海外駐在員レポート
マレーシアの酪農・乳業事情と飲用乳自給の可能性
シンガポール駐在員事務所 小林 誠、宮本敏行
アセアン(ASEAN:東南アジア諸国連合)は、インドシナ半島諸国を中心とし
た東南アジアの10ヵ国で構成されている。ひとまとめにアセアン諸国と言っても、
@先進国並みの経済水準を誇るシンガポールとブルネイ(ともに、畜産物生産は
ほとんどない)
A外国投資が進み、道路、電気などのインフラ整備もある程度進んでいるタイ、
マレーシア、インドネシア、フィリピン
B種々の問題点を抱え、開発途上国の現状を脱し切れないベトナム、ラオス、カ
ンボジア、ミャンマー(旧ビルマ)といった後発開発途上国
の3つに大別することができる。
(1)国際需給に影響を与える可能性も
一般に、牛乳・乳製品の消費量は、所得水準の向上に従って伸びるとされてお
り、97年7月のタイを発端として、アセアン諸国に波及した通貨危機までは、ア
セアンの中でも特にAのグループの諸国で、この一般原則に近い現象が見られた
と言われている。アセアン諸国は、地理的にも、牛乳・乳製品の世界的な大供給
国である豪州、ニュージーランドから近く、飲用牛乳やヨーグルトなど生鮮乳製
品の輸入も行われている。通貨危機からの回復基調にあると言われる現在、酪農
基盤のぜい弱な同諸国の牛乳・乳製品需要が伸び続ければ、その輸入量が増えて
いくのは必至とみられ、将来的には、牛乳・乳製品の国際需給に大きな影響を与
える可能性がある。
(2)マレーシアの困惑
マレーシアでは近年、電子機器を中心として急速な工業化が進められてきた。
しかし、金融市場の自由化などを発端として、97年後半から起こった経済危機に
より、マレーシアの通貨リンギの価値が暴落、これにより、輸入に依存してきた
同国の食料供給は極めて不安定なものとなった。このことから、同国では、食料
および原材料供給産業としての農業の価値が改めて見直されることとなった。同
国政府は97年、98〜2010年を見通した「第3次国家農業計画」を発表したが、そ
の直後の通貨危機により、「第3次国家農業計画」は、発表直後から見直しを迫
られることとなった。同計画は、2000年上半期に見直しを終了し、公表されてい
る。
マレーシアは、畜産分野では、養豚、養鶏部門が自給率100%を超え、隣接す
るシンガポールなどへ輸出もされているが、牛肉、羊肉、酪農部門は自給率が低
く、特に乳製品は90%以上を輸入に頼っている。マレーシアは、世界貿易機関
(WTO)加盟国であり、開発途上国扱いであるとはいえ、新たな国境措置を導入
して輸入品の流入を制限するという施策は取り得ない状況にある。このような状
況下において、同国政府は、少なくとも飲用乳だけは自給率を向上させ、最終的
には完全自給するという目標を立て、酪農振興に取り組んでいる。同国は熱帯に
位置し、一般的に酪農に向かないと言われる暑熱環境にある。また、降水量が多
いため、アブラヤシやゴムといった永年性作物に最も適した環境にあって、古く
からプランテーション化が進み、牧草地はほとんどない。また、同国は、酪農生
産には不可欠な粗飼料、濃厚飼料資源に恵まれておらず、生乳生産コストは、タ
イなど周辺諸国と比較しても極めて高い水準にあると言われている。
今回は、マレーシアにおける酪農・乳業の現状を紹介するとともに、政府の目
標とする飲用乳の完全自給の可能性について分析する。なお、本稿に含まれる表
は、特に断らない限り、マレーシア農業省獣医局(以下「獣医局」)の刊行物な
どを資料として作成した。
マレーシアは1963年、マラヤ(1957年独立)および英領シンガポールからなる
西マレーシアと、ボルネオ島のサバ、サラワクからなる東マレーシアが合併し、
マレーシア連邦として独立した。その後、1965年にシンガポールが分離独立し、
現在に至っている。同国の国土面積は約33万平方キロで日本とほぼ同じ(日本の
約9割)、これに対し人口は約2,180万人(2000年推計)と、日本の6分の1程
度である。首都クアラルンプールのある半島部の西マレーシアが約13万平方キロ
であるのに対し、東マレーシアは約20万平方キロとなっている。一方、人口は、
西マレーシアの約1,800万人に対し、東マレーシアは約380万人であり、面積とは
逆の状況となっている。
土地利用形態としては、森林が国土面積の68%(日本は67%)、その他居住地
などが17%(同17%)と日本とほぼ同じであるが、農地についてはイギリス領時
代からの、ゴムやアブラヤシのような樹木(永年性作物)を利用したプランテー
ションによる土地利用が多いことが特徴であり、永年性作物が12%(日本は1%)、
耕地が3%(同11%)となっている。
豚、鶏以外の畜産で重要となる粗飼料資源については、路傍(注:マレーシア
では、通常、道路の両側に、それぞれ道幅を上回る幅の野草地が広がっており、
日本の畦畔のイメージとは異なる)やプランテーションの下草などはあるものの、
人工的に造成した草地は、政府による共同利用草地を除けば、ほぼゼロ(日本は
2%)と考えてよい水準である。
人口構成は、マレー系58%、中国系26%、インド系7%、その他9%となって
いる。また、年齢構成は、15歳未満が35%(日本は15%)、15歳以上65歳未満が
61%(同68%)、65歳以上が4%(同17%)となっており、若年の学齢層が多く
なっている(いずれも2000年推計)。人口増加率も2.01%と日本の0.18%を大き
く上回っており、若年層の増加に伴う食習慣変化により、今後、牛乳・乳製品の
需要は増大する可能性がある。
◇図1:マレーシアの地図◇
出典:米CIA「World Fact Book 2000」
(1)プランテーションとともに導入
マレー半島に初めて乳用牛が入ってきたのは、1900年代初頭、イギリス人の経
営するゴムのプランテーションで働くインド人労働者がインドから持ち込んだも
のであった。この時に持ち込まれた乳用牛の頭数については、明らかでない。当
時持ち込まれた牛は、その後、交雑を繰り返し、現在ではインド系在来乳牛(LID
:Local Indian Dairy cattle)と呼ばれ、99年現在でも12,408頭が飼養
されている。当初、酪農場はゴム園やアブラヤシ園の周辺に位置していたが、次
第に都市の周辺に移動していった。この当時の酪農家の主たる収入源は、プラン
テーション労働によるものであり、酪農からの収入は副次的なものであった。そ
して、土地を所有していなかったため、飼料は路傍の野草や一般野草地への放牧
に加え、夜間の刈草給与でまかなっていた。彼らは国有地を無断で使用したり、
少額の借地料を支払って民間所有地で放牧するのが一般的であり、数年ごとに放
牧地を変える必要があった。
当時の乳用牛の品種は、オンゴル種(Ongole)、ハリアナ種(Hariana)、レ
ッド・シンディー種(Red Sindhi)、サーパーカー種(Tharparker)で、いず
れも熱帯に適したインド牛の系統であった。これら乳用牛の泌乳量は、いずれも
1日当たり1〜2kg程度しかなく、自家消費のほか、余剰が出た場合にのみ近隣
の住民にも販売されていた。1戸当たりの飼養頭数は、5〜30頭程度で、自家消
費よりも乳の販売を目的とした都市近郊の酪農家は、規模が大きかった。都市近
郊の場合、乳の販売は、近隣の市場のほか、個別配達やレストランなどへも供給
されていた。しかし、市場規模が限られているため、酪農家はあえて生産量を上
げようとはせず、さらに自然状態での搾乳が行われていたことから、成牛でも乾
乳状態のまま放置されることが多かった。また、LIDは、マレーシアの気候条件
によく適応していたものの、長期間にわたる近親交配や劣悪な管理のため能力が
低下していった。
その後、ホルスタイン種、ジャージー種、エアシャー種といった外国種が導入
されたが、平地部では熱帯の暑熱気候に適応できず失敗し、わずかに残ったのは、
クアラルンプール近郊の高地に、豪州人のコンサルタントの設計によって設立さ
れた牧場(ホルスタイン種とジャージー種を飼養)だけであった。このため、平
地部での酪農を可能にするため、国営牧場では、人工授精によってLIDに外国種
を交配し、改良を行った。60年代末には、マレー半島南部のジョホール州クルア
ンにも国営牧場が設置され、ここで生産された生乳はクアラルンプールとシンガ
ポールへの殺菌牛乳の供給基地となった。
(2)酪農の存立は不可能とのらく印
マレーシアでは、酪農に関して多くの失敗例が重ねられ、「熱帯は生乳生産に
不向きである」という考え方が一般的となり、70年代を通じてこの考え方が同国
の食品産業界に浸透していた。事実、この当時残っていた酪農家は、伝統や社会
的要因によって酪農を続けていただけで、経済性に基づくものではなかった。
一方、獣医局は、既に70年代には、長期間にわたって輸入に依存し続けること
は好ましくないことであるとして、飲用乳の国内需要を賄うため、国営の集乳セ
ンター(MCC)を中心とした酪農振興政策を開始している。しかし、その後もマ
レーシア乳業界の発展の原動力となったのは、自国の酪農から生産される生乳で
はなく、輸入乳製品であった。
(3)東マレーシアは学乳により酪農が発展
ボルネオ島に位置するサバ州、サラワク州では、インド系移民が少なかったた
め、マレー半島諸州とは事情が異なっていた。両州では、81/82年度に、農村地
帯の児童のたんぱく質補給を目的として学校給食用牛乳(学乳)制度が導入され
た。当時の学乳は、教育省が予算を確保し、学乳に理解を示す乳業者と契約して
全粉乳から還元牛乳を製造し、供給していたものである。現在では、学乳制度は、
半島部諸州でも実施されており、この制度によって供給される還元牛乳は年間9
万5,000〜10万トン程度に達している。いち早く学乳制度が導入された両州では、
学乳を契機とした飲料需要の高まりから酪農が発展し、現在両州内の飲用乳需要
の50%を自給するにまで成長し、特にサバ州ではサラワク州へも移出できるまで
になっている。
(1)初期の酪農開発計画
マレーシア政府は74年、国産飲用乳の安定供給を目的とした酪農開発計画を策
定した。この計画は、農村地帯の貧困対策として設けられたもので、80年代初頭
には、豪州およびニュージーランドからホルスタイン種とサヒワール種の交雑種
を輸入し、在来種化していたLIDを改良することにより、小規模酪農家の振興が
図られた。74年の計画による飲用乳の自給率達成目標は20%とされたが、当時の
飲用乳の需要(一部インド系住民が自給用に生産していた部分を除く)は、旧宗
主国でゴム園などを所有していたイギリス系住民向けのものが主体で、これらの
需要についても豪州などから空輸されていたことから、実質的な飲用乳の自給率
はほぼ0%であった。
マレーシアの酪農は、まだ発展途上の段階にあるが、政府による規制が少ない
代わりに、政府からも強い保護も受けていない。一部の州では、酪農家に妊娠牛
を供給し、生まれた子牛で代物弁済させるという制度も残ってはいる。政府は、
85年に牛乳の輸入ライセンス発給時に、国産生乳の飲用乳への使用を義務付ける
措置を講じたが、ガット・ウルグアイラウンド農業合意の実施に伴い、94年に廃
止された。
(2)減少傾向にある家畜頭数
家畜頭数は近年、全般的には徐々に減少する傾向にあり、特に乳用牛について
は、市街化地域の拡大や他産業の進出により、従来の営農地から締め出され、他
産業が利用できない土地へと追いやられている。このため、酪農家は経営改善の
ための規模拡大ができない状態となっている。
マレーシアは、イスラム教を国教と定めており、教義の関係から、イスラム教
徒は豚に触れたり豚肉を食したりしないため、豚を飼養しているのは専ら中国系
住民である。99年に豚が100万頭以上も減少しているのは、同国で発生し、人間
にも感染して死者まで出した豚のウイルス性脳炎対策として、大規模なとう汰が
行われたためである。本病については、現在、沈静化しているものの、99年以降、
主要輸出先であったシンガポールの輸入禁止により需要が減少していることや、
国内における養豚の立地が困難になったことから、2000年の頭数はさらに減少し
ているものとみられる。
表1 主要家畜頭数の推移
なお、州別にはイスラム教の戒律が特に厳格なマレー半島部東部3州には豚が
ほとんどいないのに対し、首都クアラルンプールの周辺4州やシンガポールと国
境を接するジョホール州では豚の頭数が多くなっている。
表2 1999年における州別家畜頭数
(3)乳用牛頭数
マレー半島諸州の乳用牛の性別および年齢別の構成(99年)を見ると、乳用牛
約3万6千頭のうち、2割強の約9千頭は雄であり、雌については、子牛と育成
牛を除いた経産牛は1万3千頭余りである。分娩間隔が長く、搾乳期間も長いこ
とを考慮すると、常時搾乳牛頭数は1万頭程度であるとみられる。なお、この頭
数には、それぞれのカテゴリーにつき約3割程度のLIDが含まれている。
国内13州のうち、生乳生産量が最も多いのはマラッカ州であり、以下セランゴ
ール州、ケダー州、ネグリセンビラン州、ジョホール州がこれに続くとされてい
るが、州別生産量のデータは非公表である。マラッカ州は、国内では気候条件が
最も酪農に適しており、酪農家の技術習熟度も高い。一方、ペラ州は、乳用牛頭
数は国内最大であるが、このうち大部分は乳量の低い在来のLIDであり、生乳生
産量は低くなっている。テレンガヌ州など半島の東側の州は洪水多発地であり、
西北部のケダー州は乾期が長いなど、それぞれ問題点を抱えている。マラッカ州
の1頭1日当たり乳量は10〜15リットルであるが、全国的に見ると、比較的大規
模層といえる搾乳牛50頭以上の酪農家でも1頭1日当たり乳量は、7〜20リット
ルとばらつきが大きい。
表3 マレー半島諸州の乳用牛の性別・年齢別構成
注1:97年以前は、95年にのみ調査が行われている。
2:下段かっこ内は構成比
(4)集乳センター(MCC)
マレーシアの酪農家は、小規模なものが多く、1戸当たりの生乳生産量も少な
いことから、バルククーラーのような生乳の冷蔵保管施設を持たないことが多い。
また、小規模ゆえに各戸ばらばらのままでは価格交渉力も弱い。このため、特に
小規模層を中心に、集乳センター(MCC)と契約し、酪農家が搾乳ごとに集乳缶
で搬入して、ここで一旦プールした後に乳業メーカーがローリーで集乳するとい
うシステムをとっている。
現在、マレー半島部諸州には、獣医局の傘下に合計38ヵ所の集乳センター(M
CC)がある。このうち20ヵ所が契約酪農家を有し、実質的に稼働しているが、
残りの18ヵ所には契約酪農家がない。このほか、ボルネオ島のサバ州にも16ヵ所
のMCCがあり、合計36ヵ所が稼働中である。MCCの主な役割は酪農家からの生
乳の買い取りと乳業メーカーへの販売であるが、専門のスタッフやバルククーラ
ー、乳質検査器具などは、隣接する地方獣医センターに配置されている。獣医局
は、契約農家がいない休眠状態のMCCにも人員、設備を配置しており、稼働中の
MCCからの収益でこれを維持している。酪農家は、生乳を自力でMCCへ搬入し、
係官が比重などを現場で測定し、1リットル当たり1.28リンギ(約41.6円:1リ
ンギ=32.5円/品質に基づくプレミアおよびペナルティーがある。詳細は生乳価
格の項参照)で買い取る。MCCは買い取った生乳をバルククーラーに貯蔵し、
定期的に乳業メーカーの集乳を受けるか、自前のローリーでメーカーに搬入し、
1リットル当たり1.55リンギ(約50.4円)で販売する。政府は、両者の差額であ
る1リットル当たり0.27リンギ(約8.8円)に取り扱い乳量を乗じたものを全国で
プールし、MCCの維持費としている。MCCの他の業務内容は、@農家の研修、
A凍結精液、人工授精および家畜診療業務の無償提供、B牧草種子や濃厚飼料の
供給(有償)、C飼料分析の手配、D技術普及業務となっている。
◇図2:半島部におけるMCCの配置◇
ジョホールバルMCCの例
ジョホール州はマレー半島の最南端、シンガポールと国境を接しており、州内
のクルワン国立牧場は、かつてシンガポールへの生乳供給基地でもあった。州内
には、@ジョホールバル(州都)、Aクルワン、Bモア、Cラビス、Dバトパラ
の5ヵ所のMCCがあり、このうちクルワンには牛乳の処理施設もある。
ジョホール州内には、105戸の酪農家と約1,500頭の搾乳牛がいる。今回訪問し
たジョホールバルMCCの管内には、29戸に約450頭の搾乳牛が飼養され、集乳量は
1日当たり約1,700リットルである。契約酪農家は、いずれもMCCから車で1時間
以内の距離にあるという。
MCCには、農家がバケットで自ら生乳を持ち込み、MCCの職員がアルコールテス
ト、比重検査を行ってから買い取られる。このようにして貯留した生乳は、乳業
メーカーにより1日おきにローリーで集荷される。抗生物質などの検査は、MCC
による生乳の買い取り後に、隣接する獣医師事務所の検査室で行われるため、抗
生物質などの混入が検出された場合にはMCCの損失となる。
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【ジョホールバル集乳センター】
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【センター内のバルククーラー】
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【酪農家による生乳の搬入】
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(5)酪農家戸数の変化
95年のマレーシアの酪農家戸数は2,030戸で、このうち半島部諸州が1,610戸、
ボルネオ島のサバ州が400戸、サラワク州が20戸であった。半島部の1,610戸のう
ち、910戸は主に小規模農家でMCCと契約を行い、生乳をMCCに出荷していたが、
残りは搾乳牛50頭超の大規模酪農家で、乳業者との直接取引を行っていた。これ
ら民間牧場のほか、国営牧場が6ヵ所あり、生乳生産を行っていた。2000年末現
在の酪農家戸数の総数は明らかではないが、獣医局は、小規模酪農家のグループ
化などによる規模拡大や、自立酪農家(MCCを経由せず、乳業メーカーへの直
接販売が可能な酪農家)の育成を図っているため、酪農家戸数は減少を続けてお
り、MMCとの契約農家戸数は、5年間で250戸(約27%)減少し、わずか660戸
となっている。このうち31戸が自立酪農家であり、飼養頭数規模で最大のものは、
経産牛180頭を抱えている。MCC非契約酪農家の実数は不明だが、獣医局では、
契約農家同様、減少傾向にあるとしている。
表4 MCC契約酪農家の規模別分布(1998年)
(6)生乳自給率
マレーシア国内の2000年の生乳生産量は、約3万5千トンにすぎず、乳製品全
体の需要量に対する自給率は3.8%しかないが、飲用乳製品だけを対象とした場
合の自給率は、約30%となっている。
表5 牛乳・乳製品の需給状況(生乳換算)
注:生乳換算は、国連食糧農業機関(FAO)の換算係数(LME)
による(以下同じ)。換算係数は脱脂粉乳7.6、全粉乳7.6、ホエ
イパウダー7.6、バター6.6、バターオイル8.2、加糖れん乳2.1、
チーズ4.4である。
(7)生乳の農家出荷価格
乳価に関する政府の規制はなく、酪農家は直接乳業メーカーへ販売することも
できるし、個別配達で直売することもできる。この場合、季節や地域により生乳
価格も異なり、農家の手取りは1リットル当たり2.4〜4.0リンギ(約78〜130円)
程度の幅がある。
このような市場実勢による乳価とは別に、(9)で示すように、MCCへ納入し
た場合の乳価も設定されている。MCCと契約している酪農家は、中小・零細がほ
とんどだが、契約を行えば、凍結精液、授精技術料、獣医事サービス、飼料分析、
乳質分析を無料で受けることができる。しかし、その見合い分は、実質的にはあ
らかじめ乳代から控除されているのと同様で、基本乳価は1リットル当たり1.28
リンギ(約41.6円)と、直売した場合の5割程度となっている。契約農家につい
ては、獣医局が農場段階での乳質のモニタリングを継続的に行い、乳質が低い酪
農家には技術指導が行われる。
この場合、基準となる乳成分は、乳脂率3.25%以上、無脂乳固形分8.5%以上で
ある。そのほかの品質関連で、乳価の増減に関係するものとしては、
@総菌数:1ml当たり40万未満の場合、1リットル当たり0.05リンギ(約1.62円)
加算、40万以上100万以下の場合、同0.02リンギ(約0.65円)加算、100万超の場
合、0.03リンギ(約0.98円)減額、
Aメチレンブルー還元試験:保持時間が5時間以上の場合、同0.02リンギ(約0.
65円)加算
がある。これら以外にも、加水を防ぐ目的で比重などの項目があり、最終的な
支払い乳価は、1リットル当たり0.98〜1.35リンギ(約31.85〜43.88円)となっ
ている。なお、体細胞数については制限がない。
※メチレンブルー還元試験:乳中の細菌数が多いと、その分だけ乳中の酸素を消
費するため、その具合をメチレンブルーの色素の還元で見るもの。還元所要時
間は、乳中の細菌数に反比例するため、細菌数が多いほど、メチレンブルーの
退色が早くなる。
(8)子牛価格
子牛の価格は、需給状況次第ではあるが、ここ数年はほとんど変化がない。20
01年4月現在の取引価格は、乳用子牛で生体重1kg当たり5.8〜7.0リンギ(約189
〜228円)程度である。肉用子牛価格は、生体重1kg当たり約4.8リンギ(約156円)
となっており、乳用子牛より安い。
(9)生乳生産コスト
マレーシア農業研究開発研究所(MARDI)の研究者によると、マレーシアでも
生乳の単位当たりの収益率は低く、酪農家が生き残るためには規模を拡大し、1
戸当たりの生乳生産量を伸ばす以外に方法がないとしている。
2000年における酪農家の生産コストと収益について、MCCとの契約農家のケ
ースを見ると、以下の通りである。
@生産コスト
ア. 家畜購入費
輸入成雌牛の場合、通常で4,000リンギ(約13万円)、政府の補助付きの場合
(コラム参照)は2,500リンギ(約8万1,250円)である。国産の場合、成雌牛で
2,800〜3,200リンギ(約9万1千〜10万4千円)、初妊牛で1,800リンギ(約5万
8,500円)である。
イ. 人工授精費
凍結精液および技術料は無料(MCC負担)となっている。
ウ. 粗飼料
流通している粗飼料の価格は路傍の野草を青刈りして束ねたもので、1束30kg
のものが2リンギ(約65円)、乾物1kg当たりに換算すると0.37リンギ(約12円)
となる。粗飼料の最大給与量は1日当たり20kg程度とされているが、プランテー
ションの下草放牧やアブラヤシの葉を給与することがあるため、粗飼料の全量を
購入するわけではない。
エ. 市販の乳用牛向け濃厚飼料
1kg当たり0.56リンギ(約18円)。マレーシアの場合、給与量は1日当たり4
〜6kgである。
オ. 育成費
雌牛が、出生から平均初回受胎月齢である28ヵ月齢に至るまでに要する飼料費
の試算値は、1,800リンギ(約5万8,500円)となっている。
A収益
ア. 子牛販売代金
肥育素牛としての6ヵ月齢雄子牛の農家販売価格は、生体重1kg当たり5〜6
リンギ(約163〜195円)である。廃用雌牛の場合には、生体重1kg当たり3.8〜
4.2リンギ(約124〜137円)で販売される。
イ. 乳代
基本乳価は1リットル当たり1.28リンギ(約42円)であり、品質に基づくプレ
ミアやペナルティーにより増減がある。
(10)後継牛の確保
獣医局は、自家生産したすべての雌子牛を自家保留し、牛群規模を20〜100頭
程度まで拡大することを奨励しており、ほとんどの中小・零細酪農家は後継牛を
自家生産している。商業規模の酪農家では、後継牛の一部を豪州やタイからの輸
入に頼っている場合がある。この場合、ほとんどの乳用牛は初妊牛であり、農場
渡し価格は3,800〜4,200リンギ(約12万3,500〜13万6,500円)である。この価格
には、引渡し後のアフターサービスも含まれているケースがほとんどである。
表6 乳用後継牛の国別輸入頭数の推移
酪農協同組合:マラッカ酪農協の例
マレーシアには酪農家戸数が少ない上、中小・零細酪農家の場合、MCCを経
由する形で、ある程度まで乳価や販売先が担保されているため、協同組合化は進
んでいない。
74年、マラッカ州に国内初の酪農協としてKoperatif Serbaguna Tenusa
Negri Melaka Bhd(略称:KST)が設立されたが、その後、これに続くも
のはなく、国内唯一の酪農協となっている。マラッカ州は、マレーシアで最も生
乳生産量が多く、180戸の酪農家が日量約9トンの生乳を生産している。このう
ちの70戸は、1日の生乳生産量が60リットル以上に達し、マレーシアでは商業規
模と見なされる酪農家である。生乳は、同州のMCCと4ヵ所の支部へ集荷され、
酪農協は手数料として1リットル当たり0.03リンギ(約0.98円)を得る。酪農協
は、傘下の酪農家の生乳生産量の1〜2%を殺菌フレーバー乳に処理・加工し、
地域住民へ直売している。同酪農協の活動は、政府などへの要求行動や、飼料な
どの共同購入が中心であり、生乳の生産・流通にはほとんど関与していない。
(11)育種改良
人工授精技術の普及に伴い、ヨーロッパ種の乳用牛の凍結精液が、在来牛の改
良に用いられるようになった。このような雑種の形成による改良は、国内6ヵ所
の国営牧場とその周辺農家で活発に行われた。この結果、マレーシアの気候条件
で最大の生乳生産量を上げ得る組み合わせは、ホルスタイン種とサヒワール種の
交雑種で、ホルスタイン種の血量が50〜75%のものであるとされた。このような
交雑種を、マレーシアではマフリワール(Mafriwal:マレーシアにおけるホルス
タインとサヒワールの交雑種の意)と呼んでいる。なお、国内の酪農家は、耐暑
性に優れるとして、毛色が黒白のものよりも赤白のものを好む傾向がある。
(12)生乳生産量拡大への取り組み
獣医局が現在奨励している方法として、放牧地の不足による粗飼料不足を解消
するため、搾乳牛や育成牛を、アブラヤシ園やゴム園に放牧し、下草を利用させ
るものがある。この方法では、プランテーション側も下草の除去コストを削減で
きる上、排泄物利用による有機質の還元を行うこともできる。この場合、放牧は
昼間のみとし、夜間には収牧して濃厚飼料や粗飼料を補給する。獣医局は、国内
には現在、520万ヘクタールの永年性作物が作付けされ、このうち約440万ヘクタ
ールのプランテーションがあるとしている。しかし、土地の傾斜、立地条件、植
え替えのローテーションなどを考慮すると、プランテーションのうち120万ヘク
タール程度でこの方法の利用が可能であり、これにより約80万頭の乳用牛を飼養
できるとみている。しかし、ゴム園の場合は日射量の約90%、アブラヤシ園で約
60%、ココヤシ園でも約40%程度がさえぎられるといわれており、このような低
日射量の下で良質粗飼料を確保することは、かなり困難である。
政府は、放牧地の不足している農家のため、農地の一部を公共草地として確保
しているが、このような草地の占める面積は、耕地面積の0.1〜0.2%とごく限ら
れたものになっている。
表7 主要永年性作物の作付状況
注:naは、データが欠如していることを示す。
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【アブラヤシ園の状況】
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酪農家の例:Hamzah bin Mohamad氏一家の農場
訪問先の酪農家は、マレー半島最南端ジョホール州のジョホールバルMCCか
ら約60キロ、車で約1時間ほどのところにある。当初、ジョホールバルMCCへ生乳
を搬入しているという話だったので、高温多湿の中、バケットで運ばれる生乳の
品質が危惧された。しかし、実際には、近くにサブセンターがあり、そこへ搬入
しているという。この地域は、数戸の酪農家が集まり、団地化されている。
この酪農家は、牛舎を2棟有し、経産牛50頭を飼養している。マレーシアでは、
大規模とされるものである。この酪農家は、MCCによる人工授精サービスも利用
しているが、同時に種雄牛も2頭保有し、自然交配も行っている。品種はオース
トラリアン・ミルキング・ゼブー(AMZ:Australian Milking Zebu)であるが、
当初12頭を輸入し、その後は自家生産により後継牛を確保している。1日1頭当
たりの乳量は、10〜17リットルである。年間1万リットルを生産したという経産
牛も1頭いる。
所有地は50エーカー(約20ヘクタール)だが、ほとんどがゴム園とヤシ園を兼
用しており、酪農は下草の利用が中心となっている。一部の草地を含め、草はす
べて播種(はしゅ)したもので、草種はシグナルグラス(Brachiaria decumbens)
を用いている。飼料は、日中の放牧によるもののほか、ペレット、おから、トウ
モロコシ、パーム・カーネル・ケーキ(PKC:アブラヤシの搾油かすをペレット
状に整形したもの)も用いている。おからは、近くの豆腐工場から無料でもらっ
ているが、農場主によると、1日当たり10〓の給与で、2〜3kg程度の乳量向上
効果があるとのことであった。
乳価は、獣医局からの情報とは若干異なっており、品質別3段階制で最上のも
のが1リットル当たり1.35リンギ(約43.88円)、次のランクが1.32リンギ(約
42.90円)、最低ランクが0.5リンギ(約16.25円)であるという。クラス分けは、
総菌数、乳固形分(12%以上)、比重が主体となっている。
政府の補助についても、獣医局の情報とは若干異なっており、農場主によると
獣医療サービス、乳価の維持の面で酪農家は保護されているほか、後継牛の導入
についても補助されているということであった。豪州から後継牛を輸入する場合、
個人で輸入すると1頭当たり3,800リンギ(約12万3,500円)くらい要するが、政
府が輸入したものを購入すると2,300〜2,600リンギ(約7万4,750〜8万4,500円)
で済むという。
酪農はもうかるか、また、将来性があるかという質問に対しては、「政府がい
ろいろな援助をしており、乳価も高い水準にあるのでもうけはよい。また、将来
的に見ても、都市化の進展に伴って、牛乳・乳製品の消費は伸びると思うので将
来性もある。ただし、農家には資本力がないので、日本など外国からの投資を求
めている。」という答えが返ってきた。
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【ゴム園の下草を利用した放牧地】
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【訪問先酪農家の牛舎】
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【年間1万リットルの生乳を
生産する経産牛】
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【訪問先酪農家の
バケット式ミルカー】
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99年のマレーシアの牛乳・乳製品輸入額は、10億1,479万リンギ(約330億円)
に達し、畜産物輸入額の25.2%を占めるに至っており、品目としては家畜飼料に
次ぐものとなっている。
このような状況の下、獣医局は、少なくとも飲用乳については、100%自給す
ることを目指している。同局は、この目標達成のためには、地場の農業関連産業
による飼料資源の供給、政府による集乳および配送関係のインフラ整備に対する
支援、そして、国内乳業メーカーの育成の必要性を指摘している。
表8 畜産物の輸出入額(1999年)
注:1リンギ=32.5円で換算
(1)牛乳・乳製品の生産
最近10年間で、生乳生産量は年率4.5%で増加している。この間、1人当たり
の飲用乳消費量は年率3.3%で増加しているが、その伸び率は乳製品全体の伸び
率である8%の半分以下となっている。
表9 主要乳製品の生産量の推移
(2)牛乳・乳製品の輸入状況
マレーシアの人口増加率は、年間約2%である。1人当たりの牛乳・乳製品消
費量は、年率8%で伸びており、おおむね実質所得の伸びとパラレルなものとな
っている。近隣諸国と比較すると、マレーシアの牛乳・乳製品消費量は比較的高
い水準にあるが、先進諸国の水準には到達していない。
85〜95年の間、牛乳・乳製品の純輸入額の伸び率は通算で80%、年平均8%の
増加であった。97年には主に通貨危機の影響により、輸入量が大幅に減少したも
のの、99年には回復基調に移っている。乳製品の輸入量は、国際市場の状況や、
国内の在庫水準によっても変動している。
表10 乳製品の輸出入量・金額の推移
表11 マレーシアの国別乳製品輸入量の推移(トン)
(1)バター、バターオイルおよび加糖れん乳
(2)粉乳類
(3)チーズ、ヨーグルトおよびアイスクリーム
(3)牛乳・乳製品の関税等
マレーシアは、貿易の自由化に取り組んでおり、牛乳、クリーム、脱脂粉乳、
全粉乳を原材料として輸出入する場合には無税である。
しかし、逆にこのことが、国内酪農の発展にとってはマイナス要因の1つとも
なっている。また、果実あるいはその抽出物、果実やナッツ類、ココナツを含ん
でいる乳製品の輸入関税は25%で、さらに5%の消費税が加算される。飲用乳製
品の場合、関税はゼロであるが、販売に当たっては10%の消費税が課せられてい
る。
(4)乳製品の輸出
99年の畜産物の輸出総額は、17億7,047万リンギ(約575億4千万円)であり、
このうち牛乳・乳製品は20.3%に相当する3億5,884万リンギ(約116億6千万円)
であった。マレーシアから輸出される乳製品は、フィルド製品(乳脂肪の一部を
ヤシ油などの植物性脂肪で置き換えたもの。詳細は後述)などのバリエーション
を含む加糖れん乳と、輸入乳製品を小売用パッケージに詰め換えただけのものが
主体となっている。輸出先としては、ブルネイ、シンガポール、香港が最も多く、
ミャンマーとベトナムへの輸出も、大量にではないが行われている。
(1)市場規模は今後も拡大の余地
牛乳・乳製品の市場規模は、消費量の合計値から推計することができる。マレ
ーシアの市場規模は今後も拡大する余地を残しており、乳業サイドにも事業拡大
意欲が見られる。主な乳業メーカーとしては、ネスレ社、ダッチ・レディー社、
F&N乳業(プレミアブランド)、デュメックス社、ニュージーランド・ミルク・
プロダクツ社がある。現在、国内ではいろいろなの乳製品が販売されており、輸
入品が中心であるが、小売用パッケージの状態で輸入されたものや、いわゆるバ
ルクものを国内で小売用に詰め替えたものなど、輸入形態はさまざまである。ま
た、原材料を輸入して、国内で製造される乳製品も多い。
(2)主要乳業メーカーの市場シェア
マレーシアの乳製品市場は、(1)に示した大手5社が市場全体の推定取扱量
の75%以上を占める寡占状態となっており、第6位の育児用調製粉乳を輸入・販
売している日系のスノートレーディング社と第5位のダッチ・レディー社との間
には、取扱量で5〜6倍の開きがある。主要乳業メーカーの乳製品市場シェアは、
小売用パッケージで輸入される製品が相当量あることから推定が困難であるが、
マレーシアの場合、生乳の自給率が極めて低いため、輸入乳製品を生乳換算して
市場シェアを推定することができる。
ネスレ社は、推定市場シェアが最大であるが、乳製品以外での投資・収益の方
が乳製品からの収益よりも大きい。同社は、以前は、マレーシア国内でも加糖れ
ん乳などを製造していたが、国際競争力強化の観点から、地域内の工場配置の見
直しを行い、全脂加糖れん乳の製造をスペインに、フィルド加糖れん乳の製造を
インドネシアに、また、アイスクリームの製造をタイにそれぞれ集約して配置換
えし、事実上、マレーシアにおける乳製品製造からは撤退し、自社製品を輸入し、
再包装の上販売している。同社が、現在、マレーシアで製造している乳成分を含
んだ製品は、麦芽飲料の「マイロ」(日本での商品名:ミロ)だけである。
ネスレ社とダッチ・レディー社は、全粉乳を輸入・小売用への再包装と育児用
調製粉乳の製造も行っている。両社は、加糖れん乳と還元UHT牛乳(一般に東南
アジアのUHT牛乳は、日本でいうLL牛乳に相当)の生産を行っているほか、殺菌
牛乳の輸入も行っている。ダッチ・レディー社は、81/82年度に開始された学乳
制度との関係から、飲用乳の事業も行っている。
ニュージーランド・ミルク・プロダクツ社は、ニュージーランド・デイリー・
ボードの子会社であり、マレーシアが輸入する脱脂粉乳の60〜70%を取り扱って
いる。
なお、マレーシア国内での製造は停止したものの、乳製品市場における知名度
は、ネスレ社が圧倒的である。F&N乳業は、特にフィルド製品に強く、飲用乳で
はダッチ・レディー社が強い。
表12 乳製品輸入量(生乳換算)に基づく主要乳業会社の市場シェア
表13 乳製品製造業者等輸入数量(2000年の合計数量上位15社)
注1:太字は、各品目で輸入量が1位であることを示しており、いずれの
品目も上位5社のいずれかが1位を占めている。
2:SMPは脱脂粉乳、WMPは全粉乳を示す。
マレーシアの場合、消費量については、大量に輸入される脱脂粉乳の輸入量と、
それを原料として製造される加糖れん乳の生産量とが絡み合い、極めて複雑な様
相をなしている。
(1)需要の構成
マレーシアでは、飲用乳の牛乳・乳製品市場に占める割合は、わずかに10%程
度であり、飲用乳の約33%はMCCを経由して集荷される国産生乳である。このM
CC経由で集荷された生乳は、民間乳業メーカーに搬入され、殺菌牛乳やUHT牛乳
に加工される。
20世紀初頭に開発された加糖れん乳の製造技術は、熱帯における牛乳の保存技
術としては最も適したものと言え、マレーシアでは、旧宗主国であるイギリスか
らの輸入品によって市場開発が行われた。同国で最初の乳製品製造工場は、1962
年にネスレ社が設置した加糖れん乳工場である。その後、加糖れん乳の市場が拡
大するのに伴い、輸入原材料を用いた還元加糖れん乳の製造が開始された。現在
でも、同国の乳製品の消費の第1位は加糖れん乳が占めている。現在、マレーシ
ア国内で加糖れん乳を製造している大手乳業会社としては、F&N乳業(プレミア
ブランド)とダッチ・レディー社がある。ネスレ社は98年の地域配置の見直しに
より、マレーシア国内での製造を中止している。
その他の液状乳製品としては、輸入脱脂粉乳を原料としたUHT還元乳があるが、
ほとんどはフレーバー付きのものである。また、輸入UHT牛乳のほかに、タイか
らプラスチック・ボトル入りの殺菌牛乳も輸入されており、一般の店などで入手
可能である。
◇図3:2000年の消費動向◇
(2)消費パターン
94年に行われた家計支出調査によると、家計支出のうち食品類については、魚
介類(14.0%)、肉類(10.8%)、米(8.0%)、生鮮野菜(7.7%)、果物(5.2
%)、牛乳・乳製品(5.2%)の順となっており、その他食品を加えると、食品
類への支出が5割を超えている。国産生乳から生産された牛乳などの消費は、イ
ンド系住民に偏っており、マレー系および中国系住民では加糖れん乳の消費が主
体となっている。
過去には、加糖れん乳が乳児の保育用とされた時期もあったが、現在では、少
なくとも都市部では、育児用調製粉乳に置き換わっている。一般的に、所得の高
い層ほど加糖れん乳からその他の乳製品へシフトする傾向が見られる。
現在の加糖れん乳の主要用途としては、コーヒーや紅茶のクリーマーが多いが、
改めて砂糖を加える必要がなく、開缶後も冷蔵の必要がないことから、そのまま
お湯で溶かしたり、ミロのような麦芽飲料やココアに添加するのに便利な食材と
しての用途も多い。
なお、生乳を原料とするいわゆる白物の市場は、インド系住民によって支えら
れてきており、現在でもこの傾向は変わらないが、国産生乳の生産量が増えるに
つれ、インド系以外の住民の消費も伸びつつある。
(3)製品別動向
ア.牛 乳
マレーシアでは、酪農家が宅配などによって直接販売する場合、無殺菌の生乳
が普通であるため、消費者は煮沸してから摂取している。MCC経由で直接販売さ
れる場合には、MCCで殺菌が行われたものが販売されている。乳業メーカーを通
じて販売される牛乳も殺菌処理されたもので、小型紙容器、プラスチック・ボト
ルまたはゲーブル(1リットル入りの紙製箱型容器)で販売されている。
還元乳も、殺菌牛乳やUHT牛乳として、牛乳と同様に販売されている。マレー
シアの83年食品法によると、還元乳の場合、容器にその旨を表示しなければなら
ないが、表示の大きさは10ポイント以上の活字とされており、消費者に明確に判
別されるものとはいえない。獣医局では、還元乳であれば、製造コストは1リッ
トル当たり0.89リンギ(約29円)であるのに対し、販売価格が3.0〜3.4リンギ
(約98〜111円)というのは、金もうけ主義であるとして、消費者の啓蒙に努め
る必要性を感じている。
生乳を原料とした飲用牛乳は、主にインド系住民が消費しているが、マレー系
住民等その他の住民からは、「異臭がする」、「保蔵状態が悪い」、「不便な飲
料である」などの意見が多い。獣医局では、マレー系住民の間にこのような不満
が多いことについて、マレーシアでは長期にわたり、還元乳や加糖れん乳などの
還元乳製品に慣れており、牛乳本来の味や香りに不慣れであることなどがあるか
らだと考えている。同国内でメーカーなどが展開してきた乳製品に対するイメー
ジ作りは、普通牛乳についてのものではなく、加工品、中でも加糖れん乳につい
てのものであったということも影響しているものと思われる。
イ.加糖れん乳
加糖れん乳は、植民地時代に紹介され、マレーシアでは今もって最も重要、か
つ、広く用いられている乳製品であり、約85%の家庭が継続的にこれを購入して
いる。同国では、加糖れん乳は価格統制品(政府が市販価格の上限を設定してい
る商品)であるため、各メーカーは、製造コストを削減して最大の利潤を上げら
れるよう、数々の工夫をこらしている。
その1例として、還元全脂加糖れん乳の原料の1つであるバターの一部または
全部をヤシ油などの植物油脂で代替したフィルド(filled)加糖れん乳という製品
がある。また、還元全脂加糖れん乳のバリエーションとして、脱脂粉乳の代わり
により安価なホエイやカゼイン酸を用い、バターの代わりに植物油脂を用いた加
糖クリーマーという製品もある。全脂加糖れん乳の市場価格は、515グラム缶入
りで2.15〜2.25リンギ(約70〜73円)であるのに対し、同容量のフィルド加糖れ
ん乳は1.80〜1.95リンギ(約59〜63円)、加糖クリーマーは1.65〜1.70リンギ
(約54〜55円)となっている。
この全脂加糖れん乳、フィルド加糖れん乳および加糖クリーマーの3タイプを
合わせた、2000年の加糖れん乳の総消費量は196,387トンで、このうち60〜65%
はフィルド加糖れん乳と加糖クリーマーが占めている。これらについては、外食
産業やコーヒーショップでの利用が中心となっているが、その市場シェアは、今
後も拡大するものとみられており、輸入量も急速に拡大している(表11参照)。
ウ.無糖れん乳
マレーシアでは、無糖れん乳はいわばステータス・シンボルであり、都市部お
よび高収入世帯での消費が多い。無糖れん乳は、主としてコーヒーや紅茶のクリ
ーマーとして用いられるが、従来、調理で用いられてきたココナツミルクの代替
品としての利用も増えている。無糖れん乳の場合も、加糖れん乳と同様の理由に
より、ヤシ油でバターを代替するフィルド無糖れん乳が製造・販売されている。
エ.粉乳類
粉乳類は、加糖れん乳などの原料としてバルクで輸入されるほか、マレーシア
でさまざまな調製を行い、小売パッケージに詰め直して国内市場で販売したり、
再輸出したりされる。育児用調製粉乳の場合は、あらかじめ小売用にパッケージ
されたものが輸入されている。輸入粉乳類のうち、UHT牛乳、HL牛乳(カルシウ
ム強化など健康をうたい文句にした乳飲料)、低脂肪乳、色物乳飲料など、還元
乳製品やヨーグルトの原料として使用されたものは、2000年の輸入量の約17%と
推計されており、このようにして製造された液状乳製品は8万8,713トンであった。
全粉乳は、主に1歳以上の幼児期の栄養補助食品として販売されている。マレ
ーシアでは、レギュラーとインスタントの2タイプがあり、それぞれの市場シェ
アは、レギュラーが57%、インスタントが43%となっている。これら全粉乳は、
幼児の栄養補助食品のほか、コーヒーや紅茶のクリーマーとしても用いられる。
2000年の消費量は、推計で2万9,249トンとなっており、前年を5.6%上回って推
移している。
UHT牛乳は、70年代に豪州とイギリスから輸入されたのが始まりであるが、ほ
ぼ時期を同じくして国内生産も開始された。UHT牛乳の約8割はフレーバー付き
の乳飲料であり、フレーバーの種類としては、チョコレートが最も人気があり、
イチゴ、コーヒー、ローズ、バナナが続く。2000年の市場規模は、約10万5千ト
ンであった。
オ.飲用乳
国産生乳を用いた飲用乳市場は、ダッチ・レディー社にとって重要なものとな
っている。F&N乳業は、原料を100%輸入に依存しており、加糖れん乳を主体に全
粉乳も製造しているが、飲用乳製品は製造していない。デュメックス社は、粉状
製品のみを製造・販売している。ニュージーランド・ミルク・プロダクツ社は、
粉乳類の輸入・販売が主体であり、粉乳市場を事実上支配下に置いているが、そ
の他の乳製品市場に進出するとは考えがたい。
このように、大手乳業メーカーの中で飲用乳を取り扱っているのはダッチ・レ
ディー社のみであり、その他は国内資本の乳業6社が製造・販売しているのみで
ある。シンガポールにも店舗網を展開するコールド・ストーレジ社は、本来はス
ーパーマーケットであるが、「マグノリア(Magnolia)」ブランドで還元UHT牛
乳の製造も行っている。
殺菌牛乳は、生産量の8割が宅配で流通しており、スーパーマーケットなどを
通じて販売されているのは2割にすぎない。しかし、小売店における冷蔵庫の普
及やコールド・チェーンの発達によって、店舗による販売は増加する傾向にある。
また、店舗販売のプラスチック・ボトル入りの殺菌牛乳に対する需要も、近年
は伸びている。83年の輸入量240万リットルに対し、2000年には274万リットルに
なっている。このように、輸入殺菌牛乳が消費者に受け入れられつつあることは、
国産生乳を用いた飲用乳市場も拡大する可能性が広がっていることを示している。
既に述べたように、獣医局は、飲用乳については、現在の自給率である30%を
100%にまで引き上げたいとしている。多くの開発途上国の場合、このような目
標に対し、「これを10年以内に達成する」といった、到底達成可能とは思えない
ようなものが発表されることが多い。
一方、マレーシアの場合には、達成目標年を示さず、畜産分野の一層の自由化
を図りながら、技術開発やインフラ整備など外的要因の整備によって、表14のよ
うに徐々に自給率を引き上げようとする戦略である。ちなみに、獣医局は、この
ような計画をにらみ、酪農振興予算の大幅増を要求している(金額については非
公表)が、これまでに承認されたのは、要求額の1割程度にとどまっている。
表14 1人当たりの乳製品消費量および需給計画
注:数値は、いずれも改訂版第3次国家農業計画(2000年)における計画値
酪農家戸数が急速に減少する中、頭数規模の拡大も遅れている。プランテーシ
ョンの下草利用による80万頭の増頭の可能性についても、市場との立地関係など
を考慮すると、必ずしも乳用牛向きとは言えない。
消費量については、還元乳製品と生乳使用の乳製品との間に価格差があること
から、1人当たりの消費量が計画通りに伸びたとしても、それが直接、生乳使用
製品の需要拡大につながるとは限らない。マレーシアの生乳価格について、「同
質のものは世界中どこでも、最終的には同価値になる」という考えに基づいてイ
ギリスのエコノミスト誌が提唱した「ビッグ・マック」指数(マクドナルド社の
ハンバーガー「ビッグ・マック」の諸外国間での価格の比較)の考え方に基づき、
円とリンギの為替レートについて試算すると、ビッグ・マックの日本価格は280
円であるのに対してマレーシアは4.3リンギとなっている。従って、現在の為替
レートである1リンギ=32.5円で換算するよりも、1リンギ=65.1円で換算した
方が、マレーシアの生活実感に近い可能性があるとも言える。「ビッグ・マック」
指数による為替レートは、97年後半の通貨危機以前の為替レートに近い水準であ
る。
そこで、この換算レートを用いて生乳価格を再計算すると、MCCを通さない場
合で生乳1リットル当たり約156〜260円、MCCへ販売する場合でも約83円となる。
これに乳業者の加工賃や利潤を加えると、生乳を使用した牛乳の価格は、生活実
感としては1リットル当たり300円近いものになってしまう。還元乳であれば、
同じレートで換算しても製造段階で58円、これに利潤などを加算しても80円程度
で販売が可能であり、到底太刀打ちできないものと思われる。
既に述べたように、マレーシアの乳製品需要は、加糖れん乳とともに伸びてき
たものであり、この分野で「フィルド」製品が伸びていることも、生乳の需要拡
大には逆風となり得るものである。「フィルド」製品は、現状では食品の国際規
格であるコーデックス規格により、「〜milk」との表示を行うことができないが、
大手多国籍企業各社の強い要求に基づき、マレーシアとタイは用語の定義の変更
を提案している。
輸入乳製品に高度に依存したマレーシアの産業状況は、生乳自給率1%のフィ
リピンとも類似している。多国籍の大手乳業が開拓してきた市場を切り崩す形で
国産品を伸ばそうとした場合、タイのように学乳に国産生乳の使用を義務付ける
などの手段をとらない限りは困難である。大方の予想では、伝統的に牛乳・乳製
品を摂取するという食習慣がなかった東南アジア諸国では、通貨危機による経済
不振により乳製品需要は大幅に落ち込むとみられていた。しかし、マレーシアで
は、落ち込み幅はそれほど大きくはなく、早くも2000年には、通貨危機以前の水
準にまで戻ってきている。このことを考慮すると、同国では、乳製品は既に食習
慣に取り込まれていると見るべきであり、これに対して輸入規制など強硬な手段
を行使すると、一気に需給がひっ迫し、国民の不満が爆発する可能性もある。
さらに、近年のESL技術(製造管理により製品の品質保持期限を延長する技術)
の普及や、冷蔵輸送技術の発達によって、飲用乳の流通範囲は拡大しているとい
う事情もある。事実、シンガポールでも豪州、ニュージーランド産の牛乳のほか、
タイ産の牛乳が飲用の主体となっている。このような流通事情の変化などを考え
合わせると、マレーシアが、国家計画に掲げているような形で生乳生産量を増や
し、少なくとも飲用乳は完全自給したいという計画達成には、相当困難な道のり
が予測される。
最後に、掲載した写真は、一部を除き、農林水産省生産局牛乳乳製品課松田、
河本両係長により提供されたものであることを申し添えてお礼に代えさせていた
だきます。
参考資料
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"Monthly Statistical Bulletin".
2. DEPARTMENT OF VETERINARY SERVICES MALAYSIA.
"Livestock Statistics."(1995、1996、1997、1998年版(発行済)
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3. MDC PUBLISHERS PRINTERS SDN BHD.(1998)
"Laws of Malaysia: Food Act 1983 and Food Regulations 1985
(All amendments up to May, 1998)".
4. ROYAL CUSTOMS AND EXCISE DEPARTMENT MALAYSIA and
MDC PUBLISHERS PRINTERS SDN BHD.(2001)
"The Malaysian Trade Classification and Customs Duties Order 2001".
5. Ministry of Agriculture Malaysia.(2000)
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6. DEPARTMENT OF VETERINARY SERVICES MALAYSIA.
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7. 米中央情報局。「CIA Fact Book 2000」
(www.odci.gov/cia/publications/factbook)
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(1)Pelantindakan dan Perlaksanaan Pembangunan dan
pengeluaran Komoditi Utama ternakan.
(2)Pemerosesan Data Berhubong Dengan Perdagangan
Komoditi ternakan‐data Impot dan Exspot
(3)Kawasan kekal Pengeluaran Makanan
(4)Peluang Pelaburan dalam komoditi Ternakan
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