海外駐在員レポート
ブラッセル駐在員事務所 島森 宏夫、山田 理
牛海綿状脳症(BSE:Bovine spongiform encephalopathy)は1986年にイギ リスで発見された牛の疾病である。主に30ヵ月齢を超える牛で発症し、行動異常、 運動失調などの神経症状を呈する。感染牛は発症後、2週間から6ヵ月の経過で 症状が悪化し死に至る。病牛の脳が海綿状に変性することから、この名称が付け られた。 96年に、BSEが牛肉摂取を通じ人にも感染する可能性があるとの報告が出され たため、EUでは、イギリスを中心に牛肉消費が激減するなど大問題となった。そ の後、牛肉消費は徐々に回復してきていたが、2000年10月にフランスでBSE感染 の疑いのある牛肉が販売されたことが明らかになり、さらに、同年11月にはドイ ツ、スペインで初めてBSE感染牛が確認されたことなどから、再び牛肉消費が激 減した。こうした状況に対応し、EUではBSE撲滅に向け一層の対策強化が図られ ている。本稿では、EUにおける最近のBSE発生状況、防疫対策および牛肉需給安 定対策について紹介する。
(1)2001年の発生状況 EUでは、2001年1月から30ヵ月齢を超える健康な牛にもBSE検査が義務付けら れるなど、BSE検査体制が強化された。EU委員会は7月2日、2001年1〜5月に EU加盟各国で実施されたBSE検査結果を取りまとめ公表した。同期間に確認され たBSE感染牛は計571頭だった。国別の発生頭数(多い順)は、イギリス:248頭、 フランス:86頭、ドイツ:68頭、アイルランド:55頭、スペイン:45頭、ポル トガル:29頭、ベルギー、イタリア:各15頭、オランダ:8頭、デンマーク:2 頭、ギリシャ、ルクセンブルク、オーストリア、フィンランド、スウェーデン: 各0頭(発生なし)となっている。検査対象区分ごとの検査結果は、次の@〜C の通りである。 @BSEが疑われた牛(検査数:1,941、陽性数:366) 臨床症状からBSEが疑われた場合、確定診断のため、当該牛の脳が検査される。 検査方法は国際獣疫事務局(OIE)のマニュアルに沿って、病理組織学的検査で 病変を確認する。もし、陽性と確定できない場合は、さらに別の検査(免疫組織 化学的検査、免疫ブロット検査、または電子顕微鏡検査)が実施される。 なお、BSEの生前診断法はまだ開発・実用化されていない。 Aリスクのある牛(検査数:212,273、陽性数:111) 30ヵ月齢を超える牛で、獣医師の判断により緊急と畜された牛およびと畜場で 食用に不適と判断された牛は、全頭検査される。さらに、30ヵ月齢を超える牛で、 農場内でまたは輸送途中に死亡し食用にならない牛については、一定数が無作為 抽出・検査される。AからCの検査方法は、市販の迅速検査(3種類の検査法が EU委員会から公認されている)を用いて、脳またはせき髄から異常プリオンタン パク(BSEの病原体)を検出する。もし陰性と確定できない場合は、@で行われ る検査が実施される。 B健康な牛(検査数:2,382,685、陽性数:90) 食用に処理される30ヵ月齢を超える牛は、BSEの危険性の低い国(オーストリ ア、フィンランド、スウェーデン)を除き全頭検査される。また、BSE感染の危 険性の高い30ヵ月齢を超える牛を食用にせず、と畜・廃棄する場合について、一 部の国ではこれらの牛も検査されている。 CBSE撲滅のためのと畜牛(検査数:26,689、陽性数:4) BSE感染牛の子牛、感染牛と同一環境で育った牛、同一飼料を与えられた牛に ついては、感染の可能性があるため、と畜し検査されている。 なお、区分内容については、国によって月齢など検査対象基準が異なる場合が ある。また2001年7月からは、BSE検査対象範囲が拡大され、リスクのある牛の 対象月齢の引き下げ(30ヵ月齢→24ヵ月齢)と全頭検査および30ヵ月齢を超える 食用の健康な牛の全頭検査(一部の国を除く)が実施されている。 また、ギリシャ農業省は2001年7月3日、同国で初めてのBSE感染が確認された と公表した。OIEへの報告によると、同国では7月1日までに、6,700頭について BSE検査が実施され、同国北部のキルキス(Kilkis)県で飼育されていた、96年 11月生まれの(見かけ上)健康な牛1頭で感染が確認された。感染経路は不明で ある。 BSE検査結果(2001年1月〜5月) 資料:EU委員会(7月2日公表) 注(a):EU統計局資料 (b):グレート・ブリテンのみ (2)2000年の発生状況 2000年のBSE感染確認頭数は、ベルギー:9頭、デンマーク:1頭、ドイツ: 7頭、スペイン:2頭、フランス:161頭、アイルランド:149頭、オランダ:2 頭、ポルトガル:163頭、イギリス:1,537頭、ギリシャ、イタリア、ルクセンブ ルク、オーストリア、フィンランド、スウェーデン:各0頭(発生なし)となっ ている。(OIE資料による) なお、EU各国においてBSEが初めて確認された年は古い順に、1986年:イギリ ス、89年:アイルランド、90年:ポルトガル、91年:フランス、97年:オランダ、 ベルギー、ルクセンブルク、2000年:デンマーク、ドイツ、スペイン、2001年: イタリア、ギリシャとなっている。オーストリア、フィンランド、スウェーデン の3ヵ国では、これまでBSE感染は確認されていない。 (3)EU域外での発生状況 EU域外国における2000〜01年の発生状況は、スイスで2000年に33頭、2001年 (5月25日現在)に16頭、チェコで2001年(6月14日現在)に1頭確認されて いる。なお、これまでにBSEの発生が確認されている国としては、このほかにリ ヒテンシュタイン(98年に2頭)がある。(OIE資料による) (4)人の疾病(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)の発生状況 BSEとの関連が指摘されている人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は、こ れまで(96年10月〜2001年6月初め)に、イギリスで101例、フランスで3例、 アイルランドで1例の計105例が報告されている。(世界保健機構(WHO)資料に よる)
BSEは、感染性因子(病原体)である異常プリオンタンパクが脳に沈着し発症 する。感染経路としては、BSE感染牛の枝肉などが肉骨粉飼料として再利用され、 この汚染飼料を食べた牛にBSEが広がったと考えられている。すなわち、イギリ スでは70〜80年代にかけて、肉骨粉が子牛の補助飼料(代用乳)や牛用タンパク 飼料として、主に乳用牛に給餌されるとともに、EU内外に向け輸出されたことが、 BSEまん延の原因と考えられている。さらに、感染牛から子牛への母子感染もあ り得ると考えられている。異常プリオンタンパクは規則正しく凝集しており、偏 光を複屈折するアミロイドの性質を持っている。この規則正しい凝集のため、タ ンパク分解酵素により消化されにくく、通常の消毒薬や121℃程度までの熱では 容易に不活化されない。 また、BSEの起源としては、@牛の病気として元々存在していたという説と、 A羊に見られる同様の疾病であるスクレーピーが、羊の肉骨粉飼料から牛に感染 したとする説が有力である。ただし、一般に知られている古典的な羊のスクレー ピーは、BSEとは異なり、人には感染しないものと考えられている。 このため、BSEの防疫対策としては、肉骨粉飼料の禁止、牛肉・羊肉・ヤギ肉 から感染の可能性の高い特定危険部位(SRM:Specified risk material)の除去、 まん延状況を把握するためのBSE検査、さらに、BSEの再侵入防止のため、EU産肉 骨粉の輸入などによりBSEに汚染されている可能性のある、EU域外国からの牛肉 などの輸入規制が行われている。 (1)肉骨粉飼料の使用禁止 (理事会決定(2000/766/EC) (委員会規則(EC)No1326/2001により適用期限を延長)) EUでは94年7月から、牛など反すう家畜に対して、ほ乳動物由来のタンパク (肉骨粉)の飼料としての使用を禁止した(委員会決定94/381/EC)。しかし、 その後に生まれた牛にもBSE感染が確認され、これは、豚・鶏用の肉骨粉飼料の 牛への不正使用が原因と考えられた。このため、2001年1月からは、すべての家 畜に対し肉骨粉の飼料使用を暫定禁止した。ただし、魚、豚、鶏に対する魚粉飼 料は引き続き認められ、また、非反すう動物由来のゼラチン、動物性脂肪は禁止 対象外とされた。魚粉飼料の反すう家畜への使用禁止については、BSE感染源と いう訳ではないが、飼料の混入の有無を顕微鏡で検査する際、肉骨粉と区別が困 難であるという理由から、使用禁止が決定された。 なお、これまでに行われたそのほかの対策としては、97年4月に、異常プリオ ンタンパクを不活化するため、肉骨粉飼料の処理基準を厳格化(粒子の大きさを 50o以下とし、133℃、20分、3気圧以上で処理(委員会決定96/449/EC)) するとともに、2001年1月には、反すう動物由来の精製脂肪について、不溶解不 純物が重量比で0.15%以下となるように純化処理することが義務付けられた(理 事会決定1999/534/EC(委員会決定96/449/ECを改定))。2000年10月には、 食用・飼料用の牛肉などからBSE感染源となる可能性の高いSRMの除去が義務付け られた(委員会決定2000/418/EC)。さらに、2001年3月には、食用にできな い農場で死亡した家畜などを、家畜用飼料の生産に用いることが禁止された(委 員会決定2001/25/EC)。 (2)食肉からのSRMの除去等 2000年10月から、全加盟国で食肉(飼料用および肥料用を含む)からSRMの除 去が義務付けられた。それまでは、BSE発生国のみで自主的にSRM除去が義務付け られていた。SRMは、EU科学委員会の見解に基づき、徐々に対象部位が拡大され ている。現在のSRMは次の通り。 @全加盟国で除去されるSRM ・12ヵ月齢を超える牛の頭がい(脳および眼球を含む)、扁桃、せき柱(腰椎横 突起および尾椎を含まず、背根神経節を含む)およびせき髄ならびにすべての 月齢の牛の腸(十二指腸から直腸まで) ・12ヵ月齢を超える、または歯肉から切歯が生えている羊およびヤギの頭がい (脳および眼球を含む)、扁桃およびせき髄ならびにすべての月齢の羊およびヤ ギの脾臓 A上記@に加え、イギリスおよびポルトガルでは次のSRMを除去しなくてはなら ない。 ・6ヵ月齢を超える牛のすべての頭部(舌を除く)、扁桃、胸腺、脾臓およびせ き髄 なお、BSE発生リスクの低いと考えられる国(オーストリア、フィンランド、 スウェーデン)および牛肉生産管理が厳格に実施されている国(イギリス、ポル トガル)では、一定の条件の下で、牛のせき柱の除去が免除される。 また、2000年10月から、牛、羊、ヤギの頭がいおよびせき柱から機械的に食肉 を分離すること(MRM:Mechanically recovered meat)が禁止され、2001年3 月末からは、牛、羊、ヤギのすべての骨からのMRMが禁止された。さらに、2001 年1月から、牛、羊、ヤギについて、SRMが食肉を汚染する可能性のあると畜方 法(気絶後に頭がい内の中枢神経を棒で傷つける方法)が禁止された。 (3)BSE検査 98年から臨床的にBSEの疑いのある牛の検査(受動的検査)が導入された。20 01年1〜6月には、健康な牛も対象とするBSE検査(能動的検査)が義務付けら れた(前述の「BSEの発生状況」参照)。さらに、2001年7月からは検査対象範 囲が拡大され、と畜場で食用に不適と判断された牛、または農場で死亡した24ヵ 月齢を超える牛全頭および30ヵ月齢を超える健康な牛全頭の検査が義務付けられ た。検査費用として、1頭当たり15ユーロ(約1,650円、1ユーロ=110円)が EUから補助されている。もし、検査でBSEが確認された場合は、当該牛肉は廃棄 される。さらにBSE感染牛の子牛、感染牛と同一環境で育った牛、同一飼料を与 えられた牛についても、感染の可能性があるため、と畜・廃棄するとともに検査 される。 なお、例外措置として、2001年7月から、各加盟国の自主的判断による30ヵ月 齢以下の健康な牛を対象とした検査実施が認められた。また、BSE汚染の可能性 が低いと考えられたオーストリア、フィンランド、スウェーデンでは、30ヵ月齢 を超える健康な牛の検査は、無作為抽出で年間1万頭以上実施することとされた。 一方、イギリスでは、30ヵ月齢を超える牛のうち、病気およびけがをした牛なら びに96年8月1日から97年8月1日までに生まれた牛の全頭検査を行うとともに、 そのほかの牛は、年間5万頭以上の無作為抽出検査を実施することとされた。同 国の30ヵ月齢を超える牛の全量廃棄は継続することとなった。2002年1月からは、 羊およびヤギのスクレーピー検査が義務付けられる予定である。 (4)BSE高率発生国での措置 BSE高率発生国であるイギリスおよびポルトガルでは、96年3月にイギリス産 牛・牛肉などの輸出禁止、98年11月にはポルトガル産牛・牛肉などの輸出禁止措 置がとられた。その後、肉骨粉飼料のすべての家畜に対する使用禁止とともに、 「生年月日に基づく輸出措置(DBES:Date‐based export scheme)」により、 牛の管理が厳密に行われ、BSE撲滅を図っている。この制度の実施状況について は、EU食品獣医局(FVO:Food and veterinary office)で定期的に調査が実施 され、両国とも現在の制度運用状況は良好と評価されている。 この結果、イギリスについては、99年8月に、96年8月以降に生まれた牛で、 と畜時に6ヵ月齢を超え30ヵ月齢未満の牛から生産された、骨を除去した牛肉の 輸出が解禁された(委員会決定1994/514/EC)。その母牛は子牛が6ヵ月齢に なるまで生存し、BSEを発症しなかったことが要件とされている。なお、イギリ スのうち北アイルランドでは、DBESと同様な「輸出保証牛群措置(ECHS:Export certified herds scheme)」が98年3月に承認され、同年6月に、と畜時に6 ヵ月齢を超え30ヵ月齢未満の牛から生産された、骨を除去した牛肉の輸出が解禁 された(委員会決定98/351/EC)。ポルトガルについては、2001年8月に、99 年7月以降に生まれた牛で、と畜時に6ヵ月齢を超え30ヵ月齢未満の牛から生産 された、骨を除去した牛肉の輸出が解禁された(委員会決定2001/577/EC)。 (5)域外国からの牛肉などの輸入規制 2001年4月から、BSE清浄国と見なされない限り、域外国から輸入される牛肉 などにも、SRM除去が義務付けられた。2001年7月現在、EUによりBSE清浄国と 見なされている国は15ヵ国(オーストラリア、アルゼンチン、ボツワナ、ブラジ ル、チリ、コスタリカ、ナミビア、ニュージーランド、ニカラグア、パラグアイ、 ウルグアイ、シンガポール、スワジランド、エルサルバドル、パナマ)で、これ らの国からの輸入については、規制が適用されない。 規制対象品は、牛、羊、ヤギに由来する生鮮肉、ひき肉および肉調製品、肉製 品、加工動物性タンパクならびに牛の腸である。これらの輸入が認められるため には、SRMおよびMRMが含まれていないことならびにと畜方法について申告が必要 となった。ただし、牛のせき柱除去は輸入後に行うことも認められている。2001 年10月以降には、そのほかの動物由来製品、精製脂肪、ゼラチン、ペットフード、 骨および骨製品、家畜飼料製造用原料、さらに生きた牛、胚および卵も規制対象 に追加される予定である。生きた牛の輸入には、効果的な飼料使用禁止措置およ び永続的な個体識別についての国際動物衛生証明書が必要で、胚および卵の輸入 には、効果的な飼料使用禁止措置についての証明書が必要となる。 なお、効果的な飼料使用禁止とは、ほ乳動物由来のタンパク(肉骨粉)の反す う動物に対する飼料使用禁止措置が効果的に実施されていること、すなわち、@ 信頼できる国内規則があること、A製造・流通・使用の各段階での適切な対策が とられていること、B監視体制が整備されていること、C関係者に対し、飼料と TSE(伝達性海綿状脳症)に関するEU規則の情報提供を実施していることが求め られる。 EUでは、今後、域外国をBSE危険度に応じ次のように5分類する予定である。 分類区分は、第1分類「BSE清浄国」、第2分類「発生例のないBSE暫定清浄国」、 第3分類「発生例のあるBSE暫定清浄国」、第4分類「BSE低発生国」、第5分類 「BSE高発生国」とする。分類手続きとしては、域外国から2001年中に申請を受 け付け、審査により分類を決定する。決定された分類に応じて、輸入条件が異な る予定で、第5分類(分類申請を行わなかった国を含む)では条件が最も厳しく なる。BSE危険度分類と輸入規制の内容は以下のとおりである。 @牛、羊およびヤギに由来する製品の輸入 第1分類では規制はない。第2分類では、MRMの除去、と畜方法、効果的な飼 料使用禁止が条件となる。第3および4分類では、SRMの除去が条件として追加 される。第5分類では、牛由来の製品について、日付に基づく牛管理計画または BSEがない牛群であることが証明できる計画の下で生産された製品のみの輸入が 可能となる。羊、ヤギに由来する製品については、MRM、SRM、と畜方法の条件が ある。 A生きた牛の輸入 第1分類では規制はない。第2分類では、効果的な飼料使用禁止および個体証 明が条件となる。第3および4分類では、これに加えて、効果的な飼料使用禁止 後に生まれた牛またはBSEの発生例が7年間ない群に由来する牛であることが条 件となる。第5分類では、第2分類の条件に加え、BSE撲滅のための措置がとら れていることおよび効果的な飼料使用禁止後に生まれ、かつ、BSEの発生例が7 年間ない閉鎖的な群に由来する牛であることが条件となる。 B牛の胚および卵の輸入 第1分類では規制はない。第2分類では、効果的な飼料使用禁止が条件となる。 第3分類では、これに加えて、雌牛の個体証明ならびにBSE感染の疑いのあるま たはBSE感染が確認された牛の子孫でない雌牛の胚または卵であることが条件に なる。第4分類では、第3分類の条件に加え、飼料使用禁止後に生まれた雌牛ま たはBSEの発生例のない群に由来する雌牛の胚または卵であることが条件となる。 第5分類では、第3分類の条件に加え、飼料使用禁止後に生まれた雌牛ならびに 哺乳動物由来のタンパクの給餌歴がなく、かつ、BSEの発生例が7年間ない閉鎖 的な群に由来する雌牛の胚または卵であることが条件となる。
EUでは、2000年末のBSE問題再燃の影響で、域内の牛肉消費が急激に減少した だけでなく、域外諸国のEU産牛肉輸入禁止措置などにより、多くの輸出市場も閉 ざされている。このため、2000年11月以降、牛肉の需給バランスが大きく崩れ、 価格の低迷が続いている。2001年6月の牛枝肉価格(第23週)を見ると、若齢雄 牛で前年同期比17.3%安、経産牛では同24.1%安と、前年の水準を大幅に下回っ て推移しており、肉牛飼養農家の経営にも大きな影響を与えている。 当面は、牛肉の需給が失調した状態が続くものと見られており、牛肉の市場隔 離対策、牛肉生産抑制対策が、緊急の措置として決定された。 (1)牛肉の市場隔離対策 @牛肉特別買上・廃棄(委員会規則(EC)No2777/2000) 2001年1〜6月までの間、BSE検査をしない30ヵ月齢を超える牛から生産され る牛肉を各国政府が買上げ、食用にしないで廃棄する。購入金額の70%がEUから 補助される。 A牛肉特別買上(委員会規則(EC)No690/2001) 2001年7月以降、BSE検査を行った30ヵ月齢を超える牛肉を各国政府が買上げ る。その後の取り扱いは各国の裁量により、廃棄または保管される。また、2001 年1〜6月までの間、30ヵ月齢を超える牛の全量検査を実施する国について、同 様の措置が認められた。 (2)牛肉生産抑制対策(理事会規則(EC)No1512/2001) 牛肉生産抑制対策が、EU委員会から2001年2月に提案されたが、6月19日の EU農相理事会において修正の上、ようやく承認された。対策の概要は次の通り。 @粗放的生産の奨励 特別奨励金および繁殖雌牛奨励金の申請頭数の飼養密度制限を、現在の飼料畑 1ヘクタール当たり2家畜単位(LU)以下から2002年には1.9LU以下、2003年以 降は1.8LU以下に引き下げる。 A特別奨励金の交付上限頭数の設定 これまで加盟国の裁量で変更または設定しないことが可能であった農家1戸当 たりの交付上限頭数(90頭)について、原則として、全加盟国での適用を義務付 ける。ただし、環境・雇用面に配慮した農村開発政策としての変更等は引き続き 認める。 B特別奨励金の国別交付上限頭数の削減 牛肉の生産増加を抑制するため、97〜99年の交付実績等に基づき、2002〜03年 について、次の表のとおり国別交付上限頭数を削減・再設定する。 特別奨励金の国別交付上限頭数(2002〜03年) 注:イギリスについては6ヵ月齢未満の生体牛の輸出が 可能になるまでは、上記頭数に10万頭を加えた頭数とする。 C繁殖雌牛奨励金に未経産牛飼育義務付け 2002〜03年に限り、繁殖雌牛奨励金の交付要件として、申請頭数の15%以上 40%以下(現在は20%以下(下限なし))の未経産牛飼育を義務付ける。この結 果、奨励金申請可能頭数が減少することとなり、(対象外となる繁殖雌牛のとう 汰・減少により)子牛ひいては牛肉の生産を減少させる。ただし、申請数が14頭 未満の農家は除外する。また、口蹄疫で頭数の減少しているイギリスでは、2002 年は要件を免除、2003年は5%以上とする。 D繁殖雌牛奨励金国家保留分の再交付停止 国家に返還されることになっている未使用の奨励金権利の再交付を、2002〜03 年の間停止する。ただし、口蹄疫で頭数の減少しているイギリスについては、20 02年は免除する。 E通常介入買上の限度数量の引き上げ (コスト高のセーフティーネット買上を回避するため、)2001年の通常買上の 限度数量を35万トンではなく、50万トンとする。 −EU委員会のフィシュラー委員(農業・農村開発・漁業担当)のコメント− この決定により、粗放的飼育方法が推進され、将来的にEUの牛肉需給バランス が回復することを期待したい。牛肉の消費は依然低迷しており、牛肉輸出市場も 相当部分が閉鎖されている現状では、これらの対策が必要不可欠である。また、 現在、豊富な草地で放牧されている雌牛が、2001年の後半にはと畜されると見込 まれるため、2001年後半期の牛肉生産過剰量は30〜50万トンに上るだろう。消費 はおそらく2年間は元に戻らないとみられ、輸出も制限される中で、数年後に介 入買上在庫を放出するための余地を作るために、今回の対策で牛肉生産を減少さ せなければならない。
EU委員会は2001年7月25日、肉牛飼養農家に対する所得補償(income aid) を柱とする各加盟国の農家支援策(5億1千百万ユーロ、約561億円:1ユーロ =110円)を承認した。 EU加盟国が独自に実施する農業補助については、EU委員会によって補助内容 などに関する指針が定められており、その実施に当たっては、事前にEU委員会の 承認を得ることとなっている。EU委員会は、各加盟国による農家への所得補償に ついて、(公正な)競争を阻害し、共通市場制度の機能を損なうとして、通常は 認めていない。 −EU委員会のフィシュラー委員(農業・農村開発・漁業担当)のコメント− 牛肉市場で危機的な価格低迷が続いていることが各加盟国による農家への所得 補償を含めた特別補助の承認根拠となった。本日のEU委員会の決定は、(2001年) 6月の農相理事会で採択された肉牛飼養農家への対策を補完するものである。我 々の目的は、農業補助に関する明確な規則の下で、肉牛飼養農家に将来に向けて のより良い展望を与えることである。 今回承認された国別の支援策
BSE発生源となったイギリスでのBSE発生頭数は、いまだ数は多いものの年々着 実に減少してきている。EUでは2001年1月から、健康な牛も対象とするBSE検査 が義務化され、各国のBSEまん延状況が明らかになりつつある。また、肉骨粉飼 料の家畜への全面使用禁止も決定されるなど、2000年末のBSE問題の再燃を契機 に、BSE防疫対策が強化された。考えられる対策はほぼ出尽くしたと見られ、今 後は対策の完全実行あるのみである。EU市民は、再び安心してEU産の牛肉を食べ られる日を心待ちにしている。 (参考資料) ・品川 森一「プリオン病の現状と対策」 (肉牛新報社、肉牛ジャーナル2001年6月号) ・EU委員会資料 ・OIE資料 ・WHO資料 ・イギリス環境食料農村省資料ほか
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