km)における例外的、一 時的な緊急措置として、予防的ワクチン接種が許可された。その場合、最低1年 間ワクチン接種した牛を地域外に移動することが禁止された。また、ワクチン接 種した牛からの生産物はウイルスを死滅させるための適切な処理を行うこととさ れた。(委員会決定2001/279/EC(246の改定)) 4月6日 輸出禁止などの期間が延長された。また、未殺菌乳を規制地域外で殺菌するた めに、厳格な衛生条件の下で出荷することが許可された。なお、ノールトブラー バント州の一部からの輸出が解禁された。(委員会決定2001/282/EC(223の第 2回改定)、4月25日まで有効) 4月11日 感受性のある動物から生産されるヘルデルラント、オーフェルエーセルおよび フレーフォラント州産食肉・食肉製品には、EUの衛生マークと混同しないような、 オランダ産を示すマーク(NLなど)の表示を義務付けることとした。(委員会決 定2001/305/EC) 同4月11日 フリースラント州での発生確認を受けて、生きた動物、畜産物の輸出禁止対象 地域をオランダ全域に拡大した。(委員会決定2001/306/EC(223の第3回改定)) 4月23日 輸出禁止などの期間が延長された。ただし、新たな発生拡大がないことを受け て、一部地域からの畜産物の輸出禁止を解除した。(委員会決定2001/324/EC (223の第4回改定)、5月10日まで有効) 5月10日 輸出禁止などの期間が延長されるとともに、畜産物輸出禁止の対象地域が、防 疫・監視区域、ワクチン接種区域(ヘルデルラント、フレーフォラント、ユトレ ヒト−Utrecht、オーフェルエーセル、フリースラント、フローニンゲン−Gron ingen州)に限定された。また、特定地域からほかの国へ、と畜のため生体豚を輸 出することが許可された。(委員会決定2001/364/EC(223の第5回改定)、6 月5日まで有効) 5月18日 特定地域からほかの国へ、と畜のため生体牛・豚を輸出することが許可された。 (委員会決定2001/389/EC(223の第6回改定)) 5月29日 輸出禁止などの期間が延長された。また、畜産物輸出禁止の対象地域が、監視 区域、ワクチン接種区域(ヘルデルラント、ユトレヒト、オーフェルエーセル州) に限定された。(委員会決定2001/408/EC(223の第7回改定)、6月29日まで 有効) (5)アイルランドを対象とする措置 3月22日 アイルランドでの発生確認を受けて、@アイルランドからの感受性動物の輸出 禁止、A発生地域(ラウス州)からの食肉、乳製品などの畜産物(ウイルスを死 滅させるための適切な処理を行ったものおよび2月20日より前に生産されたもの を除く)の輸出禁止などが決定された。(委員会決定2001/234/EC、4月4日 まで有効) 4月3日 輸出禁止などの期間が延長された。(委員会決定2001/267/EC(234の改定)、 4月19日まで有効) (6)EU全域を対象とする措置 3月30日 EU委員会は、国連食料農業機関(FAO)の口蹄疫緊急対策基金へ、4年間で最 高180万ユーロ(約184百万円:1ユーロ=102円)拠出することとした。(委員 会決定2001/300/EC) 4月11日 動物園において、閉園、消毒など厳重な予防措置を取るように要望した。また、 口蹄疫の発生地から25km以内の動物園に限り、動物を加盟国間で移動しないこと を条件に、絶滅が危惧される動物などへの緊急ワクチン接種を許可することとし た。(委員会決定2001/303/EC)
今回の発生は、イギリスで空前の発生数を数えるとともに、急速なまん延で畜 産農家を不安に陥れた。このため、ワクチン接種による防疫の適否について、特 に、発生農家の周辺で行われる防疫上の家畜のと畜を、ワクチン接種で回避でき ないか、との議論が巻き起こった。EU委員会では3月19日、口蹄疫ワクチン接種 に対する基本的見解を次の通り発表した。 ・ワクチン接種は費用対効果の点で得策でないと考えられ、EUでは、清浄化が実 現された91年以降、ワクチン接種を原則禁止している。 ・ワクチン接種は、と畜・廃棄が間に合わない場合の緊急避難的措置に限り、許 可すべきである。EUには3千万ドースのワクチンが保管され、うち今回のО− 1型タイプのワクチンは850万ドースある。なお、ワクチン接種後強い免疫を 得るにはしばらくの時間を要する。 ・ワクチン接種した動物は、その後と畜・廃棄すべきである。なぜならば、ワク チンを接種した動物と感染動物とは区別が困難で、口蹄疫撲滅のためには、と 畜・廃棄が必要である。また、国際的にワクチン不接種清浄国の地位を確保す るためにも、不可欠である。 ・広範なワクチン接種は、防疫上どうしても必要と判断された場合の、最後の手 段とすべきである。今回の事例では、発生はEU15ヵ国のうち4ヵ国にとどまり、 また感染源はイギリスからの感染拡大と判明している。(従って、今回のケー スでは、適用の対象とはならないと考えられる。) ・広範なワクチン接種の問題点は次の通りである。 (1)EU内の感受性のある動物は3億頭を超え、これら動物に(免疫付与に必要 な)年2回のワクチン接種をするのには、ばく大な費用がかかる。 (2)口蹄疫ワクチンは、同種株のみに有効であるが、口蹄疫ウイルスには現在、 7種類の株と約80種類のサブ・タイプが存在する。ワクチン接種では有効な ワクチン・タイプを選ぶ必要がある。口蹄疫が存在しワクチン接種を行って いるEU域外国では、ウイルスが変異しやすいため、(ワクチン接種にも関わ らず)常に新たな発生が認められている。 (3)国際的にワクチン不接種清浄国の地位を失うと、EU域外の大きな輸出市場 を失うことになる。もしそうなると、口蹄疫清浄国からの輸入を主張する国 に対しては、ウイルスを死滅させる適切な処理を行った畜産物しか輸出でき ない。 なお、EUは全体で見ると、羊肉については純輸入国となっているが、牛肉、豚 肉については純輸出国で、その輸出量(99年)は、牛肉で96万1千トン(枝肉重 量ベース)、豚肉で155万トン(製品ベース)に達している。また、今回の口蹄 疫の発生により、多くの国がEU産食肉などの輸入を暫定的に禁止したため、EUか らの食肉などの輸出量は一時大幅に減少した。 EU産牛肉・豚肉の輸出先と輸出量(99年) 資料:イギリス食肉家畜委員会 注1:牛肉は枝肉ベース、豚肉は製品ベース 2:生体を含む その後も口蹄疫のまん延が続いたため、オランダ、イギリスからワクチン接種 要望が出された。オランダでは抑制的および予防的ワクチン接種、イギリスでは 予防的ワクチン接種について、常設獣医委員会で審議された結果、一定の条件付 きで承認されることとなった。なお、抑制的ワクチン接種については、と畜・廃 棄が間に合わない場合の緊急避難措置として、疾病の広がりを抑えることを目的 として行われる。この場合、ワクチンを接種した動物はできるだけ早くと畜しな くてはならない。また、予防的ワクチン接種については、1年以上の移動制限な ど厳格な管理下に置くことを条件に、ワクチンを接種した動物をと畜しなくても よい。 オランダにおいては、抑制的ワクチン接種が実施された。一方、イギリスでは、 生産者団体、小売業界などからの反対意見も根強く、今のところワクチン接種は 実行されていない。
口蹄疫は、動物のウイルス病として最初に知られた病気で、伝染力が強いのが 1つの特徴である。今回の発生では爆発的にまん延し、その恐ろしさが再認識さ れた。 イギリスでは、96年以降の牛海綿状脳症(BSE)問題、昨年8月の11年ぶりの 豚コレラ発生に次ぐ口蹄疫の発生と、近年連続して家畜疾病の発生に悩まされて おり、同国の畜産は大打撃を受けている。口蹄疫ウイルスの活性は、夏には気温 の上昇、紫外線効果で低下するため、風(空気)による感染機会が減少するもの と言われている。日々の口蹄疫発生件数は5月以降減少傾向にあるが、一刻も早 い終息を祈りたい。 参考資料 近代出版「獣医伝染病学(第3版)」 農林水産省口蹄疫関連情報 EU委員会資料 イギリス・アイルランド・オランダ政府資料 国際獣疫事務局(O.I.E.)資料 イギリス全国農民連合(NFU)資料 イギリス食肉家畜委員会(MLC)資料ほか
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