米国議会で動物福祉に関する公聴会が開催される


米国でも関心が高まりつつある動物福祉への対応 

 5月8日、米国の下院農業委員会畜産物小委員会において、2000年以来7年ぶりに動物福祉に関する公聴会が開催された。

 現在、米国では、動物愛護団体などの働きかけを受け、最大手の養豚業者が繁殖母豚のストール飼養を10年間で撤廃する方針を明らかにし、あるいは、小売店や外食チェーンが動物福祉に配慮した商品の取扱割合を高める方針を公表するなど、個々の企業ベースで動物福祉への具体的な対応が進められている。また、連邦議会においては、学校給食向けなどに政府が購入する畜産物を一定の動物福祉基準を満たしたものに限定する法案や、馬の食用と畜や食用輸出を禁止する法案が提出されるなど、動物福祉をめぐる関心の高まりを受けた規制強化の動きも出てきている。

 一方、食用目的の馬のと畜を禁じた1949年制定のテキサス州法を有効とし、また、事業者の経費負担による政府の食肉衛生検査を違法とするなど、加工・流通業者に厳しい司法判断が相次いで下された影響で馬のと畜場が相次いで閉鎖されており(現在はイリノイ州の1社のみが暫定的に操業)、行き場を失った廃用馬が放置されるなどの社会問題も生じている。

 今回の公聴会には、米国人道協会(HSUS)やファーム・サンクチュアリなどの動物愛護団体から、全国肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)や全国生乳生産者連盟(NMPF)など畜産物生産者団体に至る、幅広い利害関係者が参加し、このうち12人の参考人が意見を述べた。


動物愛護団体は農業法における動物福祉規定の明文化など政府規制の強化を要求

 HSUSのウエイン・パーセル会長は、米国は動物福祉に配慮するための最低限の保護すら行っておらず、欧州諸国に驚くほど大きな遅れをとっているとする見解を述べ、このような事態に立ち至ったのは農業委員会が動物福祉に敵対的な態度をとってきたためであるとして、長く公聴会すら開催しなかった農業委員会のこれまでの対応を強く批判した。

 また、パーセル会長は、現在の社会のすう勢から見れば、一般的な畜産経営の行動様式は、その大半が多くの米国人の倫理観から完全に外れていることは明らかであり、動物福祉に配慮した畜産物の取扱割合を引き上げようとしている米国の食品小売業界の意見を無視し続けるべきではないとした。

 さらに、次期農業法には動物福祉の章を新設すべきとの考えを明らかにし、仮に農業委員会が動かないのであれば、動物福祉に理解のある議員を通じて本会議やほかの委員会での働きかけを強めると警告した。


生産者団体は科学に基づいた自主的な動物福祉基準の制定とその実績を強調

 これに対し、NCBAを代表して発言したテキサス州のパクストン・ラムジー氏は、NCBAは牛の適切な飼養管理に関する生産者教育を行うとともに、1987年に策定した食肉品質保証プログラムにおいて家畜の飼養管理、栄養、獣医療などについてのガイドラインを定めており、米国内の約90%の肉用牛がこのプログラムの下で生産されているとした。

 また、全国豚肉生産者協議会(NPPC)のバーブ・デターマン元会長は、豚肉業界は自主的に家畜の適切な取り扱いに関する基準(豚肉品質保証プログラム(PQA)、肉豚福祉確保プログラム(SWAP)、輸送業者教育プログラム(TQA))を設けて累次その改善を行っていること、第三者機関による査察を通じて基準の順守確認を行っていること、基準の順守が肉豚出荷の際にパッカー側から求められていることなどを説明した上で、市場流通を通じて動物の福祉が確保されるシステムは構築されていると主張した。

 さらに、NMPFの家畜衛生委員会副委員長であるカレン・ジョーダン獣医師は、乳用牛に快適な環境を与えることが酪農家の経済的な利益にもつながるため関係者は動物福祉に多大な時間とコストをかけており、事実、この10年間を見ても牛舎の温度管理の改善やゴム牛床の普及などの改善が行われてきていると説明した。また、NMPFは2002年に最新の科学に基づき包括的な技術的手引きを策定して関係者に広く配布しており、その内容は食品販売業者にも高く評価されているとした。

 総じて、主要な家畜の生産者団体をはじめとする畜産関係者は、動物福祉に最も配慮しているのは家畜を通じて生活の糧を得ている畜産農家自身であるとする一方で、HSUSや動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)など動物主権を主張する活動家団体は、都市住民に誤った現状認識を植え付け、感情的な扇動により巨万の資金を得て、菜食主義者である自分たちの究極の目的である畜産業の放逐を目指しているにすぎないと強調した。また、農業委員会の議員に対し、感情に訴える一方で事実関係が疑わしい言動に惑わされて、次期農業法で科学的根拠のない動物福祉基準を設けたりしないよう訴えた。


現実的な解決策を模索する動きは現時点ではうかがえず

 米国獣医療協会(AVMA)のゲイル・ゴラブ博士は、証言の中で、利害関係者の間で動物福祉という言葉の理解にそもそも根本的なズレがあるとしながらも、動物が適切に扱われる限り、大半の米国人はこれを食用や服飾用に利用することを受け入れているという事実が何よりも重要であるという見解を述べている。

 また、と畜場の減少により大きな困難に直面している米国クォーターホース協会(AQHA)のレスリー・ヴェグナー会長は、廃用馬のと畜はAQHAにとって必ずしも望むところではないが、と畜に代わるような安楽死の方法がほかには考えがたいという現実を踏まえれば、と畜という苦渋の選択を行うことが最善の解決策であると述べている。

 動物福祉に関する取組については、動物愛護団体と生産者団体との間で現状認識に大きな相違があり、今回の公聴会では具体的な飼養管理の方法などに関する議論はほとんど行われていない。現実社会における畜産のあり方と望ましい動物福祉の姿について、重力の中心を明確にしようとする動きは現時点では見えていないが、次期農業法の審議過程において農業法に動物福祉関連の規定が盛り込まれることになるのか否か、また、盛り込まれる場合にはどのような規定となるのか、今後の議論の動向が注目される。


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