特別レポート

米国の農業に抜本的な変化をもたらすバイオエタノール生産

調査情報部長
調査情報部調査情報第3課 課長代理
国際情報審査役補佐

 加藤 信夫
 天野 寿朗
 平石 康久


 米国におけるバイオエタノールの生産は、原油価格の高騰や環境問題を背景に、連邦政府や州政府による支援策によって進められてきており、増加の一途をたどっている。また、余剰農産物の処理の解決策の一つとしても注目されつつある。

 こうした中、当機構はワシントン駐在員事務所の特別レポートとして、本誌(2006年10月号)において「米国における燃料用エタノールの生産拡大が飼料穀物の需給へ与える影響」を掲載し、今後の米国の飼料産業および同国から大量の飼料穀物を輸入するわが国の畜産の動向を見る上で参考となる解説を行ったところである。

 また、当機構は平成18年8月4〜9日に米国ノースカロライナ州アッシュビルにて開催された米国砂糖連盟(American Sugar Alliance, ASA)が主催する第23回国際甘味料シンポジウムに参加し、砂糖およびエタノールに関する最新の情報を収集するとともに、米国で第3位のエタノール生産を誇り、現在のところ唯一、E20(エタノール20%混合ガソリン)の導入を決定したミネソタ州で現地調査を行った。

 本報では米国のバイオエタノールの生産振興の状況と背景をブラジルと比較しながら報告するとともに、これが食料や飼料需給などに及ぼす影響などについて考察する。

1 米国のバイオエタノールの需給状況

 (1)バイオエタノールの生産拡大の背景

 第一次オイルショックを契機として、中東からの石油依存度の低減を図るために、さらには環境規制が強まる中、エタノールの利用が認可されたことに伴い、エタノール生産を拡大するために各種支援策が講じられた。オイルショックを契機として本格的なバイオエタノールの利用促進が図られたのはブラジルと同じである(参考文献〔1〕)。

 米国ではこのような中、99年に水質汚染の懸念により、カリフォルニア州でガソリン添加剤(含酸素剤)であるMTBE(メチル・ターシャリー・ブチルエーテル)の使用が禁止されたことが発端となって各州での禁止措置が広まり、支援策と原油価格の高騰も相まって、MTBEの代替としてのエタノール需要と生産が近年急速に拡大した。さらに、昨年8月8日に成立した包括エネルギー法では、エタノールを含むバイオ燃料の生産を2006年の40億ガロンから2012年までに75億ガロンまで拡大することを義務付け(再生可能燃料基準(RFS))、各種支援策の増強を図った。(詳細は参考文献〔2〕を参照)。

 再生可能燃料協会(RFA)によれば、将来的には石油の代替エネルギーとして有望視されているのは水素エネルギーであると述べているが、エタノールは生産・利用技術において難しい問題を抱えておらず既存のインフラを利用できるので、中期的にみて地球規模で有望な唯一の代替エネルギーである。今後も石油エネルギー代替需要、政府によるさらなる支援促進が見込まれることから、RFAは、再生可能燃料基準(RFS)である75億ガロンは、2008年には達成するとの見通し(4年の前倒し)を明らかにしている。

図1 今後のエタノール生産見込み

米国のエタノール生産の目標(2012年に75億ガロン)とRFAの予測

資料:

エネルギー情報管理局(EIA)、再生可能燃料協会(RFA)

注:

RFAによる2006年8月地点での予測値


 (2)エタノール需給の特徴(米国もブラジルも内需型、不安定な国際市場)

 世界的にみたエタノールの需給の特徴としては、石油と比較してエタノールは生産量に占める貿易量の割合が相当小さいことである。ブラジルと米国がエタノールの2大生産国であり、両国で世界生産の約7割を占め、両国の生産量はほぼ同じであるが(図2)、輸出向けシェアはブラジル1国が約8割を占めており、米国はわずか1割程度となっている(図3)。

図2 世界のエタノールの生産シェア(2005年)


図3 世界のエタノールの輸出シェア(2004年)


 このことは、米国で生産されたエタノールはほとんどが国内で消費されていることを示しており、米国の需給形態は内需型であると言える。さらに輸出シェアからブラジルのみが主な世界市場への供給国となっており、エタノールの世界市場は不安定であると言える。ブラジルにおいても1975年から実施されたエタノール生産振興策であるプロアルコール政策も輸出向けの生産振興政策ではなく、国内の増大するエタノール需要を賄うものであり(〔2〕)、政策の観点からすればブラジルも内需型と言える。


2 手厚いエタノール支援策

 先ず、エタノール生産の主原料であるとうもろこしについては、ローンレートや価格変動対応型支払による価格支持、政府直接支払いなどの政府による財政的支援が講じられており(〔3〕)、甘味資源作物(さとうきび、ビート)には一切、この種の補助制度はないのでこの分優位であると言える。一方、ブラジルでは原料であるさとうきびには何ら支援はなく(プロアルコール政策の規制緩和以前には当該政策による間接的な支援を受けていた)、ガソリンへの混合率の規制(2006年3月から20%)が主たる支援策であり、そのほか、エタノール燃料への税制面での優遇措置があるが、今は工場建設などへの支援策はない(〔4〕)。

 米国では、とうもろこし原料への支援策に加えて、ガソリンスタンド、工場、ユーザーに対して連邦政府、州政府よる各種支援策がある(表1)。代表的なものは、(1)ガソリンスタンドに対する税制優遇措置(E85対応ガソリンスタンドの建設などについて、30%補助で上限3万ドルまでの援助)、(2)小規模製造業者への援助(6000万ガロン以下の製造工場建設に対する援助)、(3)ユーザーがエタノールを購入する際のエタノール相当減税部分などといったTax Creditである。また、エタノール混合を義務付けている州は全米で7州あるが、実際に実行に移されているのはミネソタ州だけと言われている(表2)。

表1 主なエタノール支援策

表2 エタノール混合を義務付けている州


 これらの支援措置の財源は米国農務省(USDA)農業政策関連の予算から支出されるのではなく、エネルギー関連予算(DOE:米国エネルギー省)から支出されており、農業関係者にとっては現在の補助水準を引き下げることなく、新たなエタノールに対する直接支援によって恩恵を受けるしくみとなっている。特に米国のエタノール工場は農家所有の工場が半数を占めており(注)、表にある小規模な工場建設に対する助成措置は、まさにとうもろこし生産者への直接的な支援措置であるといっても過言でない。

 (注)100%農家出資の工場というわけではなく、一部民間企業資本が入り込んでいるケースもある。


3 バイオエタノールの原料について

 (1)米国はとうもろこしが中心

 前述のとおり、とうもろこしは政策支援の存在とコスト面での比較優位性があることから、米国におけるエタノール生産の原料の90%がとうもろこし、5%がソルガム、残り5%がその他の原料となっている。

図4 米国におけるバイオエタノールの原料(2006年) 

 

 (2)将来有望なセルロース系原料

 とうもろこし以外のエタノール生産原料として、米国ではスイッチグラスなどのセルロース系の原料も注目されており、ブッシュ大統領の2006年の一般教書演説などでもこの技術の開発に多額の支援を行う意向を明らかにしている(〔5〕)。これらは、現在は商業ベースに乗っていないものの、将来的にはとうもろこしを補完する可能性があるとみられ、既にカナダ資本の工場がアイダホ州に建設中(3〜4年のうちに麦わらを利用して、エタノール生産を行う予定)との情報もある。なお、ASAのシンポジウムにおいても、スイッチグラスの有望性に言及するスピーカーが複数いた。

 エタノールの原料としてのスイッチグラスの長所は、(1)北米の多くの地方で栽培が可能である、(2)成長が早く、病害虫に抵抗があり、わずかな肥料で高い単収が期待できる、(3)原料1トン当たり400リットルのエタノールの生産が期待できる、(4)投入エネルギーと生産されるエタノールからの産出エネルギーのバランスが、とうもろこしを利用する場合の20倍とも言われていること−などが挙げられる。

 ほかにもビールかすなどの飲料残渣や、ホエイに含まれる乳糖の発酵を利用したエタノール生産もあり、ミネソタ州やカリフォルニア州では小規模ながら、チーズ工場から産出されるホエイを利用したプラントもある。

 (3)エタノール原料としての甘味資源作物・砂糖の利用は賛否両論

 甘味資源作物もしくは砂糖からのエタノール生産についての可能性に関して、USDAは否定的な見解を表しており、糖蜜のみが比較的経済性ありと結論付けている。今回の現地調査で訪問したミネソタ州のビート糖製造業者(南部ミネソタ州ビート糖協同組合レンビル工場)も、そもそもコストの面でとうもろこしと競争するのは困難であり、また、副産物も重要なのでエタノール生産に回すことは考えていないとのことであった。

 一方、ASAの政策責任者は、バイオ燃料推進などのエネルギー政策は国策として決めたことであるが、最近ではエタノール原料としての甘味資源の利用は経済的に困難との意見が散見されるようになってきており不満であると述べており、コスト計算だけにとどまらない政府による多角的な検討を希望している。しかし現実問題として、甘味資源を利用して経済的にエタノールを生産可能なのはハワイ州ぐらいであろうとの見方をしている。

 いずれにしても、砂糖関係者の中にはエタノール政策は砂糖政策の代替にされる恐れがあるという否定論と、甘味資源作物からのエタノール生産は小さな事業であり、現行の砂糖政策の補足として有効であるという肯定論までさまざまである。


4 ミネソタ州のとうもろこし生産とエタノール工場の実態

 (1)ミネソタ州のとうもろこし・エタノール概況

 ミネソタ州のとうもろこし生産地は中部〜南部に集中している。同州の北部は森林地帯であり、北西部ではビートと小麦の輪作、中部〜南東部にかけては酪農地帯である。

 同州における耕種作物では、とうもろこしが最大の収入額(約13億ドル:約1,547億円、1ドル=119円)であり、とうもろこし生産量は10億ブッシェルで、そのうち2億ブッシェルがエタノール生産向け(うち0.5億ブッシェルがウェットミル仕向けなので25%は加工向け)である。残りの5億ブッシェルは輸出向けで、3億ブッシェルは飼料向けである。

 とうもろこしを生産している農家は大豆との輪作を行っているところが多く、とうもろこしと大豆の作付面積は価格を見て農家が決定しているので、両作物は競合関係にある。

 エタノール向け生産が増加しているにもかかわらず、とうもろこしの農家庭先価格は1.5ドル/ブッシェル程度で推移してきており、1940年以降ほとんど変わっていない。とうもろこしのエタノール仕向けの増加に伴い家畜飼料向けに影響があるといわれているものの、特に農家庭先価格は変わらず、むしろ下がっている傾向にある。

 ミネソタ州は水路として重要な位置を占めるミシシッピ川が冬になると凍結してしまうため、輸送ができなくなってしまう。このため、シカゴの穀物相場などと比較して2〜3割程度価格を安く買い叩かれてしまう。これに対して生産者は収入を増やしたいという意向があり、これがエタノール生産に挑戦する大きなきっかけとなった。

 (2)ミネソタ州におけるエタノール支援策

 現在、ミネソタ州ではE10を義務付けており、州政府は2013年までにはE20を義務化することを決定済みであるが、E20利用に当たっての米国環境保護庁(EPA)による環境規準に照らした承認が必要であり、現在EPAとともに必要な調査を行っている段階である。バイオディーゼルについては、ほかの州に先駆けて2005年11月より2%の混合が義務付けられており、B20やB100の規格に対応したスタンドもある。

 州政府による支援策としては、1994年から10年間、年間1500万ガロンを上限として20セント/ガロンの補助金を支出するという制度があったが、現在は終了している(制度終了後も当該期間中に生産を始めた工場は現在でも補助を受けることが可能)。

 (3)ミネソタ州のエタノール工場分布

 ミネソタ州のエタノール工場は中部〜南部のとうもろこし生産地に集中している(図5)。

 

図5 


操業中の工場:
16(年間5.5億ガロン生産)

建設中の工場:
1(年間0.5億ガロン生産)

 2006年4月現在、16のエタノール工場(他に1工場が建設中)が立地し、年間5億5千万ガロンのエタノールを製造している。これらの工場のうちウェットミル方式のものは1つしかなく、残りはすべてドライミル方式である。

 (4)調査先の工場の概要

 2つの新しい工場を訪問したが、いずれも農家所有の協同組合の工場であり、同じFagan社建設の工場であったため、生産ライン等はほとんど同じであった。このため工場の概要はブッシュミル・エタノール社の工場のみ記載する。

Bushmills Ethanol Inc, Atwater工場(MN州)

 当該工場は農家所有であるが、General Managerや工場責任者はカナグアやADM(Archer Daniels Midland)出身。3年前から当地(Atwater市)に注目したが、当時は投資家がおらず苦労した。現在は、新設工場が多くなってきており、工場建設は3年待ちの状態と言う。工場の増加に伴い、原料であるとうもろこしの調達が難しくなっているが、当該工場は2009年まで契約済み(会員分)となっている。

 生産費の構成としては、約35%が原料費、約2割がエネルギー費、人件費などのその他コストが2割未満、利益が約3割となっている。エタノールを製造して間もないが、3割程度の利益を確保している。

 エタノールの販売は、生産者の協同組織であるRPMG(Renewable Products Marketing Group)に参加して実施している。エタノールの輸送は鉄道とローリーが半々であるが、鉄道輸送は貨車の数、輸送先が限定されるので、パイプラインの建設の可能性を検討しているが、石油業界の反対が予想されるとのことであった。


5 飼料との競合や輸出への影響

 (1)米国におけるとうもろこしの需給状況 

 (1)拡大傾向で推移するとうもろこし生産

 米国は、世界最大のとうもろこし生産国であり、消費国でもある。主な生産地としては米国中西部のコーンベルト地帯と呼ばれる地域で、イリノイ、インディアナ、オハイオ、ミシガン、ウィスコンシン、アイオワ、ミズーリ、ミネソタ、ネブラスカ、サウスダコタなどの各州である。

 とうもろこしの生産量は干ばつや熱波などの影響を受け、一時的に減少することもあるものの、中期的には高い需要を反映し、大豆や小麦などからの転作の増加、単収の増加など生産性の向上により、拡大傾向で推移するものと見込まれている。

 (2)エタノール向けとうもろこしが増加傾向

 米国内における飼料作物生産量の9割強(そのうちの5割強が国内の家畜飼料向けとして消費)をとうもろこしが占めている。

 USDAによる今後のとうもろこしの需要予測(需要には輸出を含む)によると、輸入が増加しない中で、生産量の増加によって供給量が増加する一方、エタノールおよび輸出向け需要が増加するが、2007/08年度にはエタノール向けが輸出向けを上回り、飼料向けが減少するとしている(〔7〕)。しかし生産量の増加だけでは対処できないので、期末在庫の取り崩しとセットで増大する需要を賄う構図となっている(表3)。

 この結果、在庫率が極めて低い水準となり、干ばつなどの異常気象となれば、一気に供給不安が増す恐れがある(供給の不安定性や脆弱性の拡大)。

表3 USDAによるとうもろこし需要予測

 (3)中期的にはとうもろこし価格は上昇

 米国内のとうもろこしの農家価格は、潤沢な在庫量を反映して、この1〜2年ほどは若干の下落傾向であったが(図6)、燃料用エタノール向けの需要増の影響により中期的には上昇傾向で推移するものと予測されている。農家も畜産農家向けだけでなく、エタノールという新規の安定的な売り先が出来たために売り急ぎがなくなったとも言われており、このことも価格上昇の一因となると推察される。

図6 飼料用とうもろこしの価格の推移


 エタノール生産にとうもろこしが利用されることによる、飼料との競合や輸出用途への影響が懸念されている。この点について、今回の訪問先で質問を行ったが、米国のエタノール関係者によると下記のとおり楽観的な見通しを示していた(表4)。

表4 エタノール需要増によるとうもろこし仕向量の確保や価格に対する関係者の見通し

 一方でF.O.リヒトの記事により、エタノールへのとうもろこし需要の増加による畜産業への影響を懸念する声が紹介されている。

 その中では、DDGSの増加によるたんぱく源の安価な供給増を歓迎できるとする一方、とうもろこしに対するエタノール需要の増大により、牛、豚、家きんの飼料コストが今後2年間で6〜7割上昇する可能性を指摘する研究者や、DDGSは繊維質が多く、リジンが少ないため豚用飼料に適していないことから、単胃動物への飼料用とうもろこしの確保競争が激化する可能性を懸念する研究者の意見もあった。

 とうもろこしの輸出への影響についても、米国のとうもろこし生産者は国内飼料向けの生産は確保するが、エタノール需要を賄うため輸出向けを削減する可能性を指摘している。この記事では日本、カナダ、台湾は、多少高い価格でも米国産のとうもろこしを買い続ける一方、開発途上国の中にはラテンアメリカ諸国(メキシコ、アルゼンチン、ブラジル)へ購入先をシフトする可能性を指摘しており、米国の補助金に支えられていたとうもろこし輸出に圧迫されていたラテンアメリカ諸国に歓迎されるとの予測を示している。


6 エタノール生産が食料と環境に及ぼす影響についての考察

 (1)食料生産への影響(食料vs.燃料)

 先に述べた飼料用途への影響のほかにも、最近、食料に供されるべき農産物が燃料に利用されることに対しての懸念がさまざまな関係者より表されている(〔9〕)。

 代表的な意見はEarth Policy Institute理事長であるLester Brown氏によるものであり、「巨大な燃料用需要は穀物価格の高騰を招き、食費に支出の半分以上を費やしている貧しい20億人の生活に影響する」というものである。

 一方で穀物メジャーの一つであるADM社のAndreas会長によると「飢餓は、食糧生産への投資資金が不足していることが原因。農産物の価格上昇は開発途上国の農村に利益。価格の上昇は生産を刺激し、供給を増加させるため、エタノール生産による開発途上国への食糧供給や、価格の上昇を懸念することは的外れである」と反論している。

 その中間的な意見としては、FAOのGustavo Best氏は、「エネルギー用作物の栽培は小規模農家の新たな収入機会の向上や貧困地域の発展に貢献する一方、食糧安全保障の危機をもたらしかねない」としている。

 また食料 vs. 燃料の直接の競合問題だけでなく、その作物を原料とした各種製品や、他の作物に対する影響も懸念されている。表5はバイオ燃料に利用される作物とそれを原料とする製品を一覧としたものである。たとえばさとうきびのエタノール仕向量が多くなると、砂糖の価格に影響を及ぼし、場合によれば最終製品である飲料、菓子などの価格に影響を及ぼすことを示している。

 この中で実際に起きている例として、さとうきびからのエタノール生産による砂糖価格への影響のほかに、EUでバイオディーゼル向けの菜種の仕向量が増加した結果、菜種油やマーガリン産業に影響を及ぼしている事例をあげることができる(〔8〕)。

 またブラジルにおいては、エタノール向け原料としてさとうきびの生産が拡大しているため、ジュースメーカーの寡占体制によって抑えられてきたオレンジの価格が相対的に低くなったことから、オレンジ生産からさとうきび生産への転作が起きている(〔11〕)。このことからジュースメーカーはオレンジの仕入価格の引き上げを余儀なくされていると言われ、間接的に競合作物やその製品に対する影響を及ぼしている。

 エタノール生産による各種農産物や食料製品への影響は広範囲にわたる可能性があり、今後とも関係する農産物の生産量や価格、中間生産物や最終製品に対する影響を総合的に分析・整理することは、エネルギー政策の推進上も食糧安全保障上も意義があると考える。

表5 バイオ燃料と食料との関係(Food vs Fuel)


 (2)開発途上国の貧困・飢餓問題への影響

 (1)の食料と燃料の問題にも関係するが、世界中の飢餓人口は依然として約8億2千万人おり(1996年は8億人)、国連のミレニアム開発目標にあるように2015年までの10年間で飢餓人口を半減する目標は達成されそうにない。

 開発途上国での貧困・飢餓の問題は、内乱、政治的問題、気象変動、農産物の生産技術や生産物の分配の問題などさまざまな要因があって生じる複雑で解決が難しい課題である。

 先進国から開発途上国への農業分野の支援も減っており、具体的にはDAC(OECD開発援助委員会)加盟国によるODAのうち農業分野への支援額が年々減少し、1983年度には11.4%のシェアであったものが、2003年度には3.2%まで下落している。さらに、世界からの食料援助物資も2001年の1,100万トンから2004年の750万トンに減少している状況にある。

 また、世界食糧計画(WFP)が行う食料援助の対象となるものは、穀類(とうもろこし、ソルガム、小麦、米)、豆類(インゲン豆、エンドウ豆)、植物油、砂糖、塩、穀物混合食糧、高カロリービスケット、パンとなっており、バイオエタノールやバイオディーゼルの原料と競合するものが多い。しかも、さとうきびやとうもろこしは、貧しいアフリカ諸国を含む多くの開発途上国で栽培されており、食料生産と持続的な農業・農村開発の点でも重要な畑作物となっている。

 以上のような「事実」を整理しただけでも、バイオ燃料を加速度的に推進しようとする動きに対して批判的な立場をとる人間が現れても不思議ではない。

 とは言っても、再生可能なバイオ燃料の生産・利用は、原油価格との経済原理のみによって推進されるものではなく、地球規模の環境問題の解決に資する上で必要であると考える。開発途上国の農村においても、ADMやFAOの担当官が意見しているように、生産物の非食用としての販路ができることは、一般論としては、価格面でも有利となり、農家の庭先価格が上昇すれば作付面積も拡大し生産量も上昇し、工場ができれば就業機会も生まれるメリットも想定される(〔10〕)。その結果、農家収入が増え、農村開発にも資することができよう。

 ただし、バイオ燃料の生産が無秩序に開発途上国などで推進され、先進国の供給側も食料の供給面に配慮しなければ、すなわち、食糧安全保障の観点がバランスよく考慮されなければ、貧困・飢餓の問題は悪化する事態を招きかねない。要は、バイオ燃料の生産・利用推進と開発途上国の持続的な農業・農村開発を通じた食料安全保障の関係をうまくバランスをとって推進することが肝要であると考える。

 (3)供給の不安定性

 1(2)で触れたように、ほぼブラジル1カ国がバイオエタノールの世界的な供給国である。そのブラジルにおいて、2005年のような干ばつの被害があれば在庫政策がないこともあり、直ちに供給量が減少し、価格の高騰が起こりやすい市場構造となっている。この構造は、砂糖も同様な構造となりつつあり、世界第2位の輸出国であるEUが砂糖の制度改革により世界第2位の輸入国に転落することが予想される中、ブラジルへの依存度が益々高まっている不安定な市場構造と類似している(〔8〕)。

 そのブラジルでさえも、エタノール政策は内需重視であり、国内消費への対応が先ずあっての輸出となっている。すなわち、原油価格の高騰などがあれば国内向けを優先させ、輸出量を減少させる可能性が否定できない。また、原料となるさとうきびは天水栽培であるため、干ばつの発生により生産が大幅に減少するエタノール供給の不安定性を有している上、ほとんどの工場では砂糖も同時に生産しているため、砂糖の国際価格の影響も考慮する必要がある。さらに、好調なエタノール需要を背景とした急ピッチで推進されている工場新設のペースと、さとうきびの作付面積の拡大(原料確保)、輸送インフラやブレンダーの能力増大などのペースとうまくかみ合わないと、国内外の需要を賄うエタノールを安定的に供給することが困難となる恐れもある。

 (4)環境への懸念

 グリーンピースの報告(〔12〕)であるが、ある国際企業がアマゾンを切り開いて大豆の生産基地を作ったことから、熱帯雨林の破壊につながっているとの批判が行われ、ヨーロッパで問題になっている。これは飼料用大豆の輸出についての報告であったが、バイオディーゼルでも同じ問題は起きかねない。このことから明らかなように、耕作可能な大面積の未利用地を有するブラジルでさえ、インフラの問題により、既存の水運関係のインフラが利用できる環境的に脆弱なアマゾンへの生産進出による環境破壊への懸念を払拭することができない。

 また、USDAの担当官は、エタノール需要に対処するため米国では環境保全という建前から農地を保全しているCRPプログラム下にある環境保全地(1,568万エーカー)をとうもろこし生産に利用する可能性も指摘したが、これこそ環境の悪影響を指摘する声が高まる恐れがあるのではないか。米国ではブラジルと違い、未利用の耕作可能地は少ないため、制度上環境面で保護されるべき土地に対する圧力は強く働く可能性がある。

 このような中、本年10月11日に、米国のジョハンズ農務長官とボトマンエネルギー省長官は、総額1,750万ドル(約21億円)のバイオ燃料の供給原料に関する調査研究に対する資金提供を表明した。これらには、新たなバイオ燃料の原料(特にセルロース原料)にかかる調査研究費などが含まれている。上述のように、好条件下にある農地での食料生産との競合を避ける意味合いもあると推察される。


 おわりに

 米国連邦政府は、2005年8月8日に可決された包括エネルギー法により、再生可能燃料の使用量を2012年までに75億ガロンまで拡大することとしており、RFAの予測によれば、早くも2008年には前倒しで目標を達成し得るであろうと見込んでいる。さらに、2025年までには中東から輸入される石油の75%をエタノールに代替することが見込まれており、エタノール生産は今後もさらに拡大し続けると考えられる。

 また、とうもろこしを原料とするバイオエタノール生産の増加による飼料原料や食料生産への影響については、バイオエタノールの生産拡大に向けての投資が正に活発に行われている状況下では、はっきりとした見解を示すことは難しい。飼料原料については、従前飼料用に仕向けられていたとうもろこしが削減される恐れがある一方、副産物(DDGSなど)の供給によりオフセットされるとの見方もある。

 「食料 vs. 燃料」の問題、特にバイオ燃料と貧困・飢餓の関係については、今のところ、バイオ燃料推進派と反対派の表面的な意見が出されているにすぎない。ブラジルのここ数年のエタノールの供給安定性(さとうきびの作付面積や収量の動向を含む)、開発途上国でのエタノール生産に関する技術移転や工場建設等への投資の動きなどを見極めないと、食料への影響について結論付けることは難しいであろう。ただし、現在のエタノールの主原料がさとうきび、とうもろこしなどの開発途上国でも重要な作物であることを考慮すると、今後のエタノール需要が世界的に益々増大することが確実視される中、食料と競合する原料を利用することに対する反対派の意見は強まっていくであろう。

 バイオエタノールの世界的な需給構造は本文で触れたとおり不安定である。さとうきび、とうもろこしや他の穀類に対する干ばつ等の異常気象の影響は毎年のように報告されるようになってきている。米国、ブラジルの主要国では工場への投資は活発であるが、輸送インフラ、米国ではガソリンスタンドの整備などの課題がある。また、バイオエタノールは生産振興、混合燃料等への優遇税制などの何らかの政策支援がないと安定的な供給を持続することが難しいことは米国、ブラジルの先進事例を見ても明らかである。

 米国におけるバイオエタノールの生産に関する今後の展望としては、(1)原料を分解する酵素・酵母の価格低下、遺伝子工学技術の発展によりさらなるエタノールの効率的な生産振興が必要であること、(2)農業・畜産廃棄物をエタノール生産に有効利用することにより食料や環境問題への影響をできるだけ軽微に努めること、(3)長期的にはとうもろこしだけでは不十分であるため、セルロース原料などそのほかのバイオマスからのエタノール生産に関する研究開発を、食料や環境問題の観点からも進める必要があること−が挙げられる。このようなバイオエタノール生産振興は、米国のみならず、世界規模で農業に抜本的な変化をもたらす可能性を秘めている。

 

 参考文献

 〔1〕加藤信夫、竹中憲一「ブラジルにおける砂糖およびエタノールの生産・流通事情について」 農畜産業振興機構『砂糖類情報』、2005年9月、pp. 20〜33  

 〔2〕小泉達治「米国におけるバイオエタノール政策・需給動向」農畜産業振興機構『砂糖類情報』、2006年10月、pp. 8〜14

 〔3〕農林水産省国際部米州地域食料農業情報調査分析検討事業平成16年度報告書
東洋大学経済学部教授 服部信司「価格・所得支持の実績、保全保証政策、WTO農業交渉」

 〔4〕加藤信夫、岡崎裕司、竹中憲一「ブラジルにおける砂糖およびエタノール関連調査結果〜エタノール価格上昇の背景、今後の需給見通し、輸出ターミナルと生産現場の状況〜」農畜産業振興機構『砂糖類情報』、2006年6月、pp. 1〜20

 〔5〕State of the Union 2006, The Advanced Energy Initiative, “The Biorefinery Initiative”

 〔6〕The Economic Feasibility of Ethanol Production from Sugar in the United States, USDA、July 2006

 〔7〕USDA Agricultural Baseline Projections to 2015, USDA, February 2006

 〔8〕加藤信夫、天野寿朗、平石康久「米国の砂糖政策をめぐる情勢と砂糖需給」 農畜産業振興機構『砂糖類情報』、2006年11月、pp. 35〜45

 〔9〕New York Times紙2006年1月16日付記事
“Corn Farmers Smile as Ethanol Prices Rise, but Experts on Food Supplies Worry”

 〔10〕F.O.リヒト2006年9月7日付けWorld Ethanol & Biofuels Report記事,“Food versus fuel—a conflict of interest”

 〔11〕ロイター発2006年10月10日付け記事“Bitter Brazilian orange growers turn to sugar cane”

 〔12〕グリーンピース報告2006年4月6日付けレポート“Eating Up The Amazon”

 以上の内容に加えて、当機構の「砂糖類情報」(2006年12月号)において、米国のエタノール工場の概況および製造方法、生産費、輸送インフラおよび販売方法について詳細にレポートしているので併せて参照されたい。


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