はじめに
近年盛んに行われている教育ファームは、農業体験などを通じて、いのちの大切さを学び、食の教育を支援することにより、農業の役割の理解促進や日常生活の中での農業とのかかわり合いを見出すことを目的としている。
日本でも、酪農を中心とした教育ファーム活動が行われているが、2008年度より小学生が農家などで1週間程度の宿泊体験をする「子ども農山漁村交流プロジェクト」が本格的に始動することとなり、ますます、教育ファームが重要視されている。ベルギー・ワロン地方でも、農業開発事業の一つとして教育ファーム制度があり、ワロン政府の外郭団体が中心となり、教育ファームの普及を行っている。 今回、ブラッセル日本人学校の教育ファーム訪問に同行する機会を得たので、その内容を紹介する。
ワロン地方の教育ファームの概況
現在、ワロン地方では、48戸(そのうち宿泊可能農家は12戸)の教育ファームが登録されている。そこでは家畜の給餌体験などを通じた動物との触れ合いや、1週間程度農家に滞在し、農家の仕事やチーズ作りなどを体験することができる。毎年、約8万人の子どもたちが教育ファームを訪れており、その半分が5〜6歳児、3割が6〜8歳児と、大半を幼少児が占めている(図1)。現在、ベルギーでは、学校に教育ファーム訪問は義務付けられていないため、訪問の有無は学校に任せられている。ワロン地方(ブリュッセル市含む)では、約3,200校のうち教育ファーム訪問を実施している学校は3割程度となっている。しかし、訪問者内訳を見てもわかるように、幼少期の農業体験が重要視され、年々、訪問者数は増加、特に宿泊施設を利用する農業体験者数が増えている。熱心な学校では、年4回教育ファーム訪問を実施し、それぞれの季節に応じた作業を体験することで、より理解を深める取り組みを行っている。
図1 訪問者内訳
ワロン地方の教育ファーム制度は、APAQ-W(Agence Wallonne pour la Promotion
d'une Agriculture de Qualité :ワロン農業向上促進機関)およびアグリツーリズムの普及活動を行っている団体、ACW(Accueil
Champêtre en Wallonie)により運営されている。これらの団体は、ワロン政府からの補助金と農家からの会費収入により運営されている。
APAQ-Wでは主に教育ファーム紹介パンフレットや教育ファーム用テキスト(5〜8歳用、8〜12歳用の2種類)の作成、配布を行っており、ACWでは教育ファームに関する規程を設け、教育ファームの登録、管理、指導を行っている。
そのうち教育ファームの登録については、日本でも中央酪農会議が酪農教育ファーム認証規程を設け、各種条件などを審査の上、認証しているが、登録の条件については、ワロンのそれと比較して大きな違いは見られない。(表1)
表1 教育ファーム登録条件
なお、ワロンの登録手順は特に規定されていないが、登録希望農家は、当該規則に従って対応できるか判断し、可能と判断した場合、ACWの職員が当該農家を訪問し、経営状況や受け入れ態勢について確認する。さらに試験的に訪問者を受け入れ、それをACW職員がチェックし登録の有無の最終判断を行う。登録後は、2年に1度、ACWによるチェックがあり、ここで教育ファームとして継続が難しいと判断された場合、次回の紹介パンフレットには掲載されない仕組みとなっている。また、ACWの教育ファーム担当者は1名で、その担当者が登録、管理、指導を行っている。
8〜12歳用のテキストでは牛の生理学や搾乳方法、飼育などについて、写真を使って詳細に説明されている。
Ferme de la Valléeの概要
今回訪問した教育ファーム、「Ferme de la Vallée」は畜産農家で、4代目のHubert BODARTさんとその息子のSebastianさんの二人で営んでいる。現在、肉用牛(ベルジャンブルー)250頭を飼養、草地面積125ヘクタール、牛以外に教育ファーム用の小動物や、ヤギ、馬などを飼育している。昨年まで乳牛も飼養していたが、今年からは肉用牛のみの経営に転換している。その理由として、農家周辺の宅地化が進み、牧草地の確保が困難になったこと、収益性の問題があることなどを挙げている。
飼養管理については、EU規則に定められた個体登録管理のほかに、主な出荷先である食品チェーン店「Champion(シャンピオン)」の指導に従った飼料給与管理も行っている。
教育ファームの登録をした理由として、子どもたちに畜産農家の理解を深めて欲しいということはもちろんであるが、ワロン地方では、教育ファーム訪問者から一人当たり4〜6ユーロ(660〜990円:1ユーロ=165円)を徴収しており、これが収入源の一つになることも挙げている。
教育ファームの対応は、BODARTさん親子ではなく、教育ファーム専用のスタッフのSteveさんを中心に行われており、冬休みの3週間を除き、平日はほぼ毎日実施している。Steveさんのような教育ファーム専用スタッフが常駐している農家は少なく、多くは農家の家族が対応している。
なお、教育ファームでは、不特定多数の訪問者を受け入れるが、ここで大きな問題となるのが衛生対策である。訪問時に英国で口蹄疫、ブルータングの発生が続いた時期であったが、Hubertさんは、仮に発生しても、対処方法が確立しており、大きな問題にはならないとしており、疾病の観点から外部の人間が牛舎内に入ることについて、特に気にも留めていないとのことであった。
BODARTさん親子
日本人学校ベルギーの農家を訪問
○乳牛の見学から開始
今回の訪問者はブラッセル日本人学校の小学1年生。参加人数が多いことから、Steveさんと手伝いのPaulineさんの二人で対応した。Steveさんからあいさつおよび簡単な注意事項の説明の後、農場見学の開始である。
乳牛の説明から始まり、搾乳器のセットなど搾乳の様子や、生乳がパイプラインを通じてタンクに貯蔵されるところまで見学する。児童たちは牛舎に入ると、かぎ慣れない牛の匂いに鼻をつまむなど、匂いに対する反応が一番大きかった。
〇小動物と触れ合い、動物に慣れ親しむ
次に庭に移動し、小動物と触れ合う。Paulineさんが持ってきた大きなバケツにはウサギが入っており、これを庭に放す。同校では、小動物などの飼育は行っておらず、ウサギを触れるのはもちろん、見るのも初めてという児童が多い。ウサギを見て、「かわいい」という声は上がるが、遠目で観察している児童がほとんどであった。1〜2名の児童は積極的にウサギと遊んでいたが、この児童は家でペットを飼っているとのことであった。しかし、ほとんどの児童が10分程度で馴れ始め、自ら近づきかわいがる様子が見られた。このほか、ヤギやアヒルなどと触れ合う時間も設けられた。
〇牛の給餌に挑戦
続いて牛のエサやりに挑戦。最初はバケツに入った飼料を牛に与える作業から入る。多くの牛を前に圧倒され、なかなか足が動かない児童、恐る恐る近づいて給餌を行うなど、小動物とは異なり、馴れるまで少々時間がかかっていた。
次に、乾草を直接牛に与える。先ほどの作業と異なり、牛にさらに近づき直接口まで乾草を持っていかねばならないが、近づけずに腕を伸ばして給餌する児童、徐々に慣れ、積極的に給餌する児童、とさまざまな反応が見られた。
最後にトラクターの台車に乗り込み、農場全体の見学をする。牛舎内の見学だけではなく、牧草地を見て周ることでその広さを実感することができる。
見学終了後、各自にバニラアイスクリームが配られる。楽しみにしていたこともあり、少々の牛の匂いも気にすることなくおいしそうに食べていた。
日本同様、ベルギーでも、都市部の子どもたちは、ウサギなどの小動物でさえも触れ合う機会が少なくなっている。このことからも教育ファームの重要性が増している。ワロン地方では政府からの支援もあり、充実した内容を提供することができ、学校が積極的に取り組む教育機会の一つとなってきている。
|