特別レポート

豪州酪農の現況と展望〜干ばつを越えて〜

シドニー駐在事務所 井上 敦司、粂川 俊一

1 はじめに

   
2004年7月 ニューサウスウエールズ州南部の酪農場―季節柄一部かんがいを利用しているが、干ばつも和らいだ感じが漂う

 豪州の酪農産業をめぐる情勢は、2000年に入ってから大きく変動してきている。その要因は第一に、2000年7月の酪農関連の規制緩和の集大成が挙げられる。これにより酪農家への政府の補償措置は講じられたものの、おおむね生乳価格は低下を余儀なくされた。第二に、2002年前半に発生した干ばつの影響が挙げられる。100年に1度といわれたこの干ばつの影響により、乳用牛の飼養頭数が減少し、それに伴って生乳生産量も大幅に減少した。干ばつは、2003年の後半から全体的にみて緩和してきたものの、依然、終息には至っていない。第三に、2003年以降の豪ドル高がある。豪州酪農産業は製造される乳製品の約8割が輸出向けという輸出依存度が高い構造であることから、他の輸出国との競争上不利な条件となった。


 これらの中で最近の酪農産業に特に大きな影響を与えたのが干ばつであり、酪農家はこれによって厳しい状況に直面していることが連邦や州政府の主要な会議で報告されている。このことから、業界団体であるデイリー・オーストラリア(DA)は、全国の酪農家を対象に、現在の酪農産業の状況と酪農家の意識について正しく把握し解決策を模索するための調査を行った。先ごろ、その調査結果が発表されたので、その概要を報告する。
 

2 豪州酪農の現況

 調査結果に触れる前に、ここ数年の酪農家をめぐる環境について振り返ってみたい。

(1)生乳需給動向

(1)生乳生産

 豪州の酪農は、放牧を主体とする経営が大部分であるため、ビクトリア州や沿岸部の気象条件に恵まれ、牧草生育に有利な地域に集中している。また、生産される生乳の約8割が加工向けであり、さらに、製造される乳製品も約8割が輸出向けという輸出依存型産業である。

 これにより、生乳生産量は気象条件や牧草の生育状況などによって大きく変動するとともに、酪農経営は乳製品の国際市況および為替の変動の影響を受けやすいという特徴を有している。

月別生乳生産量の推移

 生乳生産量は、1990年代に入り、ガット・ウルグアイラウンド合意に伴う乳製品の輸出拡大への期待を背景に増加傾向で推移してきた。しかし、2002年前半から始まった干ばつの影響により、経産牛のとう汰による飼養頭数の減少や経産牛1頭当たりの乳量の低下から、2002/03年度の生乳生産量は、前年度比8.4%減の1,032万キロリットルと大幅に減少した。さらに、2003/04年度に入っても減少傾向は続き、2004年1月から月別の生乳生産量が前年同期を上回って推移してはいるものの回復までには及ばず、2003年7月から2004年5月の11ヵ月間の合計では、前年同期比2.6%減の949万キロリットルとなった。経産牛飼養頭数は2003年6月末には、前年同期比1.3%減の約210万頭となり、DAによると、2004年6月では203万頭とさらに減少することが見込まれている。また、経産牛1頭当たりの乳量は、2002/03年度で前年度比5.3%減の5,030リットルとなった。

(2)生産者乳価の動向

 2000年6月末まで加工原料乳に対する価格補てん政策(連邦制度)と飲用向け生乳に対する最低価格保証政策(各州の制度)が実施されていたが、2000年7月以降、両制度ともに撤廃され、生乳の販売流通が完全に自由化された。

 それにより、99/2000年度の生産者乳価までは、飲用乳価と加工原料乳価の差が2倍以上に拡大していたが、2000年7月以降、飲用向けの乳価が大幅に低下した。2002/03年度の乳価は、前半は国際市況価格低迷、後半は豪ドル高による影響で前年度比10.6%減の1リットル当たり29.5セント(約24円、1豪ドル=80円)となった。
 


 

(2)酪農家の経営状況

 豪州農業資源経済局(ABARE)が昨年末発表した「2003年農家調査」によると、2002/03年度の酪農家の損益状況は20年ぶりの低水準であった。現金収入は、干ばつの影響により生乳生産量が減少したことや乳価が低下したことから、15.6%減少した。また、現金支出は、牧草の生育の悪化から乾牧草の購入量が増えるとともに、乾牧草などの購入飼料自体の値段も高騰し、加えてかんがい用水経費の大幅な増加もあり、12.4%増加した。これにより、現金所得は前年度比で81%減少し、事業損益は1農場当たり7万6,600豪ドル(約613万円)の赤字に転落した。

 なお、DAの調査結果では、意識調査とともに、現状の酪農家の経営状況についても調査を行っているので、下に紹介する。


 

3 酪農家の意識調査結果

 こういった状況の中、デイリー・オーストラリア(DA)は現在の酪農産業の現状と酪農家の意識について調査を行い、その分析結果を発表した。これは、豪州で初めて行われた総合的な酪農産業の分析結果である。

(1)調査の目的

2003年3月 ビクトリア州北部の酪農場―最も干ばつの被害が大きかったといわれる。牧草が少なく土が露出している

 DAでは、他の酪農家組織や、乳業メーカー、政府などと連携して、干ばつで苦しむ酪農家が直面している困難な状況に対処するため、「Dairy Moving Forward(DMF)」と銘打った対策を実施している。今回の調査およびその分析は「Dairy2004:Situation and Outlook」名づけられ、DMFの取り組みの中の一つとして行われた。

 Dairy2004の狙いは、この調査および分析結果を酪農家に示すことによって、酪農家が現状を正しく認識し、これから得た情報を酪農家自身が今後の経営判断に役立てることとしている。DMFではこのほか、酪農家に対して個別の経営相談会や研修会、酪農家の疑問に答える形での説明会などを実施している。

 この調査は、2004年4月に実施され、調査結果は、酪農家に対する1,799件の電話による聞き取り調査と全酪農家に送ったアンケートのうち回収された2,579件(全酪農家の約24%)のとりまとめによるものである。
 

(2)酪農家の現状認識

 調査結果によると、大多数の酪農家(80%)が、干ばつにより被害を被っており、そのうち半数以上の酪農家(55%)が干ばつ前の生乳生産量に戻っていない(2004年4月現在)。さらに、干ばつの被害を被ったほとんどの酪農家(93%)の経営状況が回復しておらず、負債の増加した酪農家が半数以上(63%)に及ぶとしている。

(1)酪農家の80%が今回の干ばつの被害を被った。

・被害の程度は地域や個々の酪農家によって異なり、回復状況も異なる。

(2)乳価は過去2年間、すべての地域で平年ベースを下回るか平年と同程度であった。

(3)生産コストは増加し、資金繰りは厳しくなった。(ABAREの調査結果では12%増)

(4)全国の生乳生産量は2001/02年度に比べ約11%減少した。

 経産牛の飼養頭数も同様に約8%減少した。

・地域によっては生乳生産量の減少が18%にまで及んだ。

・地域によっては飼料や水の蓄えがまだ回復していない。

(5)干ばつで被害を被った酪農家の55%が干ばつ前の生乳生産量に戻っていない。

(6)干ばつにより酪農家の69%は利益が大きく減少し、10%はわずかに減少した。
 

干ばつによる酪農家の利益への影響

(7)干ばつで被害を受けた酪農家の経営状況については、酪農家の48%はまったく回復しておらず、45%は部分的な回復にとどまっている。

干ばつの影響を受けた酪農家の回復状況

(8)干ばつの影響で、40%の酪農家は負債が大幅に増加し、23%の農家はわずかに増加した。負債が大幅に増加した酪農家の70%は財務状況が回復していない。

干ばつの影響で負債が増加した農家の回復状況


(3)酪農家の将来展望

 調査時点では酪農家の半数近く(46%)が将来を悲観的にとらえている。また、今後3年間で13%の酪農家が利益の減少を理由に離農するとしている。さらに、多くの酪農家は、規模拡大などの投資には模様眺めで慎重な姿勢をとっている。

 このような状況にもかかわらず、生産意欲については、2004/05年度では気象状況が良好に推移すれば、半数以上の酪農家(59%)が生乳生産量を増やすことを計画している。また、今後3年間では、好天が続き乳価の変動がなければ、半数近くの酪農家(42%)は生乳生産量を増やし、乳価の上昇によってはさらに2割を超える酪農家が生産を増やすと答えている。

(1)将来展望

・将来を悲観的に考えている酪農家が46%、楽観的に考えている酪農家が34%、どちらともいえないと答えた酪農家が20%となっている。将来を楽観的に見ている酪農家は大規模経営者や若手に多い。

・酪農経営者の20%は39歳以下の若手で事業の成功を肯定的に考えている。酪農経営者の53%は50歳以下である。
 

酪農家の将来見通し


(2)離農率

・今後3年以内に13%の酪農家が離農し、さらに12%が離農する可能性がある。

・離農の主な理由は利益の減少によるもので、負債の増加は必ずしも離農の主な理由となっていない。仕事量や年齢の問題でもない。

・この年間約5%の離農割合は通常を上回るが、干ばつ後では予期された範囲内である。

・酪農家をやめると答えた者のうち、19%は後継者に農場を手渡したいと考えている。また、64%は農場や乳牛を売却するとしている。

・ただし、新規参入者の可能性もあり、それによって酪農家の減少率もやや相殺されるとみている。
 

今後3年間の酪農家の離農状況


(3)投資意欲

・2004/05年度は、約75%の酪農家が酪農施設へ新たに投資することを考えていない。約25%の酪農家はかんがい施設や給餌システム、酪農施設、水利用権(この質問には、投資項目として、乳牛や土地は除かれている)に投資すると答えている。投資を行う酪農家は、大規模経営者やかんがい施設利用者、若手の酪農家で酪農の将来に積極的な考えを持つ者である。

・ 70%の酪農家は投資のために負債を増やせるだけの余力をもっていると信じているが、実際に借り入れを増やして投資を行うことを考えている酪農家は、20%に過ぎない。

・ 2004/05年度は、気象条件によるが、65%以上の酪農家は穀物やサイレージなどの補助的な飼料の給与割合を変更する予定はない。

・ 50%の酪農家は牛群の規模や構成を変更しない。これらの酪農家は生乳生産量の47%を占める。

・投資意欲の少ない酪農家は、研修や技術開発の活動への参加意欲も少ない。

2003年3月 ビクトリア州北部の酪農場―かんがい用のため池

(4)生産意欲

・2004/05年度

 気象状況が良好に推移すれば、59%の酪農家が生乳生産を増やすことを計画、そのうち約30%が10%以上増やす計画をもっている。

 増産を計画する理由は、干ばつの終了、飼料の回復、乳牛の増加、牧草の回復、水の確保などの順となっている。地域によってこの順序も異なる。

2004/05年度生乳生産意欲

・今後3年間

 天候が良好に推移し、乳価に変動がなければ、42%の酪農家は増産を計画している。

 3年間で乳価が2〜3%上昇すれば、さらに21%の酪農家が増産に向かう。

・生乳生産量の増加によって工場の稼働率や効率性が向上するため、生産量が2001/02年度の水準に達すれば、1リットル当たりの加工コストを2〜4セント引き下げることとなる。

2004/07年度生乳生産意欲

(4)調査結果の総括

 この調査結果を踏まえて、DAでは、干ばつの影響から立ち直るには長期間を要することに加えて、現在の酪農家の最大の関心事項は生乳価格にあり、これらの問題を解決するには、個々の酪農家に対し個別の対応を行うとともに、産業界全体で取り組んでいかなければならないと総括している。

(1)酪農産業が干ばつの影響から完全に立ち直るまでには長い時間を要する可能性がある。

(2)現在の酪農家が最も問題としている事項は、乳価である。

 78%の酪農家は、乳価は為替相場や乳業メーカー、スーパーマーケットのような酪農家の力が及ばない要因に基づき決定されているとみている。

 他の問題点としては労働力や水、利益率などが挙げられている。

主要な酪農産業の課題

(3)干ばつの影響から回復するためには、個々の酪農家ごとに、酪農家の経営状況や酪農家が自ら行える事項、酪農家の収益性を高めるための方策などの事柄に着目して、個別に対応する必要がある。

(4)現在の困難な状況に対して、酪農産業界が全体で取り組んでいくことが必要であり、それが酪農産業の体質強化につながるとして、次の点を指摘している。

・生乳生産量の回復は、酪農産業界全体の関心事項である。

・生産量の増加によって、国内および国際市場での信頼が回復する。

・生産量の増加によるコスト低減によって、乳業メーカーが乳価を改善しやすくなる。

・問題解決には、酪農家にアドバイスを行える者の大きなネットワークを通して、広範な知識の活用や熟考された解決方法を採用する必要がある。

・酪農家組織や酪農家、DA、政府などは、酪農家の収益性の改善に努力するために、以前にもまして協力を密にし、この報告書で指摘されている重要な課題(乳価、水、環境、労働力など)について、協力して解決に向け取り組んでいかなければならない。個人や1機関だけでは、この問題を解決できない。

4 今後の需給状況

 DAでは酪農家の今後の経営判断に役立てるため、需給状況についての短期および中期的な見通しを分析している。

(1) 短期的見通し−2004/05年度

 短期的には、乳製品国際市況は好調に推移することが見込まれる。国際乳製品市場をみると、バターや脱脂粉乳の供給量は相当量あるものの、チーズの不足が見込まれる。乳製品価格については、チーズが最も高い水準になり、バターも98年以来の高値、粉乳類も2001年以来の高値になると見込まれる。

 2004/05年度の乳価は、2003/04年度と同程度となる見込みである。豪ドル高は2004年に入って是正されてきており、今後の国際情勢に左右されるものの最悪の事態を抜け出しつつある。2セントの豪ドル安で1セント乳価が高くなるとみている。

 生乳生産量については、多くの地域で気候条件が改善されるにもかかわらず、干ばつの与える物質的、資金的影響で、回復には限界があるとみている。したがって、2004/05年度の生乳生産量は前年度と同程度の数量にとどまる見通し(1,010万キロリットル〜1,060万キロリットル)である。気候条件がよければ、前年度に比べ2%増加すると見込まれる。また、飼料穀物価格は安定し、現在の価格と同程度で推移する見込みである。

(2)中期的見通し−2006/07年度

 生乳生産量は干ばつ前の水準に回復すると見られる。2004/05年度では回復に限界があったものが、干ばつ前の年間3〜4%の伸びに戻り、生乳生産量は1,080万キロリットルから1,140万キロリットルの間となる。回復の程度を左右するのは、乳価の改善、飼料コストの安定、水の確保、天候による。

 また、主要な輸出相手先の需要の増加やEUの輸出補助金の削減により、国際乳製品市場におけるシェアは拡大するとみている。

 WTO交渉は、2005年後半まで妥結しない見通しが増しており、WTO交渉の結果によって貿易環境を根本的に変えるまでにはさらに4〜5年を要するとみている。

 豪州の酪農産業が低コスト乳製品を供給する優位性を保てるのは、いくつかの条件を維持することで可能となる。その条件は、海外乳製品市場への参入機会の確保、安価な牧草や穀物などを含む低価格な補助的飼料の確保、信頼性の高い生産システムの維持などである。これらの条件を維持するための努力が重要となってくる。

5 おわりに

 この調査を通じて、100年に1度といわれた今回の干ばつは、豪州の酪農産業に大きな影響を与え、多くの酪農家が将来に対して不安感を抱いていることが明らかになった。さらに、酪農家が現在最も関心を抱いている問題が生産者乳価であり、生乳価格が上昇すれば酪農家は増産に向かうことが示された。現在でも、干ばつは終息したとは言い切れず、干ばつからの回復や乳価をはじめとした諸問題の解決には時間を要する。

 DAではこの調査結果について、「いいニュースばかりではないが、酪農家の現状が明らかになり、酪農家が将来の酪農経営について何らかの判断を下すのに役立つものとなった」と評価し、「酪農家の経営改善のために酪農家自身が努力できることを業界全体で支援していくことが課題だ」と述べている。

 酪農界全体での今後の酪農産業の再生に向けての取り組みが期待されるところである。
 

(参考資料)

“Dairy 2004:Situation & Outlook”Report to the Australian dairy industry

その他、デイリー・オーストラリア ウエッブサイト など




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