特別レポート

米国における燃料用エタノールの生産拡大が飼料穀物の需給へ与える影響

ワシントン駐在員事務所 唐澤 哲也、郷 達也

1.はじめに

 米国における燃料用エタノールの生産は、90年代中頃から増加した。また、近年では、原油価格の高騰および地球温暖化など環境問題に対する関心の高まりを背景に、大気汚染および水質汚濁を減少させる手段として、連邦政府などがエタノールの使用を促進する政策を進めており、その増加傾向はさらに加速している。

 さらに、ブッシュ米大統領は2006年1月末に行った一般教書演説で、木材チップや牧草からエタノールを製造する技術を6年以内(2012年まで)に実用化する目標を掲げた。石油代替エネルギーの技術開発が重点項目として示されたことなどから、米国における再生可能エネルギーに対する注目はひときわ高まっている。

 2005年の米国におけるエネルギー消費量全体のうち約6%を再生可能燃料が、また、再生可能燃料のうち約45%をバイオマス燃料が占めている。バイオマス燃料消費量の中で、燃料用エタノールは約12%を占めており、その生産原料の約9割にトウモロコシが利用されている。

 米国は、世界のトウモロコシ総生産量の約4割、総輸出量の6割強を占める世界最大のトウモロコシ生産・輸出国であり、その需給動向が国内外に与える影響力は極めて大きなものである。また、わが国の飼料用トウモロコシ輸入の9割強は米国産に依存しており、米国のトウモロコシを主原料とするエタノール生産の動向は、わが国の畜産関係者にとっても注目されるところである。

 今回は、米国におけるエタノール生産の拡大が飼料用トウモロコシなど今後の米国の穀物需給に与える影響について報告する。

2.米国における燃料用エタノール生産の現状および拡大の背景

(1)燃料用エタノール生産の現状

 再生可能燃料協会(RFA)によると、米国の2005年のエタノール生産量(飲料用、工業用、燃料用のすべてを含む)は42億6,400万ガロン(162億リットル)で、これまで最大の生産国であったブラジルの同42億2,700万ガロン(161億リットル)を上回り世界最高となった。このうち燃料用エタノールの生産量の推移を見ると、90年代中頃から急速に増加し、特に近年、2002年から2004年の間では、毎年前年比20〜30%の伸び率を示している。2005年の燃料用エタノール生産量は、前年比14.8%増の39億400万ガロン(148億リットル)とエタノール生産量全体の9割強を占めている。

米国の燃料用エタノール生産量の推移 

 

(2)燃料用エタノールの生産拡大の背景

 米国のエタノール産業の歴史は、再生可能燃料に対する関心が高まった73年と79年のオイルショックを端緒とする。

 70年代後半から80年代初頭にかけ、連邦および州政府により、穀物や農業廃棄物をエネルギーに転換することを目的とした調査・研究基金が創設された。また、トウモロコシなどの再生産可能な原料からエネルギーを産出するための施設建設に対し、低金利融資や補助などが実施されてきた。さらに、エタノールを混合したガソリンに対する連邦所得税の控除など、消費サイドにおける税制上の優遇措置も講じられ、エタノールの価格競争が可能となっている。

 一方、規制政策の側面から見ると、90年に、「改正大気浄化法(Clean Air Act、CAA90)」が施行され、自動車による大気汚染を削減するため、一酸化炭素の排出基準を定めた含酸素燃料(OXY)プログラムと、蒸気圧の基準を定めた改質ガソリン(RFG)プログラムが実施された。この結果、これらプログラムの基準を満たすための含酸素燃料である、MTBE(エチルターシャリー・ブチルエーテル)とエタノールの需要が高まり、米国の燃料用エタノール生産量は、90年の9億ガロン(34億リットル)から2003年には28億ガロン(106億リットル)と3倍強に増加した。

 その後、エタノールの競合相手であったMTBEは、地下水を汚染し、これが混入した飲料水に発がん性の疑いが持たれるなど、人の健康への懸念が判明したことから、カリフォルニア州やニューヨーク州をはじめ、複数の州でその使用を禁止する措置が採られている。

(3)燃料用エタノールの産業構造および生産能力の推移

 90年8月の時点で、全米には年間1,000万ガロン(3,800万リットル)以上の生産能力を有するエタノール生産工場は、17カ所(13企業)のみであった。総生産能力は11億1,100万ガロン(42億リットル)で、このうちArcher Daniels Midland社(以下、ADM社とする)が6億1,100万ガロン(23億リットル)と、生産能力全体の55%を占めていた。

 近年、各州におけるMTBEの使用禁止などにより、エタノール生産能力は急激に増加している。2003年末に31億ガロン(118億リットル)だった生産能力は、2005年5月では38億ガロン(144億リットル)に増加し、2006年4月の時点で45億ガロン(171億リットル)となっている。また、2006年4月で稼動している97工場に加え、新たに35工場が建設中であり、さらに、9工場では拡張工事が行われているなど生産能力は拡大を続けており、2007年初期には、全米で67億ガロン(255億リットル)の生産能力が見込まれている。

 2006年4月現在、業界トップのADM社の生産能力は10億7,000万ガロン(41億リットル)と全体の24%を占めており、いまだ最大であるものの、現在建設中のすべての施設が生産を開始した際には、そのシェアは16%以下にまで減少することとなる。

 現在、ADM社に、中堅企業のAventine Renewable Energy社、カーギル社、およびAbengoa Bioenergy社を合わせた生産能力は全体の32%を占めるが、これら以外は、多くの小規模企業や協同組合に細分化されている。具体的には、全工場の約半分が協同組合や農家所有によるもので、これらで生産能力全体の約40%を占めており、米国のエタノール産業界の特徴となっている。

 このように、他農畜産物においては近年、一部大企業による寡占化が顕著となる中、エタノール産業が細分化した理由としては、トウモロコシの安定供給を確保する上で、トウモロコシ生産者が出資者となる協同組合体系が優位であったことに加え、連邦および州政府による補助の要件に、一定の生産能力の上限が設けられたことなどが挙げられる。

米国の燃料用エタノール生産能力(2006年4月現在) 

(4)燃料用エタノール生産の地理的分布

 米国における燃料用エタノール生産の原料は、トウモロコシなどの穀物が95%以上(ソルガム、小麦、マイロなどを含む)を占めている。

 米国農務省(USDA)によると2006年6月現在の州別のエタノール生産能力は、アイオワ州が最大で11.8億ガロン(45億リットル)、第二位がミネソタ州の6.5億ガロン(25億リットル)、次いでネブラスカ州が6.2億ガロン(24億リットル)、イリノイ州が5.3億ガロン(20億リットル)、サウスダコタ州が4.3億ガロン(16億リットル)となっており、これら上位5州で、全米の総生産能力の約7割を占めている。

 同時に、2005年の州別のトウモロコシ生産量を見ると、21億6,300万ブッシェル(5,494万トン)のアイオワ州を筆頭に、イリノイ州、ネブラスカ州、ミネソタ州、インディアナ州、サウスダコタ州と続いており、エタノール生産がコーンベルト地域に集中していることが分かる。

米国における燃料用エタノール生産の地理的分布 


資料:Informa Economics

(5)2005年エネルギー法による燃料用エタノール市場の拡大

 米国におけるエネルギー政策全般の中期的な政策指針を定めた「2005年エネルギー政策法(Energy Policy Act of 2005)」は、2005年8月8日に成立した。同法では、エネルギーの海外依存度を縮小するため、石油、天然ガス、石炭、原子力、再生可能エネルギーなどに関する広範な施策を講じることが定められている。

 燃料用エタノールとの関連では、エネルギー消費に占める再生可能燃料の使用量を定めた再生可能燃料基準(Renewable Fuel Standard:RFS)が設けられた。同基準により、ガソリンに混合が義務付けられる再生可能燃料の総量は、2006年の40億ガロン(152億リットル)から、2007年では47億ガロン(179億リットル)、2008年には54億ガロン(205億リットル)と毎年増加し、2012年には年間75億ガロン(285億リットル)まで拡大することとされている。

 米国エネルギー省エネルギー情報局(DOE/EIA)によると、2005年の米国における自動車用ガソリンの年間総供給量は1,049億ガロン(3,986億リットル)、また、燃料用エタノールの年間総消費量は41億ガロン(156億リットル)であったことから、当該基準により、2012年にはガソリン中の燃料用エタノールの割合は平均で、2005年の約4%から約7%まで増加することが推測される。この使用量の義務付けにより、エタノールなどのバイオ燃料は、今後複数年にわたり市場拡大を続けることが確実なものとなっている。

 
イリノイ州中部コンガービルのガソリンスタンドでは、エタノールが10%混合されているガソリン(E10)が販売されていた。オクタン価向上の文字が記されている。価格はE10が1ガロン当たり3.059ドル、レギュラー無鉛ガソリンが同3.099ドル(7月27日現在)。

 


3.供給原料としてのトウモロコシ

 米国産トウモロコシは、現在、わが国の飼料用トウモロコシ輸入量の約95%を占めている。
ここでは、近年、加速化するトウモロコシを主原料とする燃料用エタノールの生産・消費の拡大が、わが国の畜産にとって欠くことの出来ない米国産トウモロコシの需給へ及ぼす影響について見てみることとしたい。

(1)燃料用エタノール生産の面からみた他作物に対する優位性

 トウモロコシは現在、米国のエタノール生産において最大の原料となっている。

 エタノール生産にとって、そのエネルギーバランス(エタノール生産のために投下するエネルギー量と産出されるエネルギー量の比率)から最も効率的な原料は、サトウキビであるものの、米国のサトウキビ作付面積は、トウモロコシに比べ限定的であり、国内の食品向けの需要も高いことなどからサトウキビを原料とする商業ベースのエタノール生産は行われていない。また、ソルガムや小麦からのエタノール生産も可能であるが、小麦はトウモロコシに比べエネルギーバランスが低く、一方、ソルガムは同様のエネルギーバランスを有するものの、米国での生産量はわずかしかない。さらに、セルロースなど他作物からのエタノール生産技術の進展には未だ時間を要するとみられている。

 これに対し、トウモロコシについて見ると、米国は世界の生産量の4割、輸出量の6割強を占める世界最大のトウモロコシ生産・輸出国であることから、その供給力は他の原料を圧倒的に上回っている。効率的かつ競争力のあるエタノール生産を維持するため、また、各施設が継続的な利益を上げるため、トウモロコシ生産にとって有利な気候および地理的な要因を有する米国では、エタノール生産の原料としてトウモロコシが最も有利な原料であり、エタノール生産サイドからはその安定供給が期待されている。

(2)トウモロコシの最近の需給動向および今後の見通し

 米国は、世界最大のトウモロコシ生産国であると同時に、世界最大のトウモロコシ消費国でもある。穀物生産の優位性を生かした、国内の畜産物生産量も世界最大となっており、トウモロコシは飼料作物生産量全体の9割強を占め、毎年、総生産量の5〜6割が、国内の家畜飼料向けとして消費されている。

 昨年8月に成立した2005年エネルギー法の下で、米環境保護庁(EPA)は、2012年までに年間75億ガロン(285億リットル)の再生可能燃料市場を構築することが義務付けられた。しかし、予想以上に高値を継続する原油価格、各州におけるMTBEの段階的な廃止、州独自のエタノールに関する施策の実施などを背景に、エタノールの生産は加速度的に増加しており、2007年中にも、目標数量の年間75億ガロンに到達する勢いを見せている。米国の民間調査会社では、トウモロコシを主原料とするエタノール生産量は、2015年には120億ガロン(456億リットル)に達するものと予測しており、その場合のトウモロコシの需給を以下のとおり分析している。

@ 生産

 2005年度(2005年9月〜2006年8月)の生産量は、前年比5.9%減の111億1,200万ブッシェル(2億8,224万トン)と干ばつなどの影響により減少が見込まれるものの、近年、トウモロコシの生産量は拡大傾向で推移しており、過去10年間の年平均増加率は4.6%となっている。

 これは、生産性の向上によるところが大きく、2004年度の1エーカー当たりの収穫量は、160.4ブッシェル(10.2トン/ヘクタール)と、90年代初頭に比べて3割程度増加している。

 また、作付面積は、価格の動向により変動しているが、近年は8,000万エーカー(3,200万ヘクタール)程度で推移している。

 このため、2015年のトウモロコシ生産量は、高い需要を反映した大豆や小麦などからの転作の増加や、1エーカー当たりの収穫量の増加など生産性の向上により、2005年に比べて2〜3割程度増加すると見込まれている。

トウモロコシ生産量および1エーカー当たり収穫量の推移

資料:Informa Economics

A 需要

 輸出向けも含めた2005年のトウモロコシ消費量は、前年比3.2%増の110億500万ブッシェル(2億7,953万トン)となった。90年以降、消費量はほぼ毎年前年を上回って推移しており、2005年までに年平均2.6%の増加率を示している。

 このうち、2000年以降について見ると、飼料用向け、輸出用向けがほぼ前年並みで推移しているのに対し、食品・工業用向けは、年平均7.7%の増加率で増加しており、その中でも燃料用エタノール向けは、2000年以降、年平均19.3%の増加率を示しながら、そのシェアを急激に拡大している。

 2005年のトウモロコシ需要全体に占める燃料用エタノール向けの割合は14.5%を占め、輸出用向け需要に匹敵する水準となっている。

 さらに、2015年に燃料用エタノール向け需要が120億ガロン(456億リットル)となった場合、総需要量の約3割が燃料用エタノールによって占められることとなる。なお、この場合においても、国内外の飼料用向けは、生産性の向上に基づく生産拡大などにより、2005年の水準程度は、維持されるものと見込まれている。

トウモロコシの用途別需要および食品・工業用向け内訳の推移 

B 生産者販売価格

 生産性の向上および他作物からの転作などによる、米国内のトウモロコシの生産拡大は、飼料用トウモロコシの供給を安定的に支えると同時に、大幅な価格の変動を防ぐ要素となる。

 一方で、エタノール燃料向けの需要増の影響から、生産者販売価格は、中期的に上昇基調で推移するものとの見方が一般的である。

 近年のトウモロコシの販売価格は、99〜2000年にかけ需要が伸びたにもかかわらず、前年からの繰越在庫が潤沢であったことなどから、1ブッシェル当たり1.80ドル(212円:1ドル=118円)台と一時的に低下した。90年以降は、おおむね1ブッシェル当たり2.00〜2.50ドル(236〜295円)の範囲で安定的に推移し、2004年度のトウモロコシ生産者販売価格は、1ブッシェル当たり2.06ドル(243円)となった。同社によると、今後は、数年後に1ブッシェル当たり約2.50ドル(295円)程度まで上昇した後、若干の下落基調で推移するものと予測されている。

C まとめ

 96年農業法により、減反政策が廃止され、生産者に作付け農作物の選択の自由が与えられて以来、米国のトウモロコシ生産は安定的に拡大している。また、今後も、生産性の向上などにより、生産量はさらに増大するものと見込まれる。

 一方で、燃料用エタノール向け需要については、近年の国内市場規模の急速な拡大に伴い、今後、さらに主原料であるトウモロコシの需要拡大が見込まれる。また、エタノール産業におけるトウモロコシ需要は、輸出および飼料向けと比べると、市場動向による変動を受けにくいため、飼料向けの需給は、これまでに比べて変動しやすくなる可能性がある。

 以上のことから、燃料用エタノールの生産拡大は、今後の米国におけるトウモロコシ需給に少なからぬ影響を与えると考えられるが、現時点では一番の仕向け先である飼料用トウモロコシの供給に大きな影響を与えることは想定し難い


4 飼料原料となる燃料用エタノール生産の副産物

 トウモロコシ供給が不安定要因を抱える中、近年、米国において家畜飼料として注目されているのが、燃料用エタノール生産の副産物であるDDGSである。ここでは、燃料用エタノール生産からの副産物の飼料利用の現状および今後における利用拡大の可能性について述べていきたい。

(1)燃料用エタノールの生産方式により異なる副産物

 トウモロコシからエタノールを生産する方法には、実質的なでん粉加工業であるウェットミル方式と、トウモロコシの実を粉砕し、発酵処理するドライミル方式がある。

 これらウェットミル方式とドライミル方式とでは、その製造過程から生産される副産物が異なる。

@ ウェットミル方式由来副産物の種類および生産性

 ウェットミル方式においては、燃料用エタノールの製造過程から、コーンスターチ(トウモロコシでん粉)および異性化糖等向け製品(HFCS)が生産されるほか、コーングルテンフィード、コーングルテンミール、コーンジャームミール(トウモロコシ胚芽粕)、CCDS(Corn Condensed Distillers Solubles)と四つの副産物が生産される。

 コーンスターチを製造の際、胚芽からコーンオイルを採油した残さがコーンジャームミール、外皮や繊維を除去した後、分離したたんぱく質区分を乾燥したものがコーングルテンミール、外皮や繊維質の部分を乾燥したものがコーングルテンフィードである。

 両方式により、年間1億5,000万ガロン規模のエタノール生産を行う業界第2位のAventine Renewable Energy社(以下、ARE社とする)では、トウモロコシ1ブッシェル当たり9.0ポンド(1キログラム当たり161グラム)のコーングルテンフィード、2.25ポンド(同40グラム)のコーングルテンミール、4.0ポンド(同71グラム)のコーンジャームミール、そして、2.0〜3.0ポンド(同36〜54グラム)のCCDSが生産されている。

 
エタノール生産の主要副産物。左からドライミル方式由来のDDGS、ウェットミル方式由来のグルテンフィード、ジャームミール、CCDS、グルテンミール。

A ドライミル方式由来副産物の種類および生産性

 一方、ドライミル方式では、トウモロコシの殻粒にあるでん粉の大部分は、燃料用エタノールへ転換され、残余部分が、ジスチラーズ・グレイン(Distillers Grains:DG)と呼ばれる副産物である。

 通常、DGは、乾燥されてDDG(dried Distillers Grains)、あるいは、ソリュブル添加されたDDGS(dried distillers grains with solubles)として家畜飼料に利用される。近年、DDGSが、副産物市場において最も一般的な形態となっている。

 協同組合体系を採る米国の典型的な中規模エタノール生産社である、アイオワ州のBig River Resources 社(以下、BRR社とする)は現在、同施設の半径65マイル以内にある農家およびコーンエレベーターから集荷した1,800万ブッシェル(46万トン)のトウモロコシを原料として、ウェットミル方式により年間5,200万ガロン(2億リットル)のエタノールを生産する。

 同社における2005年のDDGS生産量は、15万トンであったということから、換算すると、トウモロコシ1ブッシェル当たり18.3ポンド(1キログラム当たり327グラム)のDDGSが生産されたこととなる。


トウモロコシ畑に浮かぶBig River Resource社ウェスト・バーリントン工場(アイオワ州)。

同工場には、エタノール生産の原料となるトウモロコシが、近隣農家などから毎日約50,000ブッシェル搬入される。

(2)副産物の栄養価および用途

 現在、ウェットミル方式、ドライミル方式の副産物はともに、主に家畜飼料向けとして利用され、それぞれの栄養価により、仕向けられる家畜種や、飼料への配合比率が特定されている。

@ ウェットミル方式由来

 ウェットミル方式により生産される副産物は、以下の4種類であるが、生産量、栄養価、価格などの面から、コーングルテンフィードとコーングルテンミールが主要な副産物となっている。

 ○コーングルテンフィード

 粗たんぱく質含量は20%、粗繊維含量は8%で、肉牛および乳牛の飼料として使用される。

 ○コーングルテンミール

 粗たんぱく質含量が60%と高く、また、ビタミン、ミネラル、エネルギー源となり、家きんおよび肉豚の飼料として使用される。また、その高消化率および低残留性は、ペットフード加工においても有効とされる。

 ○コーンジャームミール(トウモロコシ胚芽粕)

 粗たんぱく質含量は20〜21%で、牛の栄養補助剤として使用される。

 ○CCDS(Corn Condensed Distillers Solubles)

 CCDSは、主に牛の飼料において使用される濃縮たんぱく質補助剤である。グルテンフィードに混合して使用されることもあり、また、ペレット(固形飼料)の結合剤としても使用可能である。

A ドライミル方式由来

 DDGSの栄養価について見ると、高たんぱく質、高繊維質、高脂肪であることが特徴である。最新のエタノール工場で生産されるDDGSは、最低でも約30%の粗たんぱく質を含むとされており、これは通常の飼料用トウモロコシに含まれる量の約3倍に当たる。

 このDDGSの高度なたんぱく質含量は、特に乳牛向けの飼料に適しているとされ、現在は、主に乳牛、肉牛向け飼料として消費されている。

 RFAによると、米国における2005年のDDGS畜種別消費量は、乳牛および肉牛が、消費量全体の約8割を占めたとしており(乳牛45%、肉牛37%、肉豚13%、家きん5%)、肉豚や家きんなど非反すう家畜向け飼料としては、そのたんぱく質含有率が制限されるため、その利用は現在のところ、乳牛・肉牛向けに比べわずかなものとなっている。

 一般的に、牛、特に乳牛の1日当たり飼料消費量が、豚やブロイラーに比べはるかに多いこともあるが、栄養学者によって示されたDDGSの最大許容含有率は、各家畜種の生産段階において若干の変動があるものの、肥育牛向けが35%、乳牛が30%、肉豚が15%、ブロイラーが10%とされている。

 
Big River Resource社ウェスト・バーリントン工場で生産されたDDGS。現在、同工場のDDGS生産量は年間15万トンであるが、アイオア州、イリノイ州に新たな施設を建築中で、2007年の生産量は2倍になる見込み。

(3)主要副産物の生産動向

 2002年以前は、業界最大手のADM社が大規模なウェットミル方式を採用していたことなどから、ウェットミル方式が主流であった。ARE社によると、ウェットミル方式とドライミル方式では、燃料用エタノールの生産コストに差はないとのことである。また、生産性はドライミル方式の方が1割程度高く、さらに、設備投資はドライミル方式の方が3分の1程度と少なくすむことから、2002年以降、ドライミル方式によるエタノール生産が急増し、2005年には、エタノール生産全体の約75%を占めている。

 このように、エタノール生産方式のドライミル方式への急速な移行に伴い、近年、DDGS生産量が急増している。

@ ウェットミル方式由来

 RFAによると、2005年のウェットミル方式由来副産物の生産量は、コーングルテンフィードおよびコーンジャームミールの合計は、前年比1.7%増の240万トン、コーングルテンミールが同0.8%増の43万トンと、それぞれほぼ前年並みとなった。

 これらウェットミル方式由来の副産物は、他の家畜用飼料との価格競争に加え、その栄養価により用途が制限されている。また、近年、エタノールの生産方法がドライミル方式へ急速に移行していることからも、ウェットミル方式由来の副産物の生産拡大には限界が見込まれる。

A ドライミル方式由来

 RFAによると、2005年のドライミル方式由来のジスチラーズ・グレイン生産量は、前年比23.3%増の900万トンとなった。そのうちの約20〜25%は、未乾燥DGとして使用されたものの、大半はDDGSとして流通したとしている。DDGS生産量は、ドライミル方式への移行が顕著となった2003年では前年比が約60%増となるなど、ここ3年間の平均増加率は約40%となり、近年の急速なドライミル方式への移行が反映されている。

 DDGS生産量は、ドライミル方式によるエタノール生産の拡大が予想されることから、今後も拡大が見込まれる。

DDGS生産量の推移

 
Avetine Renewab Energy社ピーキン工場(イリノイ州)では、現在、ドライミル方式の施設(6,000万ガロン/年)を建設中。エタノール生産の規模拡大が進展している。同社によると、年間1億ガロン規模の施設建設費は、ウェットミル方式の施設が3億5千万ドルであるのに対し、ドライミル方式では1億2千万ドルとのこと。

(4)主要副産物の需要

 エタノール生産における副産物は、エタノール生産の総収益を上げるため、重要な位置付けを担っている。エタノール生産者は、再生可能燃料に対する急速な需要拡大に伴い、エタノール生産量が急増する中、エタノールのみならずこれら副産物の市場開拓も重要となる。

 これまで、ウェットミル方式由来のコーングルテンフィードなどは、水分含量が高いことなどから、夏場の保存性や輸送コスト高などが問題視されてきたが、近年、生産量が増大しているDDGSは、保存性が良く、輸送にも適したものとして注目されている。

 BRR社では、DDGSを、エタノール生産の収益性を高めるためにも重要視しており、「By Products(副産物)」と言うよりも、むしろ「Co Products(準生産物)」と言える」と話していた。

@ ウェットミル方式由来

 ARE社では、生産したコーングルテンフィード(同社では、年間約18万トンのコーングルテンフィードと、約3万6千トンのコーングルテンミールを生産)の9割を、スペイン、アイルランド、イギリス、ドイツなどEU諸国へ牛の飼料向けとして輸出し、残り1割を米国内で販売している。また、コーングルテンミールの7割を、日本、台湾、韓国、中国向けに輸出し、残り3割を米国内で、家きん飼料、ペットフードの原料として販売している。

 米国農務省海外農業サービス局(USDA/FAS)によると、2005年のコーングルテンフィード、コーングルテンミールの輸出量は、それぞれ前年比11.51%減の286万トン、同6.13%減の85万トンとなった。

イリノイ州の肥育農家では家畜飼料にトウモロコシとグルテンフィードを2:1の割合で給与していた。DDGSを給与する場合には、その割合を約20:1にするとのこと。


A ドライミル方式由来

 一方、BRR社では、生産したDDGSを、近隣の約200の畜産農家(内訳は、肉豚農家が74%、肉牛農家が20%、酪農家が6%)へ販売している。

 また、同社では、DDGSの一部を、既にメキシコ、コスタリカ、韓国などへ輸出しており、現在、市場拡大のため、日本をはじめ他の数カ国とも輸出へ向けた協議を継続中である。
同社によると、DDGSは、保存性が良く、輸送にも適しているとのことである。さらに、トウモロコシを主原料とするエタノール生産が拡大する中、「将来的に、飼料用トウモロコシ輸出の一部は、DDGSにより代替されるだろう」と述べていた。

 USDA/FASによると、2005年のDG輸出量は、前年比35.7%増の106万9千トンとアイルランド、メキシコ、スペイン向けを中心に大幅に増加した。また、2006年上半期(1〜6月)を見ても、前年同期を約4割程度上回っており市場拡大が進展している。現在、DDGS総生産量に対する輸出向けの割合が、他の副産物に比べて少ないことからも、今後、ドライミル方式によるエタノール生産の拡大に伴い、DDGS輸出量の増加が見込まれる。

Big River Resource社ウェスト・バーリントン工場から出荷されるDDGS。DDGSは、適温(華氏75度(25℃)前後)、乾燥した場所では、4〜5カ月間は保存可能とのこと。

(5)主要副産物の価格動向

 近年における主要副産物の市場価格の動向を見ると、ドライミル方式由来のDDGSとウェットミル方式由来のコーングルテンフィードの価格は、いずれもトウモロコシ価格とほぼ連動して動いている。

 水分含量の違いなどを無視して単純に価格を比較すると、2004年度の平均価格は、DDGSが前年度比35.2%安の1トン当たり78.12ドル(1キログラム当たり9.2円)、コーングルテンフィードが同34.9%安の1トン当たり57.98ドル(同6.8円)、トウモロコシが同20.6%安の1トン当たり82.47ドル(同9.7円)と、それぞれ前年度に比べ大幅に下落した。

 特に、2004年4月以降、DDGS価格は、生産量の増加などにより軟調に推移し、2005年には、それまで上回っていたトウモロコシ価格をほぼ毎月下回って推移した。

 2006年初頭以降、上昇基調で推移するトウモロコシ価格と同様、DDGS、コーングルテンフィード価格ともに前年を上回って推移しており、2006年7月の平均価格はそれぞれ1トン当たり88.18ドル(1キログラム当たり10.4円)、同61.87ドル(同7.3円)となっている。

トウモロコシおよび主要副産物の価格の推移

資料:Informa Economics

(6)DDGSの飼料用トウモロコシ代替の可能性

 このように、燃料用エタノールの生産拡大に伴い、副産物の生産量も拡大している。特に、近年、エタノールの生産方式がウェットミル方式からドライミル方式へ急速に移行していることにより、ドライミル方式由来のDDGS生産量が増大している。

 現在、両方式から生産される副産物は、ともに家畜飼料として利用されるが、それぞれの栄養価により仕向けられる畜種が特定され、また、価格もエタノール生産の主原料であるトウモロコシ価格とほぼ連動して推移している。

 しかし、今後、飼料用トウモロコシの需給ひっ迫が予測される中、これら副産物の利用に注目した場合、中期的には生産拡大が確実に見込め、かつ、保存性が良く、輸送適正もあるとされるDDGSの利用については、十分検討の余地があるものと思われる。

 DDGSの栄養面から見た、飼料用トウモロコシ代替の可能性については、典型的な肉豚肥育生産者の飼料給餌割合である、トウモロコシ77%、大豆ミール20%の飼料給与を想定した場合、1トン当たり200ポンド(飼料全体の約10%の含量)のDDGSを加えることにより、トウモロコシ約179ポンド、大豆ミール20〜50ポンドの代替が可能と試算される。このように、概念上では、DDGS1単位の添加により、トウモロコシの0.9単位、大豆ミール0.05〜0.25単位の栄養価を代替出来るとされている。

 その栄養面において許容率の制限があることから、トウモロコシすべての代替とはなり得ないが、今後、DDGSが飼料用トウモロコシの一部を代替することは十分に可能である。

 現在、RFA、米国飼料産業協会(AFIA)、全国トウモロコシ協会(NCGA)などにより、粗たんぱく質、水分、脂肪、繊維質など、各畜種にとって、DDGSが含む最適の基準の開発など、栄養面に関する調査研究も進められており、今後、品質の向上や新たな用途の開発などが期待される。

(コラム)

 今回筆者が訪問した、イリノイ州のリック・ディキンソン氏は、年間約15〜19万ブッシェルのトウモロコシおよび約2万ブッシェルの大豆を生産するとともに、150頭のブラックアンガス種の母牛を所有し、穀物生産と肉牛繁殖の複合経営を実践している。

 同氏は、生産したトウモロコシを、地元のコーンエレベーターへ価格を見ながら販売している。現在は、エタノール生産の拡大により、トウモロコシ価格は1ブッシェル当たり2.37ドル程度と高値にあるため、飼料として利用するよりも、販売することにより収益を増やしている。

 また、牛への飼料給与には、主にトウモロコシサイレージとコーングルテンフィードを、3分の2と3分の1の割合で使用しているが、コーングルテンフィードは、トウモロコシよりも安価なため、2005年以降は、特に多用するようになっている。さらに、今後、DDGSの利用については、グルテンフィードの価格と比較しながら検討するとのことである。

 同氏は、近年のエタノール生産の拡大について、「州内のトウモロコシ生産者は、需要が拡大し、トウモロコシの高値安定が期待出来るため一様に歓迎している。一方、畜産農家においては、肉豚生産者の一部が、トウモロコシ価格の高値を懸念しているが、肉牛生産者および酪農家は一般的に、副産物がより安価な家畜飼料として利用可能となることを期待している。私自身、今後もトウモロコシ需要が継続的に拡大するのであれば、トウモロコシ作付面積の増加や、大豆からの転作によるトウモロコシ生産の拡大、また、DDGSおよびコーングルテンフィードがさらに安価となれば、生産したトウモロコシの販売収入も見込めることから、畜産経営の規模拡大も考えたい」と述べていた。

 このように、同氏は、近年拡大するエタノール生産およびトウモロコシ需要を受け、トウモロコシ、家畜飼料、さらには大豆の価格を見定めながら、自身の複合経営に柔軟に取り組んでいる。

 今後、加速化する燃料用エタノールの生産拡大により、トウモロコシの需給がひっ迫し、安価な飼料用トウモロコシの安定供給が困難となった場合、新たな家畜飼料として注目されるDDGSの有効利用など、わが国の畜産関係者も、状況に応じた柔軟な対応をとることが必要と考えられる。

今回、筆者の取材に応じてくれたリック・ディキンソン氏ご夫妻。同氏は、イリノイ州コンガービルに、900エーカーのトウモロコシ畑、400エーカーの大豆畑、そのほか600エーカーの牧草地を所有し、また、150頭の繁殖用母牛を飼養している。トウモロコシ生産に要する期間は1年のうち約2カ月、それに比べ畜産は1年中、しかし牛への思い入れが強いそうだ。


5 おわりに

 DOE/EIAによると、NYMEX(ニューヨーク・マーカンタイル取引所)の2006年7月の平均原油価格は、1バレル当たり74.41ドル(1リットル当たり55円)と 史上最高値となった。原油価格の高騰により、米国における同月のレギュラーガソリン平均価格は、ハリケーン襲来の影響により昨年9月に記録した、1ガロン当たり2.90ドル(同90円)の過去最高値を更新する同2.98ドル(同93円)となっている。

 燃料用エタノールの需給動向は、国際原油価格の動向、連邦および州政府などによる政策、主要原料作物であるトウモロコシの需給動向など多くの要因により大きく左右される。しかし、近年の原油価格の高騰を背景に、連邦政府は、海外への石油依存度を縮小することを目的とした施策を推進しており、燃料用エタノール生産はさらなる拡大が見込まれる。

 このような中、USDAでは、トウモロコシの用途別消費量は、2007年度以降燃料用エタノール向けが輸出用向けを上回ると予測している。

 今回の調査の結果、トウモロコシ生産は、生産性の向上、販売価格の上昇および需要増に伴う他作物からの転作などにより、一定程度の拡大が見込まれる。したがって、トウモロコシ需給、とりわけ一番の仕向け先である飼料用トウモロコシへの早急な影響はないとの見方が一般的である。

 また、エタノール生産の副産物であるDDGSは、栄養価などの問題はあるものの、家畜飼料として、トウモロコシへの一部代替が見込まれている。さらに、DDGSの品質や飼料給与体系などの研究・開発も継続的に行われており、その普及が期待されている。

 以上のことから、米国の燃料用エタノールの生産拡大が飼料穀物の需給へ与える影響は短期的には小さいものと考えられるが、世界的にも、エネルギー、環境問題などから再生可能燃料に対する関心が高まる中、米国の穀物需給には引き続き注視が必要である。

(参考資料)
再生可能燃料協会(RFA)関連ホームページ
米国農務省(USDA)関連ホームページ
米国エネルギー省エネルギー情報局(DOE/EIA)関連ホームページ
農林水産省農林水産政策研究所関連ホームページ
その他関連ウェブサイト


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