調査・報告

アルゼンチンのトウモロコシ生産増大の可能性

                          ブエノスアイレス駐在員事務所 松本 隆志、 横打 友恵


 

1 はじめに

 バイオ燃料の利用の気運の高まり、豪州や欧州における干ばつなどの発生、中国の経済成長による船舶需要の高まり、商品ファンドへの関心の高まりなど様々な要因により、農産物価格が上昇しているところである。

 わが国の畜産は多くの飼料原料を米国からの輸入により賄ってきたが、最近の世界的な穀物価格の上昇により、流通飼料関係者にとって原料入手の多様化が急務となり、米国に次ぐトウモロコシ輸出国であるアルゼンチンに関係者の注目が集まっているところである。

 そこで、本稿ではアルゼンチンの主要な作物である大豆・小麦と比較しながら、トウモロコシ生産増大の可能性について、関係者からの聞き取りを中心に報告する。

2 穀物・油糧種子生産をめぐる情勢

(1)生産の状況
 アルゼンチンの穀物・油糧種子生産は、中東部に位置するパンパ地域で約8割の生産が行われている。中でもブエノスアイレス州北部、サンタフェ州南部、コルドバ州東南部(図の黄色の地域)は、年間降水量800〜1,000ミリメートルの適度な降水があり、有機物に富み、地力が高く、最も作物生産に適した地域とされている。またパンパ地域は、トウモロコシ、大豆、小麦、ヒマワリなどの穀物・油糧種子生産のほか放牧肥育が行われる食料基地である。

 このように、いずれの作目生産にも向いた土地であるからこそ、最も収益が高い作目に生産が集中していくことは当然である。

図1:アルゼンチンのトウモロコシ作付地図

資料:SAGPyA(アルゼンチン農牧漁業食料庁)

 現在、パンパ地域の農業経営者は、土地当たりの収益性を「大豆>トウモロコシ>肉用牛」と認識している。そこで、筆者が単収と生産者販売価格を用いて、1ヘクタール当たりの粗収益を作目別に比較してみたものが、表1である。

表1:1ヘクタール当たりの粗収益

 また、アルゼンチンの農業誌を基に、1ヘクタール当たりの生産関係費を品目別に比較してみたものが表2である。

表2:1ヘクタール当たりの生産関係費

 パンパ地域の農業経営者は、このような数字を基に生産する品目を決定していると考えられる。

(2)大規模経営の状況
 2002年農林業センサスから、アルゼンチンにおける経営規模別の主要な穀物・油糧種子の作付面積をみると、農地500ha以上を持つ大規模経営(全経営体に占める大規模経営の割合は17%)が約7割の作付けを担っている(表3)。これはパンパ地域の位置する中東部だけではなくいずれの地域においても同様の傾向がみられる。

表3:作付面積に占める大規模経営(農地500ha以上)の割合

 また現在では、パンパ地域の大規模経営の約半数はコントラクターに作業を依頼していると言われている。

 アルゼンチンの大規模経営を訪問すると、畜産を含めた経営を行っている場合、家畜や使用人の管理が必要であるため、平日は都会に住んでいても週末には農場に戻るという農地所有者が多い一方で、耕作地のみの経営の場合、コントラクターから借地料を受け取り、作付品目も含めてすべてコントラクターに任せてしまう農地所有者も、みられるところである。

不在地主の借地収入
 穀物・油糧種子価格の上昇により、農地の借地価格も上昇している。

 大豆の単収が1ヘクタール当たり4トン期待できる農地(特に高い単収が見込まれる農地)の借地料を試算してみると、大豆1トン当たりの生産者販売価格が190米ドル(2007年)、土地当たり粗収益の35%がアルゼンチンにおける借地料といわれていることから、

 4トン/ヘクタール×190米ドル/トン×35%=266米ドル/ヘクタール

と試算される。

 借地が申し込まれるのは、使い勝手がよい300ヘクタール以上の農地である。コントラクターからの申し出を受け、相続したパンパの放牧地を借地に出したら、これまで見たことがない大金が手に入ったという景気の良い話も耳にするところである。


3 今後の見通し

(1)作付面積の推移
 アルゼンチンでは、2002年農林業センサスを最後に飼料作物作付面積に関する調査が行われていないため、現在の飼料作物作付面積は不明であるが、放牧地から穀物・油糧種子生産地への転換が進んでいるといわれている。

 2002年農林業センサスによると、パンパ地域を代表するブエノスアイレス州、サンタフェ州、コルドバ州の3州の合計の農業用地面積は2,632万ヘクタールであり、アルゼンチン全体3,806万ヘクタールの約7割を占めている。この3州は古くからアルゼンチンの農業の中心地域として栄えてきたため、農地開発の余地はアルゼンチン北部の州に比べ非常に少ないと考えられる。

 そこで、3州における農業用面積合計は変化していないと仮定して、作付割合の変化を見たものが図2である。

図2:作付割合の変化

 おおよそ図2の様な割合で、飼料作物生産から穀物・油糧種子生産への転換が徐々に進んでいるものと考えられる。

(2)MAIZARの見通し
 アルゼンチンのトウモロコシ生産の今後の見通しについて、アルゼンチントウモロコシ協会(MAIZAR)のフラギオ理事にお話をうかがった。

(ア)作付面積について
 パンパ地域の農業経営者は、土地当たりの収益性を「大豆>トウモロコシ」と認識しているが、最も条件に恵まれた地域の1つであるコルドバ州東南部の優良農地でみられた最大の単収は、大豆は1ヘクタール当たり4トンに対し、トウモロコシは11トンであった。これだけの単収が得られればトウモロコシ生産の方が有利である。

 また作物ローテーションは、単収の向上に貢献すること(15%程度の増収)は知られていたが、穀物・油糧種子価格が低迷していた時は、「ローテーションのコスト」>「単収の向上による粗収益の増加」と考えられており、大豆の連作が続いていた。しかし現在の穀物・油糧種子価格の高騰により、この式は逆転し、ローテーションの重要性が見直されている。今後、大豆の連作が続いた農地ではトウモロコシの作付けが行われるようになると考えている。

(イ)単収について
 穀物・油糧種子価格が低迷していた頃は、かんがい施設や排水施設の整備だけでなく、施肥も積極的に行われてこなかった。しかし、穀物・油糧種子価格の上昇により、これらへの農業投資が増えている。穀物・油糧種子価格の上昇は農地価格の上昇を招来し、これまで湿地のため、放牧利用にしか向かなかった農地が、排水施設を整備することにより穀物・油糧種子生産を行うことができる農地に生まれ変わっている。

 近年、春の雨不足の状況が続いているが、これは、トウモロコシの生育期の雨不足は単収を低下させるものである。しかし、品種改良により、は種時期を遅らせることができる品種も誕生している。

 また、トウモロコシは株間20センチメートル以上、深さ3センチメートル程度には種することで最大の単収を得ることができる。しかしながら、これまでは大豆のは種がすぐ後に控えていることから、作業を早く終わらせたいばかりに、密植になって単収が落ちていた。トウモロコシ価格が上がったため、時間をかけて、丁寧には種を行うようになっている。

(3)大豆との育成条件の比較
 MAIZARの見通しは、資金力がある大規模経営が、積極的な農業投資を行おうと決断すれば、そのまま当てはめることができると考えられる。しかしながら、作付品目も含めてすべてコントラクターに任せてしまう農地所有者までも含め、すべての者が積極的な農業投資を行うとは考え難い。パンパ地域は、大豆もトウモロコシも生産が可能であるため、多くの農業経営者は大豆とトウモロコシの育成条件を踏まえた上で、来年度の販売価格を予測して作付けしていると考えられる。

(ア) トウモロコシ生産のためには、は種から収穫までの期間に600ミリメートルの降水量が必要であるが、大豆は400ミリメートルであること

(イ) トウモロコシ生産のためには、リンの施肥が必要となるが、大豆は施肥の必要がないこと

(ウ) トウモロコシと大豆の収穫は同時期に行われるが、トウモロコシは大豆に比べ2か月ほどは種が早い。このため、寒さが厳しい冬を迎えた場合、10月中旬までには種を終わらせることが必要なトウモロコシにとって、発芽期に必要な充分な温度が得られないおそれがあること

 このように、大豆は育成条件の面で、トウモロコシに比べリスクが低い作物であることも作付けが伸びている理由の1つであると考えられる。

(4)種子の状況
 最近のトウモロコシの単収の伸びは目覚ましいが、その要因の一つは品種改良であるため、アルゼンチン種子協会(ASA)のマーフィ理事にお話をうかがった。

 アルゼンチンでは、19世紀末から在来のフリント種を生産・輸出してきた。90年代初頭には、より高い単収が期待できる米国産デント種の利用が進んだが、96年に高温多湿の天候が続き、ウンカが媒介する縞葉枯病が発生し、抵抗性を持たない米国産デント種を中心に大きな被害が発生した。


写真1:ハイブリッド種

図3:遺伝子組み換え種の利用割合

 この被害を踏まえ、以降、在来のフリント種に米国産デント種を交配したハイブリッド種が多く用いられている。現在のハイブリッド種の育種の考え方は、大きく分けて2種類であり、1つは高単収が期待できる品種開発、もう1つは耐干ばつ性に優れた品種開発である。生産者は農場の特性に合わせて、品種を使い分けている。

 ハイブリッド種の品種開発は、デント種に近づけることを目的とせず、アルゼンチンの気候風土に合った在来のフリント種を基に、単収向上や耐干ばつ性向上など有用な特長を持つ米国産デント種などと交配することにより、特長を持ったハイブリッド種の作出を目的としている。

 遺伝子組み換え種の利用割合については現在、大豆が9割以上であることに対し、トウモロコシは7〜8割とみているが、この割合は今後更に高まっていくと考えている。

フリント種について
 アルゼンチンから輸出されるトウモロコシは、一般トウモロコシ、ポップコーン用トウモロコシ、フリント種トウモロコシの3つに区分されている。


写真左:フリント種 右:ハイブリット種

 そこで、フリント種トウモロコシについて、MAIZARのフラギオ理事にお話をうかがった。

 アルゼンチン在来のフリント種は、硬質でん粉を多く含み、また非遺伝子組み換えであることから、スペインや英国では良質のコーンフレークの原材料(牛乳に浸してもすぐに柔らかくならず、サクサクしている特長)としての需要があり、年間45万トン程度のニッチ市場が確立している。

 フリント種は、ハイブリッド種に比べ単収は低いが、一般トウモロコシに比べ約25%も高値で取り引きされる。またフリント種として生産するためには、他のトウモロコシ品種との交雑を避けるため、フリント種以外のトウモロコシを作付けするほ場から200メートル以上離れていることの条件がある。

 ハイブリッド種は1ヘクタール当たり最大11トンの単収が期待できる一方で、フリント種は1ヘクタール当たり6トンであるが、資金力がないためほ場整備が充分に行えない小規模生産者にとっては、25%のプレミアムは魅力的である。このため、フリント種の生産の過半は中小規模農家によって担われているとみられ、毎年10万ヘクタールのは種が行われている。

 フリント種として輸出するためには、アルゼンチン農牧漁業食糧庁(SAGPyA)の検査官がロットごとに行う試験(堅さ、他品種の混在)に合格する必要があり、不合格となったロットは一般トウモロコシとして国内外に流通している。

(5)肥料の状況
 単収向上のために大きな要因となる肥料の利用状況について、アルゼンチン肥料協会(FERTILIZAR)のカパレッジ理事にお話をうかがった。

 パンパの農業者の中には、トウモロコシ、小麦の生産には施肥が必要だが、大豆には必要ないという認識がある。

 表4のとおり、全く施肥しない生産者が30%も占める大豆生産者の多くは、そもそも施肥は、収穫に影響しないと考えている。

表4:肥料の利用に関する生産者への調査(2006年)

 しかしながら、穀物・油糧種子の生産量と肥料の投入量を比べると、土壌養分は最近の単収向上により急激に喪失しているとされ、また農産物価格の上昇により、肥料に対する需要は高まっていくと考えている。

表5:肥料の利用状況(2006年)

 土壌養分別については、
1.カリウムについては、パンパに多く含まれる
2.窒素については、アルゼンチンで産出される天然ガスから生成
3.リンについては、ブラジルから輸入

 という現状であるが、近い将来にカリウムと窒素についても輸入する必要が生じると見ている。

4 アルゼンチンのコントラクター

(1)農作業受託組織
 ブエノスアイレス州で農場経営を行うシビタニッチ氏は、保有する機械(コンバイン2台、トラクター2台)をフルに稼働させるため、農作業の受託業務も行っている。

 調査当日は、トウモロコシの収穫には220馬力のコンバイン(2004年ブラジル製)を作業に充てていた。17万米ドルの同コンバインの購入のため、銀行から5年の融資を受け、約半分払い終えたとのこと。なお、2002年に経済危機が起き、為替やインフレに不安を抱えるアルゼンチンにおいて、5年の融資は、かなりの長期間である。大豆収穫は200馬力のコンバイン(1995年米国製)を作業に充てていた。

 シビタニッチ氏が所有するコンバイン1台当たりの仕事量は、1時間当たりトウモロコシは7ヘクタール、大豆は9ヘクタールとのことであった。

 農作業の受託業務については、1ヘクタール当たり大豆収穫120ペソ、トウモロコシ収穫190ペソ、農薬散布20ペソなどと面積当たりの単価を設定している。

 調査させて頂いた農場のように、収穫作業など一部の作業のみを依頼される場合もあるが、一方では、何を作付けするのかを含めて、シビタニッチ氏に依頼する場合もあり、その場合は、まずほ場の状態、過去の作付けを踏まえ、種子や農薬の買い付けから作業を請け負っている。

 このようにアルゼンチンでは、農地所有者は都市で暮らし、作業はコントラクターにすべて任せる農地が徐々に増えてきている。


写真3:トウモロコシの収穫の様子


写真4:大豆収穫の様子

(2)農地信託組織
 先述した農作業受託組織のほか、小作を請け負う株式会社がある。そこで、カサナベ&アソシアドス社のルイス・ゴンザレス理事にお話をうかがった。

 同社は1978年から農業コンサル業務と農作業受託業務を行っていたが、94年からは農業コンサル業務と農産物の出荷による欧米機関投資家からの資金運用業務を行っている。

 同社は、欧米機関投資家からの資金により、年間約6万ヘクタールの農地を借地し、農産物を出荷している。農産物の生産は、同社自らは行わず、農作業受託業務を行う者に依頼する。このため同社は現在、農業機械を所有していない。

 同社に土地を貸す農地所有者のうち、約9割は何を作付するかを含め土地利用についてすべて同社に任せている。農地所有者にとっては、同社が提示する借地料を適正と判断すれば、何もすることなく収入が得られる機会となっている。なお、経済危機が起こったアルゼンチンでは、高価な契約は米ドルベースで締結される場合が多い。

 同社は、米ドル建て運用利回り年10〜15%の分配を目標と設定することにより、欧米機関投資家からの資金を4年間預かるという契約を行っている。このため、年10〜15%の分配を行い、価格変動リスクを少なくするためには、どのような割合で作付けるかということから作付計画が始まる。

 効率的な生産を行うため、同社は300ヘクタール以上の農地を借地している。借地した農地の土地条件、気候条件、過去の土地利用の状況、農作物の価格見込みを踏まえ、大豆、トウモロコシ、小麦、ヒマワリなど場所にあった作付品目を決定している。

 肥育牛は対象とならないのかと尋ねたところ、穀物・油糧種子生産に比べ、畜産は儲からないとの回答であった。同社のような資金力のある組織が効率的な畜産を行っても、今の穀物・油糧種子価格には敵わない証左の一つであると思われた。

 またバイオ燃料への参入については、バイオディーゼル工場建設の出資は行っているものの自ら工場を所有する計画は無いとのことであった。

 このように資金運用が業務の柱の一つである同社にとって、固定資産を持つこと自体がリスクと考えているようである。

図4:農地信託の仕組み

5 最後に

 穀物・油糧種子価格が現状の水準で推移すれば、アルゼンチンでは積極的な農業投資(ほ場整備、品種改良、施肥など)が進み、単収および作付面積が増加し、生産量は伸びていくと考えられる。

 しかしながら、穀物・油糧種子または肥育牛と、多様な生産が可能な肥よくかつ水に恵まれたな土地条件であるからこそ、価格や気象条件を踏まえ、最少のリスクで、最大の利益が得られる特定の品目に生産が集中することは当然である。

 一方、アルゼンチン政府の政策課題の一つはインフレの抑制であり、この目標の達成のため、農産物の輸出税の引き上げや輸出量制限により、国内への供給量を増加させるような政策が目につくようになっている。

 またアルゼンチンのトウモロコシは、在来のフリント種をベースにしたハイブリッド種が主力品種であるため、わが国のトウモロコシ需要者から見ると、米国産デント種に比べ、圧ぺんする際に粉化すること、カロチンを多く含むため脂肪分が着色されること、約2.5万キロメートルの日本との距離のため、船舶輸送の価格に大きく左右されることなど品質面および価格面のデメリットも多い。

 しかしながら、このような問題があるものの、
(1) 世界の食糧需給がひっ迫する中で、トウモロコシを含め穀物・油糧種子のさらなる生産拡大が期待されるという可能性は大いに魅力的であること
(2) アルゼンチンは、トウモロコシ、大豆、小麦をバランスよく輸出することができるまれな国であること
(3) 大規模経営を中心とした生産構造であり、流通面でもパンパ地域の中心に輸出港が位置していることから、効率的な生産・流通体制が構築されていること
 から、今後アルゼンチンのトウモロコシを含めた穀物の生産動向について、ブラジルと同様の注視が必要である。


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