特別レポート

「2020年:食肉の未来」
 −第16回世界食肉会議から−

シドニー駐在員事務所 横田  徹
シドニー駐在員事務所 井上 敦司

 世界各地で広がりをみせる鳥インフルエンザに加え、口蹄疫(FMD)やBSE対策など食肉産業はこれら課題に対しての継続した取り組みが求められている。さらに、食の安全に対する関心の高まりなど、トレーサビリティ(履歴管理)の実施を含めて消費者のニーズを満たすための対応も山積している。一方では、経済成長の著しい中国をはじめとする各地域の将来的な食肉消費の拡大に対し、どのように需要を満たしていくのかも大きな課題とされる。

 このような中、「2020年:食肉の未来」をテーマに、第16回世界食肉会議が4月28〜29日の2日間、豪州のブリスベンで開催された。  
この会議は、パリに事務局を置く国際食肉事務局(IMS:International Meat Secretariat)が、世界各地域における食肉の需給や貿易動向に関する情報交換、また、食肉関係団体などの交流を目的として2年に1回、開催するもの。今回の会議では、「2020年:食肉の未来」に焦点が当てられた。この中で、(1)2020年の消費者像、(2)地域社会が期待するもの、(3)需要に対する食肉業界の対応、(4)2020年までに必要な通商政策−の4つの項目について、各地域を代表する食肉関係者それぞれが食肉をめぐる情勢、需給見通しなどについて報告を行い、世界35カ国、600人を超える会議参加者と議論を交わした。今回は、この会議で報告された各地域の情勢や需給見通しなどの概要を取り上げる。


豪州連法政府のマクゴーラン農相
自らも、地元ビクトリア州で肉牛を飼育する同農相は、会議のあいさつとして「豪州政府は畜産と非常に密接な関係にあり、この会議を通じて将来の動向を模索することで、食肉産業をよりよい姿に変えていくことを期待する」と述べた。

 

1.2020年の消費者像は?

 2020年の消費者像を把握することは非常に難しいことであるが、世界的な人口の増加や個人所得の上昇などにより食肉の消費拡大が予想されている。食肉産業にとっては、これに対応した安定供給が大きな課題となってくる。一方、今回の報告では、消費者の生活様式の変化などから、個食や機能性食品に対する需要がさらに増すとしており、環境問題や安全性、健康面への関心も高まる中で、生産、流通・小売段階に対してより重い責任が課され、競争はますます厳しくなるとみている。

中国─農村の所得向上で食肉消費は増加、利便性や安全性への関心も

 2005年の中国の食肉生産量は7千万トンを超え、アジア地域全体の食肉生産量の7割を占めた。また、経済成長に伴う個人所得の上昇を背景に、食肉消費の多様化が目立ってきた。食肉生産量全体における畜種別割合について1980年と2005年とを比較すると、最大の生産量を誇る豚肉が88.8%から65.0%に、一方、鶏肉は5.1%から18.6%、牛肉は2.1%から9.3%へと大きな変化がみられる。

 しかし、一人当たりの年間食肉消費量でみると、経済格差から都市部(33キログラム)と人口の7割を占める農村部(18キログラム)との差が広がりつつある。このため、今後、中国の食肉消費動向のカギを握るものとして、農村部の所得水準の向上が挙げられる。

 都市部では、すでに生活習慣の変化からレトルト食品などの利便性食品の需要や、安全性に対する関心が急速に高まっているが、国内約3千社の食肉産業の中で、これらのニーズに対応可能な企業は限られており、今後、業界の再編や近代化が急務となっている。また、農村部の食肉消費量が拡大した場合、国内生産で賄えるかどうかは未知数である。近い将来の選択肢として、価格の安い南米産牛肉に注目している。

EU−食生活の多様化、消費者と流通・小売部門とで双方向の情報交換も

 2020年の消費者像については、生活習慣の変化や多忙化に伴い食生活の多様化が予想される。従来の朝、昼、晩といった食生活のスタイルが変化し、調理や食事時間を短縮する傾向が増すことから、軽食やテイクアウト製品、機能性食品の利用がさらに拡大する。消費者にとって商品選択上重要なことは、(1)価格、(2)味、(3)賞味期限、(4)ブランド、(5)健康―などであるが、一方では食の安全性を重視する傾向もますます高まることで、食品の原産国に対する関心、国産化志向などが増すのではないかと思われる。このため、流通・小売段階では、より高い環境問題や安全性に対する配慮が求められ、消費者への責任も拡大する。これらは、流通・小売側と消費者との関係を、一方通行的なものから、相互的に情報を発信し合う関係へと変化させていく。


街の市場(フランス)

豪州─肥満や個食化の増加、健康面への配慮も重要

 現代の消費者が抱える大きな問題の一つとして肥満が取り上げられるが、今後、この問題はさらに広がりをみせていく。また、一人暮らしの人口が増加することで個食の需要も拡大し、併せて一人暮らしの寂しさを解消するため、ペット需要も増すことから、これら市場に対する食肉産業のアプローチが非常に重要となる。

 また、一方では、少子化傾向により子供の数が限られることで、従来以上に孫と祖父母との関係が強まり、祖父母は食生活面で孫の健康に十分、配慮するため、健康面を重視した食品、特に味、食感を重視した商品の開発も求められる。

 2020年は食肉産業にとって、これらの消費者層が主要なターゲットになると予想する。

南米・ブラジル─消費キーワードは健康、外食率も拡大

 2020年は世界の人口増や所得上昇により、食肉を中心としたたんぱく源の消費量が拡大する。特に、先進国以外の地域での食肉消費の拡大が見込まれる。ブラジルをみると、2020年の食肉消費人口は2億人に達するとみられ、外食などを通じての食肉消費の拡大が予想されている。一方、今後、消費のキーワードは健康となることから、食品分野で数多く取り入れられている機能性食品について、食肉分野でも積極的に取り組むべき課題といえる。

 2020年、消費者がどのような市場を好むのか。市場形態を4つに色分け(緑、青、黄、黒)し、それぞれの傾向を予測すると、次に示すとおり大きな変化が生じる。

・緑(高付加価値の製品に焦点を絞ったもの):5%→15%
・青(多国籍チェーンの展開。ブランド力を持ち、新製品を多く投入):20%→30%
・黄(品質、安全性、コスト面を重視):25%→40%
・黒(商品の原産地などにこだわらない):50%→15%

 今後、食肉業界は、この消費者の動向をしっかりと見極めながら、人間、環境、利益のバランスに配慮し、推進することが大切となる。


代表的な牛肉料理の一つ「アサード(牛肉の炭火焼)」(南米)

 

2.消費者・地域社会が何を期待するのか?

 消費者・地域社会が食肉産業に期待するものとして、第一に、食の安心、安全が取り上げられる。今回の報告では、トレーサビリティの実施など消費者の信頼を得ることが重要との認識が多くのパネリストから発せられたが、一方では、技術による貢献や、地域社会を含めた環境の維持に努めることが重要との意見もあった。消費者・地域社会は、これらすべてについて大きな期待をしているかもしれない。

マクドナルド─2008年までに原材料のトレーサビリティ実施を目差す

 消費者・地域社会の期待に対して行うべきことは、地域に限定せず、幅広い対応を行うことが必要となる。また、今日、それを実施することが将来の評価につながる。

 消費者の動きを分析する要素として3つの「T」を用いてみる。「Time」は、時間又はお金(両方の場合も)を節約しようとする動き。「Taste」は、常に新しい商品を求める動き。例えば、スターバックスに代表される手ごろな価格の高級感。人々は常に異なる変化から新しい味を求めている。そして最後は「Trust」:信頼。消費者が商品を購入するに当たり、その製品が信頼できるかどうかが重要なポイントとなる。

 食肉産業にとって2020年は、実際に想像するよりもずっと身近に迫っている。消費者の信頼を得るためには、トレーサビリティの確立が重要であり、また、これを行うことでゆるぎない基礎ができ、消費者の信頼にもつながる。実際、消費者は、すべての製品についてトレーサビリティが可能と思っている。このため、常に顧客に対してたゆまぬ努力が必要となる。マクドナルドとしては、2008年までに原材料のトレーサビリティを実施することで、顧客の信頼を勝ち取る計画である。

ニュージーランド─将来の人々のために、環境に配慮した畜産を

 人々の環境に対する関心が高まるにつれ、畜産に従事する者としては、2020年に向けて農場、農業が環境にどのような影響を与えているのか認識することが重要となる。ニュージーランドでは、1970年代、農地の拡大を目的に原生林の伐採を開始したが、一部については、下流地域で生活する人々のため、また、将来の人々のためという観点から積極的に保護を行ってきた。

 現在、畜産に関し、環境面で危ぐされるのは地下水への汚染であるが、実際、農家にとっては地下水の汚染がどのようになっているのかわからず、結果を調査するにしても時間がかかり、場合によっては50年後ということもある。このため、畜産は、常に地域社会や自然と共生し、環境に優しいものでなければならない。将来の人々に残せる環境づくりが重要と考えている。

デンマーク─コスト削減や労働人口減少に向けて新技術の開発が重要

 2020年までの間に地域社会は何を期待するのかに対しての答えは、テクノロジー(技術)に集約される。消費者のニーズに対応するため、食肉産業は食品に対する安全対策をさらに高め、トレーサビリティも確立しなければならない。また、動物福祉の問題やコスト削減への対応も求められる。

 デンマークが導入している食肉処理・加工段階での機械化は、作業環境の改善に貢献し、従業員を他のやりがいのある部門に異動させることが可能となっている。将来的な人件費の上昇、ライフスタイルの変化に伴う労働人口の減少に対応するためにも、さらなるテクノロジーが必要と考える。このことは、食品の安全性の面でも、より重要となってくる。テクノロジーの進展は、将来、食肉産業が人々にとって興味深い仕事として認知され、地域社会とより密接した関係を構築することにつながる。



3.食肉業界は需要に応えられるのか?

 拡大が予想される世界の食肉需要に対して食肉業界は、一様に、供給面での不安はないとの認識を打ち出している。しかし、FMDなど疾病のコントロール、また、動物福祉への対応、環境対策など、さまざまな課題を解決しなければならないことも確かである。

南米─世界の食肉需要を満たすためには、FMDのコントロールがカギ

 南米最大の牛肉輸出国であるブラジル、伝統的な牛肉輸出国のアルゼンチン。それにウルグアイ、パラグアイを加えたものが南米の4大牛肉輸出国であるが、今後、チリの牛肉生産拡大も予想されることで、これを加えた5大牛肉輸出国で2020年の世界の食肉需要を満たしていけると考える。

 南米は世界の牛肉生産量の25%を占め、世界市場の46%を占めている。また、国ごとの輸出価格を比べると、豪州がトン当たり2,421米ドル(27万4千円:1米ドル=113円)であるのに対し、チリが同2,109米ドル(23万8千円)、アルゼンチンは同1,671米ドル(18万9千円)、ウルグアイは同1,599米ドル(18万1千円)、ブラジルは同1,434米ドル(16万2千円)、パラグアイは同1,238米ドル(14万円)と、豪州に対して相対的に安くなっている。


チリの肉牛生産(南米)

 今後、途上国の個人所得上昇により牛肉消費は増加すると予測され、現在の牛肉生産量では2020年の需要(ロシア、中東、アフリカ諸国など)を満たせない恐れが出てくる。広大な土地を抱える南米では、これら需要に十分対応できると考えているが、牛肉輸出の大きな障害となるFMD問題をどのようにコントロールできるか、今後の大きなカギとなる。

日本─企業として地域社会への貢献と食育への積極的な取り組みが重要

 日本の消費者の消費動向をみると、価格以上に安全、安心を重視する傾向がある。日本国内での畜産物生産については、労働力、環境面、飼料穀物の海外依存など、コスト問題を含め多くの課題が山積しており、必然的に、より品質の高い商品、高付加価値の商品生産に特化せざるを得ない。しかし、これは、安全、安心し好の消費者のニーズと一致している。

 一方で、海外から輸入する畜産物についても、消費者は国内の製品と同等の品質基準を求めることから、これらについても、安心、安全がすべてに優先する事項となり、これに応えることが食肉産業にとっての戦略上の優位点となる。だか、企業としては、販売優先主義のみにとらわれず、地域社会への貢献、食育への積極的な取り組みなどが必要と考える。限りある資源の中で、消費者に食品の大切さを訴えていきたい。

米国─国内の課題解決に向けた取り組みが重要

 米国の食肉産業を取り巻く問題として、国内での400を超える動物福祉団体の活動や、煩雑な官僚システムに依存する米国の輸出プログラムなどが挙げられる。また、食肉産業において、カウボーイなどに代表される伝統が何の変化も起こさないばかりか、逆に足を引っ張る結果となっている。さらに、国内市場の規模が大きい米国では、食肉輸出は食肉産業にとって必ずしも優先事項とはいえず、国際化の中で概して視野が狭い状況にあるともいえる。

 将来の展望として、世界の人口は2015年に90億を超えると予測されていること、また、個人所得の上昇に伴い世界的な食肉消費の拡大が期待できることから、米国の食肉業界にとっては明るいといえる。これら状況に対応するためにも、食肉産業としての全体的な取り組みが重要と考える。さらに、今後の衛生対策や動物福祉の問題についても業界が主体的に取り組むべき事項である。

豪州─南米産の市場拡大を視野に、常にたゆまぬ努力が必要

 オセアニアは、今後、消費者のニーズに見合った生産を行えるのであろうか。消費者の傾向として、価格、利便性、美味しさなどのすべてを一度に求める行動が続くと予想される。食肉産業として、このような消費者のニーズに応えていかねばならず、競争力を強化するために、より積極的に国内外からの投資の必要性を感じている。

 南米の牛肉産業については、牛肉輸出に積極的な姿勢であることから、世界市場の中で豪州にどのような影響が及ぶのか常に注目している。しかし、南米産牛肉が世界市場に広く進出することは、相対的に全体の食肉消費量の拡大につながり、豪州にとっては歓迎せざるを得ない。豪州として重要なのは、それまでの間、消費者のニーズに沿った努力を続けることが重要であり、常に、マーケットリーダーとして積極的な取り組みを行っていかねばならない。


肉牛の生体市場(豪州)


4.2020年までに必要な通商政策は何か?

 2020年までに必要な通商政策として、今回の会議では、それぞれの地域の状況を踏まえた報告が行われた。基本的に主要輸出国はさらなる市場開放を、輸入国は国内情勢に見合った通商政策が必要との立場であった。一方、国連食糧農業機関(FAO)からは、途上国を中心に今後の食肉消費拡大が予想される中で、これら地域への貿易上の配慮が必要との意見も出された。

EU─共通農業政策の見直しに併せて論議

 EU25カ国の食肉消費量は、すでに域内の生産量を上回っており、今後、輸出量は低下し、将来的に在庫も減少すると予想される。豚肉については、将来的にも輸出が可能であるが、その他の食肉については純輸入となる。また、昨今のエネルギー問題により、エタノール燃料の生産がさらに拡大することから、当然、飼料について家畜産業との競合が生じ、価格上昇の懸念もある。食料の安定供給の面からも、これらについては十分に注意していかねばならない。


EUの肉牛生産(ベルギー)

 通商政策に関して、米国などが主張する、衛生・植物検疫(SPS) の輸入制限措置に関する十分な科学的根拠に基づいた実施など、EUとの意見の相違から解決が見られない問題もあるが、有意義な議論としてとらえている。今後のWTO交渉について、EUの立場としては、日本、スイス、ノルウェーなどの声も代弁していかねばならず、また、EUの主張が交渉に大きな影響を及ぼすことから、EUの共通農業政策(CAP)の見直しに併せて論議していくことになる。

豪州─早急な結論は困難と認識、ただし、安易な妥協は不可

 今日の日常生活の中で、目にする工業製品をみると、すでにグローバル化が図られているが、農業分野については、これが非常に出遅れている。農業貿易を取り上げると、他の工業製品に比べ関税率が高く、さまざまな障壁も存在する。豪州にとっては、EUの羊肉輸入割り当て制度など常に多くの不満が存在している。しかし、これについては、特別な特効薬があるわけではなく、政治的な解決が必要であり、業界としてできることは、積極的なロビー活動のみとなる。

 農業問題については、市場の透明性が重要であり、隠れた税金の投入などに注意を払っていかねばならない。豪州は、各国市場への参入について野心的立場であり、常に成果を求めている。ただし、早急な結論を得ることは難しいと考えているので一定期間の猶予が必要とも考えるが、安易な妥協は避けなければならない。


おわりに

 「2020年:食肉の未来」、このキーワードを解くカギは、際限のない消費者のニーズを食肉産業はいかに満たしていくのかということにある。一方で、地域環境の維持、食の安全へのさらなる取り組みも必要とされている。世界人口の増加や個人所得の上昇により、将来的に予想される食肉消費の拡大については、肉牛生産の強化により十分な供給が可能との見方である。しかし、さまざまな疾病や動物福祉、また、飼料穀物と競合するエタノール生産の拡大など、多くの問題が背景に潜んでいるのも見逃せない事実となっている。

 果たして、食肉産業はこれら課題を同時に解決していくことは可能であるのか。「2020年:食肉の未来」は、そう遠くない時期に来ている。

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