中国農産物品質安全法制定、トレーサビリティ制度を導入


安全基準に満たない農畜産物を追跡調査、違反者への罰則も

 中国の全国人民代表大会常務委員会(注1)は先ごろ、農産物品質安全法(中華人民共和国農産品質量安全法/中華人民共和国主席令第49号)を決定し、2006年4月29日付けで公布したと発表した。同法は、本年11月1日から施行される。

 同法の規制の対象となるのは、農業活動によって得られる植物、動物、微生物およびそれらに由来する農畜産物で、品質安全基準に基づき、生産・製造から搬送、販売までの全段階において、リスク分析と評価が行われることとなる。これに伴い、中央政府(国務院)の農業部(農業省に相当)は、各分野の専門家からなる農産物品質安全リスク評価委員会を設置する。

 安全基準を満たさない農畜産物については、流通ルートを解明し、さかのぼって追跡調査を行うトレーサビリティ・システムが導入され、責任者を明らかにした上で、法令に基づき対処する。違反行為があった場合、違反者に対しては、違反行為に伴う所得の没収や罰金刑などの罰則も規定されている。

 これにより、(1)国が使用を禁じている農薬や動物用医薬品そのほかの化学物質を含有するもの、(2)農薬および動物用医薬品などの化学物質について一定量を超える残留があるものや、重金属など有害物質の含有量が基準値を上回っているもの、(3)病原寄生虫、病原微生物および品質安全基準に適合しない生物毒素(動植物や微生物などに由来する毒素)を含むもの、(4)  保鮮剤や防腐剤、添加剤などに関し、国の定める技術基準に合致しないものなど、品質安全基準に合致しない農畜産物の販売が明確に禁止されることとなった。また、消費者は、上記のような農畜産物によって受けた損害について、生産・製造者や販売者などに対し、賠償を求めることができる。

 なお、同法の施行後は、輸入農畜産物についても、国の定める品質安全基準に基づく検査が行われることとなる。


(注1)全国人民代表大会(全人代)は中国最高の国家権力機関で、各省・自治区・特別行政区および人民解放軍(中国共産党の軍事部門だが、対外的には国軍とみなされている)が選出する代表により構成される。任期は5年で、大会は毎年1回開催され、単なる立法機関にとどまらず、その決定を通じ行政、司法にも影響を及ぼす。休会中は、全人代常務委員会が職権を代行する。


生産記録の義務化や包装・表示についても規定

 農産物品質安全法では、大気や土壌、水中に有害物質などが含まれる地区における農畜産物の生産を禁止しているほか、生産地に汚染物質や有害物質などを排出することについても禁止している。また、農畜産物の生産企業や農民組織に対し、(1)使用した薬剤などの品名や供給元、使用法・使用量および使用停止日、(2)家畜の疾病や農作物の病虫害などの発生、治療および防疫に関する状況、(3)収穫、と畜または捕獲の期日などについて記録を作成するとともに、農産物生産記録については、2年間の保存が義務付けられることとなった。

 さらに、同法は、農畜産物の販売に当たっては、品名や産地、生産者名、生産年月日、品質保証期間、製品等級、添加物の名称などを包装表示または貼付などによって追加表示することなどを義務付けている。また、遺伝子組み換えによる農畜産物については、その旨を表示するよう規定している。


中央・省級政府が運用条件を制定、県級以上の政府が実質的な管理

 同法の規定により、県級以上の政府(中国の行政区分は、省級・地級・県級・郷級に大別:注2)は農畜産物の品質・安全性管理を国民経済計画や社会発展計画に組み入れ、品質・安全性の向上などに要する経費を負担する。また、中央政府や省級政府は、農産物の品質・安全性に関する情報を公表するとともに、農畜産物の品質・安全性に影響を与える可能性のある化学物質に関し、定期的な監督と抽出検査を行い、検査結果を公表する。

 さらに、中央政府および省級政府は、農畜産物の品質・安全性確保のための生産技術条件と運用規程を制定し、県級以上の政府の農業主管部門が、実質的な指導・監督機関として、農畜産物の抽出検査を行う(実際の検査は、認定検査機関が委託実施)こととされた。検査結果は、中央政府または省級政府の農業主管部門によって公表される。

 ただし、農畜産物の生産者・製造者や販売者などは、検査結果に異議や不服などがある場合、結果を受け取った日から起算して5日以内に、検査を行った地方政府またはその上級政府の農業主管部門に対し、再検査を申請することができる。また、検査結果の誤りによって受検当事者にもたらされた損害については、法令に基づき、当該検査を実施した政府が賠償責任を負うこととされている。


(注2)中国の行政区分のうち、(1)省級は省、自治区、特別行政区(香港、マカオ)および直轄市(北京、上海、重慶、天津)、(2)地級は副省級市(ハルピン、アモイ、大連、青島など)、地級市(武漢、嘉興など)、自治州および地区など、(3)県級は県、自治県、地級市の市轄区および県級市など、(4)郷級は郷、鎮などをいう。


施行までの対応と施行後の運用が重要課題

 中国では、農畜産物の輸出の増加に伴い、先進諸国で使用が禁止・制限されている薬剤などの輸出農畜産物への残留などが時折指摘され、貿易上問題となるケースも発生している。

 また、国務院発展研究中心(Development Research Center of The State Council)の関係者が最近、2004年に発表された「中国住民乳製品消費調査報告」において、(1)中国の消費者の44%が乳製品の品質に関して乳業メーカーに不信感を有し、(2)45%の消費者が原料乳の出どころに不安を抱いているという結果が出ていることに触れ、合理的な安全基準を体系的に構築し、食の信頼への体制づくりを加速するよう提言するなど、国内における農畜産物に対する国民の不信感・不安感も浮き彫りとなっている。

 農業部の担当者は、農産物品質安全法の制定が国内の農業・農村経済の発展のみならず、先進国との農畜産物貿易の円滑化にもつながるとしており、今回の同法の制定は、中国がこれまで実施してきた国内の農畜産物の品質・安全性の確保とその向上を図るための政策の総仕上げ的な意味があるとともに、国内外に対して中国の食材・食品の品質と安全性をアピールする意図もうかがえる。

 同法には農畜産物のトレーサビリティ制度が導入され、明確な罰則が設けられているなど、農畜産物の品質と安全性の確保に対する中国政府の強い意気込みを感じることができる。杜青林農業部長は、今年5月19日に農業部が開催した農産物品質安全法専門家座談会において、同法に定める内容の実施を積極的に徹底させることを強調し、早期に農畜産物の品質・安全性管理を軌道に乗せ、中国農業の近代化と社会主義に根ざした新たな農村建設の推進を宣言した。

 また、5月22日には、商務部対外貿易局と中国食品土畜輸出入商会が、日本で同29日から実施される残留農薬などの規制(いわゆる「ポジティブリスト制度」)について、「対日輸出農産物リスク評価報告」を共同発表し、畜産物では鶏肉製品やソーセージのケーシングが検査対象品目としてリストアップされるリスクが比較的高いと評価されるなど、政府や業界などをはじめ最近の中国の食品衛生に対する意識の高まりが十分に感じられる。

 しかし、一方で、法治の部分よりも人治の要素が大きいともいわれる中国で、今年11月の施行までの同法への事前対応と施行後の具体的な運用をいかに行っていくかが、今後の中国の農畜産業および食品産業の行方を左右する重要な課題になるものと思われる。


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