海外駐在員レポート 

牛肉自給を目指すインドネシア肉牛産業の動向

シンガポール駐在員事務所  宮本 敏行、小林 誠




1.はじめに

 インドネシアは、他の東南アジア諸国とともに、80年代から97年中盤にかけて
「アジアの奇跡」と呼ばれた目覚しい経済発展を遂げた。それに伴う所得の増大
により、80年代の半ばにコメの自給をほぼ達成していた同国では、動物性たんぱ
く質、とりわけ牛肉に対する需要が高まることとなった。そして、肉牛の生産基
盤である小規模農家を中心に据えた畜産政策がとられる中で、多くの企業的フィ
ードロットが誕生し、増大する牛肉需要にこたえる生産体制が整いつつあった。

 しかし、97年7月に始まるタイを震源としたアジア全体に及ぶ通貨・金融危機
(以下「経済危機」)を体験し、今なおその後遺症にあえぐ中で、牛肉をはじめ
とする食肉の需給状況や畜産政策は確実に変化しつつある。本稿では、目覚しい
経済発展の中で、みぞうの経済危機を迎えた90年代における牛肉の需給構造の変
化や、最近の肉牛産業の動向を踏まえ、生体牛や牛肉の海外依存からの脱却を目
指し、2005年をめどに実現すべく策定された「牛肉自給達成」計画の概要につい
て紹介する。


2.経済危機と最近の畜産物需給動向

 インドネシアの国土総面積は191万平方キロメートル(日本の約5倍)だが、1
万3千以上の島々として分散し、その東西の広がり(約5千キロメートル)は米
国のサンフランシスコ〜ニューヨーク間に相当する。その領域に2億925万人(99
年:日本の約1.5倍)の人々が住む世界有数の大国である。自給自足的な需給状
況にあることなどから、日本との畜産物を介してのつながりは希薄であるものの、
「畜産物の生産工場」たるオセアニアに極めて近いことや、膨大な人口を勘案す
ると、将来的には中国などとともに、世界の畜産物需給に大きな影響を及ぼす国
の1つになることは間違いないと思われる。


(1)経済危機に見舞われた東南アジアの大国

 インドネシアにおける実質国内総生産(GDP)は、96年まで年率6〜7%という
高成長を続けていたが、97年半ばの経済危機の影響から、97年には前年比4.7%増
と減速した後、98年には同13.2%減とかなり大きく後退した。しかし、99年に相
次いで誕生したハビビ、ワヒド政権の下、金融システムの再建や汚職の排除、国
際通貨基金(IMF)の指導下で経済構造改革に努力したことに加え、農業生産や製
造業生産が回復したこともあり、99年には0.2%増とわずかながらプラス成長に転
じた。しかし、98年の1人当たりGDPは483ドル(約5万7千円:1ドル=117円)で
あり、アセアン域内ではベトナムやラオス、カンボジアなど新規参入国を除くと、
先行6ヵ国の中では依然として最下位に甘んじている。

 政府は、以前からこの2億人という人口を養うため、食料政策に苦心してきた。
日本をはじめとする諸外国の協力の下、80年代半ばに主食たるコメの自給を達成
した政府の次なる目標は、国民1人ひとりに動物性たんぱく質をいかに行き渡らせ
るかであった。

表1 インドネシアの主要経済指標
re-spt01.gif (19312 バイト)
 資料:インドネシア中央銀行ほか


(2)家畜飼養動向

 90年代前半〜中盤における家畜の飼養頭数は、目覚しい経済発展を背景とした
畜産物の需要増により、ほぼ増加傾向で推移した。90年と経済危機前年に当たる
96年を比較すると、牛では、肉牛が13.5%増の1,181万6千頭、乳牛が18.4%増の
34万8千頭と大幅に増加した。しかし、ピークとなった96年と経済危機の影響を
色濃く反映した98年を比較すると、肉牛が1.5%減の1,163万4千頭、乳牛が7.5%
減の32万2千頭に減少している。乳牛の減少幅が肉牛と比較して大きいのは、イ
ンドネシアではいまだ牛乳生産の基盤が脆弱(せいじゃく)なため、商業として
の乳業が大きな打撃を受けたことによるものである。

 これに対し、役牛との兼用が大部分を占める肉牛は甚大な影響を逃れ、1.5%
の減少にとどまった。経済危機という局面で、肉牛の大宗を温存できたのは、こ
うした飼養形態を持つ同国の肉牛産業の特徴と言える。これは、乳業と同様に商
業的要素が極めて強いブロイラーが、96年との比較において、98年は45.7%減の
3億5,400万4千羽とほぼ半減したことからも明らかである。

 羊やヤギなど他の畜種についても、96〜97年をピークとする飼養頭数の増加、
そして98年の減少という傾向が見られ、順調に推移していた飼養頭数に経済危機
が与えた影響の大きさを如実に物語るものとなっている。

◇図1:家畜および家きんの飼養頭羽数の推移@A◇図2:乳牛飼養頭数の推移◇

 なお、豚の飼養頭数が95〜96年の間に大きく減少しているのは、北スマトラ州
や東スンダ州などの主要産地で、豚コレラが広範囲に発生したことによるもので
ある。


(3)食肉生産動向

 食肉生産についても、96年にかけてはいずれの食肉も増加傾向で推移した。最
も著しい増加を見せたのは資本投下が最小で済むブロイラーで、90年と比較して
96年は86.2%増の94万7千トンと2倍に迫る勢いで増えている。次いで伸び率が高
いのが豚肉で、53.1%増の19万トンと大幅に増加したが、これは経済成長のさな
かに、商業センスにたけると言われる中国系住民の所得がさらに向上したことを
反映していると思われる。一方、牛肉も、一定の可処分所得と購買力を持った
「ニューミドル」の出現で、40%増の34万7千トンと大幅に増加していた。

 しかし、食肉生産についても、98年は、それぞれのピークとなった96、97年と
比較すると、程度の差はあれ減少に転じている。最も減少が顕著なのはブロイラ
ーで、34.4%減の62万1千トン、次いで豚肉が28.9%減の13万5千トンと大幅に減
少している。対する牛肉は、1.3%減の34万3千トンとわずかな減少にとどまって
いる。これは牛肉の場合、経済に急ブレーキがかかって需要が落ち込んでも、農
家としては役牛として牛を保留できることに加え、フィードロットでは導入頭数
を減らすという調整手法がとれることによるものである。

◇図3:食肉生産量の推移◇

 見逃せないのは食肉の生産割合で、最近は鶏肉が減少する反面、牛肉の比重が
高まる傾向にある。96〜99年の期間で見ると、食肉総生産量に占める割合は、鶏
肉が5.3ポイント下落して52.9%、逆に牛肉が5.5ポイント上昇して26.8%を占めた。
豚肉や羊肉など他の食肉はほとんど変動がないことから、鶏肉の減少分をほぼ牛
肉が埋めた形となっている。98〜99年の間は経済危機後の調整局面であることか
ら一概には言えないものの、経済危機は鶏肉を主に購入する低所得者層に、より
大きな影響を及ぼしたと言えそうである。

◇図4:牛肉の食肉総生産量に占める割合◇


(4)牛肉の輸入動向

 インドネシアでは、高まる牛肉需要を満たすため、肥育用素牛とともに牛肉も
輸入している。輸入先は豪州、ニュージーランド、米国をはじめとして、近年で
はカナダやアイルランド、アルゼンチンなどにわたるが、97年のデータによれば、
豪州からの輸入が68%を占めている。

 牛肉輸入も、96年の1万8千トンを1つのピークとして、98年には80%もの大幅
な減少を記録した。しかし、ニューミドルの食生活に定着した輸入牛肉の回復は
早く、2000年には早くも96年を上回る2万トンとなっている。

 一方、97年の輸入量が96年と比較して減少した反面、輸入金額は、370万ドル
(約4億3千万円)から2億ドル(約234億円)へと5倍近くも増加しており、牛肉
の中でも高級部位のし好が急速に高まったこともその一因とみられる。

◇図5:牛肉輸入数量・輸入金額の推移◇

表2 期間別輸入状況
re-spt02.gif (20115 バイト)
 資料:APFINDO
  注:輸入価格はC&Fベース


(5)経済危機が他のセクターに与えた影響

@牛肉価格への影響

 97年に始まる経済危機は、通貨ルピアの大幅な下落をもたらした。その結果、
牛肉と生体牛の輸入価格は上昇し、牛肉市場価格の高騰に結び付くこととなった。
同国27州における牛肉の平均小売価格は、97年末まではほぼ安定していたものの、
98年に入るとその値上がりは極めて顕著となっている。96〜97年の期間における
月ごとの平均上昇率は0.17%であったが、98年は5.4%を記録している。

◇図6:牛肉小売価格の推移◇

A食肉(牛肉)消費への影響

 食肉別の消費量は不明であるが、食肉消費量は96年にピークを迎えたものの、
牛肉価格の高騰により、98年には半減した。しかし、99年には既に回復の兆しが
見られる。98年の牛肉価格の上昇は、牛肉消費の低下をもたらしたものと考えら
れ、同年以降、鶏肉生産量も激減していることから、この期間における食肉消費
の減退は、主要食肉たる鶏肉、牛肉双方の消費が減少したことによるものと言え
る。

表3 食肉消費の推移
re-ust03.gif (26054 バイト)
 資料:Statistical Book on Livestock,1999
  注:1999年は速報値

B肉牛生産者への影響

 牛肉価格が高騰したため、小規模農家の手取りは一般的に上昇したが、政府の
肉牛支援事業であるBeef-NLS(後述)参加者の収入は、生体牛輸入が激減した
ことから減少した。各農家は牛肉価格の上昇に乗じ、一時的な収入を得るため手
持ちの牛を次々に手放したが、このことが96〜98年の間に牛飼養頭数が1.5%減
少した1つの要因となっている。

 一方、生体牛の手当てが困難となったフィードロット企業の収益も激減した。
フィードロット業界を統轄するアッピンドー(後述)によると、99年に操業を続
けることができたのはフィードロット9社(全体の10.6%)、牛肉輸入業者14社
(同29.8%)にとどまっている。


C牛肉加工セクターへの影響

 と畜に仕向けられる牛の減少から、食肉加工場の操業率が低下し、牛肉加工業
者の手取りも大幅に減少した。ジャカルタ北部の大規模と畜場(PD Dharma 
Jaya社)における98年の1日当たりのと畜頭数は、96年と比較して25%減の
450頭となっている。加工場の損失は、比較的余裕が生じていた豚と畜費から補
てんされたという。


3.90年代における肉牛産業の構造

 インドネシアにおける肉牛産業の主な担い手は、伝統的に1〜3頭程度を飼養す
る小規模農家である。この状況は、基本的に現在も変わらない。ここで言う牛と
は農耕牛、すなわち「役牛」を意味し、有事の際の蓄えとしての意味もある。し
かし、農民は一般に繁殖や給餌など飼養技術の概念に疎く、肉牛として見た場合
には、その生産性は極めて低いものである。人工授精はようやく普及し始めたが、
それによる年間産子数は50万頭弱で、自然交配が多い。

(1)小規模肉牛農家へのてこ入れが始まる

 政府は、伝統的に体質が弱い肉牛産業部門へのてこ入れを図るため、民間企業
を積極的に取り込んで、小規模農家の経営能力の向上や保護に努めている。最も
有名で効果を上げたのは、肉牛中核小規模畜産農家計画Beef-Nucleus 
Livestock and Smallholder(Beef NLS)である。これをサポートするため、
政府は90年と91年に相次いで法整備を行い、肉牛産業の規制緩和を図った。具体
的には、民間企業の肉牛産業への参入を認め、繁殖や肥育への投資の道を開いた。
併せて、フィードロットの建設や豪州などからの肥育素牛の輸入も認可した。こ
の計画に早くから参入したティッピンドー(TIPPINDO)社など大手フィードロッ
ト企業は、96年に36社からなるインドネシア牛肉・肉牛生産者協会(アッピンド
ー(APFINDO))を設立した。同協会の構成メンバーは98年には47社、2000年に
は51社に増加している。90年代における同国の生体牛輸入の激増には、こうした
背景がある。


(2)3種のBeef- NLS

 これらの企業と小規模農家との間で推し進められるべく策定されたのが、@肥
育中核小規模農家計画(Fattening-NLS)、A繁殖中核小規模農家計画
(Breeding-NLS)および・飼料中核小規模農家計画(Forage-NLS)の3種の
Beef-NLSである。

 Fattening-NLSでは、事業参加企業が農家に肥育素牛や濃厚飼料、薬品類を
無料で供給するとともに飼養技術をパッケージとして提供し、60〜180日で仕上
げられた肥育牛を買い取る。一方、農家は土地や牧草、労働力を提供し、牛の飼
養に全責任を持つシステムである。


 Breeding-NLSでは、企業が雌牛のほか、精液や人工授精器具類を提供する。
農家は土地や牧草、労働力のほか、必要に応じて国産雌牛を用意することもある。

 Forage-NLSは、企業がトウモロコシやキンググラスの種子・種苗、肥料を
提供し、農家が生産した飼料を買い取るシステムである。

 これら3つのBeef NLSの中で最も成果を上げているのはFattening-NLSで、こ
の計画に沿って、96年には3万2,500頭の肥育素牛が650の農家グループ、6,500人
の農村共同組合(KUD)のメンバーに提供された。また、Forage-NLSも遊閑地
を肥よくな牧草地に変えるなど着実に成果を上げつつある。しかし、Breeding-
NLSについては、採算性の悪さや技術習得の困難さなどからほとんど普及するに
至っておらず、見直し論も出されている。


4.フィードロット企業の動向

 インドネシアの肉牛産業の近代的発展において、90年代に勃興したフィードロ
ット企業が果たした役割は極めて大きい。同国におけるフィードロットは、肥育
素牛(Feeder Cattle)を輸入して自ら肥育するだけでなく、牛肉の需給調整のた
めに輸入されたと畜場直行牛(Slaughter Cattle)を一時的に保留するバッファー
としての役割も大きい。また、フィードロット企業は、今やBeef-NSLのかなめ
として、小規模畜産農家とともに肉牛産業を担う中核として位置付けられている。

(1)生体牛輸入頭数の推移

 生体牛の輸入頭数は、90年には3,600頭にすぎなかったものの、94年には10万
頭を突破し、経済危機に見舞われる直前の96年には、史上最高の37万9千頭を記
録した。当時の勢いはとどまるところを知らず、同様に豪州からの生体牛輸入が
急増していたフィリピン分と併せて、100万頭を突破するのではないかとの見方
がされたこともあった。ところが、急成長を遂げたフィードロット企業も、経済
危機の影響で甚大な痛手を受け、輸入頭数も98年には3万9千頭にまで激減した。
この間に、多くの企業が倒産や事業縮小に追い込まれている。
feedlot.gif (48665 バイト)
【豪州から輸入されたフィードロット
の飼育素牛】
 しかし、経済の回復が徐々に進むとともに、通貨ルピアの下落が一段落したこ
とから99年には再び10万頭を突破し、2000年には23万6千頭と、95年の水準にま
で回復している。

◇図7:生体牛輸入頭数の推移◇

表4 2000年の生体牛輸入実績
re-spt04.gif (39051 バイト)
 資料:APFINDO

(2)フィードロットの企業的戦略の変化

 経済危機を体験し、フィードロット企業の経営手法は、次第に様変わりしつつ
あると言われる。西ジャワ州では、売渡先の多様化に対応する1つの手段として、
と畜加工場併設型のフィードロットが現れ始めている。一般的に、フィードロッ
トから出荷された牛は、と畜場で枝肉に解体された後、ウェットマーケット(東
南アジアや中国などで、一般市民が食料品など生活必需品を購入する伝統的な自
由市場。食肉は通常、室温で取引され、と畜直後の生鮮品が販売される)の小売
業者に売却されるケースがほとんどであるが、こうした加工場を持つフィードロ
ット企業は、新たな戦略として、スーパー向けに部分肉を生産する手法をとり始
めている。これは、ニューミドルの牛肉消費形態に的を絞った戦略と言え、中に
は、フィードロットの敷地内にミートボールなどの付加価値製品を製造する施設
を持つものも現れている。

表5 フィードロット事業内容の一例
re-spt05.gif (24760 バイト)
 資料:DG=1日増体量
dentou.gif (51953 バイト)
【伝統的なウェットマーケット
の牛肉売場】

5.「自給」を柱とした今後の牛肉需給政策

 工業化を急速に進めてきたインドネシアであるが、畜産をはじめとする農業の
雇用創設の場としての役割は依然として大きい。農業はGDP構成比で2割まで低
下したが、就業人口では5割以上を占めており、マクロ的には依然として高い雇
用吸収力を有し、なおかつ、その維持が求められている。また、政府は、人口の
約6割が集中するジャワ島から他の地域への移住政策を積極的に奨励しており、
移住先の新たな就業業種として畜産業を推奨している。政府は、畜産振興を重要
政策の1つとして位置付け、2000〜05年の畜産物生産の成長率を3〜5%と定め、
これを達成するために毎年1億3,500万ドル(約158億円)の予算を投入するとし
ている。

(1)将来的な牛肉不足を懸念

 98年における牛肉および水牛肉の生産量の合計は38万9千トン(輸入生体牛由
来のものを含む)であり、これは、食肉総生産量の32%を占めている。同年の牛
肉消費量は41万9千トンであることから、不足分の3万トンを牛肉あるいは生体牛
の輸入で充足したことになる。政府試算によると、2000〜05年の5年間で、1人当
たりの牛肉消費量は1.8kgから2.5kgに増加するとされており、今後、牛肉生産と
需要のギャップが一層拡大することが懸念される。また、こうした事態が続けば、
国内の肉牛資源の枯渇をもたらすことにもなる。

(2)牛肉自給計画の背景

 経済危機は、インドネシアの牛肉産業の構造的な弱点を改めて浮き彫りにした。
90年代、同国は消費する肉牛資源の多くを、豪州をはじめとする海外に依存して
いた。しかし、このことは、輸出国の生体牛価格およびルピアの対ドル換算レー
トの両者が国内相場に連動することとなり、国内の牛肉生産に大きな影響を与え
ることを意味する。しかも、生体牛を輸入する場合は、輸入・肥育・出荷にそれ
ぞれ相応の期間が必要なため需要の予想が難しく、さらに国内生産を圧迫しかね
ない。こうしたことから、海外依存体質の早期脱却を求める声が、次第に大きく
なってきていた。

 牛肉の生産と需要のギャップの拡大に歯止めをかけるとともに、海外依存の脱
却を図る目的で推進されるのが、2000〜05年の期間で行われる「2005年までの牛
肉自給達成計画」(Swa Sembada Daging 2005)である。

 本計画は、2005年を目標とする畜産振興施策の目玉であり、以下の基本コンセ
プトをもって遂行される。

1 子牛の出生率を向上させ、へい死率を低下させるとともに、種雄牛および雌
 牛のと畜を規制することで、国産牛頭数の維持・増加に努める。 

2 国産牛肉(フィードロット由来のものを含む)の生産状況を踏まえ、需給の
 安定を図る。

3 輸入依存度を低下させる。
 
 なお、政府は、この計画で言う「自給」とは、国内需要の90〜95%程度を国産
牛肉で賄うことを意味すると明言している。つまり、生産には波が付きまとうこ
とを考慮して数%の誤差を許容し、いわゆる「完全自給」には言及していない。

(3)牛肉自給計画の具体的内容

 計画実施期間中(2000〜05年)の牛肉需要は、2000年の推計値37万4千トンか
ら33.4%増加して49万9千トンに達すると試算されている。政府は、2005年の自
給率を93%と定め(2000年は82%)、これを達成するために以下の目標を設定し、
各種のプログラムを組んで牛の増頭に取り組むとしている。本計画の骨子は、生
体牛の輸入を5年間で18万1千頭から59%減の7万4千頭、牛肉の輸入を年間1
万9千トンから20%減の1万5千トンまで削減する一方で、肉牛の増頭を図り、国
内における牛肉生産を30万7千トンから51%増の46万4千トンにまで増加させる
ものとなっている。

     2000年   2005年
    (万トン) (万トン)
牛肉需要:37.4 → 49.9(+33.4%)
国内生産:30.7 → 46.4(+51.3%)
輸 入 : 6.7 →  3.5(▲48.1%)
バランス  0     0

 

表6 「2005年までの牛肉自給達成計画」の概要
re-spt06.gif (69445 バイト)
 資料:インドネシア農業省
  注:AI=人工授精


(4)計画遂行のための施策

 政府は、本計画の遂行のために、以下の施策に取り組むとしている。

@肉牛の増頭

ア 計画開始年の2000年に、2ヵ所の家畜人工授精センター(東ジャワ州のシン
 ゴサリおよび西ジャワ州のレンバン)の110頭の高能力雄牛から採取された6
 〜7百万単位の凍結精液を用い、2百万頭の雌牛に人工授精を行う。

イ 雌牛のと畜管理

  雌牛のと畜割合は、全体の4割に達すると試算されている。そのうちの7割は
 まだ繁殖可能とみられていることから、そのと畜を規制する。

ウ 繁殖雌牛の輸入

  2001年に5千〜1万頭の繁殖雌牛を豪州から輸入する。

A生産性の向上

ア 広範な土地を有し、肉牛飼養に大きなポテンシャルを持つ人口過疎地域のス
 ラウェシ島やカリマンタン島などに地域畜産センターを創設する。これにより、
 地域肉牛生産の効率を高め、疾病防止などの集中管理を行う。

イ ブルセラ病の管理
  繁殖障害を引き起こす最も重要な人畜共通感染症であるブルセラ病の防止策
 をとる。ブルセラ病による被害が最も大きいスラウェシ島、東・西スンダ諸島、
 カリマンタン島およびジャワ島では、島ごとに防止策を実施する。また、豪州
 政府との間で、ブルセラ病撲滅の協力関係を築く。

表7 自給計画のための新設施設
re-spt07.gif (19995 バイト)

B食肉選択の多様化

 牛肉消費の一部を他の食肉で代替するため、地鶏(12州22地域)、アヒル
(3州5地域)、ヤギ(7州10地域)の飼養頭羽数の増加を図る。この取り組
みは、98年から既に始まっている。


(5)自給計画の問題点

 この壮大な取り組みは実行に移され始めたばかりであり、その実現性を占うこ
とは現段階では困難である。計画の青写真では、2000〜05年の間、生体牛輸入を
6割減らしながら自給率を11ポイント引き上げるためには、最終的に80万頭の肉
用牛を増頭しなければならないとしている。この場合、出生率の向上およびへい
死率の低下がポイントとなるが、99年に18.1%だった出生率を、最終年度の2005
年に21%まで引き上げるのは決して容易なことではないと思われる。農業省畜産
生産総局の担当者は、計画的かつ効率的な人工授精の遂行により達成可能と自信
を見せているが、一部ではその実現に疑問を唱える声が聞かれるのも事実である。

 さらに大きな問題点として、この計画にフィードロット企業の声が反映されて
いないことが挙げられる。生体牛輸入を減らすことは、必然的にフィードロット
企業の弱体化につながる。自給を達成しつつ、これまで肉牛産業の発展に大きく
貢献してきたフィードロット企業の生き残りをいかに図っていくかが、今後、政
府に課せられた大きな課題である。


6.まとめ

 インドネシアでは、経済危機の勃発とともに、高度経済成長と20年間続いたス
ハルト政権の終えんを迎え、21世紀初頭の現在、ワヒド政権の下で経済再建の模
索が続いている。経済不況の底を脱したとはいえ、政局の混迷や各地で多発する
独立運動などの不安定要素を数多く抱え、いまだに力強い経済復興の光明は差し
てこない。短期的に見れば、今後の経済状況の展開いかんによっては、畜産業の
構造や畜産物の需給動向もさらなる変動を免れないものと予測される。
 そうした中で、政府は、2005年をめどに牛肉をほぼ自給するという計画を策定
した。その実現性に疑問の声を投げかける向きもあるものの、これは、基本的な
食品としての牛肉を重要な食肉として位置付け、将来にわたって安定した牛肉供
給を目指す政府の意欲の表れである。同国では、年間130万トンの食肉が消費さ
れ、その4分の1を占めるとみられる牛肉は重要な一翼を担っている。2億人以
上の人口を抱えるインドネシアが牛肉自給をほぼ達成することは、アジア・オセ
アニア地域における将来的な食肉需給の不安材料の低減にもなる。経済の再建を
進めるという困難な局面で、自ら大きな試練を課した同国の肉牛産業の動向に注
目しつつ、牛肉自給達成計画の成果に期待したい。

◇インドネシアにおける牛肉・牛肉のフロー◇
floa.gif (21993 バイト)


参考文献

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 2 APFINDO. 2000. Data on Feeder Cattle 
  Import Realisation

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 7 Prajogo U Hadi, David Vincent, Nyak Ilham. Paper No.2. 
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