海外駐在員レポート 

米国における新農業法の概要について (後編)

ワシントン駐在員事務所 渡辺 裕一郎、樋口 英俊、道免 昭仁








3.新農業法の主な内容



(3)環境保全政策

 米国の農業法では、環境保全(Conservation)政策は85年農業法において初め
て導入され、90年農業法、96年農業法と新たな農業法が制定される度に充実が図
られてきた。今回の新農業法の大きな特徴の1つは、この環境保全政策がさらに大
幅に拡充されたことであり、予算規模は、96年農業法の80%増(171億ドル増)に
相当する総額386億ドル(2002〜2011年の10年間分)が認められている。(議会予
算局:CBO推計)

 米農務省(USDA)経済研究局(ERS)によれば、農業分野における政府の環境保
全政策は表8のように類型化されるが、農業法において規定されているのは、その
中の「インセンティブ(奨励)措置」と「コンプライアンス・メカニズム(順守
制度)」に該当する政策である。

表8 米国の農業分野における環境保全政策の類型
政策類型 参加方式 政府の役割 米国における主要関連政策
教育/技術的支援 任意 農家に対する、保全規律の企画・実施のための情報提供および指導 ・環境保全技術支援(CTA)
表示基準 任意 認証のための基準の設定 ・オーガニック(有機)農産物認証制度

イ ン セ ン テ ィ ブ 措 置

休耕 任意 契約期間中の休耕地に対する助成金の支払い(契約期間は通常10年以上) ・土壌保全留保計画(CRP)
・湿地保全計画(WRP)
農業生産活動を通じた保全 任意 契約期間中、環境保全に取り組みながら農業生産活動を行う場合の費用を補うための助成金の支払い(契約期間は5〜10年) ・環境改善奨励計画(EQIP)
・野生動物生息地奨励計画(WHIP)
・保全保障計画(CSP)<新規>
農地保全 任意 農地・草地の保全のための地役権の買い上げ ・農地保護計画(FPP)
・草地保全計画(GRP)<新規>
環境税 強制 環境保全目的にそぐわない行為に対する単位当たりの賦課金の徴収 (連邦レベルの政策には無い)
コンプライアンス・メカニズム(順守制度) 半強制 政府支払いの受給要件として順守すべき保全行動基準の設定および順守状況の確認 ・保全順守条項
・湿地保全条項
法的規制 強制 経営体に対する排水許可 ・水質保全法(CWA)
特定の農薬の使用規制・禁止 ・連邦殺虫・殺菌・殺鼠剤法(FIFRA)
絶滅危惧種の捕獲禁止等 ・絶滅危惧種法(ESA)
資料:「Agri-Emvironmental Policy at the Crossroads: Guideposts on a Cha
      nging Landscape」(USDA/ERS:2001年1月)に一部加筆したものである(
      「農地保全」という類型や、今回の新農業法に新たに盛り込まれた「草地
      保全計画(GRP)」と「保全保障計画(CSP)」は当方で追加したもの)。

 今回の新農業法では、土壌保全留保計画(CRP)や環境改善奨励計画(EQIP)な
どの既存政策の拡充に加え、保全保障計画(CSP)と草地保全計画(GRP)という2
つの新規施策が導入されることとなった。特に、CRPのような休耕を奨励するよう
な手法ではなく、EQIPやCSPといった、農業生産活動を行いながら環境保全に取り
組む場合の費用を助成する政策に重点が置かれ、図2のように、年々その予算額が
飛び抜けて増加していくという配分となっている。ベネマン農務長官は、こうし
た政策を「農地を健全で高い生産性まま維持するものである」としている。

図2 環境保全政策の予算額の推移

資料:Office of Budget and Policy Analysis,USDA and the Congressional Bu
      dget Office

 このような環境保全に関連した農家への直接支払いは、農業生産に直結したも
のではなく、環境に着目した助成金の支払いであるため、関係の団体や議員の間
では、「グリーン・ペイメント(緑の支払い)」とも呼ばれているが、だからと
いってこれらが直ちに世界貿易機関(WTO)協定上のいわゆる「緑の政策」の中の
「環境に係る施策による支払い」の要件に当てはまるということを意味するわけ
ではない。特に、その1つの「支払いの額は、政府の施策に従うことに伴う追加の
費用または収入の喪失に限定されるものとする」という要件に反して、例えば、
政府が支払う助成金の水準が、農家の投じた環境保全のための追加的費用を補っ
て余りある場合には、こうした政策は生産刺激的な効果を有しているため、「黄
の政策」に区分されることとなる。

 米国が、「休耕奨励政策」から「農業生産活動を伴う環境保全政策」に軸足を
移しているのは、農家にとっての政策の選択肢を増やし、柔軟な対応を促すこと
によって、環境保全に関する実質的な政策効果を高めるという「本来の趣旨」だ
けでなく、農家への収入補助的な政策の創設という側面もあると見るべきである。

 保全保障計画(CSP)の主唱者であるハーキン上院農業委員長(民主・アイオワ
州)は、上院の新農業法案が2001年11月に同農業委員会で可決された際、「CSPは、
農家の収入増と環境保全強化の両方をもたらす」というプレスリリースを出して
いた。前者の「農家の収入増」という狙いの方が、むしろ「本来の趣旨」なのか
もしれない。

 ベネマン長官は、「農業が持つ多面的機能(multi-functionality)は、環境に
関する支払いのような『緑の政策』という流れ(context)の中で取り組む(発揮
する)ことができる」とし、また、新農業法に規定されている環境保全政策につ
いては、「『緑の政策』という流れの中で遂行されるだろう」としているが、こ
れについては、今後明らかになる予定の、各政策の実施・運用に関するUSDAの規
則の内容を精査し、確認する必要がある。

 以下、新農業法で拡充または新設された主要政策の概要について紹介する。



ア 土壌保全留保計画(Conservation Reserve Program:CRP)

 本政策は、85年農業法により創設されたものであり、土壌浸食を起こしやすい
農地などの、草地や林地などへの転換(休耕)を促進するための事業である。従
来は、休耕による農産物の生産調整(ひいては価格および農家収入の安定)を図
るという目的も有していたが、減反計画の廃止をうたった96年農業法によって、
本政策は生産調整手段としては用いられないこととされた。

 本政策の具体的な内容は、政府とこうした農地の保全的利用に関する契約(期
間は10〜15年)を結んだ農家に対し、@当該農地の年間借地料に対する助成(単
位面積当たりの上限あり)と、A永久カバー作物(草や樹木)への転換費用の一
部助成(補助率の上限は50%)を行うというものである。ちなみに、Aのように、
環境保全に取り組むための経費の一部を政府が助成するという事業は、一般に「
コスト分担事業(cost-share program)」と呼ばれている。

 今回の新農業法では、

・ CRPの契約面積の上限を、従来までの3,640万エーカー(約1,470万ヘクタール
    )から3,920万エーカー(約1,590万ヘクタール)に拡大すること(参考:こ
    れは、米国における全農地面積(約3億8千万ヘクタール)の4%に相当)

・ CPRによって転換された休耕地について、従来までは干ばつのような緊急時に
    おいては、そこでの放牧や採草利用が認められることとされていたが(本誌
    2002年8月号・トピックス参照)、新たにバイオマス(エネルギー作物の収穫
    利用)が加えられるとともに、土壌、水質および野生動物の生息環境の保全
    上整合性が取れるのであれば、風力発電施設(タービン)の設置も可能とさ
    れたこと

・ CRPの予算(CBO推計)は、15億ドル(2002〜2011年の10年間)の増額となる
    こと
    
などの拡充が行われた。



イ 環境改善奨励計画(Environmental Quality Incentive Program:EQIP)

 本政策は、96年農業法によって旧来の4つの事業を統合したものであり、政府と
5〜10年間の契約を結んだ農家に対し、連邦政府と州政府が協力して、環境に配慮
した農業生産を奨励するための技術・教育的な支援や、経済的支援を行うという
事業である。ブッシュ大統領も農業関係者に対する各種スピーチの中で、環境保
全対策の代名詞として頻繁に「EQIP」に言及するほど、関係者の間に浸透し、人
気の高い事業となっているものの、予算的な制約から、これまでも申請をした農
家の5分の1しか参加が認められていないとされている。

 この対象農家には畜産経営体も含まれ、特に、経済的支援については、@環境
保全のために必要な家畜排せつ物処理施設、かんがい施設、牧柵、防風施設の設
置などの費用に対する最大75%までの助成(コスト分担事業)と、A土壌栄養分
管理、家畜排せつ物管理、かんがい用水管理などの各種取り組みごとに定められ
る水準の奨励金の交付という2本立てで構成されている。

 今回の農業法では、

・ 上記@のコスト分担事業に関し、新規就農者や資金力に乏しい農家(limite
    d-resource)に対する補助率の上限が通常の75%から90%に引き上げられる
    とともに、家畜排せつ物処理施設を設置できる畜産経営体の規模の上限が撤
    廃されたこと(従来までは、1,000家畜単位以上の大規模経営体には受給資格
    がなかったため、例えば、大半のフィードロットは本事業の対象外となって
    いた。ただし、こうした大規模畜産経営体においては、今後、包括的栄養分
    管理計画(CNMP)を策定する必要がある)

・ 政府支払い上限(上記@およびAの合計)に関し、従来までは1経営者当たり
    各年度1万ドル、または複数年の合計で同5万ドルとされていたが、これが20
    02〜2007年度の5年間の合計で同45万ドルに引き上げられたこと

・ 最低5年間の契約期間が、1年間に短縮されたこと(最長は10年間で変わらず)

・ 従来までは、予算総額のうち少なくとも50%は畜産に関連する環境対策に用
    いられることとされていたが、この水準が60%に引き上げられたこと

・ 過去7年間の総予算額が13億ドルであったのに対し、2002〜2007年度の総額で
    58億ドル(CBO推計。2002年度の4億ドルから2007年度の13億ドルにまで漸増。
    2002〜2011年の10年間では90億ドル)が認められていること
    
といった大幅な拡充がなされている。

 中でも、畜産分野に対する今回の厚遇ぶりは、水質保全法(CWA)に基づく規制
強化(注)への対処を迫られている大規模畜産経営体に対する支援措置の充実と
いう意味合いが強く、各畜産関係団体あげて大歓迎するところとなっている。

(注) 米環境保護庁(EPA)は、水質保全に関する規制の対象となっている大規
      模畜産経営体(CAFO)の基準を、現行の1,000家畜単位から引き下げる(よ
      り小規模な経営体も規制対象にする)という規則改正を行おうとしている。
        その中では、家畜排せつ物の施用を作物の要求量以下に制限するための
      栄養分管理計画(NMP)の策定をCAFOに対して義務付けるという提案もなさ
      れている(前述の「包括的栄養分管理計画(CNMP)」がこのNMPに相当する
      ものと考えられる)。この規則改正案は、2002年12月に最終規則として決
      定され、2003年1月から施行される予定となっている(詳しくは、本誌200
      1年10月号、2002年6月号・トピックスを参照)。



ウ 保全保障計画(Conservation Security Program:CSP)

 先にも少し触れたように、本政策は、99年7月のハーキン上院農業委員長の提案
による単独法案がベースとなって(2001年5月に同法案を再提出)、上院の新農業
法案に取り込まれた後、今回の新農業法で正式に条文化されたものであり、ハー
キン委員長の「ペット・プロジェクト(長年温めてきた持論)」とも呼ばれてい
る。

 EQIPの一部と同様に、「農業生産活動を通じた保全」を促すための政策(表8参
照)に分類されるが、コスト分担事業に加えて、農家における「保全実践事項(
conservation practice)」の取り組みレベルが高くなるほど助成金の額が増える
という仕組みの助成方式も実施されることとなっている。

 本CSPは、2003年度(2002年10月〜2003年9月)からスタートすることとなって
おり、予算額は、2003〜2007年度の5年間で3億6,900万ドルが見込まれている(C
BO推計。2002〜2011年の10年間の総額としては20億ドルが見込まれているが、毎
年の予算額の上限については規定されていない)。

 しかし、現在、下院を通過している2003年度農業歳出法案には、新農業法に基
づいて全国レベルで実施されるはずのCSPを、ハーキン上院農業委員長の地元であ
るアイオワ州に限定したパイロット・プログラム(試験的事業)にスケールダウ
ンさせるという条項が加えられている。共和党優位の下院が、民主党・ハーキン
氏の「お手柄事業」にわざわざ横槍を入れているのは、今年(2002年)11月の中
間選挙で改選となる同氏の対抗馬として、共和党の現職下院議員ギャンスク氏が
上院に鞍替えして立候補する予定であるなどの、政治的な駆け引きによるもので
ある。こうした動きに対して、上院民主党は猛反発を示しており、農業歳出法案
の両院協議会で決着させると意気込んでいる。このような流動的な要素もあるた
めか、USDAは、「CSPの規則案の公表が今年10月前に行われることはなく、CSPの
スタートは来年に入ってからになるだろう」という見方を示している(一部には、
規則案の公表さえも来年にずれ込むとの予想もある)。



エ 草地保全計画(Grassland Reserve Program:GRP)

 本政策は、既存政策である農地保護計画(FPP)と同様、「農地(草地)保全」
(表8参照)を促すための新規政策であり、2003〜2007年度で2億5,400万ドルの予
算額が認められている(COB推計)。



○ 保全保障計画(CSP)の概要

・ 実施期間:2003〜2007年度

・ 対象:すべての農地および草地(農地に付随した林地も含む)に対象となる
    資格があるが、CRP、湿地保全計画(WRP)および草地保全計画(GRP)への参
    加農地や、過去6年間のうち不作付けが3年以上あった農地は対象外。家畜排
    せつ物の保管・処理施設も対象外

・ 助成方法:政府と「保全保障契約」を結んだ農家に対し、当該農家における
    次の3段階の取り組みに応じて助成金を交付
    
  − 第1段階(契約期間:5年間)
     当該農業経営の一部門における環境上の懸念要素(大気、土地、水な
          ど)の1つに関連した保全実践事項に取り組む場合

  − 第2段階(契約期間:5〜10年間)
     当該農業経営の全部門における環境上の懸念要素(大気、土地、水な
          ど)の1つに関連した保全実践事項に取り組む場合

  − 第3段階(契約期間:5〜10年間)
     当該農業経営の全部門における環境上の懸念要素(大気、土地、水な
          ど)のすべてに関連した保全実践事項に取り組む場合

・ 保全実践事項:栄養分管理、集約的病害虫管理、水保全(かんがいを含む)
    ・水質管理、放牧地・草地・家畜飼養場の管理、土壌の保全・品質・残留物
    の管理、魚類および野生動物生息地の保全・回復・管理、大気環境の管理、
    エネルギー保全措置、生物学的資源の保全・再生、等高線耕作、帯状栽培、
    被覆作物栽培、輪作放牧 等

・ 助成金の種類:

  @ 基礎的支払い:土地利用区分に応じた全国平均借地料に次の割合を乗じ
                      た額を助成
            第1段階:5%、第2段階:10%、第3段階:15%

  A コスト分担支払い:保全実践事項の実施に必要な費用の75%(新規就農
             者は90%)以内を助成

  B 追加的支払い:地域間の平等が図れるような以下の取り組みに対して追
           加的に助成

   − 各段階に応じた最低限の保全実践事項を超えた取り組みの実施・維持
     する場合

   − 環境上の懸念要素に加えて、地域的に優先すべき保全に取り組む場合

   − 現場での保全、調査、実証展示またはパイロット事業に参加する場合

   − 当該地域における75%以上の農家が参加する河川流域(watershed)ま
     たは地域資源の保全計画に参加する場合

   − 保全保障プラン(保全保障契約の締結時に承認される農家が策定した
     計画)に含まれる実践事項に関連した活動の査定・評価

・ 支払い上限:1経営者当たりの助成金(上記@〜Bの合計)の年間支払い上限
        は次のとおり
         第1段階:2万ドル、第2段階:3万5千ドル、第3段階:4万5千
             ドル



○ 草地保全計画(GRP)の概要

・ 実施期間:2003〜2007年度

・ 対象:政府が、草地(更新・改良・自然草地、放牧地および牧草地)の所有
  者との間で、@10、15、20、30年の期間の賃借権もしくは、A30年間または
  永続的な地役権の設定契約を締結。1区画は、連続した40エーカー(約16ヘク
  タール)以上の草地であることが原則。全国で計200万エーカー(約80万ヘク
  タール)が対象象面積の上限

・ 助成方法等:政府と契約を結んだ草地所有者に対し、以下のような助成を実
  施(Aに充当される予算額は全体の60%以内、@のうち10、15、20年の契約
  に充当される予算額は全体の40%以内にそれぞれ限定)

  − 賃借権、地役権設定に対する支払い:

   @ 賃借権:年間借地料として、放牧価値(grazing value)の75%相当額

   A 地役権:30年間の地役権は当該土地の市場価格の30%相当額、永続的
     な地役権は当該土地の市場価格相当(ただし、いずれも地役権設定に
     よって損なわれる放牧価値よりも少ない額)

  − コスト分担事業:更新草地については更新に要した費用の75%以内、不
    耕作草地については機能回復に要した費用の90%以内を助成



(4)食肉に関連する政策



ア 最終的に削除された食肉処理・加工業者(パッカー)の家畜所有禁止条項を求める議論が再燃

 国内では、新農業法に最終的に盛り込まれなかった「食肉パッカーによる家畜
の所有禁止措置」を求める声が、上院議会を中心に今なおくすぶっている。

 この措置は、ジョンソン(民主・サウスダコタ州)、グラスリー(共和・アイ
オワ州)ら上院議員の提案による「と畜の14日超(15日以上)前から家畜を所有、
飼養または管理しているパッカーを違法とする」という、上院の新農業法案にの
み規定されていた条項に基づくものであった(本誌2002年3月号・トピックス参照
)。しかし、両院協議会では、下院議員からの支持がほとんど得られず、結果的
に、同じく上院法案にのみ規定されていた食肉などの原産国表示義務化に関する
条項を認める代わりに、パッカー所有禁止条項を削除することで妥結が図られた
という経緯がある。

 この妥結には、これら2つの条項のいずれにも反対する、パッカーの会員団体・
アメリカ食肉協会(AMI)と、企業的経営体をも会員とする全国肉牛生産者・牛肉
協会(NCBA)や全国豚肉生産者協議会(NPPC)という全米最大の専門生産者団体
による強硬な反対行動(ロビイング)が背景にあり、特に、「パッカー所有禁止
条項が残っていた場合、新農業法は成立していなかったであろう」という声もあ
るほど、本件に関する対立は深刻だったのである(参考:NCBAとNPPCの共同委託
調査の結果(2002年3月18日公表)によれば、本条項によって生産者やパッカーな
どが被る損失額は、最大で109億ドル(牛肉35億ドル、豚肉74億ドル)に上ると見
積もられている)。

 このように本件は、政治的な駆け引きによっていったんは決着を見たものの、
新農業法の成立から2カ月が過ぎた7月16日、「不公平な取引慣行から農家を守っ
ていくための次のステップである」として、その決着に不満を持つハーキン上院
農業委員長(民主・アイオワ州)の主導により、本件に関する同農業委員会の公
聴会が開催された。ハーキン委員長は、開会に当たって、@パッカーによる家畜
の所有禁止は、市場の占有や操作によるパッカーの影響力を制限し、畜産農家に
対して高い生体価格をもたらす結果となる、A地元アイオワ州は20年以上も前か
ら、この禁止措置を先取りして実施しているが(注)、同州は今でも全米第1位の
生産を誇り、パッキング・プラントの数も最も多いことから、パッカーに悪影響
は及ばないと述べるとともに、BUSDAに対して、反競争的な取引を規制する「パ
ッカー・ストックヤード法」のさらなる厳格な運用を求めた。

(注)世界最大の豚肉の垂直的統合企業であるスミスフィールド・フーズ社が先
     ごろ、「パッカーによる畜産経営への融資をも禁止するアイオワ州の規制
   強化の動きは違憲である」とする訴えを起こしたのに対し、ハーキン委員
   長は「(こうした動きもあるからこそ)全国的な法制化が必要である」と
   発言している。)

 公聴会では、「今後もさらに中立的、包括的な調査が必要である」とするUSDA
に対し、ハーキン委員長をはじめとする本条項の賛成者からは、「もう調査は必
要ない。今は、パッカー所有禁止を実行する時である」との批判が寄せられた。
当日は、ファーム・ビューロー(AFBF)や、家族経営を重視するファーマーズ・
ユニオン(NFU)、アイオワ豚肉生産者協会、R−CALF USA(肉牛生産者団体)な
どが本条項への賛成を表明したのに対し、反対または慎重な立場であったのはAM
IやNCBAなど少数であったとされ、賛成派が久しぶりに怪気炎を上げる場となった
ようだ。

 また、公聴会の前日(7月15日)には、グラスリー上院議員から、本条項の実現
に向けた取り組みと並行して、「パッカーがと畜する家畜の25%以上は一般市場
から購入しなければならない」とする法案を別途提出する予定であると発表され
るなど、上院での議論が再び活発化し始めている。

 ただし、仮にパッカー所有禁止条項を含んだ何らかの法案が再度上院を通過し
たとしても、現在の下院(大規模な企業的経営を支持基盤とする共和党が多数)
がこれを認めることはあり得ないとの見方が有力である(今秋の中間選挙で民主
党が大勝した場合には、状況が変わる可能性はあるが)。



イ 2年後に義務化される予定の原産国表示制度

 前述のとおり、上院の新農業法案にだけ規定されていた条項で最後まで生き残
ったのが、食肉などを対象とした原産国表示制度の導入に関する条項であり、両
院協議会の結果、当初2年間は自主的な原産国表示を行い、その後、義務的表示に
移行するという内容で決着した。

 本条項の主唱者は、パッカー所有禁止条項と同じジョンソン上院議員(民主・
サウスダコタ州)である。これについても、関係団体の間で賛否が分かれ、鋭く
対立していたが、同じサウスダコタ州選出で上院の院内総務を努めるダッシェル
議員(民主)の調整により、パッカー所有禁止条項は削除されたものの、もう1つ
の原産国表示制度の方は実現が決定したため、今秋の中間選挙で改選となるジョ
ンソン議員の顔を一応は立てた形となった。



○ 原産国表示制度の概要

・ 対象者:小売業者は、対象産品の最終的な販売時点において、原産国の情報
  を消費者に対して提供する必要。ただし、フード・サービス(レストラン、
  カフェテリア、バーなどの事業所)は対象外

・ 対象産品:牛、羊および豚の精肉(muscle cut)またはひき肉、養殖および
  天然の魚介類、腐敗しやすい農産品(生鮮果実・野菜)、落花生

・ 実施日程:農務長官は、@2002年9月30日までに、自主的な原産国表示のため
  のガイドラインを公表し、A2004年9月30日までに、義務的な規則の制定が
  必要

・ 食肉の扱い:米国産である旨の原産国が表示できる食肉は、米国内で出生し、
  飼養され、と畜された家畜由来のものに限る

・ 罰則:対象産品を供給する者は、正当性が証明できる記録監査証跡(record
  keeping audit trait)を維持するとともに、小売業者に至るまでの過程にお
  いて当該産品の原産国の情報提供が必要。小売業者が意図的に法律の規定を
  順守しなかった場合、1万ドル以下の罰金

・ 個体識別制度:農務長官が、対象産品の原産国の正当性を確かめるための手
  段として、義務的な個体識別(ID)制度を用いることは不可。ただし、既存
  の枝肉格付け制度や任意原産国表示制度などにおける認証プログラムをモデ
  ルとして用いることは可能

(参考)現在、米国においては、輸入産品がそのままの形状で小売されるような
    場合を除き、家畜および食肉に対する原産地・原産国表示の義務は課さ
    れていない。ただし、USDAの規則に基づき、「US(品種名)」、「USAビ
    ーフ」、「(州名)ビーフ」といった表示を行い、その正当性について
    USDAの認証を受けることができるという任意制度は存在。

図3 米国における牛肉輸入の内訳(模式図)

資料:NCBA「NATIONAL CATTLEMEN」(APRIL-MAY 2002)
 注:( )内のシェアは、出典のままであり、本誌巻末の統計に基づく数値と
      は一致しない。

 食肉に関する対立の構図は、パッカー所有禁止条項と同じであると考えてよく、
賛成の立場をとっていたのは、ファーム・ビューローおよびファーマーズ・ユニ
オンという全国的な総合農業団体のほか、R−CALF USAやアイオワ豚肉生産者協会
など。反対は、アメリカ食肉協会(AMI)、全国肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)、
全国豚肉生産者協議会(NPPC)などである。

 米国で生産された農水産物に限って、「米国産」である旨を表示する。この至
極当然の制度の導入に対し、米国内の農業関係団体が反対する理由はどこにもな
く、むしろ、「米国産」という、いわば政府の認めたナショナル・ブランドが新
たに創設されることは、国内の消費者に対する米国産農水産物についてのPR(他
国産との差別化)につながることから、積極的に支持をするのが普通であると考
えてしまうが、こと食肉の場合は、少し事情が異なっている。

 NCBAの機関誌「National Cattleman」(2002年4‐5月号)の中で、義務的な原
産国表示制度に反対する理由が述べてられているので、その主な内容を紹介する。

@ 輸入牛肉の扱い

  主にひき材として利用される豪州およびニュージーランド(NZ)産の牛肉は、
  原産国表示の適用対象外であるフード・サービスにおいて、米国産とブレンド
  されて販売されるため、原産国が表示される可能性はほとんどない。南米産牛
  肉はすべて口蹄疫の関係で加熱産品であり、ほとんどが表示対象外の冷凍食品
  に用いられ、また、カナダ産も、テーブルミート以外は表示が不要である。

A 輸入生体牛由来の牛肉の扱い

  すべてが肥育素牛(子牛および育成牛)として輸入されるメキシコ産生体牛
  由来の牛肉には、「メキシコ産」という表示が行われなければならないが、こ
  れらがフード・サービスに仕向けられた場合には、表示義務がない。

B 義務化に伴う追加的コストの扱い

  以上のように、外国産と表示しなければならない牛肉はわずかしかないのに、
  わざわざ表示を義務化することによって、追跡のための義務的な個体識別(ID)
  制度などが必要となれば、その追加的コストは、消費者ではなく生産者が負担
  することになる。
  
 上記Aの輸入生体牛に関し、NCBAの機関誌では具体的に触れられてはいないが、
これまで北米自由貿易協定(NAFTA)に基づき、メキシコやカナダから肥育素牛を
無税で輸入していた育成経営(ストッカー)や肥育経営(フィードロット)にと
っては、これらがいわゆる「国産牛」としては売れなくなるということに等しい
ため、今後、安く買い叩かれる可能性さえあるわけである。これまでNCBAが、「
USDAの認証により、国内で最低100日間育成・肥育された牛由来のものに限って『
ビーフ・メイドインUSA』という表示ができる」という独自の任意プログラムの創
設を呼びかけてきたのも、輸入肥育素牛を「国産牛」として扱うことが前提にあ
る。

 こうした事情は、豚の生産者団体であるNPPCにとっても同様である。生体豚の
輸入は、100%カナダからであり、近年は、肥育素豚の頭数の伸びが顕著で、輸入
全体の6割近くを占めるに至っているからである。

 これに対して、比較的小規模な繁殖、育成経営などが中心のR−CALF USAやアイ
オワ豚肉生産者協会などは、輸入素畜とまともに競合し、その価格の影響を受け
やすいため、原産国表示義務化を通じた輸入素畜の締め出しに賛成しない手はな
いのである。

図4 米国における生体牛および生体豚の輸入頭数の推移

資料:USDA/ERS 「Livestock, Dairy and Poultry Outlook」
 注:カナダ産については、子牛は体重700ポンド(約320kg)未満、子豚は同110
      ポンド(約50kg)未満のもの、成畜はこれら以上の体重のものである。

 一方、パッカーを会員とするAMIは、特に、上記Bの表示義務化に伴うコスト増
を最も懸念しており、生産から流通、小売に至る米国の食肉関連産業が被る追加
コストは、年間約10億ドル近くとなり、また、追加的なUSDAの監督コストも年間
6千万ドルに上ると見積もっている。

 ただし、最終的な条文には、「義務的なID制度を本原産国表示制度において用
いることは禁止する」旨が規定されたことから、この点についてのNCBAやAMIの懸
念はとりあえず回避されることとなった(仮に、原産国表示制度を契機として、
米国でも国家的な家畜のID制度が導入されることになれば、食品衛生や家畜疾病
の分野におけるトレーサビリティ(追跡可能性)の確保にもつながり、一挙両得
になるのではないかとも思われたが、やはりコスト増を懸念する関係団体の抵抗
が根強いため、緊急の状況にでもならない限り、米国での義務的なID制度の導入
を期待するのは難しいようである)。

 AMIのもう1つの懸念は、本原産国表示制度が、国際上、特にNAFTAのパートナー
であるカナダ、メキシコ(注)との間の貿易問題にまで発展し、結果的に、両国
への食肉輸出の妨げになるのではないかという問題である。すでに、カナダの政
府は、「高度に一体化された北米食肉産業のマーケットの現実を否定するもので
あるとともに、両国の生産者に損害を与えるような貿易制限を行おうとするもの
である」として「根本的に反対する」という書簡をUSDAに送るなど、WTOへの申立
ても辞さないという態度を示唆している。

(注)ちなみに、メキシコは、日本に次ぐ米国産牛肉の輸入国であり、数量的に
      は、メキシコで生産された肥育素牛の一部が国境を越えて米国内で肥育さ
      れ、年間その約6割相当が牛肉としてメキシコに戻ってくるという需給構造
      にある。

 そのUSDAもまた、「北米一帯をマーケットとする牛のような産品については運
用が難しく、コストもかかる」として「政権としては支持していなかった」とベ
ネマン農務長官が述べるなど、本制度の実施には乗り気ではないという本音も漏
れたりしたが、こうした発言が、「カナダ側が提唱している『北米産』という表
示を容認するものである」として関係議員からの反発を呼んだため、後日、ベネ
マン長官が慌ててこれを否定するという一幕もあった。

 USDAは現在、2年後の義務化に移行するまでの間に、費用・便益分析を行った
上で、義務化のための規則を制定するという意向を表明しており、また、まずは
今年9月30日までの期限となっている、自主的な原産国表示のためのガイドライン
の策定に向け、7月25日から8月9日までの間に、一般からのコメントや情報・デー
タの提供を求めるというアクションを起こしている。

 一方、NCBAは、「2年間の自主的制度は、その後に義務的制度を実施するかどう
かを(改めて)決めるチャンスをもたらすだろう」という見方をしており、今後、
AMIなどとともに、義務化阻止に向けた取り組み(注)を行っていく構えを見せて
いる。

(注)NCBAの非公式な見解によれば、今後2年間の間に、新規立法による新農業法
      の一部改正によって、@原産国表示に関する条文自体を無効にする、A2年
      後も引き続き自主的表示を継続させる、B対象産品から牛肉を除外する、
      C輸入素牛であっても100日以上の間米国内で仕上げをされたものは「米国
      産」と認めさせる、という4つのオプションを念頭に、働きかけを行ってい
      くつもりであるとしている。



4.おわりに

 米国の農業政策は、数年おきに制定される農業法に基づいて見直しが図られる。
しかし、同法の実施期間中は、忠実にその内容が遂行されるだけかというと、必
ずしもそうではない。例えば、96年農業法の成立後も、価格低下による農家への
損失補てん策として直接固定支払いの上乗せ措置が4回も実施されたり、最終的に
は廃止される予定だった加工原料乳価格支持制度が再延長されたりと、実施期間
中でも頻繁に軌道修正が行われている。 

 こうした96年農業法から今回の新農業法の制定に至るまでの経過やその内容を
振り返ってみて、米国というのは、たとえ苦労して導入した政策であっても、そ
の後の情勢の変化などに応じて、いとも簡単にそれを見直し、場合によっては、
それまでとは逆行するようなこともできる国であるということを見誤ってはなら
ない、とつくづく感じた(こうしたことはしばしば、単独法としてではなく、関
係の法律改正を行うための条項を他の重要法案に付加するという巧妙な手法によ
って行われる)。 

 5月にやっと成立したばかりの新農業法についても同じことが言える。早くも議
会の一部に、環境保全に関する新規政策(CSP)をいわば縮小させようとしたり、
食肉パッカーの家畜所有禁止措置に関する議論を蒸し返そうとする動きがあるの
は前述のとおりであるが、これら以外にも、政府支払い上限額の水準をさらに引
き下げようとする動きや、深刻化する干ばつなどの災害対策として緊急的な支援
措置を講じようとする動きなども見られる。そして、現在審議中の2003年度(20
02年10月〜2003年9月)農業歳出予算法案の中にも、このような「新農業法の改正
」を図るための条項が一部盛り込まれているという状況にある。 

 ただし、すでに複数の提案が出され、議論が白熱化している緊急的な災害対策
の扱いについて、ブッシュ政権は、「新農業法の中ですでに措置されており、そ
れでも別途実施する場合には、新農業法で認められた他の対策の予算を犠牲にし
て実施すべきである」という立場を表明している(仮に、別途の追加的な予算措
置がなされるとしたら、「新農業法による毎年の予算増加額は、96年農業法下で
実施した過去4回の緊急支援措置と同じ」という政権の論理に矛盾を来たすことに
もなる)。また、議員や農業団体の中にも、災害対策の追加的な実施は、ようや
く納まった「パンドラの箱」を開けるようなものであり、新農業法を崩壊させる
恐れがあるとして、反対の立場をとるものもあるなど、夏の1ヵ月間の休会が明け
る9月の議会審議には、大きな波乱も予想される。 


                          * * * * *

  本稿「前編」の冒頭にある、新農業法への署名に際した演説の中でブッシュ大
統領は、「この寛大な新農業法は、生産過剰や価格低下を伴わないで農家にセー
フティネットを提供するものであり、農家においては、政府による押し付けでは
なく、市場の実勢(リアリティ)に基づいて、営農計画を実践することができる
」とも述べた。しかし、これらを担保するような規定は、果たして新農業法の中
にあったであろうか。同大統領が、6月のワールド・ポーク・エクスポの会場での
スピーチで「米国産豚肉」を引き合いに出した時のように、「新農業法の下で米
国産農産物が供給過剰になったとしても、その場合は、海外に輸出すればいい」
などと考えているとすれば、それはあまりにも身勝手で、楽観的過ぎやしないだ
ろうか。 

参考資料 

1.連邦議会関連法案および審議記録(検索サイト:http://thomas.loc.gov/) 

2.連邦議会上院・下院農業委員会の新農業法関連サイト掲載資料 

  ・上院:http://agriculture.senate.gov/Briefs/2002FarmBill/2002farmbi
   ll.html 

  ・下院:http://agriculture.house.gov/farmbill.htm 

3.USDAの新農業法関連サイト掲載資料(http://www.usda.gov/farmbill/index.
  html) 

4.USDA/ERSの公表資料

  ・USDA/ERS「Aligning U.S. Farm Policy with World Trade Commitments」
     (Agricultural Outlook:2002年1‐2月) 

  ・USDA/ERS「Agri-Emvironmental Policy at the Crossroads: Guideposts 
      on a Changing Landscape」(2001年1月) 

  ・USDA/ERS「Provisions of the Federal Agriculture Improvement and Re
      form Act of 1996」(96年9月) 

5.米国内の農業関係団体(AFBF、NFU、NCBA、NPPC、NMPF、AMI、IDFA、USDEC等)
   の公表資料および意見聴取 

6.一般向け(Wall Street Journal、 Washington Post等)および業界向け(Ag
   Web.com、Feedstuffs、Western Livestock Journal等)各種報道 






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