1 はじめに
現在、環境問題は、世界各国で大きな問題となっており、畜産を含む農業分野においても、重要な課題となっている。日本における農業分野の環境問題は、悪臭や水質汚濁、騒音、ふん尿処理などの問題が中心となっている。一方、豪州では、その自然条件の違いから、環境問題の重点も異なり、塩害や水質汚染などが中心的課題となってきた。しかし、畜産分野の中でも集約的部門といわれるフィードロットや養豚、酪農乳業などでは、その産業形態上、水質汚染や固形廃棄物(ふんなど)、悪臭、騒音といった日本と同様の環境問題の増加に直面しており、環境保護の重要性が叫ばれているところである。このことから、今回はフィードロットを中心に、養豚、酪農乳業分野の環境問題とそれに対する具体的な指針などについて焦点を当て、その概要を紹介したい。
豪州南部の酪農の放牧風景
2.行政の役割
広大な国土を有しながら人口の少ない豪州では、当初、環境問題は一般に注目されておらず、環境問題に関する法整備がなされてこなかった。しかし、産業が発展するにつれ、環境問題も次第に重要性を帯び、問題解決のための法的手段という事後的な解決方法から未然に環境問題の発生を防ぐための制定法での規制が求められるようになった。現在は、環境を保護、管理するために多くの法律や規則あるいは、指針が設けられている。
これらの環境規制に関する法令の多くは州および準州(以下、便宜上、総称して「州」と呼ぶ)レベルで定められている。豪州には、連邦政府、州政府、地方自治体の3段階の行政府があるが、資源管理や環境保護の責務は一義的には州政府がその責任を負うこととなっている。
しかし、近年、環境問題が深刻化し全国的な規模での対策が求められるケースが多くなり、連邦政府の役割が大きくなってきている。具体的な例として、豪州南東部を流れるマレー・ダーリング川の水質保全問題や塩害からの国土保全問題などに対して連邦政府は積極的な取り組みを行っている。
また、州政府レベルでの規制が基本となっているため、それぞれの州が地域の特徴にあった環境基準や規制措置を定めることができる利点はあるものの、産業界や連邦政府からみると統一が欠けたものとなっていることから、より整合性の取れたものにすることが求められている。このことから、産業界では、連邦政府と連携するなどして統一した基準作りに取り組んでいる事例も見受けられる。
一方、地方自治体は、州政府から環境規制に関する権限を委任されているため、その種々の環境規制法の定めた事柄の具体的な適用、実施に大きな役割を負っている。また、それにとどまらず、州政府よりもさらに地域に密着していることから、州政府が定めた基準に加えて新たな規制を付加するなどして、よりきめ細かな環境規制を行っている。
3.州政府の環境関連機関
(1)環境保護庁(EPA)
環境規制は多岐にわたるため、州ごとに環境行政を管轄する機関は複数あるが、その中心的役割は環境保護庁(Environment Protection
Authority:EPA)が担っている。EPAは州の環境大臣に対して環境に関する各種の提言や、法律(州法)や規則に基づいた具体的な管理、監督を行っている。主な業務内容は次のとおりである。
・環境保護政策の立案
・開発申請や管理計画の査定
・環境保護の重要性に関する広報活動
環境規制の範囲は、(1)水質汚濁、(2)大気汚染、(3)廃棄物管理、(4)騒音、(5)有害物質管理などが挙げられ、これらが規制対象になる。廃棄物管理については、法律で廃棄物の削減および再利用を支援しており、多様な「産業廃棄物削減計画」の作成が求められ、廃棄物を排出する産業界や個人に多くの責任が課せられる。騒音については、法律で騒音のレベルを規制し管理している。
また、EPAは法律によりその権限を地方自治体に委任することができるため、実際に窓口として環境規制業務を実施しているのは地方自治体となっている。
(2)環境擁護者事務所(EDO)
豪州には複雑な環境に関する法律の理解と普及、紛争解決の支援を目的に、96年に環境擁護者事務所( Environmental Defenders
Office:EDO)が各州に設けられた。EDOは各州の地域社会で市民に法律的なサービスを行う法律センターの環境部門を管理し、地域社会で具体的に生じた環境問題に関する法律的紛争について、その解決のために法律上のアドバイスを行うことを主たる業務とする機関である。団体の性格は、州政府および連邦政府の法務省からの出資を受けた非営利団体で、公共の利益のため、法律に基づいて環境保護の役割を果たしている。
4.畜産現場での個別の環境問題と対策
次に、畜産業の集約的部門であるフィードロット、養豚、酪農乳業の環境問題について具体的に問題となる事項および対策をみてみる。
(1)フィードロット
肉牛の放牧肥育が中心の豪州で、60年代にフィードロットによる肥育が始まった。豪州には現在542ヵ所のフィードロットがあり、ニューサウス・ウェールズ(NSW)州とクイーンズランド(QLD)州に集中しているが、最近は西オーストラリア(WA)州など他州にも広がりつつある。一般的にフィードロットは肉牛供給地でありかつ穀物供給地である混合農業地帯のそばに位置する。
フィードロットの環境上の問題点は、フィードロットからの廃棄物や排水が主であり、それに含まれる栄養分や微生物が土壌や地下水、河川や水路などに流出して環境上の問題を引き起こす。
(1) 豪州フィードロット協会(ALFA)
フィードロットの環境規制についても、州政府の法律や規則が基準となるが、フィードロット業界の全国組織である豪州フィードロット協会(ALFA)は、全国標準となるようなガイドラインを作り、環境政策にも指導的立場を発揮してきた。ALFAが作成しているガイドラインは次のとおり。これらのガイドラインは州法や地方公共団体の規則の基となっている。
●全国フィードロットガイドライン
フィードロットの設計や建設、運営について、標準的なガイドラインを示しており、その内容は次のとおり。
- ふん尿などの再利用
栄養分や塩分、有機物質、排水、ふん尿の効果的利用
- 土壌保全
排水やふん尿が散布される場所が維持されるよう、土壌の酸化や塩害などを防止すること
- 地下水や河川、湖沼の汚染防止
フィードロット開発の際、地下水に影響を及ぼさないように設計すること
特に、ふんの体積場所や排水を利用したかんがい用水利用について重要
- 近隣の住民の環境保護
フィードロット開発の際、周辺住民に悪臭や騒音、粉じんなどで環境上の影響が及ばないように設計すること
- フィードロットの設計
適切なペンの大きさや傾斜、ふんの貯蔵場所、排水システム、死亡牛の廃棄場所
土壌の化学物質による汚染からの保護
- フィードロットの運営、管理
- 全国肥育場認定制度(NFAS)
これは、フィードロットでの輸出用肉牛の品質保証プログラムであり、内容は次のとおり。
・動物福祉への配慮
・環境基準の順守
・動物用医薬品の安全な管理
・個体識別の実施
・全国出荷者証明書実施
・飼料および土壌に関する残留農薬からの危険防止
(飼料供給者から、穀物出荷者証明書を取得するか、自ら残留農薬がないことを証明する必要あり)
・独立した監査制度あり
NFASは輸出向けフィードロットに義務化されている
フィードロットペンの排水システム
(2)各州の取り組み
各州にはフィードロットに関する環境規制上の多くの法律や規則がある。法律や規則は州によって異なるが、一般的にフィードロットは飼養規模別に分類され、それによって規制内容が異なっている。
飼養頭数(NSW州の例)
・50頭未満のフィードロット
・50〜1,000頭のフィードロット
・1,000頭超のフィードロット
規模が大きくなるに従い、フィードロットの開発許可要件は厳しくなり、時間および費用が多くかかるものになる。また、常時使用されるフィードロットと一時的な使用にとどまるものでも取り扱いが異なる。
フィードロットに適用される多様な州の法律や規則は、各州の次の機関により実施される。
・市や町などの地方自治体、州政府の農業部局(例えばNSW州の第一次産業省)、EPA、州政府の社会基盤や天然資源(特に雨水管理)部局
ア NSW州
NSW州のフィードロット開発許可プロセスについてみる。フィードロットの規模が増すにつれ、許可プロセスも複雑さを増す。
93年8月以来、州政府の環境政策によって、フィードロット業者は、飼養頭数50頭以上の規模のフィードロットを開発または運営するには、州政府(地方自治体が業務を代行)の許可を得ることが必要となっている。また、飼養頭数が1,000頭以上になると、そのフィードロット開発計画は「指定開発」(Designated
development)と呼ばれ、79年の法律「環境計画評価法」に基づき、開発許可申請の際、「環境に与える影響に関する文書」(EIS)の提出が必要となる。EISの作成には、環境対策に関する詳しい知識を持った者による詳細な記録が要求される。
飼養頭数50〜1,000頭規模のフィードロットは、開発許可は要求されるが、「指定開発」とみなされない。この場合、フィードロットの開発申請にはESIより簡易な「環境への効果文書」(SEE)の添付が必要になる。
EISに関する記載事項で、特に問題となるのは、次のとおり。
・粉じん、騒音、臭い、害虫が及ぼす地域社会への影響
・汚染から、河川や水路、湖、沼の水および地下水の保護
・排水やふん尿処理のための適切な用地の確保
・家畜の利用や排水の処理のための十分な水の供給可能性
なお、フィードロット開発に関するほかの環境上の制限項目として次のものがある。
・フィードロット開発予定地の平均年間雨量が750ミリを超えること
・フィードロットから、農場の境界までの距離や、学校や住居までの距離。これは地域の自治体が決定する
・景観を考慮し、木や地形によってフィードロットが近隣から見えないようにすること
・フィードロット開発予定地は、残留農薬がなく、3〜4%の傾斜があり、水路から少なくとも500メートル離れていること
・ふんの堆積地や肉牛のペン、ふん尿の散布場所の土壌が、それによって地下水の汚染を引き起こさせるような性質のものでないこと
・フィードロットのペンの中では、一頭当たり少なくとも9平方メートルの土地が確保されていること(輸出向けフィードロットはNFASの規程により1頭当たり25平方メートル)
イ ヴィクトリア(VIC)州
VIC州のフィードロットの開発計画申請のフローチャートについて、いくつかの点でNSW州と異なっている部分もあるので紹介する。
まず、開発申請に関する規模別の分類の仕方であるが、VIC州は、飼養頭数1,000頭未満、1,000頭以上〜5,000頭以下、5,000頭超の3段階に分かれる。また、飼養頭数1,000頭未満の許可申請には、フィードロット委員会の関与がある。この委員会は州政府の農業資源大臣によって設けられ、関連する政府機関やフィードロット産業界の代表から構成される。具体的な手続きについては、フィードロット開発業者は地方自治体に開発許可申請書を提出し、提出された申請書は州政府の農業資源大臣に送付される。そこで、申請内容に法令違反があり修正が要求された場合、フィードロット委員会を開催して協議される。
飼養頭数1,000頭以上〜5,000頭未満のフィードロットに対しては、申請書類に加え、異なった様式の計画許可申請が地方自治体に提出される。これは、「プランニング フォーカス ミーティング」と呼ばれる会議で検討されるため、農業資源大臣に送付される。これは関係する州政府部局や地方自治体代表、民間人、開発申請者から構成される。この会議での検討の後、大臣から意見が発表される。
飼養頭数5,000頭以上のフィードロットは、VIC州のEPAから営業許可(Work Approval)を取得する必要がある。この営業許可を取得するには94年の法律「貯水池や土地の保護法」、66年の「動物保護法」、88年の「動植物法」、78年の「環境効果法」などの多くの法令に基づいて検討することが必要となる。
ウ WA州
フィードロットの開発や運営上必要となるライセンスなどに関するWA州のガイドライン「Guidelines for the Environmental
Management of Beef cattle Feedlots in Western Australia」を、表を使って紹介する。WA州でフィードロット開発申請プロセスに責任を有する機関は、地方自治体、州政府の環境保護部局、EPA、水および河川委員である。
次に、ガイドラインは、フィードロットからの廃棄物や廃水による汚染からの水資源の保護や騒音、悪臭からの付近住民の保護のために、フィードロットと河川や住宅などとの間に設けられるべき距離の最小限度を規定している。
また、ガイドラインは、水質保全のために、ふん尿や人口肥料の土壌へ散布できる最大限の基準を、土壌の性質別に定めている。
さらに、ガイドラインは、フィードロットの開発や操業をする際、以下の要素について、地方の環境に与える影響を最小限にするための努力を考えるべきとしており、これらが許可の際の検討事項にもなる。
・開発予定地の地形
・付近の水路の位置
・周囲を囲む植物
・土壌のタイプ
・輸送施設へのアクセスやサービス
・通常の風向きや風の強さ
・雨量
・フィードロットの外からの景観
(3) 今後の課題
フィードロット産業における環境規制に関する課題は、次のことが挙げられる。
ア コストの増加
環境規制が従来に比べ厳しくなってきていることから、フィードロット経営のコストは増加傾向にあり、全体の10%から20%が環境対策に充てられているという意見もある。
イ 開発許可に要する期間の増加傾向
フィードロット開発許可に要する期間は、開発予定地の条件によって左右されるが、6ヵ月以内に許可が下りることはなく、あるものは18ヵ月以上、大規模でより立地条件が厳しいところでは、2年を要するところもある。
ウ 規制条件の厳格化
環境規制内容は従来に比べ厳しくなってきている。特に問題になる点として、次の事柄が挙げられる。
・水利権の存在する土地の確保
・緩衝地帯の拡大傾向
・排水やふん尿を処理するための用地の確保
・悪臭の周辺居住者への影響の増加
特に、豪州では頻繁に干ばつが発生するなど水の供給に制限があり、水の確保が許可要件としてますます重要になってきているため、多くの行政機関は、フィードロットの認可に関して水利権を事前に取得するよう要求している。
豪州南東部を流れるマレー川、
農業用の貴重なかんがい用水として使われており、
水質保全が重要な問題となっている
(2)養豚産業
豪州の養豚産業は、年間生産量約40万トン(枝肉ベース)と他の産業に比較して小規模で、主に国内市場向けに豚肉を供給しているほか、一部輸入もしている。養豚産業での主な環境問題は、他と同様、廃棄物や排水処理のほか、悪臭などとなっている。
規制に関しては、他の畜産業と同様、州段階の法律や規則が主になり、地域の特質や地域社会の政策の違いを考慮した地方自治体ごとに異なる条件が存在する。特に緩衝地帯の設定に関しては地域差がある。
(1) 豚舎開発の環境上の要件
豚舎開発許可を取得する際には、他の畜産業と同様、次の2つの重要な要件がある。
ア 土地の利用許可:開発予定地が、地方自治体によって事前に開発許可地域として定めた区域内であること。
イ 開発の許可:養豚業の許可、水利用許可、土壌の保護、植物の除去に関して管轄する各州の政府機関に申請すること。
豚舎開発の査定で重要な点となる事項は、
・地域住民との緩衝地帯の距離
・水路への距離
・運搬作業における道路へのアクセス
・排水や豚の死体など廃棄物の管理
これらの法的または規制上の要件は、養豚業者にとって厳しいものとなっている。
(2) 豚舎の全国環境ガイドライン
一方で、環境規制に関して各州でばらばらな規制をしていることから、許可に係る要件や期間、コストなどで大きな違いが生じており、これを統一しようという動きがでてきている。豪州の豚肉生産者団体であるオーストラリアン・ポークリミテッド(APL)は、連邦政府と共同で豚舎の全国環境ガイドライン(National
Environmental Guidelines for Piggeries)を2004年8月に公表した。この公表に際し、当時の連邦政府トラス農相は、「豪州の豚肉産業が環境面での目標を達成するために全国規模で合意したのは、このガイドラインが初めてのこと」と述べ、州や地方の生産者や監督機関がこのガイドラインを採用するよう薦めていた。
このガイドラインの内容は、次の項目から成っている。
・開発計画
計画予定地が建設許可区域内にあること。養豚業や水利権のなどの許可証の取得。開発計画申請書の様式の統一
・環境対策の目的
ふん尿の土壌への有効利用。地下水、河川や水路の水の汚染からの保護。地域住民の快適な環境の維持。植物や動物の保護。先住民族などの文化遺産の保護など
・建設地の選定
豚舎に適した場所の選定。検討材料として、開発制限地域以外であること、ふん尿処理に必要な土地や緩衝地帯の確保のための十分な広さを持つ用地の確保。そのほか、食肉処理場や飼料供給業者に近いこと。自然環境(水の確保および保護、土壌の適正など)に適していること。地域住民の快適な生活の確保(悪臭、騒音、粉じんなどからの保護)、文化遺産の保護。豚舎を拡張し得る余地があること
・廃棄物の最小化と再利用
ふん尿などの副産物を再利用することによって、廃棄物を最小化し環境へ与える影響を低減すること
・豚舎の設計と管理
地域住民に環境上悪影響が及ばないよう最適な衛生状態を保つよう設計、管理されること
・ふん尿に含まれる栄養分の評価
ふん尿に含まれる栄養分と塩分の量を計測し、適切な再利用を図ること
・排水処理システム
排水は、処理施設や悪臭の発生の恐れが少なく、地下水や水路に流出しないような場所で処分されること
・豚の死体の処分
豚の死体の処分に当たっては、地下水などの汚染や悪臭や病気、害虫の発生を防ぐこと
・環境上のリスク評価
養豚産業が環境に与える影響を明らかにすること
特に影響を受けやすい、地下水や土壌環境、地域住民への影響などに関して調査を行うこと
・モニタリングと評価
継続して操業を続けていくために、土壌、水(地下水を含む)などへの環境上の影響をモニタリングし指標値と比較し、評価すること
・化学薬品の保存と取り扱い
化学薬品は、地域住民や水資源、土壌に影響を及ぼさないよう適切に管理すること
現時点では、APLはこのガイドラインを豚舎の環境上の評価をするための基準とみなしている。APLによって開発されたこの全国的なガイドラインによって、各州政府や各州のEPA、生産者、研究者は協力して、統一した環境面での法規制の実現を容易化することができる。しかし、豚肉産業界の一部には、このガイドラインの法制化に対しては、厳しい計画と環境の規則の増加が、新しい豚舎の開発に多くの時間を要することになり、申込者や規制側にとってもよりコストがかかることから強い反対意見がある。
(3) 今後の課題
豚舎開発の許可過程の見直しに関する主要な問題として、民間会社の調査結果によると、次のことが指摘されている。
ア 豚舎建設の許可費用の増加(規模によって異なるが、数百豪ドル〜数十万豪ドル(2万円〜2千万程度、1豪ドル=85円)と操業上負担する恒常的な環境対策に係る費用が養豚業者にとって過大で、そのことが養豚業の競争力を低下させる要因となる。
イ 養豚業者は認可決定までに長い期間(1年以上に及ぶ場合もある)を要すると考えており、認可時期が不明確なので、効率的な豚の出荷計画ができず、そのことが生産性を低下させている。
ウ 認可手続きに関する規程が明確でなく、行政当局の解釈に差異が生じることから、その認可手続きの透明性と予見可能性の確保が重要となっている。
エ 行政からの豚舎の認可過程に関連した情報の欠如が新規参入の障害になっている。
(3)酪農乳業
豪州の酪農産業は、肉牛産業と並んで豪州の農業基幹産業の一つを形成している。現在、酪農乳業が抱えている環境問題は、主に廃棄物や排水問題である。酪農産業でも同様に環境対策の必要性は増している。
(1) ヴィクトリア州の事例
ヴィクトリア(VIC)州が豪州では、乳製品生産量の90%以上を占めることから、VIC州の取り組み事例を紹介する。
VIC州では環境規制の主要な対策は州政府が実施している。VIC州のEPAと生乳処理事業者間で環境管理に関する最適実施(Best Practice
Environmental Management:BPEM)が提唱された。このBPEMの全国的な提唱は、DAによって2002年に開始された「明日への乳業」(Dairying
for Tomorrow)の中で進められた。また、EPAは乳業会社と協力してBPEMを促進する中で、乳業に関する環境ガイドラインを策定した。
BPEMの狙いは排水処理システムの改善の指針を提供することにある。また、ガイドラインの狙いは、ア 環境に影響を与える事項の総合的な指針の作成、イ 酪農乳業が与える環境への影響の評価とその影響を最小限にすること、ウ 目的の達成のためにBPEMの実践方法を明解にすることーであった。
そのほかに、VIC州では、法律の規定は70年の「環境保護法」が酪農乳業に適用され、廃棄物の管理や酪農乳業施設の再利用などに課された様々な環境上の規制に応じなければならなくなった。主なものとして、排気ガスや排水、排水のかんがい用水としての再利用、地下水の保護、廃棄物の削減対策などである。また、90年の産業廃棄物管理法の下で、酪農乳業は、廃棄物を最小化することに取り組む廃棄物管理計画の作成が必要となった。これを達成するための優先順位について、BPEMは次のことを示している。
ア 水や化学薬品の利用量の減少
イ 使用済みの水や化学薬品の再利用
ウ 残った水や最終廃棄物の適切な処理
エ 最終残存物の廃棄
また、個々の具体的問題に関するガイドラインは次のとおり提案されている。
ア 乳業工場の適切な場所での開発
・目的:乳業工場による環境への影響を最小限にするため
・手段;
・採取された土壌の評価
・乳業工場と近隣の住居などの間の距離がガイドラインで推薦されたものと一致していること
・川などの水路から少なくとも100メートル離れていること
・将来の廃棄物管理のための施設に十分な土地があること
・現在または将来の開発が見込まれる物件からの距離について検討されていること
イ 大気汚染の防止
・目的:住民の暮らしの快適さを失わないための排出物の持続的削減
・手段;
・排水の処理過程で有酸素状況の維持
・フィルターや洗浄機を使って有害な粒子を削減
(微粒子を20ミリグラム/エヌリーベイ未満にすること)
・自動制御装置の使用
・排気ポイントでの、アラーム装置を使った継続的な監視体制の実施
ウ 騒音管理
・目的:乳業工場からの騒音被害の防止
・手段;
・機械が設置されている工場はコンクリート製にすること
・空調施設には消音装置を設置すること
・ポンプのような工場の外に設置されている機械には防音のための囲いを施すこと
・他の現場の構造の遮へい物の効果を最大限にするための立地的な注意を図ること
・操業時間の厳守
・運搬車の消音対策
・騒音検査の実施
エ 排水管理
・目的:乳業工場からの排水による河川や 湖沼や地下水の汚染防止
・手段;
・製品ロスを少なくすること
・水の利用量を少なくすること(生乳1リットル当たり0.5リットル未満とすること)
・排水の工場内での再利用
・排水処理システムの構築およびかんがい用水として利用
○牧草などのかんがい用水として利用できる排水基準
- 年間の窒素含有量 1ヘクタール当たり250kgN
- 1リットル当たりの溶解固形分量1.000ミリグラム以下
- 悪臭予防のために、生物化学的酸素要求量(BOD)を1リットル当たり60ミリグラム以下にするこ
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・なお、工場内での再利用またはかんがい用水として利用されない排水は、前処理された後、地域の下水処理場で他の下水とともに処理される。
(2) デイリーオーストラリア(DA)の全国的な環境対策
また、デイリーオーストラリア(DA)は2002年3月から「Dairying For Tomorrow」と題した環境対策のプロジェクトを開始している。このプロジェクトを実施するための委員会は、ADF(Australian
Dairy Farmers Limited)、連邦政府農林漁業省、乳業会社、DAの代表者によって構成されている。
このプロジェクトには、地域レベルで3つのキーとなる事項がある。
ア Dairy SAT;酪農家に、農場で自然の資源管理問題を認識させ、資源管理についての順守要件の理解の手助けをさせることを目的として作られた簡易なプログラム。
イ BizLINK, ;自然環境保護は、毎日の酪農場での作業の一部であることを理解させるプログラム。また、世界遺産などの自然保護基金を通じて、よりよい自然環境保護の方法を学ぶことを可能にする。
ウ ベストプラクティス(最適実施);豪州全体で、酪農に関する環境対策の最適実施について、全国的に取り上げ、推薦していくプログラム。それらには酪農家の経営計画や経営の実践、管理、あるいは、天然資源を守るための技術的情報や支援などが含まれている。
(3) 今後の課題
酪農に関しては搾乳施設や乳業工場から出る排水の処理が引き続き問題となる。DAなどが、よりよいガイドラインの作成を考えているが、依然として大きな課題となっている。
以下には参考としてNSW州のEPAの死亡家畜廃棄規程の要約を掲載した。
◎NSW州 EPA死亡家畜廃棄規程
○目的
・死亡家畜による水路の汚染、悪臭の発生、疫病のまん延、地域社会の快適な暮らしの妨害などの予防
○廃棄処理の方法
・レンダリングや他の用途に家畜の死体が利用可能であるなら、食肉処理場はそのような経済的な処分法を考慮すること
・農場での死亡家畜は、焼却より埋設処置が望ましい。ただし、伝染病に感染している場合は焼却が義務
○死亡家畜が農場で処分される場合
・埋設場所は家屋や水路から少なくとも100メートルは離れていること
・埋設穴は地下水の水位よりも少なくとも1メートル以上、上にあること
・埋設穴は土の浸透性が低く、粘土質で安定性があること
・ブルドーザのような埋設用の土砂を動かせる機械が稼動できるところで、家畜の移動に便利な場所であること
○埋設地として避けなければならない場所
・水路に向けて傾斜になっている土地
・水路や地下水への流出の危険性がある地域
○埋設穴(ピット)
・多くの家畜の死体を埋めるのに十分な広さを確保していること
・深さは、穴の表面から入れられた家畜まで、少なくとも2メートルの距離を開けること
・羊1頭当たりの0.17立方メートル、牛(450キログラム)当たり4立方メートルの広さを確保すること。さらに大きな家畜はさらに大きな広さを確保すること
・埋設穴が掘られたとき、表土と下層の土は分けられ、家畜の埋設に使う。残土は一杯になるまで積み上げられ、その部分は再度草地になるように表土を最後に戻す
・埋設穴に水が入らないように、また、その場所から汚泥が拡散することを防ぐような土手を設けること
・埋設穴の周囲の一方をと畜や埋設前の家畜の廃棄場所として使われるように、水平にしておくこと。表土は別のところに置き、最後に戻すこと
○死亡家畜の扱い
・腐敗中の悪臭を削減するために、腹部を開けガス抜きができるようにすること
・すぐに死亡家畜を埋設または焼却できない場合は、水路から離れた場所に隔離し、ハエやバクテリアを予防するオイルをその上に散布しておくこと。後日焼却すること
○まとめ
・環境に影響を及ぼさない方法で死亡家畜を処分することが重要であること
・焼却よりも埋設が適当なこと
・埋設穴は十分な大きさを保ち、住居や水から離れていること
・死亡家畜をすぐに処分できない場合は、ハエ防止用オイルなどを噴霧すること
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5 おわりに
これまで、畜産の各分野ごとにその環境問題と具体的政策を見てきたが、これをまとめると次のようになる。
(1)集約的畜産業における環境問題としては、悪臭、廃棄物、粉じん、騒音、排水処理問題がある。
(2)産業界には、それらを規制する多くの法律や規則、政策、ガイドライン(指針)がある。
(3)豪州の環境規制は、州レベルを中心に行われ、連邦政府や地方自治体がそれを補完する形になっている。
(4)各州の環境規制には異なる点も多く、産業界では、国家的な規制の調和(統一)を望んでいる。
(5)産業界は環境対策のための全国的なガイドライン、あるいは作業標準を作り、開発計画の指針に役立てようと努力している。
(6)環境規制が強化されることによって、それに応じるために費用負担が増加し、輸出産業にとって競争力の減少につながるという考えもある。これは特に養豚産業に代表される。
環境問題は、もはや豪州でも避けて通れない問題となっており、これに上手に対処することが重要な問題となっている。集約的畜産業の従事者は、環境問題が切迫した、費用のかかる、そして時間のかかるものであることを認識している。このことから、事業の従事者自身が自発的に環境管理を行うインセンティブを与えられることも必要であり、それには、環境対策の策定に産業界(生産者など)を積極的に加えることが最適であるとの考えがある。さらに、最先端の技術的情報を取り込んだ国家や州の各産業の作業標準の更新が常に行われる必要がある。いずれにしても、今後ますます、環境保護の要求は高まってくるであろうし、それをどのように克服するか、どう調和した開発を行っていくかが豪州でも大きな問題となっている。
(参考資料)
NSW Environmental Planning and Assessment Act 1979
NSW EFFULENT REUSE BY IRRIGARION
NSW EPA DEAD STOCK DISPOSAL
Victorian Environment Protection Act of 1970
Environmental Guidelines for the Dairy Processing Industry ,EPA Victoria
Guidelines for the Environmental Management of Beef Cattle Feedlots in
Western Australia
National Environmental Guidelines for Piggeries
The Environmental Defenders Office ホームページ
EPAホームページ他
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