海外駐在員レポート
ワシントン駐在員事務所 樋口 英俊、渡辺 裕一郎
米国における「農業用の家畜」(Farm Animal:以下「家畜」という)につ いての動物福祉(Animal Welfare)に関する規制は、それが最も進んでいる欧 州連合(EU)と比較すると、かなりの程度緩いものと言える。しかし、この ところ、メディアの利用が得意とされる動物福祉団体からの強硬な要求などに より、食品関連業界において調達する畜産物などに適用すべき自主的な動物福 祉基準作りの動きが見られるなど、動物福祉は関連業界にとって無視すること のできない問題となっている。 拙稿では、 @米国での動物福祉問題の大まかな歴史、 A動物福祉団体が畜産において問題視している事項、 B政府による動物福祉に関する規制の概要、 C関係業界による自主的な取り組みの動き、 D動物福祉問題の核である動物福祉団体の主張・活動の強化につながると思 われる畜産をめぐる諸問題、 について述べることとしたい。
ここでは、まず米国の動物福祉問題をめぐる大まかな流れについて簡単に触 れておきたい。 米国での動物福祉の組織的な活動については、1866年に慈善家で外交官でも あったヘンリー・バーグが設立した米国動物虐待防止協会(The American Society for the Prevention of Cruelty to Animals;ASPCA)による動物虐 待に関する情報提供、防止のための規則制定への取り組みが最初とされる。同 協会の努力は、ニューヨーク州における、米国初の動物虐待防止に関する規則 の施行につながっている。 20世紀の初めには、輸送関連技術(当時は列車)の発達により、動物の長距 離輸送が可能となったことから、輸送時における動物の人道的な取り扱いに人 々の関心が集まった。こうした背景により、動物の継続的な輸送時間の上限な どを定めた「28時間法」(後述)が制定されるに至った。 その後、第二次世 界大戦終了後の数年間までは、動物福祉に関する目立った動きは見られなかっ たものの、1950年代に入ると、・研究や検査のために利用される実験動物の使 用が急増したこと、・個人の自由(動物も含まれる)や環境保護のための政治 活動が活発化したこと、・農業従事者の割合が減少し、農業の実態があまり知 られないようになったこと、・消費者が裕福になり、単に空腹を満たす以外の 点で食物などに関心を持つ余裕ができたこと、などから動物福祉への関心が急 速に高まることとなった。こうした経緯により、1958年には「人道的なと畜に 関する法律」、1966年には「動物福祉法」が制定された(それぞれ後述)。 その後、畜産については、大規模化や集約化が進行していたものの、1980年 代に入るまで特段の関心を持たれることはなかった。しかし、最近では、メデ ィアの注目が高まると共に、畜産に対しても批判的な声がより頻繁に聞かれる こととなった。 現在も動物福祉に関する関心は高まっているものの、議会においては、動物 福祉に関する法案には、依然としてあまり熱心な支持は得られていないようで ある。しかし、後述するとおり、動物福祉に関する最も強力なイニシアティブ は、関連業界の内部から自主的なガイドラインの導入という形で現れてきてい る。
動物福祉のカバーする対象は、実験用動物からサーカスの動物までと幅広いが、 本稿の焦点である家畜についてみると、動物福祉団体から問題視されている事 柄として、主として次のようなものが挙げられる。 @家畜の飼養に関すること 多くの動物福祉団体が批判するのは、限られたスペースに多くの家畜が収容 される集約的飼養システム(「工場的生産(Factory Farming)」とも称され る)であり、特に養豚と養鶏にその代表的なものが見られる。また、養鶏で行 われる強制換羽(Forced Molting)も自然に反しており、鶏にストレスを与え るものとして強い批判がある。 A外科的処理に関すること 畜産においては、肉質の向上、家畜のけが防止などの目的で家畜に外科的な 処理を施すことがある。代表的なものとしては、牛や豚の去勢、牛の除角、鶏 のくちばし切り(デビーク)などが挙げられる。動物福祉団体からは、これら の処理は麻酔なしで行われることも多いため、家畜に激痛と不必要なストレス を与えるとして批判されている。 B輸送およびと畜に関すること 家畜の輸送上の問題点としては、トラックなどでの輸送中に天候からの家畜 の保護が不十分であること、過剰な数の家畜が詰め込まれていることなどが、 動物福祉団体から指摘されている。一方、と畜場やストックヤードでは、起立 不能の家畜(downer)の扱い1、と畜時のスタンニングの不徹底などが懸念材 料として挙げられている。 C動物用医薬品およびバイオテクノロジーに関すること 畜産経営体の大規模化、集約化が進む中、より効率的な飼養を行うために抗 生物質などの動物用医薬品が使用されていることに対して、動物福祉団体の懸 念が強まっている。また、バイオテクノロジーなどを利用した新たな家畜の改 良は、不自然な形態の家畜の誕生や、その後の当該家畜の苦痛を生じさせるの ではないかなどとの懸念も生じている(例えば、骨格の大きさに比して、増体 が極めて良い豚が生まれた場合、この豚は体重を支えきれず、けがをしやすく なったり、横たわったままの状態で過ごしたりすることになるというもの)。
1 動物福祉団体のFarm Sanctuaryによれば、病気などで立てなくなった家畜 はと畜されるまでの間、置き去りにされたままの状態でケアも受けず、家畜の 移動の際にはフォークリフトで押す、あるいは、チェーンを付けて引っ張るな どの行為が行われているとしている。次期農業法(The Farm Security and Rural Investment Act of 2002)のSec. 10815では、起立不能の家畜の実態、 起立不能となる原因、これらの家畜の人道的な取り扱いなどに関して、農務長 官が調査を行い、議会に報告することを義務付けているほか、農務長官が必要 と判断した場合、起立不能の家畜の人道的な取り扱いに関する規則を制定する ことができる旨規定されている。
ここでは、動物福祉に関連した連邦および州レベルの規制について紹介する。
(1)連邦レベルの規制 @「28時間法(28-Hour Law)」2 現在も有効である動物福祉に関連した連邦レベルの法律で最も古いものは、 1906年に制定された通称「28時間法」と呼ばれる法律である。この法律 は、動物(家畜を含む)を州間移動させる場合、飼料、水の給与や休憩を行う ために動物を輸送車両などから降ろすことなく、継続して28時間以上当該車両 などに積んだままの状態にしておくことを禁止している。しかし、事前の承認 を得た場合、および事故や不可避的な事由により動物を降ろすことができない 場合には、最長で36時間までこの規定は適用されないこととなっている。また、 この法律では、輸送車両などから家畜の係留場まで飼料、水の給与および休憩 のため、「人道的」に移動させることが義務付けられているものの、肝心の「人 道的」という言葉に関する定義が規定されていないため、厳格さを欠いた規制 となっている。 A動物福祉法(Animal Welfare Act)3 1966年に制定された「動物福祉法」は、動物に対して人道的な取り扱いを行 うことを規定したものであるが、その対象は農務長官により、ペット、研究、 検査、展示(動物園、サーカスなど)に利用される動物に限定されており、 「家畜」は除外されている点に注意したい。なお、USDA動植物衛生検査局(AP HIS)が同法の執行を担当している。 B人道的なと畜に関する法律(Humane Methods of Livestock Slaughter Act)4 「人道的なと畜に関する法律」は1958年に成立し、と畜やと畜場での家畜の 取り扱いに関する方法を規定したものである。と畜方法については、単発の打 撃、銃撃、電気的、化学的その他の効果的で素早い方法により家畜が苦痛を感 じないように行うことが義務付けられている。78年からは、この基準を満たす ことのできない外国のと畜場で生産された食肉の輸入も禁止された。 なお、同法の対象家畜は、牛(子牛を含む)、馬、羊、豚などであり、家き んは除外されている。このため、動物福祉団体の要望などで、95年には家き んの人道的なと鳥を義務付ける法案が提出されたものの、成立はせず、それ以 降同様の立法化の試みは途絶えた状態が続いている。また、宗教に基づくと畜 に関しても例外扱いとされていることから、この点を同法の欠陥の一つとして 非難する動物福祉団体もみられる。 と畜場での家畜の取り扱いに関する部分については、家畜がけがをしないよ う係留場、通路および待機所は修理をきちんと行うこと、通路の床は滑らないよ うにするとともに、急カーブを設けないことおよび進路上反転させる回数を最 小にすることなどが義務付けられている。また、トラックなどから家畜を降ろ す場合には、家畜が興奮したり、不快感を抱いたりすることのないように行う ことが求められているほか、通常の歩行速度以上で進むことを強制することも 禁止されている。 と畜場の係留場においては、家畜は常時飲料水(24時間以上係留場に置かれ る場合は飼料についても)へのアクセスを保証することが義務付けられる。ま た、係留場での待機が次の日にまたがる場合は、家畜が横たわれるだけの十分 なスペースを設けることが必須となる。 同法の執行は、USDAの食品安全検査局(FSIS)の担当で、と畜場で違法行為 が行われた場合、まずFSISの検査官は、施設の運営者に対して再発防止に必要な 措置を講じるよう要請し、それでも再発した場合は、再発しないことについて 十分な確証が得られるまでの間、関連するセクションを閉鎖する権限を有して いる。 動物福祉団体の中には、この執行が不十分と指摘するところがある一方、FS ISは2002年2月1日、同法に関する監視強化を図るため、関連規定の遵守状況の 現地確認などを行う17名の地域獣医スペシャリストを配置することを発表した。 FSISのガルビン副局長(Acting Administrator)は、これらのポジションの設 置について、家畜の人道的なと畜と取り扱いの問題はFSISの最優先事項である ためと述べている。 連邦レベルでの家畜に関する動物福祉の規制は、間接的な意味では大規模畜 産経営体に対する環境規制なども含まれるが(環境規制により、飼養密度が低 くなるという意味で)、直接的な意味では、上記・および・の2つしか存在しな い。(EUのように)包括的な動物福祉の規制が制定されない理由については、 動物福祉団体の行動はメディアの関心を呼び、大きく紹介されることもあるが、 多くの国民にとって、その主張は依然「極端」と捉えられているためとの指摘 もある。 なお、クリントン前政権の時には、動物福祉の規則に関する調整を図ること や、新たな規制の程度を検討するために、USDAに農業用家畜の福祉に関する作 業グループ(Farm Animal Well Being Task Force)が設けられたが、具体的な 成果は挙げておらず、新政権に代わってからは、当該グループの会合は一度も開 催されていない。
2 49 USC,Subtitle X,Sec.80502 3 7 USC,Chapter 54 Sec.2131-2156 4 7 USC,Chapter 48 Sec.1901-1906
(2)州レベルの規制 動物福祉の州レベルの規制に関しては、一般に連邦レベルのものに追随する 形となっており、州独自の取り組みとして注目すべきものは少ないのではない か思われる。一方、カリフォルニア州を含む一部の州では、連邦レベルの「人道 的なと畜に関する法律」でカバーされていない家きん(廃鶏を除く)について、 人道的なと畜を行うよう義務付けた規則が制定されている。しかし、カリフォ ルニア州の家きん処理工場のうち、約5%未満のみが州政府の検査対象となっ ているに過ぎないことから、この規則の及ぶ範囲は限定的なものと言えるだろ う。
前章で見たとおり、公的な規制という観点では、家畜の動物福祉への取り組 みは積極的には行われていないというのが実情である。しかし、動物福祉団体 からの個別的かつ直接的なプレッシャーを受ける関係業界では、自主的に動物 福祉のガイドラインを導入するなど、独自の取り組みが着々と進められている。 (1)ランドマークとなったマクドナルド社の事例 マクドナルド社は、調達する畜産物の原料について動物福祉に基づく基準を 導入した米国で初めての企業であり、同社の動きは米国の動物福祉問題におけ るランドマークの一つと捉えられることから、その経緯、取り組みの概要を次に 取り上げることとする。 (経緯について) マクドナルド社と動物福祉との関係は古く、同社は94年には、畜産物の原料 調達に関する自主的なガイドライン適用の意向を示していた。しかし、実質的 にそのより厳格な執行を行う契機となったのは、同社が英国で同年にロンドン の動物福祉運動の活動家を誹謗中傷(libel)で訴えた裁判であった。本件は、 この種の裁判としては異例の期間を要し、97年にマクドナルド社が一審で勝訴 したものの(本件は上告され、今も係争中)、マスメディアの注目を浴びた。 その上、同社が動物の残酷な取り扱いに責任を有するとの裁判所の判断が示さ れたことから、消費者の同社に対するイメージにダメージを与えたとされる。 この問題は米国にも飛び火し、特に、動物福祉団体の一つである「動物の倫理 的な扱いを求める人々」(PETA)がマクドナルド社に対し、当該裁判での議論 などを基に、家きんの飼養環境の改善など、動物福祉への対応を求めて、直接 的な交渉、株主としての意見書(Shareholder Statement)の提出 、子供向け の「Unhappy Meal」キャンペーンの実施などにより圧力をかけ続けた。こうし た状況下で、PETAのホームページの情報によれば、マクドナルド社は、2000年9 月にPETAがキャンペーンの一時中止5を発表するまでの間、@豚肉は、雌豚がよ り動物福祉に配慮して飼養されている供給業者からのみ購入する可能性を検討 する、A鶏肉と鶏卵は、鶏のくちばし切りを行わない供給業者からのみ購入する、 B鶏卵は一定の広さ以上のケージで生産を行い、強制換羽を実施しない供給業 者からのみ購入する、Cと畜場で人道的なと畜が行われているか監査を行うな どの対応を行った。同社の独自の動物福祉への取り組みに対しては、2001年に 優れたイッシュー・マネージメント6を行った者に与えられる「Chase Award」 をイッシュー・マネージメント協議会(IMC)から授与されるに至っている。 一方、マクドナルド社へのキャンペーンの成功で勢いを得たPETAは、バ ーガーキング社、ウェンディーズ・インターナショナル社といった大手ハンバ ーガーチェーン企業に対して同様のガイドラインの導入を求める行動を次々と 起こし、結果的に要求を認めさせていった。現在も、全米第3位のスーパーマーケ ットであるセーフウェイ社に対するキャンペーン7が2000年10月以来行われて いる。 (動物福祉に関する基準等について) マクドナルド社の動物福祉に関する自主的な取り組みには、その手引きとな る次の6つの原則が定められている。それらは、@安全な食品の提供、A動物福 祉の品質保証への取り込み、B家畜の倫理的な取り扱い、C遵守状況の確認、 向上を目的とした監査を行うための供給業者とのパートナーシップ、D業界で の動物福祉的な慣行および技術を促進するためのリーダーシップ、E動物福祉 をめぐるプログラム、計画、進展状況などに関するコミュニケーション促進、か ら構成される。 また、マクドナルド社では、学識経験者、民間業界、動物福祉の関係者からな る動物福祉協議会(Animal Welfare Council)を設けている。同協議会は、動 物福祉の問題について上記の原則などの観点から検討し、マクドナルド社の経 営陣や供給業者に勧告を行うほか、関連事項への情報提供、助言などを行う。 供給業者に要請される具体的な動物福祉の基準に関しては、基本的に畜産関 係団体が定めたガイドラインが採用されており、例えば、と畜に関しては、米国 食肉協会(AMI)が作成した食肉パッカーのための家畜取り扱いガイドライン が利用されている。また、卵の供給に関しては、鶏卵生産者連合(UEP:鶏卵業 界4団体の連合組織)が作成したガイドラインに若干修正を加えたものが採用 されている。なお、異なる点としては、ケージでの一羽当たりの最小スペースが UEPのガイドラインでは67平方インチ(約420cm2)と定められている一方で、マ クドナルドでは、これを上回る72平方インチ(約452cm2)としていることなど が挙げられる。8 (2)生産者団体に加えて小売・レストラン団体も UEP以外の主要な家畜の生産者団体も自主的な動物福祉のガイドライン (または原則など)を定めている。例えば、全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA) では、「牛・牛肉ハンドブック」(Cattle and Beef Handbook Facts and Figures)において、動物福祉に関する原則や飼養方法に関する大まかな指針 を記載している。前者については、適切な飼養方法が家畜の健康や生産性の向 上につながることや、所有する家畜の世話をきちんとすることは人間としての 義務であるといったことがうたわれているほか、後者については、例えば、動物 福祉団体の非難の対象となっている除角や去勢について、健全な飼養上の理由 に基づくものであるが、できる限り人道的に行わなければならないなどとされ ている。 肉豚生産者の団体9についても、「飼養標準」(Code of Practice)を設け、 動物福祉的な観点などから、豚の適切な管理、飼養方法に関する指針を与える とともに、別途作成している豚飼養ハンドブック(Swine Care Handbook)にお いて、それらに関する最新かつ具体的な情報を生産者に提供している。「飼養 標準」では、@豚が安全、人道的かつ効率的に動くことができ、また、十分に 手入れされた施設を使用すること、A豚の成長段階に応じた適切な飼養管理が 行えるよう担当者に教育を施すこと、B豚には良質な飲み水、栄養的にバラン スの取れた飼料へのアクセスを確保すること、C豚の健康状態に応じて、獣医 師に早急に対応してもらうこと、D輸送においては、詰め込み過ぎや長時間輸 送などによるストレスを避けるよう努めること、などの指針が示されている。 前述のAMIのガイドライン(The Recommended Animal Handling Guidelines for Meat Packers)は1991年に、と畜場での動物福祉問題の第一人者である グランディン博士(コロラド州立大学助教授)の協力を得て作成され、既述の 人道的なと畜に関する法律に基づく適切な家畜の取り扱いを行うための助言な どで構成されている。97年に改定されたガイドライン(Good Management Practices for Handling and Stunning Guide)には、と畜時に行われたスタ ンニングの結果、スリップした家畜の割合、スタンニング場所で声を出した (vocalizing)家畜の割合などによって、各施設での動物福祉の水準をより客 観的に評価する仕組みが取り入れられた(グランディン博士が開発)。 最近の注目される動きの一つとしては、食品小売・卸売業者の団体である Food Marketing Institute(FMI;会員数約2,300)と大規模レストランチェー ンの団体である全米チェーンレストラン協会(NCCR;会員数約40)が協力して、 動物福祉を向上させるための業界の方針とプログラムを検討していることが挙 げられる。この合同計画は2001年6月に発表されたもので、前述のとおり個別の ハンバーガーチェーンやスーパーマーケットがPETAのキャンペーン対象となっ たことなどを反映したものとみられる。このプログラムの目標について、FMIと NCCRは、「家畜の飼養、取り扱いおよび加工における望ましい方法に関し、客 観的で計測可能な指数を有する動物福祉のガイドラインを作成すること」とし ている。2002年2月には中間報告書が提出され、同年6月までにはガイドライン の検証および畜種ごとのガイドラインの採択を完了し、会員に対する同ガイド ラインの畜産物供給業者への適用を勧告するとのスケジュールが示されたとこ ろである。 こうした動きの背景となっているPETAの活動については、その是非を含めて 様々な意見があることは想像に難くない。しかし、消費者と直接的な接点があ り、彼らのイメージを最も気にせざるを得ない川下の有力企業群を個別にター ゲットにし、それらの企業に動物福祉のガイドライン導入を執拗に迫り、これ を実現することで、ますます強まる川下企業の強い立場を背景に、川上の生産 段階に影響を及ぼさせていくというPETAの手法は「賢く、効果的」であると言 わざるを得ない。 一方、消費者の求めるものは、高品質で均一性を有した低価格の商品であり、 こうした商品の生産は、このような需要に基づき築き上げられた、例えば(批 判の対象となっている)養豚経営体などの集約的かつ大規模な生産方法による ところが大きいのも事実である。関連業界(特にしわ寄せを受けやすい川上の 生産者)には、こうした事実、消費者の消費指向の見極め、導入されるガイドラ インの将来的な生産コスト、価格への影響などの経済的なインパクトといった ことに加えて、健全な科学的根拠に基づき、より冷静かつ客観的な視点でこう した問題に対処していくことが求められていると言えよう。
5PETAは、その後も1年ごとにキャンペーンの一時中止を継続するかを見直し ている。なお、キャンペーン自体は猶予されているものの、米国で受け入れた基 準を国際的に適用することなどの要求は依然として行っている。 6 イッシュー・マネージメント(Issue Management)は、パブリックリレー ションズ(Public Relations)の手法の一つであり、企業批判が高まった70年 代後半の米国に登場した。新たな課題や問題を予測し、それらに対する企業の 対応策を考えて実施するもので、「問題管理」などとも訳される。 7 具体的なキャンペーンのスローガン等の内容については、PETAのホームペ ージ(www.meatstinks.com)を参照されたい(蛇足ながら、アドレスにある 「meatstinks」とは「肉って最低!」という意味)。なお、大々的なキャンペ ーンは行っていないが、本文で触れた以外のファストフードチェーンについて も、賛同者に対して動物福祉的な基準の採用をそれらの会社に求めるよう呼び かけている。 8 米国鶏卵業界の動物福祉への対応などについては、弊誌2001年8月号「米国 の鶏卵産業の状況」も参照されたい。 9 豚肉生産者などから徴収されるチェックオフ資金を利用して作成されてい るもので、当該業務を担当する全米豚肉ボード(NPB)から提供されている。
動物福祉の問題は従来、動物の取り扱いに関する人道的なモラルや人として の慈しみの感情に訴えるというイメージが強く、実際に動物福祉団体の主張に もそうした面は多々見られる。一方で、今日の動物福祉団体には、こうした伝 統的なアプローチに加えて、米国における畜産、社会の動向に即して一般の人た ちに対してより訴求できる側面(すなわち、食と健康、環境問題など)に関連付 けたものも多く、それらがこうした団体の主張や活動をより強固なものにして いく可能性も強い。この章においては、それらのポイントについて述べる。 (食と健康の問題) まず、食と健康の問題を取り上げる。第一の問題は肥満であり、米保健社会 福祉省(HHS)が昨年12月に公表した報告書によれば、米国では99年時点で、6 歳から11歳の子供の13%、12歳から19歳の青少年の14%、さらに成人では61% が太りすぎであるという。また、年間30万人の死亡が肥満に関連したものとさ れ、肥満がもたらす経済的なコストは2000年において1,170億ドル(15兆2,100 億円:1ドル=130円)に達すると試算された。HHSのトンプソン長官は肥満の問 題を「今日我々が直面する最も緊急な健康上の課題」と重要視しており、今後 の政府の積極的な関与を示唆している。 一方、動物福祉団体は、時に「反食肉団体(Anti-meat Group)」とも称され るとおり、肉食の習慣を止めて菜食主義を実践するよう勧めるところが一般的 である。米国での肥満問題の深刻化は、その原因として敵視されやすい食肉 (70年代後半以降の牛肉が好例)について、動物福祉団体へ絶好の攻撃の機会 を与えていると言えよう。実際、PETAが作成しているのホームページの一つに は「Stop! That Hamburger is making you fat(待った!そのハンバーガー が太る原因に)」というスローガンと共に、菜食主義によるダイエット方法な どが紹介されており、健康と食品という観点から支持を得るための、動物福祉 運動のアプローチの一例として捉えることができる。 次に家畜に投与される抗生物質の問題である。動物福祉団体は、家畜の大規 模、集約的飼養を「工場的農業生産(Factory Farming)」と呼び、批判の対 象としていることはすでに述べたとおりである。こうした生産形態においては、 家畜の伝染性疾病の発生は経営体に甚大な被害を与えることから、家畜疾病の 対症療法としてではなく、予防的な意味で抗生物質が使用されることがある。 このことが人間の病原菌で、抗生物質への耐性を有するものが増加している原 因になっているとの研究結果などと結びつける報道等も行われている。10食肉 への抗生物質の残留については、と畜場でUSDA/FSISによって、科学的根拠に 基づいた検査が行われているにもかかわらず、動物福祉団体としては、そのよ うな報道等により、家畜の工場的生産への批判に「抗生物質」という新たな攻 撃材料を得たとも言える。 (環境、畜産の新技術の問題) 動物福祉団体の主張を強める議論の一つに環境問題も挙げられる。今年12月 の最終規則の発表に向け、EPAで検討中の大規模畜産経営体(CAFO)への環境 規制強化の例を挙げるまでもなく、CAFOによる特に水質汚染への影響は大きな 懸念材料となっている。前述の通り、動物福祉団体も工場的生産を行うCAFOを 批判対象としていることから、一般に強い政治力を有するとされる環境団体と 畜産経営体への環境規制強化などで共闘することも可能である。実際、ロバー ト・ケネディ Jr. が会長を務める環境団体Water Keeper Allianceが2000年に 大規模養豚経営体に対する環境規制の執行を求めた訴訟には、動物福祉団体で あるAnimal Welfare Instituteの農業用家畜アドバイザーが連携メンバー (Coalition member)として名を連ねていた例もある。 また、最近のバイオテクノロジーを利用した新技術についても、動物福祉団 体に畜産関連業界批判の材料を与えているとされており、その例の一つとして、 遺伝子操作による新たな品種の創造がある。動物福祉団体によれば、こうした 作業は依然試行錯誤の段階で、実験の失敗により多くの不健康な動物が誕生し、 苦痛を味わっていると主張している。新たな品種を作り出すことについては、 宗教、倫理団体などとも協力して反対していくこともあり得るだろう。
10最近の例では、4月17日付けのロイター電などで、New England Journal of Medicineに掲載された論文に関連した記事が挙げられる。この論文は、抗生物質 に耐性を持つ連鎖球菌(strep)を保有する子供が増えているという研究に関す るものであった。当該ロイター電では、具体的な科学者の引用をせず、「家畜 への日常的な抗生物質の投与と、人間の抗生物質の過剰摂取により、抗生物質 に耐性を有するバクテリアの発生がもたらされていると考える科学者達がいる」 と報じている。
動物福祉に関連した食品の動向などについて 動物福祉運動の究極の形とも言える菜食主義者(ベジタリアン)は、米国に どれくらいいるのか?ベジタリアンの団体であるVegetarian Resource Groupが 2000年に調査会社に委託して実施した調査ところによれば、18歳以上の大人の 2.5%がベジタリアン(食肉、魚を食べない人と定義)であり、そのうち、それ らに加えて乳製品、卵、蜂蜜も食べない、いわゆるVegan(「VEE-gan」と発音) は0.9%との結果であった。調査結果に基づく、最も一般的なベジタリアン像は、 東海岸又は西海岸の大都市に住み、外で働いている女性というもの。 民間の調査会社によれば、米国のベジタリアン食品の市場規模は2001年で12 億5千万ドル(約1,625億円)と推計され、今後5年間で毎年100%〜125%の率 で増加が見込まれるとしている。前述のとおり、ベジタリアンの割合は2.5 %に過ぎないものの、肥満などの健康への懸念から、25%の消費者が食肉の 代わりに食肉代替食品を利用することがあると、この調査会社では推計してい る。 食肉代替食品としては、これまで大豆を利用したものが多かったが、最近、 ヨーロッパからキノコ類(fungus)を使用した「Quorn」11 という製品が米国 市場に登場して注目を集めた。この商品はコレステロールが含まれていないこ と、飽和脂肪酸が少ないこと、チキンの食感に近いことなどを「売り」に、チ キンスタイル・ナゲット、チキンスタイル・カツレット、ラザーニアなどのラ インアップを用意している。 また、動物福祉団体が独自の動物福祉基準で生産された畜産物の認証を行う 試みも行われており、例えば、American Humane Associationは平飼いの採卵鶏 から得られた卵などに「Free Farmed」という認証を行っている(写真中央部 のやや右にあるマークを参照)。 一方、今年の10月には連邦基準として初のオーガニック(有機)農産物に関 する規則が施行される。有機農産物の生産の全体に占める割合は依然としてか なり低いものの、市場規模は確実に拡大が見込まれており、また、動物福祉の 観点からも、抗生物質の不使用など、その趣旨と一致する部分もあることから、 今後の展開が注目される。
11 原料はトリュフ、マッシュルーム、アミガサタケなどと同種の「Fusarium venenatum」から得られる「mycoprotein」とされる。製造は製薬メーカーAstra Zenecaの子会社であるMarlow Foods社。
米国での動物福祉の動きは、これまで紹介したように、動物福祉団体の要請 とこれに対応する関連業界の自主的な取り組みという流れが大きなものと言え よう。米国内の食肉(牛肉、豚肉、家きん肉)の1人当たり消費量は、2000年には 5年前の4.6%の増加となっており、動物福祉の問題よりも、例えば、価格を含 めた経済状況の要因の方が、かなりの程度大きな影響を与えているものと考え られるが、日本でのBSE発生後の混乱を引き合いに出すまでもなく、消費者の抱 くイメージは決して侮れないことも事実である。 一方、川下の業界で進められている動物福祉に基づく調達基準は、川上での 生産コスト増加などの影響を与えていくものと予想されるが、どの程度反映さ れていくのか、そして、その消費その他への影響など、今後とも注視していくべ き事項の一つであることは間違いない。 資料 米国食肉輸出連合会 「アメリカン・ミート セーフティガイドブック」 Animal Welfare Institute“Animal Welfare Institute Quarterly” Winter 2001 Vol. 50 Number 1 MMT“Activists Inc.”、“Inside Animal Activists”April 2002 USC、USDA、HHS、マクドナルド社、PETA、Farm Sanctuary、 The Vegetarian Resource Group、Mintel、NCBA、NPB、 American Meat Institute、米国下院農業委員会、 Quorn、Washington Postなどの各ホームページ 以上のほか、コンサルタントの調査報告書を参考にした。 (参考)主な動物福祉団体のプロフィール Animal Welfare Institute (AWI) 本部:Washington, DC 設立:1951年 主な関心事項等:工場的農場(Factory Farming)、 実験用動物、種の保存、捕鯨、 わなによる捕獲(trapping)など 予算:1,820,260ドル(1999年) ホームページ:www.awionline.org Farm Animal Reform Movement (FARM) 本部:Bethesda, MD 設立:1981年 主な関心事項等:農業用家畜、Vegan生活の普及促進。 毎年3月20日(全米農業の日でもある)を食肉追放日 (The Great American Meatout)と定め、各種イベントを開催。 支持者にはTV番組(Price is Right)の司会者Bob Barker、 女優Mary Tyler Moore、同Jennie Garth (ビバリーヒルズ青春白書のケリー役)などがいる。 予算:411,522ドル(2000年) ホームページ:www.farmusa.org Farm Sanctuary 本部:Watkins Glen, NY 設立:1986年 主な関心事項等:農業用家畜のシェルター運営、 農業用の家畜に関する立法推進、と畜場などでの隠しカメラによる映像作成 予算:1,500,851ドル(1999年) ホームページ:www.farmsanctuary.org Farm Animal Concerns Trust (FACT) 本部:Chicago, IL 設立:1982年 主な関心事項等:農業用家畜の飼養方法の改善(特に採卵鶏)、 環境汚染の改善、食肉等の安全性向上、家族経営農家の支持 予算:369,560ドル(1999年) ホームページ:www.fact.cc/ Humane Farming Association (HFA) 本部:San Rafael, CA 設立:1985年 主な関心事項等:農業用家畜の保護、人道的なと畜に関する法律の執行強化、 食品生産における危険な化学物質の排除 予算:1,412,290ドル(1999年) ホームページ:www.hfa.org Humane Society of the United States (HSUS) 本部:Washington, DC 設立:1954年 主な関心事項等:工場的農業生産、実験用動物、狩猟、わなによる捕獲、 興行に利用される動物(サーカス、ロディオ、ドッグレースなど)、 野生動物、絶滅の危機に瀕した動物 予算:67,170,449ドル(1999年) ホームページ:www.hsus.org People for the Ethical Treatment of Animals (PETA) 本部:Norfolk, VA 設立:1980年 主な関心事項等:食肉消費(菜食主義の普及)、毛皮・皮革製品、 実験用動物、興行用動物 予算:16,487,851ドル(1999年) ホームページ:www.peta-online.org (このほか、キャンペーンごとに多数のホームページあり) Society for Animal Protective Legislation (SAPL) 本部:Washington, DC 設立:1955年 主な関心事項等:動物保護のための立法化促進 予算:76,171ドル(2000年) ホームページ:www.saplonline.org United Poultry Concerns, Inc. (UPC) 本部:Machipongo, VA 設立:1990年 主な関心事項等:家きんの取り扱い改善のための立法化促進、 鶏のシェルター(Chicken Sanctuary)運営 ホームページ:www.upc-online
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