特別レポート 

フィリピン・ミンダナオ地域の畜産

―口蹄疫清浄化により、高まる国際市場進出への期待―

シンガポール駐在員事務所 小 林 誠、木田秀一郎



1 はじめに

 フィリピンは、国土面積が約30万平方キロメートルで日本の約8割、人口
は約7,600万人で同約6割となっている。日本とは距離的に近いこともあって、
古くから交易があり、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の中では、日本人
に最もなじみの深い国の1つである。ただし、フィリピンの場合、島の数が7,107
と極めて多く、このうち約千の島々に人が住んでいるとされていて政府の管理
が十分行き届かない面があり、宗教などの違いによる分離独立問題や富の分配
の著しい不均衡、公的債務が国内総生産(GDP)と同額に達するなどの経済不
振もあって、全般に治安が悪いというイメージが定着しているようにみえる。
図1 フィリピン行政区分図
 
   
 国内は、図1のように北から順にルソン、ビサヤス、ミンダナオの3地域に
大きく分類されており、各地域はさらに16の行政地区に分割されている。ミ
ンダナオ地域は、土地面積が全国の約34%を占めているのに対し、人口は同
約24%となっており、他の地域に比べて人口密度が低い(表1)。同地域は国
内でも最も貧しい地域とされており、農地面積の全国に占める割合が国土面積
の比率をかなり上回る約41%となっているように、食料生産基地として位置
付けられている。また、同地域は、稲作が中心のルソン地域に比べ、トウモロ
コシなどの畑作物や畜産が農業の中心となっている地方が多く、トウモロコシ
を主食とする地帯も存在している。同地域は2001年5月30日の世界獣疫事
務局(OIE)年次総会において、口蹄疫清浄化地域であることが国際的に認め
られており、これを大きな武器として、畜産物価格の高い国際市場への輸出基
地として機能することへの期待が高まっている。
表1 フィリピンの地域別人口、土地面積、人口密度および農地面積
注)人口および農地面積は2001年。
資料:国家統計事務所
 フィリピンは台風の常襲地として知られ、ピナツボ山に代表されるように活
火山の噴火による農業被害が多く発生しているが、ミンダナオ地域は台風の発
生地より南にあるため、通常、発生後に北上する台風の被害は全く受けないと
されている。火山の噴火による被害もほとんど報告されておらず、近年のエル
ニーニョ現象などによる異常気象で乾季が長引いている傾向はあるものの、天
災による農業被害はほとんどないとされており、農業生産が順調に伸びるなど
国内経済の推進役としての期待も高い。

 今回は、国際市場への進出を期待しているミンダナオ地域の畜産の現状を紹
介するが、治安状況の悪化により、現地取材は最も安全とされる第10行政地
域内に限定した。なお、同地域にも適用されている国全体の畜産振興策は、す
でに本誌2002年2月号で紹介したので参照されたい。
口蹄疫チェックポイントを通過するジープニー

2 フィリピン人の食習慣と畜産物増産の可能性

 フィリピンの就業構造は、98年の推計で農業(畜産、水産を含む)が39.8%、
公共部門が19.4%、サービス部門が9.8%、製造業が9.8%、建設業が5.8%、
その他7.5%となっており、農業部門の重要性が高い。これに対し、農業生産
額はGDPの15%を占めるにすぎず、同国の長年の問題である貧困層の解消の
ためには農民の所得向上が不可欠であるとされている。また、農民の所得向上
のためには、畜産部門の強化とそれによる輸出促進が重要であるとされている。

 同国における畜産の重要性と今後の畜産振興の可能性を検討するため、フィ
リピン人の食習慣をみると、以下のように特徴付けることができる。

 ・基本的食生活は米、魚、野菜の組み合わせで、煮物が中心とされる。
 ・米の消費量は1年1人当たり102.9キログラムで、食品総摂取量である同 
  293キログラムの約3分の1を占める。マニラ首都圏を含むルソン島中央  
  部は米の消費量が同92キログラムと最も少なく、より価格の高いパン、
  肉、乳製品などの消費量が多い。一方、ミンダナオ北部やルソン島北部は
  米の消費量が多く、北部を除くミンダナオやビサヤスはトウモロコシの消
  費量が多い。
 ・魚消費量は同36.1キログラム。ミンダナオやビサヤスは、1年1人当たり
  の魚消費量も36.5キログラム以上となっており、ルソン島を上回っている。
 ・食肉消費量は同17.5キログラム、牛乳・乳製品消費量は同16キログラム
 ・野菜摂取量は同38.7キログラム、果物摂取量は同28.1キログラム

 以上のように、畜産物の消費量は依然として低い水準にあるが、マニラ首都
圏など所得水準の高い地域では畜産物の消費量が増える傾向があるとされてい
る。従って、今後畜産物の国内需要が増加する可能性は高いが、現在、豚肉、
鶏肉、鶏卵はほぼ自給できており、牛肉は自給率が75%程度であるため、輸
出市場が確保できていない現状のまま急速に増産が進めば、供給過剰となって
値崩れを起こす可能性がある。一方、牛乳・乳製品は自給率が1%未満のため、
増産しても需給上は問題がないようにみえるが、一般にはフレッシュ牛乳の飲
用習慣が希薄であることから、オセアニアなどからの輸入乳製品を原料にして
製造するれん乳類や還元乳には価格面で対抗できず、増産は余乳問題につなが
る可能性が高い。

3 畜産の重要性について

 豚、鶏、牛は食肉生産にとって重要である一方、牛と水牛は小規模農家の役
用としての重要性も有している。水牛と山羊はほとんどが小規模農家に飼養さ
れているのに対し、鶏は25%、豚は16%、牛は10%が販売を目的とした商業
規模での飼養となっている。商業規模の畜産農家はマニラ首都圏周辺のルソン
島中央部とルソン島南部のタガログ地域に集中しているが、近年、ミンダナオ
やビサヤス地域にも拡大してきている。

 小規模畜産農家は国内各地に一般的に見られるが、豚や鶏の小規模農家はル
ソン島中央部への集中が見られる。過去5カ年間、家畜飼養頭数は山羊を除き
緩やかに増加してきた。畜産生産額に占める各畜種の割合は、豚が48%、鶏
が36%、牛が8%となっている。国内の食肉生産量は、豚肉が全体の64%、
鶏肉が22%となっており、この2畜種で全体の86%を占めている。過去5年
間で見ると、豚肉と牛肉の生産量は年率3%程度の増加を示しているのに対し、
鶏肉はわずかな増加に止まっている。豚肉の生産量は増加しているものの、豚
の飼養頭数はほとんど増加しておらず、豚肉の増産には、特に商業規模の養豚
場における生産性の向上が貢献しているものとみられる。

4 牛を中心としたミンダナオの畜産の歴史

 フィリピンには特定の地方に限定的に存在する系統も含めると非常に多くの
種類の牛がおり、温帯種(Bos taurus)と肩峰のあるゼブー種(Bos indicus)
とが複雑に交雑している。現在、同国の在来種とされているのは、中国本土に
多く見られるのと類似の赤牛であり、ミンダナオ地域の他、ルソン島の中部以
南に多く分布している。

 19世紀までのスペイン統治時代には、スペイン人の食用を主な目的として、
メキシコ産の牛が導入され、在来牛の改良にも用いられた。この牛は体色が黒
または白色であり、現在でもルソン島の北部やビサヤス地方の一部で見ること
ができる。19世紀末にアメリカの統治に移されると、ジャージー種、ショー
トホーン種、ホルスタイン種、アンガス種、デボン種、ヘレフォード種が導入
され、養牛がますます盛んになった。1939年には牛の総飼養頭数が約135万
頭に達したが、第2次世界大戦の混乱によりこのうち約65%が失われた。第2
次世界大戦後、政府は大規模な牛群構築プログラムを開始し、57〜67年の間
に合計18品種の8,336頭が輸入された。これらの純粋種とは別に、ブランガ
ス種などのゼブー系の交雑種2,138頭も導入された。

 60年代のマグサイサイ大統領の時代には、内務省と各地方自治体の主導に
より、ミンダナオの各地に牛が導入された。66年には、養牛農家の結束を図
ることを目的として、フィリピン養牛協会連合会が設立された。同連合会のミ
ンダナオにおける活動は、ブキノン県とミサミス・オリエンタル県が中心とな
った。牛の導入プログラムは、70年代には農務省畜産局に移管され、主にブ
ラーマン種、オンゴル種、ネローレ種、バリ牛が導入された。これらの導入種
の中で、ミンダナオの気候条件に最も適応性が高かったのはブラーマン種であ
った。ミンダナオでは、70年代に各県で畜産週間の催し物が開催され、セミ
ナーや研修会を行ってさかんに畜産振興が行われた。

 79年には生乳の自給率向上、農家の所得向上および外貨の節約を目的とし
て酪農開発法が成立し、フィリピン酪農公社(現在のNDA)が設立された。
この法律の施行後、80年代初頭にはオランダから1,200頭のホルスタイン・
サヒワール交雑種が輸入され、ブキノン県の種畜牧場で1カ月の検疫後、ミン
ダナオ地域の各県に配布された。この乳牛は、ミンダナオの乳牛の中核牛群と
して、その後各地で増殖され、地域内の農家に配布された。80年代末には、1,200
頭のブラーマン種がアメリカカら輸入され、全国の養牛協会連合会会員農家に
配布されたが、配布先の多くはミンダナオの牧場であり、その後の繁殖基礎牛
群となった。この時期に農務省畜産局は、ミンダナオに種畜牧場を設立してブ
ラーマンの純粋種を維持・増殖して農家に配布し、在来牛の改良を開始した。

5 ミンダナオの畜産開発

 フィリピンの農畜産業振興計画は、時の大統領によって名称が変更されてい
るものの、92年に成立したラモス政権以降、20年以上にわたって、基本政策
はほとんど変わっていない。現在のアロヨ政権もエストラダ前政権時代にマカ
マサ計画と称されていた農畜産業振興計画をGMA計画(Ginintuang 
Masaganang Ani)に名称変更したものの、内容は従前とほとんど同じである。
GMA計画は、一説には、旧来の政策にアロヨ大統領のフルネームであるGloria 
Macapagal Arroyoのイニシャルを冠しただけのものであるともされており、
財源不足などの問題点も含め、マカマサ計画と何ら変わりのないものである。

 ミンダナオの畜産は、畜種によって発達段階が大きく異なっており、米やト
ウモロコシといった穀物生産の補完的な位置付けとなっている。酪農について
は、大量の乳製品輸入が続いており、北部を中心に学校給食用牛乳の配布も行
われているが、牛乳の価格が高いことが主な障害となって、生乳の増産にはつ
ながっていない。牛肉については、地域内の需要はほぼ満たされているものの、
全国的には需要量の25%程度が輸入されている上、毎年20万頭程度の肥育素
牛の輸入が行われており、ミンダナオからも首都圏向けに移出が行われている。
水牛は、伝統的には役用としての重要性を有しているが、牛肉や牛乳の需要が
拡大していることカら、同国でカラビーフ(水牛 = カラバオの肉の意)や水
牛乳を生産することにより、牛を補完する方向での改良が必要とされている。
養鶏と養豚は、依然として庭先飼養が多いものの、ある程度商業化が進んでお
り、地域内の需要は満たされている。羊と山羊については、肉に一定の需要が
あり、他の畜種に比べて基本投資が少なくて済むことから、農家の補助的収入
源としての重要性がある。

 農務省は、ミンダナオの各地域のうち、畜産振興を強化する県を表2のよう
に定め、各県における強化畜種を定めている。畜産を強化する県は、以下の基
準により選定されている。

 ・気象条件や地理的条件が特定の畜種に適しており、市場に近接していること
 ・トウモロコシ、米ぬかなどの飼料原料の生産が行われていること
 ・道路網などのインフラが整備されていること
 ・家畜疾病が管理可能な状況にあること
 ・県や市町村が畜産に力を入れていること

各畜種ごとの開発計画は以下のとおりとなっている。
表2ミンダナオ地域内の畜産振興重点県

(1)肉牛

ア  中核牧場の設立
 中核牧場は、最低25頭の成雌牛と2頭の成雄牛を保有する国の牧場か国の
審査を受けた民間牧場・協同組合が設立する。中核牧場では純粋種の繁殖を行
い、民間牧場などに配布する。
イ  在来牛群の改良
 人工授精、受精卵移植や優良種雄牛を使った自然交配計画により、在来牛群
の改良を行うとともに、飼養管理技術の改善によって生産性を改善する。
ウ  肥育素牛の輸入
 繁殖牛群の肉用転用を最小限に抑えるため、現在行われている肥育素牛の輸
入は継続する。
(2)乳牛

 酪農振興計画は、地域内の大都市を擁する第10地区ブキノン県とミサイミ
ス・オリエンタル県(カガヤンデオロ市を含む)と第11地区北ダバオ県およ
び南ダバオ県(ダバオ市を含む)の2地区を対象としている。
(3)水牛

 水牛については、役用としては小格な在来水牛の改良と乳用水牛の導入によ
る泌乳能力の改良の2つの側面を有している。フィリピンの水牛(スワンプ・
タイプ)は、成体でも180〜200キログラム程度にしかならず、役用としても
十分でないため、大型化が求められている。全国に9カ所設置されているフィ
リピン水牛センター(PCC)のうち、1カ所がブキノン県にも設置されており、
ブルガリアから輸入されたムラー種(リバー・タイプ)との交雑による産乳能
力の向上と大型化に取り組んでいる。現地での説明によれば、ムラー種は成雄
で520キログラム、成雌で480キログラム程度に達し、乳量も1日当たり7
リットル程度とミンダナオ地域におけるホルスタイン交雑種と同程度の水準に
ある。しかし、ムラー種は気性が荒く、搾乳には後肢の保定が必要であるなど、
牛に比べて取扱いが難しい。また、同じ水牛ではあってもスワンプ・タイプと
リバー・タイプでは染色体数が異なるため、雑種を作出しても不稔になるとさ
れており、系統としての維持ができないという問題も抱えている。
(4)羊・山羊

 羊と山羊については、営農システムへの取り込みの推進と改良種の導入によ
る能力の向上が行われている。
(5)養鶏

 養鶏は、ミンダナオの畜産では比較的発達した部門であるため、政府の振興
策は飼料産業や養鶏を取り巻く一般経済状況を改善するという間接的なものと
なっている。
(6)養豚

 輸出向け加工地域を設定し、輸出可能性を高める方向での振興が行われてい
る。

乳用のムラー水牛。湾曲した角が特徴である。

6 畜種ごとの畜産の現状

(1)肉牛

 フィリピンの肉牛は、粗放的放牧、ココヤシ林の下草放牧、庭先における繁
殖・肥育一環経営の3つの方法が中心となっている。粗放的放牧経営は、北部
ルソン、ミンドロ島、マスバテ島、ミンダナオ島が中心となっている。ミンダ
ナオ地域における主要草種はローカル名でCogon(学名:Imperata 
cylindrica;一般にはアラン・アランと呼ばれ、栄養価が低く、荒地に生える
イネ科の代表格となっている。)、Bagokbok(同:Themada triandra;一般
名はレッド・オートグラスだが、豪州のカンガルーグラス(T.australis)に非
常に似ており、地区農政局の説明はではT.triandraだが、豪州から牛が多数
導入されていることを考慮するとカンガルーグラスの可能性もある。)、Talahib
(同:Saccharum sportaneum;一般名はワイルド・ケーン(野生サトウキビ)
であり、草丈が高く、最大3.5メートル程度に達する。)だが、いずれも栄養
価は低く、1年1ヘクタール当たりの牧養力は0.25〜0.5頭となっており、季
節による牧養力の差も大きい。ココヤシ林の下草放牧経営は、ココヤシの雑草
防除が主体であり、養牛は副次的なものとなっている。通常、このような形式
による牛の踏圧がココヤシの収量に与える影響はほとんどないとされているが、
多くの農家は依然として牛の放牧によるココヤシ収量への悪影響を信じており、
ココヤシ林の有効利用の障害となっている。庭先経営は全国的に広く見られ、
数頭の牛や水牛を飼養し、自家採集した粗飼料を主体に、少量の濃厚飼料が給
与される。牛は路端や裏庭での繋ぎ飼いによる飼料補給が行われる。一般に、
フィリピンでは、放牧草地は国有地のリースが主体だが、ココヤシ林の場合は
私有地が中心であり、いずれもフィードロットへの売り渡し契約をともなうも
のが中心である。

 以下に第10地区内ブキノン県に立地する公的機関、フィードロット、民間
農家の事例を紹介する。
表3 ミンダナオの牛および水牛の地域別・飼養形態別頭数
注1)頭数は各年の1月1日現在。
注2)2002年は速報値。
資料:農務省第10地域農政局

ア  国の機関
(ア)マライバライ種畜牧場

 マライバライ種畜牧場は、33年、農務省畜産局の直轄牧場としてミンダナ
オ地域の畜産の中心地であるブキノン県に設置された。50年には、農務省第10
地域農政局に移管され、種畜牧場としてインドから輸入された275頭のオンゴ
ル種を基に種畜の増殖を開始した。この後74年まで、サンタ・ガーツルーズ種、
ブラーマン種などが相次いで輸入され、現在の牧場の基礎を作った。同牧場は、
基本的にはミンダナオ地域北部向けの種畜増殖と調査研究を行うことが目的と
されている。

 同牧場の面積は533ヘクタールあり、このうち248ヘクタールが改良草地、
270ヘクタールが野草地、5ヘクタールがトウモロコシ畑、残りが畜舎などの
施設用地となっている。トウモロコシはサイレージ用に栽培期間110日の品種
を作付けしており、バンカーサイロでサイレージ調製を行っているが、調製技
術に問題を抱えている。牧場用地のうち75%は平地または緩傾斜地だが残り
は急傾斜地であり、放牧利用も困難である。ブキノン県全体が高原地帯にある
が、同牧場も海抜800メートルの地点にあり、年平均気温が24℃と熱帯とし
ては冷涼である。年間降水量は2,400ミリメートルあり、土質は粘土質、土壌
のPHは4〜5.5と低めである。同牧場は、長年、周辺の農家が無許可で牧場
内に住み着き、土地を耕作する問題を抱えてきたが、2001年にこれを違法と
して退去を求める裁判所の判断がなされ、解決に向 かっている。

 同牧場の現在の主な業務は、95年にアメリカから導入されたシンブラー種
(ブラーマン種とシンメンタール種の交雑種)を増殖し、農家などに種畜とし
て配布することが中心である。2001年の配布頭数は、地域内の農協を中心に
成雄牛が3頭、育成雄牛が2頭、成雌牛と育成雌牛がそれぞれ22頭の合計49
である。2002年末の飼養頭数は250頭となっており、面積に比べて少ないが、
これは2003年にアメリカ・テキサス州から種畜を輸入する準備のためである。
牧場内の牧草見本園は、優良牧草類の展示だけでなく、周辺農家への種苗配布
の役目も担っている(本誌2003年6月号巻頭グラビア参照)。牧場内の液体
窒素製造施設では1日当たり30リットルの液体窒素製造が可能であり、第10
地域内の地区事務所へ配布されている他、1リットル当たり50ペソ(約115
円)で外部へも販売されている。なお、セブ島にある民間企業が製造した液体
窒素の販売価格は同60ペソ(約138円)となっている。

(イ)人工繁殖センター

 人工繁殖センターは、65年、農務省畜産局とフィリピン大学との協力によ
り、全国の家畜改良を推進するために首都マニラ近郊のアラバン種畜牧場内に
設立された。80年代から95年までは、日本の協力を受けて人工授精の普及が
行われた。95年には、場所を現在のブキノン県内、マライバライ種畜牧場近
郊に移し、土地面積184ヘクタール、職員数28名でブラーマン種19頭、ホ
ルスタイン種5頭、ネローレ種とリムジン種各1頭の種雄牛を管理し、凍結精
液を製造している。この他、政府職員や学生を対象とした人工授精関係の実習
も重要な業務となっている。

 2002年の凍結精液の製造実績は、すべての品種の合計で17,980ドースとな
っているが、同センターで最も重要としているブラーマン種の凍結精液は既に
12万ドースの在庫を抱えているため、採精は1週間に1回しか行っていない。
凍結精液関係の技術は、海外青年協力隊の指導で行われたため、すべて日本の
種畜牧場(現家畜改良センター)と同様の方式が採られている。同センターが
製造した凍結精液は、農務省にのみ譲渡することとされており、センターには
1ドース当たり50〜60ペソ(約115〜138円)が還元される。還元されたお
金は、同センターに設置されている液体窒素製造施設の維持に使われている。
同施設の製造能力は1日当たり30リットルである。
イ  フィードロット

 フィリピンのフィードロットは、国内の肥育素牛の供給が不十分なことから、
肥育素牛の大半を豪州からの輸入に依存している。輸入元が豪州に集中してい
るのは、・豪州が口蹄疫清浄国であること、・ブラーマン交雑種など熱帯の気
候条件に適応した牛が得られやすいことの2点が主な理由となっている。南米
でもアルゼンチンのように同様の条件を満たす国はあるが、南米から輸入する
場合、船積み運賃が生体1キログラム当たり0.8〜1米ドル(約94〜117円:
1米ドル=117円)で豪州から輸入する場合の同0.29〜0.3米ドル(約34〜35
円)の3倍程度になり、2002年のように干ばつで豪州の生体牛価格が上昇し
た場合でも、運賃の差額を吸収できない。フィードロットは大半がビサヤス地
域とミンダナオ地域に立地しており、主にマニラ首都圏向けに生体で出荷して
いる。マニラ市場では220〜250キログラムの枝肉が標準となっているため、
300〜320キログラムの肥育素牛を輸入し、100〜120日間肥育して420〜450
キログラムで出荷するケースが多い。本誌2003年6月号の巻頭グラビアにパ
イナップルの缶詰製造残さを利用したデルモンテ社のフィードロットを紹介し
たので参照されたい。
ウ 肉牛農家
 ブキノン県で2,800ヘクタールの牧場を所有し、黒毛和種と褐毛和種を豪州
から輸入して肉質改善を行い、プライム・ビーフ市場への進出を目指している
例を本誌2003年6月号の巻頭グラビアで紹介したので参照されたい。この例
によると、高原地帯で年間平均気温が平地より5〜6℃低く、冷涼に感じられ
るブキノン県でも和牛の純粋種では適応性に問題があるとされている。
エ 肉牛(繁殖)と養豚の複合経営農家
 96年に現在地であるブキノン県北西部、カガヤンデオロ市との県境にほど
近い位置に土地面積約190ヘクタールを購入して畜産を開始した。牧場内は採
草地が40ヘクタール、放牧地が110ヘクタール、実取りトウモロコシ畑が約
38ヘクタールとなっており、残りは飼料乾燥・調整施設、畜舎、住居などと
なっている。養豚を同時に始めたのは、投資金の回収がより早く行えるからで
あり、実際、開設から7年が経過した2003年に至っても牛からの収益はほと
んど得られていない。

 肉牛はブラーマン種を700頭飼養しており、肥育素牛の繁殖・供給を目的と
している。700頭のうち、約400頭は繁殖用雌牛であり、生産した子牛は200
キログラム程度になったところで肥育素牛として出荷する。牧場開設以来、2003
年までの出荷総頭数は約千頭であり、2003年の出荷目標は300頭としている。
牛の販売価格は、生体重1キログラム当たり50〜51ペソ(約115〜117円)
である。牧場開設当初は人工授精も行っていたが、現在、繁殖は雌牛30頭に
対し雄牛1頭の割合で放牧する自然交配で行っている。生産した子牛は、6カ
月程度(体重130〜150キログラム)で離乳し、8〜9カ月で200キログラム
程度に達する。同牧場の雌牛は、2〜2.5年で初産をむかえ、以降はほぼ1年1
産に近い割合で出産している。

 牛の飼料は、舎飼いの場合には、イネ科のセタリア(Setaria sphacelata)
を栽培している採草地からの青刈り給与(1日に4回収穫)を主体に醸造かす
やバナナの収穫残さの補助的給与を行い、放牧の場合は同じくイネ科のシグナ
ルグラス(Brachiaria decumbens)主体の草地で行っている。通常、乾季は
3〜5月の3カ月間とされているが、エルニーニョ現象が発生し始めてからは6
カ月間に伸びている。乾季にはスプリンクラーによる潅がいを行っているが、
雨季に比べ生育は劣る。

 豚は繁殖雌豚を500頭飼養する規模であり、豪州から輸入した大ヨークシャ
ー種とランドレース種の交雑種を生産し、肥育素豚として出荷している。豚の
飼料は、牧場内にある日産500キログラム規模の飼料調整場で自家配合してい
る。
放牧中のブラーマン種

(2)酪農

 フィリピンでは、NDAなどがニュージーランドなどからホルスタイン交雑
種を輸入し、国内の酪農振興に躍起となっているが、気候条件が酪農に適さな
いことや初期投資が大きいことを理由にして、一向に生乳生産が増える兆しが
見えない状況が続いている。このような同国の状況は、同じ熱帯の暑熱地帯に
立地しながら、ホルスタイン純粋種を中心に導入し、1日1頭当たり30キロ
グラム以上の乳量も決して珍しくない状況にあって、酪農への参入が急速に拡
大しているベトナム・ホーチミン市周辺とは大きく異なっている。

 ミンダナオ地域の酪農も国全体の状況と変わりがなく、酪農家は乳量が低く、
収益性が低いことに悩まされている。同地域内の乳牛の牛群構成は表4のよう
になっており、年次による変動はほとんどない状況が続いている。
表4 ミンダナオの乳牛の牛群構成
資料:NDAミンダナオ島事務所


ア 酪農庁(NDA)ミンダナオ島事務所
 第10地域の酪農家戸数は約188戸であり、ほとんどが搾乳牛10頭以下の
小規模なものである。ミンダナオ地域の生乳生産者価格は、1リットル当たり
20ペソ(約46円)だが、酪農庁が集乳などの取り扱い手数料として同2ペソ
(約4.6円)を天引きするため、酪農家の手取りは同18ペソ(約41.4円)と
なっている。

 カガヤンデオロ市には、生乳処理施設として第10地域内の15の酪農協同組
合が共同で1992年に建設した北部ミンダナオ生乳処理施設があるが、運営経
費の分担などに問題が生じたため、現在はNDAが運営している。同施設の職
員数は13名だが、形式上はすべてNDAからの派遣職員となっている。ミンダ
ナオ地域には、北部以外にも南部のダバオ市にNDAの運営する生乳処理施設
がある。

 酪農協同組合は、通常、20〜30戸の酪農家で構成されており、現在第10地
域で活動している酪農協同組合は8組合にまで減少している。8組合の188戸
が生産している生乳のうち、同処理施設に搬入される分は1日当たり298リッ
トル程度であり(残りは近隣住民への直接販売)、処理した生乳のほぼ全量が
学校給食用に供給されている。生乳供給量が十分にないため、処理施設の操業
は隔日で行っている。同処理施設で処理した生乳は、90%が普通牛乳、10%が
フレーバー付牛乳に加工される。同処理施設は、ほとんどを学校給食用牛乳と
して供給しているため、学校休止期間にはほとんどが余乳になるという問題を
抱えている。この対策として、同処理施設では、ネスレ社の技術指導によりゴ
ーダチーズを生産している。
手作業で生乳からクリーム分を分離

イ 民間酪農家(カガヤンデオロ市内)
 子牛を含めた総飼養頭数は21頭だが、搾乳牛頭数は10頭であり、1日当た
りの生乳生産量は60〜70リットルである。搾乳は、午前5時と午後3時の1
日2回行っており、すべて手搾りである。生乳は、酪農協同組合を通じて生乳
処理施設へ販売するものが中心だが、近隣住民への直接販売もしている。酪農
協同組合の集乳所までの距離は、約6キロメートルである。労働力は、牧場主
の他、労働者を3名雇用している。

 乳牛の品種は、ホルスタイン種とサヒワール種との交雑種であり、ホルスタ
イン種の血量は50%となっている。ホルスタイン種の血量を75%に上げると
乳量が低下する。分娩間隔は20カ月であり、短縮できないのが悩みとなって
いる。雄子牛が生まれた場合、代用乳が高価で買い手がつかないため、農場内
で10カ月程度飼育した後に販売している。

 市街地に近く、土地代が高いため、牧草地を確保できない。このため、飼料
は周辺の路傍や野草地の草を刈り取り、ブロワーで細断して給与しているほか、
濃厚飼料を購入して給与している。
酪農家の牛舎。牛はすべてホルスタイン種とサヒワール種の交雑種。

(3)養豚

 ミンダナオ地域は全国の豚飼養頭数の約3割を飼養しているが、庭先養豚が
多くを占めており、販売を目的とした商業規模の養豚の比重は小さくなってい
る(表5)。同地域の養豚の現状と問題点などについて、ミンダナオ養豚協会
のコンセプション会長にインタビューを行ったので、商業規模の養豚場、一般
農家の事例と合せて以下に紹介する。
表5 ミンダナオの豚の地域別・飼養形態別頭数
注1)頭数は各年の1月1日現在。
注2)2002年は速報値。
資料:農務省第10地域農政局

ココヤシ林に放牧される小規模農家の在来豚

ア コンセプション養豚協会会長の話
 ミンダナオ地域には約20万頭の成雌豚が飼養されているが、零細農家によ
る庭先養豚が多く、商業規模で養豚を行っているのは20社である。商業規模
の養豚場の成雌飼養頭数は、平均で約1,500頭となっている。第10地域で最
大の養豚場は、インテグレーターであるモントレー社であり、成雌豚飼養頭数
は5千頭を超えている。

 第10地域における養豚の問題点は、飼料の50%以上を占めるトウモロコシ
の価格が高いことであり、現在30%に設定されている輸入トウモロコシの関
税率を引き下げなければ、地域内の養豚の競争力を高めることができないと考
えている。国産トウモロコシは、現在の関税率を適用しても輸入品より1キロ
グラム当たり1〜2ペソ(約2.3〜4.6円)高い。しかし、第10地域はトウモ
ロコシの生産も多く、同じ地域内の住民としては、地域内の農民を支持するた
めに国産トウモロコシも使わざるを得ず、ジレンマを感じている。トウモロコ
シ農家は、1戸当たり7ヘクタールの作付け制限も受けており、競争上はマイ
ナスだが、このような農家を支持していく必要性を感じている。今後は、国内
市場だけでなく、口蹄疫清浄地域という強みを生かして、シンガポールなど価
格の高い輸出先を開拓していくことが、唯一の生き残り策だと感じている。
イ 民間養豚場(コンセプション養豚場)
 カガヤンデオロ市内にあり、育成豚と子豚を含めた総飼養頭数は6,700頭お
り、このうち700頭が成雌豚である。品種は、大ヨークシャー種を基にして造
成されたダボイ種とランドレース種であり、外部には両品種間の雑種を販売し
ている。日本などで行われているデュロック種を使った三元交配を行わないの
は、デュロック種を交配すると豚に斑点が出てしまい、在来種を交配したとし
て市場価格が低下するためである。

 同養豚場の出荷頭数は1月当たり約千頭であり、農場出荷価格は生体重1キ
ログラム当たり55ペソ(約127円)となっている。出荷体重は、85〜90キロ
グラムであり、85キログラムまでの平均生育期間は4カ月となっている。繁
殖はすべて人工授精で行われており、種雄豚12頭を飼養して1頭1週間当た
り3回の採精を行っている。平均産子数は8.8頭であり、離乳率は80%とな
っている。同養豚場の豚の背脂肪の厚さは12〜14ミリメートルである。
コンセプション養豚場の母豚。暑熱のため、送風機の設置が不可欠である

(4)養鶏

 フィリピンでは、主に肉用とされる在来鶏の飼養羽数が多く、飼養羽数で比
較すると2002年1月1日現在では、ブロイラーの飼養羽数の約2.3倍の在来
鶏が飼養されている。この傾向は、養鶏の商業化が進んでいないミンダナオ地
域ではさらに顕著であり、同地域の在来鶏羽数はブロイラーの約6.3倍に達し
ている(表6)。在来鶏の農家出荷価格は、ブロイラーの2倍以上となってい
るが、ブロイラーの出荷までに必要な期間は5週間未満であるのに対し、在来
鶏は8〜9週間以上が必要とされている。また、在来鶏はニューカッスル病の
保菌割合が高いとされており、大規模での飼養には不向きとされている。
表6 ミンダナオの鶏の地域別・種類別羽数
注1)羽数は各年の1月1日現在。
注2)2002年は速報値。
資料:農務省第10地域農政局

ア 民間種鶏場
 大手食品企業であるスイフト社の契約種鶏場であり、種卵の生産のみを行っ
ている。ミンダナオ地域には、スイフト社以外にもサンミゲル・フーズ社、タ
イソン・フーズ社、バイタリッチ社のフィリピンの養鶏大手4社すべてが契約
農場を保有しているが、ほとんどすべてがブキノン県に集中しており、県内に
合計31の契約養鶏場がある。契約農場がブキノン県に集中する理由は、・台
風の襲来がない(ミンダナオ地域全体)、・高原地帯のため気温が低いため熱
射病の被害がない、・労賃が安い、・飼料の主体となるトウモロコシの生産量
が多い、・治安が良好であることが挙げられる。

 この種鶏場は、1993年に1,200万ペソを投資して開設され、土地面積20ヘ
クタールの中に3つのモジュールが設置されている。契約上、1モジュールの
設置には約7ヘクタールが必要とされる。他の養鶏場との隔離距離は2キロメ
ートルとされている。職員数は、1モジュール当たり22名となっているため、
種鶏場全体では66名が雇用されている。種鶏ひなはアメリカの他、オランダ
からも輸入されており、1羽当たりの価格は1.65ペソ(約3.8円)である。契
約種鶏場の場合、ひなから飼料にいたるまで、生産資材はすべて契約元から供
給され、種鶏場は鶏の管理を行うだけなので、事実上、経営リスクは全くない。
2002年12月現在の飼養羽数は、雌が21,000羽、雄が3,000羽である。種卵
の生産は、産み始めから65週間となっており、この間の1羽当たりの平均産
卵個数は165個である。
種鶏場の鶏舎。開放型だが、周辺の隔離は十分な距離が取られている。

(5)小規模畜産農家(ブキノン県マライバライ)

 小規模農家は、特定の畜種に専業化していないため、上記のいずれにも分類
できない。訪問した農家は、土地面積1ヘクタールの農場にガンボロ種の豚12
頭、山羊18頭、牛5頭、採卵鶏200羽を飼養している。この他、飼養羽数に
変動があるが、近隣の大手養鶏場であるマグノリア社から廃用鶏を買い受け、
短期間飼養し、肉用として販売している。

 豚は通常、90キログラムで出荷し、生体重1キログラム当たりの価格は50
ペソ(約115円)となっている。山羊は成畜で1頭当たり1,500ペソ(約3,450
円)で売り渡す。鶏卵の生産量は、1日当たり150個程度であり、通常、2日
分をまとめてからウエット・マーケットで販売しているが、30個入りのトレー
1枚当たり70ペソ(約161円)と大手養鶏場の鶏卵より安いので販売には苦
労がない。廃鶏は1羽当たり80〜120ペソ(約184〜276円)で販売している。
市場で直接販売している鶏卵を除き、通常は、ミドルマンと呼ばれる中間業者
への販売となるため、価格交渉の面などで問題を抱えている。

7 家畜等の農家出荷価格

 家畜等の農家出荷価格は、農務省農業統計局が取りまとめており、2003年3
月の平均価格は表7のとおりである。公表価格は、全国平均のため、事例のと
ころで述べられている価格とは若干の相違がある。

 なお、公表価格には各種の条件があり、牛は生体重が450キログラム以上の
ものの価格である。水牛は頭数維持の観点から年齢によると畜制限があり、雄
は7歳以上、雌は11歳以上のものとなっている。豚は生体重が80〜90キロ
グラムの範囲のものの価格であり、90キログラムを超えるものは過体重とし
て単価が減額される。山羊は、生体重が20キログラム以上のものの価格、肉
鶏は生体重が1.4キログラムのものの価格である。鶏卵は、重量によりジャン
ボ(75グラム超)、大(63〜75グラム)、中(50〜62グラム)、小(37〜49
グラム)に分類されており、卵重の平均値は56グラムである。
表7 家畜等の農家出荷価格(全国平均)

8 と畜場

 フィリピンのと畜場は、国家食肉検査協議会(NMIC)による格付けが行わ
れており、鶏肉を含めた食肉の輸出を行うためにはAAA(トリプルA)の格付
けを受ける必要がある。2003年7月末現在、ミンダナオ地域にあると畜場の
うち、AAAの格付けを受けているものは2社あるが、このうち1社は自社農
場で生産した豚の処理のみを行えるという条件付きのため、一般に利用可能な
AAAと畜場はダバオ市の1社に限定される(表8)。食肉の輸出を視野に入れ
る場合、早急なと畜場の整備が必要とされるが、資金難などが障害となって進
んでいないのが現状である。
表8 ミンダナオ地域のNMIC認定と畜場
資料:NMIC

ア カガヤンデオロ市獣医事務所の話
 カガヤンデオロ市内のと畜場は民営だが、食肉検査員として市の獣医事務所
から獣医を派遣している。民営と畜場に隣接してNMICのと畜場もあるが、現
在は稼動していない。市の獣医事務所に所属している獣医は4名だけだが、そ
の他の業務を行う職員が48名在籍している。検査以外の業務の中心は、証明
書の発行と検査料などの料金の徴収である。と体検査に合格したものについて
は、衛生証明書が発行され、枝肉の輸送、販売にはこの証明書を常備している
必要がある。市・県外へ枝肉を輸送する場合には、移送証明書の発行・携行が
必要となる。

 NMICは、設備や衛生状態に応じてと畜場をAAA(輸出可能)、AA(市・
県外への移出可能)、A(市・県内での消費に限定)の3段階に分類し、認定
証を発行している。カガヤンデオロ市のと畜場はAAグレードなので、輸出向
け枝肉の生産ができず、AAAへのグレードアップが求められているが、資金不
足で実現できていない。枝肉にはと畜場のグレード、NMICによると畜場の認
定番号、検査合格の3項目を表示したスタンプが捺されるが、家畜の流通段階
でミドルマンが介在していることが多いため、添付される証明書の情報を合せ
ても生産段階への遡及は不可能である。

 と畜場の処理状況は、牛が1日当たり50頭、豚が同250頭、鶏が同3千〜
4千羽となっており、日によっては水牛も処理される。ミンダナオ地域の牛は、
マニラ首都圏へ生体で移出されることが多いので、同と畜場の処理分はほとん
どが市内で消費される分だが、セブ島を中心としたビサヤス地域に枝肉で移出
される分が多少ある。と畜作業は、午後10時に開始され、翌朝の午前4時く
らいには終了する。このような作業体系となっているのは、一般にフィリピン
の消費者が冷蔵、冷凍肉を好まないことによるものである。スーパーマーケッ
トでは冷凍肉も売られているが、一般的とは言えない状況にある。市内のと畜
場では、脳や脊髄といった特定危険部位(SRM)の除去は行っていない。これ
は地域内の一般農家の牛は、草のみで飼養されており、BSEの危険性があると
は考えられないことと、地元民に脳や脊髄を食用とする習慣があることによる
ものである。

 図2にAAAグレードのSt Judeと畜場(自社産豚の専用と畜場)の作業工
程を示した。ミンダナオでは、豚は皮付きのまま出荷されるので、皮剥ぎの工
程がない。また、同と畜場では頭部や血液は、専門の業者へ委託して廃棄して
いる。
「AAA」のSt Judeと畜場の入口。各認定と畜場は、グレードと認定
番号を表 示しなければならない。

図2 St Judeと畜場における作業工程

9 ミンダナオにおける口蹄疫清浄化対策

 ミンダナオ地域で輸出期待が高まる要因として、国内の畜産物価格が安いこ
とが挙げられるが、もう1つの大きな要因として、アセアンではシンガポール
とインドネシアに次いで口蹄疫のワクチン非接種清浄化が達成されたことがあ
る。

 同地域は、国内的には93年3月29日付け政令第8号により口蹄疫清浄化
が宣言されて以来、10年にわたって口蹄疫清浄地域を維持している。しかし、
口蹄疫清浄化が国際的に認められたのは、2001年5月30日の世界獣疫事務局
(OIE)総会まで待たなければならなかった。ミンダナオ以外の地域は、北部
のルソンとミンダナオの中間に位置するビサヤス地域が2002年にOIEの清浄
化地域に認定されるまで、いずれも口蹄疫常在地域とみなされていたため、ミ
ンダナオの口蹄疫に対する防疫は非常に困難なものであった。国内線の搭乗口
における踏み込み消毒の徹底以外にも、畜産の中心地であるブキノン県を縦貫
し、北部のカガヤンデオロ市と南部のフィリピン第2の都市であるダバオ市を
結ぶ国道にも口蹄疫チェックポイントを設置している。口蹄疫非清浄化地域か
ら畜産物を移入する場合、荷主や運送従事者は畜産局長または局長の委任した
者に対し、文書で許可を申請する必要がある。畜産局は、トラックやケージの
消毒、家畜の消毒を確認した後、上陸許可を与える。輸送対象とされる家畜の
飼料も口蹄疫清浄地区由来のものでなければならない。輸送中に発生したごみ
の処理も各港湾あるいは空港検疫所の指示に従わなければならない。

 以上のような措置は、2002年に政令第5号が施行されて文書化されるまで
は、畜産局の内規として行われており、法的拘束力はなかった。しかし、家畜
や枝肉の輸送に関しては、常に畜産局の監督すると畜場の証明書を携行してい
る必要があり、船便などによる陸揚げには畜産局の傘下にある検疫所の上陸許
可証が必要であるため、政令による縛りがなくても実質的な効果を上げてきた
といえる。また、ミンダナオの畜産関係者も口蹄疫に関する関心は非常に高く、
不正移入による口蹄疫の進入という事態も生じていない。
国内線搭乗エリアへの入口に設置された踏込み消毒用マット。

カガヤンデオロ空港ターミナルの入口にも農務省の警告板と踏込み
消毒マット が設置されている。

ア ブキノン県における口蹄疫清浄化対策の実際
 ブキノン県獣医事務所で対策の実際について話を聞いた。同県は畜産を最も
重要な産業として位置付けており、産業界の同意も受けて、早くから口蹄疫対
策に取り組んできた。現在の対策は、県条例第9702号に基づいて行われてお
り、県外に移出される家畜に対して県税条例第9503号に定めた家畜衛生課徴
金を徴収し、これを財源として運営している。課徴金の額は、牛などの大家畜
が1頭当たり50ペソ(約115円)、山羊などの中家畜が1頭当たり5ペソ(約
12円)となっている。鶏にも口蹄疫対策のための課徴金が課せられており、20
羽以下の出荷については1回10ペソ(約23円)、20羽を超えるものについ
ては10ペソに加え1羽当たり0.15ペソ(約0.35円)が課せられる。ブロイ
ラーについては、出荷時の課徴金とは別に、県外出荷を目的とした養鶏場への
年間課徴金も設定されており、飼養羽数が1万羽以下の場合、1年当たり800
ペソ(約1,840円)、1万羽を超える場合、2千羽ごとに同100ペソ(約230
円)が課せられる。さらに、種鶏場への課徴金もあり、種鶏5千羽以下の規模
の種鶏場は年額3,500ペソ(約8,050円)、種鶏の羽数が5千羽を超える場合
には、3,500ペソに加え5千羽ごとに150ペソ(約345円)が加算される。

 一方、県外から移入される家畜に対しては、運送用トラックの消毒代として
10輪の大型車は1台当たり50ペソ(約115円)、4〜6輪の中型以下のもの
は同25ペソ(約58円)が課せられる。さらに、移入される大家畜には1頭当
たり3ペソ(約7円)、中小家畜には同2ペソ(約5円)が課せられる。移入
では食肉と食肉加工品にも課徴金が課せられており、1回の移入量が200キロ
グラム以下の場合、1キログラム当たり0.5ペソ(約1.2円)、200キログラ
ムを超える分については同0.2ペソ(約0.5円)が加算される。同県の行って
いる厳しい口蹄疫対策に対する国の補助などはないが、と畜した場合、枝肉の
輸送、販売には衛生証明書と所有者証明書を常備しておくことが必要とされて
おり、間接的にだが国の監視も行われている。なお、両証明書の取得には1頭
当たり30〜50ペソ(約69〜115円)がかかる。

 県内には同県と周辺各県を結ぶ7本の道路のすべてに口蹄疫チェックポイン
トが設置されており、62名が24時間体制で消毒業務を行っている。同事務所
では、畜産農家に課徴金に対する不満はないとしている。2002年の各種課徴
金からの収入は約300万ペソ(約690万円)に達したが、実際に要した口蹄
疫チェックポイントの運営費は約400万ペソ(約920万円)となっており、
約100万ペソ(約230万円)が県の予算でまかなわれた。
ブキノン県とカガヤンデオロ市を結ぶ間道に設けられた口蹄疫チェ
ックポイン トで車体の消毒を行う県獣医事務所職員。

10 終わりに

 フィリピンは、2003年1月1日から、アセアン自由貿易地域(AFTA)の共
通実効特恵関税制度を完全実施している。また、今後早い時期にアセアン・中
国自由貿易協定の先行関税撤廃が実施されることも見込まれており、ルソン島
南部の畜産農家を中心に危機感が高まっている。同国の食肉の中心である豚肉
や鶏肉は、タイ産や中国産に比べて価格競争力が劣るとみられているが、その
原因は飼料の主原料となるトウモロコシの関税率が高いためであるとして、政
府に対してトウモロコシの関税率の削減を求める動きも起こっている。

 一方、今回紹介したミンダナオ地域は、口蹄疫清浄化を達成しているため、
口蹄疫非清浄国である中国やタイからの輸入畜産物の地域内への流入はないと
みており、域内での競争激化に対する危機感は希薄である。ただし、商業規模
での生産を行っている畜産農家(企業)については、ルソン地域での価格競争
の激化が、販売量にある程度影響を与えることは確実とみられており、一定の
危機感は持っている。しかし、このような危機感も地域内にトウモロコシ生産
農家が多いことから、畜産物の生産コスト削減のための関税率削減という動き
にはつながりにくい状況となっている。

 一般に、開発途上国では、口蹄疫清浄化の維持のように継続的にお金のかか
る対策は、財政難などを理由にして、途中から形骸化することが多いが、ミン
ダナオ地域ではブキノン県を中心に10年にわたって清浄化を維持している。
また、東南アジアでは、各種規制に対する抜け道が多数存在する例が多いが、
こと口蹄疫に関しては、地域全体の協力も受けて極めて厳格に運用されている
ように見受けられる。中央政府も法律による規制は遅れたものの、畜産局の内
規の運用というかたちで地域外からの畜産物の流入を規制するなど、口蹄疫清
浄化を1つの財産あるいは武器と考えている様子がうかがえる。

 冒頭で述べたように、ミンダナオでは口蹄疫清浄地域として国際的に認定さ
れたことにより、畜産物輸出への期待が高まってはいる。しかし、輸出規格の
と畜場が極めて少ないといったインフラ面での問題があることや、これまで全
く販路を有していなかったことがネックとなって、自ら販路を開拓しても輸出
するというほどの姿勢は見られないのが現状である。和牛を導入して肉質改善
を図っている肉牛農家にしても、販路として視野にあるのはマニラ首都圏の高
級ホテルの日本食レストランであり、かつて輸出の拡大によって急速な成長を
遂げたタイのブロイラー産業のような急展開は当分起こりそうにもないものと
みられる。むしろ、内政不安や経済不振が続いている状況を考慮すると、畜産
物の消費を刺激するような国民所得の大幅な向上も短期的には期待できず、輸
入品との価格競争の激化により畜産業が縮小する可能性すら考えられ、今後の
推移が注目される。

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