特別レポート 

品質管理・リスク管理とトレーサビリティについて

─各国の牛乳についての事例─

調査情報部 調査情報第一課



1 はじめに

 トレーサビリティ(追跡可能性)は、もともとは工業製品等の出所や原材料
等の履歴、所在等を追跡する能力として、民間の品質管理規格である国際標準
化機構(ISO)8402に、その後ISO9000に「考慮の対象となっているものの履
歴、適用又は所在を追跡できること。」と定義されている。さらに、食品のト
レーサビリティについては、ISOにおいて、その規格の準備中であり、また、
コーデックス委員会においても議論がなされているところが、一般的には「生
産・加工・流通等のフードチェーンの各段階で食品とその情報を追跡できるよ
うにすること」であり、次のような役割を果たすことが期待されている。

(1) 食品の安全性に関して予期せぬ問題が生じた際の原因究明や、製品の追 
  跡・回収を容易にする。

(2) 「食卓から農場まで」の過程を明らかにすることで、食品の安全性や品    
  質、表示に対する消費者の信頼確保に資する。	

 牛海綿状脳症(BSE)の発生を契機に、EUやわが国で、牛および牛肉につい
てのトレーサビリティを確立する仕組みが法制化されたが、これらはいずれも
牛の個体識別情報に立脚した仕組みである(詳細は、畜産の情報(国内編)2003
年8月号「牛肉のトレーサビリティ法の解説」参照)。

 しかし、牛乳や大豆など、通常個体識別が不可能な商品のトレーサビリティ
に係る仕組みについては、どのように規定され、どのように運用されているの
だろうか。そもそもトレーサビリティの導入については、その目的を明確にし、
期待される費用と効果を考慮することが必要であり、各国の状況・取り組みの
程度もさまざまである。本号では、主要な畜産物の1つである牛乳を例に、主
要国(米国、EU、豪州、アルゼンチン)のトレーサビリティについての取り組
み、合わせて品質管理、リスク管理、表示制度、回収システムなどに係る制度、
取り組み状況を見ていくこととする。

 なお、農林水産省では、平成13年度から、トレーサビリティシステムの開発
実証試験を行っており、14年度においては、青果物、米、鶏肉、養殖水産物等
7課題について、それぞれ食品の特性に応じた開発が進められている(詳細は、
畜産情報の(国内編)2003年1月号「鶏肉のトレーサビリティ実証試験につい
て」参照)。

2 日 本

 まず、日本の状況を見ておくこととする。
	
 わが国では、平成15年、食品安全基本法を新たに制定し、「食品の安全性の
確保に関し、基本理念を定め、関係者の債務および役割を明らかにするととも
に、施策の策定に係る基本的な方針を定めることにより、食品の安全性の確保
に関する施策を総合的に推進する」こととした。施策の策定に係る基本的な方
針としてリスクアナリシスの概念がうたわれ、食品安全委員会が設置された。

 また、食品衛生法も一部改正が行われ、以下の通り、食品事業者に対する記
録の作成・保存に関する努力規程が盛り込まれた。

第一条の三	
 ○2 食品等事業者は、販売食品等に起因する食品衛生上の危害の発生の防止  
    に必要な限度において、当該食品等事業者に対して販売食品等又はその
       原材料の販売を行った者の名称その他必要な情報に関する記録を作成し
       、これを保存するよう努めなければならない。

 ○3 食品等事業者は、販売食品等に起因する食品衛生上の危害の発生を防止
       するため、前項に規定する記録の国、都道府県等への提供、食品衛生上
    の危害の原因となった販売食品等の廃棄その他必要な措置を的確かつ 
    迅速に講ずるよう努めなければならない	

 次に、本号の例示である「牛乳」の安全性の確保について見ていくこととす
る。

 基本的に、食品の安全性の確保については、食品衛生法第4条で「食品衛生
上危害を生じる恐れのある食品等の製造、加工、輸入を禁止」しており、また、
同法第7条で厚生労働大臣が公衆衛生の見地から「製造、加工、調理もしくは
保存の方法について基準を定め、または販売の用に供する食品もしくは添加物
の成分につき規格を定めることができる」としている。また、第11条で「表示
基準」を定めることができるとしている。そして、厚生労働大臣は、乳および
乳製品の成分規格等に関する省令(昭和26年厚生省令第52号。以下「乳等省令
」という。)によって、成分規格等を定めている。

 また、食品衛生法では、これらの規定が順守されているかどうかを確認する
ための「検査制度」や、違反に対する措置(回収指示、廃棄処分、営業停止な
ど)について定めている。	

 さらに、同法第7条の3では、政令で定められた食品については「国が、総
合衛生管理製造過程の承認を与えることができる。」とし、HACCP(危害分析・
重要管理点監視方法)の外部検証を国の事務の一部と位置付けた。リスク管理
の方法としてHACCP は、その導入が義務付けられているわけではないが、「食
品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法」(通称は、HACCP手法支援
法)によって、食品加工者が、将来のHACCP方式導入を考えて必要な施設設備
の整備を行おうとする場合に、低利の融資を受けられる制度が措置されている。
なお、政令で定められた食品とは、@牛乳、山羊乳、脱脂乳および加工乳Aク
リーム、アイスクリーム、無糖脱脂練乳、発酵乳、乳酸菌飲料および乳飲料B
清涼飲料水C食肉製品(ハム、ソーセージ、ベーコンその他これらに類するも
のをいう。第四条の二において同じ。)D魚肉練り製品(魚肉ハム、魚肉ソー
セージ、鯨肉ベーコンその他これらに類するものを含む。)─などである。

3 EU―ブラッセル事務所 山崎良人、関 将弘

(1)法的背景

 EU委員会は2002年2月21日、欧州の一般的な食品安全の規則「食品法の
一般原則と欧州食品安全機関の設立、および食品安全に係る手続きに関する欧
州議会および理事会規則(EC/178/2002)」を制定した。トレーサビリティに
ついては、本規則の第18条により、これを確立することが定められている。本
規則でのトレーサビリティは、「生産、加工、流通を通じて、食品、飼料、畜
産動物、あるいは食品や飼料に含まれる、または含まれると思われる物質を追
跡(follow)し、さかのぼって調べる(trace)ことができる能力(ability)」
と定義されている。また、トレーサビリティの適用については、同規則におい
て、2005年1月1日と定められている。牛乳・乳製品についても、この規則が
適用される。

 なお、同規則17条において、人間が消費する食品の安全と安定のための第一
の責任は、食品事業管理者にあるとしている。すなわち、これを満足するトレ
ーサビリティは、食品事業管理者が確立する責任があることを意味している。
また同条(17条)では、この対策、罰則に関しては加盟各国政府が規定すると
定められている。現在、この規定については、加盟各国で作成中であり、同規
則の適用となる2005年1月1日に向け、各国政府、食品管理事業者がシステム
を確立している段階である。

EC/178/2002 第18条 トレーサビリティ

1  食品、飼料、畜産動物、あるいは食品や飼料に含まれる、または含まれると 
   思われる物質のトレーサビリティは、生産、加工、流通の全段階で確立され
   るべきである。

2  食品および飼料の事業管理者は、食品、飼料、畜産動物、あるいは食品や飼
   料に含まれる、または含まれると思われる物質の供給元を確認できるべきで  
   ある。

   最終的に、この管理者は、当局からの請求に応じて、情報が利用可能となる
   適切な体制と方法を持つべきである。

3  食品および飼料の事業管理者は、供給された産物が他の事業で確認できる適
  切な体制と方法を持つべきである。

4  一般販路にある、または販路に入りそうな食品および飼料は、より特別な対
   策の必要性に応じて、関連した記録や情報を通して、適切に表示あるいはト
   レーサービリティが容易に確認されるべきである

5 略
(2)リスク管理

 理事会規則(EC/178/2002)第6条で、リスク管理は、科学的なリスク評価
に加え、問題となっている事項に関連するその他の要素を幅広く検討するべき
であり、科学的なリスク評価は、独立性、客観性、透明性のある方法で行われ
るべきものであると規定されている。

 また、EU各国の牛乳・乳製品工場は、(92/46/EC)に基づき、工場のコー
ド番号の取得を義務付けられている。これは衛生当局による品質管理体制の定
期的な検査を受け、承認を得た場合に取得できる固有のコード番号となってい
る。この番号を保有しない工場は、食用向け牛乳・乳製品の製造ができない。
この番号の表示は、規則上義務付けられてはいないが、生産工場の特定や、管
理の容易さを理由に工場コードを記載することが慣例となっている。
(3)事故などが起きた際の回収

 理事会規則(EU/178/2002)第19条に食品事業管理者の食品への責任が規定
されている。この条項は、主に事故などがおきた際の回収に関することである。
「食品事業管理者は、輸入、生産、加工、製造、流通された食品が安全でない
と認識、またそのように思われる根拠があった場合は、最初に関与したものが
、即座に問題の食品を回収する手続きをする。問題の食品が消費者まで到達し
ている場合、食品事業管理者は消費者に回収理由を正確に伝え、その食品を回
収する。その際、主務官庁への報告を行う。また、問題の食品の包装、表示、
安全などに関係していないが、小売、流通に責任がある食品事業管理者は、お
のおのの活動範囲内で問題の製品を市場から回収する手続きを始める。これら
食品事業管理者は、主務官庁と協力し、最終消費者の危険を回避するよう協力
して、活動する」と規定されている。
(4)牛乳の表示について

 牛乳・乳製品を含むEUでの食品全般に関する表示については、EU指令2000/
13/ECで規定されている。この指令では、消費者への販売時に表示が義務付け
られる項目を次のように定めている。

 @食品の表示A内容物(着色料等の添加物を含む)B正味量C賞味期限D保
存条件E製造者または包装者の名称および住所など─である。原産国の表示に
ついては、記載をしないことにより消費者に誤解が生ずる恐れがある場合に限
り、記載の義務がある。この表示の使用言語については、加盟各国で選択でき
ることとなっている。

 Eの製造者または包装者は、EC/178/2002第18条に規定されているトレーサ
ビリティを確立する食品事業管理者であり、物質の供給元の確認、供給された
産物の確認ができる者である。
写真1 全乳(1リットルのプラスチックビン)
   フランス語、オランダ語、ドイツ語の3カ国表示となっている。

(5)トレーサビリティについての取り組み例について

 現在トレーサビリティシステムについては確立中のものが多いが、すでにこ
のシステムを導入しているものもある。そのうちのベルギーでの例を紹介する。

 紹介する例の製品には、上述(4)の@〜E、工場コードのほかに、ライン番
号(当該製品を製造した工場の製造ラインを示すもの。)および製造時刻(写
真3)が記載されている。工場では、この製品の製造に使用された生乳が収めら
れたタンク、製造時刻などを記録しているので、製品に記載されているライン
番号と賞味期限(賞味期限から製造日を特定)、製造時刻を基にこの製品に使
用したタンクが特定することが可能である。また、タンクには複数のローリー
が生乳を搬入し、各ローリーは通常6〜10戸の酪農家から生乳が集められてい
る。工場は、これらの各ローリーが集乳した経路、酪農家をGPS(Global 
Positioning System:全地球測位システム)を活用して記録している。これら
により製品に異常があった場合は、ライン番号と賞味期限、製造時刻により、
その製品に使用されたタンク、そのタンクに搬入した複数のローリー、さらに
複数のローリーが集乳した酪農家を特定することが可能である。

 なお、各酪農家からローリーが集乳する際に、毎回生乳サンプルを採取して
いる。この採取したサンプルは、政府指定の生乳検査所で検査を受けるととも
に、同検査所は一定期間この採取したサンプルを保存している。異常の内容に
よっては、保存しているサンプルを再度検査することにより、酪農家を特定す
ることが可能となっている。
    
写真2 
牛乳・乳製品工場のタンク

    
写真3
ライン番号と製造時刻が印字された
最終製品 時刻は製造された時刻
“L1”、“A4”は工場ライン番号
年月日は賞味期限

4 米国―ワシントン事務所 犬飼史郎、道免昭仁

(1)法的背景

 米国では、均一かつ高い衛生水準の乳・乳製品の供給および連邦内での州を
越えた流通を促進するために「iAi級低温殺菌規則(Grade "A" Pasteurized 
Milk Ordinance)」がガイドラインとして定められ、州以下のレベルでの法
的な制定が推奨されている。この規則は1924年に現在の基となる規則が制定さ
れ、今日までに24回の改正がなされている。

 同規則では、個々の乳・乳製品ごとに基準を策定しており、当該基準を満た
さないものには誤認を与える表示を禁止するとともに、特別な場合を除きこの
基準を満たさない乳・乳製品を流通させないことを推奨している。また、生乳
・乳製品の製造、保管、輸送、加工、容器への表示、施設に関する基準、検査
方法、査察と承認の取り消し等を規定している。

 米国では、安全な食品の供給のための基準や仕組みの構築を担う行政と定め
られた法令を順守し安全な食品を供給する企業との責任がはっきりしており、
法令違反により生じた事故についての製品の回収やその後の保証はあくまで企
業の責任となっている。現行の「A級低温殺菌規則」では、基準を満たさない
製品の流通に伴って発生する問題への対処については、許可の取り消しのみが
定められている。
(2)リスク管理手法

 「A級低温殺菌規則」は、個々の乳・乳製品ごとに基準を策定しており、例
えば、「原料乳」の基準は、@搾乳開始から4時間以内に10℃まで冷却され、
かつ、搾乳終了後2時間以内に7℃まで冷却されることA酪農家段階での細菌
数は1ml当たり10万以下、殺菌直前の混合された状態で同30万以下B別途定
められた方法により薬物が検出されないことC体細胞数は農家段階で1ml当た
り75万を超えないことと─されており、工程管理に関するもの(@)と具体
的なスペックに関するもの(A〜C)を併せたものとなっている。

 また、低温殺菌の手法については、60℃30分を基本にこれと同等な手法とし
て、7つの温度とそれぞれの処理時間が設定されている。

 さらに、搾乳施設や加工施設等に関する基準では、床、壁、保管容器の素材、
清掃や消毒も含めた衛生管理、照明、換気等が定められており、総合的な衛生
管理が求められている。
(3)事故などが起きた際の回収

 事故が発生した際の回収については、企業の責任において対応すべきとの観
点から「iAi級低温殺菌規則」には特段の定めはない。
(4)牛乳・乳製品の表示

 牛乳・乳製品の表示については、「A級殺菌乳規則」と「連邦食品医薬化粧
品法(Federal Food, Drug and Cosmetic Act)に基づく連邦規則」に規定
がある。両者の規定は以下となっており、一部が重複しているが両者に食い違
いはない。

 「A級殺菌乳規則」は、乳・乳製品の販売時の表示について、@殺菌プラン
ト名A無菌乳・乳製品にあっては「要冷蔵」の表示B「Grade A」の表示C希
釈した場合にはその旨─を表示することとしている。

 「連邦食品医薬化粧品法に基づく規則」は、乳・乳製品の販売時の表示につ
いて、@商品名(商品に対し一般に使用または認知されている名称)A製造者、
容器への充填を行った者または販売者の名称および所在地B原材料C正味重量
D製品の取扱上の注意(保存方法など)E栄養成分とその含有量について義務
表示としている。なお、品質保持期限および製造年月日については任意でこれ
を記載できることとしている。
米国の低脂肪牛乳の容器

(5)リスク管理に関する新たな取り組み

 食肉、鶏肉、魚介類、果汁飲料については既にHACCPによる衛生規則が制定
されており、乳・乳製品についても現行の法令の下で確保されている安全性の
水準と同等なものを満たすことを前提として乳の州間輸送に関する連邦会議
(National Conference on Interstate Milk Shipments(NCIMS))において検
討がなされてきた。現在、2001年5月に公表された第2版について、任意で数
社が取り組んでいる状況にあり、このHACCP案そのものは現在も改定のための
作業が進められている。

 HACCP案では、乳業プラント、受乳施設、輸送施設に対し、ハザード(危害)
として、@微生物汚染A寄生虫B化学物質による汚染C禁止薬物および農薬の
残留Dアレルギーの原因となる成分E物理的な危険物─を挙げ、危機管理点に
おいて、時間や温度などの実際の数値、逸脱に対して採られた改善措置、観察
結果を含む記録の保存を求めている。このような記録は、乳業プラント、受乳
施設、輸送施設のIDおよび所在、記録の取られた日時、操業や記録の作成に携
わった者の名称、製品の名称、製造番号を併せて記録する事とされている。記
録の保存期間は、腐りやすい物については1年、冷凍品については2年、その
他賞味期限の長いものは当該賞味期限の間とされている。

 ただし、事故発生時のトレースバックについては、特段の記述はなされてい
ない。

5 豪州―シドニー事務所 粂川俊一、井上敦司

(1)法的背景

 豪州の食品等に関する基準や食品に関する表示については、基本的に豪州・
ニュージーランド食品基準局(Food Standards Australia New Zealand:
FSANZ)が担当している。FSANZは、1996年に豪州・NZ政府の合同機関とし
て設置された豪州・NZ食品機関(ANZFA)が前身で、2002年7月1日に現在
の組織に改組され、豪州連邦、州・準州およびNZ政府の保健相や農相などを構
成員とする豪州NZ食品規制閣僚会議(The Australia and New Zealand Food 
Regulation Ministerial Council)の決定に沿って、食品の表示に関する政策(基
準など)の企画・立案などを実施する。

 豪州の食品表示は、FSANZが定める食品基準コード(Food Standard Code)
に基づき実施されている。同コードは、@公衆の衛生と安全性の確保A消費者
が正しく選択できるようにするための適切な情報の提供B誤解や不正の防止─
と大きく3つの目的があり、当然ながら食品に関する基準の明確化や表示の適
正実施に重点が置かれる。ただし、同コードでは、食品の製造から卸売りに至
る業者に対してリコール・プランを持つことも求めているため、結果として、
トレースバックが可能な体制が構築されている。

 なお、牛乳・乳製品の衛生管理については各州の法令に定められる衛生基準
に基づき実施されている。
(2)リスク管理

 豪州の畜産業界では、品質管理のツールとして牛肉業界におけるキャトルケ
ア制度に代表される各種の品質保証プログラムが存在する。酪農業界において
も州政府関係機関や酪農協が牛乳・乳製品に関わる品質保証プログラムの開発
や実施を行っている。

 例えば、ニューサウスウェールズ(NSW)州では州政府関係機関であるセー
フフード・プロダクション・NSWが「クオリティ・プラス2000」という品質
保証プログラムを実施している。

 このプログラムは酪農家、乳業工場、販売店など、牛乳・乳製品の生産と流
通にかかわる全過程を対象にしたもので、HACCPを基本に構築された品質保証
システムである。HACCPによるものであることから、事後処理的なものではな
く、実際の問題が発生する前の時点で潜在的な問題発生原因に対処し管理する
ことに主眼が置かれる。当然のことながらトレースバックとは逆の観点のもの
である。
(3)事故などが起きた際の回収

 FSANZが定める食品基準コードでは、食品のリコールに関するガイドライン
として食品産業リコール・プロトコール(Food Industry Recall Protocol)
が定められている。その中で前述したリコール・プランが例示されており、食
品業者はその例示を基に個々のリコール・プランを作し、問題が生じた場合、
その段階や内容に応じて回収などの処理を行うこととなっている。作成する必
要がないとされている小売業者についても、同コードでは、問題が生じた場合に
は、その処理が決定されるまで該当食品について隔離保管することが定められ
ている。
(4)牛乳・乳製品の表示

 豪州の食品表示は、FSANZが定める食品基準コードに基づき実施されるが、
例えば、牛乳の場合、基本的な表示項目は、@製品名A販売者の氏名、住所B
内容量表示C賞味期限D栄養成分表示E使用、保存に係る留意事項F製造国表
示─などである。

 写真の通り、消費者が見て分かるのは、栄養成分や賞味期限などの消費に際
しての基本的な項目であり、直接目で見て製造工場などが分かるものではない。


(5)トレーサビリティへの取り組み

 前述したように、食品基準コードでは、食品製造者、卸売業者、輸入業者な
どに対してリコール・プランを持つことを求めている。これにより、原料から
製品までのすべての処理について記録を保持することが必要となる。従って、
牛乳・乳製品の場合、少なくとも製造工場まではさかのぼることが可能である。

 工場から先の酪農家や乳牛までさかのぼれるかということについて乳業関係
者に聞いたところ、集乳地域ぐらいまでしかさかのぼれないというのが実態で
ある。

@ 輸出向け乳製品

  輸出向けの場合、前提として、輸出管理規則(Export Control (Processed  
 Food)Orders)により、乳製品の記録とトレーサビリィティが求められる。 
 従って、特定の乳製品のバッチを製造するために使われた生乳のソースを記
 録しなければならない。この場合、集乳地域内の複数の農家グループまでは
 トレースされる。

  同規則の順守状況を確認するため、例えば、ビクトリア州では州政府機関
 であるデイリー・フード・セーフティ・ビクトリア(Dairy Food Safety 
 Victoria:DFSV)が、乳業会社の全体システムの監査を実施するとともに、
 トレースを行いシステムの実行性を検証しているとされる。

A 乳業会社の産地証明

  乳業会社の取り組みの主眼も、トレーサビリティーというよりも安全性の
 確保という観点から、基本的には各会社の衛生管理に関する社内マニュアル
 を順守することにある。

  例えば、ビクトリア州の大手乳業会社の場合、遺伝子組み換え体(GMO)
 の混入防止や残留物質チェックの観点から生乳検査や集乳農家の飼料給与検
 査に力点が置かれている。

  同社の場合、求めに応じて原産地証明(Certificate of Origin)の発行が可
 能であるが、基本的に工場の近郊からの集乳が原則であるため、集乳地域と
 しての産地証明は発行可能という意味とのことである。

参考:ニュージーランド

ニュージーランド(NZ)の食品表示規則とFSANZが定める食品基準コード(Food 
Standard Code)の関係は、おおむね総論部分が両国共通で、各論については食
品基準コードは豪州のみ適用、NZについては別定のものが多い。

NZでは、酪農乳業規則(Dairy Industry Regulations1990)の中の「牛乳・乳
製品の表示」(D103.2labelling of Dairy Products)において牛乳・乳製品の
トレースバックが製品の表示や工場段階での記録の規定により法的な枠組みの
中で存在する。含むべき情報として「トレーサビリティーを可能にするための
情報」という文言が明文化されているのが特徴的である。

NZもおおむね豪州同様、牛乳・乳製品製造段階までの追跡は可能であるが、そ
れ以前の段階については、生乳供給者をある程度絞り込むことまでが可能とい
う実態である。


6 アルゼンチン―(ブエノスアイレス事務所) 犬塚明伸、玉井明雄

(1) 法的背景

 アルゼンチン農畜産品衛生事業団(SENASA)は、輸出向け肉用牛を個体ご
とに管理するため決議第15/2003号(2003年2月5日付け)※1を制定して
いるが、牛乳・乳製品に係る特定の規定はない。

 またEUのように、食品すべてに対して関連する工程を遡って調査・追跡で
きるようにした規定も今のところ存在しない。

 ただし、アルゼンチン農牧水産食糧庁(SAGPyA)は決議第73/2003号(2003
年1月22日付け)において、畜産物やその加工製品およびその他の農牧製品の
トレーサビリティを実施することにより@生産、輸送、販売における透明性を
さらに向上させることA生産における各ステップを関連付け、全連鎖を的確に
網羅すること─が必要であるとした。当決議には直接的にトレーサビリティに
係る規定はないが、第1条に「動物および農牧製品に関連するトレーサビリテ
ィのための国家顧問委員会」を創設することを挙げ、第5条に前述の国家顧問
委員会の承認のもとに小委員会を設立することを規定している。これに基づき、
去る8月13日、食品ごとに追跡システムを検討する小委員会を設けることが国
家顧問委員会で合意され、既に一部で追跡システムが導入されている食肉を含
み、かんきつ類、家きん、魚類、穀物、はちみつ、牛乳、羊毛、野菜などにつ
いて、今後トレーサビリティの手法など技術的な面も含め検討されることにな
った。なお、SAGPyA内にある国家顧問委員会の事務局に今後の行程を質問し
たところ、「詳細はまだ何も決まっていないが、まず品目ごとに追跡システム
を提案してもらおうと考えている。なぜなら各品目ごとに識別方法(ロットな
のか、個別なのかなど)が違うと思われるからである。国家顧問委員会として
は、データベースへのアクセス権を誰に与えるのか、識別情報として最低でも
何を必要とするのかを決めようと考えている。なお、もし品目ごとの提案にか
なり時間がかかるようであれば、国家顧問委員会が逆提案することになるであ
ろう」とのことであった。
※1: 詳細は海外駐在員情報通巻第567号を参照。ただし、本決議が施行され
   る予定であった5月13日を7月1日に変更している。変更理由について 
   公式発表はないが関係者の話によると、耳標の製造が間に合わず対象と
   なるすべての農場において準備が整わなかったためだとされている。
(2) 品質管理・リスク管理

 アルゼンチンの食品に関しては、法律第18284号(1969年6月18日付け)
が制定されている。簡単に法律の構成を紹介すると、第1章から第5章までに
一般的な規則として、食品工場の条件、食品工業で用いることのできる道具や
容器、食品の表示などがある。続いて第6章に「食肉およびその関連食品」、
第7章「油脂製品」、第8章「乳製品」、第9章「植物性の粉製品とそれらか
ら製造される製品(筆者注:小麦粉とパスタの関係等)」、第10章「甘味製品
や菓子」、第11章「植物性製品」、第12〜14章「飲料」などと品目ごとに規
定が並ぶ。

 第8章「乳製品」の中には、牛乳・チーズ・クリームなどの各製品の定義、
牛乳の細菌数(例えば、冬場の4〜9月なら1立方センチメートル中に5万個以
下、夏場の10〜3月なら同10万個以下)、搾乳または殺菌処理時から店頭まで
に要する日数、製品保管時の温度等が規定されている。

 また、乳業メーカーの施設認定は、第2章「食品工場および食品店の一般条
件」第13条により施設が所在する衛生機関が認定することになる。

 衛生機関の認定は、製造される商品が州内の販売であれば州の衛生機関が、
国内全土および輸出される場合であれば国の衛生機関(要するにSENASA)が
認定することになる。

 なお、HACCPやISO9001に基づいて管理しなければならない規定は、法律
第18284号や他の決議などにはなく、乳業メーカーは個別にそれらの管理手法
を用いているところである。
(3) 回収

 製品の回収に関する規定はやはり法律第18284号にあり、第1章第6条追加
条項に「禁止されているものが利用された製品、変成(品質や色等の変化)が
認められる製品、汚染された製品、異物が混入している製品、偽製品、偽表示
された製品の所有・流通・販売を禁止する。これらに該当する場合は、罰金、
販売の禁止、製品の没収となる。」と規定されている。

 この規定に基づき製品は回収されることになるが、製品は単なる回収ではな
く没収であるため、行政機関(主に食品衛生管理部局)が行うことになる。
(4) 牛乳乳製品の表示

 食品に関する表示は、法律第18284号第5章に規定されており、具体的な表
示事項はメルコスル共同市場グループ(GMC)決議36/1993号(1993年7月
1日付け)、第72/1997号(1997年12月13日付け)等を受けて定められた
アルゼンチン厚生省(MSyAS)決議第34/1996号等に従っており、牛乳・乳
製品にも当然適用され@販売される食品の名称A成分リストB正味内容量C
原産地表示Dロット番号E最低有効保持期間─等となっている。(食品表示
については、「畜産の情報」海外編2003年2月号p50〜53を参照)。
(5) トレーサビリティへの取り組み

 前述したように、アルゼンチンでは公的に食品のトレーサビリティを規程し
たものはない。しかし、牛乳についてその実態を見ると、製品のロット番号
(前述の4「牛乳乳製品の表示」のD)から製造工場や製造ライン等へはトレ
ースできるシステムがある。しかし、各メーカーとも集乳地域の農家の範囲を
ある程度特定することはできても、農家までさかのぼることはできないようで
ある。

 ある乳業メーカーが、ロット番号の表示構成を詳細に例示してくれたので参
考に紹介する。なお紹介事例は粉乳であり、殺菌処理が終わった牛乳を貯蔵す
るサイロ(1基25万トン)番号がダイレクトに記入されている。ただし、粉乳
以外の商品のロット番号の表示構成は企業秘密で教えられないが、ロット番号
から殺菌処理した牛乳を貯蔵するサイロ以降の工程が的確にわかるのは、同様
とのことであるとの回答であった。


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