海外駐在員レポート 

米国における新農業法の概要について (前編)

ワシントン駐在員事務所 渡辺 裕一郎、樋口 英俊、道免 昭仁




1.はじめに

 5月13日朝、テレビ中継されたホワイトハウスでの新農業法の署名式において、
ブッシュ米大統領は、「この法律は完璧なものではない。しかし、これまでもそ
のような法律はなかったし、それができるくらいなら自分で全部の法律を書くだ
ろう」と述べ、会場の支持者からの笑いを誘った。この言葉は、法律の内容いか
んよりも、それを成立させることの方を優先せざるを得なかったという自らの立
場を弁護するものであろうし、その後すぐに遊説に出発するためとはいえ、式典
自体が月曜日の午前8時前の約10分間という異例の時間帯で行われたことも、「あ
まりプレイアップせず、目立たないように」という意図があったからではないか
とさえ思えてくる(逆に、朝が早い農家の時間帯に合わせたという見方もある)。

 昨年来、膨大な追加的予算の充当を前提とした、連邦議会での法案審議が先行
する中で、当初は慎重な立場をとっていたブッシュ政権であったが、その意向と
は裏腹に、96年農業法で目指した市場志向型という流れに逆行するような「ぜい
沢な新農業法案」に大統領が最終的に署名をしたのは、与野党が伯仲する議会の
中間選挙を今年11月に控え、農業関係州での票の取り込みによって共和党の安定
多数に転じたいとの党派主義が優先したからにほかならない。米農務省(USDA)
もまた、昨年9月公表の今後の食料・農業政策に関する「諸原則」で示した方向か
らいわば「転向」し、今や、新農業法の最大の擁護者として、その実施にまい進
しているという状況にある。

 一方、法案に賛成した多くの与野党議員や農業関係団体の間でも、審議が長引
いてせっかく確保された予算がふいになると元も子もないので、とにかくある程
度のところで手を打って成立させよう、という思いも強かったのであり、本法の
各論に目を向けると、いくつかの事項について現在も反対の声がくすぶっている
のも事実である。このため、今後、法律の実施・運用面と併せて、さらなる政策
の見直し・変更の動きについても注視が必要であろう。

 今回は、このような成立したばかりの米国の新農業法に関し、これまでの検討
経過と、畜産分野に関連した主な政策の内容を中心に報告する。




2.成立までの経緯

(1)96年農業法の「欠陥」を補足するために生まれた「カウンターシクリカル」の概念

 筆者が約2年半前に当ワシントン事務所に赴任したばかりの頃不思議に思ったこ
とは、連邦議会サイドだけでなく、その実施に携わっているはずのグリックマン
前農務長官をはじめとするUSDAの高官でさえも「96年農業法には欠陥がある」と
いった批判的な発言をしていたことである。つまり、「96年農業法に則って政策
を実践していく立場のUSDAが、なぜそれを公然と批判しているのか」という単純
な疑問である。

 そして、しばらくたって、ようやくその理由が理解できた。本誌2000年10月号
・特別レポート「米国農業法をめぐる最新事情」でも触れたように、@96年農業
法が議会・共和党主導で作られ、当時の民主党・クリントン政権は、これを政治
的な妥協によって不本意ながら認めたものであること、A主要穀物等について、
生産調整と不足払い制度を廃止する代わりに同法によって新たに導入された直接
固定支払い制度や、マーケティング・ローンなどの価格支持融資制度だけでは、
96年秋以降の国際需給の緩和などによる価格下落に伴う所得の減少をカバーでき
ないという問題が顕在化してきたこと、Bこのため、中間選挙を控えた98年には、
こうした損失を補てんするための緊急的な対策を実施すべきとの提案が民主党議
員を中心に起こり、結果的には超党派の支持によって、農家への直接固定支払い
の上乗せ交付という形で緊急支援策が講じられたこと、などを背景としているの
である。そして、このような立法措置による緊急農家支援策は、これまでに計4回
講じられ、予算総額は約273億ドル(うち直接固定支払いの上乗せ分である市場損
失補てんは約185億ドル)にも上っている。

 このように、「96年農業法の欠陥」とは、価格の変動(実際には下落)に対応
して農家の経済的な安定を図ることができるようなセーフティー・ネットが欠落
している(現行の価格支持融資制度などでも十分ではない)ということを言って
いるのであり、対処療法的にいちいち立法措置を講じるのではなく、今度の新た
な農業法では、こうした欠陥を補うような措置をあらかじめ盛り込んでおくべき
であるという声が強くなってきた。そこで2000年半ば頃から頻繁に使われるよう
になったのが「カウンターシクリカル(counter-cyclical)」という用語である。
これは、価格や所得の変動に対応して、これらの下落時には生産者への助成金を
増加させる一方で、逆に上昇時には助成金を減額させる、つまり、循環変動(cy
cle)に助成金の額を反動(counter)させて安定させるという考え方である。し
かし、何のことはない、96年農業法で廃止された不足払い制度はまさしくそれに
該当する政策の一つであり、不足払い制度を単純に想起させることを避けるため
の造語と言って良いかもしれない。いずれにせよ、この頃はまだ、「循環変動」
する指標が価格なのか所得なのか、それとも別の要素なのか、そして、これに対
してどのように「反動」させるのか、明確な定義は無いに等しかった。

表1 新農業法をめぐる経過




(2)予算決議による大幅な追加予算の裏打ちを受け、下院を中心に法案審議が本格化

 96年農業法の有効期間は2002年9月末までとされていたが、下院農業委員会では、
早くもその2年半前の2000年3月には新農業法の制定に向けた公聴会がスタートし
ていた。2001年になってからは、1月の共和党・ブッシュ新政権の誕生、2月の今
後10年間における約5兆6千億ドルもの財政黒字を前提にした大統領予算教書の発
表、そして、5月には、上下両院で可決された2002年度予算決議において、農業関
連の予算として2002〜2011年の10年間で735億ドルもの追加額を認めることが決定
された。この追加額は、96年農業法が今後も存続すると仮定した場合の予算上限
額(注:この時点では10年間で947億ドル、現時点ではこれが1,070億ドルと見積
もられている)への上乗せ分であり、新たな農業法の実施期間をカバーし得るも
のであるため、「新農業法によって使用できる追加的予算額」イコール「予算決
議の10年間・735億ドル」という捉え方がなされるようになった。

 こうした流れの中で、下院では、コンベスト農業委員長(共和・テキサス州)
が「8月の議会休会までに新農業法案の委員会通過を目指す」との意向を示し、7
月上旬にはコンベスト農業委員長と少数党リーダーであるステンホルム議員(民
主・テキサス州)による新農業法の素案が公表され、これに基づき、7月下旬には
下院農業委員会で超党派の賛成を得て、新農業法案(法案番号:HR2646)が可決
された(その概要は、本誌2001年9月号・トピックスを参照)。

 この下院法案には、前述の「カウンターシクリカルなセーフティ・ネット」と
して、目標価格に基づく支払い、すなわち、実質的な不足払い制度の復活が盛り
込まれており、これが結果的に、今回成立した新農業法に生き残る形となってい
る。このような下院法案が明らかにされた際、「カウンターシクリカル」という
「新しいアカデミックな」名称には似つかわしくない、あえて言えば「古典的で
安易な」不足払い制度が下院の出した答えなのかと驚き、失望したのを覚えてい
る。

 一方、上院でも5月下旬、ジェフォーズ上院議員(バーモント州)が共和党を離
脱して無所属となったため、民主党が多数党に転換(民主50議席、共和49議席)。
これによって、上院農業委員長も、96年農業法の見直しに慎重なルーガー議員(
共和・インディアナ州)から、環境保全対策の充実などを目指すハーキン議員(
民主・アイオワ州)へと代わり、6月下旬からはようやく新農業法に関する公聴会
も開催されるようになった。

 しかし、この頃はまだ、中間選挙で全議席が改選される下院を中心に、翌2002
年の中間選挙の年にまで新農業法案の議論を持ち越したくはないので、何とか20
01年中に成立させたいという意向がある一方で、上院やUSDAにおいては、96年農
業法の期限が切れる2002年9月までじっくり議論すればよいという見方も強く、新
農業法に関する本格的な議論は始まったばかりであるという印象でしかなかった。



(3)同時テロ、景気後退も影響し、早期可決に向けた動きが両院で活発化

 90年代前半から成長を続けてきた米国経済も、2001年春頃から減速し始め、20
01年半ばからは景気後退期の色合いが強まってきた。8月には、行政管理予算庁(
OMB)による財政見通しの年央改定値が公表され、2001年のGDP成長率が2月時点か
ら0.7%減の1.7%へと下方修正されるとともに、2001〜2002年度の財政収支の黒
字幅も大幅に縮減することが見込まれるとされた。

 そして、9月11日には、ニューヨークとワシントンDCで同時テロ事件が発生した。
早速、被害の復旧や航空業界の救済などのための総額550億ドルの緊急対策が相次
いで決定され、さらには、軍事費の増額、失業者の急増などに対処した経済刺激
策なども提案されるなど、景気後退の中でのテロ対策をどうするかという問題が
政府、議会にとっての最優先課題として浮揚し、新農業法に関しては、審議の停
滞と財政上の制約が懸念されるようになった。

 こうした中で、ベネマン農務長官は9月19日、将来の食料・農業政策に関する政
府としての「諸原則(principles)」を公表し、その政策理念について、「市場
指向型で、財政効率がよく、世界貿易機関(WTO)協定にも整合的でなければなら
ない」と提言(その概要は、本誌2001年11月号・トピックスを参照)。しかし、
すでに下院農業委員会で新農業法案を可決した後であり、また、テロ事件発生直
後というタイミングだったこともあって、そもそも議会に対する拘束力を持って
いない「諸原則」は、農業関係者からもほとんど無視された形となった。

 一方、議会での新農業法案の審議は意外にも早く再開され、それまでスローペ
ースだった上院でも、9月25日に、ハーキン農業委員長(民主)と少数党リーダ
ーとなったルーガー前農業委員長(共和)が、法案提出に先立ち、新農業法案の
目標を公表した。特に、上院での議会審議のイニシアチブを握るダッシェル院内
総務(民主・サウスダコタ州)も、財政上の制約が加わることを避けるため、「
2001年内に新農業法を成立させたい」との意向を表明し、上院での審議に拍車が
かかった。

 下院本会議も10月から審議を始め、10月5日には、7月に農業委員会を通過した
新農業法案が本会議で可決された。OMBとUSDAはこれに先立つ同3日に、@(いわ
ゆる不足払い制度の復活が)生産過剰と価格の低下を助長するおそれがあること、
A少数の大規模経営に対して補助金の多くが支払われるという不均衡は解消され
ないこと、B国内補助金の大幅な増加によって、WTOの次期ラウンドにおける米国
の交渉ポジションを弱めるとともに、他国における国境措置引き上げの誘因にも
なり得ること、C経済情勢が不透明な中、10年間という長期農業予算を決定する
のは時期尚早である、などとして、この下院法案への不支持を表明していた。こ
れは、ブッシュ政権としての新農業法案に対する初めての正式な見解表明であっ
た。



(4)下院に次いで上院も独自の法案を可決

 ひるがえって、USDAが支持表明を行ったのは、10月17日に明らかになったルー
ガー前上院農業委員長による独自の法案に対してである。これは、ブッシュ大統
領が2000年の選挙公約でも提唱していたような総合農家安定口座(注)をはじめ
とする新たな農家セーフティ・ネットを導入する代わりに、直接固定支払い制度
や価格支持融資制度などの既存政策を段階的に廃止するというものであり、有効
期間5年、追加的予算額約217億ドルと下院法案に比べかなり圧縮されている。ベ
ネマン長官は、「諸原則にも整合的である」と、このルーガー法案を激賞したが
(もともとルーガー議員サイドには、USDAからかなりのインプットが行われてい
たと考えられる)、「不足払いの復活」という下院法案が出来上がった後にはあ
まりにも意欲的な提案であり過ぎたため、農業団体はもとより、同じ共和党議員
からの支持もほとんど得られず、「諸原則」と同様に「黙殺」されてしまった。

(注)カナダの純所得安定口座(NISA)に類似した制度であり、各農家の口座に
    政府が農家と同額を積み立て、純所得が過去5年平均を下回った場合に、その
    損失分を上限に積立金を引き出すことができるという仕組み。

 いよいよ上院では、ハーキン農業委員長の手による法案が11月1日に提出され、
同15日には、これをベースに、委員会での承認に必要な票数を獲得するためいく
つかの修正が加えられた法案が農業委員会を通過した(その概要は、本誌2002年
1月号・トピックスを参照)。特に、価格・所得対策としては、下院法案と同様に、
直接固定支払い制度や価格支持融資制度を存続させるとともに、新たな「カウン
ターシクリカルな直接支払い」を導入するものであるが、当初のハーキン案では、
面積当たりの収入額の変動に着目した直接支払い(注)が提案されていたものの、
委員会で可決された法案では、作物の重量当たりの収入額、すなわち作物価格に
変更され、しょせんは下院法案と実質的には同じく、「不足払い制度の復活」と
いう姿に落ち着いたのである。

(注)単位面積当たりの全国平均収入が、毎年、作物ごとに、あらかじめ設定さ
    れた単位面積当たりの目標収入(固定額)を下回った場合に、その差額が各
    農家の基準面積に基づいて交付されるという仕組み。この場合の全国平均収
    入は、(当該年の全国生産量)×(年間平均価格または全国の平均ローン・
    レートのいずれか高い方)÷(全国作付面積)という算式で計算される。

 一方、96年農業法制定時においては下院農業委員長として、その骨格とも言う
べき「95年農業自由化法案」を提案し中心的な役割を果たしたロバーツ上院議員
(共和・カンザス州)らが、直接固定支払い制度や価格支持融資制度の存続と併
せて、前述のルーガー法案にもあったような所得減少時に備えた農家積立口座の
導入などからなる代替法案を上院本会議に提案。これについて、ホワイトハウス
やベネマン長官は、「諸原則」に近いとして賛成を表明するとともに、上院法案
については、下院法案と同様の理由で反対するとの見解を明らかにした。

 その後、上院本会議の場では精力的・集中的な法案審議が行われたが、ロバー
ツ法案以外にも数多くの修正案が出され、そのロバーツ法案も12月18日に否決さ
れ、翌19日には、審議は翌2002年に持ち越すことが確定した。なお、12月21日に
は、ダニエルOMB長官がコンベスト下院農業委員長に宛てた書簡の中で、「2002年
度予算決議に基づく10年間で735億ドルという農業政策への追加予算を政権は引き
続き支持している」というスタンスが明らかにされ、越年してもなお必要な財源
は満額担保されているという安心感がもたらされた。



(5)両院協議会での調整を経て、新農業法が成立

 2001年暮れのOMB長官の書簡にも見られるように、それまで議会での先行した動
きをけん制するような立場をとってきた政府サイドにも変化が表われ始め、今年1
月24日には、ブッシュ大統領とベネマン長官とがともに「新農業法に関する議会
審議が早期に完了することを望んでいる」という意向であると伝えられた。こう
したことの意味は、「2002年度には財政収支が赤字に転落すると予想される中で、
農業以外にも今後重点的な予算配分が必要なのは社会保障、医療、軍事、教育と
いった多数の分野にのぼるため、前年の予算決議が有効である間に新農業法に充
てることのできる追加予算額に法的な裏づけを与えておかないと、新しい2003年
度の予算決議によってこれが大幅に削減されるおそれがある。こうした中で、政
権がいつまでも反対していると、今秋の中間選挙の結果にも悪影響を与える」と
いう現実的な判断が働いたものと考えられる。

 上院での新農業法案の審議は2月6日に再開され、いくつもの修正が加えられた
後、同13日に上院本会議で下院法案とは別の新農業法案(法案番号:S1731)が可
決された。その際にブッシュ大統領は、これまでも自らが再三にわたって提唱し
てきた農家積立口座などの健全な(sound)農業政策が盛り込まれていないこと、
今後10年間の追加的予算が最初の5年間に前倒しで充当され、後半の5年間が手薄
になることなどから、「失望した」との声明を発表。ベネマン長官も「大統領が
署名できるような法案の完成に向け、今後も議会メンバーや農業関係者などと連
携を密にしていく」と述べ、両院協議会での再考を促した。しかし、両院協議会
での調整の対象となるのは両院間で相違のある部分だけとされているため、今さ
ら、上下両院それぞれの法案に同様に盛り込まれている(政府としてはできれば
認めたくない、実質的な不足払い制度の復活でもある)「カウンターシクリカル
な直接支払い」(以下「価格変動対応型支払い」という)が両院協議会の場で削
除されることはあり得ず、また、両法案にはない農家積立口座のような政策が両
院協議会で新たに付け加えられることもあり得ない。したがって、こうした政府
の声明はあくまでも「ポーズ」でしかなく、その後のホワイトハウスの高官によ
る「(上院法案よりも)下院法案の方が望ましい」との発言で、大統領がもはや
両院協議会で調整された法案に対して拒否権を行使することもないという「本音
」がうかがわれた。

 各作物の作付面積は、新農業法で規定される政策内容、特に価格・所得政策に
おける支持水準によっても大きく左右される。このため、年明けからは、今春の
作付け前に新農業法が成立するかどうかが焦点の一つでもあった。上院での法案
可決から、両院協議会のメンバー選定を経て、3月13日に協議がスタートするまで
におよそ1ヵ月を要し、また、上下両院の法案には表2のような数多くの相違点が
見られたため、その調整には難航が予想されていたことから、作付け前の成立を
危ぶむ声もあった。

 協議開始から約1ヵ月半後の4月26日、両院協議会での合意が成立した。そこで
1本化された新農業法案は、実施期間6年間(2002〜2007年)、この間の追加的予
算額517億ドル、これを10年間(2002〜2011年)で見ると、追加的予算額が828億
ドル(表2の(注1)参照)、実に約8割増となる総額1,900億ドルの予算額を認め
るという「ぜい沢な」ものとなった。これに対してベネマン長官は、この合意を
「喜ばしい」と表明。1本化された法案が両院の本会議をそれぞれ通過し、冒頭の
ブッシュ大統領による5月13日の署名となったのである(参考:大統領は、この署
名式の場でも「この法律には、農家安定口座のような重要な政策は盛り込まれな
かったが、今後もそのために取り組んでいく」と発言)。

 これは、すでに作付けの一部が始まったタイミングでもあったが、基本的には
ギリギリセーフであったと言え、国内の主要な農業関係団体も総じて歓迎すると
ころとなった。ただし、国内的に表面上は丸く収まったとしても、国内のマスコ
ミや一部の議員(共和党保守派)からは、農業予算の増額支出による財政の悪化
などを懸念した強い批判も寄せられており、また、それ以上に海外からも、農業
保護削減の方向に逆行するものであるといった激しい非難の声が巻き起こってい
る。

表2 上院/下院法案と新農業法の比較

注: 1  追加予算額が当初6年間で517億ドル、10年間で828億ドルという水準は、
       本年5月6日に議会予算局(CBO)が見直し・公表した数値であり、それ以
       前はそれぞれ、452億ドルおよび735億ドルとされていた。つまり、現時点
       の見積りでは、10年間の追加的予算額は、昨年の予算決議の水準(735億
       ドル)を上回っているのである。
   2  ローンレート水準については上院法案の方が下院法案よりも高く設定さ
       れる一方で、価格変動対応型支払いでは逆に下院法案の目標価格の方が高
       水準であるなどの相違があった。




3.新農業法の主な内容



(1)新農業法の構成

 それでは、成立した新農業法の内容に移る前に、まず、法律の全体構成につい
て紹介する。

 新農業法は、全体で10のタイトル(部)から成り、96年農業法とはその構成に
若干の違いが見られる(表3の中の破線は両法の対応関係を示すもの)。以下では、
これら新農業法で規定された重要政策のうち、特に、96年農業法からの顕著な変
更が見られる価格・所得政策(第・部)と環境保全政策(第・部)を中心に概要
を説明する。



(2)価格・所得政策



ア 価格支持融資制度

 価格支持融資制度とは、農家が農産物を担保にして、商品金融公社(CCC)から
過去の市場価格を基準に算定したローンレート(融資単価)の水準で融資を受け
る制度である。農家が返済を行うべき金額は、ローンレートに金利を加えた水準
であるが、市場価格がローンレートを下回る場合には、農家が担保商品をCCCに引
き渡すこと(質流れ)によって、その債務が免除される。このため、農家におい
ては、ローンレート水準での価格支持効果があり、また、担保商品はCCCの在庫と
して市場から隔離されるため、流通量の減少、ひいては市場価格の上昇という需
給調整効果も有している。

 今回の新農業法でも、本制度は継続され、96年農業法においては、ローンレー
ト水準は、主に過去5年間の平均農家受取価格の85%(最高・最低年を除き、95年
水準が上限)で算出されることとされていたが、新農業法においては、各作物の
水準が法律に規定され、基本的に現行(2001年度)水準よりも高い水準が設定さ
れた。ただし、コメについては据え置きとされ、また、大豆については、96年農
業法では直接固定支払いの対象とされていなかった代わりに高めのローンレート
水準が設定されていたが、新農業法では他の主要作物同様、直接固定支払いと価
格変動対応型支払いの対象となったことから、再調整(リバランシング)をとる
意味で現行水準より5%引き下げられた。

 また、対象産品には、96年農業法で廃止された羊毛、モヘアおよびはちみつが
復活し、豆類が新たに追加となった。これまで伝統的に、穀物、油糧種子、綿花
などの「主要作物」の生産者が価格・所得政策の受益者とされてきたが、98年以
降の緊急支援措置で累次の上乗せ助成が行われるのを目の当たりにし、豆類のよ
うな「主要作物」以外の生産者団体が、同様にその対象となるよう積極的なロビ
ー活動を展開したことが功を奏したものである。

表3 新農業法の構成

注:厳密に言えば、今回の新農業法や前回の96年農業法のようないわゆる「農業
    法」は、恒久法である1938年農業調整法や1949年農業法などの条文を改正す
    るための時限立法である。

表4 価格支持融資制度の対象作物とローンレート水準

注:USDAは、上記全国ベースの水準を基に、各郡単位の水準を設定する

 また、市場価格がローンレートを下回っている際に、「ローンレートよりも低
い一定水準」(国際価格または当該地方市場価格のどちらか低い方:@)での返
済を認めるマーケティング・ローン(つまり、こうした場合、本来、質流れさせ
るか、「ローンレート+金利の水準」(A)で返済すべきところ、「A−@」の
部分の返済が免除されるという制度)は、継続となっている(対象作物は、ELS綿
以外の価格支持融資制度対象作物)。

 さらに、以上のような融資を受ける資格のある生産者が融資を受けなかった場
合、上記マーケティング・ローンの返済免除部分(A−@)を助成金として受給
できるローン不足払い(Loan Deficiency Payment:LDP)も、同様に維持されて
いる(対象作物には、2000年農業リスク保護法に基づき追加された麦作放牧地も
今回加えられており、この場合のLDPの支払対象数量は、「放牧地面積」×「直接
固定支払い制度における作付麦の計画単収」とされている)。

図1 マーケティングローン制度の概念図

注:返済額は、国際価格または地方市場価格のいずれか低い方である。



イ 直接固定支払い制度

 96年農業法においては、生産調整を廃止して作付けの自由化を行うとともに、
目標価格(農家のコスト・所得保証のための最低水準)と市場価格またはローン
レートのいずれか高い方との差額を支払う不足払い制度を廃止し、その代わりに
あらかじめ設定された一定額を支払う直接固定支払い制度が導入された。今回の
新農業法でも、これが維持されており、前述の大豆のほか、その他油糧種子、落
花生も、対象作物に追加されている。


○96年農業法における直接固定支払いの算定方法

【算定式】支払額=支払単価×計画単収×(契約面積×85%)

  ・ 支払単価は、96年農業法で定められた毎年の作物ごとの支払総額を全米
      の支払対象生産量( 7 年間固定)で除したもの(全国一律)
      
  ・ 計画単収は、各農家の95年時点の過去 5 年間(最高・最低年を除く)の
      平均単収
      
  ・ 契約面積は、各農家の96作物年度の基準面積(過去 3 年または 5 年の
      作付面積および減反面積等の平均)に土壌保全留保計画(CRP)参加面積(
      新規参加分を除く)を加えた面積

 上記支払額の算定方法において、新農業法では、計画単収は基本的にこれまで
の水準が採用されるが、支払単価の水準が表5のとおりこれまでより高めに設定さ
れるとともに、契約面積については、これまでの96作物年度ベースから98〜2001
作物年度ベースへの更新が行われることとなった。具体的には、各農家が、

@ 96年農業法に基づく2002作物年度の契約面積に、98〜2001作物年度における
  油糧種子の平均作付面積を加えた面積(ただし、その面積は当該年度における
  実際の合計作付面積を上回らないこと)
  
A 98〜2001作物年度における、平均作付面積と、天候条件により作付けができ
  なかった面積の合計面積
  
のいずれか1つを新たな契約面積として選択しなければならない。すなわち、これ
までどおり「当該年度における作付面積とは無関係である」という仕組みに変わ
りはないが、各農家における、より最近の作付け状況が支払額に反映されること
になったのである。また、支払単価の増額は、価格高騰時におけるさらなる生産
拡大の助長にもつながると考えられる。

表5 直接固定支払い制度の対象作物と支払単価水準




ウ 価格変動対応型支払い制度(カウンターシクリカルな直接支払い)

 前述したとおり、実質的な不足払いの復活とも言える本制度は、98年からこれ
までに4回にわたって実施された緊急農家支援策における市場損失補てん(直接固
定支払いの上乗せ分)に相当するものであり、これがあらかじめ新農業法の中に
ビルトインされたものであると言える。このため、厳密に言えば、96年農業法で
廃止された不足払い制度が当該作物年度における実際の作物の作付面積を支払い
のベースとしていたのに対し、今回の価格変動対応型支払いでは、直接固定支払
いと同じく、過去に作付けた作物の作付面積(契約面積)がベースになるという
違いがある。しかし、支払額が当該作物年度の市場価格水準と連動しているとい
う点は2つの制度とも同じであり、完全にデカップルされている(生産に関連しな
い)とは決して言えないのである。


○ 価格変動対応型支払いの算定方法

【算定式】支払額=支払単価×計画単収×(契約面積×85%)

  ・ 支払単価=目標価格−(直接固定支払い単価+ローンレートまたは市場価格の
      いずれか高い方)
      
  ・ 計画単収は、現行水準(直接固定支払い制度と同じ)を採用するか、98
      〜2001作物年度ベースに変更することが可能。後者の場合、具体的には、
      @現行水準と98〜2001作物年度平均単収との差の70%を、現行水準に加え
      た水準か、A98〜2001作物年度平均単収の93.5%水準のいずれか

  ・	契約面積は、直接固定支払い制度に同じ(98〜2001作物年度ベース)

 直接固定支払いは、市場価格の変動とは無関係の固定額の支給であったため、
市場の価格シグナルは生産者に伝えられ、生産過剰となって価格が下がった作物
から、より高い販売金額が期待される他の作物へと作付けを転換させることによ
り、需給を均衡させていくという効果も期待できた。ところが、98年以降の市場
損失補てんが、こうした需給調整作用を阻害したという前例に照らすならば、今
回の価格変動対応型支払いは、すでに設定されている目標価格レベルでの価格支
持が間違いなく行われるという予見を生産者に対して与えているという点、これ
によって、実際の市場での価格シグナルが生産者に対し伝わらなくなったという
点、さらには、何ら生産を調整する手段が講じられないという点も加わり、以前
の不足払い制度下(減反計画への参加が要件となっていた)よりもゆゆしい生産
過剰を引き起こす可能性が高まったと言えるのではないだろうか。

表6 価格変動対応型支払い制度の対象作物と目標価格水準


 また、支払いの対象面積(契約面積)が過去の作付けをベースにしているとい
うことは、「作物特定的な支払いではない」と主張するための一種の常とう手段
とも言え(注)、緊急的な市場損失補てんが行われた98〜2001年度の作付面積が
ベースとなっていることから、その期間中の作付け状況(作物および面積)が今
後も継続する、つまり、実態としては、各農家にとっての支払対象となる作物お
よび面積は、実際の作付け状況に連動するケースが多いと考えた方が現実的であ
ろう(これについては、検証が必要であるが)。

(注)服部信司東洋大学教授によれば、支払いが過去の作付面積や単収に固定さ
      れているのは、「新しい不足払いを『黄の政策』として認めつつも、『農
      業総生産額の5%未満についての〈非作物特定的な支払い〉は、〈黄の政策
      〉であっても、保護削減の対象外とする』というWTO協定の『最小限の政策
      』に新しい不足払いを分類しようとする意図からである」とされている(2
      002年6月21日付け「日本経済新聞」)。


○ 新農業法による価格支持効果について

 下図は、当地コンサルタント会社・スパークス社の作成による市場価格と価格
支持水準の関係を表した概念図である。これは、過去も現在もトウモロコシを作
付けしている農家における、単位生産量(ブッシェル)当たりの市場価格(X軸)
の動きに応じ、マーケティング・ローン、直接固定支払いおよび価格変動対応型
支払いによる価格上乗せ効果を加味した生産者手取り分(Y軸)がどのように変化
するのかを示している(実際には、これら 3 つの制度における生産量(面積およ
び単収)は必ずしも一致しないため、図はあくまでも擬制的なものである)。



  これによると、市場価格がローンレート水準の1.98ドル/ブッシェルまでは、

 ・ マーケティング・ローンによる効果(@):1.98

 ・ 直接固定支払いによる効果(A):0.28(支払単価)×85%=0.238

 ・ 価格変動対応型支払いによる効果(B):〔2.60(目標価格)−(0.28+
    1.98)〕×85%=0.289
    
  を合計した2.507ドル/ブッシェルという一定額で生産者手取り分は確保される。

  市場価格がローンレート水準を超えると、価格変動対応型支払いによる効果
  (B)は漸減するが、生産者手取り分は漸増する。
  
  さらに、市場価格が2.32ドル/ブッシェルで上乗せ効果は直接固定支払い分
  だけとなるが、その交付は市場価格が上昇しても継続されるため、市場価格が
  2.362ドル/ブッシェルを超えた時点で、手取り分は目標価格(2.60ドル/ブッ
  シェル)を突破することとなる。
  
  いずれにせよ、単位生産量当たりで見た場合には、直接固定支払いと価格変
  動対応型支払いによる目標価格までの差額補てんは、満額ではなく、85%であ
  るということに留意する必要がある。



エ 政府支払い上限額

 新農業法では、以上のような耕種作物等を対象とする価格・所得支持政策に関
し、これまでどおり、その受給者が環境保全に関する保全遵守条項と湿地保全条
項に従わなければならないという要件などが適用されることとなったほか、今回
は、どちらかと言えば、家族経営などの中小規模の農家を支持基盤とする民主党
多数の上院と、大規模な企業的経営を支持基盤とする共和党多数の下院の双方の
法案でも対立のあった政府の支払い上限額の見直しが行われ、表7のとおり、1経
営者当たりの合計額は、96年農業法下の水準よりも低く抑えたい上院法案と、逆
にその水準を引き上げたい下院法案の中間レベルで決着した。

表7 政府支払い上限額の新旧比較

注: 3 人者規則( 3 -entity rule)とは、 1 個人の支払い上限が、当該個人が
     株主となっている他の 2 つの農場まで適用される(都合 3 農場分)という
     もので、最初の農場分は満額が、残りの 2 つの農場分はそれぞれ半額まで
     が上限額として認められているため、実際上は各水準の 2 倍まで受給する
     ことができる。

 また、今回新たに、農業所得が総所得(gross income)の75%を下回り、かつ、
3年間の平均調整総所得(adjusted gross income)が250万ドルを超える生産者は、
これら政府支払いの受給資格が与えられないこととされた。

 ただし、99年に成立した2000年度農業歳出法において導入された商品証書制度
(commodity certificates)においては、マーケティング・ローンによる融資を
受ける代わりに証書を受け取り、市場価格がローンレートを下回った際には、そ
の証書と引き換えにローン不足払いと同様の差額を受給することができるが、こ
の場合、上記のようなマーケティング・ローンまたはローン不足払いの支払い上
限額は適用されない。新農業法では、この商品証書制度が存続され、実質的に支
払い上限がかからない仕組みが残ることとなった。



オ 酪農政策

 本誌2002年4月号・特別レポート「96年農業法以降の米国酪農政策の動きについ
て」においては、今年3月時点での上下両院の農業法案における酪農政策の扱いに
ついて説明した。ここでは、その後の両院協議会での調整を経て最終的に新農業
法に盛り込まれた主要政策について記述する。



@ 加工原料乳価格支持制度

 96年農業法では1999年12月末までに段階的に廃止することが規定されていたが、
これまでの度重なる立法措置によって今年5月末までの延長が図られ、上下両院法
案でもさらに延長することが規定されていた。新農業法では、加工原料乳の支持
価格を従来までと同水準の9.9ドル/100ポンドに固定したまま、法律の実施期間
と同じく2007年12月末まで延長することとされた。また、農務長官に対して、CC
Cによる財政負担を軽減するために、支持価格を変えずに脱脂粉乳とバターの買上
価格を年2回以内変更することを認める、いわゆるティルト(tilt:上下調整)条
項も存続している。



A 全国酪農市場損失支払いプログラム(価格変動対応型支払い)

 既報のとおり、上院法案では、昨年9月末に失効した北東部諸州酪農協定の代わ
りに、北東部12州とその他38州とに区分した2本立てで、価格変動に対応した、酪
農家に対する新たな直接支払いを導入するという提案がなされていた。両院協議
会では、こうした地域区分が取り払われ、前者の北東部12州方式を全米各州に対
して一律に適用する全国酪農市場損失支払い(National Dairy Market Loss Pay
ments:DMLP)プログラムを導入すること、北東部諸州酪農協定の復活は行わない
ことで合意した。

○ 全国酪農市場損失支払い(DMLP)プログラムの概要

【算定式】支払額=生乳生産量×(16.94ドル/100ポンド−ボストンのクラスT価格)×45%

 ・ 2001年12月 1日から2005年 9月30日までの間、

  − 毎月のボストンにおけるクラスT(連邦ミルク・マーケティング・オー
      ダー制度における飲用向け生乳)価格が、16.94ドル/100ポンド(失効し
      た北東部諸州酪農協定の最低価格と同水準)を下回った場合、
      
  − その差額が、全米の各農家における毎月の生乳生産量に45%(北東部オ
      ーダー内のクラス・仕向け割合)を乗じた数量に応じて、助成金として支
      払われる
      
 ・  1 生産者当たりの支払い上限数量は、年間で生乳240万ポンドまで(これ
    は2001年の全米平均データに基づけば、経産牛132頭分に相当。ちなみに、
    同年における全米の1戸当たり経産牛飼養頭数は93頭)
     
 ・ 本プログラムの実施期間中の予算額は、議会予算局(CBO)の見積もりでは
    13億ドルとされているが、実際にはこれをかなり上回るものと見られ、例え
    ば、業界紙「Feedstuffs」によれば、24億ドルと推計されている。

 この全国1本化は、支払額に関する地域間の不公平を懸念する全国生乳生産者
連盟(NMPF)による積極的なロビー活動が実を結んだものとも伝えられている。
一方、全米の乳業メーカーなどが組織する国際乳食品協会(IDFA)は、加工原料
乳価格支持制度が延長されるのに屋上屋を架すものであるとして、当初からこう
した制度の導入に強く反対しており、「このプログラムには支払い金額の上限が
設定されているとはいえ、生産の増大や価格の低下を誘引する。小規模経営にお
いては、こうした乳価の低下を助成金で埋め合わせることはできず、大規模経営
はなおさら低乳価そのものに耐えなければならなくなる」との懸念をあらためて
表明している。

 本プログラムには、北東部諸州酪農協定で用いられた価格指標(最低価格)の
名残があるものの、乳価の低迷による生産者の損失を補てんするために、99年か
ら3回にわたって緊急的に実施された酪農市場損失支援プログラムと概念的には同
じであると言え、また、前述のような、耕種作物等に対する価格変動対応型支払
いに比べると、「生産に関連した作物特定的な支払い」という性格がより濃厚で
あるため、牛乳乳製品に特定的な「黄の政策」として助成合計量(AMS)に算入さ
れることは避けられないだろう。米国のある乳業団体幹部は、「ただでさえ米国
全体のAMSの約束水準(191億ドル)の約4分の1が加工原料乳価格支持制度による
市場価格支持によって占められているのに、これにさらに酪農関係の直接支払い
による金額が上乗せされるのは決して心地いいことではない」と話してくれた。
これは、他の作物に比べ、酪農関係の保護の度合いが突出するという懸念による
ものである。




B 連邦ミルク・マーケティング・オーダー(FMMO)制度

 新農業法では、本制度の見直しに関する規定はなく、現行制度が継続される。



C 乳製品輸出奨励計画(DEIP)

 新農業法では、2007年まで継続することが規定されている。



D 全国酪農振興研究プログラム(チェックオフ・プログラム)

 新農業法では、牛乳・乳製品の需要増進活動を行うための原資として、現行の
生乳生産者からの課徴金の徴収に加えて、牛乳・乳製品の輸入業者に対しても、
15セント/100ポンドを賦課するという規定が盛り込まれた。この賦課金額は、生
乳単位重量当たりの水準であり、USDAにおいては今後、各輸入乳製品についての
生乳換算係数を決定しなければならないという問題がある。

 また、内外からは、追加的な関税に相当するといったWTO協定整合性を疑問視す
る声なども寄せられており、条文には、「農務長官は、米通商代表部(USTR)と
協議の上、国際貿易約束に整合した方法で実施しなければならない」、「徴収さ
れた資金は海外市場における販売促進活動には用いてはならない」と規定されて
いる。



E 酪農政策に関する調査

 新農業法の施行(今年5月13日)から1年以内に、a)農家における生乳販売価
格の安定や収益性、栄養プログラム、牛乳の流通コストや用途などに関する全国
的な酪農政策が与える経済的影響評価、b)牛乳の価格支持や供給管理に関する
連邦プログラムを廃止し、牛乳の価格や供給を管理する権限を州に委譲した場合
の影響評価などを行うための調査を農務長官が実施することとされた。



カ AMSの約束水準を超えないための支出額調整条項

 実質的な不足払い制度の復活と言える価格変動対応型支払いが下院法案に盛り
込まれた際に、WTO協定下における米国のAMSの約束水準(191億ドル)を超える可
能性について懸念する声を受け、USDAにこうした事態を回避させる権限を与える
という条項が加えられ、最終的な法律にも盛り込まれた。具体的には、次のよう
な規定となっている。

@ 農務長官は、関連政策の支出額がAMSの約束水準を超えるおそれがあると判断
  した場合には、最大限実行可能な範囲内で、これを超えないよう調整を行わな
  ければならない(「電流遮断機(Circuit Breaker)条項」)。

A 農務長官は、@の調整を実施する前に、上下両院の農業委員会に対して、か
  かる決定と調整の程度について記述した報告書を提出しなければならない。
  
   新農業法に対しては、EUや、隣国カナダをはじめ豪州、ニュージーランドを
  含むケアンズ・グループ諸国などから、「新ラウンド交渉において目指そうと
  しているさらなる農業保護削減の方向に逆行する」、「貿易わい曲的な補助金
  の増大は、国際市場を混乱させ、特に開発途上国に大きなダメージを与える」
  といった趣旨の非難の声が上がっているのに対し、ベネマン農務長官は5月下
  旬、
  
  @ 新農業法による毎年の増加額(約74億ドル)は、過去4回の緊急支援措置
  (平均約75億ドル)とほぼ同じ水準である
  
  A 新農業法はWTO協定に整合的であり、同法にはAMSの上限を確実に守るため
  の「電流遮断機条項」も規定されているため、今後とも確実に遵守される
  
と反論している。しかし、この条項が本当に機能するのかどうか、その実効性に
ついては懐疑的な見方も多く、USDAがこの条項を具体的にどのように運用してい
くのか、注視が必要である。

 (以下、「後編」に続く。)
                         


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