海外駐在員レポート 

アルゼンチンの穀物生産と放牧草地の利用について

ブエノスアイレス駐在員事務所 浅木 仁志、玉井 明雄




1.はじめに

 米国農務省(USDA)がこの8月に発表した世界農産物生産高予測によると、世
界の穀物(小麦、粗粒穀物(注)および米穀)の生産量は、99/00穀物年度が18
億7,260万トン、2000/01の速報値は18億3,160万トンである。2001/02の見込
みは、高温乾燥が続く米国や干ばつ懸念の中国の生産量減少が予想されるため、
18億2,140万トンと予測されている。このようにここ数年、穀物供給はタイトに
推移している。

 現在アルゼンチンの穀物生産量が、世界に占める割合はさほど大きくない。20
00/01穀物年度の推定値では、小麦の世界生産量5億7,880万トンのうち1,650
万トン、粗粒穀物8億5,720万トンのうち2千万トン、粗粒穀物のうちトウモロ
コシ5億8,648万トンのうち1,600万トンと、一国の生産量としては大きいが、
米国、カナダ、中国、ロシア連邦には及ばず、品目によっては豪州、メキシコ、
インド、パキスタンなどの国々の後塵を拝している。

 昨今の金融経済不安の中で、アルゼンチンは世界的な食糧供給国だという古き
良き時代の呪縛から早く抜け出すべきだと大統領が発言したことは、為政者と国
民の考え方のギャップをよく表しているようだ。

 しかし、油糧種子の大豆は1億7,210万トンのうち2,600万トンを生産し、米
国、ブラジルに次ぐ生産国であることを考えれば、今後、穀物供給がタイトにな
ると予測される中で、日本のような穀物、油糧種子の輸入大国はアルゼンチンの
生産動向に注視しておくことも必要と思われる。

 今回は、アルゼンチンの穀物、油糧種子生産について、多少技術的な面にも触
れながら生産地域としてのパンパに焦点を当て、基本的な事柄を中心にレポート
した。特にこの10年間で穀物、油糧種子の生産が倍増した理由を紹介したい。

(注)本レポートの対象は、飼料穀物としてのトウモロコシ、ソルガム、油糧種
 子としての大豆とする。

 粗粒穀物は、トウモロコシ、ソルガム、大麦、エンバク、ライ麦、その他の雑
 穀など。


2.一般概況

(1)パンパ地域の地形、土壌、および気候

@ パンパ地域概観

 アルゼンチンの国土面積は約2億7,900万ha(マルビナス諸島を含み南極の一
部は除く)で日本の7.3倍である。

 国家統計局(INDEC)は、おおむね0.05ha(500平方m)以上の農地面積を有す
る農畜産業の生産組織を、この国の統計上の生産組織単位としてEAP(Explota
cion Agropecuaria)と称している。1988年の統計(現時点での最新データ)
ではアルゼンチン国内のEAPは約42万、このうち境界を有する約38万のEAPが利
用する総土地面積が1億7,744万haで、この面積が農業生産可能面積とされる。
このうち耕作面積は3,077万haで、農業生産可能面積の17%に当たっている。

 アルゼンチンの農畜産業の要であるパンパは"平らな景観"を意味するインディ
オの言葉で、実際、所々低い丘が散見される程度のなだらかな平地である。
一般に、ブエノスアイレス州全域、エントレリオス、サンタフェ、コルドバの各
州の南部、ラパンパ州北部をパンパ地域(注)と称し、面積は約5,500万ha(日
本の約1.5倍)である(図1)。

◇図1:アルゼンチン国土とパンパ地域◇

 資料:農林水産食糧庁

 このパンパ地域の中でも、ブエノスアイレス州北部、サンタフェ州南部、コル
ドバ州東南部は、年間降水量800〜1,000mmと適湿で、湿潤パンパ地域(パンパ・
ウメダ(注))、または、なだらかな起伏が連なるので(平たん)波状パンパ
(パンパ・オンデュラーダ(注))と称し、粘性が高い欠点はあるが有機物に富
み、地力が高くパンパの穀倉地帯を形成している。まさにアルゼンチンのコーン
ベルト地帯と呼ぶにふさわしい地域である。

(注)この地域を湿潤パンパ地域という場合もある。
ウメダは湿った、オンデュラーダは起伏のあるのスペイン語

 INDECの統計では、ブエノスアイレス、エントレリオス、サンタフェ、コルド
バ、ラパンパの5州全域をパンパ地域と称し、総面積は約8,300万haとしている。
そのうち約7,070万haが農業生産可能面積である。INDECの統計(2000年)では、
パンパ地域の耕作面積は穀物973万ha、油糧種子1,202万ha、牧草を含む1年生
飼料作物553万ha、多年生飼料作物(主に牧草)872万haとされ、穀物と油糧種
子の作付面積の合計は2,175万haで、5州全域の農業生産可能面積の約31%に相
当する。 

 パンパ地域では、トウモロコシは全国生産の85%、大豆は93%、小麦は99%、
その他ソルガム、ひまわりなどが、また、牧畜では全国の肉牛の80%が生産され
る。このようにパンパ地域は、果樹、野菜、綿花、さとうきび、マテ茶などを除
いて主要作物のほとんどすべてを生産する、穀物生産と牧畜の一大生産地である。

 既出の図1は、パンパ地域を地形や気候などから9つの農業区分に分けており、
表1にそのうち7地区について主な作目を示したので参考にされたい。

表1 パンパ地域の農業区分

 資料:農林水産食糧庁

A 土壌

 パンパを肥よくにしているのは土壌の性質にほかならない。パンパは一般に均
一な土地であるが、構成粒子が大きい順に、"砂"、"細土"、"粘土"の3つの組成
から成っているレス(黄土ともいわれる風成層)は、西から東へと細かくなる。
アンデス山脈の表土が長い年月をかけて風化し、優先母材のレスが西風に流され
今のパンパ地域にたい積されたとされている。アンデス山脈の近くには大きく重
い砂が、現在のパンパ地域には細土と粘土が、さらに東のエントレリオス州あた
りには軽く微細な粘土がたい積した(表2)。なお、参考までに図2にパンパ地
域の土地生産力の分級図を載せた。生産力指数が高いほど土地の生産力が優れて
いることを示している。

表2 パンパの土壌

 資料:飼料穀物部門現地調査報告書(1999年3月、畜産技術協会)より作成

◇図2:アルゼンチンパンパの土地生産力分級図◇

 資料:INTA土壌研究所

B 気候

 大西洋に発達した雨雲は東風に乗り西に進み、アルゼンチンの東側は雨が多
く、西に行くほど雨が少なくなる。年間降水量800mm以上の地帯がブエノスアイ
レス州の東半分とサンタフェ、エントレリオスの2州をほぼ覆い、この地帯のパ
ンパ地域は湿潤パンパと呼ばれている。逆に太平洋で発達した雨雲はアンデス山
脈に遮断されるのでパンパ地域にはさほど影響しない。

 年間降水量800mm以上の境界線の位置は10〜20年毎の雨量のサイクルによって
東西に移動する。現在はこの境界が西に約100km移動し、雨量の多い地域が増え
ているサイクルに当たり、この気象条件が近年のアルゼンチンに豊作と洪水をも
たらしているといわれている。


(2)穀物生産の推移と農業と牧畜の競合関係−特に1970年以降

 パンパ地域は1900年代に比較的高い農業技術を有した欧州からの移住者によっ
て農業開発が進み、小麦とトウモロコシの栽培が広がったが、このことはその後
のパンパ地域の農業発展に大きな意味を持った。

 70年代まではパンパ地域を広範囲に利用するために、穀物生産と牧畜を組み合
わせた輪作体系が定着し、有機物としてのたい肥もよく利用された。その頃の輪
作のパターンとしては以下のようなものであった。

<パターン1>

 夏(10〜翌3月)にトウモロコシを作付け、冬(4〜9月)に牧草生産のサイ
クルを数年間継続したあと休耕し、地力回復のために数年間牧畜を行う。

<パターン2>

 夏の間休耕し、冬に小麦を作付ける(5〜6月〜12〜翌1月)。翌年もしくは
翌々年に通年放牧を行う。

 1972年頃にメキシコから小麦と大豆の新品種が導入されてからアルゼンチンの
農業は転換期を迎え、牧畜との関係が変化してくる。小麦は72年以降、大豆は80
年代にかけて増産したが、大豆が高価格で取引されるようになると、大豆の作付
面積は増加し、農業と牧畜の競合が始まった。また、導入された小麦の新品種は
生産サイクルが短く、小麦の収穫後地に大豆を作付けるいわゆる二毛作が地域に
よっては可能になり、夏は大豆、冬は小麦を作付ける、1年2作の輪作体系が70
年代後半から80年代にかけて徐々に広まり、従来の大豆−牧畜の輪作体系が徐々
に小麦−大豆の二毛作に取って代わられた。要するに牧畜は、大豆の高収益性と
そのための作付面積の増加に敗北せざるを得なかったのである。

 83年にそれまでの軍事政権からアルフォンシン大統領の民政に移行すると、近
代型農業の導入が始まり、北米をモデルとしたトウモロコシやソルガムのハイブ
リッド品種の導入、化学肥料や農薬の投入、高性能の農業機械の輸入などが進み、
近代農業の土台が築かれた。こうして80年代は穀物の単収が増え、しかも雨量の
多い時期に当たっていたことで豊作が続き、ますます農地が広がり、しかもいっ
たん農地になった土地は容易に牧草地や放牧地には戻らなかった。

 経済混乱の中、ハイパーインフレで幕を閉じたアルフォンシン政権の後を継い
だメネム政権は、91年に兌換法を成立させ1ペソ=1米ドルの固定相場制を採用
することでインフレは収束した。また自由開放政策の下、穀物や油糧種子の国内
輸出業者に課せられた高率の税金である輸出税の大部分が廃止され、対外関税も
引き下げられた。これらのことは農業の低生産性を顕在化させたが、逆にコスト
パフォーマンスを考えれば農業収益を上げることが可能なことが生産者に示され
たともいえる。90年代はまた、官民の銀行の農業融資や農業資材関連企業の農業
資材の販売がさらに活発になり、対外関税も下げられたことも手伝って、近代的
な農業機械の輸入が一層促進された。こうして生産の集約化が進み、農家戸数と
パンパ中心地域の平均耕作面積は、91年の39万戸、150haから95年は26万戸、32
0haとなり規模拡大が進んだ。こうして90年代の約10年間で穀物生産は倍増とい
う飛躍的な伸びを示した。


3.穀物、油糧種子生産の概要

(1)穀物、油糧種子生産について

 南北に長いアルゼンチンの農業年度は、おおむねある作物の収穫が始まり、次
の収穫が始まる前までの期間を穀物市場年度と称し、実際の作物の生産サイクル
に対応させている。表3は主な穀物と油糧種子の生産サイクルを穀物市場年度に
対応させたものである。

表3 アルゼンチンの穀物、油糧種子の生産サイクル

 資料:取材関係者からの聞き取りを基に作成
 穀物市場年度は⇔で示した。
 基本となる作付時期を、□で表し、□はこの時期に延びる可能性を示した。
 基本となる収穫時期を、□で表し、□はこの時期に早く収穫されたり、
 収穫が延びる可能性を示した。
 トウモロコシの2月の収穫物は水分が多い。
 小麦の10、11月の収穫は、北部のサンチャゴデルエステーロやトクマン州
 での収穫である。
 大豆の作付けで、下段は1年1作の作付けで、上段は小麦−大豆の二毛作のそ
 れである。GMOは1年1作、二毛作のいずれも作付けされる。

 一般的な統計などで、例えば2000/01(もしくは01)とあれば、作付けが20
00年で、収穫が2001年で、要するに2001年作のことを表している。

@ 生産地域と作付面積

 図3〜6は、トウモロコシ、ソルガム、小麦、大豆の主要な生産地域などをわ
かりやすく図示したものである。パンパ地域の中でも、ブエノスアイレス州北部、
サンタフェ州南部、コルドバ州東南部のなだらかな起伏が連なる波状パンパがパ
ンパ地域の穀倉地帯を形成し、アルゼンチンのコーンベルトと呼ばれることがう
なずける。

◇図3:トウモロコシの主要な生産地域◇

 資料:USDA

◇図4:ソルガムの主要な生産地域◇

 資料:USDA

◇図5:小麦の主要な生産地域◇

 資料:USDA

◇図6:大豆の主要な生産地域◇

 資料:USDA

 表4は89/90年度から2000/01年度までの、12年間の主な穀物、油糧種子の作
付面積の推移である。12年前と比較すると全体で1,627万haから2,306万haと42%
増加し、特にトウモロコシと大豆はこの12年間で、それぞれ61%(207→333万ha)、
107%(510→1,054万ha)と増加し、とりわけ近年は大豆の作付面積の増加が著
しい。これは生産者が収益性を比較し、トウモロコシから大豆へ作付けがシフト
した結果と考えられる。

表4 穀物及び油糧種子の作付面積の推移

 資料:農林水産食糧庁
  注:89/90は穀物市場年度を表す。2000/01は推定値

A 生産量

 表5に主な穀物、油糧種子の単収の推移、表6にそれらの生産量を、USDAの
2001/02年度の見込みも入れてその推移を示した。

表5 全国平均の単収の推移

 資料:コンサルタント情報に基づき作成

表6 穀物および油糧種子生産の推移

 資料:米国農務省(USDA)生産高予測、農牧水産食糧庁
  注:99/2000年度の大豆ミールは9月までの値
    大豆ミールを除く2000/01は農牧水産食糧庁の推定値
    2000/01の大豆ミールと01/02はUSDAの見込み

 表5を見ると、この11年間でトウモロコシとソルガムの単収は著しく増加して
いるが(それぞれ69%、58%増)、これらに比べ大豆はそれほどでないことがわ
かる。これは育種改良技術の進展により、トウモロコシとソルガムは、米国を中
心とする海外からハイブリッド品種が導入されたことが大きい。大豆は後で述べ
るようにRRタイプ(除草剤グリフォサット耐性)を中心とした遺伝子組み換え品
種(以下GM品種)の作付け増加により将来的に単収が増加する余地はある。

 表6を見ると、この12年間で主な穀物、油糧種子の生産量は倍増しており、こ
の間の社会経済的、技術的変化が大きかったことを物語っている。特に主要な輸
出農産物である、トウモロコシの生産量は3倍、小麦は1.5倍、大豆は2.5倍と著
しく増加し、外貨獲得に大きく貢献したことがうかがえる。

 トウモロコシは作付面積と単収がともに増加し、大豆は作付面積の増加が生産
量の伸びに寄与している。特に大豆に関しては、従来の小麦−大豆の二毛作(1
年2作)が95年頃からさらに進展し、しかもこの作付体系をさらに広める技術と
して、不耕起直播技術とRRタイプのGM品種とが対になって導入されたことが、大
豆の作付けと生産の増大に大きく影響している。

アルゼンチンの穀物、油糧種子生産がこの10年間で倍増した主な要因

・91年の兌換法の制定でインフレが収束し国家経済が安定したことで、生産者は
 利潤を念頭に比較的安定した農業経営を行い、中長期の生産計画を立てられる
 ようになった。

・穀物と油糧種子の輸出業者などが納める高率の輸出税が、90年代に一部を除き
 すべて廃止された。

・安定した農業経営を前提に、従来の国・州立銀行や民間銀行による農業融資の
 種類や融資額が増え、中小の生産者が利用しやすい形の融資になった。

・農業関連資材企業の農業資材の販売が活発になり、自由開放政策の下で域外関
 税が下がり、最新の農業機械の導入が容易になった。また農薬や化学肥料の投
 入も増えた。

・95年以降、南米南部共同市場(メルコスル)の関税同盟が発足し、域内貿易が
 促進された。特にブラジルとの貿易が大きな意味を持った。

 飼料穀物の太宗を占めるトウモロコシの品種に言及すると、アルゼンチンで生
産されるトウモロコシの十数パーセントがBtタイプ(病害虫耐性)のGM品種と業
界では推計されており、これにはデント種やセミデント種が多いといわれる。非
GM品種のうちの多くはデント種やセミデント種のハイブリッドコーンで、残りが
欧州向けの特定用途(コーンフレークなど)のために海外の輸入業者と契約栽培
されるフリント種である。フリント種はコーンスターチとカロチン含量の多い、
硬く赤い実の品種(硬実種)であり、単収はハイブリッドコーンに比較し半分位
といわれている。フリント種は年間約200万トン生産されている。


(2)穀物、油糧種子の利用と輸送

 国内で生産される穀物の2/3は輸出される。例えば2000/01年度の推定値で、
すべての穀物、油糧種子生産量が約6,700万トンで、そのうち約4,700万トンが
輸出され、残り1,900万トンのうち、約1千万トンが食品用や家畜飼料として国
内消費に向けられ、約900万トンが生産者などの自家消費用となる。

 種類別にみるとトウモロコシは約1,500万トンの生産のうち、食品、キャラメ
ルなどの菓子類の砂糖原料として約100万トン、家畜飼料として250〜300万トン、
生産者の自家消費として100万トンの合計450万トンほどが国内に仕向けられ、残
りはすべて輸出される。

 ソルガムは約300万トンの生産のうち、50〜100万トンが輸出され、残りは家畜
飼料として国内で利用される。

 小麦は1,600万トンの生産のうち、パンや麺類(スパゲティーなど)の原料と
して小麦粉に加工され国内で消費されるほかは、大半が輸出に仕向けられる。

 大豆は2,600万トンの生産のうち、約700万トンが豆として輸出される。残りは
国内の搾油産業に向けられ、大豆油約320万トン、大豆ミール約1,480万トンが生
産され、これらの大部分は輸出される。輸出用ミールの生産割合が高いのが特徴
である。

 ひまわりは約320万トンの生産のうち、ほとんどすべて国内の搾油産業に向け
られ、ひまわり油約130万トン、ひまわりミール約125万トンが生産される。ミー
ルの大部分は輸出されるが、ひまわり油の半分は食用油として国内に仕向けられ
る。

 アルゼンチンは、大豆やひまわりから生産された食用油やミールの世界第1位
の輸出国である。

 生産された穀物は、@生産地に近い、生産者または農協所有のカントリーエレ
ベーターにいったんストックされる。A穀物、搾油業者がこの時点での現物を購
入し、生産地から船積み港まで輸送する。

 穀物の船積み港までの片道陸送距離は平均250kmといわれ7,8割がトラック輸送
であとは鉄道輸送である。米国などに比べ、鉄道インフラが整備されていないこ
の国ではコストの高いトラック輸送に頼らざるを得ないのが現状である。

 半径約300kmのパンパの中心点に当たる、パラナ川に面したサンタフェ州ロサ
リオ市周辺が穀物、油糧種子の一大積出し港である。「母をたずねて三千里」の
マルコ少年がイタリアからアルゼンチンにたどり着いたのが、このロサリオ港だ
ったのをご存知の方もおられるかもしれない。

 サンタフェとエントレリオス州の州境をとうとうと流れるパラナ川を、サンタ
フェ州サンロレンソとサンマルティンの2市周辺地域からロサリオ市周辺まで南
下したパラナ川西岸(サンタフェ州側)には、大手の穀物、搾油業者が所有する、
桟橋、穀物などの保管倉庫および港湾エレベーターなどの穀物船積み施設(Ber
ths)がベルト状に集中している。その他の船積み港としてはブエノスアイレス
州南部の大西洋に面したネコチェアとバイアブランカが主に小麦やひまわりの船
積み港として知られている。両港はロサリオから来る6万トンのパナマックス級
大型輸送船の追い積み港としても機能している。

 各港の穀物、油糧種子の輸出の取り扱い割合とそれぞれの特徴は以下のとおり
である。

ロサリオ市周辺の港:65%、トウモロコシ、大豆が主体で、小麦やひまわりも積
          み出す。
バイアブランカ港 :15%、小麦の積み出しが多い。
ネコチェア港   :5%、ひまわり、小麦の積み出しが主体。

 なお、ブエノスアイレス港は水深が浅いため、大型輸送船による穀物などの積
み出しには向いていない。
【パラナ川に面する巨大な船積み施設】

(3)穀物、油糧種子の国内価格形成と政府の政策
  
 ひまわりを除き、アルゼンチンが世界に占める穀物、油糧種子の生産量は、国
際価格に影響を及ぼすには小さく、むしろ国際価格が国内価格を大きく左右する。

 信頼性と透明性のある穀物、油糧種子の取引の場として、ブエノスアイレス市
とロサリオ市など、穀物の主要な船積み港を有する都市には穀物取引所があり、
トウモロコシ、小麦、大豆、ひまわりについて、現物在庫のある取引き(Cash 
Market)と先物取引(Futures and Options Market)が行われている。

 例えばブエノスアイレス穀物取引所では、売り手と買い手の仲介役として、同
取引所の株を購入し会員となった200社あまりの会社が派遣するブローカーが、
シカゴ市場の値動き、生産地の気候や陸海の輸送事情、他のブローカーの既取引
量などをにらみながら、週日穀物の売買取引を行っている。

 各穀物取引所での取引結果として、毎日各船積み港渡しの価格が決まり、月ご
とにこれらを平均した値がその月の国内価格とされる。FOB価格はこの国内価格
に本船への荷積みのコストなどをオンした値として決まってくる。ただし、各穀
物取引所は価格形成には関与せず、あくまで穀物などの取引の場である。

国内価格に影響を及ぼす主な要因

・シカゴの現物、先物市場を中心に動く海外の穀物価格の動向。
・どの時期にどれくらいの量を手当できるかに関係する国内産地の生産予測。
・生産量に大きく影響する気象、気候条件と農業資材の投入動向。
・実際の輸送量に関係するトラックや船舶の運輸事情

 囲み中の要因の内の3番めまではいわば不確定要因だが、4番目はアルゼンチ
ンの農業関係者の悩みであるカントリーエレベーターの不足と関係する。同国は
農業融資の金利も高く(年利10%以上)容易にカントリーエレベータを建設でき
ない現状にある。大量に穀物を生産しても在庫できないと、市況をにらんだ戦略
的な出荷はできない。例えば、ある時期に出荷が集中すると、倉敷料や輸送費が
上がる。250kmのトラック輸送費は通常トン12ドル(1,440円:1ドル=120円)
であるが、出荷が集中すると17ドル(2,040円)に上昇するといわれる。エレベ
ーターを所有している生産者は、すでにある在庫量を考えストックできるが、そ
うでない生産者はコスト高でも出荷せざるを得ない。
【ブエノスアイレス穀物取引所での
取引の一コマ】
 最近の穀物価格は、長い価格の低迷期からようやく回復傾向になってきたとこ
ろである。参考までに、農牧水産食糧庁の今年7月の船積み港(ロサリオ)渡し
の国内価格は、トン当たりトウモロコシ86ドル(1万320円)、大豆179ドル(2
万1,480円)、小麦117ドル(1万4,040円)、ひまわり179ドル(2万1,480円)で
ある。

 自由主義経済を標榜するアルゼンチン政府は、穀物価格をコントロールするよ
うな市場介入などは行っておらず、自由経済の市場に任せている。穀物生産に関
する各種の情報提供のほか、政策らしいものとしては、リーンボルサ(またはレ
インテグロ)といわれる数パーセントの付加価値税(IVA)の払い戻し制度など
税制面での優遇政策がある。

 最近は国の金融経済不安から、外貨獲得の手段としての農業生産が再度見直さ
れ、農業に競争力をつける計画の一環として、米ドルとユーロの平均値に自国通
貨のペソを連動させる通貨バスケット制を導入し、輸出業者に限り前倒しで実施
させることを決めたり、農業者に対する推定最小所得税や農業融資の利子に課せ
られる租税の廃止などを決めている。


4.穀物需給

(1)世界貿易

@世界の貿易に占めるアルゼンチンの位置

 アルゼンチンは、世界のトウモロコシ生産の2〜3%を占めるにすぎないが、
貿易量では世界の1〜2割を占め、米国および中国に次ぐ世界第3位のトウモロ
コシ輸出国の地位にある。99/00年度の輸出量とそのシェアを見ると、米国、
中国に次いで890万トン(12.1%)となっており、90/91年度に比べてシェアは
6.2ポイント上昇している。

 ソルガムは、99/00年度の輸出量は、米国、豪州に次いで70万トン(8.4%)
となっているが、90/91年度に比べてシェアは7.6ポイント下がっている。この
年度は、豪州のシェアが増加している。

 大豆は、米国、ブラジルに次いで410万トン(8.7%)となっており、大豆ミー
ルは、世界の貿易量の約3割を占め、世界第1位の輸出国の地位にある(表7)。

表7 主要輸出国の穀物、油糧種子などの輸出量とシェア
(トウモロコシ)

(ソルガム)

(大豆)

(大豆ミール)

 資料:FAOおよびUSDAのデータを基にしたコンサルタント情報
  注:2000/01年度は、2001年3月8日時点での推定値

A世界貿易における主要輸入国

 99/00年度の主要輸入国の穀物、油糧種子の輸入量とそのシェアは、トウモ
ロコシでは、日本が1,610万トン(22.0%)と輸入量が最も多いが、90/91年度
に比べ、シェアは3.3ポイント減少している。一方、韓国は870万トン(11.9%)
と、3.6ポイント上昇している。また、メキシコが490万トン(6.7%)と、4.5
ポイント上昇している。

 ソルガムの輸入では、メキシコと日本が、約800万トンの貿易量の9割近く
を占めており、近年、特にメキシコの輸入の増加が顕著である。

 大豆では、中国が貿易量の約2割、大豆ミールでは、EUが貿易量の約4割近く
を占めている(表8)。

表8 主要輸入国の穀物、油糧種子などの輸入量とそのシェア
(トウモロコシ)

(ソルガム)

(大豆)

(大豆ミール)

 資料:FAOおよびUSDAのデータを基にしたコンサルタント情報
  注:2000/01年度は、2001年3月8日時点での推定値


(2)アルゼンチンの穀物、油糧種子需給動向

@国内需給

 アルゼンチン農牧水産食糧庁によると、2000/01年度のトウモロコシ生
産量は、輸出向け生産量の増大などに伴い、90/91年度に比べて1.9倍の1,490
万トンと見込まれる。一方、同年度の国内消費量は、家畜への飼料需要の高まり
などから90/91年度に比べて34%増の515万トンと見込まれる。

 2000/01年度のソルガム生産量は、90/91年度に比べて17%増の264万トンと
見込まれる。一方、同年度の輸出量は、90/91年度に比べて60%減の50万トン
と見込まれるが、国内消費量は約2倍の213万トンと見込まれている。

 2000/01年度の大豆生産量は、90/91年度に比べ約2倍の2,200万トンと見込
まれる。一方、同年度の輸出量は、440万トンと90/91年度に比べほとんど変わ
らないが、国内消費量は2.5倍の1,830万トンと見込まれている(表9)。

表9 アルゼンチンにおける穀物、油糧種子の需給
(トウモロコシ)

(ソルガム)

(大豆)

 資料:農牧水産食糧庁
  注:99/00年度と2000/01年度は推定値

注)上記はコンサルタント情報をもとにした記述のため、数値などは表6と異な
  る。

A穀物、油糧種子の輸出動向

 アルゼンチン農牧水産食糧庁によると、2000年(1〜12月)の主要穀物輸出量
は、トウモロコシが1,080万トン、ソルガムが76万トン、大豆が414万トンとなっ
ている。

 輸出相手国のシェアを見ると、トウモロコシはブラジル向けが146万トン(13
.5%)、スペイン向けが139万トン(12.8%)、エジプト向けが112万トン(10.
4%)などである。

 なお、ブラジルは、世界のトウモロコシ生産の約5〜6%を占めるが、養鶏お
よび養豚産業の発展に伴う需要の拡大などにより、近年はトウモロコシの純輸入
国となっており、アルゼンチンなどからの輸入に依存している。しかし、ブラジ
ルでは、2001年のトウモロコシの生産量が前年比約30%増の約4,101万トンと記
録的な増産が見込まれ、自国通貨レアルが安値で推移していることなどから、20
01年の輸入量は激減すると予想されている。

 ソルガムはブラジル向けが38万トン(50.0%)、日本向けが26万トン(34.2
%)、大豆は中国向けが264万トン(63.8%)、タイ向けが41万トン(9.9%)
などである。

B穀物、油糧種子の価格動向

 アルゼンチン農牧水産食糧庁によると、近年における主要穀物の生産者販売価
格の推移は、95年から97年頃に高値で推移した後、低迷している。
 2000年(1〜12月)における主要穀物の生産者販売価格(トン当たり)は、95
年に比べ、トウモロコシが29%安の81.67ドル(1万1,000円)、ソルガムが15.4
%安の65.67ドル(7,880円)、大豆が16.9%安の180.17ドル(2万1,620円)と
なった(表10)。

表10 主要穀物の生産者販売価格

 資料:農牧水産食糧庁


5.遺伝子組み換え作物(GMO)生産について

 ケアンズグループの一員であるアルゼンチンは科学的に根拠のないGMO規制
に反対の立場を取り、バイテク技術を導入した低コスト生産で農産物の市場競争
力をつけるというスタンスである。 

 同国では88年以降、外資系企業や国内研究機関がGMO導入に関心を示し、91年
にGMOの許認可権限を持つ農牧庁への、安全性評価などの技術的助言機関として、
農業バイオセイフティーに関する国家諮問委員会(CONABIA、以下コナビア)が
農牧庁内に設けられた。コナビアは官民で組織され、各種の技術委員会で構成さ
れている。

 コナビアは民間企業や国内研究機関から農牧庁に申請されるGMOに対し、農業
環境、農畜産物、公衆衛生の面から環境への影響や安全性評価を行う。さらに同
庁食糧市場部による市場調査結果を含め、コナビアが農牧庁長官に技術的な助言
をし、同長官が申請されたGMO商業化の許認可を決める。

 書類審査に始まり、環境への影響や安全性評価にかかる試験栽培から収穫、生
産物処理まで、コナビアは試験全体を管理するが、実際に試験をモニタリングし、
家畜飼料や食料としての安全性を評価するのは農畜産品衛生事業団(SENASA)で、
国立種子研究所(INASE)が商業化されたGMOを登録する。

 91年から2000年までの、実験室や温室および一般ほ場などでの試験許可を求め
る申請件数は433件で、うちトウモロコシが約50%を占めた。現在農牧庁が商業
化を許可しているGMOは、大豆(RRタイプ)1品目、トウモロコシ(Bt、RRタイ
プ)3品目、綿花(Bt、RRタイプ)2品目の計6品目のみで、綿花以外は全てEU
が輸入している。

 民間データによると、2000年の世界のGMO推定作付面積は4,400万haであり、
1千万haに達する勢いのアルゼンチンは米国に次ぐGMO先進国である。

 同国のGMOの作付比率(99/00年度)は、トウモロコシ作付面積約370万haのう
ちの約5%(コナビアからの聞き取り)、大豆は880万haのうちの80%以上で作付
けられており、大豆のGMO比率が際立っている。


6.草地利用の概要

(1)アルゼンチンの草地について

 90年代から徐々にフィードロット肥育がはじまり、現在出荷される肥育牛
の約1割がフィードロット由来といわれているが、アルゼンチンの牧畜といえ
ばやはり放牧肥育がこの国の基本的な肥育のありかたである。

 この国の約9千万haの放牧地うち、約7,800万haが自然草地で、約1,200万
haが人工草地といわれている。人工草地の95%はパンパ地域に集中していると
考えられ、この国の耕作面積の約40%を占める。パンパ地域の肉牛を約4千万
頭とすると、単純計算して人工草地1ha当たりの利用頭数は3.3頭になる。図
7、8に国内の人工草地と自然草地の牧養力を示した。

◇図7:アルゼンチンの人工草地の牧養力◇

 資料:INTAペルガミーノ試験場

◇図8:アルゼンチンの自然草地の牧養力◇

 資料:INTAペルガミーノ試験場

 以下は国立農牧技術院(INTA)ペルガミーノ試験場で聞き取った放牧地の利
用形態である。
         自然草地7,800万ha         
           主にパストミエルや1年生のライグラス類が野生化したも
           のなど
   放牧地9千万ha       
	
         人工草地1,200万ha
           アルファルファもしくはそれとの混播草地500
           〜550万ha
            30%がアルファルファ単種の草地
              酪農地帯に多い。乳牛は他の粗飼料と組み
              合わせて給餌するので、栄養障害は起こら
              ない
            70%がアルファルファとイネ科牧草との混播草地
              肉牛肥育地帯に多い。アルファルファ50%に、
              オーチャードグラス、ライグラス類、
              フェスク類、大麦類など50%との混播など
           エンバク300万ha  
              乾燥地域に多い
           アルファルファ以外のマメ科牧草とイネ科牧草の
           混播草地
           350〜400万ha
 なお、基本的な放牧の利用は以下のとおりである。

・子牛生産は完全放牧で、主にイネ科牧草を主体とする自然草地で飼育される。
 ブエノスアイレス州南東部に広範囲に広がるクエンカ・デル・サラド地域や
 エントレリオス、サンタフェ州北部など、比較的低地もしくは低湿地帯で、

・肥育生産は人工草地と自然草地が併用されるが、その割合は地域によってま
 た、季節、天候によって異なる。一般に農業との競合が激しい地域である。

・酪農は大部分が専業経営で、ほとんど全てアルファルファを主体とした人工
 草地で飼育されている。クエンカ・デル・サンコールと呼ばれるコルドバと
 サンタフェ州にまたがる地域が一大酪農地域である。

 注)クエンカは盆地を表すスペイン語

 最近の傾向として、この5年間でフィードロット肥育が広まり、出荷される
肥育牛の約1割を占めるまでになった。フィードロット肥育は穀物多給の飼育
方法で、農業経営にフイードロットを導入する、一般の農畜複合経営の場合、
農業適地またはその近くに立地することが多い。例えば取材したペルガミーノ
郡でも生産される肉牛の2割以上がこうしたフィードロットで肥育されている。
一般の去勢牛価格が安い昨今、地域の豊富な穀物資源を利用し、比較的高価格
で取引される国内向けの高級子牛肉をフィードロットで生産しなければ畜産業
として採算に合わない事情が影響しているという。


(2)牧草種について

 子牛生産地域の自然草地の草種は、セバディージャ(ハネガヤ属でプレーリー
グラス、野生の大麦と称される)、パストミエル、1年生ライグラス類、ブロー
ムグラス類、アグロピロン属(シバムギ類)、ダリスグラスなどのイネ科牧草、
ロタス属やシロクローバー、アカクローバーなどのマメ科牧草が主なものである。

 肥育地域の9割近くを占める人工草地にはオーチャードグラス、多年生ライグ
ラス類、トールフェスク、エンバク、ファラリス属、アグロピロン属(シバムギ
類)などのイネ科牧草、アルファルファ、ロタス属、スイートクローバー類など
のマメ科牧草が主なものである。

 草地の生産力は土壌と降水量で決まる。乾物換算の季節生産性は、冬は10〜25
kg/ha/dayで、スプリングフラッシュ時には70〜110kg、夏40〜70kg、秋50〜
80kgといわれ、年中途切れることなく生産されることが注目される。


(3)農牧畜のローテーションと土壌の問題

 従来から持続的な農業牧畜のローテーションは、有機物の富化による土壌の理
化学的性質の改善、生活環境の変化による病害虫の制御などに効果の高い農法と
して知られてきた。パンパ地域も70年代に入る頃まではこうした農法が中心だっ
たが、70年代後半から農業に傾き始め、80年代に小麦と大豆の二毛作が盛んにな
り、トウモロコシ、小麦、大豆の2年3作も導入され始め、さらに90年代にそれ
が一層加速し、かつ収益性の高い大豆生産に偏ってきている。

 波状パンパは世界有数の肥よく度の高い土壌だが、湿潤のための水食を受けや
すい、すなわち水受食性が非常に高い特徴を考えると、長期間の農業利用は、土
壌中の有機物と有効リンの減少、大型農業機械による圧密により土壌の雨水浸透
能が阻害され表土流亡などの土壌劣化問題を当然引き起こす。

 INTAペルガミーノ試験場は、こうした土壌の風水食は国土面積約2億8千万ha
のうちの6千万haに及ぶとし、特に管轄地域の波状パンパではかなり深刻な状態
であることを指摘している。

 同試験場は、不耕起直播技術は機械による圧密を避け、土壌の雨水浸透能を高
め、土中の有機物の量を維持増加することなどを試験的に証明しており、生産者
もコスト削減、GM品種のRR大豆との併用などにより、その有用性を認識し不耕起
直播が広がっている。アルゼンチンの穀物と油糧種子の作付面積約2,500万haの
うちすでに1千万haは不耕起直播といわれ、将来ますます広がると予測されてい
る。しかし、逆にいえば生産者サイドの土壌浸食対策は不耕起直播のみであり、
等高線栽培など、より直接的で効果の高い方法は取り入れていないと指摘されて
いる。

 パンパ地域において1戸当たり200〜500haの農場面積を有する小規模生産者は、
経営のリスク分散のため複合経営を選択し、農業牧畜のローテーションで地力回
復を図っているともいわれるが、農業と畜産を両立させるには600ha以上でない
と採算が合わず、むしろ小規模生産者ほど農業専作に傾きがちであるとの指摘も
ある。

 なお、最近の人工衛星ランドサットの画像を利用した波状パンパ地域の土地利
用の実態調査によると、農業生産が土壌劣化に及ぼす影響は明らかではなく、現
在高い生産力を保っているとしながらも、将来的には連作障害の回避、土地改良
による土地生産力の改善、農業牧畜のローテーションによる持続的な発展が遠か
らず必要となることを指摘している。
【イネ科のアグロピロン属の牧草、土地の
人はアグロピロといい、パンパ地域では一
般的な草種】

    
【イネ科のフェスク類の牧草。普通どこで
も一般的に見られる草種】

    
【マメ科の、ここではメリロタスとよばれ
るスイートクローバー】

    
【マメ科のロタス属の牧草】

7.まとめ−農業と畜産の関係

 肉牛生産と穀物、油糧種子生産は、70年代から土地で競合してきた。基本的
には平坦台地の排水がよく、地味の肥えた土地は農業に回され、農業適地であっ
ても比較的低地は肉牛肥育に、また、排水不良による湿害を受けやすい低湿地帯
は自然草地や質の悪い人工草地として子牛生産に回されてきた。

 ただし、前述の人工衛星の画像を利用した波状パンパ地域の土地利用の実態調
査によると、この15年間、放牧地(人工草地と自然草地)の分布にはほとんど変
化がなく、放牧地と農業の土地利用は固定されており、従って畜産適地が辺境に
追いやられたり、侵食されたりする姿は認められなかったとされている。恐らく
これは穀倉地帯では早い時期に畜産は農業、特に大豆生産に押され、土地利用の
分化が進み、この十数年間は安定した農業と畜産の経営が営まれていたからだと
考えられる。農地は常に農地として変わらず、70年代以前のような畜産と農業の
ローテーションが見られなくなったのは最近のことではないようである。ただし、
上記のことはパンパ地域全体にあてはまることではなく、この10年間の穀物と油
糧種子の作付面積の伸びから、今でも農業が畜産地域を侵食しもしくは条件の悪
い地域に追いやり、土地の分化が進んでいる地域の存在がうかがえる。

 ペルガミーノ郡の大半の複合経営がそうであるように、取材農場も農地と放牧
地のローテーションは行っておらず、後述するエンバク畑への未経産牛の放牧は、
単に土地の有効活用が目的であって、地力の回復などを目的とした農業と畜産の
ローテーションではないということだった。

 農地は簡単に放牧地に転換できないこと、穀物価格の比較的有利性などの理由
でいったん農地になった土地は以後農地として存続するのがペルガミーノ郡を含
めたパンパ穀倉地域の実体であるようだ。

 このように70年代以降から畜産が農業に追いやられ、農地は農地として永続す
る姿は個々の農場に見られ、それらの現象が集積し一つの社会現象として統計な
どに現れ、我々に認知されるのである。


8.アルゼンチン国立農牧技術院(INTA)の紹介−取材先のペルガミーノ試験場

(1)INTAの概要

 INTAは、農牧水産食糧庁の外郭組織で、1956年の設置法に基づき、58年から
農業と畜産(水産は除く)技術の研究開発、改良普及を目的とする国の研究機関
として活動してきた。

 INTAは、広大なアルゼンチンで生産される農畜産物の地域性を考慮して、中央
研究所1カ所と全国を7つの地域に分け、全国に45カ所ある地方試験場(EEA)
をその各地域に配置している。それぞれの地方試験場は地域内のサブ地域を活動
範囲とし、その中心となる試験場でもあり、その下に数カ所の改良普及所などが
ある(図9)。

◇図9:国立農牧技術院(INTA)試験場の配置図◇


 基本的には、さとうきび、タバコ、マテ茶、綿花と羊毛、森林、飼料作物と草
地、果実、野菜、蜂蜜、肉牛、穀物、酪農などの各分野に数カ所の地方試験場が
対応している。それぞれの試験場は地域性と専門性は有しているが、例えば「肉
牛試験場」、「草地試験場」という分け方はしていない。

 ブエノスアイレス市から北に車で1時間ほどのカステラール市にはINTAの中央
研究所が設けられ、農畜産業や天然資源に関する基礎研究を行うと同時に動植物
遺伝資源保存のネットワークのセンターバンクとしても機能している。

 INTAは、総勢約3,400人の大規模組織であり、約1,350人の研究者や技術者が
働いている。2001年度の予算は約1億ドル(120億円)で、それに特許料などの
独立採算収入が約1千600万ドル(19億2千万円)ある。

 INTA組織の最上位には官民代表の定員10名の本部理事会があり、研究の重点項
目を考慮した年次計画などの活動方針、予算配分などが決められる。本部理事会
の活動方針などは、地域の中心となる試験場、ブエノスアイレス州に例を取れば
ペルガミーノやバルカルセの試験場などに示され、地域ごとに予算の再配分やそ
の地域に根ざした研究テーマや従来の研究テーマの見直しなどが生産者を交えた
会合で決められる。

 その他、INTAは国内外の大学や研究機関と共同研究を行ったり、相互の技術協
力を実施している。日本の国際協力事業団(JICA)、ドイツ技術協力公社(GTZ)、
世界銀行などが実施するINTAへの海外技術協力、国際農業研究協議グループ(CG
IAR)傘下の各国際研究機関との共同研究などが知られており、例えばコルドバ
州には日本の技術協力でJICAが数年前に設置した植物防疫の研究施設(IFFIVF)
があり、トウモロコシの風土病であるリオクワルト病の防除に貢献した。


(2)INTAペルガミーノ試験場の概要

 取材先のINTAペルガミーノ試験場は、パンパの穀倉地帯であるブエノスアイレ
ス州北部44郡、約670万haをサブ地域として活動する。この試験場の下に10カ所
の農業普及所とその支所及び1カ所の森林試験場があり、約250名の職員が働い
ている。(図10)

◇図10:取材先のINTAと農場のあるベルガミーノ郡◇


 同試験場は地域の特性として、トウモロコシ、小麦、ひまわりや牧草の品種改
良、それら品種ごとの栄養成分の分析、畜産と牧草の関係に関する研究開発を主
体とした、穀物生産と牧草に関する全国でメインの試験場である。近年土壌保全
の研究開発にも力を入れ、また副次的な業務として害虫防除や中小家畜に関する
研究開発も行っている。

 また、全国9カ所(EEA)にある動植物遺伝資源保存ネットワークのサブバン
クの1つにもなっており、トウモロコシ、ひまわり、牧草種子の遺伝資源を保存
している。

 なお、肉牛生産関係ではブエノスアイレス州南部のバルカルセ試験場が有名で
あり、約60名いる畜産の専門家が国の肉牛技術開発プロジェクトを運営している。
今回は訪問できなかったが、いずれ訪れてみたい試験場である。

 INTAの実施する動植物遺伝資源の保存に言及すると、87年にカステラールのIN
TAの中央研究所に動植物遺伝資源のセンターバンクができ、9カ所のEEAがサブ
バンクに指定された。この遺伝資源保存のネットワークは、地域で栽培されてい
る44品種2,550サンプルのトウモロコシを含む国内の遺伝資源約4万6千サンプ
ルを保存している。なお、各サブバンクは地域の特産物の遺伝資源を保存してい
る。

 原産地が国内のものや外来品種でも国内に定着したものは、その産地などで種
を採取して保存する。例えばアルゼンチン北部のサルタやフフイ州で先住民が利
用しているトウモロコシの野生種、半野生種、および栽培種などを採取して保存
する。

 実際の業務は、採取した種を試験栽培し、その特性を評価し、将来の品種改良
に利用できそうな種を選別していく。また、選別された種の一定量の増殖なども
行っている。トウモロコシの例ではコルドバ州リオクワルトに発生した新種の病
気に対し、INTAはその病気に耐性のある品種を既存の野生種などを利用して作出
した例がある。

 INTAは、メルコスル地域の遺伝資源保存グループに参加し、各国協力して種子
を管理保存しているほか、メキシコの国際トウモロコシ・小麦改良センター(CI
MMYT)と共同研究を行っている。将来は遺伝資源に関する国際的な協定に参加し
国際的なフィールドで活動し、USDAのようなデータベースシステムを構築したい
が、予算上実現は難しいようである。
【INTAペルガミーノ試験場】

    
【同ペルガミーノ試験場にある
植物遺伝資源サブバンクの大きな建物】

    
【アルゼンチンの北部原産の、
先住民が利用しているトウモロコシの品種】

    
【アルゼンチン北西部原産の、ミクロスペル
マといわれる、小さなトウモロコシの品種。
先住民が首飾りに利用している】


9.穀物・油糧種子、肉牛生産者の事例紹介

 取材先のペルガミーノ試験場から車で20分足らずの、穀物と畜産の大規模複
合経営を行っているアスティ農場を見学した。この農場は3つの地区からなって
おり、イタリア資本のアスティ社がアルゼンチンに土地を購入し経営している農
業生産法人である。案内してくれたアリエル・モラさんはこの農場の若い管理者
の一人である。

 農場のあるペルガミーノ郡は約30万haで、うち農地が20万haである。80年代
に約9万haあったトウモロコシの作付けが大豆に押され3万haに減少し、かわり
に大豆の作付けが14万haに伸びた。将来この傾向はさらに進むと予想されている。

 昔は80haほどの農地があれば採算が取れていたが今では250ha以上でないと採
算が取れないという。同郡の平均規模は約150〜200haで最近は借地経営が多い。
また、農業が畜産を生産性の低い土地に追いやった結果、16万頭いた肉牛がこの
5、6年で11万頭に減った。現在、放牧肥育は収益性が悪いため、家族経営規模
のフィードロット肥育が広がりつつある。

 3地区を合わせたアスティ農場の生産規模は1,160haで、600haは農地として
トウモロコシ、小麦、大豆を生産し、550haは肉牛子牛の放牧地として利用して
いる。基本的に有機質や粘土質が多く生産性の高い平たん台地に農地を、塩分が
強く、アルカリ土壌の低地を放牧地として利用している。その他、約25アールの
小さなフィードロットがあり200〜250頭の肉牛を肥育している。


(1)穀物生産

 ペルガミーノ郡のこの5、6年の穀物生産は、「1年目にトウモロコシ、2年
目に大豆」の理想的な生産サイクルから、小麦と大豆の二毛作(1年2作)、さ
らには小麦、大豆、トウモロコシの2年3作も増えてきており、土壌の劣化が目
立ってきている。モラ氏は小麦の後地に大豆を作付けする二毛作と大豆などの不
耕起直播は低コストでしかも土壌劣化の防止や地力維持に良いと考えており、作
付面積の95%が不耕起直播である。地力維持には適宜施肥を行っている。

 農場で利用しているトウモロコシの品種はセミデント種のハイブリッドであり
大豆は除草剤耐性のGMOであるRR品種を使っている。大豆のRR品種の導入は99年
が作付面積の10%だったものが2001年にはすべてRR品種になり、近年大豆の作付
けを大きく伸ばしている。なお、アスティ農場の2000年の穀物、油糧種子の生産
は、トウモロコシ240トン、小麦450トン、大豆1,300トンなどである。
【アルファルファとイネ科の優良な混播
牧草地】

    
【不耕起法で条播きされた混播牧草地。
イネ科が主体の草地である】

    
【右が管理者のモラさん、左が我々に対
応してくれた試験場のオストヒクさん】
取材先農場の穀物の生産サイクル

1年目:小麦→大豆(小麦と大豆の二毛作)
2年目:エンバク(冬作)→大豆(11月頃作付け)
   (エンバク畑の2、3割に未経産牛を放牧させる。
    その他のエンバクは実取り用として販売用種子を採取したり、
    飼料用にロールベールにしたりする。)
3年目:トウモロコシ
4年目:エンバク(冬作)→大豆(11月頃作付け)
5年目:1年目に戻り、同じサイクルを繰り返す


(2)畜産

 経産牛(繁殖雌牛)370頭、未経産牛350頭、小規模のフィードロット肥
育牛200〜250頭およびと畜される廃用牛など160頭、計約1,100頭の肉牛を飼育
している。

 毎年12月から翌年の1,2月にかけて種付けしている。出産率は現在82%だが将

来目標の93%を達成し、来年2002年は700頭の子牛を生産する予定という。

 自然草地で母牛と一緒に哺育させた約160kg(6カ月齢)の子牛を離乳子牛と
して小規模なフィードロット(約25アール)で3〜4カ月肥育し(DGは800〜1,
100g)、280kg前後でペルガミーノ郡の地方市場に出荷している。

 フィードロットで肥育される子牛はすべてこの農場で生まれており、雄雌半々
の割合で常時約200〜250頭が肥育される。現在、平均生体価格キロ当たり約93セ
ント(112円)で取引されている。リニエルス市場のほうが高価格で取引される
が輸送費を考慮するとむしろ地方市場のほうが引き合うという。肥育用の飼料と
して、アグバックサイロ(ソーセージ型のビニールサイロ)で生産したソルガム
のホールクロップサイレージを主体に、トウモロコシとエンバクの穀実、大豆か
す、ビタミンと尿素などを混合したものを与えている。

 草地については、550haの放牧地のうち200haが人工草地で残りが自然草地であ
るが、2年後にはすべて人工草地にして年間1千頭の子牛を生産する計画という。

 地味の良い平たん台地にフェスク類を中心としたイネ科牧草と、アルファルフ
ァ、ロタス属、クローバー類のマメ科牧草との混播草地を造成し、塩分の多い低
地にはアグロピロン属を主体にしたイネ科牧草と、ロタス属、スイートクローバ
ー類のマメ科牧草の混播草地を造成している。こうした人工草地では輪間放牧ま
たは電気牧柵によるスプリット式放牧を行い、効率的な牧草の利用に努めている。

 自然草地は冬場なので枯れているように見えた。イネ科のSporoblus、ブタノ
ケグサとよばれる牧草やクローバー類などの雑然とした植生が見られた。

 子牛が生まれ、母牛に哺育の負担がかかり、かつ飼養頭数が増える時期を春先
のスプリング・フラッシュの時期に当て、牧草の生産力が弱くなった時期に子牛
をフィードロットに入れ、負担の軽くなった母牛を放牧地に放す工夫をしている。
これはサイレージや穀実などの給与をできるだけ少なくし、放牧地を最大限に利
用する考えからである。

 冬場にエンバク畑の3割くらいに未経産牛を放牧させ、春先に牛を出す。放牧
利用以外のエンバク畑で生産された実のついたエンバクや余剰のアルファルファ
やフェスク類の牧草はロールベールにして冬場の乾草として利用する。乾燥ロー
ルベールは妊娠牛(約440kg)に給与している。


10.おわりに

 「畜産の情報」2000年1月号においてアルゼンチンの肉牛生産についてレ
ポートしたが、今回の穀物生産と併せて見ていただければ、この国の農業にパン
パがいかに貢献しているかが理解されると思う。このレポートのはじめの大統領
の発言とは裏腹に、金融経済不安が高まるほど、この国の農畜産業の重要性はク
ローズアップする。

 そして、何はなくとも食料、である。日本国内の農畜産業の振興が一番重要な
ことである。しかし、先進工業国として豊かさにおごる私たち日本人の食卓はこ
のままで維持できるのだろうか。現実問題として現在の食料輸出国が将来とも同
じ時期に同じ量を日本に供給してくれるとは限らない。あるものはいつかなくな
るのが真理かもしれない。

 南米には多くの日本人が移り住んできた。中でもパンパを有する偉大な農業国
であるアルゼンチンは牛肉、穀物、油糧種子の純輸出国でもある。月並みな言葉
だが食料という一点においても、日本はアルゼンチンと将来的に関係を深めてい
って損にはならないと思われる。

 なお、最後になりましたがこのレポートを書くにあたり、平成10年度国際防疫
及び畜産技術協力推進事業の「飼料穀物部門現地調査報告書−アルゼンチン−」
(平成11年3月、畜産技術協会)を参考にさせていただきましたので、この場を
借りてお礼申し上げます。

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