調査・報告

米国における飼料穀物の需給動向について

                       - 畜産分野における価格高騰への対応 -

ワシントン駐在員事務所 郷 達也、 唐澤 哲也

 

1 はじめに

 今年に入り、世界的に穀物の価格が高騰し、その影響で畜産物をはじめとする多くの食品の価格が上昇している。

 これは、豪州の干ばつや欧州の異常気象などによる穀物生産の減少という供給面での短期的な要因のほか、中国やインドなど主要途上国の急速な経済成長による穀物消費の増大という需要面での構造的な要因による。さらに、米国においては、バイオ燃料産業の急速な発展とこれに伴う原料穀物の需要の拡大という要因が、穀物価格の高騰に拍車をかけている。

 米国は主要穀物の世界最大の生産国であると同時に世界最大の輸出国でもある(図1)。特に、トウモロコシおよび大豆については大きなシェアを有しており、国際的な影響力が極めて大きい。

図1 世界の主要穀物の生産と輸出(2006/2007年度)

 今回は、本年9月に本部で実施した海外駐在員報告会における説明内容を中心に、米国における飼料穀物の需給ひっ迫・価格高騰は今後も続くのか、また、米国の畜産経営は飼料価格の高騰にどのように対応しようとしているのかについて報告する。


2 米国における飼料穀物の需給および価格の動向

(1)飼料穀物の生産は着実に増加

 図2は、米国における主要穀物の生産量の推移を示したものである。トウモロコシと大豆の生産量が長期的に増加傾向で推移してきているのに対し、小麦の生産量は近年伸び悩んでいる。2007年11月の米国農務省(USDA)の予測によると、2007年の生産量は、トウモロコシが史上最大の131.68億ブッシェル(約3.34億トン。前年比25.0%増)に達する一方、前年産が史上最大となった大豆については大幅に生産を減らし、前年比18.6%減の25.94億ブッシェル(約7,061万トン)になると見込まれている。また、小麦については前年比14.1%増の20.67億ブッシェル(約5,625万トン)と予測されている。

図2 主要穀物の生産量の推移

 2007年のトウモロコシの生産増加は、昨年来のトウモロコシ価格の高騰により、本年の作付面積が大きく拡大した影響が大きい。長期的な主要作物の作付動向を見ると、トウモロコシの作付面積はおおむね8,000万エーカー前後で推移しているのに対し、1990年代以降大豆の作付面積が増加し、小麦の作付が減少傾向で推移している(図3)。しかし、本年については、トウモロコシの作付面積が大幅に拡大して戦後最大の9,362万エーカー(前年比19.5%増)となる一方、大豆の作付面積は6,367万エーカー(前年比15.7%減)に減少している。なお、小麦の作付面積も世界的な小麦需給の引き締まりを背景に、前年を5.4%上回る6,043万エーカーに拡大している。

図3 主要穀物の作付面積の推移

 図4は米国におけるトウモロコシと大豆の主要生産地域を示したものである。ともに、中西部のアイオワ州、イリノイ州を中心とするコーンベルト地帯を主産地としており、作付面積が競合することがわかる。この地域では、地力の保持と病害虫予防の観点から伝統的にトウモロコシと大豆の交互作付けが主流となっており、USDAによると耕地の8割でこの輪作体系がとられてきた。しかし、病害虫抵抗性を持つ遺伝子組み換え種子の普及により、技術的にはこれまでよりも連作が容易になってきており(注1)、本年のトウモロコシ作付拡大の大きな要因として、この地域における連作割合の増加が指摘されている。なお、小麦の主要生産地は、コーンベルトよりもやや西部(テキサス州北部からカンザス州にかけての南部地域を主産地とする冬小麦と、ノースダコタ州からサウスダコタ州にかけてのカナダ国境地域を主産地とする春小麦)の大平原地帯である。

図4 トウモロコシと大豆の生産地域

 単収について見ると、豊凶による多少のばらつきはあるものの、長期的に見ればトウモロコシ、大豆、小麦ともに順調に増加を続けている(図5)。特に、トウモロコシは、近年、安定して単収が増加していることに加え、大豆や小麦のほぼ3倍の単収があることも特徴である(注2)。トウモロコシの1エーカー当たり生産コストは大豆や小麦よりも高く、種子や肥料などの物材費に2倍以上を要するが、自給飼料として利用する観点からは、トウモロコシが最も生産効率の良い作物と言える。

 米国の農業者は、毎年、春先の作付の直前に、収穫時の穀物価格を予想してその年の作付品目を決めるのが通常である(注3)。従って、コーンベルト地帯におけるトウモロコシと大豆の作付割合は年によって変化し、短期的にはどちらかの生産量が減少するケースも予想される。また、米国の農地の約1割を占める休耕地(政府補助金を受給し、10〜15年間の休耕を行うもの)の動向や、個々の穀物ごとの補助金額に影響を与える次期農業法の動向など、政策による生産への影響にも注意が必要である。しかし、米国は他の穀物主要生産国に比べて比較的水資源に恵まれており、長期的に見れば、品種改良の進展に伴って穀物の生産拡大は続いていくものと考えられる(注4)

図5 主要穀物の1エーカー 当たり単収の推移

(注1) 連作を行う場合には天然ガスを原料とする窒素肥料(アンモニアが主体)の大量施用が必要となる
ため、生産コストの増大を招くとともに、河川の富栄養化が加速するとの指摘もある。
(注2) トウモロコシは1ブッシェルが56ポンド(25.4kg)、大豆および小麦は1ブッシェルが60ポンド(27.2kg)であることに注意。
(注3) 米国で生産される小麦の約8割を占める冬小麦の作付は、前年の秋口(10月頃)に行われる。
(注4) USDAは2016年度にはトウモロコシの単収が170.2ブッシェルまで増加するとしている。

(2)飼料穀物の需要構造に大きな変化
−再生可能燃料−

 図6は、トウモロコシの用途別仕向量の推移を示したものである。生産拡大に伴って供給量が増える中、消費は一貫して家畜飼料の需要の増加により支えられており、1970年代後半以降、約6割が国内の家畜飼料として利用されてきた。これに次いで多いのが輸出向けの需要であり、近年は米国産トウモロコシの2割前後が海外で消費されている。このうち、最大の輸出先は日本で全体の3割前後を占めており、メキシコや台湾がそれぞれ1割前後でこれに次いでいる。飼料と輸出以外の用途としては、甘味料向けやコーンスターチ向けなどが挙げられるが、2000年前後から、燃料用エタノール原料としての需要が急速に増加しているのが特徴である。

図6 トウモロコシの用途別仕向量の推移

 USDAの2007年11月予測によると、2007年度(2007年9月〜2008年8月)のトウモロコシの需要量は、全体で前年度を12.3%上回る125.90億ブッシェル(約3.20億トン)になるものと見込まれている。このうち、家畜飼料向けは56.50億ブッシェル(約1.44億トン。前年比0.9%増)と2年連続で60億ブッシェルを下回る一方、輸出向けについては23.50億ブッシェル(約5,970万トン。前年比10.6%増)と1989年度以来の高水準になるとされている。また、若干減速傾向にあるとはいえ(注5)エタノールの生産は引き続き拡大を続けていることから、燃料用エタノール向けについては前年度を51.3%上回る32億ブッシェル(約8,130万トン)に達するとされている。これにより、飼料向けの割合が45%に低下する一方、エタノール向けの割合は輸出向けを大きく上回る25%に拡大することとなり、その需要動向がこれまでにも増して全体の需給に大きな影響を及ぼすことになる。

 一方、大豆の需要はその大半が国内の搾油向けと輸出向けで占められており、1990年代以降、順調に拡大している(図7)。国内搾油向けに全体の6割弱の大豆が仕向けられ、輸出向けに3〜4割が仕向けられる構造は、この10年間ほとんど変化していない。ただし、国内での搾油の結果生産される大豆油と大豆ミールのうち、それぞれ1割から2割程度が製品として輸出されるため、トウモロコシに比べると、海外の需要動向が米国内の需給に与える影響は大きい。米国産大豆の最大の輸出先は中国で全輸出量の3〜4割を占め、メキシコと日本がそれぞれ1割強でこれに次いでいる。なお、国内で生産された大豆油の多くは食用に仕向けられるが、大豆ミールの大半は家畜飼料として利用されており、トウモロコシと同様に、大豆の需要拡大にも畜産の発展が大きく貢献してきたと言える。

図7 大豆の用途別仕向量の推移

 USDAの2007年11月予測によると、2007年度(2007年9月〜2008年8月)の大豆の需要量は、生産増による価格高騰の影響もあって前年度を3.6%下回る29.63億ブッシェル(約8,064万トン)になるものと見込まれている。このうち、国内搾油向けはほぼ前年並みの18.25億ブッシェル(約4,967万トン。前年比1.1%増)となるが、輸出向けについては9.75億ブッシェル(約2,654万トン。前年比12.7%減)と大きく減少するとされている。また、搾油後の製品についても、大豆油、大豆ミールともに国内向けが増加する一方で、輸出向けが減少するとされている(注6)。ちなみに、2007年2月にUSDAが公表した2016年度目標の長期見通しでは、2007年度における大豆油の国内仕向けの約2割に相当する44.1億ポンド(約200万トン)がバイオディーゼルの原料となると見通されている。

 トウモロコシも大豆も、その需要の動向に大きく影響してきたのは米国の畜産である。しかし、トウモロコシには国内のエタノール原料向けの需要増加、大豆には世界的なバイオディーゼル原料向けの油脂需要の増加という、従来には見られなかった要因が現れている。特に、トウモロコシの需要動向については「人為的に設定された」エタノールの需要の影響によるところが大きく、米国内の政策変化の動向と、これに大きな影響を与える原油価格の動向に注意が必要となる。

(注5) エタノール価格の下落に伴う工場の採算性の悪化を背景に、USDAはエタノール向けのトウモロコシ需要量を8月予測(34億ブッシェル)から、2カ月連続で下方修正している。
(注6) 大豆油は国内向けが7.4%増加して201億ポンド(約912万トン)となる一方、輸出向けは18.4%減少して15.5億ポンド(約70万トン)に、また、大豆ミールは国内向けが2.9%増加して3,530ショート・トン(約3,200トン)となる一方、輸出向けは6.2%減少して830ショート・トン(約753トン)になるとされている。

(3)飼料穀物の価格上昇と今後の見通し

 米国の飼料穀物価格として、一般によく指標とされるのは、シカゴのマーカンタイル取引所などの先物取引価格である。しかし、穀物の現物取引は主要な生産地や集積地で行われており、先物取引価格と実取引価格との間には一定の乖離がある。

 日々の取引実績価格は、USDAの農業市場販売局(AMS)から公表されているが、コーンベルトなどの産地市場の取引価格は先物価格よりも安く、輸出港などの集積市場の価格は先物価格よりも高い。また、実際に穀物農家が受け取る価格は、先物取引価格をベースにした長期契約価格と現物市場における取引価格との加重平均値であり、こちらはUSDAの全国農業統計局(NASS)から毎月公表されている。現物市場価格や農家受取価格は、シカゴの先物取引価格の動向に大きく影響を受けるが、一口に米国の穀物価格と言ってもその内容が意味するところは微妙に異なっている。

 図8は米国における主要穀物の農家受取価格の推移を示したものである。1970年代後半以降、豊凶による変動はあるものの、穀物価格はほとんど上昇することなく推移してきたことがわかる。過去10年間の1ブッシェル当たり平均価格は、トウモロコシが2.19ドル、大豆が5.57ドル、小麦が3.20ドルであり、この水準は30年前とほとんど変わっていない。

図8 主要穀物の価格の推移(農家販売価格)

 しかし、2006年度には、世界的な穀物需要のひっ迫を背景に米国の主要穀物価格が軒並み高騰し、1ブッシェル当たりの農家受取価格は、トウモロコシが3.04ドル、大豆が6.43ドル、小麦が4.26ドルと、近年の水準を大幅に上回った。特にトウモロコシの価格上昇率は高く、コーンベルトの生産者の収益は大きく改善した。

 2007年度の価格について、USDAは本年2月の長期見通し公表段階で、トウモロコシが3.50ドル、大豆が7.00ドル、小麦が4.45ドルといずれも2006年度を上回ると予測していた。その後、トウモロコシの生産量が記録的な高水準に達する反面、大豆の生産が前年を大きく下回ったこと、豪州や欧州の小麦が不作となったことなどから、11月9日公表の予測では、トウモロコシの価格を3.20〜3.80ドルとする一方で、大豆価格を8.50〜9.50ドル、小麦価格を5.90〜6.30ドルに上方修正している。

 より長期的な穀物価格の動向について、USDAは、再生可能燃料需要の拡大や途上国の経済発展に伴う需要増により、今後10年間程度は高止まりすると見通している。図9および図10は、USDAが今春に公表した2016年までのトウモロコシおよび大豆の価格見通しをまとめたものである。再生可能燃料に対する政府支援措置(注7)が現行のまま今後も継続された場合(エタノール生産量120億ガロン/バイオディーゼル生産量7億ガロン)をベースラインとし、支援措置が撤廃された場合(同100億ガロン/0.7億ガロン)、再生可能燃料の生産が拡大した場合(同150億ガロン/10億ガロンおよび同200億ガロン/10億ガロン)の試算が公表されている。

図9 トウモロコシ価格の長期見通し(USDA)

図10 大豆価格の長期見通し(USDA)

 これによると、トウモロコシ価格(1ブッシェル当たり)は2009年度に向けて上昇した後、2016年度に向けて徐々に低下傾向をたどるとされている。ベースライン試算では、2009年度の価格は3.75ドル、2016年度の価格は3.30ドルとされており、いずれの年も近年の価格水準を大きく上回ることになる。また、仮に現行の再生可能燃料政策が撤廃された場合の2016年度のトウモロコシ価格は3.00ドル、エタノール生産量が200億ガロンに拡大した場合の価格は3.95ドルとされており、再生可能燃料支援政策のいかんによりトウモロコシの農家受取価格が1ドル近く変動することが示唆されている。

 大豆の1ブッシェル当たり価格についても、トウモロコシと同様に2009年度に向けて上昇した後、2016年度に向けて徐々に低下するとされている。ベースライン試算では、2016年度の価格は6.75ドルとされているが、再生可能燃料政策が撤廃された場合は6.30ドル、エタノール生産量が200億ガロン、バイオディーゼル生産量が10億ガロンに拡大した場合の価格は7.95ドルとされている。なお、USDAは大豆ミールの価格見通しについても公表しているが、これについては下落傾向で推移し、2016年度には185ドル/ショート・トン(168ドル/トン:1ショート・トン=907.2キログラム)になるとしているのは興味深い。

 なお、実際の穀物流通においては、近年急速に高騰しつつある輸送運賃の問題も重要な要素となってくる。本年に入り、トウモロコシの現物取引価格は、生産地のコーンベルトと主要輸出港のメキシコ湾岸とでブッシェル当たり1ドル近くの違いが生じているが、これは、2005年に南部を襲ったハリケーンの影響でミシシッピ川のはしけの運搬能力が低下した影響が大きいとされている。このため、米国内でも地域により飼料価格の高騰の実態や、これへの対応方法は大きく異なっている。

(注7) 連邦政府や州政府による支援措置のうち、主要なものとしては、@再生可能燃料基準(RFS)の設 定による燃料販売業者へのエタノール使用量の義務づけ、Aガソリンにエタノールを混合する元売り業 者に対する租税減免措置、Bエタノールに対する輸入税の賦課の3つである。


3 飼料価格の高騰が米国の畜産に与える影響

(1)畜種により異なる生産地域や生産構造

 飼料穀物の価格高騰が長期化すると見込まれる中で、米国の畜産業界はどのようにコスト上昇に対応しようとしているのであろうか。

−生産地域−
 図11は畜種別の主要生産地域を表したものである。穀物の主要生産地域であるコーンベルトでは養豚が盛んであり、アイオワ、ミネソタ、イリノイ、インディアナ、ネブラスカの5州で全米の肉豚の5割以上が飼養されている。これに対し、肉用牛の肥育はこれよりやや西側の平原州に多く、テキサス、カンザス、ネブラスカの3州で5割以上が肥育されている。また、ブロイラーの生産は南部が中心であり、ジョージア、アーカンソー、アラバマ、ミシシッピの4州で出荷羽数の約5割を占める。酪農地域は、五大湖沿岸のウィスコンシン周辺、西海岸のカリフォルニア周辺、北東部のニューヨーク、ペンシルバニア周辺に大きく分かれているが、やはりこの4州で生乳生産の5割近くを生産している。肉用牛の繁殖や鶏卵の生産地域は比較的全国に散らばっているが、全体的に見ると、畜種により主要な生産地域は大きく異なっている。

図11 畜種別の主要生産地域

 前述のとおり、米国内の穀物取引価格は、シカゴの先物相場の価格をベースに、コーンベルトからの輸送費を考慮して決められる。例えば、南部のブロイラー業者がカーギルやADMといった大手穀物流通業者からトウモロコシを購入する場合、現物はミシシッピ川沿いの穀物エレベーターから運ばれることになるが、河川輸送運賃の高騰により、取引価格は養豚農家がコーンベルトの生産者から直接購入する場合よりかなり高い。また、肥育牛業者がコーンベルトから貨車でトウモロコシを輸送する場合も、ブロイラーほどではないにせよ、輸送費の高騰の影響で中西部よりは割高となる。

−生産構造−
 米国の畜産においては、大手事業者の市場流通シェアが高く、かつ、畜種によっては出荷契約などを通じた生産と流通との垂直統合が進展していることも特徴である。表1は、米国における畜産物および家畜の市場占有度をまとめたものである。

表1 米国の畜産における市場占有度

 畜産物のうち、牛肉については大手パッカーによる市場占有率が極めて高く、上位5社が全体の流通量の84%を処理・加工している。若齢肥育牛肉に限ればこの割合は更に高い。また、豚肉および鶏肉についても上位5社の市場占有率はそれぞれ73%、63%と高く、近年、企業間の合併・買収などによりその割合が上昇傾向にある。これに対し、鶏卵や牛乳乳製品については、大手流通業者の市場占有率はさほど高くない。

 一方、家畜の生産について見ると、大手生産者の市場占有率は畜産物ほど高くなく、肥育牛で17%、肉豚で31%である。しかし、2007年春には肉豚飼養頭数全米第1位のスミスフィールド社が同2位のプレミアム・スタンダード・ファーム社を買収するなど、生産部門でも企業の寡占化が進展している。また、米国のブロイラーはほぼすべてが鶏肉処理業者と生産者との出荷契約の下で生産されており、生産と流通が高度に統合されている。肉豚についても現物取引の割合は約1割しかなく、何らかの契約に基づく取引が約7割、食肉処理業者による自己保有が約2割となっており、流通業者との垂直統合はかなり進展している。これに対して、肥育牛については現物取引の割合が依然として6割を超えていることに加え、肥育素牛は依然として家畜市場での現物取引が主体となっていることから、家畜生産と食肉流通との垂直統合は進んでいない(注8)。なお、生乳の市場占有率は主要酪農協の集乳量ベースの数値であるが、生産地域が大きく分かれているにもかかわらず、その市場占有度は比較的高い。

 このように、畜種によって生産・流通における水平統合・垂直統合の進展度合いは大きく異なる。ブロイラーのようにこの統合が進展している業界では、飼料穀物の高騰に際して生産と流通・販売が一体となった対策が実行可能であり、実際に迅速な対応がとられたという特徴がある。

−生産費−
 さらに、畜種による違いが最も大きいのは、生産費に占める飼料費の割合である。表2は畜種ごと・経営形態ごとの生産費の構成割合を表わしたものである。なお、労働費には自家労賃を含むことなどから、現金ベースの経営収支とは必ずしも一致しない。

 生産費に占める飼料の構成比率が高く、特にトウモロコシ価格の高騰の影響を最も大きく受けるのはブロイラーである。生産コストの4割以上をトウモロコシが占めており、しかもその大部分が購入飼料であることから、トウモロコシ価格の上昇分を販売価格に転嫁しなければ経営の継続が困難であることは明らかである。

 一方、養豚も飼料費の割合が高く、トウモロコシだけで生産費の3割近くを占めている。しかし、主産地がコーンベルトにあるため、肉豚生産者がトウモロコシを自家生産している場合が多いこと、購入する場合でも他地域より安価に入手できること、代替飼料となるエタノールの副産物が潤沢に利用できることなど、ブロイラーよりは穀物価格高騰の影響は少ない。

 肉用牛肥育経営の生産費の7割は素牛コストである。従って、飼料価格の高騰による生産費の上昇分を経営内部で吸収するためには、素牛の購入価格を引き下げるか、比較的重量の大きい素牛を導入して肥育期間を短縮することが重要となる(注9)。肉用牛繁殖経営については生産費に占める穀物経費の割合は小さいが、素牛販売価格の低下や飼養期間の延長という形で、間接的に飼料価格の高騰の影響を受けることになる。

 なお、酪農については特にカリフォルニアなどの西部地域で購入飼料の割合が高く、トウモロコシの利用割合も高くなっている。この地域では、粗飼料も購入飼料に依存していることから、穀物価格の上昇に加え、アルファルファ牧草の作付減少による価格上昇や不法就労者に対する規制強化なども大きなコスト上昇要因となっていることが特徴である。

表2 米国の畜産における生産費の構成(一部推計)

(注8) 海外駐在員情報2007年5月1日通巻第765号参照
(注9) 米国の肉用牛の多くは春に生まれて秋に離乳する。離乳後の子牛は、@すぐにフィードロットに導
入されて210〜240日程度肥育、A冬小麦畑に放牧後、春先にフィードロットに導入されて150日前後肥育、
B野草地に放牧後、春先に牧草地で4〜6カ月程度育成されてからフィードロットに導入されて150日前後肥育−のいずれかのパターンをとるのが一般的である。

(2)飼料価格の高騰への対応の状況

 このように、米国では、畜種により生産地域や生産構造に大きな違いがあり、また、生産コストに占める飼料穀物の割合も畜種により差があることから、飼料価格の高騰に対する反応の速度や対応の方法は畜種ごとに大きく異なっている。

 しかし、大きくとらえると、その対応方法は、(1)生産コストの削減に向けた取り組み、(2)畜産物販売収入の引き上げに向けた取り組み、(3)飼料や畜産物の価格そのものに働きかける動きに大別される。

−生産コストの削減−
 飼料価格の高騰を受け、畜産経営が最初に取り組むのは飼料設計の再構築である。

 食品工場などから出る食品残さの飼料としての活用は、養豚を中心に米国でも行われている。しかし、このような事例は全国的に見るとごく一部でしかない。

 米国で主流となっているのは、トウモロコシ以外の穀物や飼料添加物の利用割合を高める対応である。大豆ミールやソルガムはわが国でもよく利用されているが、米国では、綿実ミール、菜種ミール、コーングルテンミールなどの植物性飼料に加え、肉骨粉やフェザーミールなどの動物性飼料も利用されており(注10)、垂直統合が進んだ大規模経営では日々変動する価格に応じて、栄養価を分析しながらこれらの飼料原料の配合割合を変えていくのが一般的である。また、ドライミル方式のエタノール工場で生産される副産物(DDGS=Distillers' Dried Grain with Solubles)は、栄養価の割りに安価で、コーンベルトの比較的大きい経営を中心にかなり利用され始めている。【コラム参照】

 このほか、より構造的な動きとして、肥育業者の中西部への回帰の動きが挙げられる。米国の肥育経営の大規模化に伴い、中西部の肉畜生産の全米シェアは低下してきたが(注11)、割安な飼料の安定的な調達が経営上の重要度を増してくる中で、最近では、この地域の肥育牛や肉豚の飼養頭数は増加傾向にある。近い将来、と畜施設や食肉輸送設備などのインフラも含めた大規模な生産地域の移動が起こる可能性については多くの関係者が否定的だが、法的な規制の動向も含めて、今後の動きが注目される。

 なお、肉用牛肥育経営については、比較的大きい肥育素牛を導入して肥育期間を短縮し、穀物給与量を減らすという動きも想定されたが、実際には肥育牛の出荷重量は増大傾向にある。これは、飼料コストを削減するより、割安な肥育素牛の導入によりコスト削減を図るほうがより現実的との判断が働いたためと考えられる。

−販売収入の増大−
 畜産物の販売収入を増大させる上で最も確実なのは販売価格の引き上げである。しかし、生産コストの上昇を理由に、商売上の交渉を通じて価格の引き上げを実現するのは困難な場合が多い。

 米国の鶏肉業界は、生産の削減を行うことにより供給量を減らし、需給を引き締めることで価格の引き上げを行った。順調な消費拡大を背景に、鶏肉の生産は1981年以降25年連続で増加を続けてきたが、大手企業が生産削減に取り組んだこともあり、飼料価格が高騰した昨年11月から本年3月にかけては5カ月連続で前年生産実績を下回った。この結果、1ポンド当たり60セント台で推移していた鶏肉の卸売価格は、昨年12月以降、前年水準を上回っており、本年6月には1ポンド当たり80セントを超えるなど、大きく上昇している。このような迅速な対応は、生産と流通の垂直統合が進んでいることや、鶏肉消費が右肩上がりの成長を続けていることにより可能となったものである。ちなみに、酪農業界においては本年3月に生産者の拠出による搾乳牛のとうた措置が実施され、国際市場における乳製品需給のひっ迫も相まって乳製品価格が上昇したことにより、政府により毎月定められる最低取引乳価は史上最高値の水準を記録している。

 これに対し、豚肉業界は生産の拡大を続けているにもかかわらず、3年以上の長期にわたり好調な収益を確保してきた。これは、15年連続で前年を上回っている豚肉輸出の拡大によるところが大きく、国内需要が伸び悩んでいるにもかかわらず、全体としての米国産豚肉の需要は前年を上回っている。食肉処理業者にとって、輸出市場向けの販売は国内向けに比べて利幅が大きいとされており、肉豚価格の下支えに輸出の増加が大きく貢献している。ただし、本年に入ってからは昨年まで好調であったメキシコやロシア向け輸出が前年を下回るなど、やや輸出の伸びに陰りが見え始めており、秋口以降、生産増加を吸収しきれずに豚肉の価格は下落傾向に転じている。

 なお、牛肉については、飼料穀物の価格上昇とは別に、2年連続の干ばつの影響などにより素牛の生産が減少していることが全体の需給に大きく影響している。現在、肥育牛の価格は比較的高い水準にあるが、肥育業者の収益は赤字が続いているとされており、短期的には生産の回復が見込み難い状況にある。

−価格そのものへの働きかけ−
 米国では、主要な穀物だけでなく、多くの畜産物がシカゴの先物市場に上場されて取引されている。このため、生産者は、飼料穀物と肉畜の先物価格を比較し、その動向に応じて飼料穀物を先物で予約するとともに、今後生産予定の肉畜を先物で販売することで、現物取引価格の変動による経営リスクをヘッジすることが可能である。米国の農業者は、政府による穀物の支持融資制度に長く慣れ親しんできたため、自らの生産物を収穫前に販売することへの抵抗感が少ない。このため、穀物にしろ肉畜にしろ、先物による価格リスクのヘッジが、経営安定を図るための要素として浸透している。

 また、全米肉用牛生産者牛肉協会や全米豚肉生産者協議会など、主要な畜産団体は、飼料価格の上昇の最大要因となっているエタノール生産に対する政府支援措置について反発を強めており、その支援措置の拡大を阻止すべく議員に対するロビー活動を行う一方で、インターネットのHPやメディアを通じて世論に訴えるなどの取り組みも行っている。(注12)

(注10) 反芻家畜由来の肉骨粉を反芻家畜に給与することは禁じられている。
(注11) かつて、米国の肉畜生産の中心は中西部であったが、企業的大規模畜産を禁ずる州法やと畜場の乱立による集荷競争の激化により、大規模経営は、より温暖で疾病リスクが低く、環境規制や肥育素牛の調達の面で有利な地域に生産を移動させていった。
(注12) 現在、議会では新たなエネルギー法についての審議が行われているが、現行75億ガロンとされてい る再生可能燃料基準の引き上げなどをめぐり、上院を6月に通過した法案と下院を8月に通過した法案
の調整が難航しており、年内成立が困難な状勢にある。
 

【コラム】穀物の加工副産物の飼料としての活用と今後の見通し

 米国の代表的な穀物の加工副産物は大豆ミールであり、特にブロイラーや養豚で利用されている。また、コーンスターチやウエットミル方式のエタノール工場から生産されるコーングルテンフィードやコーングルテンミールも、長く飼料として利用されている。しかし、近年、ドライミル方式のエタノール工場の増加に伴い、DDGSの生産が増加しており、その飼料としての活用も進んでいる(図12)。

図12 穀物加工副産物の生産動向

 現在、エタノール工場は中西部のコーンベルト地帯に集中していることから、DDGSの生産もこの地域に集中している。また、現状ではDDGSの大半は国内向けであり、輸出は1割程度しかない(注13)。主な輸出先は、メキシコ、カナダ、台湾、ヨーロッパなどであるが、今年に入り、わが国への輸出も大きく増加している。価格の面では、国内向けでトン当たり100ドル前後であり、トウモロコシの価格をやや下回り、大豆ミールのほぼ半値である。

 それでは、米国では実際にどの畜種でDDGSが使われているのだろうか。表3は、米国のコーンベルト12州でUSDAが行った2006年におけるDDGSの利用実態調査の結果をまとめたものである。これによると、DDGSの利用割合が最も高いのは養豚農家であり、給与飼料への配合比率は10%であることがわかる。また、家畜の飼養頭数からこの地域におけるDDGSの畜種別給与量を試算すると、豚への給与量が543.5万トンと圧倒的に多く、この地域の消費量の84%を占めていたことがわかる。全国的に見ても、この量は同年の生産量のほぼ半分に相当することから、米国におけるDDGSの主要な仕向け先がコーンベルトの養豚であったことがわかる。

 DDGSを利用している畜産経営が最も高く評価しているのはその価格である。値決めの方法は、肥育牛経営や繁殖牛経営ではトウモロコシ価格をベースに決定することが多く、養豚経営や酪農経営ではトウモロコシと大豆ミールの双方の価格をベースに決定する割合が高い。また、購入経路についても、肥育牛経営や繁殖牛経営は工場からの直接購入の割合が高いのに対し、養豚経営や酪農経営では農協や飼料会社を通じた購入の割合が高い。数字の上からも、養豚業者が、自ら生産したトウモロコシを農協が経営するエタノール工場に販売し、副産物のDDGSを買い戻して飼料として利用していることがうかがえる。また、DDGSについては、その品質やタンパク質の安定性についての評価も高いが、その反面、必須アミノ酸の一種であるリジンの含有量や、形状(粉状が多い)、日持ちなどについては課題があると評価されている。現在、USDAはDDGSのペレット化に向けた技術開発や、流通時の品質の安定を担保するための評価基準の設定などに取り組んでいる。一方、DDGSを利用していない畜産経営がその最大の理由としているのは、入手が困難であるという点である。これを改善するためには、専用貨車の利用など輸送設備の面からだけでなく、エタノール工場を大規模畜産経営の近くに建設するなどの抜本的な対策が必要となるが、DDGSの生産量の増加に伴い、この問題は徐々に解決されていくものと考えられる。

表3 米国のコーンベルトにおけるDDGSの利用状況

(注13)USDAの長期見通しでは、将来的にDDGSの75%が国内で飼料向けに利用されると見込まれている。

4 おわりに

 米国の穀物価格は、開発途上国の経済発展に伴う国際的な需要の増大と、国内のバイオ燃料増産に伴う原料需要の増大により高騰を続けている。政府によるエタノールへの支援施策の動向により穀物需要に短期的な増減が生じる可能性はあるが、化石燃料への依存度を低下させてエネルギー自給率を高めることへの国内的支持は高く、長期的に見ればエタノールの生産の拡大に伴って米国の国内需要は確実に増加していくだろう。米国の穀物生産も品種の改良により着実な増加が見込まれるが、このような需要動向を踏まえれば、価格は引き続き現状程度の高値を維持する可能性が高いものと考えられる。

 一方、米国の畜産に目を転じると、エタノール生産の増加に伴い新たな飼料原料であるDDGSの供給が長期的に増加していくことから、飼料の安定供給は全体として確保される可能性が高い。むしろ、DDGSの利用により飼料の選択の幅が増え、穀物価格の動向に応じた柔軟な飼料設計が可能になるなど、事業者の実力発揮のチャンスが増えると見る関係者も多い。米国の畜産は世界有数の穀倉地帯であるコーンベルトに支えられ、今後も拡大を続けていく可能性が高いように思われる。

 生産者の経営を支援しつつ農産物の過剰生産を奨励し、余剰分を安価に輸出する米国の農業政策により、トウモロコシや大豆など主要穀物の国際価格は、1970年代後半からほとんど上昇してこなかった。米国のエネルギー政策を背景に国際的に食料価格が上昇する中で、次期農業法において仮にこれまでの政策が転換されることになれば、世界の農畜産物をめぐるこれまでの「常識」はさらに大きく変わっていくものと思われる。


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