特別レポート

粗放的な放牧肥育から脱却するブラジル肉用牛経営

ブエノスアイレス駐在員事務所 松本 隆志、横打 友恵

1.はじめに

 ブラジル農業は好調な農畜産物の輸出増加を背景に拡大を続けてきたが、最近の農畜産物の輸出価格の低下による収入減少と、原油価格の高騰を受けた農業資材価格の上昇による費用増加のため、生産者の収益は圧迫されている。

 一方、原油価格の高騰を受け、エタノールの原料として利用されているサトウキビ価格は上昇していることから、サトウキビ生産が盛んなブラジル南東部を中心に、ほかの作物経営からサトウキビ経営への移行も見られるようになっている。

 ブラジルにおけるサトウキビ作付面積は急増しているが、牧草地面積からみたサトウキビ作付面積はわずか約3.5%であり、今後、サトウキビ作付面積の拡大が続いたとしても、ブラジルの牛肉生産の大幅な減少につながるとは考えにくい。しかしながら、これまでの粗放的な放牧肥育が行われてきたブラジルの肉用牛経営も、枝肉価格の低迷や高金利、土地価格の上昇などにより、経営効率の改善を図る方策が模索されている。

 このためブラジル肉用牛経営は、これまでの粗放的な放牧肥育から、集約的な放牧肥育やさらにはフィードロットと組み合わせた肥育へ脱却する必要が生じている。


2.肉用牛経営をめぐる情勢

 (1)農畜産物の生産者販売価格の低迷

 現在、1レアル=0.5米ドル(1レアル=55円:1ドル=117円)に近づきつつある。2003年4月から2004年10月の間は1レアル=0.34〜0.35米ドル(1レアル=約40円)で安定的に推移していたが、以降レアル高が進行し、2年前と比較するとレアルは対米ドルで約50%近くも上昇している。このレアル高の原因についてはブラジルの高金利、海外投資家への優遇措置など諸説が挙げられているが、最近のレアル高は、ブラジルの農畜産物の輸出価格の低下をもたらし、大豆をはじめ多くの農畜産物の生産者販売価格の低迷の要因となっている。

図1 1レアル当たり米ドル

資料:ブラジル中央銀行

 大豆やトウモロコシ、牛肉などブラジルを代表する農畜産物の生産者販売価格は、2003〜2004年をピークに低下傾向が見られる中で、原油価格の高騰を受け、エタノールの原料としてのサトウキビの生産者販売価格が上昇している。

表1 農畜産物の生産者販売価格


 (2)肉用牛経営の状況

 これまでブラジルの肉用牛経営では粗放的な放牧肥育が行われてきたが、

 (1)生産者販売価格が低迷していること

 (2)市中銀行で資金を借り入れた場合の年利は約30%と高金利であること

 (3)農産物の生産者販売価格に比例して売買される土地価格の上昇は一段落したものの、土地価格が高止まりしていること

 から、経営効率を改善する必要に迫られている。

表2 土地価格

(表2 土地価格の参考)

 最近のブラジルにおける肉用牛経営の状況について、ブラジル全国農業連盟(CNA)で聞き取ったところ、

 (1)肉用牛経営における収益改善を目的とした、肥育期間を短縮するための投資が行われるようになっている。資金力のある牧場は、施肥や草地更新、フィードロット施設の設置などを積極的に行っている。一方、雌牛のと畜率が上昇しており、これは繁殖能力の向上、肉用牛経営からほかの作物への転向などが原因であると考えられる。

 (2)サトウキビの生産者販売価格が好調であることから、ほかの作物経営からサトウキビ経営への転向は、サトウキビ生産に適したブラジル南東部で見られる。これは、ブラジル南東部のサンパウロ州にサトウキビ処理工場が多数存在すること、ブラジル南東部の土地価格が上昇して規模拡大が困難になっていることが理由と考えられる。また、原油価格の高騰により採算が合うようになってきたことから、ブラジル中西部のゴイアス州でもサトウキビ経営に転向する例が見られるようになった。

 (3)ブラジルの牧草地面積は1億7,770万ヘクタール(1995年農業センサス)であるのに対し、サトウキビ作付面積は615万ヘクタール(2006年CONAB)であるので、肉用牛経営からサトウキビ経営に転向する農家が多少あっても、牛肉生産の大幅な減少につながるとは考えられない。ただし、牛肉の生産過剰も価格低迷の原因の一つであることから、牛肉生産量が調整されることにより、枝肉価格が戻ることを期待している。
とのことであった。

図2 雌牛のと畜率

 

 (3)農業政策

 2006/07年のブラジルの農業政策は5月末に発表されたところである(2006/07年の農業プランについては、年報「畜産2006」を参照)。農業政策と畜産の関係について、ブラジル農務省で聞き取ったところ、

 (1)生産者に対し農産物の生産コストを保証する最低価格保証制度が設けられており、この最低価格を基準に各種施策が実行されている(注:大豆、トウモロコシ、米、生乳などは最低価格保証制度の対象品目となっているが、食肉は対象となっていないことについて尋ねたところ、対象品目は政治が決めるとのこと)。連邦政府は、特定の農産物の最低価格を保証するが、買い上げには多額の国家予算を必要とし、在庫の滞貨問題が生じるため、農産物販売オプションの契約促進や農産物の流通支援に重点を置いている。

 (2)ブラジルでは、農業保険の仕組みを作ったところであり、今後、効率的な運営を図っていく必要がある。農業保険の対象となる作物は、郡単位で開催される農業委員会において適地適作を考慮して決定される(注:牧草地は対象になるのかと尋ねたところ、農業保険は耕種作物を対象とした仕組みであり、換金作物でない牧草は評価が困難なため対象とすることは難しいとのこと)。

 (3)ブラジル中央の熱帯草原(セラード)地域の牧草地は、南東部地域に比べ1/4〜1/6の生産力といわれている。しかしながら、長期間にわたり放牧利用されたセラード地域の牧草地の1年間1ヘクタール当たり増体は100キログラムであるのに対し、施肥を行うと増体は350〜400キログラム、輪作を行うと増体は600〜800キログラムと改善効果が著しいことから、牧草地の生産性を向上させるための取り組みとして、長期間にわたり放牧利用された牧草地に1年間大豆を作付けする運動を進めている(注:大豆作付けを誘導するための予算措置は無いとのこと)。

 (4)今後、ブラジル農業発展のため、

 ア.農畜産物を輸送するため、ブラジルを横断してセラード地域から北部や南部へ向かう舗装道路や鉄道、港などの流通インフラの整備(ただし、巨額の費用がかかるため、その見通しは立っていない)

 イ.ブラジルでは農畜産物の在庫を管理するための貯蔵施設が少ないことから、収穫期に市場に大量に出荷され、生産者販売価格の低迷につながっている。このため、農家や港湾における貯蔵施設の整備

 が課題として挙げられる。


3.先進的な肉用牛経営の事例

 首都ブラジリアから西へ200キロメートルに位置するゴイアス州ゴイアネジア市には、同市を本拠として農業資材の販売、牧場や食肉パッカーの経営など農業に関する総合的な生産販売活動を行うラージグループがある。同グループの牧場では先進的な肉用牛経営が行われていることから、その状況について調査を行った。

 (1)コードラ牧場

 同牧場は4,000ヘクタールの牧草地を所有し、21名の従業員で、6,500頭の肉用牛および乳牛を飼養しており、この5年間で飼養頭数を約20%増やしている。

 (1)モンターナ種

 同牧場の近郊では、肩峰が特徴的な白いネローレ種が放牧されていたが、同牧場に入ると、ネローレ種とともに見慣れない種類の牛が飼養されていた。

ネローレ種とヨーロッパ系の品種の交雑種であるモンターナ種

 これは、ネローレ種とヨーロッパ系の品種の交雑種であり、サンパウロの育種会社により開発されたモンターナ種であるとの説明を受けた。モンターナ種はネローレ種にアバディーンアンガス種などを交配した品種である。暑さに強く、肉質も良好で、ネローレ種と交配しても良い成績を見せることから、今後は同牧場の主力品種にしたいとのことであった。

 (2)繁殖雌牛の管理

 経産牛には2けたの番号が焼き印され、例えば「54」は2005年4月に出産した印であり、印の数は出産するごとに増えていく。
経産牛は同月に出産した雌牛ごとに管理され、離乳する7カ月齢まで親子放牧が行われる。7カ月齢に達した子牛のうち体重の下位5%の子牛は、親子ともフィードロットであるプラナブリ牧場に送られる。7カ月齢の肥育素牛は1頭当たり250〜350レアル(13,750円〜19,250円)で販売されるとのことであった。

 体重測定をクリアし、コードラ牧場での飼養管理が続けられる雌子牛は、16カ月齢までサイレージ給与を主体とした飼養管理が行われ、16カ月齢に達したすべての雌牛に対し人工授精が行われる。16カ月齢で妊娠する雌牛は少なく、人工授精が繰り返し行われ通常20〜24カ月齢で妊娠するが、初産月齢の早期化を狙った育種が行われている。

 以降、繁殖雌牛は1年1産を目標として管理され、まず人工授精が行われ、妊娠しない場合、種雄牛と一緒に放牧される。放牧期間は90日間であり、これでも妊娠しない場合、その雌牛はプラナブリ牧場に送られ肥育される。

 (3)種雄牛の管理

 産まれた雄牛は去勢されることなく、離乳する7カ月齢まで親子放牧が行われる。体重の下位5%の7カ月齢の子牛は親子ともプラナブリ牧場に送られるのは、雌子牛同様である。体重測定をクリアし同牧場で飼養管理が続けられる雄牛は、24カ月齢に達するまでの間に、血統および表現型の両面からの選抜が繰り返され、結果、産まれた雄牛のうち10〜15%を種雄牛として利用・販売している。

放牧される若い種雄牛


 セラード地域では人工授精師が少なく、保管機材も整っていないことから、人工授精が普及しておらず、種雄牛を雌牛群に放牧する牧牛による自然交配が一般的である。このため、同牧場は種雄牛生産の機能も果たしている。種雄牛は1頭当たり1,800〜2,000レアル(99,000円〜110,000円)で販売される。同牧場で放牧飼養されていた種雄牛群は非常におとなしいのが印象的であった。

 (4)草地の管理

 同牧場の8割は牛のし好性が良いブラキャリア(一般名シグナルグラス)であり、残りは主に収量の多いパニカム(一般名ギニアグラス)である。以前は1ヘクタール当たり成牛1頭の粗放的な放牧であったが、現在では電気牧柵も利用し、1ヘクタール 当たり成牛8〜10頭を基準にした集約放牧が行われている。しかしながら今でも、草地更新はほとんど行われず、また施肥もまれである。

写真はブラキャリアの20年の草地であり、最近の施肥は11年前ということ。乾期のため黄色くなっているが、雨期には青々としていると思われる。


 収量の多いパニカムは放牧利用とともにサイレージにも利用されている。収穫は最も収量が多くなる雨期の1月前後に行われる。同牧場では、サイレージは育成中の繁殖雌牛のみに給与される。
パニカムの新播牧草地


パニカムを原料としたスタックサイロ


 放牧地ではあり塚をいくつも見かけた。あり塚は毒ヘビのすみかにもなっており、ガラガラヘビにかまれた場合、早急に処置をしないと成牛でも死んでしまう。ヘビによる事故は珍しいことではない。また放牧管理を行っていることから、グラステタニー症や子牛の下痢の発生には注意を払っているという。わが国のような野生動物による牧草地への被害はない。

 集約放牧を行うに当たり牧区を区切るため、電気牧柵と通常牧柵が使い分けられている。電気牧柵1キロメートル当たりの設置単価は400レアル(22,000円)であるのに対し、通常牧柵は700レアル(38,500円)である。平坦で水辺に近くなく、雑草が発生しない条件の良いところでは簡易な電気牧柵が利用され、条件の悪いところでは通常牧柵が利用されていた。

 このように同牧場では、飼養管理や家畜改良において、人手がかからない方法が徹底されていた。

 (2)プラナグリ牧場

 同牧場は牧草地を持たないフィードロット専門の牧場であり、常時約9,000頭の肥育牛を飼養している。

 ブラジルは高金利で土地価格も上昇していることから、資金回収の効率を上げる必要がある。このためラージグループでは収益効率を上げるため放牧とフィードロットを組み合わせ肥育している

 同牧場はラージグループの牧場以外からも7カ月齢の肥育素牛を購入している。同牧場に導入後55〜80日間フィードロットで飼養し、16〜17@(注:@(アロバ)は枝肉15キログラムを表す単位、生体重で480〜510キログラム)まで仕上げて、ラージグループ内の食肉パッカーに出荷している。

右下のえさおけは約500メートルに渡り、延々と続いていた

 

 サトウキビ生産の状況

 ゴイアネジア市近郊では、先に紹介したような先進的な肉用牛経営が行われていたが、サトウキビの生産者販売価格が上昇していることから、例えばコードラ牧場の隣の牧場は飼養している牛をすべて売り払い、今ではサトウキビを生産している。そこで、同地域におけるサトウキビの生産状況についても調査を行うため、ハジェスマチャド社を訪問した。

 (1)サトウキビ生産ほ場について

 同社がサトウキビ生産のために利用する土地は3.2万ヘクタールあるが、整備中のほ場もあり、サトウキビはうち2.7万ヘクタールで作付けされている。土地は5%が同社の所有地であり、残りは借地である。サトウキビ生産はすべて同社が行っている。

 収穫は例年4月中旬から11月上旬に行われる。収穫作業は10台のハーベスタによる機械刈りと臨時雇用労働者による手刈り両方が行われている。

 1台のハーベスタは1日当たり720トン(9ヘクタール)のサトウキビを収穫することができ、これは80人分の仕事に相当するとのことである。

ハーベスタによるサトウキビの収穫風景

 手刈りによる収穫作業は、サトウキビの枯葉を焼却してから行われるが、環境意識の高まりから、枯葉の焼却は今後規制される見込みであり、かつ、ハーベスタによる収穫作業は手刈りに比べ、サトウキビ収穫量当たりのコストも安いことから、同社は2010年からすべて機械刈りにする計画を持っている。ちなみにゴイアス州でハーベスタが初めて導入されたのは1996年である。

 ゴイアネジア市の年間降水量は、サトウキビの主要作付け地域であるブラジル南部と同程度(約2,000ミリ)であるものの雨期(12月から5月)と乾期(6月から11月)があるため、乾期にはかんがいを行う必要がある。

サトウキビほ場のかんがい施設

 ほ場の地力を維持するため、エタノール製造時に発生する残さは、ほ場に肥料として還元されている。また、6年サトウキビ作、1年大豆作の輪作を行っている。

 (2)工場について

 同社は1980年にエタノール生産工場として設立され、1993年に製糖施設が追加された。現在、2,500名の従業員により1日当たりサトウキビを10,500トン処理することにより、砂糖を1,000トン、エタノールを412,000リットル生産している。

 サトウキビの収穫期間が例年4月中旬から11月上旬であることから、工場の操業日数は約200日であり、収穫作業が行われない12月から3月の間は、工場施設および収穫機械のメンテナンスに充てられている。同工場のサトウキビの1年間の処理量は約200万トンに達する。

 収穫されたサトウキビの3割(65万トン)がバガスとなり、すべて発電のための燃料として利用され、1年間の発電量は40メガワット(10万人分に相当)である。


4.おわりに

 政府関係機関に対する聞き取り調査の結果、枝肉価格の低迷、高金利、土地価格の上昇により、ブラジルの肉用牛経営はこれまでの粗放的な放牧肥育から、より効率的な肥育体系へ移行する方策を模索しているように伺えた。

表3 牛の飼養頭数とサトウキビ作付面積


 牛の飼養頭数とサトウキビ作付面積を比較すると、サトウキビ作付はブラジル南東部に集中する一方で、牛の飼養は広く全国で行われていることから、サトウキビ作付面積は4年間で21%増と急激な伸びをみせているが、ブラジルの全国ベースで見た場合、牛の飼養頭数への影響はみられない。サトウキビ作付面積の拡大と牛肉生産の関係を考察すると、

 (1)サトウキビ作付面積(615万ヘクタール)は、牧草地面積(1億7,770万ヘクタール)の3.5%にすぎないこと

 (2)これまで施肥や草地更新を行うこと無しに、長期間にわたり牧草地は利用されてきたが、牧草地の生産性を向上させることにより、肥育牛1頭当たり草地面積の減少の余地が十分にあること

 (3)人工授精師が少なく、保管機材も整っていないことから、人工授精技術は広く普及(注:10%程度と見込まれる)していないが、今後、普及することにより家畜の生産性が大きく向上する余地が十分にあること

 から、ブラジルにおけるサトウキビ作付面積の拡大が続き、牧草地が減少することにより、牛肉生産が大幅に減少するとは考えにくい。

 しかしながら、これまでブラジルにおける牛肉生産は、インドから導入された暑さに強いネローレ種(牛)とアフリカのウガンダから導入された酸性土壌に強いブラキャリア(草)が組合わさったセラード地域における放牧肥育が注目されてきたが、サンパウロ、リオデジャネイロなどの大消費地に近い南東部において、サトウキビへの転向などにより、牛の飼養頭数が減少することは、今後ブラジルにおける生体牛や牛肉の流通に大きな影響を及ぼすことも考えられる。

 肉用牛経営からサトウキビ経営への転向は、目先の収益だけでなく、依然として撲滅できない口蹄疫による輸出停止の不安も一つの理由であろうが、今後の原油価格次第では手間のかかるエタノール生産は不利になるのではないかと、ハジェスマチャド社で質問したところ、「原油価格がバレル当たり35米ドル(4,100円)を下回ると、当社のエタノール生産は採算がとれなくなるが、そのような心配はしていない」とのことであった。

ブラジリア市内のガソリンスタンドの価格であり、上から「通常ガソリン」、「清浄剤入ガソリン」、「アルコール」のリットル当たりの価格

 肉用牛経営を継続するにしろ、サトウキビ経営などほかの作物に転向するにしろ、これまでの粗放的な放牧肥育から脱却して収益改善を図る必要に迫られており、現在のブラジルの肉用牛経営者は大きな転機を迎えている。

 末尾になるが、今回の調査の中で多く方々が、ブラジル農業はアマゾンと共存しながら発展しており、不法伐採こそがアマゾンの森林破壊の要因となっていることを日本の方々に理解してもらいたいと、強調されていたことをお伝えしたい。


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