特別レポート

国際酪農連盟(IDF)世界酪農サミットの概要

ワシントン駐在員事務所 犬飼 史郎、唐澤 哲也
酪農乳業部酪農経営課長 岡田 摩哉

1 はじめに

 国際酪農連盟(IDF)は1903年に創立された世界の酪農乳業における科学技術、経済問題に関する国際機関であり、事務局はベルギーのブリュッセルに置く。本年9月17日から9月22日まで、米国およびカナダのIDFの共催により、カナダのバンクーバにて国際酪農連盟総会および世界酪農サミットが開催され、IDF加盟国41カ国を含む45カ国から848名(わが国24名)が参加した。
世界酪農サミットでは、(1)酪農政策および経済、(2)環境問題、(3)科学・技術、(4)栄養・健康、(5)家畜衛生・公衆衛生などの課題について、各国での取り組み、新たな知見について講演や意見交換が行われた。今回は、酪農政策および経済に関する話題を中心に聴講する機会を得たので、その概要を報告する。

 

2 総会

 Hopkins事務局長が引退し、新事務局長としてRobert氏が承認された。Hopkins事務局長は退任に際し、今後のIDFの発展のため、(1)科学に基づいた消費者の信頼の醸成、(2)動物愛護や食品安全などの問題について、国際獣疫事務局(OIE)や国際食品規格委員会(CODEX)をはじめとする国際機関との協調、(3)乳製品消費の拡大のための乳業界との協力がそれぞれ重要であるとした。

 また、アフリカの地域連合である東南アフリカ酪農協会(ESADA)の加盟が承認され、メキシコより中南米地域からの加盟を促進するための同様な取り組みについて提案があった。事務局からは、アフリカ地域や中南米地域からのIDFの参加を促進することにより情報交換の場が生まれるなど双方に利益が生ずることが強調された。

 2006年は上海で、2007年はアイルランドで世界酪農サミットを開催することが決定した。なお、2008年の開催地にドイツが非公式に立候補を表明した。



3 世界酪農サミット

(1) 特別基調講演

(1)乳製品の重要性とIDFの役割
   Paul Paquin;Laval University(カナダ)

 乳製品の歴史をひもとくと13世紀のモンゴルにおける粉乳の生産までさかのぼる。これまでの歴史は大きく3つの段階に分けることができる。工業化が始まった40年代から70年代は第一期と位置付けることができる。粉乳は酪農のない地域での牛乳中の栄養分の摂取を可能とした。膜を用いた分離技術が発展した70年代から90年代は第二期である。この時期にはさまざまな副産物の利用を可能とし、IDFでも22以上の乳製品の基準が設定され、乳製品の機能の分析に関する手法が開発されるなど科学的な発展が見られた。また、乳製品の市場も拡大した。90年代以降は、栄養・健康食品の発展した時期であり第三期である。多くの物質について科学的な研究により、その効能が支持されている。技術、栄養学、健康の3分野の協力が重要である。今後は、機能遺伝学、分子遺伝学の進展により市場がけん引されることが期待される。食品としては牛乳に栄養面以外の要請もあることにも着目する必要がある。

(2)栄養・乳製品の栄養市場での販売
   Joe O’Donnell;PCC Nutrition(米国)


 牛乳は自然のものである。他の食品としての使用や栄養のバランスの改善にも効果がある。業界および学会は、既存の知見に加え機能上の新たな必要性を発見することに着目している。骨粗しょう症やがんの防止、体重管理、血圧、マーガリンのトランス脂肪問題などにおける乳・乳製品の優位性を示すためにはデータが不可欠である。また、作用機序の解明も求められるが、ヒトの遺伝子の解析は牛乳の秘密とは必ずしも直結しないことを考慮する必要がある。牛乳の効能は公式化され他の食品との組み合わせによりバランスの取れた栄養供給がもたらされる。

(3)乳製品のマーケティング
   Craig Plymesser;SC Marketing(米国)


 主要市場における人口の増加、米、EU、日本における消費の安定もあり、2010年の乳たんぱくの販売額は3%増加(大豆たんぱくは6%増加)するであろう。大豆たんぱくは、乳たんぱくに比して価格が3〜5割安いことやコレステロールが低いなどの長所もあり、乳たんぱくに取って代わろうとしている。無脂肪クリームからハーフ&ハーフのクリームに需要が移るなど、価格のみが消費者に訴求するわけではないが、乳たんぱくを大豆たんぱくと競争力のあるものとするために、乳製品の新たな健康上の利点を消費者に訴えていく必要がある。

(4)乳製品の経済と貿易
   Jonathan Coleman;U.S. International Trade Commision(米国)


 乳製品のうち、カゼインとホエイに着目してみると、中程度の所得の途上国における人口の増加もあり、世界的に貿易量は増加傾向にある。カゼインは、主としてニュージーランド(NZ)、EUから輸出され、最大の輸入国は米国である。ホエイは、主としてEU、米国から中国などのアジアに主として輸出されている。乾燥ホエイは飼料に、濃縮ホエイタンパクは工業用に消費される。

 すべての貿易産品は課税や統計のために分類されているが、HSコードは8ケタベースでは国によりその定義が異なる。他方、6ケタベースでは同じHSコードに多くの製品が含まれることもあり、貿易の状況を把握することが困難である。この問題の解決に向けたIDFの指導的役割が期待される。

 2000年のEUによる低濃度の濃縮乳たんぱく(MPC)に対する輸出補助金の撤廃の結果、米国の50%未満のMPCの輸入量は激減した。70%以上79%未満のMPCはチーズ製造業で広く使われ、80%以上のMPCは医療やスポーツドリンクなどの製造業者で広く使われるなどMPCは濃度によりその使用者が異なる。


特別基調講演の会場風景

(2) 酪農政策および経済

(1)世界の酪農概況

ア H. Herlev Sorensen;Danish Dairy Board(デンマーク)

 今回のThe World Market for Cheeseは第6版であり、Danish Dairy BoardからIDFの加盟国に行った質問票への回答を整理したもので、95年から2004年までのデータを含む。回答は30カ国から寄せられ、これらの国々で、世界のチーズ生産の約8割が担われている。25カ国より成るEUのチーズの2004年の総生産量は850万トンと世界の総生産量の47%を占めている。単独の国としては米国が最大のチーズ生産国であり、2004年には120万トンが生産された。この他にもオセアニアやエジプトなどでもチーズの生産は増加している。旧EU(15カ国)では95年から2004年の間、生乳の生産は横ばいであるにもかかわらず、チーズの生産がこの10年間で120万トン増加していることは特筆に価する。チーズの生産の内訳については、ハードチーズなどの伝統的なものから、フレッシュチーズへと変化してきている。このような変化は消費者の食習慣の変化に伴うものである。ピザやパスタを外で食したり、家に持ち帰る、あるいはケータリングサービスの発達という米国風の生活がこのような変化を引き起こす要因として挙げられる。このような流れはアルゼンチンやNZといったわずかの国を除き、世界的な傾向となっている。ウルグアイラウンドがチーズの貿易に与えた影響については、NZや豪州からの輸出が95年と比し2倍に増加していることやEUの拡大に伴いEUの世界の総生産に占める割合が増加していることに着目する必要があろう。

イ Erhard Richarts;Zentrale Mark und Preisberichtstelle(ドイツ)


 世界の生乳生産は再び増加に転じており、2005年の総生産量は62,600万トンと前年を1,000万トン上回ると見込まれている。このような増加基調は、ロシアおよびオセアニアを除く地域での増産によるものである。2005年の後半についてはヨーロッパでは増加率が低下するものの、米国およびアジアでは良好な天候もあって増加が継続すると見込まれる。中国では生産も需要も増大している状況にある。EUへの新規加盟国、中国や中南米諸国では生乳生産量に占める加工割合が高いが、これは統計上に現れない非公式な市場の存在との課題にもよると考えられる。先進国市場ではチーズや栄養製品などの需要の緩やかな成長が見られる。他方、成長途上の市場では飲料を中心とした成長が見られる。

 世界のバター、チーズ、全粉乳の生産は2004年も増加しており、この傾向は継続するものと見込まれる。他方で、脱脂粉乳の生産は2004年は前年比10%と顕著に減少しており、2005年も大きな増加は期待できないであろう。これは、低脂肪チーズに対する需要の増大により、脱脂乳がチーズの原料乳の調整用に用いられたことなどによる。EUの生産クォータによる生産制限や輸出補助金の段階的引き下げにより、EUの世界市場でのシェアは減少しつつある。2004年の在庫は、オセアニア、米国、EUともに解消または減少しつつある。このような趨勢は2005年においても変化がないと見込まれるが、世界的な市場価格の高止まりによる影響が懸念される。また、為替についてもドル安傾向が継続すれば貿易の促進材料となろう。

 2005年については、世界の市場価格の平準化が進むものと見込まれる。

(2)価格とコストー利益の分配

ア Rechard Stammer;Cobot Creamery Cooperative(米国)

 消費者の要求は異なったサイズの牛乳や厚さの異なるスライスチーズなど多様化している。生産者が消費者に直接製品を販売することが生産者にとって最も利益率が高いことは明白である。他方、小売業者にとって乳製品は高収益商品の一つであり、商品棚が店舗内で良い位置を占めるのみならず、ディスプレイそのものにお金がかけられている。牛乳については毎月価格が変動することが容認されているにもかかわらず、チーズについては価格の安定が求められている。価格の変更は一般的には年に1度、多くても3回である。

イ Greg Mertes;WAL-MART Supercenters(米国) 

 米国でのオーガニック製品の需要は伸びているにもかかわらず、オーガニック牛乳が牛乳の総販売量に占める割合は、2005年においてもわずか2%にすぎない。今後も当店ではオーガニック牛乳を積極的に販売するとの方針は有していない。豆乳については消費の増加は頭打ちになりつつある。店舗内に約30ある冷蔵棚のうち、4つを豆乳製品が、9つを牛乳および乳飲料が占めている。環境に訴える新たな形態の店舗を展開し、揚げ物などに用いた食用油のリサイクルや太陽発電も導入している。また、ハリケーンの被災者の支援など社会的な責務の遂行にも力を入れている。普通に売っていたのでは競争相手との差別化が図れないからである。新たなプロジェクトとして、単に市場のみならず、生産から消費に至るすべての過程での問題を検討する部局を立ち上げた。

ウ Erick Boutry;Lactalis American Group(米国)


 Lactalis社は70,000万ドルの売り上げを誇る私企業であり、5つの施設を所有してチーズを製造販売している。地域で生産したものを当該地域で販売するとの経営方針である。他方で、自由貿易を信奉している。この二つは相反するように見えるが、例えば米国とEUでは国の大きさが異なるし、工場の所在によっては国境を含めた地域を販売の対象と考えるのは合理的なことと考えている。チーズは価格のみでは製品を比較できない。自社のブランドが高品質なものとして消費者に認識される必要がある。消費者はすべてを求めているし、親と子供では要望が異なる。生産者に求められるのは低価格、高品質、多様性、斬新さである。加工業者は消費者にブランドにおける付加価値とそれに伴うコストを理解してもらう必要があろう。小売業者と加工業者間で、消費者の要請やより付加価値を高めるための情報について互いに情報を共有することが望ましい。

(3)将来の食品産業における乳製品―われわれは成長を継続することができるか?

ア Tom Gallagher;Dairy Management Inc(米国)


 世界のたんぱく製品の市場は安定的に成長している。乳たんぱくは3%、大豆たんぱくは6%の成長を継続してきた。大豆たんぱくは動物たんぱくより健康的かつ安価であることから、これに取って代わろうとしている。米国の大豆業界は研究開発などに多額の資金を投入している。ホエイたんぱくと大豆たんぱくの価格を比較すると乳たんぱくは大豆たんぱくと比し3〜5割高価である。乳製品の競争力を維持するためには、新たな健康上の利点や新たな製品や機能が欠かせない。このため、DMIではホエイたんぱくの健康上の利点などの研究、市場開拓、宣伝活動などを行っている。

イ Zdene Kratky;Nestlé Reseach Center(スイス)

 健康で機能的な食品・飲料に対する需給増は長期的なトレンドである。栄養は総合的かつ包括的でなければならない。健康の増進のために、すべてを正しく摂取する必要がある。乳はほ乳類の進化の歴史において、脊椎動物ではなし得なかった、出生以後の効率的な栄養供給を可能にした。栄養、エネルギーなどの適当なバランスを備えている。このような乳の栄養・機能の研究は新たな食品としての展開を可能にする。骨の強化を図るカルシウムを強化した製品、低カルシウムは通常のホルモンによる肥満細胞の脂質の放出を阻害することに着目したダイエット製品、腸内の善玉菌の健全なバランスを図ることによるヒトの自己修復機能を強化する製品、母乳で育った幼児の腸内細菌層に酷似した細菌層を実現する人工乳などの商品開発である。乳製品は数世紀にわたり、多様な生活スタイルや選択に適合するよう、幅広い食品分野で発展を遂げてきたが、今後も栄養研究の進展がこのような発展をけん引していくことが期待される。


酪農政策および経済特別講演の会場風景


(4)生産者の組織の手法

ア Jerry Kozak;National Milk Producers Federation(米国)


 第二次世界大戦以降、生乳の生産性の改善が図られ、特に育種による乳量の増加が試みられてきた。この結果、米国内でも生産過剰という問題に直面し、EUやカナダでも行われているクォータによる生産管理の導入についても議論したが、政治的にも受け入れられず、独自の手法を講ずることとなった。生乳生産量の減少が価格安定のために不可欠であり、2003年における総生乳生産量を1978年当時と同量にすることを目的として、生産者の自由参加によるCWTプログラム(Cooperatives Working Together)を開始した。40の関係団体および400戸の生産者の参加を得、米国内の生乳生産の75%に相当する生産から、100ポンド当たり5セントの拠出金を拠出してもらっている。このプログラムは二つのプログラムから成る。一つ目は輸出促進プログラムである。チーズとバターについて、市場価格がトリガー価格を下回った場合に、国際価格との差額を補てんすることにより輸出を促進する。二つ目はとうた促進プログラムである。2003年には32,000頭のとうたが行われた。現在、2006年12月からの18カ月間のプログラムの見直しを行っている。CWTの実施の結果、生乳価格は過去25年間の平均を上回る水準まで回復した。しかし、われわれがCWTで学んだことは、国内の産地間競争を止め、共に手を取り合うことの大切さであった。

イ Åke Moding;Arla Foods(デンマーク)

 ヨーロッパではドイツのスーパーマーケットによる安売り攻勢により、価格低減の圧力にさらされている。この結果、UKをはじめEUでもプライベートブランドが増えてきている。このような傾向は生乳生産者にとって消費者と直接対話するチャンスでもある。プライベートブランドは、より生産地域に密着し高い利益率を追い求められるなどの利点もあるが、短期的な視点に基づいた経営になりがちである。他方、協業は構成員の生産する牛乳に着目し、複合的に最大乳価格を追及することとなる。このため、協業の拡大は地域のみならず生乳の生産量による圧力を受けることとなり、短期・長期の双方の視点から経営を行うこととなる。今後は、ヨーロッパでも加工業者のさらなる寡占化が進むものと考えられる。農家は投資を伝統的に好まないが、寡占化に自ら参加していくことが生き残る道の一つとなろう。

ウ Bruce Saunders;Dairy Farmer of Ontario(カナダ)

 カナダでは上位3社で乳製品の生産の7割を担っており、また、10社のスーパーが小売の9割を占めている。このような寡占化が進んだ状況下では生産者には生乳価格をコントロールするすべがなく、供給管理の必要が生じた。供給管理の目的は、(1)需給調整、(2)生産者と購買者間の価格交渉力の均衡、(3)消費者への高品質牛乳の供給の確保である。現状の仕組みは、(1)輸入管理、(2)生産費に準拠した価格の決定、(3)生産統制の3つの柱から成り立っている。このため、州のボードが加工業者との交渉に当たり、生産者はクラスごとに同一の乳価を得る。価格の決定は年に1度2月に行われる。現行の制度は、生産者、加工業者、消費者のすべてに益するものとなっているが、現在進行中のWTOの農業交渉の、市場アクセスは輸入管理に、国内支持は乳価の決定に、輸出競争は生産統制にそれぞれ影響を与えることが懸念される。

(5)自由貿易と保護のバランス

ア Connie Tipton;International Dairy Foods Association(米国)


 今次WTO農業交渉では、先進国の補助金や途上国の市場の保護などの課題について、先進国と途上国とのリバランスが課題となっている。先進国では途上国と比べて1人当たり3倍のカロリーが摂取され、乳製品を含む2〜3倍のたんぱくが摂取されている。今後2020年までに先進国から途上国に対し、現状の米国の国内市場をはるかに上回る輸出が行われるものと見込まれる。日本では第二次世界大戦後、米の消費が減少する一方で乳製品の消費は増大した。近年、中国でも同様な傾向が見られる。世界的な所得の向上に伴う乳製品の需要の拡大を見込み、加工業界も拡大を志向している。しかし、途上国の農業従事者は適正な労働費を得られず、途上国が農業を中心とした経済構造である限り、購買力は生じない。世界の共栄のためには、各国が自国で生産に適した産品の生産に特化し、他は貿易にゆだねることが必要である。貿易自由化が途上国に有益であることは、メキシコのNAFTAや中国のWTO加盟などの例からも明らかである。米国の酪農は、WTOにおいて輸出補助金の廃止、市場アクセスの大幅な改善、国内支持の削減の三つの柱を追及していく。また、環境規制の強化による農家の発展の制限、柔軟性に乏しい製品の規格基準、生産コストの上昇を招き競争を阻害する価格政策といった市場を阻害する国内政策の改善も追及していく。

イ Marcel Groleau;Fédération des producteurs de lait du Québec(カナダ)


 ガット・ウルグアイラウンド(UR)では、関税の引き下げによる市場アクセスの改善、国内支持の削減、輸出補助金の削減が農業合意として合意された。NZはEUやカナダといった有利な市場において関税割り当ての下で20%以上のバターの輸出を保証された。フォンテラの存在により、NZの酪農家の収入は約5%増加している。国内支持についても、例えば米国では貿易阻害的な黄色の補助金を他のカテゴリーに移行させるなどの動きもある。このように、UR農業合意の実施の結果は、交渉妥結当時に考えられていたものとは異なっている。市場アクセス、国内支持、輸出競争の3分野には相互に関連がある。EUの農業改革はこれら3分野と密接な関係にある。カナダの現行制度の下で小売価格は安定的に推移しているが、NZや米国の小売価格は上昇している。われわれとしては、カナダの供給管理は適切な規制手法であると考える。

ウ Osvaldo Cappellini;Del Centro de la Industria Lechera(アルゼンチン)

 酪農分野は最も貿易わい曲が高い分野であり、国内補助金や国内保護政策が乳製品の市場を小さなものにしている。途上国では、セーフティネットなどが存在しないために、生産者は直接市場の影響にさらされる。先進国は乳製品について高関税を維持しており、貿易の促進のためには関税の大幅な削減が不可欠である。現在のEUや米国の国内支持の削減は実際の支出の削減を伴うものではない。酪農分野についてドーハ開発計画では、(1)あらゆる形態の輸出補助金の早期撤廃、(2)輸出補助金の削減の際の透明性の確保、(3)AMSではなく実支出に基づく貿易わい曲的国内支持の削減、(4)高関税の大幅引き下げ、(5)真の貿易機会を創出する市場アクセスの改善、(6)関税割り当ての拡大の実現が必要である。農業改革が乳製品の輸入価格の高騰や経済的損失の増大を招くものであってはならない。貿易自由化の恩恵をだれもが受けられるようにするためには、農業分野での市場改革が必要である。このような改革なしに、世界的な経済成長と福祉の向上は成し遂げられない。工業分野やサービス分野での市場開放の見返りとして、先進国の貿易障壁や国内支持は削減されるべきである。

(6)世界的な社会経済の趨勢と将来の酪農産業への影響

ア Merrit Cluff;国連食料農業機関(FAO)


 先進国の人口構成は釣鐘型であり、乳製品の需要を担う若年齢層の人口が乏しい。アジア、アフリカでの都市化の進展による所得の向上が見込まれ、これに伴う乳製品の需要の増加が見込まれる。生乳生産量に占める途上国の割合の増加が見込まれ、途上国の統計上把握できない市場流通が依然として大きいものの、その多くは低価格の産品であると考えられる。一部の国からの乳製品の輸出が国際的な乳製品貿易の大層を占めている現状を考えると、途上国への小規模生産者への圧力は高まると懸念される。また、大手スーパーが途上国への進出による先進国の大資本の規格の浸透などにより加速されると考えられる。URでは輸出補助金が温存されるなど公平な競争環境の創出が行われていない。また、先進国による規格などの厳格化が途上国からの産品の先進国市場へのアクセスの阻害要因ともなっている。乳製品の先進国の関税は概して途上国に比べて高い。貿易規律の改善、特に先進国の貿易障壁の削減による良好な市場の創出、途上国の特別な扱い(S&D)や生乳の生産性が途上国の貧困の是正に貢献すると期待される。

イ その他

 このほか、Manchester大学(英国)のDavid Colman教授は、スーパーマーケットの普及により、先進国に経済水準が近い途上国の市場の拡大がもたらされ、農家の規模拡大、乳業の発展、輸入の増加が生じていることを指摘した。インドのVijay Paul Sharma教授、中国のDinghuan Hu教授からはインドや中国での生産の大層を占める小規模では生産コスト自体は低いものの、衛生管理や乳質が問題であること、都市部近郊で近代的な経営が成長しつつあることなどの報告があった。

 

(3) マーケティング-市場、乳・乳製品とそのイメージの販売

(1)乳製品のプロモーションと販売の維持

ア 乳製品を子供たちの目前に
  Jean Ragalie;Dairy Management Inc(米国)


 DMIはチェックオフ資金よりプロモーション活動費を酪農ボードから受けている。プロモーションは牛乳を最優先対象としており、チーズがその次とされている。子供への学校牛乳プログラムによる消費は、小売販売による消費量の3倍となっており、最も重要なものとなっている。ファーストフードなどの競争相手とも一緒に子供の栄養に関する取り組みを行ったり、米国栄養協会と共同で学校からソフトドリンクを追放する取り組みを行った。手に取れること(Availability)がカギである。学校給食プログラムの牛乳容器を紙パックからプラスチックボトルに変更したところ、消費が劇的に伸びた。調査結果によれば、こぼれやすいなどの理由から実は40%の子供が紙パックを嫌っていたことが分かった。子供に強要することはできないが、刺激を与えることは可能である。子供には子供が求めるものを与えることが重要である。

イ BSEが新聞記事となった時何が起きたか?
  Stephan Skidd;Principal,Trillium Corporate Communications, Inc(カナダ)


 カナダ政府はBSEの発生以前、カナダはBSE清浄国でありまん延の可能性はゼロであるとしていた。酪農産業は米国への子牛や廃用牛の販売により多くの収入を得ていた。BSEは課題としては認識されていたものの、重要課題には位置付けられていなかった。2003年5月20日のアルバータ州でのBSEの発生確認後、われわれは危機に直面した。当初、マスコミは狂乱したが、カナダ食品安全庁(CFIA)が陣頭指揮を執り、酪農業界を含めた国内全体への情報提供を継続した。乳製品の販売やその安全に対する消費者の信頼の維持、さらにはBSEの発生により生ずる酪農家の所得の補てんを得るため、戦略的なコミュニケーションが重要となった。マスコミへの乳製品への安全性に関する説明などを行い、マスコミの信頼の醸成と乳製品をマスメディアの関心の対象外とすることに成功した。酪農業界の対応を一本化するとともに、他方で、多忙を極める政府の業務を妨害しないなどの配慮を行った。2003年の時点では、(1)生体の輸出の停止などにより生じた所得の損失の乳価を通じた補償、(2)乳製品の販売の維持、(3)公衆の乳製品の安全性に対する信頼の維持などが優先事項であった。PR活動の強化や乳製品の安全性とBSEに関する簡潔な説明などに努めた。2004年夏には、レストランやフードサービスの乳価引き上げへの反対、乳価引き上げに対するマスコミの批判的報道などに直面した。マスコミの報道は政府の検討に影響を与えること、反対派を軽視しないこと、自ら直接メディアを通じて訴えることの重要性を教訓として学び、2004年秋には課題の克服に成功した。

(2)酪農家がより多くの乳価を得るには――

乳業の基金以上のマーケティング
ア Bob Holcamp;Wendy’s International(米国)

 これまで食品産業はあまり老人を注視してこなかったが、ベビーブーマー世代は市場のターゲットである。この世代に対しては味と節約といった要請に対応が必要。子供メニューの販売額は両親への販売額より高く、今後10年以内に子育てを開始する世代である中間年齢層(10〜29才)も重要なターゲットである。アメリカ人は伝統的な味よりもエスニックを好む傾向にある。多くの人が便利なものに支出する価値を感じている。同時に他方で20ポンド以上減量したいと考えている。栄養に関する情報がはんらんする一方で消費者は何を食べるべきか混乱している。このため、消費者は自分にとって何か良さそうなものを求めている。3-A-Dayは消費者のそのような訴求に合致する。新たな子供向けメニューの開発に祭し、「子供に訴え、両親が許可するもの」を目指した。調査の結果、牛乳は子供に好まれ、母親達は健康的かつ栄養上好ましいと考えているとのことが分かり、味付け牛乳が成功のカギであると考えた。また、子供の興味を引くプラスチックボトルも必須であった。実際に新製品を販売したところ、新たな乳飲料との組み合わせによる購買は他をはるかにしのぎ、かつ、プラスチックボトルは子供飲料の成功のカギを握ることが判明した。

イ Grey Crishi;National Dairy Holding(米国)

 生産者と乳業は相対する関係にあるように見えるが、実際には共に歩んでいる。総合的な販売組織が効率的に機能する必要がある。新たな栄養ピラミッドは無脂肪または低脂肪乳の摂取の増加を訴えるなど、カルシウムの摂取より乳性分の摂取に着目しているものの、われわれにとって追い風である。3-A-Dayは米国栄養協会などの団体の支持を得ており、契約栄養士などによる草の根運動も展開している。牛乳と減量という課題にも取り組んでいる。学乳については、これまで一色刷りの紙容器で、味の選択肢も牛乳、チョコ、イチゴのみであったものを、2001年のテキサス州での取り組みを契機に見直した。多色刷りプラスチックボトルの採用、新たなフレーバーの追加と脂肪分の見直し、中高生向けの大きな容器の導入、牛乳を飲むことがカッコ良い(Cool)ことを印象付けるなどの取り組みを行い着実な成果を得ている。

(3)新製品――乳製品と競争力
   Lynn Dornblaser;Mintel International Ltd(米国)


 炭水化物による栄養評価と低インシュリンダイエットをはじめとするグリセミックによる評価がある。後者は米国で人気を博したが下火になりつつある。これらを理解することは容易ではないが、消費者に単純化して伝えることは可能である。善玉腸内細菌はアジアに端を発し、米国以外で注目され、乳製品以外の食品にも波及しつつある。心疾患の発生率は増加しており、全粒麦や低コレステロールなどが注目されている。糖尿病について潜在的な糖尿病が問題となっている。糖尿病への対応に向けた商品の開発が進んでいる。使いやすい容器は食品の種類に関係なく広がっている。老人に着目した商品も増えている。「手軽さ」は家庭用商品を含めた今後の潮流となろう。子供向けの商品は楽しみと健康のどちらかを追求し、両方を追及するものが少ない。

 乳製品は基礎的栄養として最も必要とされる食品の一つである。乳製品については、新たな栄養補給上の提案(低コレステロール、腸内健康、美食、免疫)、携帯性、素材の本来の良さ、満足感、楽しみの要素などに着目することにより、新たな商品開発の機会が生まれよう。


乳業会社などが展示している会場

 

4 おわりに

 世界酪農サミットは非常にアカデミックかつ広範な議題が豊富であり、このような組織の存在が世界の酪農乳業界の発展の大きな原動力となっていることを痛感した。WTOに関する議題では、フランスの生産者からカナダの生産者に対し、クォーター制度を維持するようエールが送られるなど、仲良しクラブならではの光景が見られる一方で、EUの輸出補助金の完全廃止の時期に関する質問が出たり、カナダはどうしてケアンズグループに属しているのかなどの切実な質問や意見も数多く聞かれ、WTO農業交渉に対する酪農業界の期待と不安が交錯していた。

 今回は、わが国からも(1)ラクトフェリン;その多機能と臨床応用への試み(久原徹哉氏(森永乳業(株)栄養科学研究所))、(2)酪農、製造技術、マーケティングの協業による「おいしい牛乳」の市場導入(小出薫氏(明治乳業(株)品質保証部))、(3)高齢化社会がまさに求めていたもの、MBP、その骨の健康に対する効果と販売戦略(小林敏也氏(雪印乳業(株)知財戦略室))の3題の講演が行われた。今後も積極的な参加を期待したい。

 なお、ここに紹介した以外にも、実際には聴講したにもかかわらず、専門的知識や英語力の不足で消化不良に陥り整理できなかったものや、参加できなかったものがたくさんある。ご興味のある方は国際酪農連盟日本国内委員会に照会されたい。

 最後に、IDF総会および国際酪農サミットへの参加に際し大変お世話になった、国際酪農連盟日本国内委員会の佐野宏哉会長をはじめ事務局の皆様や日本からの参加者の皆様に心より感謝申し上げる。


元のページに戻る